次の戦いの準備期間

生き残る為の努力をする

その行為は決して間違いではない

理解できぬ者は死ぬだけだ

戦場とは甘くはないのだ




僕たちの独立戦争  第五十九話
著 EFF


こうげつの艦橋で高木は次の作戦を考えている。

この戦いを始めた時から高木はゲキガンガーを見なくなった。

嫌いになった訳ではなく、本当の意味で自分達が戦争を行うと気付いたからだ。

優人部隊から戦死者を出した事で艦隊の人員は自覚したのかも知れない。

……自分達がしている行為が正義ではないかもしれない事に。

「ふっ、今更後戻りは出来んさ」

「そうですね、勝ち続けるしか道はありません。

 もう逃げる場所は何処にも無いですから」

高木の呟きに大作は律儀に返す。

「艦隊の様子はどうだ?」

「さすがに落ち込む者もいましたが、状況を知っているので前向きに行動するようです」

「そうか」

士気の低下だけは避けたいと高木は考える。

「何処まで耐えられると思う?」

「大丈夫です。

 我々の働きで木連の未来が決まるんです。

 泣き言など誰も言いません」

「うむ」

大作の意見を聞いて、高木は自分が弱気になっていた事を反省して気持ちを引き締める。

(逃げ場など何処にもありはせん。

 ならば突き進むまで)

「艦隊を予定通り進める。

 三原の部隊は順調に進んでいるか?」

「はい、順調に進行しています」

「よし、では行くぞ」

高木の声を聞いて艦隊は動き出す。

月攻略戦が始まろうとしていた。


―――ネルガル会長室―――


「そんな事があったの」

アカツキから会合での内容を聞いたエリナは想像以上に状況が悪い事を知って考え込む。

「ああ、終わらせようのない戦争になりそうだと言われた。

 実際に連合政府は戦争を終わらせる気もないし、どうしたものかな」

「現状ではどうする事も出来ないわ。

 そうなるとこれも意味が出てくるのかしら」

エリナは持っていた資料をアカツキに見せると、

「クリムゾンの新製品かい、輸送機なんて使い道……やられたな。

 こんなふうにディストーションフィールドを使うなんて」

資料の内容を確認してから、苦笑いしていた。

「そうなのよ。

 翼そのものをディストーションブレードにする事で、高出力のディストーションフィールドを形成できるようにして、

 機体の防御力を向上させているの。

 巡航速度も空力を考える必要が小さくなったから大型のエンジンを搭載する事で向上しているし」

「今の航空事情を考えると非常に有効な機体なんだね」

「そうなの、フィールドってどうしても球形になるから航空機には使えないと思ったんだけど」

「逆転の発想だね。

 フィールド出力を向上させる事で航空力学を無視したんだ」

「ええ、エンジンを換装すれば宇宙空間でも使用できるようになるわ。

 大気圏もフィールドのおかげで楽に突破出来るし、シャトルとしても活用できるの」

「民間用にもすぐに転用できるんだね」

「ええ」

現在の航空事情を考えて、二人は軍が採用するだろうと考えている。

単独での航空輸送も可能な機体は非常に役に立つ。

速度も大気中での戦艦や空母よりもあるので、機動兵器を搭載できる利点を考えると輸送や強襲にも使えそうだ。

旅客機やシャトルとしての活用も出来る以上は民間での需要もあるだろう。

「これって戦後も視野に入れての技術の民間転用も兼ねているのね」

「多分そうだろうな。

 僕達は戦争で儲けを出そうと考えたけど、彼らは戦後を見越しての開発もしているんだよ。

 戦争が終われば、軍での需要より民間の需要の方が大きく伸びるから」

「ずるいわね」

開発競争では先を進んでいた筈なのに、いつの間にか先を行かれていると悔しそうにエリナは言うが、

「向こうに言わせれば、戦争で儲けようと考える方が甘いのだと言われそうだね」

アカツキは肩を竦めて話す。

それを聞いたエリナはガックリと肩を落としている。

「甘いのかしら?」

「伊達に年は食っていないと言う事だ。

 強かな爺さんだよ、ホント」

今頃高笑いしているだろうと思い、アカツキは苦笑して話題を変える。

「ナデシコの方はどうなっているのかな?」

「その件だけど、今向こうにアクア・ルージュメイアンがいるのよ」

「なんで?」

意外な事を聞かされてアカツキは訊く。

「提督が彼女に依頼したの。

 火星の新型のオペレーター用のIFSを貸して欲しいと。

 それとオモイカネシリーズのセットアップもしてくれるそうよ」

「もしかして実験?」

「違うわよ。

 向こうで標準化された最新のタイプ」

アカツキの意見を否定して、エリナは話す。

「複製とかは……ダメ…だろうな」

「喧嘩を売るの?」

「……悪かった」

「だから一度会ってみようと思うの。

 この先に起こる事件に対しての対応を考えたくて」

「先取りするのかい。

 それはそれで危険だと思うけど」

未来を知る事で思考が一点に集中する可能性を指摘するアカツキに、

「そうなんだけど、なんか嫌な予感がするのよ。

 前に警告された件が気になって」

エリナは勘に頼る気はないけど、どうしても気になると言う。

「いいけど、いつものように強引にしたら死ぬかもしれないから気をつけるんだよ」

「……分かってるわ」

「プロス君曰く、葬式代は値切れないから大変なんだから」

「なんでそうなるのよ!」

まるで殺されるような言い方のアカツキにエリナは噛み付くように叫ぶ。

「だって見かけ以上に怖い人ばかりだからね〜」

「だ、大丈夫よ。

 とにかくサセボに行っている間も仕事をしなさいよ!」

そう告げるとエリナは部屋を出て、サセボへと向かう。

「僕も行きたかったんだけど〜」

アカツキは残念そうに話すと仕事を再開しようとして気付く。

「あっ、クロノ君の事を言い忘れたけど……まあ、いいか。

 なんか、面白そうだし」

クロノ=テンカワ・アキトの事を告げるのを忘れていたが、エリナの反応を考えると面白いと判断する。

実際にエリナとアクアが出会う事で一騒動が起きてしまい、プロスの報告を聞いてアカツキは笑っていたのだ。

クロノにまた一つ受難が訪れようとしていた。


―――火星アクエリアコロニーにて―――


「平和になるのはいいんだが、この書類を何とかして欲しいもんだな」

レオンは目の前に存在する書類を見ながら、恨めしそうに呟く。

「それを私の前で言うのか?」

隣にはグレッグがこめかみに青筋を浮かべている。

レオンが書類を溜め込んだ所為で、グレッグの処理する筈の仕事が大幅に遅れているのだ。

周囲にいるスタッフもグレッグの状況を知るだけにレオンを非難する視線で見つめてる。

そこへシャロンが入ってくると二人は何故か腰を僅かに上げて逃げる体勢を作る。

「で、終わったの?

 次の書類があるから持って来たいのだけど」

「ま、まだあるのか?」

レオンが呻くように話すとグレッグも顔を青くしていた。

そんな二人の様子など気にせずにシャロンは話を続ける。

「ええ、溜め込んだ分とこの先の分を先に処理してもらいたいからまだあるわよ。

 あっ、グレッグさんの分は回さないから、ちゃんと仕事をしてくれるから、こっちも予定が立てられるから安心だけど」

そこで話を区切ってシャロンはレオンを見ている。

その視線は非常に冷たいものだった。

「な、なんだよ」

思わず気圧されるようにレオンが言うと、

「自業自得でしょう。

 レイが居ないからって事務仕事を後回しにしたから、こっちに来たのよ。

 行政府だって忙しいの。

 軍の予算配分とかの修正案も計算しないといけないのに、これじゃあ何時まで経っても出来ないし」

「それは困るな」

シャロンの苦情にグレッグも顔を顰めている。

「でしょう。

 移住してきた人とユートピアコロニー再建を始める準備で忙しいのに仕事を増やさないで。

 ほら、口動かす余裕があるなら手を動かしなさい。

 二人とも終わるまでは缶詰だからね」

「お、鬼だよ」

レオンの呟きを耳に入れたシャロンはとても綺麗に微笑んで告げる。

「何か、言いまして?」

「「いえ、何でもありません!」」

二人は息を合わせて告げる。

その顔には冷や汗がダラダラと流れていた。

『シャロンさ〜ん、これどうしましょう?』

行政府のスタッフがコミュニケでのウィンドウを開いてシャロンに聞く。

内容は移住者達の当面の住居先の手配リストであった。

「そうね、出来るだけ希望を叶える方向にしておいて。

 それから出来る限り子供達がすぐに学校に馴染めるように各教員に配慮するように通達して。

 まあ、火星で生活していた人達だから大人の方は大きなトラブルはないと思うけど、

 急激な環境の変化に子供がストレスを感じないように十分な手配を」

『分かりました、コウセイさんに伝えておきます』

「頼むわね」

『はい』

必要な事柄を告げて通信を切る。

「……忙しそうだな」

「レ、レオン!?」

レオンの感想にグレッグは慌てて口を押さえるが既に時遅し。

「――誰の所為だと思う……のかしら」

火に油を注いだとレオンが気付く時は手遅れだった。

破滅の音が聞こえたと、のちにスタッフは話すほどの危険度が膨れ上がっていく。

「さあ、お仕事しましょうね。

 たくさん書類がありますから、存分に仕事に励んで下さいね」

とても綺麗で楽しそうに話すシャロンだがレオンとグレッグには悪鬼、羅刹に見えている。

スタッフは目を逸らして仕事に集中する。

シャロンの笑顔を見て、当分はこの部屋から出られないとレオンとグレッグは感じていた。

火星は新しい移住者達を迎え入れる準備で忙しくなりそうだった。


―――ナデシコ艦内にて―――


「エッ、エリナさん……ど、どうして?」

「む、むう」

ブリッジに現れた人物にプロスとゴートは焦っている。

そんな二人を珍しそうに思って、クルーは現れた人物に注目する。

「な、なんかキツイ感じの人ですね」

「そうねえ〜」

メグミの意見をミナトが肯定する。

「会長秘書さんがどうして来られたんですか?」

アクアが不思議そうにエリナを見つめて話すと、

「幾つか尋ねたい事があるの?

 いいかしら、アクア・クリムゾンさん」

強気な発言をしながらアクアに尋ねていた。

「はて?、私はあんな完全無欠のお嬢様じゃありませんが」

どこか他人事のように話しているアクアにエリナは話す。

「そうよね、来客に痺れ薬を飲ませるようなキ○ガイのお嬢様じゃないわね」

「そうですよ。

 で、ヒステリックな会長秘書さんが何か御用ですか?」

綺麗に微笑んでいるアクアを見ているプロスは胃の辺りを押さえていた。

「ぐ、うぅぅ」

「ミスター、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

「し、しかし」

「ここで私が席を離れれば、どうなるか?」

悲壮感溢れるプロスにゴートは悩む。

(確かに席を離れると……危険だな。

 もしかしてその時は私が仲裁するのか?)

状況を考えるとプロスに倒れられると非常に不味いとゴートは冷や汗を流しながら対峙する二人を見つめていた。

「誰がヒステリックなのかしら?」

額に青筋を浮かべるエリナにアクアは微笑む。

「いかなる時も淑女たれです。

 そうやってすぐに怒るから、大関スケコマシさんにからかわれるのです」

クスクスと笑うアクアに、胃を押さえるプロス、焦るゴートに、背景に炎を背負うエリナと世にも珍しい光景になる。

「ここってブリッジでしたよね」

四人を見ながらメグミはミナトに尋ねる。

「なかなか面白い状況になりそうね。

 滅多に見られない光景だからもう少し下がって見ようか?」

「そうですね」

ミナトの意見にメグミは頷くと二人は静かに席を離れていつでも避難できるように扉の側に移動する。

艦長と副長は武装の変更に伴う戦術確認でブリッジにはいない。

提督のムネタケはシミュレータールームに足を運んでいる。

パイロットは全員がシミュレータールームで対戦中。

オペレーターは医務室でイネスの立会いの下での健康状態の検査中。

ブリッジには二人を止める人物は不在であった。

プロスは自分に気合を入れてエリナに話しかける。

「お、落ち着いて下さい、エリナさん。

 相手はたった二人で研究施設を破壊出来るほどの実力者です。

 今までの相手とは違うのですよ」

プロスはエリナだけに聞こえるようにして話す。

「そ、そうだったわね」

目の前の人物が超一流の工作員という事を忘れかけていたエリナは冷静さを取り戻す。

「ダメですよ〜プロスさん。

 暴発してくれないと処理できないじゃないですか」

アクアはにこやかに微笑んで告げると、エリナは顔を引き攣らせ、プロスは胃を押さえて焦りだす。

そんな二人を見ながらアクアは話している。

「丁度クロノもいますから、作業は楽に出来そうです」

そのアクアの話を聞いてエリナは、

「…クロノ……ああ、テンカ「エ、エリナさん!」ど、どうしたの?、プロス」

いきなり大声で会話に割り込むプロスをエリナは不審げに見ようとしたが、

「少し不用意な事を口にしましたね」

アクアがエリナに向けて殺気を浴びせたので動きを硬直させていた。

「もう少し配慮をして頂かないと困ります」

アクアはゆっくりとエリナに向かって歩き出す。

その顔には一切の感情を見せずにまるで能面のように変化していく。

「あ、ああ……ああ」

エリナは自分が地雷を踏んだと気付いたが既に時遅し、アクアが静かに近づいている。

「ア、アクアさん!」

プロスが二人の間に入って必死にアクアを止めようと話す。

「お退きなさい、プロスペクター。

 私の正体など如何でもいいですが、クロノに関しては別です。

 あの人の心が苦しむような事になるならば、私は躊躇う事など致しません」

ゆっくりと銃を構えるアクア。

「火星で開発した対無人機用の小型の炸裂弾です。

 如何にあなたといえど喰らえば死は免れませんので下がりなさい」

「ほ、本気ですな……ですが…止めて頂かないと困ります、はい」

一歩も退かぬとプロスは告げる。

「……そう」

アクアは引き金に力を込めようとした時、

《よせ、アクア!》

「ク、クロノ!? で、でも……」

リンクを通じてクロノが制止しようとした。

《いいんだ。ここは俺にとってはもう過去なんだ。

 だからばれても構わない》

「いいのですか?」

《ああ、俺の帰るべき場所は此処じゃない。

 アクアがいて、子供達がいる場所だ》

その一言を聞いてアクアは銃を下ろして、エリナに告げる。

「今回は許しますが、次はありません。

 ……いいですね」

「……はい」

背中に冷たい汗を流しながらエリナは答える。

それを聞いてアクアは再び作業をするべくオペレーターシートに座る。

プロスは最悪の事態を回避できた事に安堵して息を吐いていた。


「何だったんでしょうか?」

殺気を直接浴びてはいないが、場の雰囲気に飲まれ、顔を青くしているメグミはミナトに尋ねる。

ミナトは口元に手を当てて考え込んでいる。

(確か、テンカって言ってたわね。

 もしかしてテンカ……ワなの。

 だとするとクロノさんってアキトくんなの?)

あまりにも雰囲気の違う二人を思い浮かべてミナトは苦い表情をする。

(変わり過ぎてる……あの髪も染めたんじゃなく地毛になったのかしら。

 もしかしてバイザーの奥の瞳の色も違うの?)

赤と青の違いこそあれ、ルリのように銀に近い色などあり得ないのだ。

「メグミちゃん……今の件は誰にも言ってはダメよ」

「えっと、……わかりました」

メグミは真剣な顔で話すミナトを見て、それ以上は聞けなくなった。

「そうしてくれると助かる。

 多分、誰も知らないほうが良い事なのよ……きっと」

誰に告げる訳でもなく話すミナトは何故か悲しい顔をしていた。

そして次の瞬間ミナトは明るい顔でアクアに話しかける。

「そろそろ休憩にいこっか?

 お姉さん、のど渇いたし〜、ねっアクアちゃん」

「え、えっと、そうしますか」

ミナトの意図に気付いたアクアは苦笑して席を立つ。

プロスも気付き、努めて明るく話す。

「そうですな、少し早いですが休憩しましょう」

「はい、決まり♪

 さっ、行こうか、アクアちゃん。

 メグミちゃんもどう?」

「はい、付き合いますよ」

アクアの手を取ってミナトはメグミも連れて食堂へ向かう。

(本当に助かります……この間にエリナさんに注意しましょう)

ミナトの機転に感謝しながら、プロスはエリナに警告しようと考える。

見かけに惑わされてはいけないのだ。

アクアは十分な戦闘力を持つ存在なのだ。

扉が閉じるとプロスはエリナに告げる。

「危ない所でした。

 もう少し注意して下さい。

 多分、クロノさんがリンクでアクアさんを止めなかったら死んでいましたよ」

「……ごめんなさい。ちょっと迂闊だったわ」

「クロノさんの正体については一切口にしないで下さい。

 アクアさんはクロノさんを守る為なら手段を選ばない可能性が高いです」

「そうみたいね」

先程の事を思い出して、エリナは暗い表情になる。

「ええ、あの方はクロノさんと家族以外の人間はどうでもいいのかもしれません。

 もしクロノさんに何かあったら、彼女はあらゆる手段を持って敵対する者を排除していきます」

「クリムゾンを使ってでも」

エリナはクリムゾングループの力も使うのかと問う。

「そんなものが無くても、彼女は勝てますよ。

 情報戦においては彼女は無敵です。

 ウチの非合法実験施設を既に幾つも破壊しているのです。

 当然、その資料を公開されたらネルガルは大ダメージを受けます」

プロスの考えを聞いて、エリナは頭を抱えていた。

ネルガルの裏を知られているのだ。

敵に回す事がどれだけ危険な事なのか、今更ながらに実感していた。

「いいですか、クロノさんがアクアさんのストッパーである以上は彼の正体を明らかにする行為は危険なのです。

 クロノさんはネルガルに対しては中立のような立場です。

 彼に迷惑を掛けるイコール…アクアさんと子供達も敵に回します。

 情報戦をされたら、SSでは対応出来ないかもしれません。

 だからクロノさんの正体に関しては他言無用でお願いします」

真剣な顔で話すプロスに気圧されるようにエリナは頷く。

「ええ、気をつけるわ」

いつものように強気な交渉はできないと思い、エリナは慎重な対応に迫られる事を感じていた。


「どうしたんだよ?」

いきなり動きを止めてブツブツと呟いていたクロノにリョーコは不審そうに見ている。

「……電波?」

イズミの一言に全員が動きを止めてクロノを見つめる。

「違う、リンクだ」

「でも同じようなものなんだよね〜」

ヒカルの言葉にクロノは否定しなかった。

「で、何があった?」

ガイの問いにクロノは言う。

「アクアが暴発しかけたので、リンクで注意を促した。

 ……それだけだ」

「暴発って…穏やかじゃないわね。

 誰か来たのかしら?」

ムネタケがブリッジいる人員を考えるとアクアが暴発する状況にならないと思い、クロノに尋ねる。

「会長秘書が来た」

クロノが一言告げるとムネタケがため息を吐く。

「あの小娘ね……また強気な口調で喧嘩を売ったんでしょう」

「そういう事だ。

 ただ相手が悪かったな。

 アクアに強気な物言いなど無駄な行為だ」

「そうよね。

 アクアちゃんに強気で攻めても無駄よ。

 のらりくらりとかわして、気がつけば自分から席を立つ状況に陥るでしょう。

 事、交渉事に関してはアクアちゃんは無敵よ」

ムネタケが苦笑して話すとクロノも頷く。

「鍛えられたからな……本人はそんな事望んでいなかったが。

 環境がそれを強要したという事だ」

籠の中の小鳥のように家に閉じ込められて、帝王学を学ばされたとアクアから以前クロノは聞かされていた。

でも今はそれが無駄にならなかったと本人が笑って話している事が皮肉なものだとクロノは感じていた。

(思うが侭に生きられない…か、子供達に甘いのはそれもあるんだろうな。

 俺も甘いからお互い様だけど)

苦笑するクロノに痺れをきらしたリョーコが会話に割り込む。

「そろそろ始めようぜ。

 火星最強の実力を見せてもらおうじゃねえか?」

「構わんがサレナのデーターを入力してもいいか?

 通常の機体だとIFSの処理が追い着かずにフリーズするからな。

 サレナの中身のエステなら処理が万全に出来てるから安心なんだが」

通常のエステでは問題があるとクロノは話す。

「だから全員がこの機体を使って練習してからにしないか?

 機体自体はそう変わらんが、いきなり使うのは不味いだろう。

 但し追加装甲は外すぞ。

 あれは生体強化された俺やアクアなら問題ないが、訓練もしないで操縦すると大変な事になるからな」

「対艦フレームより扱いが難しいのか?」

クロノの説明を聞き、リョーコが問う。

以前の失態を思い出して、慎重になっているようだ。

「対艦フレームの原型機だ。

 サレナの性能をスケールダウンしたのが対艦フレームだ」

「えっと、それって凄いの?」

ヒカルの疑問にクロノは答える。

「当然だ、0Gから4GまでのGが絶え間なくパイロットに襲い掛かる。

 高機動戦闘の経験がない者はまず失神する」

「こ、高機動戦闘って、何ですか?」

クロノの説明に驚くリョーコ達の中でイツキが真剣な顔で聞く。

連合軍でエースクラスの実力を自負するパイロットしての意地でも乗りこなしたいと考えるのだ。

「かつてブラックサレナのパイロットが作り上げた戦術だ。

 多対一という状況で戦う為に必要なスキルを伸ばした技術。

 通常のパイロットは一機で複数の敵と戦うなどしないだろう」

「当たり前です」

クロノの意見にイツキは真っ向から話していく。

「そんな戦い方など軍では想定していません。

 あくまで部隊で戦う事がどの戦術でも想定されています」

「だから一般のパイロットでは使いこなせない機体なんだよ。

 俺も完全にマスターするのにかなりの時間を必要としたからな」

「使えるのですか?」

「ああ、師匠ほどではないが俺もアクアもまだ発展途上だが使えるぞ」

ニヤリと笑うとリョーコが面白そうに笑って話す。

「練習がてらに一度見せて欲しいぜ、クロノ」

「一対六だがやってみるか?」

「おう、じゃあ「やりません」」

リョーコの声に合わせる様にミズハが話す。

「何で?」

ヒカルが不思議そうに聞くとミズハは、

「だってクロノさんが動かすならデーターを取っておきたいですから。

 データーがあれば仕事の負担が軽くなるんです。

 また仕様書とか作らないといけないんですよ〜」

増える仕事に頭を抱えて、今にも現実逃避しそうな状態だった。

「起動データーなら全部持ち込んでいるぞ。

 ウリバタケさんに預けているから仕様書もあるよ」

「ホ、ホントですか〜〜?」

地獄に仏を見たようにミズハはクロノに顔を向けて聞く。

「ああ、エリノアさんとリーラさんだったか、彼女らにも渡しているぞ。

 彼女らが言うには、

 「シミュレーターでのチェックはしないと不味いけどイツキちゃんを含めた4人ですればすぐ終わる」って」

「やったぁ―――っ!」

仕事が一部減ると解り、ミズハは喜んでいた。

「イ、イツキちゃんってなんですか!?」

「ん、名前で呼ぶのは不味いか?」

クロノが平然と聞くとイツキは慌てて話す。

「ちゃ、ちゃん付けはやめて下さい。

 イツキでいいですよ」

「俺もちゃん付けは勘弁な」

リョーコも頷きながら話し、ヒカルは、

「私はどっちでもいいけど、代わりにクロッちでいい」

と尋ね、

「それは嫌だ、クロノでいい」

「私はどっちでもいいわよ」

「じゃあ、イズミさんでいいですか」

「ええ、いいわよ」

「あっ、イズミってばシリアスモードだ」

「おお、本気になっているようだ」

「お前はヤマダ・ジロウでいいか?」

クロノがからかうように話すと、

「フッ、その名は過去の名だ。

 今の俺はダイゴウジ・ガイだ。

 ガイって呼んでくれ」

「わかった、ガイと呼ばせてもらおう」

「おうよ」

「じゃあ練習で六対一でいいな?」

クロノの宣言に全員がシミュレーターに乗り込んでいく。

「お前も大変だな。

 一癖も二癖もある連中で」

かつての女難を思い出して、クロノはムネタケに苦笑しながら話す。

「そうでもないわ。

 気持ちのいい連中ばかりだから楽しいものよ」

「ならいいがな」

「ええ、鍛えてやって、死ぬには惜しい奴らだから」

シミュレーターに乗り込んでいくクロノにムネタケは話す。

「ああ、こういう連中に死なれるとつまらない世の中になるから鍛えてやるさ」

「お願いね」

閉じていくシミュレーターを見ながらムネタケは思う。

(この先の事を考えると大変よね。

 軍属だけど市民が死ぬのは一番最後にしないと)

激化する戦争になるとムネタケは考えている。

今回のクロノの対戦を許可したのも、彼らが天狗にならないように考えているのだ。

上には上がいると解れば、努力を怠らないだろう。

生き残る為に努力する者が全て生きていけるほど戦場は甘くはないが、生き残る者は全て努力する者なのだ。

才能だけではない、本当に自分を鍛え上げた者だけが生存できるのだ。

(腕は一流だけど、まだまだ甘いから限界まで鍛えなさい。

 生き残るためにね)

ホント、アタシも甘ちゃんになったものねとムネタケは苦笑しながらモニターを見つめるのだった。


「な、何なんだ。

 その戦い方は非常識だぞ―――っ!」

ガイが叫んだ瞬間に機体は破壊されている。

「やばいわね……ちょっと対応出来ないかも」

「変、絶対変!」

「当たっているのに――っ!」

イズミ、ヒカル、イツキの順にクロノの機体――ブラックサレナに攻撃を加えるが嘲笑うように回避していく。

『簡単だろう、フィールドの厚い部分で捌いて弾くだけだが』

「だから、それが変なんです!」

クロノの話にイツキが律儀に返して攻撃するがスピードは落とす事なくクロノは回避している。

アサルトビット内はシェイカー状態のはずなのだ。

「そんな挙動でも大丈夫なの?」

ヒカルが攻撃を加えながら心配するが、

『大丈夫みたいだぞ。

 健康状態を示す表示は青のままだ』

撃破されたガイが外から話す。

「うそ―――っ!?」

『いやマジで』

「そうなの、リョーコ」

『ああ、悔しいけど俺には出来ねえけどな』

イズミが確認するように問うとリョーコは苛立つように話す。

近距離レンジの二人は既に敗れて外からモニターしていた。

「貰いましたよ」

遠距離で狙撃しようとしていたミズハの攻撃は、

「きゃあ――!」

「ど、どうしてですか?」

何故かヒカルの機体に当たっていた。

『だからフィールドで方向を変えてヒカルちゃんに向かうように跳弾させたのさ』

「非常識です!」

クロノの攻撃を兼ねた防御にイツキが文句を言う。

「狙撃が出来ないなんて困ったわね」

「うう〜〜どうしましょう?」

遠距離レンジ主体のミズハとイズミは迂闊に攻撃できないと理解した。

「近づいたら宇宙の華になるわね」

「それって」

「リョーコのように撃墜されるわ。

 私達って接近戦ダメだから」

「もうダメかも」

「そうね」

二人は冷静に状況を考えると中距離の二人が撃墜されたら終わりだと感じていた。

「二人とも援護して下さい!」

イツキが焦りながら指示を出す。

「ダメだって、迂闊に撃てないのよ〜」

ヒカルが反対意見を出すと、

「同士討ちしたいの?」

「そうですよ〜」

イズミが簡潔に述べ、ミズハが無理だと告げる。

その瞬間にイツキの機体が撃墜される。

『うう〜、あんな戦いなんてあり得ません』

戦線離脱したイツキが悔しそうに話す。

この後はヒカルが僅かに抵抗したが、結局三人ともクロノの正確な三点射撃を受けて撃破されていった。

『おい、どうしてあんな射撃が出来るんだよ』

『そうだぞ、相手も自分も移動しているのに同じ場所に狂いも無く三点射撃できるんだ?』

互いに移動しながらも正確に同じ場所に命中させるクロノの技量にガイもリョーコも声を唸らせる。

シミュレーターから出てきたクロノはあっさりと告げる。

「これも経験の差だな。

 火星は一年以上激戦区だったから、嫌でも腕は磨かれるさ」

「そうね、生きていく為に必死で訓練したんでしょうね」

ムネタケが締めの言葉を告げるとパイロット達は項垂れている。

その光景にムネタケは満足する。

(シミュレーターの対艦フレームで結果を出してきたけど、これで一皮剥けるかも)

更なる技術の向上になる事を期待している。

「この先は有人機も出てくるからな。

 鍛えておくのは間違いじゃない。

 どうする続けるか?」

クロノの言葉に項垂れているリョーコ達は顔を上げてクロノを見て頷く。

無言でクロノはシミュレーターに入ると全員が後に続く。

ムネタケは悔しさをバネにして強くなろうとする連中を見ている。

(頑張りなさい、こんなくだらない戦争で死ぬ事はないのよ)

口に笑みを浮かべて。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ナデシコ訪問編はもう少し続きます。
多分後一話くらいだと思います。

では次回でお会いしましょう。





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