思惑が交差する

それぞれに目指す場所は違う

だけどそれはそれで良いのかもしれない

人は全員が同じ考えを持っているのではない

考えの相違は言葉で分かり合うしかない

それが出来ないから人は苦しむのだろう

でもそれでも努力するしかない

分かり合える事も出来たからこそ人類は此処まで来たのだ

少しずつ歩み寄ろう

次の時代の為に



僕たちの独立戦争  第七十八話
著 EFF


「流石に警戒が厳重だが、まだまだ脇が甘い」

市民船しんげつに侵入した北辰は警備の者の動きの甘さを指摘する。

「雷閃は……何処が一番臭いと考える?」

「自分は此処だと思います」

地図を広げて問う北辰に雷閃はある場所を示す。

「此処が一番警戒が厳重で侵入するのが難しいからです」

「甘いぞ、雷閃。そこは元老院の誰かが常に待機している場所だ。

 卑怯者という者は臆病故に常に身を守ろうとする……だがその臆病さ故になかなか尻尾を出さず、誰かの陰に隠れる者よ」

烈風をれいげつに控えさせている為に北辰の側には三番組組頭の雷閃が控えている。

まだまだ荒削りな部分があるが組頭という重責を負わせる事で更に伸びるだろうと北辰は期待している。

「では、外周部にある元老院が管理する港湾施設から当たりますか?」

「うむ、だがしばらくは監視のみにする。我らの存在を知られて警戒されると不味い」

「分かりました。発見するまでは隠密に徹するのですね」

「然り、ぎりぎりまで我らの存在は秘匿して行動する」

そう告げると二人の側で息を潜めて控えていた影達が闇に溶け込んで気配が無くなる。

「雷閃……我らの仕事は影に徹するという地味な仕事よ。

 人知れず動き、褒められる事など無く、陰口が付き纏う……報われん仕事だ」

雷閃は北辰の言葉を静かに聞いている。北辰の暗部では雷閃はまだ若く未来ある青年だった。

雷閃の父親が暗部に所属していたので雷閃も父親の跡を追うように暗部に入った。

「それでも必要悪はどうしても付き纏ってきますよ、隊長。

 優人部隊はそれに気付かずに自分の手を汚さずに正義だと叫んでいますが、

 俺に言わせれば奴らが戦場に出られるのも俺達が閣下の力になればこそです」

「然り……だが、憶えておくがいい。影が前面に出る時は負け戦みたいなものだ。

 影は影に徹してこそ価値がある……弱い犬ほどよく吠えるという事だ。

 強者は何も言わず結果を出していく……我らもそう在りたいものだと思わんか?」

「はっ、増長せず、周囲の雑音など無視して己の職務に励みます」

「……お前が望むなら閣下に日の当たる場所で活躍できるように口添えしても良い」

北辰が雷閃に暗部から出るかと聞くと雷閃は首を横に振る。

「無理ですよ……あんなぬるま湯の様な場所では退屈で死にそうになります」

「そうか……ぬるま湯か?」

北辰には雷閃の言い分が理解できる。ゲキガンガーの正義に酔いしれて正義を叫ぶ連中が多いのは確かだ。

戦場に正義など無いと北辰は知っている。戦場にあるのは人の持つ業の深さだけなのだ。

同じ人間を殺す……同種を殺すという自然の摂理に反する行為だけが存在する。

それを知らずに正義などと叫ぶ連中のなんと甘い事かと北辰は常々思っている。

「無論、そういう人ばかりじゃ無い事も承知していますが」

「然様……そしてそういう人物は我らの価値を理解している」

「では、我らの閣下の為に道を切り拓きましょう」

「うむ、では四時間後に例の場所で合流せよ」

「はっ」

その声と同時に二人もまた闇に消えていく。

しんげつを舞台に北辰達の戦いの幕が切って落とされた。


―――木連 月臨時指揮所―――


高木は接収した連合基地を臨時の指揮所に変更して、月周辺の支配権を確保する。

「ふん、英雄などと言われても喜べんな」

月奪還の英雄と高木は本国で呼ばれても嬉しくなかった。月の奪還は高木一人の活躍で成し得た事は無いからだ。

「火星には借りが出来ましたね」

「必ず返す……今は無理だが必ずだ」

憮然とした表情で高木は誓いを告げる。

「とりあえず、俺達の実数を隠す事は成功しているか?」

「ええ、連合も盛んに偵察をしているようですが全て迎撃しています」

大作は画面に連合軍の偵察部隊の動きを映して説明する。

「現在、三段階の防衛線を張り、本陣である月までは入り込めないようにしています」

「そうか、だが実際は更に後方に控えている事を奴らは知らないか」

「はい、おそらく二千から三千だと考えている筈です」

高木は自身の戦力を出来る限り秘匿して連合宇宙軍を自陣の奥深くに誘い込みたかった。

「無限砲改の試射は出来そうか?」

「ええ、でも防壁に跳ね返されますよ」

「そこに防壁が残ってればな」

高木は画面に作戦を映して大作に話す。

「作戦自体は簡単なものだ。

 無限砲改の発射に合わせて目標地点の前にある防壁に重力波砲を撃ち込み負荷をかけて穴を開けるだけだ」

「では二次防衛線の攻撃衛星を減らすように三原に指示を出しましょう。

 向こうも待っているだけなんて退屈でしょう」

二人は次の作戦の為の会議を行おうと幕僚に連絡入れようとした時、

『提督、火星から秘匿回線で通信が来ました』

「こっちに回せ」

高木は即座に指示を出して、火星からの通信に備える。

少々無理な願いがあっても高木は叶える方向で動こうと考えている……義理人情溢れる木連人らしい高木であった。


―――木連 内閣府―――


秋山の報告書を読んで、村上は想像以上に頭の硬い連中に呆れていた。

「よくもまあ、こんな戦力分析で勝つ心算だったとは」

室内に居る村上の部下達は困った顔をしている。村上がまず最初に始めた仕事は与えられた部下達の意識改革だった。

経済政策などという仕事は経験が物を言う……机上の空論をぶつけられると困るのだ。

金勘定などと馬鹿にする者も居たがそんな輩が考えた計画は村上が論戦で撃破して、担当者を悉く凹ましている。

それでも反抗し、仕事を蔑ろにしていた者には厳罰を以って対応し、真面目に仕事に取り組む者には昇進させていた。

信賞必罰をきちんと行う事で村上は部下達を掌握し、部下達に流通事情からなる経済の流れを教えていた。

草壁は村上の仕事には一切口を挟まずに任せている。

そして将来起こる可能性がある内乱に対応する為に連日、草壁派と言われる者達と対策会議をしていた。

「首席事務官! 月からの報告です。「火星は予測通りコスモスを譲渡せり」だそうです」

扉を開けて入ってきた部下の報告に村上は、

「……来たか、やはり火星は地球からの独立を優先しているようだな。まあ、あれだけの事をされたら従わんか」

険しい顔で今後の交渉の運び方を考えていた。

(春も扱き使ってくれる……だが、火星との共同戦線を構築できれば勝てる。

 火星と木連の国家承認、そして地球の政変による自浄、方向としては都合がいい)

草壁の肝入りで内閣府に配属された村上は幾つもの仕事を精力的に行い、その実力を以って昇進している。

今では閣下の切り札などと呼ばれて内閣府では敬意を持って従う者も増えている。

そして従う者には課題を与えて教育を行っている。

着実に村上は内閣府で確固たる地位を築きながら次世代の育成を始めていた。


―――しんげつ内 元老院本陣―――


「あの男も策を弄してくれる……まさか天照の生き残りを自陣に組み込むとは」

元老院首魁の東郷巌(とうごう いわお)は草壁派に所属する村上の身上書を読んで険しい顔をする。

「我らが月読を用いる事に気付いておるのか?」

「不味いですぞ……我らの切り札を知られるのは」

「然様です。場所を移しますか?」

東郷は同胞の意見を聞きながら、移送するべきかどうか考えていた。

「人形の方はこちらに付きそうか?」

「はい、どうやら戦場に立てぬ苛立ちにより向こうの陣営に不信感を抱いておりますので」

その声に東郷は卑しい笑みを浮かべている。

「くくく、草壁も部下の人心掌握が甘いと見える。こちらには都合が良いがな」

東郷が草壁を嘲笑うように話すと周囲の者も笑みを浮かべている。

「とりあえず御輿の方は都合が付いたようだ。では、こちらも動くとするかね?」

「ですが本当に月読を動かすのですか?」

末席に控える男が不安そうに聞く。

「天照の事を忘れた訳ではないでしょう……危険が大きいのでは?」

「分かって居る! だが、このままでは我々は全てを失うのじゃ」

「然り、それだけは避けねばならんし、あの男の専横を許す事は出来ぬ」

「案ずるな……天照のような事にはならん。先の失敗の理由は承知している……それを踏まえた上で使うだけだ」

東郷が同じ失敗などしないというと安堵する者が何人か居た。

彼らも不安だったのだが東郷が失敗はしないといったので信じているのだ。

(本当に大丈夫なのか?……何処まで信用していいのだろうか?)

報告書でしか経緯を知らない者が……大半の若者が使用すると言うのにその危険性を教えずに使用させようとしているのだ。

(暴走する可能性が高いのではないか?……それを承知の上で使う心算なのか?)

末席に座る陣野道彦(じんの みちひこ)は不安な胸騒ぎを感じていた。

(だが、自分の立場では進言などしても受け入れはしないだろう……どうすれば?)

元老院に属する陣野ではあったが最悪の事態だけは回避したいと思っている。

漠然と自分は此処に居るべきではないのかと陣野は考える時がある。

元々望んで元老院に属した訳ではない……世襲制であったが故に現在の地位に居ただけである。

(士官学校時代が懐かしい……下らん柵も無く、ただ木連の未来を語り合った。

 此処にいる連中は欲に塗れた者ばかり……未来に何の展望もなく、自分の事しか考えていない)

陣野は名誉職である元老院の仕事は嫌いではなかった。木連に住む者の規範となれば良いと思っている。

だが現実は老人達が自分の権益だけを追い求める打算の多い仕事ばかりだった。

(もう……うんざりだ。裏切り者と言われようが私は木連が正しい方向に進むなら草壁殿に協力したい。

 もし草壁殿が間違った方向に進んだ時こそ元老院の出番ではないのかと思う)

陣野は複雑な思いで元老院の内部情報を流そうと決意する。

一枚岩と考えられていた元老院の崩壊が始まろうとしていた。


―――木連 月臨時指揮所―――


指揮所内の港湾施設に高木と大作は待機していた。

「村上首席事務官の予想通りだな」

「ええ、おかげでこっちは焦る事なく準備が出来ましたよ」

二人の目の前の施設にコスモスが到着し、乗員が降りるところだった。

「一応、部下達にはくれぐれも失礼の無いように言っておきました」

「……そうか、俺の部下は暴走しやすい連中が多いから気を付けないと」

「絶対に怒ってはいけませんよ。提督が一番危ないんですから」

「だ、大丈夫だ……し、信じろよ、大作」

大作の注意に高木は困った様子で話す。

高木もここで一悶着があるのは不味いと知っているので何があっても耐えてみせると決意している。

部下達の中には火星に対する蟠りを持つ者もいるが、高木はきちんと現状を説明して軽挙妄動はするなと訓示していた。

幸いにも先の作戦で火星が支援したので、過激な行動は慎むだろうとは考えていた。

「信じてますよ、提督」

「ああ、では行くぞ」

高木はそう話すと大作を連れて、港に係留したコスモスに向かう。

施設内で作業している部下達も興味津々の様子でコスモスから降りて来る火星の軍人を見ようとしていた。

だが、降りて来た人物を見て声が出せなかった。

「月に来るのは初めてですがなかなかいい施設ですね」

「そうですね、フォボスの衛星港に近いです。それともこれがモデルになったんでしょうか?」

二人の女性士官が降りて来たのが衝撃的だったのか……時が止まったように誰も動かなかった。

タラップから降りて来た二人の人物は女性で、しかも見る人が見れば極上の美人さんだと思うような二人だった。

両者とも火星宇宙軍の制服を来ているが、片方は金髪の深窓の令嬢に見えている。

もう一人のほうも朱金の髪を後ろで纏め、落ち着いた雰囲気と強さが同居したような趣のある女性だった。

「お初にお目にかかります。私は火星宇宙軍所属アクア・ルージュメイアンと言います」

「私はエリシル・ローディアスと申します」

二人は高木と大作の前に来て敬礼するが二人とも凍りついたままだった。

「どうしたんでしょうか? アクアさん」

「多分だけど、女性士官に吃驚してるのだと思うわ」

エリシルとアクアは困った顔で全員が再起動するまで待つしかなかった。


「し、失礼しました……女性士官というものは木連にはまだ居ないものでして」

再起動した高木達は二人を連れて食堂に行く。

「おおぅ〜〜、アクアマリンだ。まさかこんなところに居るとは」

「ば、馬鹿者! お、押すな」

「確かにアクアマリンだが……敵ではないのか?」

「馬鹿野郎……俺達にはナナコさんがいるのを忘れたのか?」

「う、美しい……はっ! 敵に目を奪われてどうする……だ、だが、じ、自分は……」

食堂の入り口や周囲のテーブルには何故かアクアを一目見ようと兵達が集まっている。

「……アクアさん……人気者ですね」

エリシルが複雑な思いでアクアに話す。周囲に血走った目の男がいるのが怖くないといえば嘘になる。

それ以上にアクア一人に注目が行くのも不愉快だった……女の矜持が傷つけられた気分だったのだ。

「違うわよ……私を見てるんじゃないの。アクアマリンという人物を私を通して見ているだけなのよ」

「ああ、そういう事ですか」

事前に聞いていた事を思い出してエリシルは今の状況を理解した。

(う〜ん、木連のゲキガンガー中毒って想像以上みたいです。

 ナナコさんみたいな髪型にするべきだったかしら……でも、血走った目で見られるのも嫌ですね)

一方、高木達は場所を変えるべきではないかと思い始めている。

(大作よ……親睦を兼ねてみたんだが失敗だよな)

(ええ、皆も節操が無さ過ぎです。上松さんがいれば雷が落ちていますよ)

目で会話をしながら二人は部下達にも現状を認識してもらう為に公の場所での会談にした事を後悔していた。

「そ、それでは火星からの条件をお聞かせ願いますか?」

大作が二人に聞き始めると周囲の者も真剣な顔で見つめている。

アクアもエリシルも居住まいを正すと高木達を向き合って答える。

「では申し上げます。コスモスの慣熟航海訓練に木連から人員を派遣して頂きたい。

 コスモスは地球側の戦艦です。木連の戦艦とは操作方法も違うでしょうから、我々の元で訓練をしてもらいます」

「……承知した。人員の手配を明日までに行おう」

「次にですが、木連はコロニー落としを考えておられるのですか?」

エリシルの問いに高木は少し考えてから答える。

「今のところは落とす気はないが、地球側の返答次第では落とすのも已む為しと考えている。

 その場合は北極か、北米または極東を考えている。

 我々としてはオセアニアに落とす事はしないと約束しましょう」

高木はクリムゾンと火星が繋がっている事を草壁から聞き、本社のあるオセアニアへの攻撃は控えるように注意されている。

「それを聞いて安心しました。万が一オセアニアへの落下がある時は火星は動きます。

 その際は必ず木連に報復が行われる事をご承知して下さい」

アクアが真剣な顔で伝えると高木も火星との関係を途切れる事が無いように気をつけようと考えて頷く。

「現在、火星は地球からの回答を待っていますが地球からの返答次第では大規模な軍事行動を起こす可能性もあります。

 その際は木連との共同戦線を構築したいと政府からの親書をお持ちしましたので草壁殿にお渡し下さい」

アクアの発言に合わせてエリシルが高木に親書を渡す。

「では、これは必ず閣下にお渡ししますので返事はすぐには出来ませんが必ずいたします」

高木は受け取ると二人に質問する。

「では、こちらも聞きたいのですが構いませんか?」

「どうぞ」

「火星は我々木連とどういう関係になりたいのですか?」

問われた内容に二人はあっさりと話す。

「そちら次第だと考えています。

 まず謝罪をして頂かなければなりませんが、条件次第では皆さんの移住の受け入れも考えております」

「な、なんですとっ!?」

アクアが話した内容は衝撃的であり、高木と大作だけではなく、周囲で聞いていた者も驚いている。

「いきなり、全員が移住というのは不可能ですが時間を掛ければ皆さんが移住できるように計画します。

 我々は地球とは違い、まずは対話から始めたいと考えます。

 譲歩できる部分はこちらも譲歩しますので、そちらも譲歩出来る所は譲歩して欲しいですね」

「そ、それは本当なのですか?」

大作が火星に移住できる可能性が出た事に身を乗り出すように聞いてくる。

「無論、幾つかの条件があります。

 ですが、最大の問題を草壁中将が譲歩して下さいましたので、

 火星の住民は概ね好意的に木連の皆さんの移住には理解を示してくれました」

「それはやはり閣下の身柄の拘束ですか?」

高木が困った顔で二人に聞く。閣下一人に責任を負わすのは心苦しいのだろう。

「ええ、こればかりはどうしても仕方がありません。

 責任者が責を取らぬというのは組織に問題がありますので。

 火星としては問答無用で攻撃を受けた事実がある以上は木連のどなたかがその責任を取って貰わないと」

「地球に対しては独立という形で地球の干渉を取り除く予定です。

 木連の皆さんが地球に移住した場合……正直言って良い環境にならない可能性があるんです」

エリシルの発言に周囲の喧騒が溢れ出る。エリシルはそれに気付きながらも更に意見を述べる。

「既にご存知だと思いますが、連合政府の隠蔽工作のおかげで皆さんの印象は市民には良く思われていません。

 無論、どちらに非があるのかと言われると連合政府にあると火星は思っていますが、連合市民はその辺の所に疎いです。

 この戦争が終わった時、地球に移住しても謂れ無き誹謗や中傷がある事も覚悟できるなら構いませんが……」

「出来ない時は対立……衝突が起きる可能性が高いんですね」

語尾を濁したエリシルの先を大作が渋い顔で繋ぐ。

「一応、火星が考えている終わり方では木連から移住を望む方は火星で受け入れて、

 木連と地球との摩擦を出来る限り減らしたいと考えております。

 火星の住民にはこの戦争の経緯を伝えていますが、被害を受けた者も多数居ります。

 中には移住に反対する者もいますが、謝罪があれば多少は蟠りもなくなるでしょう。

 火星連合政府もその点を考慮して謝罪を求めているのです」

アクアの言葉から火星が先を見据えた提案を高木達にしているので謝罪はどうしてもしなければならないかと考えている。

(強硬派が聞けば、"謝罪など以ての外だ"と叫びそうな事態だな。

 閣下は責を取ると言われているが閣下一人に全ての責を負わせるのはどうだろうか)

「おそらく火星で多少監視の目が付きますが、まあ先に移住してもらうと言ったところでしょうか?

 軍全体の責任にすれば木連の政治力の不在になり、何かと不都合がありますから」

エリシルの言葉に高木と大作はハッとした顔になり、火星がいう意味を理解する。

(確かに上級将校の大半がいなくなれば、指導者不在の木連は危険だ。

 村上殿が後進の育成に気を遣っているのもこの為か……そして村上殿を登用した閣下もまた先を見ているのだな。

 くっ……閣下のお力になりたいと思いながら俺は前線でしか役に立てない……なんと無様な)

権限の一極集中という木連の社会基盤を指摘されて二人は沈黙する。

四人の会話を聞いている者も火星からの提案を吟味している。

「……百年……言葉にすればたったの二文字です」

アクアがポツリと呟き、全員の注目を集める。

「その間の苦労など私には解り得ないかもしれませんがそれでも同じ人間です。

 歩み寄る事は出来ると信じたい……信じてはいけませんか?」

穏やかに微笑むアクアに高木達は顔を真っ赤にしている。

(アクアさん……その笑みはいけませんよ。……貴女も罪作りな人ですね〜)

エリシルは周囲を見渡して一人ため息を吐いている。

「し、失礼ですが貴女には……そ、その…将来を誓い合った人など居るのですか?」

高木が顔を赤くしながら尋ねるとエリシル以外のものは真剣な眼差しで見つめている。

アクアは呆気に取られていたが、やがて恥ずかしそうに頬を赤く染めて答える。

「え、えっと……まだ正式に婚姻はしていませんが、とても大切な人がいます」

(…………言っちゃったよ。ホント、罪作りな人ですね〜。

 まあ、変に希望を持たれても困りますけど)

滂沱の涙を流す男達を見ながらエリシルは苦笑している。

「ねえ、エリシル……私、何か変な事言ったのかしら?」

「あの〜それ、本気で言ってます?」

エリシルが額に大きな汗を浮かべて聞く。冗談にしてはタチが悪いとエリシルは思うがアクアの顔には悪意などなかった。

「ええ」

「……ま、まあ、気にしないで下さい。アクアさんの所為じゃありませんから」

クロノ以外の男に興味の無いアクアも大概であった。そういう意味では似合いの二人かもしれない。

一部脱線したが、会談は無事終了してコスモスの訓練が始まる事になる。

月は火星からの客人を迎えて、新しい局面へと動き出した。

その行方はまだ誰も知らない……。


―――ピースランド王宮 臨時停泊地―――


王宮の一画を臨時に借りて火星宇宙軍は3隻の戦艦を停泊させている。

「ど、どうしたんだ、ルリちゃん?」

疲れきった様子で帰ってきたルリの姿にジュールは驚いていた。

「……いえ、確かに試練の時間でした。ええ……最後まで耐えきった自分の自制心を褒めたいですね」

「何があったんですか、クロノ兄さん?」

「来週の舞踏会のドレスの合わせで着せ替え人形みたいに何着も着替えさせられたんだよ」

ジュールは少し遅れてきたクロノに聞くと、クロノは苦笑しながらジュールに答えていた。

「そ、それは災難だったな、ルリちゃん」

ルリが服装に関しては実用一点主義だと知っているジュールは今日のルリの苦労を労うように言う。

「ええ、拒否すると悲しむと分かっていたのでちょっと困りました」

困った顔をしていたが嬉しさもあるのかルリは笑みを浮かべている。

「優しいお母さんだったかい?」

「……よく分かりません。でも……嫌じゃなかったです」

「そっか……」

そう話すルリにジュールは目を細めて微笑む。

クロノもまたルリの様子を見て満足している。

「パパ――♪、ルリお姉ちゃ――ん♪、お帰り―――♪」

三人の元へセレス達がやって来る。

「お帰り、ルリお姉ちゃん……いなくなっちゃ嫌だよ」

ルリが自分達から離れると思ったのか、サフィーが涙目でルリに抱きついて来る。

「何処にも行きませんよ、だから泣いちゃダメですよ」

「な、泣いてなんかいないもん」

抱きつくサフィーに優しく話すルリ。慌てて目を擦って誤魔化そうとするサフィーに諭すように言う。

「皆がいる場所が私の帰る場所です。

 何処かに行く事があっても必ず帰ってきますから、心配しなくても良いですよ」

「じゃあ、約束だよ?」

「ええ、約束です」

「さて、もうすぐ夕食の時間だ。何が食べたい?、お父さんが久しぶりに作ってあげよう」

クロノが皆に話すとルリとジュール以外の子供達が自分の好きな一品を口にしている。

それぞれに好みが分かれているのか、バラバラになって子供達がどれにするか話し合っている。

「それじゃあ、時間は掛かるけど順番で食べるようになるけどリクエストに応えよう」

「フッ、俺も手伝いますよ」

苦笑しながらクロノの負担を軽くしたいと思いジュールが手伝いを申し出る。

「じゃあ、私も手伝います」

「今日はダ〜メ。ルリちゃんは忙しかったから休んでいいよ。

 ルリちゃんには兄さんと姉さん直伝のチキンライスなんてどう?」

「……それでいいです」

手伝いを拒否されて一言文句を告げようかと思ったルリにジュールは好物の一品でさり気なく懐柔する。

そんなクロノ達の様子をスタッフは微笑ましく見つめる。

彼らもそうすぐ火星に帰還できる事を喜んでいた。


同じ頃、月にいるアクアは困惑していた。

「なんで皆さん、泣いているのでしょうか?」

親睦を兼ねて火星からの女性スタッフで手料理を振舞ったが、何故か食べる相手は泣いているのだ。

「……本気で言ってます?」

エリシルを筆頭にジト目で全員が見つめているがアクアは不思議そうに首を捻っている。

「ええ、一服盛った訳じゃないし、いつものように作ったけど……」

キッチンの向こう側に目を向けると男達が先を争うように皿に手を伸ばしている。

「くっ、これ程の美味いものを食える男がいるとは」

「まさにアクアマリン! でも、相手はもう居るなんて……なんて羨ましい」

「……お前ら、相手は火星宇宙軍の人間なんだぞ。そりゃ、敵ではないかもしれんが、もう少し考えろよ」

「そうだぞ。大体だな、俺達にはナナコさんがいるだろうが」

「ええい! 黙って食え! 優人部隊が礼儀正しくない部隊などと思われたらどうする心算だ!?」

あまりの暴走振りに高木が一喝する。だが、高木自身も自分の分をしっかり確保している時点で説得力が無かった。

「あの〜もしかしてお口に合いませんでしたか?」

「と、とんでもありません! これ程の物は本国にもそうはありませんぞ」

アクアが高木に尋ねると高木は立ち上がって否定する。

「ですが……泣くほどの物じゃないと思うんです。

 確かに地球産の食材なので美味しいと思うんですが」

「地球産なのですか?」

出された料理が地球の食材からの物だと聞いて高木達は顔を顰めている。

やはり地球からの物は受け入れ難いのか、ちょっと食べる速度が遅くなる。

「残念ですけど、火星はまだ土壌の栄養価が低いのでどうしても地球の食材に比べると……どうしても味が落ちるのです。

 皆さんには一度、地球の物と火星の物を食べてもらって、比較して頂こうと思ったんです。

 何事も自分で感じてみないと違いが判らないと思いまして」

「そういう事でしたか」

「ええ、後日火星の食材で作った物をお出ししますので、その時は遠慮なく不味ければ不味いと言って下さいね」

「な、何を仰ります! 貴方が作って下さった物なら何でも食べますぞ」

「ええ、これほどのご馳走が作れる貴方の物ならいつでもご馳走になります」

高木と大作が話すとアクアは微笑みながらで話す。 

「もう、口がお上手ですね。私なんてクロノに比べたらまだまだですよ」

「はて、クロノとはどなたですか?」

恥ずかしそうに話すアクアに高木が聞いてくる。

「え、えっと……わ、私の…そ、その大切な人です」

恥ずかしそうに頬に手を当ててアクアは話す。

「アクアさん……態とじゃないですね?」

「何の事?、エリシル」

周囲の高木達が硬直するのを見ながらエリシルはアクアの尋ねるがアクアはキョトンとした顔で聞く。

「いえ……何でもないです(つ、罪作りな人ですね)」

「そう…………ねえ、エリシル、皆さんどうかしたの?」

クロノ以外の男に興味のないアクアが硬直する高木達を見て不思議そうに聞く。

「……本気で言っているのですね?」

エリシル達火星からの来たスタッフはアクアのヤバさを理解した……泣きながら食べ続ける高木達を見て。

やはりアクアは天下無敵のお嬢様かもしれないと思える1コマだった。

月では概ね順調に火星と木連の交流が続いていく。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

天下無敵のアクアお嬢さんというものを書いてみました。
ほとんど原作とは掛け離れたアクアさんですね〜(核爆)
DVDレンタルでナデシコを借りて見たんですが、アクアさんのぶっ飛び具合が素敵です。
私のSSではほとんどオリキャラになってますが、それはそれで良しという事にして下さい。

では次回でお会いしましょう。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>
1 1

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.