我々は100年の時を越えて帰ってきた
我らの故郷 月へと
先達の犠牲を出しながら
だがそれは全ての始まりなのだ
我々はようやく舞台に立っただけなのだ
これから我々が行う行為が全てを決まる
更なる慎重さが必要だろう
僕たちの独立戦争 第七十二話
著 EFF
「状況は?」
ユキカゼのブリッジでチュンはL2、L3コロニーの事件を聞いて直ちに通信を開いて状況を知る事にした。
月救援が急務だが艦隊の再編を行わないと進軍が出来ないと判断し、三時間という短時間で急いで作業している所だった。
だがどちらのコロニーからも連絡は無く、通信士の顔は次第に青褪めていった。
二時間後、ようやくL2コロニーからの第一報が舞い込んできた時は笑みを浮かべていたが、
『……こちら…L2コロニー……聞こえますか?』
「ああ、聞こえるぞ」
『申し訳ありません。サブコントロール室から空調機能を奪われ、催眠ガスをコロニー中に流されました』
「……そうか、ではコロニーは無事なんだな?」
『はい、ですがコスモスが奪われました』
ブリッジにいたクルーはその一言に動揺し、焦りを感じていた。
ユキカゼを超える攻撃力を持つコスモスが敵の手に落ちたという事態は俄かには受け入れがたい事実なのだ。
「残存艦艇は?」
『ドックに待機中の艦艇は全て機動爆雷とミサイルによる攻撃で破壊されました。
警護に当たっていた艦艇も敵艦とデビルによって……』
「艦数は?」
『……二隻です。一隻は強襲揚陸艦、もう一隻は強力なステルス機能を持つ戦艦でした。
その……砲撃が始めるまでこちらのセンサーには一切の反応がありませんでした』
そう報告するとスクリーンに敵艦二隻とその揚陸艦から突入してくる装甲服の部隊の映像が映し出される。
黒い装甲服の攻撃によって一方的に撃破されていく自分達の装甲服部隊。
フォーメーションを組んで確実に破壊するデビルエステバリスとそのフォローを行う無人機。
連続してグラビティーブラストを発射し、ナデシコ級以上の機動性で戦闘を行う戦艦に声が詰まっていた。
『この後、コロニー全域に催眠ガスを流されたので自動で記録した映像しか残っていませんが……』
ドックからコスモスが出航するとゆっくりと輝き始め、光の中に吸い込まれるように消えていった。
揚陸艦と戦艦もドッキングすると同じ工程で光の中に消えていく。
「どっちだと考える?」
「やはり……火星ではないかと考えます。
木連ならばチューリップによる移動の筈ですから……」
チュンの問いにヒラサワがチュンにだけ聞こえるように簡潔に話すが内容は自信がなさそうだった。
「……あくまで推論ですが」
「そうだな、デビルといい、無人機の事もある。
安易に決め付けるのは不味いか?
とにかく今は警戒態勢を維持してL3からの通信、又は撤退してきた部隊の受け入れを出来るようにして欲しい」
『まさか……L3もですか?』
「ああ、コスモスの護衛があったL2でさえ強襲したんだ。
L3なら数も多いとは言えないだろう。事前に警戒するように通達はしているがそれでも何処まで耐えられるか?」
スクリーンに映る士官に顰めた顔で話すチュンだが、その時、最悪の報告がなされた。
『ま、待って下さい。そ、それは本当か?』
スクリーンから外れた場所にいる部下からの報告に士官は慌てて問い正す。
「どうした!?」
チュンが少し声を上げて聞くと、
『は、はい。今入りました通信ではL3が木連の奇襲を受けて……陥落したそうです』
「……なんてこったい」
チュンの後ろで聞いていたヒラサワが手を顔に当てて思わず呟く。
「残存艦隊がいれば、L2に集結するように指示を出せ。
他のコロニーにも非常警戒の警告を入れろ。
民間の施設を攻撃する事はないと思うが注意を促しておく事は間違いじゃない」
『りょ、了解しました!』
「こちらは月基地の救援後、すぐに帰還するからそれまで防衛する事だけを第一に考えてくれ。
もし民間のコロニーから救援があれば、すぐに動けるように」
民間施設を襲う事はないとは思うが、とは口に出さずにチュンは指示を出し、L2の士官達の警戒感を維持させる。
地球全土の部隊を動かすとなれば、それに呼応するように地球に潜む木星の無人機の活動が活発になると考えられるからだ。
(更なる混乱だけはしない方がいいだろう……)
何処か諦観の感のあるチュンの思いだった。
彼としては火星に対して手遅れになっているのではないかと思うと、この戦争自体が馬鹿馬鹿しくなっているのだ。
(自業自得か、因果応報というのは今の地球に対する言葉だな。
くだらない欲望が招いた結果がこれだよ……そして血を流すのは計画した人物ではなく、踊らされる俺達か……)
安易に戦争を望んだ連合政府のおかげで宇宙軍は人的損害は言うまでもなく、艦船の損害、機動兵器の損失は最悪だった。
当然のようにこの損失を埋めるのは連合市民からの税金で賄われるのだ。
(シュバルトの野郎が超過勤務で倒れんといいがな……。
待てよ、よくよく考えるとこの際だから左遷の方がマシかもしれんか?
ノンビリ気苦労なく仕事が出来そうだし、俺もそういう仕事をしたいものだ)
窓際に追いやられる方が心の平穏が得られるとチュンは考えていたが、そういう考えが現実逃避になっている事を知らない。
……ちょっと投げやり気味なチュンであった。
「では提督、月へ進路を取りますよ?」
「おっと、そうだったな。救援を急いで行わないと……」
ヒラサワの声に慌てて状況を思い出して、自分の職務をしなければとチュンは考える。
「状況は最悪だが、まだ俺達は動ける。
全員の奮闘を期待するぞ」
士気が下がるブリッジのクルーに聞こえるように話すとクルーも空元気を出して仕事を再開する。
月方面艦隊は月基地への救援を急ぐ……足掻くように、まだ諦めずに。
こうげつの艦橋で高木はしんげつからの報告を聞き、ホンの少しだけ顔を綻ばせた。
実際は小躍りしたい気持ちだが立場を考えるとそうもいかないのだ。
(上に立つというのは面倒な事ばかりだ……大作がいないと書類整理で潰れるぞ)
副官の大作の事務能力の高さを非常に痛感している高木であった。
大作自身は事務仕事は嫌いではないのか、文句も言わずに作業するので高木も苦労を掛けている事が心苦しいのだ。
『IFSの入手も完了しましたので、急ぎ本国に送ります』
「うむ、佐竹技術主任が欲しがっていたIFSが手に入った。
解析に時間が掛かるかもしれんが、こちらの戦力強化に役立つなら幸いだ」
『はっ!、飛燕の性能の向上は前線にいる我々には重要です。
佐竹技術主任には期待しています』
「ああ、有言実行をしてきた男だ。今回のIFSも物にしてくれるだろう」
『飛燕の操縦が更に向上する可能性があると聞いていますが?』
「その通りだ。閣下も今回のIFSの入手を喜ばれるだろう」
『それは何よりも嬉しい事です』
「そうだな。では分艦隊はそのままコロニーを防衛しながら周囲の索敵を。
接近する地球連合軍には攻撃しても構わんぞ。
彼らからの連絡はないと思うが、あった時はこちらに回すようにして出来うる限り通信には出るな」
『政治的な判断が必要という事ですか?』
「それもあるが、現状で地球に通信を傍受されると不味いからな」
L3コロニーが地球に近い事を考えて、万が一聞かれると不味いと判断したのだ。
木連と火星の関係を知られるのは時期尚早だと高木は判断している。
公式の場でも沈黙を守った方が今は良いのだ。
『そういう事でしたら、ですが彼らならこちらには通信はしないでしょう。
提督のいるこうげつに送りますよ』
「そうだとは思うが、念の為にな」
『承知しました。ではこれにて』
「うむ、気をつけろよ。まだ安全を確保した訳ではないからな」
『はっ!』
(まあ、その辺は上松がいるから大丈夫だと思うが……なんにせよ、三原も成長したもんだよ)
三原の成長振りを眺めて、この分なら大丈夫だと高木は確信していた。
『それでは通信を終わります』
「ああ、次は月を攻略した後にしたいものだな」
ニヤリと笑う高木に三原も笑みを浮かべて敬礼して通信を閉じた。
「いよいよ、我々の出番ですか?」
今まで沈黙を保っていた大作が高木と艦橋にいる乗員に聞こえるように言う。
「そういう事だ。これからが俺達の仕事だよ」
「そういえば、本国から新兵器というか、マスドライバーの代わりに使うように送られた無限砲改はどうしますか?」
無限砲改――元老院からの指示で仕方なく技術部が製作した大型無限砲。
月のマスドライバーが打ち出す物より小型の物しか出せないが、戦艦かんなづきより大きな物が打ち出せるだけ。
しかも試作品だから草壁も使えるようなら使っても良いと少し投げやり気味の意見が出る曰付きの一品であった。
「……試射するしかないだろうな」
高木も無限砲改の製作裏話を草壁から聞いた時は困惑したのだ。
無限砲改を輸送する手間を考えると曳航する戦艦の手配から起動させる人員の手配などで予想外の手間を取らされたのだ。
「元老院は何を考えて無限砲改を製作させたんでしょうか?
あれの製作で戦艦の製造が一時停止したんですが」
大作も元老院の意図が全然読めなかった。
マスドライバーが破壊されたとしても直せばいいだけなのだ。
態々本国から輸送してまで持ち込む必要性があるのかと問いたい気分なのだ。
「佐竹さんも苛立っていましたよ。無駄な物を作らせるなと」
「……だろうなぁ。あいつは仕事が増えているから、これ以上増やすなと言いたいだろう」
「ですねぇ。予算は増えたようですが、その分仕事は加速度的に増えたみたいです」
「飛燕の改良、新型の開発、相転移エンジンの小型化、新型艦の開発、他にも色々あるから大変だ」
「一応は組ごとに分けて作業していますが、統括責任者として各部からの意見をまとめたりしないといけないようです。
佐竹さん自身も仕事を抱えていますから大忙しだそうです。
山崎さんがまともだったならもう少しマシだったんですが」
「……紙一重の人物だった」
「どちらかと言えば……キ印の方でした」
既に死亡した人物の事を悪く言う気はないが、それだけ危険な人物であった事は間違いなかった。
艦橋にいる者は乾いた笑みを浮かべていた。
「そういえば、北辰殿も嫌っていたか?」
「ええ、あの人も嫌がっていましたね」
「今回の作戦には部下をお借りしたり、色々世話になった」
「きちんと話せば協力してくれる人でした。
よくよく考えると潜入破壊工作が出来る部署って北辰殿の部隊が一番優秀なんですよ」
「木連は正々堂々戦う事しか考えない連中ばかりだから今回の作戦には向いていないのか?」
「……向き不向きがありますから」
大作ははっきりと言わないが、木連の現在の体制に問題がある事をほのめかす。
高木もこの戦争を客観的に見る事で、今の状況が良くない事に次第に気付いている。
(閣下が急いで社会体制を変えようと考えたのもその為か……つくづく甘いのかもしれん。
だが社会体制を一気に変えるもの問題が起きそうだぞ……特に元老院が扇動しそうだ。
まさか……俺を月攻略戦に配置したのも閣下の厚意なのかもしれん。
前線に身を置く事で余計な周囲からの雑音から身を避けるように考えてくださったのか?)
不満が溜まれば暴発する可能性がある性格の自分を木連に置いておくのは不味いと思われたのかと高木は思う。
(この勝利で元老院の扇動が更に酷くなる可能性はあるから、閣下は自分を木連から遠ざけた。
自分と閣下が争う事になれば、間違いなく木連は二分する可能性がある。
強硬派の旗印になりかねない自分を保護したのか、それとも強硬派を排除する為に?)
政治的な面から自分を月に配置した可能性も捨てきれずに高木は判断に苦しむ。
(だが、これで良かったのかも知れない。
俺は閣下と戦う事など出来ん……元老院に従う気はないが部下達が暴挙に出れば、俺には部下を見殺しにはできない)
自分の甘さに高木は気付いていた……非情に徹しきれない部分がまだ自分にはあるのだと思う。
そしてその甘さが自分を死地に、窮地へと追い込むのだ。
「……何時になればあの背中に追い着く事が出来るのだろうか?」
自分の理想とも言える草壁の背を見続ける気はない。
今はまだ遠いが必ずその背の先にある場所に辿り着く――それが高木の目標なのだ。
呟いた独り言には誰も気付いていない。
高木は艦隊の全ての乗員を鼓舞するように叫ぶ。
「さあ、俺達の出番だっ!本作戦の締めを無事終わらせて、木連ここにありと地球に見せるぞ!
各艦! 配置に就けぇ―――!!」
高木の号令と共に艦隊は動き出す――作戦・影月を無事終わらせ、地球を交渉の席に座らせる為に。
月基地のソレントは木連の攻撃が一時的に収まった事に乗じて、撤退の準備を行っていた。
疲弊している兵士達ばかりだが、このまま此処で死ぬ気はないので文句も言わずに作業を進めている。
「……そうか、ジャックは逝ったか」
ノインは食堂で同期のパイロット仲間の死を聞いて、気持ちが沈んでいた。
「はい……新入りのフォローで……」
「タバコあるか?、俺は切らしてしまってな……あいつの代わりに吸いたかったんだが」
「すいません、自分も切らしてしまって」
「そうか、お前は生き残れよ。俺もジャックの分まで生き残ってやるから……こんな馬鹿げた戦争で死んで堪るか!」
苛立つようにテーブルを叩くと食堂にいた者が全員注目していた。
「そうだろう――政治家と官僚共のくだらん隠蔽工作のおかげで同期の仲間が死んでいく。
俺達の命はそんなに軽いものなのか!?」
ノインの問いに答える者はいなかったが、そこに居る者は同じような思いでいるのだ。
「うちの大将は俺達が生き残る為に何とかしようとしてくれるが、本部のお偉方は死ねという。
前線に立たない連中は何を考えているんだ!?」
後方でふんぞり返る連中にノインは銃を向けたかった。
この戦争で同期の仲間が次々と死に、部下達も失っている。
木連の波状攻撃で疲労がピークに達し、ストレスが後方にいる連中に対して攻撃的になっているのだ。
ノインの言葉に周囲の者は沈黙している。
「その通りだ。お前の言う事は正しいが、今の地球連合では認めることが出来んというのが現実なんだ」
「し、司令……」
偶然、一息入れるつもりで食堂に入ったソレントはノインの言葉を聞いていたのだ。
ノインの話していた内容はソレントも重々承知している……ソレント自身も敗戦続きでやるせない思いが大きい。
「そろそろ、連合政府も状況を理解しているだろう。
今の状況がどれ程危険な事なのか、尤も気付かないようでは終わりだが」
「そ、それでいいんですか?」
思わずノインはソレントに問う……本当にそれでいいのかと。
「良くはないだろうが、私は連合軍に仕官して……それなりに係わり過ぎた。
柵って奴もあるから、現状には一言文句を言うがどうしても強くは出られんのさ」
「世知辛い世の中ってやつですか? 給料貰っている以上はどうにもならんと」
「そういう事だが、意見は言うぞ。このままでは本当にやばい方向に進むから、変える努力はする。
あとは連合政府と軍上層部がそれを真摯に受け止めてくれるかだ」
二人の会話を聞いていた者はそれが如何に難しい事かと思っている。
蜥蜴の尻尾切りのように末端の人間ばかり犠牲にしている者が責任など取る筈がないのだ。
「愚痴を零すのは構わんさ。ただ、そういうのは信頼できる人間だけにしてくれ。
無差別に言うと立場上、訓告とか、懲罰とか考えなければならん。
今回の事は疲労とストレスが溜まっていたから不問という形にしておく」
それだけ告げるとソレントは食堂から出て行く。
ソレントが出て行った後で、ノインは複雑な顔でその場にいた。
「確かに疲れていたみたいだ。こういう場所で言うべき事じゃなかった」
「そうですね。うちの大将は細かい御仁ではなかったですから不問みたいですが」
「口うるさい連中だと降格と営倉行きは確実か」
頭を掻いてノインは先の発言を思い出して、危ない所だったと考える。
喧騒が溢れていた食堂は静まり返っている。
誰もが今の状況に不満がある事にかわりはないが、表立って言えない事に苛立っている。
自分達は志願して軍に入隊した……徴兵された訳でもなく、自らの意思で此処にいるのだ。
「……それでも、何とかしないと不味いんだよ。
この戦争は上手くは言えないが、何か間違っていると思うんだ」
ノインの声が静かな食堂に響く……誰もが様々な思いでそれを聞いていた。
食堂から出たソレントは先程の会話を思い出して、今の連合政府のあり方にため息を吐く。
「兵士達の不満も爆発しかねない状況になり始めている。地上の三軍はまだマシかもしれんが宇宙軍はどうなるか……」
陸、海、空軍の三軍はレスポンスの落ちた相転移エンジンの木星艦隊を相手に……勝っている。
相転移エンジンの欠点は空気だと聞いた事がある。真空を相転移する事でエネルギーを得るのだと技術者から聞いた。
その為に大気中ではその性能を十分に活かしきれないと。
「宇宙軍は戦力が不足し、本来の性能を発揮する相転移エンジンの戦艦を相手にしなければならない……悪循環な状況だよ」
大気中ではグラビティーブラストを連続で発射する事は難しいのだ。
そしてディストーション・フィールドとて万全ではないのだ。
だが宇宙ではそういう欠点はないから、宇宙軍が相手にするのは三軍が相手にしている戦艦とて強敵なのだ。
無論、三軍もその事は承知しているが、本当に理解しているかは……判断できない。
「問題は三軍から補充された兵士がきちんと認識できるか……その点を注意しないと」
おそらく上層部と連合政府はまだ前哨戦のようなものだと思っている節があるとソレントは考えている。
相転移エンジンを搭載した戦艦が戦場に出てくる……ディストーション・フィールドを装備して。
盾は用意された……次は矛であるグラビティーブラストを装備した戦艦である。
ネルガルは既に建造しているし、クリムゾンもオセアニアに納入しているがテロで施設が損害を受け、製造が止まってる。
いずれ生産を再開する時こそ、反攻の時になるのだと考えているのだろう。
「それが泥沼の戦争の始まりだと何故…気付かない。非はこちらにあるのだと何故……考えないのだ」
連合市民の戦争に対する意識のなさに苛立ちを募らせるソレントであった。
―――コスモス ブリッジ―――
「ふん、確かにナデシコ級の力はありそうだが、俺達の戦艦には勝つのは難しいな」
「ドック艦ですからね。どうしても戦艦と比較するのは不味いと思いますよ。
後方支援の艦と考えれば、良い方じゃないですか?」
レオンとエリックが強奪したコスモスのブリッジで諸元表をスクリーンに映し出して話している。
側に居るオペレーターもコスモスのデーターを吸い出して、ネルガルの技術力がどの程度まで進んでいるのかを調べている。
「相転移砲の開発は進んでいると見るべきだと思うか?」
「Yユニットの資料がないので、まだ分かりません。
それにメイフォード博士がいないネルガルにどの程度の差が出ているのか……それが最大の焦点ではないでしょうか」
レオンの問いにオペレーターも判断できるだけの資料がないのか、不確かな言い方に留めている。
イネス・フレサンジュ――現在はイネス・メイフォードと名乗り、火星の開発局に勤務する優秀な科学者。
ボソンジャンプ関連の開発から医療用のナノマシン開発まで手掛ける、最先端を走り続けている重要な人物なのだ。
「ただの説明好きな人じゃないんですね」
本作戦を始めるに当たり、エリックはイネス博士の凄さを実感しているのだ。
今はトライデントに乗艦して、開発中の武装と新型の相転移エンジンのチェックをしている。
帰還後はブラックボックスの解析と演算ユニットの研究を行う予定でもある。
「あのな、説明好きなだけで開発局の総責任者という重鎮にはなれんぞ。
あれは本人の趣味であって、能力に関しては火星最高の頭脳らしいからな」
数々の結果を生み出しているのだとレオンは遠回しに教えているが、
(未だに信じられねえんだよなぁ。普段のあの説明の長さだけに)
……全然、信じていなかった。
「立派な方なんですね。そういう人と一緒になるなんて、提督は幸せな方ですね」
「「は、ははは……」」
何も知らないオペレーターが感嘆しているが、レオンとエリックにはひどく虚ろに笑うしかなかった。
「このコスモスはどうする予定なんですか?」
「んっ、これは一部を改修して木連行きだ。
火星で使用すると火星が強奪したと分かるから、木連との取引に使うのさ」
「それで資料を引き出しているのですか……重要な資料を見せない為に?」
奪ったコスモスを木連にそのまま渡すのは不味いと作戦部は判断していた。
「パワーバランスを整えておかないと不味いだろ。
万が一、相転移砲の資料や試作する為の資料があるのなら必ず破棄しないと。
相転移エンジンに関しては木連は地球より知っているんだ。
強力な大量破壊兵器を生み出されると困るのさ」
ユーチャリスUに遺されていたナデシコの相転移砲の発射した映像を見た者は地球が開発し、所持する事を恐れている。
現場の士官達も出来うる限り開発を遅らせたいと考えているのだ。
コスモス強奪もその一環であり、コスモスの起動データーから相転移エンジンの開発を進まないようにする為に計画した。
クリムゾンが造船施設を一時休止したのもその為であった。
だが戦争が激化すれば、開発競争も進んで行く事になるだろう……舵取りが難しいのだ。
(本音で言えば、この辺りで戦争が終わるのが1番良いんだが、そう上手くいかねえのが現実なんだよ。
は〜情報部は出来ているが、きちんとした形になるのはまだ先の話だ)
新設された情報部は器が出来ただけでこれから人員を育ていかねばならない。
(情報戦は専門外だったから、これもクロノに押し付ける事になりそうだ。
あいつ、仕事で倒れないといいが……その方面で優秀な副官でもいれば楽なんだが)
クロノ自身も多少の経験はあっても諜報は得意ではない、適任者が少ないのだ。
裏方の仕事の経験者が火星にはいない……したがって一から作らなければならない状況だった。
幸いにもダッシュが《マーズ・ファング》を支援するクリムゾンのSSの動きをトレースしてマニュアル化を開始している。
……この事は意外な副産物といえるかもしれない。
「クロノが火星に戻ったら相談するしかないか……」
レオンは独り呟くと作業を見ている。
(お嬢に恨まれそうだな……クロノに負担を掛けてしまうから)
アクアが怒ると思うと冷や汗が出ているレオンだった。
この後、コスモスは火星から木連へ譲渡される。
火星は地球の知らない処で様々な介入をしている事に……まだ地球は気付いていない。
―――こうげつ 艦橋―――
「提督、予定通りに敵艦隊は月基地の部隊と合流しそうです」
「よし、我々も動く事にする。
合流した二つを包囲しながら、損害を更に引き出す……ちょっとエグイやり方か、大作?」
索敵を続けている部下からの報告に高木は本作戦の最終局面への移行を宣言する。
隣で聞いていた大作は、
「良いんじゃないですか。こういう形の嫌がらせも偶にはしておかないと。
兵士達に不満を溜め込ませるのもなんですし……」
鬱憤を晴らす機会も必要ではないかと話していた。
高木の部下は上官の高木に似たのか、猪突猛進型の人間が多かった。
その為か、正面から正々堂々と戦えない事に不満を溜めている者も少なくはなかったのだ。
100年前の事もあるので、地球に対する感情は良いものなどない。
そしてこの戦争に到る経緯が経緯だけに更に悪循環という状況に陥っているのだ。
「……問題だらけだ。正面から戦うのは別に嫌いではないが、今は損害を少しでも出さないようにしないと不味い」
「やはり木連の軍人は正義に拘り過ぎているのでしょうね。
それと市民の期待に応えたいと思う者もいるのでしょう」
憤りをぶつける場所を欲していると言っても過言ではない木連の人間はその所為なのか、優人部隊の活躍に期待している。
その期待に応えたいと願う者は大勢いるのだ。
「ふう……暴走しないように舵取りしないと不味いか?」
「そうですね。その点に注意が必要でしょうね」
優人部隊の民間人への暴行だけは避けたいのだと二人は考えている。
連合政府と連合住民の意識差の違いを草壁から聞いているので、迂闊に市民に暴行を加えたりするのは危険な行為なのだ。
今更だと考えている者もいるが、これ以上の混乱はどちらの陣営にも良い結果にはならない。
講和するにしても対話のチャンネルを持たない以上は何も出来ないのが現状ではあるが、
こちらから接点を失くすのは良いとは言えない。
もっとも連合側から対話をしてこなければ、高木は地球にコロニーを落としても問題は無いと考えている。
(連合政府の暴走といえど、それを止める事が出来ない連中に責任が取れるか!
そして隠蔽されていたとはいえ、未だに連合の云うがままの連中など……どうなろうとも知らん!)
草壁は戦後に於ける責任の取り方をきちんと示した。
開戦するまでの経緯も知っている……連合政府の挑発とも言うべき条件が原因だった事だけではないと理解している。
自分達の兵力を過信した事も原因の一端だと、今では理解しているのだ。
そして、その過信が火星での敗北という事態を引き起こしたことも。
安易に武力を用いた事が部下を死地に追い込む状況になっているのだと。
草壁がこれからの木連を考えて、体制の不備を無くそうと日夜奔走している事も。
その為の時間を稼ぐ事が自分の使命だと高木は考えている。
(いつまでも、子供のままではいられんという事だ。
……閣下、自分は必ず閣下が築く新しい木連を信じて、時間を稼ぎますので安心して下さい)
月基地救援艦隊と月基地の部隊が合流すると高木は包囲網を構築する。
だが、その包囲網はよく調べると綻びを残した様になっていた。
合流した艦隊はその部分に兵力を集中して、一点突破という形で脱出を図る。
それこそが高木の計略でもあり、U字型に艦隊の陣形を変えて攻撃を加えて行った。
脱出路のある前だけが安全な航路ではあるが、その航路が地球に戻るには大きく迂回しなければならない航路であったので、
チュンとソレントは苦々しい思いであったがその航路を選択しなければならなかった。
その結果は損害を多大に出しながら艦隊は地球へと帰還する。
木連月攻略艦隊はその時間を上手く使い、L3コロニーに兵力を補充し橋頭堡を確立した。
地球の制宙圏に綻びが出た事は言うまでもなく、100年前に月を追い出されたもう一つの人類は帰ってきたのだ。
……100年という永い時間をかけて、彼らはかつての故郷であった月へと帰還した。
火星の独立に始まった戦争は新たな局面を迎える。
その意味を知るものはいない……既に未来は新しい流れのままに動き出しているのだ。
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EFFです。
木連が100年の時間を越えて月へ帰還しました。
この事が次から始まるだろう?木連編の布石になる筈?……多分?
ひねくれもののEFFは素直に書くか分かりません(いいのかっ?)
まあ、後始末も兼ねていくつかの場面が挿入されると思いますが、多分木連編になると思います。
一つの事柄から始まる事件が時代を混迷に導くのか?
それとも困難を糧に更なる成長を遂げるのか?
次回もご期待下さい。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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