人が集まる

それは様々な思惑が動き出すという事に他ならない

明暗を分かつ時は近付いている

その時、彼等はどの位置に居るだろうか




僕たちの独立戦争  第八十一話
著 EFF


ピースランド王宮に人が集まってくる。それぞれ思惑があるがそれを微塵にも感じさせずに相手の出方を窺っている。

歓迎式典の裏で様々な交渉が始まっている。表では話せない内容も此処でなら聞く事も可能だった。

様々な情報が飛び交い、出席者は与えられる情報から未来を予測しなければならない。

一つの決断が自分達の陣営の未来を決定する。勝ち組に乗ろうとして擦り寄る者もいた。

負け組みに入る事は許されない……命懸けの判断が重要になる場面が多かった。

「政府のほうはどうだ?」

「……ちょっと遅かった。もう少し時間が欲しかったな」

そんな生存競争が始まった王宮の一画の部屋でロバートとシオンが会話している。

ロバートは経済界の意見の取りまとめ、シオンはここに来る政治家達の切り崩しに精力的に動いていた。

どちらにも反対勢力はいるが順調に二人は勢力を増やしていく。

情報を公開する事で先が読める者は状況を把握して自身の身の振り方を決断していく。

無論自分を高く売りつけようとする者もいるが、二人はそんな連中など歯牙に掛けない。

今頃になってそういう事をする人物など頼りにならない……自身の情報収集能力が無いといっている様なものなのだ。

この辺は伊達に歳を取っていないという二人であり、海千山千の男達を相手に八面六臂の活躍をしていた。

「……そうか、やはりネックは市民か?」

「ああ、まだ危機感が少ないようだ」

シオンがため息混じりの答えを返すとロバートも呆れていた。

「ウチが出した被害予測報告書は信じられんという事か?」

「それもあるが、未だに姿を見せていない木連に対して戦争しているという自覚が今ひとつみたいだ」

シオンの話す内容を聞いてロバートは顔を顰めている。

木連の事を深く知っているのは地球側ではクリムゾンだけだと感じさせられた。

正体は知っているが未だに姿を見ていないというのは不安もあるが、それ以上に対岸の火事と考えているのだろう。

所詮、画面越しの戦争だと高を括っているのかもしれないと二人は考えていた。

「困ったな、もうすぐ木連からの再宣戦布告があるというのにこの体たらくか」

杜撰な連合政府の対応に二人は呆れている。本当に危機感が足りないのだ。

「それは初めて聞いたぞ。もしかして火星も同じように宣戦布告する気なのか?」

「回答期限はもう過ぎようとしているのに返事は無いようだ。

 エドワードは出来れば平和的な解決を望んでいたが……無理だろうな」

シオンの問いにロバートが顔を曇らせて答える。ロバート自身は舌打ちしたい気分なのか、苛立っているようだった。

「やれやれ、状況は悪い方へ進んで行くのか……先を読めん連中が多すぎる」

「全くだ」

シオンの呟きにロバートも同意している。

「答えを出さないという選択が如何に危険かと理解しておらん。

 火星を未だに植民地だと勘違いしている者が多いな。火星はもう……地球と同じ国家だというのに。

 人口こそまだ少ないが国家としての体制は着実に整いつつある」

火星を見聞してきたシオンは火星を甘く見る気はない。対等の立場で見ようとしている。

だが、連合政府は格下を相手にするのだと決め付けている。

火星如きに負ける事はないと息巻いている連中は火星の持つテクノロジーを知らない連中なのだ。

敗退した時、彼等はどうするのか、二人は聞いてみたいと思っている。

その場で彼らが慌てふためく姿を観客として観てみたいと少々意地の悪い考えも出ていた。

「木連との講和が成立すると、火星は戦力を地球に集結させるだろう。

 実際、遊撃艦隊は月周辺に待機して地球と木連の動向を監視している」

ロバートはクリムゾンの持つ情報をシオンに話すと、

「ここに駐留中の艦も対地球用に早変わりという事か……ナデシコ級三隻が牙を向けると」

頭の回転の速さを見せてシオンが聞いてくる。

「まあ、そういう事だが木連に内乱の兆しがある。

 強硬派と言われる連中が現政権を打倒しようとしているとの報告が火星から入ってきた」

「……また厄介な問題が出てくるな。強硬派が政権を取る可能性は?」

シオンの立場から見れば、強硬派は非常に目障りになる。強硬派が政権を取れば間違いなく戦争継続になってしまう。

出来得る限り軟着陸させて、三惑星国家の関係改善を図りたいのだ。

「三割くらいだと火星は考えているみたいだ。

 強硬派で最大の武闘派が和平派に傾きかけている。彼は移住先が確保できれば無理に戦う必要はないと考え始めている。

 火星が条件次第で火星への移住も認める方向に動くそうだから、彼は動かないだろうと火星は見ている。

 現政権も彼の行動を止めたいのか、最前線に配置して本国と距離を置かせている」

「最前線というと……月か、その人物は信用できるのか?」

シオンにしてみれば、月に配置されている士官は厄介な人物と言える。

その人物の暴走如何によってはシオンが考えている和平も成り立たなくなる。その為に派手に動かれると困るのだ。

「判らんな。基本的に木連の人物は裏表の無い連中が殆どだ。

 どちらかと言えば、約束事も納得すれば交わした取り決めはきちんと守り、自分から裏切るような真似はしないだろう」

「ふむ、そういう意味では交渉の条件次第では講和も可能か」

「ああ、信義を違える事はしないだろう。ただ頑固な人間が多いから嘘や裏切りにはそれ相応の報復もするだろうな」

「なるほど……こちらが裏切る真似をしなければ当面は大丈夫という事か」

講和への方法を模索するシオンはロバートからの情報は鵜呑みにしない。

情報を鵜呑みにして失策するような無様な事をする気はないし、何事も自分の手で切り拓こうと決めているのだ。

ただ事前に情報が有るのと無いのでは対応も変わるので聞いているのだ。

「ん? 誰か来るな」

パタパタと足音が近付いてきたので二人は一旦会話を終わらせる。

「ふむ、軽い足音だ……子供かな?」

シオンがそう話すと同時に扉が開かれる。そこには二人の少女が居て、楽しそうな顔でロバートの元に駆け寄って来る。

「「お爺ちゃ〜ん♪」」

抱きついてくる二人を受け止めるとロバートが優しく頭を撫でて話しかける。

「セレスにラピスか。部屋に入る時はノックをしないとダメだぞ」

「「ごめんなさい、お爺ちゃん」」

一応、年長者の威厳を見せようとするロバートだが、その声には厳しさは無く、穏やかな響きが存在していた。

(天下のクリムゾンの会長も子供の前ではただの好々爺か……羨ましい)

火星にいる孫娘を思い出してシオンは少々羨ましそうにロバートを見ている。

「こんにちわ、サラちゃんの御祖父さん」

(サラちゃんのお祖父ちゃん……なんて素晴らしい響きだ)

セレスが話した内容を反芻してシオンは悦に入っている……心の琴線に触れたみたいだった。

「ああ、こんにちは、お嬢さん」

可愛らしく挨拶する二人にシオンは目を細めて微笑んでいる。

「セレス・タインと言います。一応、家では次女になるのかな?」

「えっと、多分そうじゃないかな〜。ルリ姉ちゃんが長女になると思うよ。

 私は三女のラピス・ラズリと言います」

「ふむ、私はシオン・フレスヴェール。火星に居るサラ・ヒューズの祖父だ、よろしく」

「うん、サラちゃんから聞いているよ。ちょっと厳しそうだけど、優しいおじいちゃんだってね」

「そうそう、初めて会った時は吃驚したって言ってたね。

 でも、威厳ある格好いい御祖父ちゃんだって」

二人の言葉を聞いてシオンは孫娘のハートをガッチリと掴んだ事を知って満足している。

(ふっ、自画自賛する訳ではないが初対面の孫娘のハートをちゃんと掴むとは……さすが私だな)

「でも、一緒に居ると疲れそうだってサラちゃん言ってたよ」

「じゃあ、それが今後の課題だね。如何にサラちゃんを疲れさせないようにするか……頑張ってね」

「グハッ……そんなに怖いのか、そんなに疲れるのか、私は?」

そんな二人の言葉にシオンはダメージを受けていた。

「ま、まあ……頑張れ」

……二人に懐かれ、シオンの肩を叩いて励ますロバートをシオンは恨みがましく睨んでいた。


この後、他の子供達を連れてシャロンが挨拶に訪れる。

子供達は皆、ロバートを慕い懐いているのを感じたシオンは羨ましそうに見つめていた。

(いいなぁ、わしもサラが居る火星に行きたいな……)

しばらく子供達から日常生活を聞いていたロバートは側に控えていたマリーに目配せして子供達を別室に移動させる。

子供達が退室した後、ロバートは雰囲気をガラリと一変させる。その顔は冷静な判断を下す企業のトップそのものだった。

「さて、シャロン。火星の状況はどうだ?」

「そうですね。軍事行動は出来ればしたくないというのが本音ですが……無理でしょうね。

 連合政府筋からは「独立は認めん、今まで通り地球に恭順せよ」と連絡がありましたから」

肩を竦めて呆れるようにシャロンは連合政府の対応の拙さを話す。

それを聞いた二人はドッと疲れが出たのか、ソファーに深く身体を沈める。

「ほ、本気か?……先が読めないのか?」

「どうも連合に弓引く気はないと高を括っているみたいですね。

 随分、尊大に話していましたよ」

シオンの問いにシャロンはため息を吐いて答えている。シャロンにしてみれば暴挙と呼べる行動を連合政府はしているのだ。

この回答によって火星の軍事行動が決定された。最悪の選択を連合政府は行ったのだと二人は考えていた。

「現在、月でアクアがコスモスの譲渡と慣熟訓練を行っています。

 木連側の回答によって木連との共同戦線が始まる可能性も出ましたね」

「そうか……では内政に関してはどうだ。軍事行動に関しての反対意見は出たのか?」

「さすがにあのような物言いをされると反対などしませんでしたね。

 聞いて下さいよ、お爺様。彼等は第一次火星会戦後からの火星の資産を要求したんです。

 火星が開発した戦艦、機動兵器や技術を引き渡すように命令したんです……何様の心算なんでしょうか?

 まあ、大体は想像できますけどね。

 火星から資産を奪い取ってこの戦争での被害の補填をしようと考えたんだろうけど……無知は罪とはよく言ったものね。

 コロニー政府の親地球派の議員も完全に地球離れになりましたわ。もう地球には何の未練もない状態になったみたいです」

「「はあ――!?」」

シオンとロバートは大口を開けて聞いている。信じられない事を聞かされたのだ。

「しょ、正気なのか?……何を考えているのだ。正気の沙汰とは思えぬぞ」

「タキザワさんも呆然としてましたよ、お爺様。あらかさまに喧嘩を売られたようなものですから」

正気かと精神状態を確かめようと尋ねるロバートにシャロンは交渉官タキザワの様子を話す。

直接言われたタキザワは二人以上に呆然としていた。

その様子を見ていた連合政府の人間は更に勘違いをして尊大な物言いをしたのだ。

タキザワは一息吐くと彼らに連合軍が撤退した後、

破壊されたコロニーの損害賠償などを訊ねると彼等は木連の所為にして一切の責任を回避しようとしたのだ。

厚顔無恥という言葉を地で行くような連中にタキザワは呆れて言葉が出なかった事は言うまでもなかった。

「だ、だろうな。か、彼も唖然とするわな。その様な言い方をされれば」

「ええ、交渉の様子を記録した映像を見た若手の議員達は激怒してましたよ。

 エドおじ様は最後まで冷静な対応を求めていましたが……」

「それは無理だろう。立場の違いを理解せずに一方的に自分達の要求しかしない連中に我慢など出来んよ。

 だが、これで良かったのかもしれん……火星が軍事行動を起こす事で奴らの息の根を止める事が出来る」

シオンがこの先の展開を読んで地球内部の改革が進み易くなる可能性を示唆する。

「なるほどな……被害は出来る限り抑えたいがこれが限界かな。

 月を巡る攻防戦で地球が木連、火星との共闘で敗退、その責任追及で全員を失脚させて市民の意識改革を進める」

「そうだな、ロバート。これが一番ベターかもしれん。後はボソンジャンプの管理を火星に任せる方向で行く事になる。

 軍事目的に使用しないように厳重な監視、または共同研究にして技術者をこちらでも確保するくらいになるかな」

「ベターな選択だと思いますわ。

 火星は出来る限り地球の介入は避けたいと考えていますけど、不安を煽るのも不味いと判断していますので。

 どういう過程を経ても最終的に火星で研究が進むと思いますわ」

シャロンはそう結論付ける。ジャンパーを生み出す土壌は火星でしかないのだ。

「確かにジャンパーを一時的に有する事は出来るでしょう。

 ですがそれは本当に一時的なものです。時間が経過すれば、するほどジャンパーの数は増えていきます。

 そして強引な手段を行った報いはいずれ返ってきますね」

非合法な手段でジャンパーを手に入れても無駄だとシャロンは考えている。

「火星が生き残れなければその方法は有効的でしたが……生き残り、国家としての体制を確立した今となってはダメですね」

「これでクロノ君の目論みは無事成功したという事だ。

 まあ、クリムゾンとしてはノクターンコロニーの支社の人員とユーリ家の人材を確保した事で良しとするか。

 強引な手法も必要ないだろう。きちんとした説明と研究の協力を要請すれば条件次第で力を貸してくれそうだ」

「ユーリ家ですか?」

シャロンは訝しむように聞いてくる。

「アクアがクリムゾンを継がなければクロノ君の元に嫁ぐ。

 そうなればクリムゾンの名を名乗るか? 多分、名乗らんだろう。

 まあ、経営自体は親族経営からは脱却する予定だが、血の繋がりは無くならん」

「本当に無駄がないですわね。子供達に甘いのはその所為ですか?」

ロバートの考えにシャロンは少々怒りを込めて聞く。シャロンは子供達が道具にされるのは不本意だった。

「馬鹿者……あの子達に迷惑を掛ける気はない。純粋に慕う者を道具にはせんよ。

 ただ協力関係はきちっとしないとハネッ返りや暴走する者も居るだろう……違うか?」

「……いえ、違いません」

感情的に問うたシャロンは気不味そうにしている。そんなシャロンを微笑ましく思いながらロバートは話す。

「長期的に見るとクリムゾンの移転も考えなければならない状況だ。迂闊に身内に敵を作るのは得策ではない」

アクアが造反する可能性を話しているロバートにシャロンは驚いている。

「その可能性は考えませんでしたね……ですが子供に手を出せばありえますね」

子供を大事に愛情を注いで育てているアクアが怒る可能性は高いのだ。

自分でさえ怒るのに母親代わりのアクアが怒らない訳がないのだ。ロバートはそういう事態が起こらないように色々考える。

「アクア自身はクリムゾンをそれ程重要には思っていないだろう。

 だがクリムゾンはアクアの存在をとても重要に考えている……きちんとした結果を出したからな」

「ノクターンコロニーの支社の確保、ストライカーシリーズのライセンス契約、相転移機関の技術譲渡……」

指折り数えながらシャロンはアクアが行った火星との協力体制を改めて考えている。

「お前もそうだが、クリムゾンは火星との強固なラインを形成した。

 独占する事は出来ないがボソンジャンプ研究に関してもネルガルを押さえて一歩リードした形になる。

 木連との関係も悪くはない。木連からの技術も手に入れる事も可能だろう……無論、独占は考えないようにするがな」

木連が地球との講和を考える時、クリムゾンが仲介するのだ。当然、それなりの収穫はあるだろう。

「まあ、エドワードが警戒すると思うから、必要以上に台頭する気はない。

 押さえるべき所はきちんと押さえて、後は自由にしていいと言った所になるだろう」

出る杭は打たれるという事をロバートは十分承知しているのだ。

クリムゾンという一企業がボソンジャンプを含む技術を独占しようとすれば、火星は反発するだろう。

だが意見を求められたり、協力を要請されるような立場で居れば火星も便宜を図ってくれる。

ロバートはそういうポジションにクリムゾンを持って行きたいと考えているのだ。

「相変わらず強かだな……最少の力で最大の効果を得る。今も経済界の雄は健在だというわけだ」

シオンが皮肉を織り交ぜるように話す。

クリムゾンの躍進は確実だが、ロバートは時間を掛けて更に上を狙うようなので感心しているようだった。

「本当に呆れるくらい先を見越して動くんですね。私もまだまだ甘いようですわ」

やれやれと肩を竦めるようにシャロンは自分とロバートの差を感じている。

(追いつけるのは何時になる事やら……)

「なに、わしの若い頃とお前達はそうは変わらんよ。これから経験を積んで伸ばしていけば良いだけだ。

 次の時代はお前たちのものだ……お前達が次の時代の道を作ればいい。

 わしやシオンが道を作る為の準備を整えるだけだからな」

少々落胆したシャロンを慰めるようにロバートは話す。

「まあ、そうなるかな」

シオンもロバートに賛成して、どことなく安心した顔で話す。クリムゾンが技術を独占して暴走しないと判断したようだ。

この後、三人は意見交換を行い今後の展開を予測して行く。

それぞれに思う事はあるが目的は一つ。

出来る限り犠牲を少なくして和平に持ち込み、平和で穏やかな時代を作る……それだけだった。


――少し時間を戻す。

ラピス達はロバートの部屋を退室してルリと合流してピースランド国王夫妻の元に行った。

「……そうですか、アクア殿は月ですか?」

残念そうに国王陛下は話している。一度会いたいと思っていたのだ。

「はい、式典には参加しますので、その際はぜひお会いしたいと申しておりました」

丁寧にマリーはアクアからの伝言を伝えている。ルリを含む女の子達はアセリア王妃に連れられて別室で着替えをしている。

この場に居るのは男の子達と国王陛下の側に控える者とマリーだけだった。

男の子達は目の前に出されたおやつを礼儀正しく頂いている。国王陛下は礼儀正しい様子を見て微笑んでいる。

「しかし、退屈なものだな」

女の子達の着替えを待つというのは男性からは退屈なものでしかない。こうして待つのはつまらないものかもしれなかった。

「それではこれなど如何でしょうか?」

マリーは一枚のディスクを取り出すと国王陛下の側に控える人物に渡して話す。

「ルリ様の日常生活を収めた映像記録です」

「ほう、それはぜひ見たいものだな」

その言葉によって上映会が始まる事になった。

アクアと一緒に料理をするルリ、子供達と一緒に遊ぶルリ、仲良く昼寝するルリ、喧嘩する妹達を困った顔で注意するルリ、

一喜一憂しながら楽しそうに笑う娘の姿を国王陛下は微笑ましく見つめている。

「こうして見るとまだ私達に対してはぎこちない様だな」

「それは時間が解決してくれるものと思います」

寂しそうに国王が映像を見ながら呟いた一言にマリーが返事をする。

「時間か……そうあってくれると良いな」

「少なくともルリ様は歩み寄ろうとしておりますので上手く行かない事にはならないと思いますが」

「全くだ、こうして着替えにも付き合っているのがその証拠だな。

 苦手なくせに無理をしている……もう少し我が侭を言っても良いと思うのは親の我が侭かな?」

自分達がルリに甘えているように思えて困った表情で話している……ルリの優しさに甘えているのだと言われると辛いのだ。

「嫌な事は嫌だとハッキリ言える姫様です。限度を超えなければ大丈夫です。

 人に見られるとか、見せたいという感覚が乏しいので少々困っていますが、

 まあ、恋の一つや二つでもすれば変わると思います」

「それはそれで困るな。……まだ早くはないかね?」

国王陛下は娘がどこかの馬の骨を好きになると思うと不愉快な顔になっている。

大事な娘を簡単に手放すような事はしたくないのだろうとマリーは思っているが、

「ですが、女の子の方が早く大人になります。ルリ様のお年で初恋の一つも無いようでは困ります。

 それなりに経験を積んであしらい方も覚えて頂かないと「何を言っているんですか!?」」

マリーの意見に重なるようにルリが慌てて話してくる。その顔は真っ赤に染まっていた。

ドレス姿のルリに国王陛下は妻に似て綺麗だと思って見ている。

「いえ、ルリ様の恋愛事情を話し「そんな話はしなくていいです!!」」

「そうは参りません。ルリ様は嫌かもしれませんが立場の問題があるのです。

 はっきり申しますと、ルリ様自身に興味はないがピースランド王女という肩書きが欲しいという馬鹿な人もおります。

 そういう人をあしらう方法を学んで頂かないと」

ルリには申し訳ないと思うが、マリーはこの事だけはきちんと話しておかなければならないと考えていた。

現状では政略結婚などは無いだろうが状況が変わればその可能性もあるのだ。

「まあ、地球で生活しない以上は煩わしい事も減りますが、偶に帰国する時は注意して頂かないと。

 夜討ち朝駆けと言った様に馬の骨どもが有象無象に出てきますから」

「そ、そんなに出てきますか?」

嫌悪感を見せながらルリはマリーに聞いてくる。そんなルリにマリーは頷いてアクアの時を話していく。

「アクア様が社交界にデビューすると聞いて顔も見ずに婚姻を結ぼうと考える馬鹿がいましたよ。

 クリムゾンの直系の令嬢となれば少々の問題があろうと気にしないし、

 愛情などそっちのけで近付いてくる愚か者もいました。

 ロバート様はそんな輩は排除されましたが数だけは呆れるくらいいましたよ」

「ふざけていますね……姉さんは道具じゃありませんよ」

苛立ち怒りを見せながらルリは話していく。

「私も道具扱いされましたが、別の意味で姉さんも道具のように扱われようとしたんですね。

 姉さんが道具扱いされた私の気持ちを少しだけ理解できるといった意味がよく分かりました」

嫌悪と言う感情を見せたルリにマリーは順調に心が成長していると感じていた。

(いい感じですね。誰かの立場を思いやるという優しい部分も出て来ています。

 元々怒りを出さないようにクールにしていますが、やはり年相応にしている方が良いと思います)

泣き、笑い、怒り、喜ぶといった感情表現は豊かにしている方が良いとマリーは考えている。

側にいる時、表情を出さない人物より出している人物の方がどちらかと言えば安心するのだ。

誤解されやすい人物になって欲しくないとマリーは思う。

ルリは今までの生活環境ゆえに必要以上に物を欲しがったり、物欲しそうにしない。

そんな部分が出るとマリーには悲しく思う時がある。もっと年相応に甘えて欲しいと感じるのだ。

こうやって心が成長していく過程を側で見るのも自分の特権だと思う。

(アクア様のように優しい少女が強さを手に入れ、美しく成長していく……なんて素晴らしい事でしょうか)

事情があってマリーは子供が産めない身体になってしまった。

しかし、アクアの側付きのメイドとしてアクアの成長を親代わりとして見守ってきた。

マリーにとってアクアは大事な娘のようなものであり、ルリや子供達も大切な存在だった。

そういう意味ではルリは甘えてくれないので少々寂しいのかもしれない。

(出来れば……もっと甘えて欲しいですね。多分、側にいられる時間は短いと思うので)

ルリは早く巣立って行くとマリーは考える。しっかりと足場を固めて歩き出そうとしているのだ。

(ですが、その時までしっかりと見守りますのでいつでも甘えてきて下さいね)

「では、姉さんが一服盛ったのはその為ですか?」

ルリが腕を組んで思案している。

「……言っておきますが、万が一そんな事をすればジュール様の目の前でお尻ペンペンですからね」

「…………絶対にしませんからやめて下さい」

「ならいいです(そういう部分は似ないで欲しいですね)」

アクアの影響が出ていると思うとマリーは渋い表情で考え込む。

(やはりレイチェル様との接触は絶対に避けるべきですね。あの方の影響を受けるのは不味いですから)

アクアの人格形成に多大な影響を与えた人物をマリーは警戒している。

「今度は失敗などしません。ええ、二度と同じミスはしませんよ」

誰にも聞かれないようにマリーは呟いている。アクアの悪い部分は受け継がせないと決意していた。

そんなマリーの元にアセリア王妃とラピス達がドレス姿で現れる。

「あなた……ずるいですよ。先に一人で見るなんて」

画面に映るルリを見て拗ねるように話すアセリアに国王陛下は謝る。

「すまぬな……待つのが退屈でな、つい……」

「まあ、いいです。しかし、アクア殿が羨ましいです。

 やはり女の子はいいですね……着せ替え甲斐があります」

「全くです。ではこれなど如何ですか?」

ホゥと感嘆のため息を吐きながら楽しそうに話すアセリアにマリーは秘蔵のルリのドレス姿を見せる。

「……素晴らしいですね。とても綺麗ですよ、ルリ」

「あ、ありがとうございます、お母様」

ちょっと恥ずかしいがマリーの追及を外そうと思い、ルリはアセリアと一緒に見ている。

「ところで……ルリ」

「はい、なんですか?」

「ジュールさんというのはどなたかしら?」

その質問にルリはアタフタと慌てている。その顔は何故知っているのですかと焦りが浮かんでいた。

「ルリ様の同僚の方でアクア様の弟ですよ」

「そうなのですか?」

「はい」

焦るルリを尻目にして二人は話を続けている。

アセリアは興味津々といった表情で話し、マリーは特にルリが困る内容は話していないのでルリが安心すると、

「ルリ様の側にいる最も親しい男性ですね」

このような爆弾発言を投下した。

(マ、マリーさんの裏切り者……さっきの仕返しですか?

 ひ、酷いです……)

一瞬安堵した自分が馬鹿でしたという様にルリはマリーを睨んでいた。

「ま、まあ、そんな方がいるなんてルリも隅に置けませんね。

 ルリ、そんな人がいるなんて聞いておりませんよ……母は悲しいですね」

「ルリ様……ダメですよ。お母様に内緒だなんて……余計な心配を掛けてはいけません」

ルリの視線を気にせずにしれっとした顔でマリーは話している。

「な、何を言っているんですか?

 ジュールさんはただの同僚ですよ。ええ、ただの同僚です」

念を押すように話すルリにマリーは、

「そういえば、今頃は女性の方と一緒に街に出てましたね。

 もしかして……デートでしょうか?」

ルリの不安を煽るように話した。ルリは一瞬ドキッとしたが此処で焦る不味いと思い、平然とした様子で話す。

「そ、そうなんですか、まあ……どうでもいいですが(ジュールさん、何をしてるのですか?……お仕置きですよ)」

「そういえば、今夜の予定を聞かれていましたから……もしかしてお泊りでしょうか?」

「な!? 何を言っているんですか!!? ジュールさんはそんな人じゃないですよ!!」

思わず声を荒げてしまってルリはしまったという表情をする。

「そうですね……ルリ様の大切な人ですからいい加減な事は為されないでしょうね」

ニコリと笑みを浮かべてマリーは王妃に顔を向ける。その顔は悪戯が成功して満足と言ったものだった。

王妃もルリの気になる人物の事が聞けたので笑みを浮かべて満足している。


(ルリお姉ちゃん……頑張ってね。きっといい事もあると思うから)

(ルリ姉ちゃん、ゴメンネ。私、マリーに逆らえないから)

セレスとラピスの二人はルリのフォローが出来ずにいる事に詫びながらおやつを食べている。

(クッ、む、娘は誰にも渡さんぞ!)

国王陛下は娘を馬の骨には渡さんと決意している。

(お、おのれ……ジュールと言ったな。覚悟しておけ、私の目の黒いうちは娘を嫁になど行かせんぞ)


その頃、ピースランドの町を歩いていたシンとルナと整備班の連中は同行者のジュールの様子を不思議そうに見ていた。

班毎に街に出て行く許可が下りたので整備班のメンバーと一緒に行く事にしたのだ。

「どうかしたの? いきなり青い顔をして」

「……いや、いきなり寒気がしてな」

「風邪か? うつすなよ」

「風邪じゃないさ。嫌な予感がしたんだと思う……何か、こう最大の危機が迫ってくるような気が」

そう言った途端ジュールの前を黒猫が横切って行く。

それを見た一行は沈黙している。遠くで鴉が鳴いていた。

「何をしたんだ? ジュール」

カタヤマが一行を代表して聞いてくる。ジュールは訳が分からないといった顔で答えた。

「いや、特に何もしてない筈ですが」

「一応、言って置くがもう後ニ、三年はルリちゃんに手を出すなよ」

「な!? なに言ってんですか!? 一応分別ある大人の俺がそんな事する訳ないでしょうが!!

 冗談でも言って良い事と悪い事ってもんがあるでしょう、班長!」

真面目な顔で話すカタヤマにジュールは慌てて叫びながら話した。

「いや、まあ、大丈夫だとは思ってんだが……日に日に綺麗になっていくからな〜」

言い訳めいた口調でカタヤマは話すと周囲にいるメンバーも納得したのか頷いている。

「出会った頃と比べてよく笑ったり、怒ったりといった感情表現が豊かになっただろう。

 元々可愛い子だったけど時々ドキッと思う時があるんだよ」

「そうよね〜、ルリちゃんの笑顔って綺麗だわ。

 アクアさんに似てきたのか……羨ましいくらい良い顔するのよね。

 もしかしてルリちゃんの両親がジュールの事を知って「家の娘に手を出すなよ」っていう波動でも送ったんじゃないかな」

ルナが冗談のように話すと一行は笑いながら「ありえるかもな〜」と話していた。

(まさかな……そういえば今頃、王宮に居たような)

ジュールはまさか、まさかと思いながら冷や汗が止める事が出来なかった。

こうして不吉な予感を感じながらジュールに試練の時が訪れようとしていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

少々インターミッションが長くなるかもしれません。
合間合間に木連編が入るのか、逆になるかもしれませんが地球の状況、火星の状況を入れる事になると思います。

それでは次回でお会いしましょう。

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