失う事の怖さを知る
守りたいと強く願うだけではダメなのだ
力が欲しいと思う
そんな事を考える自分がいる
人形ではなく
私は人として家族を守れる強さを持ちたい
何があろうとも失わずに守りたいから
僕たちの独立戦争 第五十八話
著 EFF
……目が覚めた。
起き上がると其処は自分達の部屋でサファイアが私のベッドに潜り込み、私を抱き枕のようにして眠っていた。
「ルリ・・お姉ちゃん・・・好き・・・」
何故か私を慕ってくれるサファイアが楽しそうに寝言を呟いている。
起こさないようにして部屋を出て、私はブリッジに向かう。
姉さんが当直でいるから。
「あら、どうしたの?」
姉さんは不思議そうに私を見ると、思わず涙ぐんでしまい姉さんに抱きついた。
そんな私に姉さんは何も言わず、背を撫でて幼子をあやすようにしている。
「……怖いんです」
「――そう」
「何処か別の場所に連れて行かれるようで」
……あの事件の後、私は不安になる事が増えた。
今夜も姉さんと兄さん、ジュールさんが倒れ、妹達がバラバラになり、私も昔の研究所に戻るような夢を見た所為だ。
この場所が好きだ。
私を人として見てくれる人達と、家族がいるこの場所が何よりも大切だった。
「私は……弱くなったのでしょうか?」
「……どうして?」
「昔はこんな思いなどしませんでした」
そう昔の私は失うものなど無かったのだ。
怖いなどと思うことなど考えられなかった。
「ふふ、それはルリが人として生きているからよ。
人形に心などは無いでしょう。
心があるから、苦しくもあり、楽しくもあるの。
姉さんは嬉しいわ。
貴女が立派にレディーになり始めているから」
優しく囁くように聞かせる姉さんの声が心地好かった。
「強くなりたいです……誰よりも」
姉さんに回した手に力を込める。
「強くなって、姉さんを支えたい。
妹達を守りたいです」
「そう」
「はい」
「大丈夫、ルリは強くなれるわ」
「そうでしょうか?」
(私は弱い……こんな私が強くなれるだろうか?)
「ええ、強くなる為には自分の弱さと向き合う事が大切なの。
弱さを知って克服する事から始めるのよ。
ルリは自分の弱さを知り、向き合い始めた。
ここから第一歩を踏み台したの。
後は折れぬ心を作りなさい。
諦めず立ち向かう心の強さをね」
「出来るでしょうか?」
姉さんの言う意味は理解できるが、出来るかどうか不安だった。
私は全てを拒絶する事が傷つかない事だと思っていた。
無関心、周囲など気にしない事で自分を保ってきた。
だが今の私は家族を受け入れて、何よりも大切に思っている。
以前のような自分には戻りたくないと思っていたのだ。
「大丈夫、ルリは私より強くなれるわ。
焦ってはダメ、ゆっくりでいいの。
急いで結果を求めてはいけないのよ」
「でも……」
私は力が欲しかった。
泣いている妹達を見た事でその想いは大きくなっている。
悲しむ姿など見たくはない。
何も出来ずにいる無力な自分が許せないのだ。
「今は準備期間と考えなさい。
いずれルリの力が必要とされる時が来ます。
その時は遠慮などせずに、力を借りますから頼りにしますよ」
「はい」
まだ不安はあるが、姉さんの言葉を信じる事にしよう。
「大丈夫、ルリは私よりも強くなるわ。
私は未だに独りでは生きられない弱い女なの」
姉さんが悔しそうに呟く。
「クロノと出会ったおかげで強くなれたけど、未だに失う事への恐怖があるの。
いっつもギリギリの処で必死に戦っているわ。
こんなんじゃダメなのに」
こんな弱い姉さんを見るのは二度目だった。
「昔の私はね、ルリ。
生きているのか、死んでいるのか、判らないくらい虚ろだったの。
世界がモノクロに見えて、生きる意味が見出せなかった。
クロノに出会わなければ、心が死んで生ける屍ってものになっていたわ」
疲れた声で話す姉さんが其処にいた。
怖かった……姉さんがこのまま消えていくのではないかと思い抱きしめる。
「でも今は違うわ。
クロノがいて、ルリがいて、子供達がいるから立ち上がれる。
私も弱さを知って、強くなろうとしているの。
だから一緒に強くなりましょう、ルリ」
姉さんの静かだが言葉に込められる想いの強さを知り、私は応える。
「はい!」
「綺麗でいい顔ですね。
それでこそ私の妹です。
貴女なら立派な淑女――レディーになれます。
あとはジュールを鍛えていかないといけませんね」
「な、何を言うんです?」
私は姉さんの言葉に動揺していた。
ジュールさんに子ども扱いされるのは何故か嫌だった。
兄さんとは年が離れてる所為か、気にしないがジュールさんには何故か不満を感じるのだ。
「ふふ、お姫様には立派な騎士が必要ですからね。
ボディーガードにはちょっと不安ですから、クロノに鍛えてもらわないと」
私を除けばジュールさんが最年長になる。
姉さんと兄さんがいない時はジュールさんと私が妹達の面倒を見るのだ。
グエンさん達を信じているから警護には不安はないが、日常での相談はマリーさんか、ジュールさんになるのだ。
ジュールさんは私の知らない事をたくさん知っていて……いつも教えてくれる。
姉さんも教えてくれるが、お互い実験体として生きていた分の差があるので聞き易い事もある。
仕事で忙しい姉さんと兄さんに負担を掛けたくはないので、必然的にジュールさんに相談することが多い。
私よりも酷い環境にいたので妹達の事一番理解しているのかもしれない。
ただ優しい言葉を話すだけではなく。
厳しい言葉で話す時もあるが、それはみんなを大切に思っているから信頼されている。
「子ども扱いをされるのは嫌?」
「……はい」
楽しそうに聞く姉さんにはっきりと答える。
(妹達に信頼されているジュールさんに認めて欲しいのかもしれない)
そんなふうに私は考えるが、正しいのか判らない。
(心って不思議なものです。
自分の気持ちさえ理解できない時があります)
「どうしてかしら?」
「よく……わからないんです」
「もしかしてラピスやセレスがジュールに抱きついたりしたら不安になるの?」
「……はい」
何故かそういう気持ちになってしまう。
わからない……こんな感情は初めてなのだ。
「どうしてなんでしょうか?」
不安になって、姉さんに尋ねる。
「あらあら、これは大変ね」
姉さんは楽しそうに私を見つめる。
「何故です?」
「ジュールはどうかわからないけど、
ルリは初めてだから仕方ないか」
私の質問に姉さんは意味不明な言葉を告げる。
「だから何故です?」
少し苛立ちを込めて話す。
「ジュールが他の女の人と仲良くするのを見たいかしら?」
姉さんの質問に私はその光景を思い浮かべると何故かイライラしていく。
「……嫌です」
「どうして?」
「そんなの!」
ジュールさんの隣にいても良いと思うのは私だけと叫びかけて気付く。
その瞬間、私の顔は真っ赤になっているのだろう。
「そういう事よ、ルリ」
「え、え、ええ―――っ!!」
人気のないブリッジに私の叫びが響く。
姉さんが楽しそうに私を見つめていたが、そんな事さえ気付かずに私は自分の想いに気付いて驚いていた。
翌日、食堂でジュールさんと顔を合わした時、
真っ赤になった顔を見られて熱があるのかと心配されて嬉しくもあり、鈍いと思った事は言うまでもなかった。
(兄さんといい、ジュールさんといい、鈍い人について姉さんと相談する日が来るとは思いませんでした)
―――ナデシコ 格納庫―――
「よし、時間通りだな」
ウリバタケの声にエリノアとリーラが真剣な顔でボソンジャンプしてきた一機の機動兵器を見つめていた。
「エステバリスにしてはゴツイというか、随分……お、おいっ、これって追加装甲なのか?」
黒い機動兵器を見ながらウリバタケは面白そうに叫ぶ。
重装甲の機体に非常に興味があるのか、パイロットが出てくるのを待っていた。
「さすがに三人も乗るのは狭いですね」
「だから俺が掌でいいと言っただろう」
「ダメよ、お兄ちゃんの膝の上は譲れないのよ」
「……いい度胸だ。こんなに殺意に溢れたのはガイの野郎が花園の住人になった時以来だ」
アサルトビットの中でアクアとイネスがクロノの膝の上に座っている光景にウリバタケの怒りが爆発寸前だった。
右手にアクア、左手にイネスと両手に花状態のクロノに整備班の嫉妬の炎が燃えあがる。
だがクロノは気付かずにウリバタケに話す。
「分解したいか?」
一瞬呆気に取られたが、ウリバタケはすぐに答える。
「いっ、いいのかっ!?」
「ああ、いいぞ。
元々ネルガルに返却する予定の機体だからな。
2202年のエステバリスのカスタム機だ。
この先の戦闘に必要だからな」
「よっしゃ―――!
聞いたな、新型をばらすぞ!」
「「「「「おおっす」」」」」
ウリバタケの叫びに整備班が応えて作業に入る。
先に降りた二人はウリバタケの声を聞いて、
「楽しそうですね」
「もしかして説明のチャンスがあるかも」
「それはやめて。
早く帰らないと子供達が泣くかもしれないから」
アクアはイネスの暴走を警戒していた。
そんな二人の元に、
「はじめまして、アクア・ルージュメイアン。
開発班のエリノア・モートンよ。
こっちは」
「リーラ・シンユエよ。
仕事を増やしてくれて、ど・う・も・あ・り・が・と・う」
額に青筋を浮かべて二人の女性が挨拶をする。
二人は今回のオペレーターIFSの一件で礼を言うつもりが、更に仕事を増やされて怒りを感じていた。
「あらあら、そんなに感謝されては困りますわ。
些細な善意なのですから」
とても綺麗な笑みでアクアは二人に挨拶する。
(アクアが暴走したら……まあ、いいか。
その分、説明できる機会が増えるから)
イネスは問題なしと考えて、三人の様子を無視する事にした。
周囲はにこやかに笑う三人とは裏腹に黒いオーラで空気が淀み始めていた。
後に整備班は話す、「異界でした」と……それほどまでに空気が淀んでいたのだ。
「えっと、お久しぶりですな、ドクター」
プロスペクターがイネスの元に到着した時、思わず逃げ腰になっていた事は……当然かもしれなかった。
ゴート曰く「仕事を放棄して、逃げたくなるような状況だった」
と話すほどの状況でプロスが話を続けたのはクルーの尊敬を集める事になるだろう。
「ええ、久しぶりね。
一応、診察してから本人の許可を確認の上で変更するわよ」
「はい、ではブリッジへ行きますか」
「そうね。アクア、仕事を始めましょう。
新しいオモイカネのセットアップするんでしょう」
イネスの声にアクアは振り向いて、プロスに尋ねる。
「いいですか、プロスさん」
アクアが聞くとプロスは少し考えるが、
「よろしいのですか?」
聞き返す事で真意を聞こうとした。
「ええ、長引きそうですから。
知り合いの方が死んでいくのはあまり見たくはないですから」
「長引きますか?」
「終わらせようがないですから」
二人の会話に周囲の者は苦い顔をしていた。
覚悟はしているが、戦争が長引くのは辛い事だと感じていた。
「ではアレもその為なの?」
エリノアが持ち込んできた機体を示す。
整備班が追加装甲を外していく機体を見ながらアクアは答える。
「ええ、この先対艦フレームだけでは生き残れません。
機体自体は欠陥機ですが、技術は幾らでも応用出来るでしょう。
可動式の重力波受信ユニット、小型化されたバッテリーユニットに、駆動効率が上がっているジェネレーターなど。
渡したエステカスタムに応用すれば、便利になるでしょう」
「そうね、仕事は大きく増えるけど、エステバリス2の開発に合わせれば成果が上がるわね」
リーラが困った様子で話す。
仕事は増えるが生き残れる機体を作る事は間違いではないと考えて、機体を見つめる。
「名前は?」
「……ブラックサレナです。
恋と呪いの花言葉を持つ機体です」
辛そうに話すアクアに二人はもう一度機体を見つめる。
黒い追加装甲が取り払われていくと機体の中にピンクのエステバリスがあり、
その機体には何故か怖くなるような印象を受けていた。
格納庫からブリッジに行く途中で会うクルーはアクアを見ると怪我の心配をして声をかけている。
(何も変わっていない……変わったのは俺だけだな)
クロノはかつての同僚達を見ながら懐かしく思うが、それ以上の感情が出ない事に気付いて苦笑していた。
(どうやら心の整理がついたんだな。
それとも帰る場所が出来た所為かも知れない)
前を歩くアクアを見つめてクロノは子供達や新しい仲間達の事を考える。
(そうだな、ここはもう過去なのかもしれない。
俺にとって大事なのは子供達と仲間達と共に歩く未来が大切なんだな)
寂しいような、嬉しいような感情が湧き上がり、クロノは苦笑していた。
そしてブリッジに入ると、
「プロスさん、その黒い人って誰なんですか?」
かつて妻だったミスマル・ユリカが不思議そうに尋ねる。
「……艦長、こちらはクロノ・ユーリさん。
火星宇宙軍《マーズ・ファング》の指揮官です」
「ええ―――っ!!
怪しい人じゃないんですか?」
驚きながらユリカは再度尋ねる。
(やっぱりおかしいのか、この格好は?)
……天然のユリカにさえ変だと言われて、ちょっと凹むクロノであった。
「アクアちゃんの趣味って変わっているんだね〜」
クロノが落ち込む中でユリカは更に爆弾を投下する。
「もしかして喧嘩売っているのでしょうか?」
「いいわよ、買っても。
お兄ちゃんを侮辱するなら幾らでも買ってあげるわよ」
「えっ、えっと」
アクアとイネスが過剰に反応するとユリカは焦りだす。
「アンタは本当に空気が読めないのね」
ムネタケが頭を抱えながら呆れていた。
「もしかして不倫とか?」
「二股ですか?」
「「違います」」
ミナトとメグミの疑問に二人は声を合わせて否定する。
「じゃあ、何かしら?」
「「夫です(よ)」」
二人の言葉にブリッジは静寂に包まれる。
「火星は一夫多妻制です。
私達は納得した上でこの関係にしているのです」
「そういう事よ」
アクアとイネスが告げるとクロノはブリッジから逃げたくなっていた。
(やはり帰るべきではなかったか?)
クルーの視線を集めながら、クロノはかつての女難の日々を思い出して、トライデントに戻りたくなっていた。
「そうなの〜〜?」
「「そうです」」
「あなたも苦労しておりますな」
ミナトに答える二人を見ながら、プロスはクロノの肩を叩いて慰めていた。
「……格納庫で返還する機体の解体に立ち会う。
何かあったら、連絡してくれ」
クロノはプロスに告げるとブリッジから出て行った。
「以前も思いましたが、なんか怖い感じですね」
「ダメよ〜見た目に騙されちゃ。
そうよね、アクアちゃん」
以前の出会った時の第一印象で警戒するメグミにミナトはアクアに尋ねる。
「はい、誰よりも優しい人です。
いつも自分の事は後回しで、誰かを助ける事ばかりするから心配させられて」
「そうね、お兄ちゃんには心配ばかりさせられるから困った人かしら」
「はい、はい、ご馳走様でした」
ミナトが二人の惚気を聞いて苦笑していた。
ブリッジのクルーはその声に警戒を解いていく。
「では医務室に行きましょうか?
安全性は十分過ぎるほどあるけど、一応検査しておいても損はないから」
「そうですな。
それでは皆さん、行きましょうか」
「その前に一ついいですか?」
プロスの後に手を上げてアリシアが四人を代表して質問する。
「何かしら?」
「最新型って聞きましたが、とっても便利なんですか?」
その言葉にイネスは待ってましたと言わんばかりに笑顔で答える。
「安心していいわよ。
検査結果が出るまでにたっぷりと説明するから」
「……イネス、程ほどに」
アクアが頭を抱えるように話すと、プロスもイネスの説明好きを思い出していた。
(医務室に着いたら、さっさとブリッジに戻りましょう)
「そ、それではこちらです、ドクター」
プロスがイネスを医務室に案内して行く。
クルーは上機嫌のイネスを不思議そうに見ていたが、アクアはオペレーターの四人を何故か悲しそうに見つめていた。
「さて、セットアップを始めましょうか」
気持ちを切り替えるようにアクアは告げるとオペレーターシートに座り作業を開始する。
手馴れた様子で作業を始めるアクアにムネタケが近づいて尋ねる。
「木星と休戦するのかしら?」
「その予定です。
木連も本拠地に攻撃を受けた所為で市民も戦争の怖さを少し自覚しました」
お互い腹の探り合いはせずに簡潔に話すと、
「ど、どうやって攻撃したのですか?」
驚くようにイツキが尋ねる。
「さっき見ていたでしょう。
ボソンジャンプで戦艦を移動させるのよ。
この方法なら移動で発見される事も無く、一気に目標に攻撃できるでしょう、違って?」
「そういう事です。木連の本拠地さえ判明すれば、火星は幾らでも攻撃できますから」
告げられた事柄にイツキは声が無かった。
「木連も平和ボケしていたの?」
「ええ、地球といい勝負ですよ。
緒戦で勝ち過ぎましたから傲慢になっていましたけど、火星の報復攻撃を受けてさすがに反省する者も出てきました。
あとは木連市民の意識が健全になってくれるといいんですが」
「難しいわね、地球も同じ様な状況だから戦争は長引きそうか」
「いえ、地球のほうが深刻です。
木連は全員が欲望で戦争を選択した訳ではありません。
次の世代に生きて欲しいと願った者が大半です。
遺跡の力だけでは木連を維持できないと判断したから地球と交渉に及んだ。
ですが地球は自分達の過去の行いを隠す為に安易に戦争を決断した。
木連はもう後には引けない状況です。
この戦争はどちらかの陣営が滅びるまでの戦いになる可能性も出ていますよ」
最悪の事態に発展するとアクアに言われてクルーも絶句している。
「火星が間に入る事は出来ないの?」
「無理です。火星も木連も国家として認められていません。
地球がまずその点を改善しないと火星は表立っては何も出来ません」
含むような言い方のアクアに気付いたのはムネタケだけのようだった。
「……そういう事」
「そういう事です。戦争が激化すれば市民も戦争が嫌になると思いますが、その時は未曾有の混乱がおきますよ。
だって終わらせる方法が無いですから」
「無いって、どういう事ですか?」
ユリカが不思議そうに聞く。
「だって地球は木連の存在を否定しましたよ。
つまり異星人の木星蜥蜴と交渉など出来ないと公式に発表したのに、どうやって和平交渉するのですか?」
アクアの疑問を理解したクルーは顔を青くしている。
「今頃、気付いているから平和ボケしていると言われるのです。
木連の士官達は悲壮感溢れる思いで戦場に出る者もいますよ。
勝てない相手に戦いを挑みましたから、後がない木連は死に物狂いで戦います」
「はあ、ホシノさんがいればこう言うわね。
「馬鹿ばっか」と」
ため息を吐いてムネタケが話す。
「あの子ならそう言うわね。
ホント、どうしようもないみたいね」
ミナトも呆れるように話すと、
「そ、そんなのおかしいです!
政治家さんって狂っているのですか!?」
メグミが叫んでいる。
「でもこれが現実です。
もう一歩も引けない状態になっています」
アクアが告げる言葉が重く圧し掛かりクルーも沈黙する。
「ナデシコが木星に行って、戦争を終わらせましょうと言っちゃダメかな〜」
「ダメです」
ユリカの意見にアクアははっきりと否定する。
「どうして?」
「全権大使ならそれも出来ますが、何の権限も無く戦争が嫌だからやめましょうでは脱走兵の集団と同じです。
仮に成功したとしても、その後の交渉には参加するのですか?
参加せずに政治家達に丸投げするのなら無責任窮まりませんよ。
政治家達が不甲斐ないから戦争が起きたのに、彼らに任すのですか?
そんないい加減な事ではまた戦争が起きます」
アクアの意見にユリカは、
「ダメなの〜〜」
と聞くが、アクアははっきりと理由を述べる。
「ダメです。
市民の意識改革を行って、市民が連合の健全化に動くまでは戦争を終わらせるのは困るんです。
目先の平和より百年先まで続く平和が大切なんです」
「そうね、ナデシコはお気楽な人間ばかりだから目先の事しか見てない人が多いわ。
長い目で見ないと危険があるかしら」
ムネタケが艦内の人を思って話している。
「でも、たくさん人が死ぬんですよ。
それでもいいんですか?」
「当たり前でしょう。
戦争をしているのに人が死なない方が不自然です。
ユリカさんはどうして軍人になろうとしたんです。
軍人の仕事って基本的に破壊する事です。
もっと極端な言い方をすれば、人を殺す事を合法化した職業ですよ」
ユリカの反論にアクアは問いを返すとユリカは沈黙する。
「やはりユリカさんは軍人には向いていません。
甘すぎます、覚悟が足りませんよ」
「だったらアクアちゃんは人殺しが出来るんですか?」
アクアの意見にユリカが問う。
「もう何人も殺していますよ。
人を殺す事に慣れる気はありませんが、そういう世界の住人になりかけていますね」
儚く微笑んで話すアクアにユリカは聞いてはいけない事を聞いたと思い黙り込む。
「何かを守る事は綺麗事じゃないんです。
私には守りたいものがたくさん出来ましたから、戦う事を決意したんです。
幸せになりたいから此処にいるのです」
それだけ話すとアクアは黙って作業を続ける。
そんなアクアの様子にクルーは声が掛けられなかった。
「そういう事よ、艦長。
地球はね、百年前のツケをこれから払うの。
安易な決断に対する不始末を地球全体で払う時期に来たのよ」
「……はい」
ムネタケの声にユリカも沈んだ声で返答する。
最悪な状況を知り、ブリッジは暗い雰囲気になっていた。
「凄いわね、エステカスタムの発展系の機構が随所にあるわ」
「ええ、可動式のアンテナ部は実用化すれば駆動効率の向上が見込めるし、
このバッテリーユニットも非常に助かるわよ」
仕様書を見ながらエリノアとリーラは機体の分析を始めていた。
「もう一機、新型のデーターを渡したかったが、資料が十分でなくてな。
未来から持ち込んだ機体はこれだけだった」
「ほう、新型ってどういう機体だ?」
ウリバタケがクロノに尋ねると開発班のクルーが見つめる。
「アルストロメリアだったかな。
こいつの機動データーから作られた機体だと聞いた。
なんでもエステ自体の完成度が高いから試行錯誤の末に作られたらしい」
「らしいってどういう事?」
「知っている人物はもう死亡している。
だから詳しい事は闇の中って事だ」
エリノアの問いにクロノは簡潔に答える。
「アキトは死んだのか?」
「ああ、未来から帰還したテンカワ・アキトは死んだ。
だが彼の遺志は火星に遺された。
だから火星は生き残れた……そういう事だ」
ウリバタケの問いにクロノが答えると、ウリバタケは何故か納得したような顔をしていた。
「この機体は未来であなたが製作して整備していた。
いつかお返ししたいと思っていた」
「そうか」
クロノとウリバタケは解体されている機体を見ながら話している。
「アキトからの伝言です。
「色々世話になった」との事です」
「こいつは役に立ったのか?」
「ええ、何度も命を救われたそうです。
生き残れたのはウリバタケさんのおかげだそうです」
「ならいい。自分の作った機体が役に立ったんなら、整備士としては満足だ。
こいつを詳しく分析して、いい機体を作ってやるから欲しくなったら取りに来な」
「そういう事態にはならないように頑張りますよ。
ウリバタケさんも暴走して、エックスエステバリスなんて製作しないで下さい」
「な、何の事だかさっぱり分からんな」
焦るウリバタケにクロノは思う。
(やっぱり製作しているんだな……今度は大丈夫だろうか?)
「グラビティーブラストは外すべきですよ」
「だがアレがないとダメだろう。
何ならエクスストライカーの部品をくれよ。
欲しい部品が山ほどあるんだが」
エクスストライカーはウリバタケが考えている機体を実現させたような物なのだ。
パーツを分析したいとウリバタケは普段から考えていた。
そんなウリバタケにクロノは話していく。
「ダメです。
火星に来られるならともかく、地球に最新の技術を供与などしたら危険極まりないです。
一気に戦局が傾くじゃないですか。
そんな事になれば泥沼になりますよ」
「そんなに酷い未来になるのか?」
「ええ、シミュレートの結果は酷いものでした。
以前話しましたが、人類全体の意識改革が出来ない時は滅亡の危険性があります」
二人の会話を聞いていた者は手を止めていた。
そんな酷い未来になるとは信じられないのだ。
「ボソンジャンプは軍事に転用すれば既存の戦略など無意味になる。
戦線を構築するという行為など必要が無くなる。
敵の本拠地さえ判明すれば、そこに全戦力を投入して破壊すればいい。
対抗策は敵陣営に無差別のテロくらいしかない。
そうなれば、その先にあるのは疲弊していく世界だけだ」
クロノが話す内容に周囲は沈黙で答えていた。
「まあ、そんな世界にならないように火星は動く心算だから安心してくれ。
早く市民が連合政府の暴走に気付くといいんだが」
クロノの声に頭を抱えるスタッフだった。
「――――という事だけど、いいかしら」
「なるほど、非常に分かり易い説明だった。
専門知識の無い私にも理解できる見事な説明だ」
イネスの問いにグロリアが答えている。
他のオペレーターは全員が疲れた顔で二人を見つめる。
「どこが良かったの」
「あ、頭が痛いです」
「……もういいです」
セリア、カスミ、アリシアの順でそれぞれに感想を述べる。
「そうなのか?
要点をきちんと押さえた分かり易い説明だと思ったんだが」
「ふっ、いつの日も天才の言葉は理解出来ないものなのね」
診断結果を待つ間のイネスの説明に三人は疲れきっていた。
「少し早口が難点だが、専門知識の無い者にも分かる説明だと思ったんだが」
「でしょう、どうして理解されないのかしら?」
「早口がいけないのではないか?」
「そうなのかしら?」
「それしか考えられんが」
イネスの説明を思い返してグロリアは欠点とも言える部分を話す。
「違うわよ、長過ぎるの!
旧タイプのマシンに新型を組み込む際に治療用のを組み込むだけなのに、なんで説明に二時間も掛かるのよ!」
「専門知識の無い私達に教える為の説明だから」
文句を言うセリアにグロリアは何を言っているんだと言う。
「だから専門知識なんて必要なじゃない。
用途だけ話せば問題ないわよ」
「それこそ変だぞ。
ナノマシンを組み換える工程も聞かずに行うなど危ないじゃないか」
「そうかも知れないけど……もういいわ」
言うだけ無駄と気付いたセリアは疲れを隠さずに椅子に座り込む。
三人はイネスの説明から逃げたプロスを恨めしく思いながら、
グロリアの意見を聞いて頭を抱えながらIFSの変更を行っていた。
イネスは説明出来た事に満足して上機嫌で作業をしていた。
ブリッジのアクアの元に二人は来ると、クロノに二人は状況を話す。
「もう少し時間が掛かるわ」
「私も組み換え後の経過を見ておきたいけど」
二人の意見を聞いてクロノは尋ねる。
「どのくらい掛かる?」
「二日くらい私は掛かるわ」
「私のほうも二日あれば大丈夫だと思う」
「プロスさん、予定にはないんですが構いませんか?」
クロノはプロスに状況を話して許可を求める。
「ふむ、困りましたな。
実は一人部屋はなく、三人一緒でもよろしいですか?」
眼鏡を動かしてプロスはクロノに尋ねる。
「「問題ないです(わ)」」
「じゃあ、俺はトライデントに戻るよ」
クロノは焦りながら話すと踵を返してジャンプしようと行動するが、両脇から二人に腕を組まれていた。
「たまには三人で色々話す事も必要です」
「そうね、アクアの言う通りよ」
「では案内して頂けますか?」
「それではこちらです」
二人に引き摺られるようにクロノはブリッジから出て行く。
「あいつも苦労してんだな」
ガイのその一言を聞いてジュンもゴートも頷いている。
「でも幸せそうだから良いんじゃない」
ミナトが楽しそうに話すと、
「明日、クロノが暇なら対戦しようぜ。
一度、火星最強の男と戦ってみたかったんだよ」
「その話乗ったぜ!
火星のゲキガンガーの事も聞きてえしな」
リョーコの意見にガイが賛同すると、
「私もしたいですね。
火星のパイロットがどれくらいのものか知りたいです」
「あっ、私も知りたい」
「私も知りたいわ」
「決まりだな、明日は対戦の日に決定だ。
楽しくなりそうだな」
三人の意見も聞いてリョーコがまとめる。
ナデシコでのクロノの受難は始まったばかりであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ナデシコ発進前の最終調整の様子を書こうと思いました。
もう少し書いてから月の攻略選に入るか、もう一つの話に入るか考えないと。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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