意見の相違が道を違え様としている
そして状況が対立を助長する
互いに最善の方法を考える
最後に辿り着く場所は同じはずなのに
僕たちの独立戦争 第七十七話
著 EFF
「月臣少佐……これは木連の未来を懸けた聖戦なのだ、承知しては貰えんだろうか?」
聖戦と言われると月臣元一朗は迷いが生じてしまった。
強硬派の一人の誘いに応じて仕方なく参加したが反乱まがいの策謀には正直なところ頭にきていた。
だが木連の未来を懸けた聖戦などと言われると困惑する。今の木連のあり方に不満がないとは言えないのだ。
急激な変革なので月臣の中には不満があり、元に戻したいと思う自分がいる事を気付かされた。
(だが、このような反乱みたいなやり方は好かん。
正面から意見をぶつけ合ってから戦うのなら問題はない。
闇討ちなど俺の流儀ではない)
この場に居る者は自分達の正義を口にして今の体制に感じている不満を話し合っている。
(どうしてこんな場所にいるのだ、元一朗。このような輩と手を組むのはお前の望むものではないだろう)
自分に言い聞かせるように思うと月臣は席を立とうとする。
「地球との決戦に参加したくはないかね?」
その言葉に立ち上がりかけた月臣は動きを止める。
「今の弱腰の閣下では決戦などありえぬぞ」
そんな事はないと叫びたかったが方針を変更している草壁の様子に決戦は難しいと感じてしまった。
「我らの正義を見せたくはないかね?
英雄として木連に名を残したくはないか……歴史に名を残す良い機会だとは思わないか?
木連を勝利に導いた英雄・月臣元一朗……どうかね?」
ゲキガンガーの主人公のように正義を見せる機会の誘惑に月臣は迷い始めている。
それが罠だという事に気付かずに。
「む、村上さん!どうしたんですか?」
秋山が会議室に入って開口一番に言ったのがこれだった。
白鳥は秋山が驚いて話しかける人物に注目していた。
右足が不自由なのか、杖を手にして歩いている人物――歳は草壁と同じくらいに見え、温和な雰囲気の持ち主だった。
「まあ、なんだ。強制徴用されてな……楽隠居できなくなってしまった」
「きょ、強制徴用ですか?」
「ああ、書類整理が嫌になった誰かさんが押し付けてきてな……しばらく世話になるわ」
苦笑いして話す村上は秋山の隣にいる人物に目を向ける。
「村上重信だ、秋山の師匠になるのかな。まあ、しばらく世話になる」
「自分は優人部隊所属白鳥九十九と申します。こちらこそよろしくお願いします」
敬礼して挨拶する白鳥に村上は苦笑する。
「敬礼など要らんよ……階級はないんだ。内閣府の仕事が中心だが顔見せで来ているだけだから。
本業は対外交渉だ、火星及び地球の動きを知る為にいるから余計な口出しはしないよ」
「そういう事を言いますか……参謀としては木連で閣下に匹敵する方が」
呆れるように話す秋山の声を聞いていた者は目の前の人物がそれほどの力の持ち主とは思えずに半信半疑で見ている。
「とりあえず月の状況を教えてくれるか……この後、クリムゾン経由で火星と交渉を始めるから」
村上はそんな周囲の視線など気にもせずに秋山に状況を聞く。
「はっ、月周辺宙域は完全に制圧、L3コロニーを中心に分艦隊を駐留させて待機中であります。
地球側は現在L2コロニーに残存艦隊を集結し、我が方と睨み合いを続けているといったところです」
「火星からの連絡はあったか?」
「いえ、ありません」
「ふむ、コスモスの譲渡の話が出るかと思ったんだがまだか……当てにしているのだが」
その発言に会議室の音が消えた。信じられないといった表情で村上を見る者が殆どだった。
「そ、それはどういう意味でしょうか?」
秋山の隣にいた白鳥が逸早く再起動し慌てて聞くと村上は平然とした様子で話す。
「火星は回答期限前に軍を動かしたという事実は消したいから、木連が奪取したように見せたい……此処までは解るな?」
「は、はい」
「解体するというのもありえるが、火星としてはうちにもう一頑張りしてほしいから戦力を増やして欲しい……解るな?」
「それでコスモスを譲渡するというのですか?」
「そうだ。火星は地球の危機感を煽って市民から戦争を止めるよう動かす画策しているのだろう。
だからコスモスは邪魔だったから強奪した。
そしてコスモスが敵に回ると思わせて前線の兵士に動揺を誘っているのだ……まあ、これは私の私見だがね」
「ですがコスモスの性能を知れば引き渡す事はないのでは?」
白鳥の反論に殆どの士官が同じ考えなのか頷いている。しかし村上はその発言を聞いて呆れるように全員を見ていた。
「なるほどな……中将が俺を徴用する訳だ。
秋山よ、優人部隊には参謀型の戦力分析が出来る戦術立案者の士官は月に行ったままなのか?」
「上松、三山の両名は月で作戦中です。後、海藤さんは「あいつはいい」……以上です。
どちらかというと実戦派の前線指揮官が殆どです」
「現場で指揮は出来ても戦略を考えたり、相手の手の内を読むのは苦手と言う事か……厄介だな。
ゲキガンガーに毒されすぎたか……」
「その言葉ぁー聞き捨てならんぞ!」
村上の発言に月臣は過剰に反応するが、村上は気にした様子もなく話す。
「戦争をやっているんだ。当然、戦士ばかりで戦線が維持できると君は思うのか?
勝つ為に何をすれば良いか考える軍師というものは不要だというのか?
武器を開発し、製造する者はは不要なのか?……そうではないだろう。適材適所は人が生きていく上で必要なものだ。
特に軍には様々な考えを持つ者が多い方が良い……意見をぶつけ合う事で戦略、戦術をより良くする事も出来る。
意見の不備を無くす事で成功率を上げて勝利する。間違っているかな?
ちなみにゲキガンガーには軍師というものは敵側には居るが、主人公の側には存在しない。
何故なら敵が襲ってくるのを待ち構えている事が殆どだからだ。
現場、現場で博士が敵を分析して対応する。戦術はあっても戦略はない……そういう世界じゃないかな」
村上の分析に月臣は一瞬呆けるが慌てて叫ぶ。
「我々の聖典であるゲキガンガーを侮辱するのか!」
「どうしてそうなる?……現実というものを判りやすく説明したんだが。
この国はね、遺跡の恩恵があるおかげで生産の難しさがない。その所為か、兵站や資源の貴重さを軽んじている。
君達が使用している兵器は打ち出の小槌のように振れば出るような甘い物じゃないんだ。
本来は人が設計して、材料を集めて、部品を製造して組み立てるものなのだ。
開発費をケチった訳ではないが元々は作業用の虫型無人機を戦闘用に変更した簡易な物だ。
地球を相手にした初戦こそ完勝だったが、その後は開発力の差が徐々に出ている。
特に火星の機動兵器によって数で押すという戦術はもう出来ないんだ。
当然、新しい戦略を練らねばならないがその人材が不足しているとは思わないかい?」
村上の問いに秋山は賛同するように頷き、白鳥は苦い物を口にした時の顔になったのか渋い表情になる。
士官達も戦略をどうするのかと聞かれると答えようがないのか、困惑した表情で聞くなと物語っている。
「方向性を決め、その方向に進めるために何をしなければならないかと考えるのが戦略。
戦略を決め、その戦略に従って行うのが戦術だ。そういう事を君達は中将に任せるだけで何も考えていないのか?
ただ目の前に居る敵を倒すだけなら戦士ばかりでもいいが、君達には戦うだけではいかんのだ。
君達の行動如何でこの国の命運が懸かっている事を肝に銘じなさい」
説教めいた言い方だが村上の意見に項垂れる士官もいる。
(反省する者もいる……まだまだこの国はそう捨てた物ではないか)
村上は会議室を見渡してそう考えている。そしてその顔には笑みが浮かんでいた。
(納得できん……確かに正論かもしれんが)
月臣は反論出来ずにいた。だがその胸中は苛立ちが渦巻いていた。
優人部隊が否定された気分なのだ。月臣にとって優人部隊は苦しい訓練の末に到達した地位でもある。
いきなり現れた村上に否定される謂れはないのだ。
月臣は村上を睨みつけるが、相手の村上は全然気にしていない事も苛立ちの原因であった。
村上にしてみれば、月臣の殺気混じりの視線など修羅場を潜り抜けた村上には温いものでしかない。
(辰に比べたら温度差がありすぎるな……やはり人を殺していない者が放つ殺気など、この程度か)
月臣だけでなく他の士官達からの視線すら温いものだと村上は思っている。
「まあ、人の趣味にケチ付ける気はない。好きにすれば良い。己の職務が出来れば文句は言わんよ。
それに私の仕事は対外交渉だ。今日は顔を見せる為に出席したにすぎない」
「では、作戦会議に意見を述べる気はないというのですか?」
白鳥が秋山と月臣の様子を見ながら尋ねる。
「そういう事を言わないで意見を述べて下さい。前線指揮官は多いのですが戦略に関しては不慣れな者が殆どです」
「政治を知らぬものが多いという訳だ。
白鳥少佐だったね……君なら次はどういう戦略で木連の立場を強化する?」
秋山が苦笑しながら話すと村上は白鳥に試すように問い掛ける。その目は一言一句逃さないという眼差しだった。
「じ、自分ですか?」
「そうだ。意見がまとまらないのなら、月臣君が先に言ってもいいが」
そう村上が話すと士官達の視線が月臣に集まっていく。月臣が注目されて少し焦る。
「木連の未来を懸けた戦略だ。君にも意見を述べる資格は十分にある。
君の意見が素晴らしいものならば中将に進言も出来るのだ……忌憚ない意見を話して欲しい」
木連の未来と言われて月臣は困惑する。前線で戦う事を第一に考えていただけに戦略を聞かれても答えられない。
白鳥も同じように戦略を聞かれて、どう答えれば良いのか悩んでいる。
他の士官達も村上の視線を避けるようにして、迷い、途惑い、悩み、親からはぐれた迷子の子供のように不安になっている。
前線で戦う事に不安はないのだろうが、戦略という政治が絡んでくる事は不慣れな者が多いのだ。
「やはり木連の教育方針を変えて行く必要があるようですな」
「……そうだな、前線指揮官に不満はないが戦略担当の人材が欠如しているのは問題だ」
丁度、会議室に入ってきた草壁に村上は告げると草壁も困った様子なのか……渋い顔をしている。
「もう一つは情報を統括し、分析する部門も新規に作る必要があります。
どうも火星の機動兵器に対しての情報を分析している者が少ない。情報に対する認識が不十分です。
これでは勝てる戦も勝てぬようになりますよ」
「ふむ、戦略課と諜報課を新設するべきか?」
「ええ、出来る限り急いで作る必要があります。
特に諜報課は急いで設置して人員を地球に派遣しなければなりません。
昨日、拝見した資料から地球側の相転移船は火星と違いまだ試作艦と見ました。
おそらく火星はコスモスを強奪する事で地球側の相転移船の能力を分析し、火星の戦艦との比較をしているでしょう。
地球側は実戦を経験する筈だった戦艦を失いました。これは好機だと判断するべきでしょう」
村上の意見に草壁は考え込んでいる。士官達は村上の意見を聞いて地球の状況を想像する。
「おそらく火星と協力関係にあるクリムゾンの戦艦は火星からの技術提供で我々の戦艦よりも優秀でしょう。
ですがクリムゾンは戦艦を必要以上に戦場に出すのを拒んでいる節があります」
「泥沼になるのを避けているのか?」
「……おそらくは」
村上の発言に草壁は地球から送られてくる情報から確かだろうと思っている。
クリムゾン本社があるオセアニアは木連の無人兵器の排除に成功し、造船施設も生き残り、戦える体制は整っている。
(ふむ、クリムゾンのあるオセアニアには攻撃の手を緩めていた。
だがそれでも排除出来るほどの力はなかった筈なのに、現実は排除されてオセアニアには木連の影響下の土地はない。
戦力を十分に整えられる環境はあるが出し惜しみをしている状況か)
現在、地球に待機させている部隊に草壁は特に指示を出していない。
自律行動――言い換えれば"情報だけ送って後は好きにしろ"と命じてあるのだ。
これは地球内部で動かす事で宇宙に意識が向かないように草壁は連合軍を誘導していた。
単に制宙圏を確保する為でなく、出来る限り相転移機関を宇宙空間で使用させないように計画していたのだ。
真空を相転移する相転移機関の本領を発揮するのはやはり宇宙空間である。地上では万全に使いこなすのは無理があった。
そしてその計画は成功している。
クリムゾンの戦艦は地上での戦闘に参加し、ネルガルの開発した戦艦コスモスは火星が強奪した。
(ナデシコだったか……あの艦だけが唯一宇宙空間での戦闘経験がある。
だがあの艦は実験艦だった。大まかな情報は入手したかもしれないが、まだ万全の状態で使える艦は地球にはない)
ユキカゼという戦艦が存在しているが、草壁はユキカゼが間に合わせの戦艦だという事をクリムゾンから聞いていた。
その情報通りユキカゼの戦闘能力はナデシコに比べると劣っている。
(いずれはあの艦も落とさねばならんが、あの艦は前線に配置されているのでいつでも落とせる。
問題は改修中の戦艦ナデシコを戦場に引きずり出して落とすか……だな)
連合軍も馬鹿ではない。ナデシコを改修している場所には防衛の部隊が展開している。
何度か無人艦隊で攻撃を仕掛けたが……失敗している。
(出来るなら戦場に出る前に破壊しておきたかった……忌々しいものだ。
優人部隊を地上に降下させて破壊するというのは無理だろう。特攻させるのは避けたいな)
勝つ為に死ねというのは簡単だが、ナデシコ一隻を落としても意味がない。相転移機関船はナデシコだけではないのだ。
火星は実用化に成功し、地球の企業は実用化に向けて開発を始めている。
(クリムゾンはテロという形で造船施設を一時閉鎖に追い込まれた振りをしているが何れは再開するだろう。
ナデシコを製造したネルガルも戦艦の建造を始める筈……時間はそう残されていないか)
火星が市民の厭戦感情を刺激して戦争を終わらせようと計画している事は承知している。
コロニー落としという切り札を手にした木連の動き次第で腐敗した連合政府の崩壊を加速させる事も可能なのだ。
(地球は火星からの問いに答える時が来ている……その時こそ我々が動く時かもしれん)
そう考えると草壁は席に座り、一同を見渡して宣言する。
「では本日の会議を始める」
村上は会議室の隅にある机に行き、会議の内容を聞いている。
報告された情報を基に火星との会談を有利に進める必要があるので一言一句聞き逃さないように集中していた。
(……ダメだ、客観的に分析している報告が少なすぎる。どう聞いても私情が混じった意見が多いぞ。
血気盛んと言えば聞こえは良いが、猪武者の集団と変わらんな。
春も苦労しとるわ。後で送られてきた情報を自分で分析した方がいいな)
また仕事が増えると思うと村上は憂鬱になりそうだった。
(ああ、村上さん……呆れているよ)
村上の視線が気になって秋山は村上の方を向くと、そこには冷めた目で会議を見つめる村上の姿があった。
(後で今までの資料を整理してお渡しするか)
秋山は会議に参加しながら、今までの情報の整理を始める。
師である村上の負担を減らす為に。
(くっ、いい気になるなよ。いきなり聞かれたから答えられなかっただけで俺にも考えはあるからな)
月臣は村上の問いに答える事が出来なかった自分に苛立ち、恥を掻かされたと考える事で自分を誤魔化そうとしていた。
(やはり木連は間違った方向に進んでいる。
聖典であるゲキガンガーを侮辱する男が此処にいるのがおかしいとは思わんのか?、九十九、源八郎)
自分達の正義が貶められようとしていると月臣は感じている。
そんな男を重用しようする草壁が何を考えているのか……理解できなかった。
他の士官達の中にも村上の存在を気にする者がいた。
村上の存在が優人部隊に新たな波紋を投げかけている中で会議は続いている。
……それぞれに思うところがあろうと人の未来は作らなければならないのだ。
―――ピースランド王宮―――
ホシノ・ルリは困惑していた……あまりにも両親の姿がおかしいから。
目の前の両親は中世の王族が着ている様な服装でどうしても変なコスプレでしかないように感じているのだろう。
「まあ、公式の場ではあれが制服なんだよ」
「……は、はあ……」
途惑うルリにクロノがフォローする。クロノにとっては二度目だが、ルリが途惑うのは無理がないなとクロノは思っている。
周囲に控えている大臣達も途惑うルリを好意的に見ていた。
自分より遥かに年上の大人に傅かれてルリ自身は困惑しているが、誰もがルリを受け入れようとしていた。
事前にアクアが公式の場では公人の立場を優先する為に温か味のない会話になるかもしれないとルリに注意していた。
『いいですか、本番は私人としての場です。偉い立場の人ほど、どうしても公私の区別をつけないといけないのです。
だから公式の場での会見で冷たいと感じても、私人としての会見が終わるまで見方を決め付けないように』
アクアも付き添う予定だったが、仕事があるのでクロノに子供達を任している。
王との会見自体は恙無く終了し、これからが本番といえる家族との面談であった。
ジェイク・ダニエル侍従長が先導し、クロノとルリを王宮の奥の間へと案内する。
「公式な場では王としての立場があるので冷たく感じられたかもしれませぬが、
これより先は私人としての立場を取られるのでご安心を」
「あ〜ルリちゃん、アクアからの伝言で"覚悟するように"だ」
「は、はい?」
いきなりクロノに言われてルリは思わずクロノに振り返る。
「年頃の娘を持つ母親というものは娘に色々な服を着せたいそうだ……いや、よく判らんがそういう事だ」
その一言にルリは自分が母親によって着せ替え人形のように様々な服を着替えさせられる光景を思い浮かべて焦る。
「いえいえ、そこまで酷くはないですよ。
……まあ、数着は着替える必要があるかと思いますが、来週の舞踏会用にですが」
「……そういう事なら仕方ありませんね。我慢します」
扉の前でジェイクはルリに微笑みながら告げると扉を開いてルリとクロノに入るように促す。
「ルリッ!」
部屋に入るなり、ルリは母親であるアセリアに抱きしめられて驚いている。
「え、えっと……」
慌てるルリに気付かずにアセリアは頬に手を添えて話しかける。
「ああ、苦労を掛けてしまいましたね。ですがこれからは不自由な思いなどさせません。
ルリが望むなら此処で…この国で皆と一緒に暮らしましょう」
いきなり抱きつかれ、一気に捲くし立てられたルリは声が出ない。
そんなルリを見かねてクロノがアセリアに声を掛ける。
「王妃様……いきなり抱きしめられてルリちゃんが吃驚していますので……」
「ああ、ご、ごめんなさい……驚かせてしまいましたね、ルリ」
クロノの声にアセリアは慌てて離れるとルリの顔をじっと見つめている。
「……いえ、ちょっと驚きましたが大丈夫です……お母様」
恐る恐る声をかけたルリだが、アセリアの顔を見て驚く。
目に涙を浮かべて嬉しそうに辛そうな……どちらなのか判らない表情でいるのだ。
「あの……やはり私がIFS強化体質だから母と呼ぶのは不味い「そんな事はありません!」ですか?」
ルリが不安そうに聞いてくるのを遮るようにアセリアは話す。
「寧ろルリの側に居てやれなかった私が母でも良いのですか?」
「えっと……私は母がいると聞いて嬉しかったんだと思います。妹達には悪いと思いますが」
そう話すとルリは自分から抱きついていく。アセリアも優しく抱きしめる。
(これで一つ肩の荷が降りたな……それとも……。
まあ、いいさ……何かあった時にルリちゃんが頼れる人が出来た事に今は感謝しよう……今はそれだけで良いさ)
クロノは抱き合う二人を見ながら過去に戻ってきた事に意味があったんだと考えていた。
(笑顔のラピス、ルリちゃんに家族を、そして皆が幸せになってくれるといいな)
「今回は本当にお世話になりました」
クロノにジェイクが深々と頭を下げて礼を述べる。
「いえ、寧ろこれからが大変なんだと思います。
あの子には余計な重荷を背負わしたのかもしれませんから」
「そうは思いません。姫様は聡明な方です」
「でもまだ子供なんですよ。もっと自由に生きて欲しいと思うのに重荷を背負わせる……保護者失格です」
王妃とルリの邪魔をしないように少し離れて、小声で二人は話し合っている。
「責任ばかり押し付けているようで……ダメな兄ですよ」
「それを言われると私も侍従長失格ですな」
「……申し訳ない、言い過ぎましたね」
クロノが頭を下げて謝罪する。ジェイクが十年以上の時間をかけてルリを探していた事を否定したようなものなのだ。
「貴方の苦労を考えたら私の言い方は棘がありました……本当に申し訳ありません」
「いえ、私の苦労は報われました……お二人が無事再会できたのです。
後は姫様に幸せになってもらえればそれで十分です」
「ええ、アクアもそうなる事を望んでます。まあ、余計なお節介かもしれませんが手を差し伸べ続けるだけですけど。
ルリちゃんは自分の運命は自分で切り拓く心算みたいですから」
苦笑しながら話すクロノにジェイクは笑みを浮かべて二人の様子を見守っている。
「寂しいものだな、父親というものは」
そんな二人に妻と娘に置いて行かれた様な感のある国王が話しかける。
「一緒に暮らしても居ても何時かは嫁いでいく……そうは思わんかね?」
「陛下……気が早いですぞ」
「娘は居ますがまだ実感は湧きませんが、そう考えると寂しいですね」
嗜めるジェイクにラピス達がいずれボーイフレンドでも連れて来た事を想像して一抹の寂しさを感じているクロノ。
「やはり男の子の方が良いかもしれませんね」
「そうだろう、そうだろう。ルリもそのうち何処かの馬の骨に奪われると思うと寂しいものだ」
「……へ、陛下」
早くも親馬鹿の感がある国王陛下にジェイクが困っている。
「ですが陛下には息子さんが五人も居ます。可愛い娘さんをそのうち連れてきますよ」
「ふむ、それでも娘が家を出るというのは寂しいな」
「何を言っているんですか、お父様?」
クロノと国王の会話を聞いたルリが慌てている。その顔は頬を赤く染めて恥ずかしそうにしている。
「あら、誰かいい人でも居るのですか、ルリ?」
「かっ、母様まで何を言うのです!」
「確かアクアさんからのメールでは仲の良い方が居ましたね」
「なっ!(ね、姉さん、謀りましたね)」
「むっ、それは本当かね、クロノ君」
「お、お父様!」
クロノに確認を取ろうとする国王にルリは慌てている。
そしてクロノが口を開く瞬間、ルリが睨むように見ていた。
まるで余計な事を言うと後でお仕置きですと言わんばかりの視線を受けてクロノは、
「ま、まあ、その件は後で話すとして舞踏会で着る服の合わせはよろしいのですか?」
問題を先延ばしにするように話題を変換していた。
「そ、そうでした。ルリのボーイフレンドには興味がありますが衣装合わせに行かないと」
慌てて予定を思い出して、アセリアは側に控えているメイドに指示を出してルリを連れて移動する。
(助かったんでしょうか?ですが、この後の事を考えると……運が良いのか悪いのか判りませんね)
嬉しそうにルリの手を引いて歩くアセリアを見ながら、ルリは困った顔でこの後の事を考えている。
「お、お母様……その、お、お手柔らかに」
「大丈夫ですよ、ルリ。何処に出しても恥ずかしくないプリンセスにしますから。
ああ、やはり娘というのは良いものですね。こうして綺麗に見せる事が出来ます……なんと嬉しい事か」
「全くです。王妃様に似て、ドレスの着せ甲斐がありそうですね」
側に控えるメイドが楽しそうに話すとアセリアも楽しそうに頷いている。
(だ、大丈夫ですよね?)
ルリの試練の時が来ようとしていた。
―――トライデント搬入口―――
慌ただしく作業を行っている整備班を横目に一人の女性が秘書を伴ってトライデントに入ってくる。
「お久しぶりですね、レイチェル会長」
シャロンがとても楽しそうに声を掛ける相手は北米最大の企業マーベリック社の会長レイチェル・マーベリックだった。
「ええ、貴女も元気そうで何よりね。大人の余裕って奴が出ているところを見ると火星で鍛えられたのかしら?」
「まあ、そんな感じですね。なかなか良い所ですよ、火星は」
見ていると気持ちよく感じられる穏やかな笑みで話すシャロンをまぶしそうに目を細めてみる。
「アクアといい、貴女といい、火星はクリムゾンの人間には重荷を下ろして再び背負うだけの力を与える場所かしら?」
「そうかもしれませんね」
「ふふ、いい顔ね。さて、案内してくれるかしら?」
「はい。どうぞ、こちらへ」
二人は連れ立ってトライデントの会議室へ歩いて行く。
「そういえば、アクアとアクアの旦那って何処に居るのかしら?
一度会ってみたかったんだけど」
「アクアは月へ、彼は王宮に行ってますよ」
「そう(火星は木連と共同戦線を張る気なのね。そしてピースランドに間に入ってもらうという訳ね)」
シャロンの言葉からレイチェルはそう判断する。
「そういえば、失踪していた姫はもしかして火星が保護していたの?」
「まあ、そんなところです」
「ネルガルも馬鹿な事をしたものね。ピースランドの姫君をIFS強化体質にするなんて」
「あの子が言うには"大人って馬鹿ばっか"だそうです。
自分で自分の首絞めてどうするんですか、なんて言ってましたよ」
「ふふ、そうね(平和ボケしてたのは地球の大人だけみたいだから、その点は私も同じね)」
苦笑するシャロンにレイチェルもつられるように苦笑していた。
そんな時、二人の前に薄桃色の髪の少女が正面から駆けて、シャロンに抱きつく。
「おっはよう、シャロンお姉ちゃん!」
「ええ、おはようラピス」
「あれ?、この人誰?」
今、気付いたようにシャロンに聞いてくるラピスにレイチェルはシャロンに告げる。
「シャロン、子供を戦艦に乗せるのはあまり良いとは言えないわよ」
「でしょうね。でも、この子達には此処が一番安全なんですよ」
困った顔でレイチェルを見るシャロン。レイチェルは視線をラピスに移すと、
「あら、この子ってもしかして?」
ラピスの瞳の色を見て、厳しい顔つきに変わる。
「そういう事です」
レイチェルの視線を避けるようにシャロンの背に隠れるようにラピスは動く。
「ああ、ごめんなさい。怖がらせちゃったわね」
「ラピス、この人は大丈夫よ。なんたってアクアのお母さんみたいな人だから」
ラピスの頭を撫でて、緊張を解きほぐすように話しかけるシャロンの言葉にラピスは反応する。
「お母さんって…ママの?」
「ちょっとシャロン、お母さんはやめて。せめてお姉さんにしてくれない」
少し不機嫌な顔で話すレイチェル。彼女にすれば、おばさん呼ばわりされたみたいで嫌なのだ。
「でも……いえ、もう言いません」
レイチェルは年齢の事を口にしようとしたシャロンを一睨みで黙らせるが、ラピスの次の言葉で場が凍りつく。
「ママのお母さん……じゃあ、ラピスのお祖母ちゃんなの?」
子供の無邪気な一言に怒るに怒れないレイチェル。シャロンもどうフォローするべきか困惑している。
「え、えっと……あ、あのね、ラピス」
「だってマリーが言ってたよ。ママのお母さんはラピスのお祖母ちゃんだって」
(マリーが……もしかして、かつての復讐かしら?)
アクアの悪戯好きの原因のレイチェルに対する嫌がらせかもしれないとシャロンは考えていた。
「そう……そういう事なのね。やってくれたわね、マリー。
シャロン……他にも居るのアクアの子って?」
「え、ええ、居ますけど」
「悪いけど、会談が終わったらマリーのところに案内してくれるかしら?」
「は、はい(マリーもやってくれるわね。でも、少し冷静さを欠いた状態で会談ならこっちが有利になるかしら?)」
なんせ相手は業界では切れ者と言われる女性なのだ。少々冷静さを欠いている方が楽な事は確かだ。
「もしかして変なこと言ったの?」
ラピスが泣きそうな顔でシャロンに言う。
「う〜ん、間違っていないけど、綺麗なお姉さんにお祖母ちゃんはないと思うの」
「?……じゃあレイチェルおばさんでいいの?」
「……せめて、お姉さんにしてあげて」
シャロンは焦りを加えて話す。とてもじゃないが怖くてレイチェルの方に視線を向けられない。
周囲で作業している整備班のメンバーも瘴気が混じった空気を感じて、シャロン達の方を見ないようにしている。
「…………そうね、貴女の所為じゃないわね」
怯えるラピスにレイチェルは苦笑すると優しく頭を撫でて話しかける。
「お姉さんはレイチェル・マーベリック。アクアの姉みたいなものよ」
「……ラピス、ラピス・ラズリ」
途惑いながらもラピスは自分の名前を言う。
「そう、いい名前ね」
「うん♪、ママとパパが最初にくれた大切な名前だよ♪」
名前を褒められたラピスは嬉しそうにしている。
その様子にシャロンは笑みを浮かべ、レイチェルも穏やかに微笑んでいる。
「ママの事……好きなの?」
「うん♪、だ〜い好きだよ♪」
「そっか〜、アクアが強くなる訳だ。こんな可愛い子供が居れば、誰よりも強くなれるわ」
「えへへ、でも、パパも好きだよ♪」
「ぜひ……会ってみたいな。ラピスの自慢のお父さんに」
「今はルリ姉ちゃんのお父さんとお母さんに会っているの」
「そうなの……ちょっと残念。格好良いお父さんなんでしょう?」
「うん♪」
丁度、会話が途切れかけたとシャロンは思い、割って入る。
「じゃあ、行きましょうか? この後、時間があれば皆を紹介しますよ」
「そうね、マリーには一言言いたいし」
「ええ〜〜」
ラピスはもっと話したいと不満を表すが、
「大丈夫、後でまたお話しましょう。お母さんの小さい頃のお話なんてどう?」
「聞きたい!」
「マリーの若い頃も聞かせてあげるわ」
「約束だよ、レイチェルお姉ちゃん」
「ええ、楽しみにしてね」
「うん♪」
そう話すと三人はトライデントの会議室に向かう。
「いい子ね……ネルガルも酷い事するわね」
ラピスの姿が見えなくなってからレイチェルは不機嫌そうに呟く。
「ええ、うちは馬鹿親父が同じ事をしていました」
シャロンが沈痛な顔でレイチェルに話す。
「生き残った弟達はみんながIFS強化体質……何をしたか知らずに墓に入りましたけど」
「ホント、男って馬鹿よね。命の重みを知らないのかしら」
「……そうですね」
「で、アクアの夫はマシな人なの?」
レイチェルの問いにシャロンは少し考えてから答える。
「……多少問題はありますが、基本的にいい男の部類に入ると思いますよ」
「そうなの?」
「ええ、女性限定の人間磁石みたいな人ですけどね」
「何それ?」
シャロンが苦笑しながら話す内容にレイチェルは不思議そうに聞き返す。
「朴念仁だけど、ピンポイントで女性に口説き文句を無意識に話す人ですね」
「……アクアも変な男に引っ掛かったわね。で、アクアが口説かれたの?」
「どっちかと言うとアクアが好きだって言ったみたいですよ。
マリーが言うには互いに心の傷を癒したみたいです」
「なら、いいわ。実を言うとね……その人には本当に感謝しているわ。
私がした事はあの子を苦しめただけだったから」
一安心したレイチェルは苦しそうに胸の内を話す。
「どのみち、クリムゾンの係わるから傷付く前に話したほうがアクアの為だと思ったんだけど…………裏目に出たわ。
出来る子だったから大丈夫だと判断した……私のミスね。
本当は私が支えてあげないといけなかったのにお父さんが倒れて帰らなければならなかった。
あの子を苦しめたのに無責任に放り出した……無様よね」
「でも、もう大丈夫ですよ。アクアは独りじゃないから」
「そうね、支える者も居るし、守りたい者も居る……まだまだ強く優しい母親になるわね」
レイチェルは楽しそうにアクアの未来を話す。
「で、貴女の方はどうなの、いい人は見つかったの?」
「全然ですね。仕事が忙しいから見つかりませんよ」
「ダメね〜。そんな事していると一生独身になるわよ。もう少し周囲に目を配るか、自分でいい男を作りなさい」
「作るんですか?」
「そうよ、いい男になりそうな男を自分で鍛え上げのも楽しいわよ」
「なるほど、そういう考え方もありますか」
そんな事を話しながら二人は会議室へ歩いて行く。
これから大事な会議がある事を承知しているのにレイチェルは緊張など微塵も感じさせない。
(タフな方だ……敵地に乗り込んだというのに緊張など感じさせない)
後ろに控える秘書はレイチェルの豪胆さに感じ入っている。
レイチェル・マーベリック――ただの女性が簡単に大企業の会長の椅子に座れる訳がないと自ら行動する事で見せている。
(さあ、どんな未来図を火星は見せてくれるのかしら?)
自らの安否などレイチェルの頭の中にはない……あるのは火星が見せる未来図だった。
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EFFです。
木連編と言いながら地球の話が入っている……まあ、気にせず行くか(核爆)
少々問題かもしれませんがツッコミはなしでお願いします。
では次回でお会いしましょう。
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