甘えなど許されない

そういう事態に進んでいる

自分は帰る場所を残す為に此処に居る

この手を血に染めてでも



僕たちの独立戦争  第七十一話
著 EFF


ファントムのブリッジで状況の推移をレオンは見ている。

「キャプテン、救援艦隊の足止めに成功したとの報告がありました」

「では俺達も動く事にする。

 ステルスタイプの無人機を放出しろ。

 それから通信妨害を始めてくれ。

 全艦第一級戦闘配置、オペレーション・シャドウムーンを始めるぞ!」

エリックからの報告を聞いたレオンは自分達の仕事を始めるべく指示を出していく。

オペレーション・シャドウムーン――木連の作戦・影月に便乗してコスモス強奪作戦を決行するのだ。

作戦・影月でコロニーを木連に奪わせて地球の危機感を加速させる。

その為に火星は連合議会で良識家のシオン・フレスヴェールをクリムゾンの仲介で火星に招待したのだ。

彼と彼らの派閥を取り込むまで行かなくても協力体制を確立する事で地球連合の自浄化を加速させる。

そして木連にコロニーを制圧させてコロニー落としも有り得るぞと連合市民に気付かせて、

市民の不安を煽り、現在の連合の在り方を見直させるというのがオペレーション・シャドウムーンの目的でもあった。


ファントムより射出される無人機は火星が第二次火星会戦で制御を奪った無人機を改造したものである。

無人機は慣性に従い、ゆっくりとL2コロニーへと流されていく。

動力を落とし、スペースデブリに擬態して近付くようにプラスが設定している。

外装を黒くして光を反射しないように、塗料自体もステルス仕様にしているのでレーダーにも小さいゴミにしか見えない。

「到達までの時間は?」

「一時間です」

「よし、撹乱を兼ねて機動爆雷をジャンプナビゲートで俺達のいる方向の裏側に転送する」

「イエッサー、キャプテン」

レオンの指示にオペレーターはナビゲーター室に指示を送る。その動きには淀みはなかった。

『キャプテン、いくつ送りつけますか?』

「多弾頭型を無人機が到着する頃に4つだ」

『それだけですかい』

もっと送ろうぜと不満そうに話す部下にレオンは苦笑する。

「やれやれ、安心してもいいぞ。挨拶代わりに送るんだ。

 本番はこれからさ」

『仕方ないですな』

不満はあるだろうが、まだ始まったばかりだとレオンが言うと残念そうに答えて、ウィンドウを閉じていく。

「デビルの準備は出来ているか?」

『問題ないよ、キャプテン。

 僕がしっかり管理するからまかして♪』

「適当に遊んでやれ、プラス」

『了解♪』

火星で造ったエステバリスにコバッタを用いて木連が攻撃するように見せかける……悪辣過ぎると言われそうだった。

だがレオンは全然気にしていない。

(使える物は何でも使う……なに甘えた事を言ってんだか。

 この独立戦争は勝たないと不味いんだ……ある意味、面倒くせえ手段を取っているんだから感謝して欲しいぜ。

 簡単に終わらせたいのならボソンジャンプで核を地上にばら撒けば良いだけなのさ)

過激な手段ではあるが、同じような事を地球が既に火星にしているのだ。

地球の文句など聞く必要など無いというのが火星人達の本音でもあるのだ。

知らなかったでは済まされない事なのに連合政府は未だに謝罪しないという事実に火星は呆れている。

そして今回の作戦に踏み切ったのもそういう状況に対しての反発でもあった。

クロノ達が火星の住民の救助を行う。そしてレオン達が秘密裡に木連の作戦に便乗する形で行動する事を政府は承認した。

軍内部の不満というガス抜きをここらでするべきだと政府は考えたのだ。

火星宇宙軍が発足して、まもなく二年を迎える。

志願した兵士達もモノになり始めた……そろそろ対人戦も考えなければならないと火星宇宙軍内部でも意見が出たのだ。

無人機相手の戦闘は大丈夫だが、人間相手の戦争はダメですと言う訳にはいかない。

そんな訳で今回の一件は対人戦での最終試験という形で行う事が決定されたのだ。

クロノを外したのにも理由があった。

彼一人だけが抜きんでるのは不味いという政治的な判断で複数の指揮官のテストも兼ねていたのだ。

その為にゲイル・マックバーンとレオン・クラストの両名が選ばれた。

二人は元連合軍に在籍していた事もあり、対人戦を経験している人物でもある。

そして思想的にも柔軟な対応が出来るとの判断をエドワードがした為に二人に任せる事になる。

エドワードとゲイルはアクエリアコロニー市長と火星駐留連合軍士官しての付き合いから何度か対面した事があり、

政府の要人達も面談した事もあり、その性格と人為りを知っていた事もあったので今回の作戦を任せる事になる。

レオンとエドワードは立場こそ違えど、火星の独立という名目で個人的な付き合いがあった。

マーズフォースは武装集団ではあったが、レオンがトップにいる事で暴発がなかったのだ。

その点を火星コロニー政府の者は誰もが高く評価している。

クロノを含む三人が後の火星宇宙軍の中枢になる事で火星宇宙軍の暴走がないだろうと政府は考えていたのだ。

「エリック、白兵戦の指揮は俺が行うからファントムの指揮は任せる。

 俺は強襲揚陸艦、スペクターに乗り込むから」

「分かりました、ファントムの方は任せて下さい」

ファントムの下部にドッキングしている強襲揚陸艦スペクター。

グラビティーブラストを一門を固定式で装備する揚陸艦であった。

ステルス性能に関してはファントムと同じくらいの性能があり、機動兵器用の重力波ビーム発生装置を搭載していた。

レオンは指揮をエリックに任せるとスペクターへと歩き出して、戦いの準備を始める。

連合軍は火星宇宙軍の本領をこの戦いで知る事になる……大量の犠牲を伴う事で。


L2コロニーの連合軍は比較的ノンビリと構えていた。

艦隊こそ出陣したが、まだ十分な戦力が此処には駐留していたのだ。

コスモス――連合軍の切り札と噂される新型艦が開発されている事も安心感がある原因かもしれなかった。

だが彼らはコスモスが奪われるなど考えた事はないのだろう……敵が忍び寄るという事態を想定していないようだった。

ノンビリと次の交代時間を気にしていたオペレーターは突如現れた機動爆雷にすぐに反応できなかった。

「え、ええと―――って、き、機動爆雷4、接近!?」

「はあぁ?、何言ってんだ?」

冗談は止めろという同僚の声にオペレーターは叫ぶ。

「バカヤロウ!、冗談でこんなこと言うか!!

 さっさと警報を出せ!」

オペレーターは慌ててコンソールを叩きつけるようにして、警報を出していくが時既に遅し。

機動爆雷は防衛システムを掻い潜って、多弾頭に分裂してL2コロニーに……着弾した。

「マ、マジかよ?」

衝撃が襲い掛かることで同僚達も慌てて被害状況を調べ始める。

「えっ、デブリじゃない……無人機襲来!?」

ステルス機能が追加されている火星宇宙軍仕様の無人機が強襲を仕掛けていく。

事前に調査していた火星宇宙軍はコロニー外部の防衛機構に着弾するようにセットしていた。

同時に無人機も一気に攻め込むようにタイミングを合わしている……外壁に辿り着くのは容易な事だった。

「デ、デビルエステバリスが来ました!」

「エステバリス隊で迎撃せよ!」

指揮所に飛び込むように入ってきた士官の声にオペレーターはすぐさま命令を伝える。

「は、発進口が先程の攻撃で塞がれています!」

「な、な――なんだとっ!?

 仕方がない、ハッチを塞ぐものを強制的に取り除いて出る様にしろと伝えろ」

「は、はい!」

「グ、グラビティーブラスト来ます!」

オペレーターの声と同時にグラリとコロニーが揺れる。

「被害状況を!」

「第一ドック前ゲート破壊!

 よ、揚陸艦来ます!」

「白兵戦用意!

 無人機の掃討を急がせろ!」

士官の命令に忠実にオペレーターが各部署に伝達させる。

「中枢の動力炉は死守しろ!

 それ以外は多少の損害には目を瞑ると伝えてくれ」

「は、はい」

動力炉を暴走させられればコロニーは消滅し、自分達も生き残れはしないのだ。

その事に気付いたオペレーター達の背中に冷たい汗が浮かんでいた。

『指令所、聞こえるか!?

 無人機だが、こいつら今までのものより強化されているぞ!』

「なんだとっ!?」

迎撃を担当していたエステバリス隊からの報告に士官の顔の焦りが浮かんでくる。

『フィールドだけじゃない。戦闘パターンも組織化されて、単独で攻撃せずに常に死角へ回り込もうとしやがる。

 それとデビルもフォーメーションを組んできやがったし、武器も使用してやがる』

今までのデビルエステバリスはワイヤードフィストくらいだったが、今回の奴はラピッドライフルを装備して戦っている。

『悪いが、救援を要請してくれ。

 組織化された上に数もそこそこあるんだ……今までのように迎撃できる自信はねえ』

ゴクリと唾を飲み込んで士官は冷や汗が頬を伝って落ちた事に気付く。

『こちら、第一ドックです。

 て、敵部隊侵入、う、うわぁ――!』

「どうし……な、何だアレは?」

慌ててスクリーンを見るとそこには信じられない光景が映っていた。

「そ、装甲服……しかもディストーションフィールドを展開だと……」

黒い装甲服があるだけならまだ理解できたが、その装甲服は自分達の攻撃が効いていなかった。

展開されるディストーションフィールドによって銃弾はもとより装甲服による接近もままならないのだ。

そして黒い装甲服のその一撃で自分達の装甲服の装甲は弾けるのだ。

「ま、まずい……これでは一方的になるぞ。

 か、隔壁を急いで閉じろ!、決して内部への侵入を許すな!」

既に半数以上の兵士達が血の海に沈んでいる。もはや一刻の猶予も許されない状況になっている。

侵入されれば間違いなく自分達は死ぬと直感していた。

隔壁を閉じる事で少しでも生きながらえる事を選択したが、それこそが相手の思う壺だとは知らなかった。


「よーし、隔壁を閉じたか……サブコントロール室を占拠したか?」

レオンは通信回線を開いて、部下達に聞いている。

『バッチしっす』

「なら始めろ。空調をこちらが押えて催眠ガスをコロニー内に充満させろ」

『外はこちらに任して下さい、キャプテン。

 無人機が防衛システムを破壊していますので、エステバリス隊だけを相手にすればいいみたいです』

エリックが外の状況を伝える。

「そっちは心配してねえよ。

 お前さんは軍ではクロノの一番弟子だろ?」

『そうですね、クオーツくん達よりも後ですけど一応弟子なんでしょうね』

音声だけだが、エリックが苦笑している様子がレオンには感じられた。

エリックにしてみればクロノの一番弟子という称号は荷が重いという気持ちなのだ。

火星宇宙軍の双璧としてレオンとクロノはその名を轟かせている。

第一次火星会戦から二人は最前線で活躍している……前線にいる兵士には二人は畏怖すべき存在なのかもしれない。

クロノの場合は火星一の朴念仁という非常にありがたい称号も付いているが……。

レオンの場合は荒ぶる獅子の異名が付き、エースパイロットしてのパイロット達の尊敬を勝ち取っているが……。

「美人の嫁さん達がいないから、ダメなんだよな〜」と本人もクロノの女性関係には負けていると話している。

この点に関しては様々な噂が兵士達の間で飛び交っているが、クロノの奥さん達がアレなだけに賛否両論だった。

その為、レオンの結婚というものが兵士達の間では非常に興味があるらしいのだ……レオンにとっては不本意だが。

そしてエリックの女性関係も非常に興味が出ているのが現状であった。

だが……クロノ自身はそういう噂が出ているが全然気にせずに、

「何を言うかと思えば、幸せなんだから外野がどうこう言っても気にせんぞ」

こんなコメントをしている事が何故か腹立たしかったらしい…。

「まあ、オメエも二つ名を持てるように頑張れ」

『そうですね、まずはそこからですか』

軽口を叩きながらも二人は仕事はきちんとこなしている。

『では外の掃除をさっさと終わらせますので』

「おう、終わり次第人を回してくれ。

 サブコントロール室は占拠したから、こっちも予定通り取り掛かるぞ」

『了解しました』

二人はそこで通信を終わらせると次の準備に取り掛かろうとする。


「聞いての通りだ。こちらも急ぐよ、プラス」

『任せて〜、無人機の制御は万全だから♪』

スクリーンに外部の状況が映し出されている。デビルエステにエステバリス隊は苦戦している状況がはっきり出ていた。

無人機が勢子の役割をしてエステバリス隊の動きを抑え、分散するように誘導していく。

そしてデビルエステが数機がかりでタコ殴りしているのだ。

援護に向かいたいのに無人機がその進路を確実に妨害している。

フィールドも防御主体にしているので、今までとは勝手が違う事も混乱の原因になっている。

焦りが更に混乱を引き連れているという表現がピッタリで、エステバリス隊は確実に撃破されている。

L2コロニーからの支援攻撃は取り付いた無人機によって沈黙させられた。

この事から火星でカスタマイズされた無人機は隠密性と完全な群体として制御される事で組織的な攻撃力を有したようだ。

「防衛用の艦が出る前に落とします。

 コスモスのある3番ドックとスペクターが突入した1番ドックを外してミサイルセット」

「了解、副長」

エリックの指示にオペレーターがすぐにミサイルの照準を決める。

「同時に機動爆雷を発射します。

 目標は裏側のドックに多弾頭をくれてやりましょう」

どうしても死角が出来るのでそのフォローをボソンジャンプでカバーする事をエリックは提案する。

『いいねえ、すぐに準備する』

エリックの指示を聞いたナビゲーター室の男達はニヤリと笑う。

「では準備が出来次第すぐに転送して下さい」

『まかせとけ』

簡潔に答えるとナビゲーター室は準備を始めると機動爆雷を転送する。

更なる衝撃がL2コロニーを襲うと同時にミサイルがドックに次々と命中すると発進準備を行っていた戦艦が誘爆する。

ドック内に居た者は誘爆に巻き込まれて、次々と炎の中に消えていく。

その光景を指令所のスタッフは自分達の油断がどれ程の危険なものだったかと気付いていく。

指令所は混乱の極みに陥っていた。

頼みのエステバリス隊は黒い無人機とデビルエステのフォーメーション攻撃に沈黙し、

艦艇を出して戦艦を撃沈しようと考えたが儘ならずにドックごと破壊されてしまったのだ。

無論、外に配置していた戦艦は敵艦のグラビティーブラスト連射の前ににあっけなく撃沈されていた。

「う、嘘だ。こんなこと……ありえない…」

指令所にいた士官が呆然と呟く声が指令所に居た者が聞いた最後の言葉だった。

催眠ガスをコロニー内全域に流されて、宇宙服を着ていない者は全員眠ってしまったのだ。

偶々着ていた者は全員武装解除されて拘束された……抵抗した者がいたがその者達は全員……死亡した。


アカツキはネルガルの技術者達は全員無事だと聞いて安心したが、被害総額を考えると頭が痛くなったらしい。

艤装が完了して、さあ出発という段階でコスモスが木連?に強奪されたのだ。

建造費などは連合が補償してくれるが、ネルガルの戦艦の有効性が証明できる状況が後退したのだ。

連合司令官ドーソンも報告を聞いて混乱していた。

月奪還の切り札として考えていたコスモスが強奪された……自分が勝つ為の手段を一つ失ったのだ。

欲に塗れていた男は自分が崖っぷちに立たされた事に気付き、大慌てで生き残る策を巡らそうとしている。

それが無駄な事だとは知らずに……。


火星宇宙軍は祝杯をあげていた――オペレーション・シャドウムーンが成功した事に。

そして木連のL3コロニー攻略戦が始まる。

この戦いが齎す結果が木連を震撼させる事件の引き鉄になる事を今は誰も知らずに……。


―――分艦隊旗艦 しんげつ艦橋―――


通信士は三原に火星から送られた状況報告を告げる。

「火星から通信。「我、月救援艦隊に一撃を加えた。足の速い艦艇は潰した。現在、L2に侵攻中」との事です」

「聞いたな?」

「ああ、こちらも行くか」

三原の問いに上松は状況が有利に動いている事を確信して三原の号令を待つ。

「総員、これより作戦・影月を発動する。

 各員の奮闘を期待する!」

「聞いたな、獲物はそこにある。

 百年の怨みと俺達の存在を懸けた戦いを始めるぞ!」

二人はそう告げると各部署に指示を出していく。三原が全体の動きを決めて、上松が末端に細かい指示を伝達する。

この二人の連携に艦隊は効率良く機能していく。

「艦隊は進路をこのままにして進むぞ」

「聞いたな、進路上の邪魔な連中は直援の飛燕に任せておけ。

 無人機の半分は飛燕の援護と残りはL3の外郭に貼り付かせて防衛機構に攻撃を集中させろ!」

「ふん、ざまあないな。この程度うろたえる様では木連では通用せんぞ」

三原は木連の強襲に混乱しかけている地球連合宇宙軍の姿を嘲笑っていた。

「油断するなよ。烏合の衆とはいえ、数だけは何処よりも多いぞ」

「そうだった……数の暴力というのは侮れんか」

「そういう事だ……でどうする?

 一応、最後通告でも出しておくか」

「出しておこう。通信を全周波で開け!」


地球連合宇宙軍は木連の強襲に最初こそ慌てていたが、既に初期の混乱からは立ち直っていた。

「ちっ、通信妨害が始まった時点で来るかもとは思っていたが、想定以上の大部隊で来やがった」

状況を確認した連合宇宙軍中佐のドナルド・リーガンは顔を顰めていた。

事前にチュンから木連の奇襲がある事を示唆されてはいたので慌ててはいなかったが、部隊の数を見誤っていたのだ。

(不味いな、時間を稼ぐにもこの分では月救援艦隊が帰還するまでは持たせられん。

 それにこのL3が陥落すれば、地球の制宙権に穴が出来る……それは問題だぞ)

如何にビッグバリアが優秀な防衛機構でも限度がある。

ネルガルのエステバリス対艦フレームとクリムゾンのブレードストライカーを四六時中、待機させるのは限度があるのだ。

今現在は宇宙空間を侵攻してくるチューリップを機動爆雷で迎撃する手段が最も有効的な手段なのだ。

その為にこのL3コロニーが陥落すると監視機構に綻びが生じる……それだけはなんとしても避けねばならない。

留守を任されたリーガンの双肩に地球の命運が懸かる事になりそうだった。

「総員に告げる」

リーガンは通信を開いてL3コロニーに居る全ての者に伝える。

「此処を陥落させる訳にはいかない。陥落すれば地球の制宙権に綻びが出来てしまうのだ。

 そんな事になれば連合市民の犠牲は今まで以上のものになるだろう。

 それだけは決してあってはならない……我々に出来る事は時間を稼ぎ、地球からの支援を待つだけだ。

 それまで全員の奮闘に期待する……以上だ」

置かれた状況を簡単に告げるとリーガンはコロニーの各部署に命令を出していく。

自分達が置かれている状況を知り、尚且つ撤退出来ない理由も聞き、兵士達も覚悟を決める者が出ていた。

新兵はともかく軍に入隊して戦争を知る者は正念場を迎えている事に気付き、表面上は浮き足立つ事はしなかった。

そんな時に全周波で通信が送られてきた。

『我々は木連月攻略艦隊、分艦隊である。

 これよりL3コロニーを制圧する事を宣言する。

 なお、当方は貴様ら地球人を許すことはない。

 我らの祖先を苦しめ、その生命を脅かした連合政府に対して今一度、宣戦布告する!

 言っておくが、貴様らが頼りにしている月方面艦隊はすぐには来れん。

 我々の分艦隊の一つが強襲している頃だ……さっさと尻尾を巻いて逃げ出す事を期待する。

 捕虜など必要ないのでな』

「ちっ、心理的圧力を掛けている心算か?」

「しかし、今の状況では効果的ですよ」

舌打ちするリーガンに部下が告げるとその顔を曇らせていた。

「分かっているが、頭にくる事は事実だろ。

 それに百年前の事を今更持ち出されてもどうしようもないだろう、違うか?」

「それはそうですが……今現在の地球がした行為はどうします」

非はこちら側にあると話す部下にリーガンは、

「はあ、そんな事知るかよ!

 地球に従わなかった時点でどうなろうと知らん」

と地球が行った行為については無責任に丸投げしていた。

「その結果がこういう事態なんですが」

「はん、勝てばいいだけさ。

 勝てば官軍って諺が確かアジアであったな。要は勝てばいいだけさ」

その言葉を聞いて部下の一人は軽いため息を吐いて、誰にも聞こえないほどの音量で呟く。

「では負ければ賊軍ですね……まあ、勝てばいいだけですが」


L3コロニー内のある一画で静かに蠢く集団があった。

「やれやれ、こうも簡単に侵入できるとは思わなかった」

「甘いですね。戦時下っていう自覚はあるんでしょうか?」

「ないな。でなければ、俺達が簡単に入り込める筈がないだろう。

 さて、本隊が来たようだから、俺達も動き出すぞ」

彼らは数時間前にこの宙域で救助された輸送船の乗員だった。

しかし、その実態は木連暗部・北辰の部下達であった。

上松が月攻略艦隊出陣の前に北辰と直接面談する事で部下を一時的に借りる事に成功したのだ。

北辰六連衆・水鏡(みかがみ)は北辰の命を受けて作戦・影月の支援を引き受けて潜入破壊工作を担当していた。

鹵獲した輸送船を改修してコロニー内部に潜入し、コロニー内部の重力波発生装置の破壊と制御室の占拠が目的である。

輸送船の身元照会にはクリムゾンが偽装工作を担当していた。

クリムゾンはコロニー落としの際にオセアニアへの落下を避ける事を条件で引き受けたのだ。

「構造は把握したな?」

水鏡の問いに全員が頷くと、

「よし、半数は無人機と共に重力波発生装置の破壊だ。

 残りは俺と共に制御室の占拠だ。

 なお、無人機の一部は制御機構に侵入させて混乱を引き起こすように指示しろ。

 奴らは未だに有人部隊がいる事に気付いていない馬鹿共だ。

 俺達がその意味を死と共に教えてやるぞ」

対人戦が始まっている事に気付かぬ連合軍の甘さを嘲笑うように話していた。

「ん、なっ、なんだ?」

救助された輸送船が突然コンテナ部が開くと中から無人機が這い出てきたのだ。

近くにいた兵士達は急激な状況の変化に途惑っていたが、声を出す暇もなく倒れていく。

背後から喉元を切り裂かれ、周囲には大量の血が流れ、その血の匂いが漂っていた。

「行くぞ」

水鏡の声に頷き、男達は駆け出す……自らの使命を忠実に果たす為に。


「第三ドックからの連絡がありません」

「あそこは救助した輸送船があったから乗員と揉めているのか?

 困ったものだ。非常時だというのが分からん民間人など救助するべきではなかったか?」

オペレーターからの報告にリーガンは苛立つように部下に聞く。

「そういう事は言うべきではありません。

 ただでさえ、軍の信用は失墜しているのです。これ以上軍の名を辱める様な真似は避けて下さい」

苛立つリーガンを窘める様に話す部下に、

「俺達が守ってやっているのに文句を言う連中の顔色を伺うのか、貴様は?」

「な、何を言っているんですか?

 市民あっての軍ではありませんか、我々の存在は市民の安全を守る為であって「黙れ!」」

諌めようとする部下の声を遮るようにリーガンは怒鳴りつける。

それと同時にコロニーから微かな振動を全員が感じていた。

「ちゅ、中佐、重力波ビーム発生装置が破壊されました!」

「なんだと!?」

オペレーターからの報告にリーガンは信じられずに怒鳴り返す。

「この非常時につまらん冗談など言うな!」

「いえ、第三ドックから無人機が侵入しています。

 それらが重力波ビーム発生装置へと攻撃を始めたようです」

「な、内部工作か!?」

部下の一人が慌てて問うと同時に扉が開いて銃声が響く。

次々と部下達が銃弾に倒れていく様子を見ながらリーガンは慌てて机の陰に隠れようとするが、

背後から銃を突きつけられて硬直してしまった。

「き、貴様、裏切るのか?」

「はて、表返ったといって欲しいものですな」

部下の一人にリーガンが恨めしそうに話すと顔に付けていた特殊メイクの人工皮膚を剥がしていった。

その様子を呆然と見ていたリーガンの周囲に立っていた者は既に誰も居なかった。

「くっくっくっ、いつまで無人機による攻撃が続くと思いましたか。

 随分と平和ボケしているものだ……呆れましたよ」

「全くだ。甘すぎる、火星を相手にしている方が相当手強いからな」

扉から入ってくる男達も口々に地球連合軍の甘さを口にする。

リーガンはその言葉を聞いて怒りで顔を赤くしていた。

「さて、一応、遺言があれば聞いてもいいぞ」

「ま、待て!、捕虜に対する扱いを知らんのか!?」

「知らんなぁ、蜥蜴さんは人の言葉を話せんから」

嘲笑うように話す男にリーガンは自分の命が懸かっているので必死に話そうとするが、

「さっさと始末しろ。俺達は捕虜を抱えて行動できるほど余裕はないぞ」

一人の男の声がリーガンが聞いた……最期の言葉になった。


「潜入は上手くいったようだ」

敵機動兵器の動きが失速し始めた事に気付いて三原は内部工作が成功している事を確信した。

指揮系統に混乱をきたしたのか、機動兵器だけではなく、艦艇の動きも不自然さが出ていたのだ。

「当然だろう。北辰殿が推挙した男達だ。失敗などありえん」

「随分高い評価をしているんだな」

「綺麗事じゃないからな、こういう裏方を文句も言わずにしてくれる人を俺はきちんと評価しているだけだ。

 こういう事が出来るのはあの人の部隊くらいだ。

 アニメのように正々堂々と上手く勝てるなどと考える方が変なんだ」

「お前のゲキガン嫌いは変わらんな」

三原は上松をからかうように話すが、上松はハッキリと告げる。

「正義が勝つんじゃない、強い方が勝つんだ。

 そして強い方が正義とは限らん。

 当然だが、勝てなければ俺達の未来は真っ暗だという事をいい加減自覚しろ」

その一言にしんげつの艦橋は沈黙する。

ゲキガン好きの連中の意見を真っ向から否定し、容赦無く斬り捨てる現実主義者の言葉だった。

「俺があの人達を信用するのは現実と空想の趣味を完全に切り離して行動するからだ。

 現実の前には甘えなど許されない事をあの人達は誰よりも知っていて戦うから強いんだ」

真剣な表情で告げている上松に艦橋の乗員達も複雑な思いでいた。

自分達がしなければならない汚れ仕事をさせている……しかもさせている者は何も文句を言わずに当たり前のようにこなす。

汚い事から目を背けていると上松に叱責されている様に感じるのだ。

「まあ、うちの提督はそういう事に気付いて、覚悟を決めたから安心しているさ。

 本国では閣下と海藤大佐、秋山中佐、南雲少佐に新城少佐は覚悟が出来ているみたいだな」

「俺はダメなのか?」

三原が自分を指差して訪ねる。

「もう少し頑張れという感じだよ。

 悪くは無いさ……でなければ、大事な妹を任せるものか」

上松の評価を聞いて三原は少し落ち込んでいた。

それなりの地位に就いたのだ……もう少し兄と呼べる人物に認めて欲しいと思っていたのだ。

「落ち込む暇があったら、覚悟を決めておけ。

 こっから先は殺し合いを始めるんだ、甘えは許さんぞ」

「分かったよ。連合軍に通信を開け、「投降する者は武装解除せよ、しないものはとっとと死んでくれ」と」

通信が流れていくと自分達の敗北を知り、投降する者が出てきたが最後まで抵抗する者もいた。

そういう者達に対して木連は容赦がなく、生き残った者は輸送艦などの非武装の艦に押し込められてL3から追い出された。

こうして作戦・影月は最終局面を迎えようとしていた。

その事を連合政府はまだ知らない……。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

作戦・影月の要の部分が無事成功しました。
この事が原因で次の難局が木連で発生しますが、それは次の話になると思います。
早ければ72話の終わりくらいで、遅くとも73話には入るのではないかと考えています。
当分はアクアさんとクロノの出番は減りそうですね。

そんなこんなで次回に進みます、期待して下さい。



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