新たな局面に移ろうとする
いつまでも逃げる事は出来ない
自身の途惑いも理解出来る
だが真実を求めぬ者に未来を作る事は出来ない
真実が過ちなら正さなければならない
嘘で塗り固めても何れ真実が破壊するのだ
僕たちの独立戦争 第八十話
著 EFF
「皆さん、流石に優秀な人ばかりです」
「いや〜〜それほどでも」
コスモスの艦橋でアクアが楽しそうに話すと木連側の乗員が鼻の下を伸ばして応える。
高木は複雑な顔でそれを聞いていた。
(確かに優人部隊が褒められるのは嬉しい。だが、いつからこのような軟弱者が増えたんだ?
俺達は誇り高い漢ではなかったか……そりゃあ、アクア殿は美人だが、はっ! お、俺は何を考えている!?)
アクアには婚約者らしい存在がいるのに、横恋慕のような感情が湧き出ている事に途惑っているようだ。
「そういえば、幻の三話ありますけど見ますか?」
「「「「なんですと!?」」」」
アクアの発言に木連側の乗員は一斉にアクアを見ている。
「ええ、偶然ですけど全話持っている方がいたので複製させてもらったんです。
あと、幻の劇場版も見つけましたよ」
「「「「マジですか!?」」」」
自分達の知らない幻の劇場版の話をされて、高木も吃驚している。
「地球で再発見したんですよ……見たいですか?」
「「「「是非とも!!」」」」
「それでは後でお渡ししますね」
(ま、眩し過ぎるぜ、コンチクショー)
アクアから後光を感じるのは高木だけではないだろう。全員が拝むようにアクアに手を合わせていた。
(木連の男の人って単純ですね〜。なんていうか……可愛いわね)
艦橋でアクア達の会話を聞いていたエリシルは何処か呆れた様子で見ていた。
単純というか、純朴というか、根っこの部分がお人好しなのだ。
(これは気を付けないといけないわね。なんかすぐ人に騙されそうだわ)
後々の事を考えると非常に頭の痛い事になりそうだとエリシルは思う。
この訓練で得た木連の住民の思考パターンを基に火星は木連からの移住者に詐欺に対する注意と対応を教育する。
それによって詐欺事件などの件数が下がり、トラブルの数が減少して移住者の不安は少なくなり移住は成功する事になる。
コスモス譲渡という地球側から見れば、馬鹿げた行いに思える行為も火星にはとても有効的な結果になっていく。
―――連合議会―――
「さて、ドーソン司令長官。もう少し真面目に仕事をしてもらわんと困るのだが」
月基地陥落、L2コロニーからコスモス強奪事件に続き、
L3コロニー占領事件と立て続けに起きた一連の木連?の軍事行動についてドーソンは査問を受けている。
連合議会としても一連の問題についてはマスコミに隠したかったのだが、流石に隠しきれるものではなかった。
有識者達が木連の軍事行動を予測してマスコミに公表している。
彼らは木連のコロニー落としの危険性を訴える事で連合議会の無責任な開戦について責任追及しているのだった。
「聞けば、月基地の兵士達に死ねと命令したそうだが一体何を考えているのだね?
遺族への補償は君が出すのではないぞ。連合市民からの税金によって賄われるのだぞ」
「はっ、それは承知しております。ですが……」
「ですが、ではないんだよ。既に市民が騒ぎ出しておるのだ」
追及する政治家はドーソンの言い訳など聞く耳持たんという様に意見を遮っている。
(くっ、不味いな。このままでは私の責任問題になってしまうではないか。
それだけはなんとしても避けねば)
「現在、北米の戦力と極東アジアの戦力を集結させて反攻戦の準備を進めております。
L3コロニーの奪還、もしくは破壊は必ず成功させますのでコロニー落としはございませんのでご安心を」
「吐いた唾は飲み込め無いという事を知っているかね?」
議員の一人が冷ややかな視線で見つめながら話している。
「君の能力に疑問を持つ者が殆どなのだ……もう一度聞くが大丈夫か?」
「はっ! 私自ら陣頭に立って戦いますので必ず勝利をご報告します!」
(くっ、ここは我慢だ。今は頭を下げてでもこの作戦をしなければならない)
今頃になって自分達は関係ないというかの如く、ドーソンに全てを押し付けようとする議員達。
頭を下げながらドーソンはこの屈辱は必ず返すと心に誓っていた。
ドーソンが退室してから議員達は会議を再開する。議員達の顔は険しく、焦りを多く含んでいた。
「あの男に任せても大丈夫なのか?」
ドーソンの能力を疑問視するように一人が問い掛ける。
「失敗続きの男に任せるのは不味いような気がしてならんのだが」
「だが、こちらにはあの男くらいしかいないのだ。優秀な人材はフレスヴェールに押えられている」
苦々しい顔で自分達の陣営の駒不足を話す。
オセアニア、欧州、アフリカの軍は和平を望んでいる……三ブロックの戦争継続派は降格されるか、転属されている。
議員達が介入しようにもこの戦争の経緯を知られただけに横槍が必ず入り、妨害されているのだ。
「迂闊に手を出すのは不味い。フレスヴェールが必ず動き出す。
これ以上、奴にこちらの陣営を切り崩されると戦争継続は不可能になる」
「それだけは何としても避けねばならんのだ。フレスヴェールが主導権を握れば、必ず我々の責任追及を始めるだろう」
「不味い事は承知している。だが、あの男を信じてもいいのか?」
「奴とて状況は理解しているだろう。負ければお終いだという事は」
「そうだな、勝てば良いだけだ」
「奴自身が陣頭に立つと言っている。死ぬ気はないだろうから信じるしかない」
議員達はドーソンの勝利を信じるしかないと結論を終わらせると次の議題を話し合う。
「火星への回答はどうする?」
「独立は認められん。認めてしまえば、ネメシス、第一次火星会戦の責任追及が始まる」
「そうだ、どちらも追求が始まれば困った事になる」
「では、独立は承認しないと通告するか?」
「ああ、まず軌道上の木連を撃破してから、独立鎮圧の部隊を派遣する。
火星コロニー連合政府など我らは認めん」
「そういう事だ」
火星の軍事力を知らずに議員達は自分達が勝利すると確信している。
驕り高ぶった者は自分達の考えが正しいと信じて、冷静な判断力を失っているのかもしれない。
この決断が最悪の事態の引き金を引く事になるとはこの場に居る者は想像できなかった。
同じ頃、シオンは火星との関係改善を考える国の代表者との会談を行うべくピースランドを訪れていた。
「ふう、欧州も木連の無人機をほぼ一掃出来たみたいだな」
「これも火星との共同作戦のおかげですかね」
ロベリアは火星の持つ軍事力の凄さに警戒感を感じているのか、少々皮肉げに答えている。
「もう少し連合軍も頑張って欲しいものです」
「今はこれで良い……危険分子を排除するまではな」
シオンの言葉にロベリアも少し考えると納得した。
「……確かにそうですね。今は少々不味いです」
戦争の経緯を知る今となっては地球に戦力があるのは問題があるとシオンとロベリアは考えている。
「戦争を否定する気はない。だが、戦争を行うにはそれなりの条件が必要だよ……そうは思わんか?」
「仰る通りです。恭順しているものに対して危ないからと言って滅ぼそうと考えるのは問題です。
武力行使するだけの大義があるのならまだしも、何の大義もなく自分達の都合だけでするのは頂けません」
「そういう事だ。軍事行動をする前に、まず対話から始めるべきなのにそれを怠った。
欲に目が眩むような連中はさっさと舞台から退場してもらわんと」
「全くです。仕事ばかり増えるのは勘弁願いたいものです……家族サービスも出来やしない」
休暇返上で二人は活動しているのだ。家族も承知してくれているが、申し訳ないと思う気持ちがロベリアにはあった。
「お前には苦労を掛けている……もう少しだけ付き合ってくれるか?」
「私は先生の秘書です……何処までも付き合いますよ」
申し訳ないと思うシオンにロベリアは気にしないで欲しいと話す。
「さあ行きましょう、先生。今は動くべき時です……休むのはもう少し先ですが、ここで踏ん張っておけば後が楽ですよ」
「やれやれ、まだしばらくは忙しい日々が続くな」
シオンが忌々しそうに呟く。ロベリアは肩を竦ませるとシオンの荷物を持って歩き出す。
「先生、これが終われば一段落しますので……」
「そうだな。裏工作も楽じゃない……面倒事はこれで終わりにしたいものだ」
「若手からも先を読もうとする者も出てきました。舵取りは大変ですが、芽が無いと嘆くよりはマシです」
若手の議員が意外とシオンの陣営に加わろうとしている。きちんと計算できる連中が居る事に二人は嬉しく思っている。
……まだ地球も捨てたものじゃないと思うと。
―――ヨコスカシティー ネルガル造船施設―――
シャクヤク――ナデシコ級第四番戦艦が急ピッチで建造されている。
三番艦カキツバタも同じように軍から急かされている。
だが、コスモスを強奪された事でナデシコ以外のフィードバックもない事態にアカツキ達は懸念を抱いていた。
軍にしてみればカタログスペックでも良いから勝てる物が欲しいという崖っぷちの状況なので不満はないようだ。
シャクヤクは軍との取り決めでネルガルが私用する事で決定していた。
軍からは最新の戦艦を企業が勝手に使用されるのは腹立たしいのだが、条件の一番艦ナデシコの譲渡を断れない状態だった。
現状の戦艦では木連に対抗するのは難しい。目先の一勝が今の軍には必要とされている。
月基地が陥落、L3コロニーを占領されて地球の制宙権に罅が入った状態では非常に危険なのだ。
マスドライバーは月基地の部隊が使用できない様に破壊している。
だが、L3コロニーの部隊が喉元に刃を突きつけられている気持ちにさせている。
防衛ラインの見直しも急いで行われている。第3防衛ラインのデルフィニウム部隊の機種転換もその一つだった。
ディストーションフィールドを装備していないデルフィニウムは防御力と攻撃力の両面から問題になっていた。
地球だけならこの機体でも良かったのだろう、だがディストーションフィールドが戦場を大きく変えてしまったのだ。
大出力の光学兵器ならば貫通も出来るかも知れないが、容量に制限がある機動兵器にそれほどの物は搭載できない。
一発撃っただけで動けなくなるような木偶の坊は必要とされないのだ。
低出力では無理と言っているわけではない。フィールドの内側に入ってからなら条件は同じである。
結局、フィールドを備えている機体でなければならないだけである。
話が横に逸れてしまったが、シャクヤクは現在内装は無事完成して、外装と武装の変更を行っていた。
主砲のグラビティーブラストは変更はないが、木連の有人機によって副砲や対空迎撃システムの変更を余儀無くされていた。
「二層式か〜発想の転換という奴だな、こりゃ」
「一枚じゃダメなら、二枚にする……悪くないんじゃない」
ブリッジでウリバタケは頭を掻きながら、ムネタケの考えに苦笑している。
「まあな、こいつの怖さはフィールドランサーが通じないって事よ。
今までの無人機と地球の奴は一層式だからランサーも通用したんだが……」
「つまり一枚目は中和しても、二枚目までは中和できないって事よね」
言葉を濁すウリバタケの後をムネタケが続ける。ムネタケも対抗策を考えているのか、真剣な表情でスクリーンを見ていた。
ネルガル本社から送られてきた情報をブリッジ要員とパイロット、開発班を加えて対策会議が行われていた。
「外周のフィールドを中和して、後は火力で破壊できないのですか?」
「ちーと無理だわ。ラピッドライフルじゃあ二層目と盾で弾くぜ」
ウリバタケがイツキの発言に間髪入れずに答える。
「博士、ゲキガンフレアーもダメなのか?」
「もっとダメだ。向こうの出力が上だから、フィールドアタックもあまり有効じゃねえな」
「博士! こんな時こそゲキガンソードを!」
「わりいな、ガイ。ここしばらくエステ2とか、巡航フレームの企画で改造してねえんだ。
だが、"こんな事もあろうか"というセリフは男のロマンだ……必ず作っておくから安心しろ」
「フッ、任せたぜ」
ガイは白い歯を見せてポーズを決めている。開発班はウリバタケの発明品と聞いて少々退き気味であった。
(また変な武器を作るのかしら?)
(ドリルはもういいです。確かに有効的でしたが、接近戦用はちょっと……)
(どうして趣味に走るのかしら? 趣味に走りさえしなければ……優秀なんだけどね)
エリノア、ミズハ、リーラはウリバタケがマッドであると確信し、その暴走に頭を痛めていた。
「なあ、あのドリルアームだけど俺が使っても良いか?」
「リョ、リョーコ?」
リョーコの発言にヒカルは慌ててリョーコの方に身体を向ける。その顔は本気なの?と問い掛けていた。
「いや、殴り合いには便利だし、通常火器じゃあ効果ないんだろ」
「そ、そりゃ、そうなんだけど……殴り合いだよ」
中距離レンジ主体のヒカルは近距離レンジ主体のリョーコに必要かもしれないと思う反面、
(あのね、リョーコ。一応女の子なんだから殴り合いはどうかと……)
リョーコの性格を考えると迂闊な発言をして怒らせるのも不味いかと思い、どう話すべきか迷っていたが、
「……そう、やっぱり魂が男だったのね」
「なんだと!? そりゃ、どういう意味だ?」
このイズミの一言で全てが終わった事を感じていた。
(イ、イズミ〜〜。ストレートに言っちゃダメだよ〜〜)
そう考えている時点でヒカルも同罪なのだが……。
イズミがこの後、ウクレレを弾いて底冷えするような駄洒落を言おうとしたのを二人が慌てて止めようとする。
全員がいつもの事だと思って、視界から外しながら会議を続行させる。
「あの〜一ついいですか?」
ジュンが恐る恐るウリバタケに質問しようとする。
「あん……何だ、副長?」
「えっとですね。ストライカーシリーズの場合はどうなるんですか?
エステバリスでこんなに苦労するならストライカーシリーズだって問題になるんじゃないかと」
正鵠を射抜いた質問に全員がウリバタケの回答に注目する。
ウリバタケは一つ咳をすると手元のパネルを操作して画像を見せて説明する。
「エステとストライカーシリーズの違いはここだ。
ストライカーはどの機体も攻撃用のディストーションブレードを搭載している」
全員がブレードストライカーの腕の部分に注目している。
「木連の有人機とは機構は違うがストライカーシリーズもある意味二層式と言えるシステムなんだな。
攻撃と防御用に二つのフィールドを展開できるように設計されているのさ」
「つまり機体に装備されているのが防御用で、腕に装備しているのが攻撃用なんですね」
「そういう事だが、ここで火星の技術力が大きく出ている。
ディストーションフィールドは地球と木連では球形状に形成されるが、火星は集束させて棒状に形成できるんだ。
そして一点に集束させる事で強度が加速的に増してくるんだ。
まあ感覚的にはバケツの水をかけられても痛くはないが、バケツと同じ大きさの氷の塊をぶつけられたら痛いってとこか」
「ならフィールドの形成プログラムを改造して攻撃力を増やせば良いのかしら?」
ウリバタケの説明にエリノアが質問してくる。ウリバタケはエリノアの質問に渋い顔で答えた。
「質量保存の法則は知っているな。
一層式のエステで攻撃力だけに集中すればどうなると思う?」
「そういう事か……攻撃力は上がるけど、防御力はゼロになる訳ね」
エステの防御力はフィールドで賄っている。それが無いとなれば、無人機の一撃で撃墜される可能性が高くなるのだ。
「じゃあ、二層式にすれば?」
「ところがそう上手くはいかねえんだ。集束させるプログラムは誰が作るんだって事になるのさ。
地球ではフィールドの制御は半自動で、攻撃用に展開するのはパイロットに任せている。
IFSで剣の形をイメージしながら、それを維持して戦闘を続行できる奴はいるか?」
その言葉に意見を出したミズハを含むパイロット全員が沈黙する。
「機体の制御をしながら、複数のイメージを維持するのは絶対に無理なんだ。
そりゃあ訓練をすれば出来るかもしんねえが」
「時間掛かるんでしょうね」
「二層式も簡単にはいかねえよ。エステに新しいパーツを付けるとなると基礎設計を変更しないと」
「それはちょっと遠慮したいわね。大きさも変わるし、バランスの再設計するとなると新型機の開発とそう変わらないわ」
リーラ、エリノアが困った顔で話すとミズハも不機嫌な顔で言う。
「エステ2じゃダメですね……また仕事が増えちゃいますね」
「とりあえず提言だけして後は本社に回すわ……巡航フレームのテストで超過勤務らしいからプロスさんがうるさいのよ」
テストパイロットでもある三人の勤務時間にプロスがチェックを入れている。
開発班の超過勤務に対する手当てを削減したいとプロスは常々考えているので残業に対するチェックは厳しいのだ。
「ちぇ〜〜せっかく新型の開発用に予算を回してもらおうと思ったんだがな〜」
残念そうに話すウリバタケに開発班のメンバーはつくづくウリバタケがマッドなんだと思い……少々逃げ腰だった。
「で、艦長。アンタの意見は?」
ムネタケがユリカに総括の意見を問うがユリカは聞いてはいなかった。
上の空で何か別の事を考え込んでいるようで全員の視線が向けられて慌てて答えようとするが、
「あっ、は、はい。なんですか?」
会議の内容を聞いていなかったので答えられる訳が無かった。
「ミスマル艦長、あなた、艦から降りた方が良いわ」
「グ、グロリアさん! 何故そんな事を言うんですか?」
そこへグロリアが冷たい視線でユリカに告げるとユリカは吃驚しながら聞いてくる。
「あなたが艦長不適格だからよ。この会議の重要性を知りながら聞いていない。
……プライベートで問題があっても、自分の仕事を疎かにしないのが責任ある立場の人間よ」
「で、でも……」
「甘えるのもいい加減にしなさい!」
グロリアの叱咤にユリカの言い訳は遮られる。父親に甘やかされていたユリカは叱られる事に慣れていないのか焦っている。
「ここが戦場だという事をいい加減……理解しなさい。あなたの判断一つでクルーの生存が決まるのよ。
今日の会議は敵機動兵器の対策だと聞いていたでしょう。何故、聞いていないの?」
「そ、それは……その……」
ユリカが答える事が出来ずにいるので、ジュンがフォローしようとするがグロリアの厳しい視線を浴びて口を閉じる。
(ご、ごめん、ユリカ。僕にはフォローできないよ)
格の違いを見せつけられた気持ちにさせられて、ジュンは心の中でユリカに詫びる。
「いつまで色恋沙汰で落ち込んでいるの!
いい大人が自分の思うように行かないからって子供みたいに拗ねるな!!」
グロリアの怒りが混じった声にユリカは目に涙を浮かべるとブリッジから走り去って行く。
「提督、艦長切り捨てた方がいいですよ。このままじゃ本当にやばい事になるわ」
「ふ〜〜、どうしようかしら?」
ため息を吐いてムネタケは今後の事を考えなければならなくなった。
民間人で構成されているこの艦では迂闊に軍人の艦長を据えると上手く機能しなくなる可能性が高い。
そういう意味では軍人ではないが作戦立案能力の高いユリカは適任なのだ。
「もうそろそろ立ち直ると思ったんだけど」
「無理ね、甘ったれた人間がそう簡単に立ち直れはしないわ。
言っちゃ悪いけど、あの子はまだ覚悟が出来ていない……作戦立案者として優秀なんだけど軍人には不適格よ。
人の死に対して慣れてもいないから、戦場に出したら真っ先に壊れるタイプよ」
「……見直すわ。そうよね、クルー全体の生死に係わる問題なのよね」
「士官学校を首席で卒業出来たみたいだけど、その後軍に仕官せずに民間企業に行く事自体が不自然なのよ。
実家が裕福でお金の問題はそれで解決できるのは承知しているけど、無意識の内に人を殺すのが嫌だったのかしら?
私らしくっていうのが口癖だけど、軍に仕官したくらいで出来ないようなものでもないと思うけど」
「それはないんじゃないかな〜。一応軍人志望だったんでしょう」
「でもミナトさん、実家の都合で行かされて……嫌々だったかもしれませんよ」
ミナトの意見にメグミが反論する。メグミの言い分にも納得できる部分があった。
「う〜ん、メグミさんの言いたい事も尤もですね」
「アリサちゃんだってそう思うでしょう」
「まあね、私は軍人なんて仕事は嫌だもん。軍人って何かを生み出す事も無く、ただ破壊するだけなんでしょう。
そういうのはちょっと……」
アリシアが自分の気持ちを素直に話す。その言葉にムネタケ、ジュンの二人には耳が痛い内容だったので苦笑している。
「ところで艦長はどうするの?」
セリアがブリッジのドアを見ながら全員に聞いてくる。
「荒療治は失敗だったみたいですね、グロリアさん」
カスミがグロリアに聞くと全員が見ている中でグロリアは肩を竦めている。
「ホント、甘ったれているわね。もうしばらく落ち込ませておきなさい。
運だけは良いから、今のうちに悩むだけ悩んで答えを出させるといいわ。
出航直前になっても答えが出せずにウジウジしているようなら切り捨てるだけでしょう?」
「そうね、仕事も滞った訳でもないから今のところはこのままでも構わないわよ。
ただ出航までに立ち直っていないと外すわ……クルーの命には代えられないから」
「で、でも、それでは?」
「さすがに戦闘中にボケ〜と考えられると困るのよ。仕事とプライベートの切り替えくらいきちんとしてもらわないと。
あれを戦場でやられると不味いからね」
ジュンが慌てて話そうとするのをムネタケが遮るようにして全員に聞こえるように話す。
「グロリアが怒るのも無理ないわ。ちょっとやばいのね」
セリアが困った顔で話すと、カスミも頷いて言う。
「私も考える事が多いんですけど、仕事中は考えないように切り替えているんです。
あくまで私事と仕事は別物ですから」
カスミも叔父を思うとどうしても調べたい項目が多々ある。
しかし自分の仕事を放棄してまで調べるような無責任な事はしたくないと思い、仕事は仕事と割り切って作業していた。
「艦長ももう少し割り切ってもらわないと」
ユリカの重要性を知らないクルー、そして知っているプロスとゴートが居ないブリッジはユリカの無責任さに困っていた。
自室に戻ったユリカにコミュニケを通してグロリアから告げられる。
『艦長、泣いてる暇があったら親父さんに会って真相を聞くなり、自分で調べるなり行動しなさい。
真相を知るのが怖いって逃げ続けていたら……本当に全てを失うわよ』
「あなたに何が分かると言うんですか!?」
感情的に叫ぶユリカにグロリアは平然と告げる。
『判る訳ないでしょう……いじけて仕事をしないお子様の気持ちなど。
言っておくけど時間は余りないわよ。
L3コロニー奪還作戦が北米と極東の合同で行われるから親父さんも戦場に出るわよ』
グロリアの告げる内容にユリカは顔を曇らせる。
『今生の別れになるかもしれないから聞くべき事はきちんと聞いておきなさい。
尤も真実を話すかどうかは判らないけど』
「どういう意味ですか?」
『自分に都合の良い事を話す可能性もあるってこと。人の数だけ真実があるっていう言葉は本当よ。
艦長には艦長だけの真実があるように、親父さんには親父さんの真実があるだけ……答えは心の中にしかないわ』
グロリアは言うべき事を告げるとウィンドウは閉じる。
ユリカはしばらく呆然とした顔でいたが、グロリアの言う意味を吟味して立ち上がり予定を変更する。
「いつまでも逃げちゃダメって事よね」
そう呟いてユリカは行動を開始しようとした。
「オッケーよ。ようやく腰を上げるみたいね」
「そう、ご苦労さま」
ブリッジでグロリアが全員に告げるとムネタケから労いの声が掛けられる。
「悪かったわね……悪役やらせて」
「気にしませんよ。死にたくはないですから」
「あなたってほんとクールね」
セリアが呆れるように話すとクルーもグロリアのクルーさに感心したり、呆れたりしている。
「問題はこれからよ。艦長が親父さんに真相を聞かされて壊れない保証はないから」
状況は好転していないとグロリアは話すとクルーも困った顔になっている。
「尤も真相を話すかどうか判らないけどね」
ムネタケが平然と告げるとグロリアは納得して頷き、クルーはそれぞれに起こり得る事態を考えている。
……真実は未だ闇の中に在り、ユリカが真実に辿り着けるかは誰にも判らない。
―――市民船 しんげつ―――
銃声が飛び交う中、雷閃は自分の失策に苛立っていた。
「ちっ、功を焦りすぎたか……欲を出し過ぎた」
月読の位置を探す事に意識が先走って強引に潜入したのが裏目に出てしまったと雷閃は感じていた。
目的の物を発見出来ずに自分が追われる破目になり、自信の未熟さを痛感しているようだった。
怒号が飛び交い、包囲網が完成しつつある状況になり、雷閃は自分の命運はここまでかと諦めかけた時、
「こっちだ! 早く来い!」
告げられた声に反応して男の後に続いた。
「その部屋に入れ」
男は雷閃に告げると部屋に強引に入り込ませて出て行く。
雷閃は外の様子を知ろうと聞き耳を立てる。今更ながら罠の可能性を考慮したのだ。
「何事だ!?」
男は近づいてきた兵士に問うと、兵士は敬礼して告げる。
「はっ! 侵入者です。こちらに来てはおりませんか?」
「いや、こちらには来ておらんが、発見した場合は誰に連絡すればいい。
この地区の責任者の山中中尉で構わんのか?」
「いえ、藤川少佐にして頂けると助かります」
男が協力的に話すと兵士も信用したのか部屋の内部まで調べようとしなかった。
二人はそれから幾つかの確認をすると兵士は捜索を続け、男は部屋に戻った。
「北辰殿の配下か?……いや、言わなくてもいい」
男は雷閃に聞こうとして止めて、懐から一枚のディスクを渡す。
「北辰殿に渡してくれ。私がこれから行う計画が入っている」
雷閃は途惑いながらもディスクを受け取り、聞いてみる事にした。
「何を行うのですか?」
「月読を破壊するだけだ」
男は気負う事もなく、まるで明日の天気を話すようにごく普通の日常の話の如く告げる。
「何の因果か、来週の起動実験に私が責任者として立ち会う事になった。
これを好機とした私は幾つかの策を年寄りどもに安全策と称して都合を付けさせた」
「よろしいのですか? 自分に話しても」
「構わんよ、こうやって北辰殿の配下に会えたのは僥倖だ。
しんげつから退避するか、出来る限り安全な場所で待機して欲しいと伝えてくれ」
真剣な表情で話す男に雷閃は一礼すると話す。
「分かりました、必ず隊長に伝えます」
「うむ、私が失敗した時は任せる。ここから出るといい」
男は非常用の扉を開放して雷閃に行くように話す。
「ここなら誰にも気付かれずに行ける可能性が高いだろう……気をつけて行くのだぞ」
「お名前は?」
「陣野だ……北辰殿に言えば判る。君は命を粗末にするような真似はしてはならんぞ。
君のような若い者がこれからの木連を支えるのだ……焦らず信じる道を進むがいい」
自身の未熟さを指摘されて雷閃は顔を曇らせると、
「そんな顔をするな。生き残れた事に感謝して次に生かせばいいのだ。
生きて帰ること……それが戦士の証明だ」
陣野が嗜めるように告げた。雷閃は深々と一礼するとこの場を後にする。
「ふっ、説教めいた事を言ってしまったな……これからする事を思えば言えぬ台詞だがな」
自嘲めいた顔で陣野は自身の半生を顧みている。
「まあ、そう悪くない人生だ。妻と息子達は草壁殿の元に行かせた。
後顧の憂いはない……後始末は私のけじめにはちょうどいいだろう」
そう呟くと陣野は作業を再開していった。
「……そうか、ご苦労だった」
無事、包囲網から抜け出した雷閃はディスクを北辰に渡し、陣野の事を報告している。
「あの方は信用できるのですか?」
「信じても良かろう……覚悟を決めた男だ。元老院も愚かよ、優秀な男を捨て駒にするとは」
嘲るように元老院の失策を北辰は聞かせる訳でもなく話している。
「……雷閃」
「はっ!」
突然、呼ばれた雷閃は北辰に返事を返す。
「見ておくがいい……覚悟を決めた男の強さというものをな」
「は、はい」
陣野が相当過激な手段を用いると思った雷閃は少々焦り気味で返事をする。
「では参るぞ」
「はっ」
二人は気配を絶ち、闇に溶け込んで行く。
後に残されたものは静寂だけであった。
……いよいよ遺失船月読の起動が行われようとしている。
元老院の切り札と目される船を巡る戦いに終止符が打たれようとしていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ユリカさんがボロボロですね。
虐める気はないのですが、なんかこうなるんですよね〜。
もしかして嫌いなのかな(オ〜イ)
悪い人じゃないと思うんですけど、独特のペースが苦手で。
まあ、そんなこんなで次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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