使える者は何でも使う
そういう時期に来たようだ
この際だから敵の敵は味方と考えよう
もう少し状況が理解できる者がいれば良かったが
教育を怠ったツケが今頃になるとは
人生ままならんものよ
僕たちの独立戦争 第七十六話
著 EFF
「――邪魔するぞ」
それだけ告げるとその人物は有無を言わせぬようにして部屋に入り込んでくる。
「……相変わらず強引な奴だ」
部屋で食事をしている人物はその男が変わっていない事に安堵したのに気付いて苦笑いしている。
「ふん、このくらいでは強引などとは言えんよ。
大体だな、俺に仕事を押し付けて隠遁しているくせに文句を言うな、重」
「随分古い呼び方をするもんだな、春。
まあいいさ……で用件はなんだ?、秋山達の教育は順調だぞ。
南雲は昔のお前みたいだ……少々梃子摺ってはいるがちゃんとモノにはしてやるから安心しろ」
かつての呼び方で話す草壁春樹と村上重信。
こうして……袂を分かった男が同じ場所にいて、席に座っていた。
お互い言いたい事もあるだろうが、そんな事はおくびにも出さずに時間が惜しいと言わんばかりに用件を伝え合う。
「元老院の年寄りどもが動きそうじゃないか……さあ、どうする?」
「泳がせてから一網打尽にする。暴発させる為に追い込んでいるからな。
奴らも相当焦っているから、暴発も時間の問題だ」
「傀儡はどうする?、斬り捨てるか?」
「相手次第だ……おそらく愛国心を揺さぶって動かす心算だろう。
曖昧な感情で動くなら斬って捨てるが自ら悩んで……その結果、動くなら文句は言わん。
だが責任は取ってもらうがな」
「市民船しんげつが本拠地だろう……あそこには月読(つくよみ)がまだ遺っているはずだ」
「月読を起動させるというのか?」
豪胆な草壁も村上の考えに驚いている。
「ああ……年寄りどもが縋るにはうってつけだろう。
天照なき今……月読が年寄りどもの切り札になる。俺としてはこの際だから完全破壊を行うべきだと言わせてもらうぞ。
あれは俺達には使いこなせん……火星住民ならば別だが」
「何故、火星住民なら大丈夫なのだ?」
「……IFSだ」
簡潔に村上は言うが草壁にはそれで十分だった。
「ならば我々がIFSを使用して月読に触れれば問題はなかろう」
「それでは足りないんだよ。おそらく俺達では情報を処理できんだろう。
火星の情報はお前も知っているだろう。
あの星はナノマシンと呼ばれる極微小機械によって惑星改造が為されている……それも火星全域にだ。
解るか……火星住民はもしかするとナノマシンに汚染されている可能性があり、
そして、それは遺跡とも繋がっている可能性が無きにしも非ずという事になる」
「ば、馬鹿な……」
大胆な村上の仮説に草壁は絶句している。草壁にしてみれば、火星への移住が危険だと言われたようなものだったからだ。
「その点は大丈夫だろう。もしそうなら火星住民は何らかの異常が出なければおかしい。
人体には無害ではあるが、常に取り込んでいるから体質が変化している程度だろう。
俺達が優人部隊を遺伝子操作で跳躍に耐えられるようにしたのと同様に、
火星住民は生まれた時から跳躍に耐えられるように遺跡によって変質させられている可能性があるだけだ」
「だがそれでは我々には跳躍は不完全な物しか使えないという事になるではないか」
「口惜しいがそういう事になる。跳躍をものにしたければ火星で子を産めばいい。
だがそう考えると火星生まれの子供達は生まれた時から遺跡によって呪われているのかもしれんな」
「呪いなのか……恩恵ではないのか?」
「恩恵には為り得ん……人って奴は無い物強請りをする生き物だ。
どうしても欲しがる輩は出てくる……欲望には限りがないからな。
お前だって必要ならば火星の住民を誘拐して無理矢理調べるだろう……例え、それが命を奪う事になろうが」
「…………」
村上の意見に草壁は沈黙を以って肯定している。
「そういう意味では火星が生き残った事は僥倖かもしれんぞ。
俺の推論が当たりなら、火星はその事を知っている可能性があるだろう。当然火星の政府は住民を保護しようとする。
俺達が移住して、次の世代が産まれた時は火星の政府が保護してくれる。
火星が滅んでいた場合は生き残った住民を地球と俺達で奪いあい、実験材料になるだろうからな」
「そして生き残りからは恨まれ続けるという訳か……木連は極悪人の国に成り果てるのか」
嫌悪を顕にして草壁は話す。木連全体が危険な国だと思われかねない状況になるのは困るのだろう。
「警戒されれば、疑心暗鬼の果てに戦争が起こる可能性もあるさ。
火星住民だって同胞を殺されて黙っている訳がない。例え地球が正しくないと思っても怨みから協力する者もいるさ。
それで行くと逆の可能性もある。地球が馬鹿やれば、木連と火星は近付く事になる……敵の敵は味方というだろう。
そういう意味ではお前の舵取りがこれから重要になるんだ……大変だな」
「……なら手伝え、秋山が辛そうにしているぞ。師であるお前が朽ち果てていく姿を見るのが苦しいのだろう。
そろそろ表舞台に帰って来い」
「……俺が退役した理由は知っているだろう。もう身体が思うように動かん……軍には戻れん」
そばに置いてある杖を見ながら村上は告げる。
「もう右足は駄目だ……こればっかりはどうしようもない。
そう……暗い顔をするな、春。誰の所為でもない、お前もあの時はこうしていた筈だろう……違うか?」
「そうだな、あれはどうしようもなかった」
「問題はこれが再び起きる可能性がある事だ。年寄りどもはこれの怖さを知らんからな。
あいつ等は口を出す事はあっても責は取らん。でなければ天照の事は誰もが知っているだろう」
「第一級封印事件……天照。あれが再び起きるというのか?」
かつて起こった事件を思い出して、草壁は神妙な顔で対応策を講じようと考えている。
「言っておくが今度は天照より酷くなるぞ。天照はまだ劣化が酷くなかったが、月読は天照よりも劣化している。
劣化した月読は間違いなく補完しようとあらゆる物を取り込んでいくぞ」
「制御は可能か?」
「IFSがあれば、ある程度は制御できるかもしれんが……おそらく無理だろう。
膨大なデーターの制御は普通の人間には不可能だからな」
「……では事前に破壊するべきか。だがあそこに侵入するのは容易ではない。
年寄りどもも切り札を破壊されないように防衛に人員を割くだろう」
「火星に人材を借りるという手段もある。
確か…遺伝子操作で生み出された人間がいるだろう。彼らなら膨大なデーターも制御できる。
最悪の時は全てを話して協力を要請するのが一番良策だ」
「そうだな、強引な手段は避けねばならんか」
「お前さんも解っているだろう。火星は戦争を継続する事を望んではいないが、売られた喧嘩は必ず買うぞ。
だが話し合いから始めれば、譲歩できるところは必ず譲歩してくれる。
地球のように何も聴かない事はない」
「厄介な仕事ばかり増えていくな、内政に力を注ぎたいのに人手が足らん」
増える仕事に苛立ちを隠せずに草壁は愚痴を洩らす。年寄りの我が侭に付き合っている暇はないのだ。
「そういう訳でお前を強制徴用させてもらうぞ」
「―――おいっ!どういうつもりだ?」
「北辰……連れて行け」
「はっ」
村上の抗議を無視して、草壁は北辰に命じると席を立つ。
「当面は内務次官補として執務を執り行ってもらうが、主にする仕事は火星、地球との対外交渉が中心になる。
交渉に不向きな人間が多い木連の中でお前を遊ばせているなど馬鹿げているとは思わんか?」
「だから聞けよ!!」
「問題ない……山積みの書類を回すから安心しろ」
「お前、事務仕事が嫌になったから俺にさせる気か?」
「…………何を言う……秋山の願いを叶える為に一肌脱ぐだけだ」
「絶対嘘だな。その間が全てを語っているぞ」
「ふっ、部下に優しい上官だと思わんか、北辰」
「御意に」
恭しく頭を下げて北辰は部下に村上を連れて行くように指示を出す。
北辰にすれば、村上が草壁の仕事を軽減させる事に期待しているのだった。
「辰っ!手前も尻尾振ってんじゃねえ!!」
表に待たせてある車へと引き摺られていく村上の一言に北辰のこめかみに青筋が浮かぶ。
「邪魔したな、主人。こいつはうちで仕事させて更生させるから安心するがいい」
「ここで干乾びさせるより、存分にこき使って磨り潰すから感謝せよ」
止めを刺すように北辰、草壁が告げると、店の主人は少し考えて話す。
「…………適度に休ませて、長持ちさせてくだせぇ〜。
一応、出来る人ですから簡単に潰さない方が上手く行きますぞ。
まあ、秋山さん達のおかげで少しは生活に張りが出たみたいですから本業に戻したってくださいな。
このままここで終わらせるには惜しい方ですから」
「「うむ」」
「重さんも素直になんなさい。秋山さん達の事……嫌いじゃないんでしょう。
せっかく慕ってくれている人を悲しませるのは大人のする事じゃありませんよ」
主人の説教めいた言葉に村上は複雑な顔をしている。秋山達の頑張りに報いたいと思う自分がいるのも確かなのだ。
「俺の為に働けとは言わんよ。木連の住民の為に力を貸せ」
真剣な顔で話す草壁に村上は困った様子だった。
「言っておくが身体はガタが来ている……激務は出来んぞ」
「出来る範囲でいい。秋山達がものになるまでで良い」
「はん、楽したければ、さっさと鍛えろって事か……やってくれるな」
「ふん、お前の事だから三人が使えるようになれば消えていく心算だろうが、そうは問屋が卸さん。
事務仕事が出来て、戦略相談もできる男など希少なのだ」
「――閣下。これで負担が減少しますな」
「ああ、経済関連の仕事はどうしても経験が伴った人材が必要だからな」
草壁は人材の確保が出来た事に満足して、笑みを浮かべている。
「ああ、もう一ついい忘れていたが、ついでに新人の育成も頼むぞ。
次世代の教育は急務だからな、期待している」
「…………本気で仕事を押し付ける気だな」
「当然だ、時間が足りないからな」
乗り込んだ車の中で二人は意見交換をしていく。
村上重信――草壁派にとって最大の弱点であった対外交渉の専門家を引き込んだ。
草壁は村上を自陣に組み込む事で次世代の育成を任せる事になる。
かつて、袂を分かった男達は再び同じ道を歩き出す。
……その道は険しいものではあるが独りではない、足りない部分を補う二人なら終点まで歩けるだろう。
木連を次世代に遺し、他の惑星との共存が出来る社会体制を作るという一大事業を。
―――トライデント格納庫―――
「エクスストライカーの格闘戦に特化した機体ですか?」
「そうだな……エクスストライカータイプ・デュエルと言ったところか。
最大の点は背中のバックパックが大型のクローに変化するのが特徴だな」
目の前の機体を前にシンと整備班班長のカタヤマは資料を見ながら話している。
「クリムゾンのランサーストライカーからヒントを得てな。
両手も大きく改修しているだろう、フィールドブレードを強化してあるんだよ」
「ふ〜ん、長さも伸びていますね」
「長さだけじゃないぞ、腕に内蔵してあるフィールド発生装置も新型に換装して強化されている。
槍騎兵――ランサーモードに移行すれば、チューリップ一隻くらいなら貫通出来るディストーションアタックが可能だ」
「トライデントのディストーション・ブレイク?」
「そこまで出力は出ないぞ。
だがライトニングを除けば、こいつが機動兵器では一番厚いフィールドを展開できるのは間違いない」
「マジっすか?」
「おおマジだ。格闘戦を主体にしているから装甲も通常の機体より厚めにしてある。
射撃が苦手なお前ならこっちの方が使い易いだろう」
「うっ……気にしてるのに」
「そういう意味では射撃戦主体のジュールがフォローしていたからな」
いまいち射撃のスキルが伸びていないと言われてシンは少し落ち込んでいる。
「ジュールとコンビを組むのならそれでも良かったんだがこれからはそうも行かんしな。
もう少し接近戦を控えて戦うようにしないと」
オペレーターでブリッジ要員にジュールはなりかかっている。いつものようにシンのサポートは出来ないのだ。
「ルナはどのレンジでもそれなりに対応できるが、シン……射撃のシミュレーション増やすか?
どうもお前は戦闘中は視野狭窄になって、目の前の敵だけに意識を向ける傾向がある。
訓練すれば多少は改善できるかもしれん……まあ、火星に戻ってから担当教官と相談するんだな」
「担当教官って?」
シンの疑問にカタヤマは連絡がまだ入っていなかったのかと思い、不味い事言ったかなと思いながら話す。
……シンならいずれクロノかアクアに聞くだろうと判断して。
ただ後で二人に話しておかないと不味いと思いながら……万が一無許可だった場合はレイの説教が待っているからだ。
(こえぇんだよ……淡々と説教受けるのは)
「ああん?……まだ聞いてなかったか、地球で合流した人員は一度再教育を兼ねた再訓練があるんだよ。
ボソンジャンプの訓練が中心になるやつだ」
「じゃあ、ボソン砲の試射とかも出来るんですか?」
「おうよ、こっちでは使用者は限定しているが火星に帰ればジャンパー資格を修得した者は訓練を受けるさ。
お前も軍に残るなら当然訓練を受けるぞ。なんたってA級ジャンパーだからな」
「ジャンパーか……便利だけどリスクの大きい力だってクロノさんが言ってました」
A級ジャンパーという言葉を聞いてシンはなんと言えばいいのかという複雑な表情で話す。
テンカワファイルを読んだ地球在住の火星人は自分達の身に危険が迫っていた事を知って驚いていた。
ネルガルが独占して研究していた技術で、その為に公表しようとしていた研究者さえ暗殺するという怒りを感じる話だった。
いずれは商品化しようとしていたのだろうが、この戦争が激化すれば軍と協力して戦場で実験しようと考えていたのだろう。
(ふざけた話だよな。当然、軍にいた俺達が実験体になっていた筈……ムカつくぜ。
クリムゾンの支援で軍から引き抜かなければ、何も説明もなく勝つ為に必要だとか言って実験をされていたんだろうな)
火星の住民専用の技術だとテンカワファイルは結論付けている。
火星の極冠遺跡にあるシステムにナノマシンが影響を受けて変質、そして火星に住む者はいつしか体質を変えられたらしい。
(勘弁してって奴だよ。許可もなく……いきなり変えるなって言いたいよ)
新生児達は生まれた時からA級ジャンパーになっている。
火星で生活している母親の胎内にいる時から遺伝子操作を受けているような状態なのだ。
「そうだろうな……便利だけどジャンプユニットがないと何も出来ないしな。
特に個人用のユニットは制限が著しいぞ」
「個人用ってあったんだ……機動兵器用がないから戦艦のみだと思ってた」
「一応あるんだよ。ただ犯罪に利用されると不味いから政府が制限を掛けているのさ」
「そっか……そうですよね。危ない奴に持たせたら大変だよな」
「そういうこった。うちでは提督とアクアさんとレイさんくらいか」
「ああ、それで時々三人の内の誰かがいないんですね」
「偶にな、火星に帰還して会議とかに参加してるんだよ。
アクアさんは行政府の仕事、主に各部署からの報告のまとめとか、企業間の意見調整とか。
クロノ提督は軍での会議とか、あとはジャンパー育成の仕事もだな。
レイさんは軍と行政府の両方に係わっている。
全員が一度に離れる事がないように向こうでスケジュールの調整をしてもらっているのさ
今、艦にいるシャロンさんは政府の予算編成と経済政策の担当官、地球からの移住者の相談窓口の責任者さ。
火星は独立したばかりだからな、どうしても経済面で企業の支援は必要なんだよ。
クリムゾン、アスカが支援を開始して、マーベリックが参入予定だったな」
「大変なんっすね」
三人とシャロンがしている仕事はどれも重要なものだと知ってシンは感心している。
シンには独立すると聞いても何をすればいいのか分からない。火星で暮らしていた時は独立なんて考えもしなかった。
実際に独立を宣言して行政府を作り、独自の政治形態を形成しているのが驚きだった。
「まあな、ボソンジャンプと木連の侵攻がなかったら誰も独立なんて考えないだろうな。
俺も火星で暮らしているけど、無理に独立する必要があるのかと思っていたし。
特に不満があった訳じゃない、独立すると言って軍と戦争するなんて言われたら反対したぞ」
カタヤマは苦笑して話しているが、火星の住民の大半が同じように思っていたのだ。
連合政府と対立してまで独立を決断する気持ちは誰にもなかったのかもしれない。
だが連合政府は木連の侵攻を秘匿し、ネメシスを秘密裡に建造するという火星の住民を裏切る……背信行為をしている。
火星人の感情は連合政府を信用できないという状況に連合政府は追い込んでしまった……自業自得とはこういう事だろう。
「まあ、話は脱線したが軍に残るんなら射撃の腕をもう少し上げとけ。
帰りたい場所や守りたいものが在るんなら、生き残る為に頑張らねえとな」
カタヤマはそう言うとシンの頭をグシャグシャと掻く様に撫でている。
「ちょ、ガキじゃないんですからやめて下さいよ」
「何言ってんだ。俺から見ればお前はまだまだガキだよ。
ガキ扱いされたくなかったら心配させねえように鍛えとけ」
未熟さを指摘されて凹むシンにカタヤマは言う。
そして周囲で作業している整備班員も笑みを浮かべて二人を見ている。
戦争中とは思えない……ごくありふれた日常の一コマのようだった。
―――連合議会―――
連合議会議員シオン・フレスヴェールの周辺は連合政府の失策を糾弾している。
火星の独立の支援だけではなく、連合の自浄化を急がなければならないと本気で考えている。
組織として範を正す事が出来ない組織はいずれ崩壊する……これは歴史が証明している。
その為に今日も自分の考えに賛同する者達を集めて会議を行っている。
中堅から若手の議員を中心に約四割くらいの議員が現状の改善を計画して集っていた。
「向こうが沈黙を保っているようだから市民も危機感がないようだな」
「……困ったものです。これはクリムゾンから渡された資料です」
ロベリア達、議員秘書は会議室にいる全員にレポートを手渡していく。
受け取った議員は真剣な顔で読んでいる。それはコロニー落としが実行された時の被害を想定したレポートだった。
一通り読んだ者達は一様に渋い表情をしている。被害総額だけではなく、人的損害の大きさに困惑している。
「北極、南極の中心に落とされた場合の地軸が傾く可能性は無い事が判りました。
ですが氷が解けますから大規模な異常気象が発生する可能性は確実だそうです。
落下による熱量にも因りますが水位の上昇は確実です。後は都市部に落下した場合の被害は場所次第になるそうです」
大気摩擦によって膨大な熱量を伴って落ちてくるコロニー。
氷山の一角などと言う諺があるように実際には水面下に沈んでいる部分が本体であり、その部分が解け出す可能性がある。
爆発によって巻き上げられる水蒸気も冷えれば、液体となって雨又は雹のような固体として地上に降り注ぐだろう。
そうなればダウンバーストのような気象災害も発生する可能性も捨てきれない。
ダウンバースト自体は時折発生しているが規模が今まで観測されたもの以上になる可能性と連続して多発する可能性もある。
「都市部に落下した場合は爆発による粉塵などがオゾン層などの大気層に留まり太陽からの熱を遮る可能性もあります」
ロベリアは淡々とレポートの内容を話しているが聞いている者達は起こりうる事態を想定すると顔を顰めている。
「核の冬と同じように地球の温度が下がっていくのか……氷河期かね?」
「そこまでは行かないとレポートには書いてありますが」
「確かにそうだが……我々は最悪の事態を想定する必要もあるのだ」
「然様、異常気象になれば食糧事情も係わってくるか……厄介な問題だぞ。
飢えた市民に理性的な対応など無理だ。略奪や暴行などの事件が多発しかねない」
「やはり此処は主導権を取り戻して木連との交渉に臨むべきか?」
「ええ、その為に情報公開に踏み切り、連合軍の上層部の切り捨てを」
「あの男に任せていたら不味い、この元凶を招いた張本人とその部下達には退場してもらおう」
「政府内にいる奴等側の官僚の生き残りも切り捨てましょう。
このような状況を招いた時点で立派な背信行為です」
「……我々、政治家達にも責任がある」
シオンが会議の参加者に告げる。
「平和ボケしていたと言われると文句を言えない状態だったのも確かだ」
その発言に参加者達も反論出来ずに困り果てている。
本来はこういう事態を招かぬようにしなければならない自分達が後手に回っている。
独断専行した一部の政治家達と官僚達に軍の暴走――修正する項目が山のようにあるのだ。
「だがこれ以上は奴らの暴走は認められん。過ちは速やかに修正する!」
シオンが力強く宣言すると参加者達も状況の改善に意欲を見せている。
「では中立などと未だに状況が読めぬ者をこちら側に引き込むと同時にタカ派の議員を説得する。
一刻も早く過半数を取って議会を掌握して木連と火星との関係を修復する。
特に火星からの回答期限が近付いている。このまま沈黙を続けるのなら火星も敵に回す事になる」
「それは困るな……火星宇宙軍の実力は既に戦場で証明されている。
木連を相手にして不利な状況なのに、更に強敵を増やすのは得策ではない」
「幸いにも今、欧州に火星宇宙軍の部隊が駐留している。
彼らと接触して我々独自のラインを構築するのが良策ではないだろうか?
無論、クリムゾンのラインを否定する気はないが政府筋のラインを作るのも必要な事だ」
「うむ、ピースランドで歓迎式典があった。その場で極秘に接触する機会を作るべきだな」
「時間が足りない……我々が過半数を取るまで期限が切れる」
「欧州は三分の二まで席を取った。アフリカは半分くらいか、オセアニアは意見をまとめる事に成功した。
だがL3が陥落した事で強攻策がタカ派から出ている。
この状況では火星の独立承認の決をとっても否決されるのは間違いないぞ」
「構わぬ、おそらく火星も否決される事を覚悟しているだろう。
しかしだ、独立を承認しようとしたアクションを出す事が必要なのだ」
シオンの発言に全員が注目する。
「今、火星宇宙軍と戦っても勝ち目は正直ないと思う。木連軍を相手に生き残った火星の軍事力を侮るなど愚かな事だ。
おそらく彼らの事だから軍事行動を起こすのは間違いない。
勝てない相手に戦う……どうなるか理解できるな?」
シオンの発言に全員がその意図を理解する。だがその顔は複雑なものになっている。
「私も正直良い気分ではない……汚いやり方だが我々の力不足だと思って受け入れるしかないのだ」
苦渋の決断を促すように話すシオンの顔もまた苛立ちや憤りが混ざったものになっている。
「ではこの失策を利用して主導権を取り戻しますか?」
「そうだ……この機会を逃す気はない」
その言葉に参加する者は頷き、事態を打開する為に動く事を決意する。
「回答に答える事に出来ない日和見な中立派も現状を認識できぬ戦争継続を望むタカ派も排斥する。
戦争自体を否定はしないが、この戦争は開戦から我々の意見を無視して行われている……ふざけていると思わんかね?」
シオンの発言に全員が不快感を顕にしている。軍も官僚達も自分達政治家の存在を蔑ろにしているのだ。
無論、係わった政治家もいるだろうがそれでも連合議会を通さずに勝手に進めたのは間違っていた。
シオン達――政治家達の反撃が始まろうとしていた。
―――木連 れいげつ―――
れいげつの一画にある道場が存在する。そこは人気がなく、通りかかる人物が少ない場所であった。
だが道場の中は綺麗に掃除されて使う者が大事にしていると感じさせられる雰囲気がある。
その奥の座敷に木連暗部最強とうたわれる北辰が烈風の報告を待っていた。
「来たか、烈風」
「はっ、やはり市民船しんげつへの侵入は容易ではなさそうです」
襖を開けて部屋に入るなり烈風は報告を開始する。
「そうか、向こうの切り札とも思える人物は既に倒した。戦力は低下したはず」
「その分、数で対抗しているようです」
「烏合の衆と言えど数があれば馬鹿にならんか」
「はっ」
「天照の事は聞いておるな?」
北辰は確認するように問うと烈風は頷いている。
「元老院はその危険性を理解せずに使用する……無様な事よ」
「それほどまでに危険な物なのですか?」
「うむ、現場で生き残った上級士官は閣下を含め十人も居らぬ。
廃棄する予定の市民船で起動させたから被害は最少だったが……此度はそうもいかぬ。
稼動中の市民船の側で起動させるらしい。
正直どれ程の被害になるか判らぬ……万で済めばいいのだが」
一万人以上の犠牲で済めば良いと言い切る北辰に烈風は愕然とする。
(そ、そんなに危険な代物を元老院は起動させるのか……痴れ者が!)
「烈風、腕の立つ者を閣下のお側に付けよ。
我が自ら出向く事にしよう」
「し、しかし閣下の護衛は?」
「その為に警護の人員を増やすのだ」
「しょ、承知しました」
有無を言わせぬように北辰が告げると烈風も途惑いながらも人員の配置を考えている。
(閣下の護衛には二番組を回すとして一番と三番組を隊長に付けるか……そうなると水鏡を月へ行かせたのは痛いな。
潜入工作にはあいつが一番だからな)
「烈風……お主は留守番だぞ」
「な、何故ですか!?隊長が斬り込むなら自分がお供します」
「本陣と月の連絡を繋げる仕事があるではないか。
誰がお前の仕事を肩代わりするのだ?」
代わりが居らぬと北辰に言われて烈風は押し黙る。今、烈風は北辰の手勢の管理を行うような立場になっている。
烈風自身も補佐する立場が出来る者が少ない事を理解しているが、それでも現場に出られないという不満が少しある。
「ですが隊長のお供は自分の仕事です。こればっかりは誰にも譲れません」
「残念だが閣下の警護を任せるのはお前しか居らぬ……これは命令だ」
「ぐっ、……分かりました、隊長」
「強行策に出る奴もいる輩もいるだろう。くれぐれも注意を怠るな」
その言葉に烈風は重要な仕事を任されている事を嬉しく思うが、北辰の側で戦えない事に不満があった。
「さて、警護という仕事に不満はないが……やはり我は白刃を赤く染める仕事がお似合いだ」
ゆっくりと立ち上がると側に立て掛けている刀を掴んで凄みのある笑みを浮かべる。
元老院の野望を砕く為に男は戦場に出る――北辰、出陣の時であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
「先生、出番です」と言うように北辰の出番が回ってきました。
地球側の意見統一進み具合を織り交ぜながら木連編が進んで行きます。
そんな訳で次回へ行きますので期待して下さい。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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