未来を見据えて行動する

それが如何に難しいと思うだろうか

今まで庇護を受けていたと気付くだろうか

おそらく気付かないのだろう

知っていればこんな無様な事はせぬ

甘い考えで動くなど愚の骨頂だ

知った時は終わりなのだが




僕たちの独立戦争  第八十五話
著 EFF


「……そうか、惜しい事をした。それ程の覚悟を持った男なら、立場は違えど失うのは痛いな」

「御意……元老院には勿体無い男達でした」

北辰も同じ考えであった。立場は違えど誇り高き男には敬意を払う二人であった。

「新型機に関しても問題なく運用できそうです」

「それは朗報だな」

「はっ。そして元老院はしんげつで陣を構える心算です」

北辰はしんげつでの活動を報告し、自身の考えも話す。

「おそらく今回の件は自陣の不穏分子の排除も兼ねていた可能性も」

「くだらぬと言いたいが私も同じような考えがあるから詮無き事だな」

「ご冗談を……奴等は最初から誰も信用などしておりませぬ。ただ己が利害を合わしているだけですぞ」

「そうだな。疑心暗鬼のままで勝てるほど、私は……弱くはない」

自陣の取りまとめも出来ない連中になど負けはしないと草壁は思っている。

「短期決戦……ダラダラと内乱を長引かせはしない。

 火星もまた軍を動かすみたいだから歩調を合わさんとな」

「それでよろしいのですか? 閣下の身柄を火星に預けるのは……」

北辰がこの件に関しては一言話したいという雰囲気で草壁を見ている。

「構わんよ。私が必要とされたのは戦争が起きる事が条件で……勝つ事が義務のようなものだった。

 だが、和平となれば軍人は表に出るべきではない。

 このまま政治家になるべきかと考えたが柄じゃない。

 文武両道と謳いながら実際は武に傾きすぎた木連を修正するには私は表に出ないほうが良いのだろう」

自分の手を離れて行くのを寂しく思いながら草壁は木連の未来を見つめている。

「戦自体は間違いではないと私は今も思っている。

 ただ選択した手段は拙かった……後々、尾を引くような禍根が残らないようにする為にも旗印は居ない方が良いのだ」

自分が取った選択は間違いではないと草壁は思うが、殲滅戦はやり過ぎたと回想している。

この先、木連の未来を考えた時に自分を利用する連中に利用されるのは不本意だった。

「改善はされているが一本気な男達ばかりだからな。どうしても象徴としての私を求める輩も出るだろう。

 それでは不味いのだ……自分で道を切り拓こうとする気概がなければならん、良くも悪くもな」

「容赦がありませぬな(こういうところは何も変わらぬ……甘えなど平気で切り捨てる御人だ)」

「未来を作ろうとする者が自分が象徴にならずに何とする。自身が導く者になれぬ者に未来はない」

「手厳しいですな。ですがそれこそが閣下らしいと」

何処に居ようとこの方は何も変わらないと北辰は考える。

(不甲斐ない者ばかりなら押し退けて自ら動くであろう……そうであったな、我が主はそういう方であったわ)

自分の判断が甘いのだと感じさせられる。草壁はいつも陣頭に立って動く男なのだ。

相手が策を弄してもその策を噛み砕く牙を持っている男――それが草壁春樹という男の本質なのだ。

「では連絡手段を構築しなければなりませぬな」

「そうだな……出番が来ぬ事が良いのだが」

「火星と地球次第ではありませぬか?

 火星は信用できそうですが、地球は信用できませぬ」

「備えは無いより……あるほうが良いな」

「文官も揃い始めております」

「うむ、これで交渉事にも対応できるようになるだろう。

 武力は出来る限り温存して使わずに済めば良いな」

「御意に」

起きなければ良いと思いつつ、備えを用意しておく。どんな時も生き残る者は最悪の事態を想定して備える者なのだ。

草壁春樹という男も生き残る資質を持つ男であった。


―――ピースランド王宮の一室―――


「どういう心算だ!? 火星を挑発するとは何事だ!」

シオンはシャロンからの報告を聞いて連合政府首脳陣に通信機越しに詰め寄る。

『はて、挑発とはどういう意味かね?』

「火星からの報告を聞いたぞ。"技術と金と武装を引き渡せ"だとふざけているのか!」

シオンが怒鳴るように話すと首脳陣は気にした様子も無く、ごく普通に返事をする。

『火星の独立など認めぬ、だからこそ税を納めよと通達しただけだ。

 我々は我々の責務を果たすだけだが』

「責務か……そういう事は自分を責任を守った者が言うべきセリフだな」

呆れと嘲りを含んだシオンの言い方に代表者は胡乱気にシオンを見つめる。

『我々が責務を果たしていないとでも言うのか?』

「耳は良いようだな……頭はボケ始めているようだが。

 はっきり言っておくぞ、責務を果たすというのなら何故軍を送って火星を保護しなかった?

 己の責務を果たさずに都合の良い事ばかり言ったようだが、火星が軍事行動を起こす大義を与えた事に気付かないのか」

『火星が軍事行動を起こすだと……ありえんな』

『そうだぞ、フレスヴェール君。火星は強気な事を言っているようだが、所詮植民星にすぎないよ。

 運良く優れた兵器を開発したおかげで生き残っただけなのだ』

(あ、阿呆だ……先が全然読めとらん。本気で言っている所が呆れるというより凄いとしか言い様がないぞ)

シオンの側で聞いていたロバートは目を見開いて首脳陣の馬鹿さ加減の突き抜け方を確認している。

先を読めない者だとは理解していたがここまでぶっ飛んでいるとは思わなかった。

尤も彼等は独立を認めるわけにもいけないのでどうしても強行的な手段を用いるしかないのだが。

『我々にはビッグバリアが在る。時間さえ稼げば幾らでも反撃出来る体制を作る事も可能だよ。

 君のように弱腰でいる方が不味いのだよ』

「はん、君等の方が愚かとしか言えるな。

 スタッフに分析してもらったがビッグバリアとて無敵の盾にはならない……ナデシコ級一隻あれば穴を穿つ事は出来る。

 そういう事も計算しないのはどういう了見だ」

呆れを超えて、憐れむようにシオンは通信機の画面の先の人物達を見つめている。

「君らは人に銃口を向けられた事はないだろう。だからそんな暢気な話をしている。

 大質量のコロニーはどうする心算なのだ?」

危機感が足りないとシオンは言外に告げている。

自分の首を絞めている事に気付かない……平和ボケもここに窮まったかと感じていた。

『それに関しては連合宇宙軍を信じている。彼等は我々の期待に応えるはずだろう』

「あの男の能力を信じるとは……気は確かか?」

ドーソンの能力を信じていないシオンは連中がまともな精神状態ではないのかと疑い始めている。

今の状況を生み出した張本人でもあるドーソンを当てにするなど正気の沙汰ではないと感じていた。

「判っているだろう。木連の戦力分析を怠ったおかげで今日の事態を招いているのだ。

 その元凶の一翼を担う男が君らの期待に応えるとは思えん……自殺行為になりかねんぞ。

 ただでさえ君らは失策を続けているのだ。責任追及からは逃れられんぞ」

私は君らに責任をキッチリと取らせるとシオンは告げている。今回ばかりははっきりとした形にする言う。

『責任追及とは何だね……我々が取るべき責任など無いが』

「何を言っている……独立するかどうか分からないのに火星を始末しようとしたのは明白だろう。

 第一次火星会戦前の軍の動きはこちらも調査済みだ。

 明らかに火星を放棄する方向で動いている。

 ドーソン一人の権限や官僚達の独走で出来る事ではない……君らの指示だろう?

 これははっきりとした謀略であり、立派な大量殺人行為だぞ」

シオンは既に証拠をクリムゾンから提供して貰っていた。そして隠蔽工作をしても手遅れになるようにしている。

連合司法局にも内密で今回の一件については厳しい対応をするように通達している。

政府内の混乱を避ける為に極秘の内偵を連合司法局にしてもらっていたが、

真相を白日の下に晒して動くようにするべきだったと自身の読みの甘さを後悔している。

(勝って全てを誤魔化そうなど……許しはしないぞ。自分達の罪の隠蔽と欲望で市民を巻き込んだ責任は取らせる)

不運にも連合司法局のトップは家族をこの戦争で失っていた。

この戦争の経緯を聞かした途端に怒りによって頭が沸騰している様子だった。

なあなあで済ます様な事はしないと明言している。トップが本気になった事で上から下まで一体化している。

無論、政治家に従う連中もいるが経緯が経緯なだけに表立って行動出来ない。

そこにコロニー落としの危険を含んだ木連の軍事行動が起こった。

これによって司法局内部も今の地球の状況が相当ヤバイと感じている。

このような状況を作り上げた政権が信頼出来ないと。そして修正を逸早く行わないと不味いのだと。

「自分達の尻に火が点いて焦っているのだろうが、そういう状況を作ったのは君らだぞ」

『貴様が司法局に指示を出したのだろう……何故だ?』

焦り苛立ちを含んだ顔でシオンを非難するが、シオンは全く動揺せずに冷ややかな目で見ている。

「ああ、言い忘れていたな。実は火星に家族が居るのだよ……家族を殺されかけた私が君らを赦すと思うか?」

『なんだとっ!?』

意外な一言に連中は驚いている。シオンの行動は私怨も混じっていたのだと聞いたから。

「幸運にも家族からの連絡で火星の戦力を知る事が出来た。

 君らの行動は自殺行為だよ……長い付き合いだったがお別れだな」

決別の言葉を口にしたシオンは通信をそこで終わらせる。

「やはり欲に溺れた者達は自らの欲望で沈んでいくな」

「何事も程ほどだよ。人が持てる量など高が知れている……持ち過ぎは溺死だ」

通信を聞いていたロバートはそう結論付けると席を立つ。

「切り崩しを始めるか」

「そうだな」

同じようにシオンも席を立ち歩き出す。ミハイルとロベリアは何も言わずに付き従う。

致命的な失策を犯した連中の未来などに付き合う気はないのだ。


「ちっ! そんな裏があったとはな」

「フレスヴェール議員はこちらには従わないな」

「何を言っている! 勝てば問題はない――そう我々は勝ってこの状況を打破するだけだ」

シオンとの通信が終わった後、彼らも自分達の置かれている状況を話し合っている。

だがその顔は焦りを大量に含み……歪んでいた。

「負けられない事は承知しているが……ドーソンで大丈夫なのか?」

一人が誰に言う訳でもなく告げると全員が沈黙する。シオンが告げたようにドーソンの能力を信頼できないのだ。

自分達の背後に業火が迫って来ている。だがそれを振り払う術は非常に難しいと実感していた。

連合政府首脳陣も漸く自分達の立場を知ったのかもしれない……手遅れではあるが。


―――ユートピアコロニー復興施設内食堂―――


「アキト兄〜これって何処に置くの?」

威勢良く少女がアキトに尋ねる。聞かれたアキトは中身を確認して指示を出す。

「奥の倉庫に。ユウゾウさん荷物来ました!」

「お〜〜ご苦労さん」

鍋の中のアクを取っていた男が振り向いて少女に礼を言う。

「ミアちゃんはお兄さんと連絡取れた?」

アキトが目の前の少女――ミア・クズハに地球にいる兄のシン・クズハの事を聞く。

ミアはその質問を聞いて救いようがないくらい冷え切った声で返事をする。

「地球連合政府の杜撰な報告しか見てないみたいです……相変わらず視野狭窄気味のオッチョコチョイな兄なんです。

 もう少し落ち着いて周囲の状況を見てもらわないと」

「そ、そうなんだ〜(^_^;)」

「ええ、ルナさんって可愛い彼女が出来たみたいなんですけど、妹の事をほったらかしている時点でダメ兄貴です」

焦るアキトに頼りにならない兄貴だとミアは言う。

「帰ってきたら……楽しいですね♪

 迷わず成仏しろなんて言ったらお仕置き決定!」

「いや、その、自分から言わないの?」

フォローを兼ねてアキトがシンに無事だと言わないのかと問い掛ける。

「……お母さん達の最期を言うのはまだ……辛いです」

シンは地球へ留学していたので無事だったが、ミアと両親は火星のユートピアコロニーで暮らしていた。

第一次火星会戦でユートピアコロニーが最大の被害を被った。ミア達の両親もその中に含まれていた。

シンは地球連合政府からの被害報告を読み、家族全員が死亡したと知る事で連合軍に志願した。

ルナも同じようなもので家族の居る火星を救いたいという思いからであった。

連合政府の被害報告は非常に杜撰なものだった。火星からの報告を無視する形で発表された物だった。

態と被害を大きく報道して、木連を木星蜥蜴と貶める事で地球の士気を向上させようと画策した。

その為に火星からの被害報告は悉く無視された為に実際の被害を一般市民は正確には知る事が出来なかったのだ。

「そうか、じゃあここで仕事をするのは辛くない?」

「辛いけど……お墓くらい作ってあげないと」

暗い顔で話すミアの頭をアキトは労わるように優しく撫でる。

「そっか……まあ、今は辛いかもしれないけど時間が癒してくれるさ。

 俺も両親が死んだ時は辛かったけど……なんとか、こうしてやってるから」

家族を失った痛みは忘れる事は出来ないが和らげるようにはなると、アキトは経験上知っていた。

「時間か……忙しくしていると気にならないというか……思い出さないんです」

「そうだね……忙しいとそれだけ他の事に目が向かないもんだね」

「それも大事だがそろそろ準備をしねえと」

「えっ? もうそんな時間っすか」

「やだ、そういう事は早く言って下さい、ユウゾウさん」

二人の会話に割り込むように男が声を掛ける。二人は慌てて時計を見ると準備を進める為に動く。

「まあ、こうやって世間話みたいに話が出来るようになったのも良いもんだな」

この食堂を任されている男――フジカワ・ユウゾウは二人が仲良くしている光景に口元に笑みを浮かべている。

二人ともユートピアコロニーに来た時はショックで落ち込んでいた。そんな二人を相手にして頑張ってきたのだ。

やっとその苦労が報われたのかもしれないとユウゾウは考える。

「そういえば、ミアは学校どうすんだ?」

「通信教育に切り替えましたから」

「アキト、お前はどうする?」

「お、俺は料理人になるんで高校まであれば十分っす」

料理人になると決めたアキトにとって学歴は特に必要なかったので気にしていないようだ。

「私は大学行ければ行きたいかな……まあ、ここの復興の目処が立ってからですけど」

ミアは通信教育で高校は行かずに大学に行く心算みたいだ。

彼女は中学卒業前に戦争に巻き込まれたので通信教育で独学の状態になっている。

だが火星の場合は通信教育と言えど半端な物ではなかった。管理者が人ではなく、オモイカネシリーズなのだ。

個人個人のペースに合わせてカリキュラムを作り上げている。しかも24時間体制で管理するという状態だった。

戦争によって家族を失い、学業が出来ない者はこの方式を活用している。

個人差にも拠るが2〜4年で高等教育を完了するように計画されている。

在宅学習に切り替えて両親に代わって家事を手伝いながら勉学に励む者もいれば、学費を捻出する為に働いている者もいる。

ミアもその中の一人であった。ただミアの場合は生まれた場所を元に戻したいと願い、政府の復興活動に協力している。

ミアのように自分の生まれた場所を復興させたいと思う者が此処には大勢いる。

火星はこうして少しずつ戦争の傷跡を癒していたのだ。

「さて、アキト始めるぞ」

「うっす、今日も忙しくなりそうっすね」

復興作業に従事する者達がまもなく大挙してやって来る。

(今日も一日頑張らねえとな。みんな、腹すかせて来るから此処は戦場になる)

気合を入れてユウゾウは待ち構えている。隣にいるアキトも食材やらの準備を整えている。

「それじゃあ、今日も一日頑張りましょう♪」

ミアの掛け声に他のスタッフも忙しくなる日の始まりを感じている。

ユートピアコロニーは徐々に復興の兆しから復興へと進んでいた――火星は着実に傷を治し、生きようとしていた。


お昼の喧騒が収束し始めた頃、食堂に一人の女性が入ってくる。

「こんにちわ、アキトさん」

「いらっしゃい、カグヤちゃん。注文は?」

アキトはもう一人の幼馴染のオニキリマル・カグヤに注文を聞く。

「本日のお奨めってまだいけますか?」

「大丈夫だ、いけるぞ」

会話を聞いていたユウゾウが簡潔に話すと、

「それじゃあ、それで」

「かしこまりました」

カグヤが頼むとアキトが注文を受けて調理を開始する。

「今日も忙しかったみたいね、ミアちゃん」

「今日も戦場でした、カグヤお姉さん」

疲れを感じさせない話し方でミアが笑顔で告げる。カグヤも笑顔でその言葉を受け止めている。

「ところで……ミアちゃん」

アキトとユウゾウが離れた隙を窺ってカグヤがミアにヒソヒソと聞いてくる。

「今日、アキトさん……トラブル起こしていません?」

「今日は大丈夫でした。昨日、ユウゾウさんに叱られていましたから」

「……そう、相変わらず自覚は乏しいようですわね」

「天然ですからね」

ミアはそう結論付けると苦笑している。アキトは朴念仁という言葉が歩いているのがピッタリ合う感じだった。

「まあ、悪い人じゃないです。そう……悪い人じゃないんですけど」

同じ言葉を繰り返してミアはカグヤを見ている。カグヤも同じように困った顔で頷いている。

復興事業の責任者であるカグヤの幼馴染という事でアスカの社員からは注目されていた。

そしてアキト自身の評価は真面目で一生懸命な料理人として今はみんなから親しまれている。

火星の食事事情から腕のいい料理人は気になる人が多いらしい。そしてアキト自身が好感の持てる人物だった。

カグヤとは幼馴染と話したので現在アキトはフリーだと思われている。

だから今の内に優良株に手をつけようかと考えている女性も少なくなかった。

アキト自身は気付いていないがさり気なく口説き文句を言うのだからカグヤは気が気じゃなかった。

そういう理由もあってアキトは女性からデートのお誘いを受ける事が多かったが、アキトはからかわれていると思ってる。

……カグヤのストレスは日に日に増えている。


以前、アキトがミアに尋ねた事があった。その時の印象は今の覚えている。

「俺のどこが良いんだろう……わかる?、ミアちゃん」

「へ?、本気で言ってます、それ?」

「うん」

自身の事については無頓着なアキト。それが良いのか、悪いのか……判断に苦しむミアであった。

カグヤの事を考えると今の状況は非常に不味い筈。

(はっきり言ってバレバレだよね。カグヤさんももうちょっと上手く動かないと)

仕事を疎かにしない点は尊敬できるが、自分の時間が上手く取れないのは辛いと思う。

(アキトさんに期待するのは……ダメね)

ただの友達だと考えているアキトにデートのお誘いは出来る訳がない。

(一番有利なのはメール交換しているテラサキ・サユリさんだよね。

 遠距離っていう不利な点はあるけど……バックアップがあるし)

今はこの場に居ないが何かとアキトさんに気を遣っている人がいるのだ。

(アクアさんって気配りできる綺麗な人だよね。兄貴が世話になっているからお礼も言わないと)

シンが無事でいるのはアクアから聞いていた。近況も話してくれたので不安は無かった。

(ルナさんってどんな人なのかな? あの兄貴を尻に敷く人だから頼りになる人だと思うけど)

話は聞いているが、まだ会っていないからちょっと不安だった。


ミアが自分の兄の彼女を思っている側でアキトとカグヤの会話は続いている。

「アキトさんはこの後……どうしますか?」

「えっと夕方の仕込をして……それから」

「そういうベタな答えじゃなくて……アキトさんの将来なんですが」

今日の仕事の内容を話すアキトにカグヤは困った様子で言う。

「う〜ん、当面は火星で仕事を続けるけど……」

語尾を濁すようにしてアキトは悩んでいる。カグヤは先を促すように聞く。

「何か、したい事でも?」

「…………あるよ、地球で世話になった人に礼を言いたいし……ナデシコで料理を教えてくれた人の元で修業したい」

「難しい問題ですね」

アキトの願いを叶えるのは非常に難しいとカグヤは思う。

テンカワファイルを読む前なら叶えられるとカグヤは思っていた。

だがテンカワファイルを読んでしまった為に難しいと理解してしまうのだ。

夢と現実の狭間を知ってしまう。大人になる試練なのかもしれないとカグヤは考える時がある。

(子供の頃はどんな願いも叶うものだと思っていたけど、そんな理想は現実という壁に弾き返される事がよくあります)

軍に居た時にその事を思い知らされた。士官学校で言われた理想など嘘だらけだったとカグヤは知っている。

(火星の住民を死なせようとする連合政府に追従する軍人。

 テンカワの叔父さま達を殺したネルガル……営利を優先する企業……どれも気が滅入る話ですわ)

自分達の都合で平気で人を殺そうとする。やりきれない思いで一杯だった。

「アキトさんがどうしてもと言うのなら方法がないわけじゃありませんが」

方法はあるとカグヤが言う。アキトはその言葉に耳を傾ける。

「お父さんに相談して護衛を付けてもらうとか……自衛策を考えないといけませんね」

「それはダメだよ。カグヤちゃんや叔父さんに迷惑が掛かるから」

アキトがハッキリとカグヤに告げる。カグヤもアキトが拒否すると思っていたのでショックはない。

「腹案としてはアキトさんの師匠に来てもらうというのはどう?」

二人の会話を聞いていたミアが逆の意見を言う。アキトが地球に行くのではなく、来てもらうという逆転の発想だった。

「食材とかは割高になると思うけど出来ない事もないと思うよ」

「「なるほど」」

アキトとカグヤが感心したように聞いている。

「どのみち移民を募集する事になるから来るのは簡単だと思う。

 火星のアキトさんが出るのは色々と制約があるけど、この方法なら大丈夫じゃないかな?」

「確かに盲点でしたわ。アキトさん、その方法が一番問題がないと思います」

「今度連絡入れてみるか」

アキトが腕を組んで考えている。その顔は未来に展望が見えたので嬉しさが滲んでいる。

「ホウメイさんが来てくれると良いな」

「ホウメイさんって女の人なんですか?」

カグヤがアキトの師匠が女性なのかと思い……驚きながら確認してくる。

またややこしい事になるのかとミアは思って、余計な事を言ったかと考えている。

ユウゾウはそんな二人を見ながら笑っている。

(あのな、アキトの師匠って言うんだから同い年とかじゃねえんだ。

 お前さん達よりも年上の大人の女性だぞ。まあ、惚れた男から他の女の話を聞くのは嫌だろうが。

 本当にアキトの野郎は……傍で見てる分には楽しいけどな)

娘より下の年齢の二人を困惑させるアキトが面白い。仕事に支障が出ない限りは観客に回って楽しんでいるユウゾウ。

そんなユウゾウの気持ちには気付かずに三人は会話を続けている。

ユウゾウはこんな毎日が続けば良いと願う……火星は戦争中だが今日も平穏な一日が続いていた。


―――れいげつ 作戦会議室―――


士官達が慌ただしく動いている。しんげつ付近で起きた爆発事件の情報が錯綜している為に確認で大忙しだった。

「ちっ! 年寄りどもは何をしたんだ?」

「判らん……新城が言うには相転移機関が連鎖的に爆発したらしい」

草壁に指示で新城はしんげつ付近の観測を行っていた。観測で得た情報から新城は取り急ぎ第一報を秋山に報告した。

「で、元一朗は?」

「それが……連絡が取れん。しんげつに行くと言っていたらしいんだが」

秋山の問いに白鳥が口篭もるように返事をする。その意味に気付いた秋山は深々とため息を吐いた。

「つまり元老院に従うんだな……愚かな奴だ」

呆れと嘲りを含んだ言い方に白鳥は不機嫌な顔で弁解しようとする。

「そう言うな、元一朗がまだ向こうに付くとは限らん」

言葉こそ少ないが白鳥は月臣がそんな暴挙を行うとは思っていない。

「説得……それこそありえんな。あいつは自分が剣を抜けない事が我慢できずいる……我が侭な子供だ。

 自分がこれからする事を覚悟しているなら良いがな」

秋山は白鳥のように楽観的な考えはもう捨てている。強硬派に政権を渡す危険性は理解しているのだ。

奪われた瞬間、木連の命運は尽きると秋山は考えている。

「この後の会議が大変だ……悪い方向に進まないと良いんだが」

「げ、源八郎」

完全に内乱が起こると秋山は考えている。白鳥は月臣と秋山の二人の友人が戦うのだと思うと悲しくなってきている。

(俺はどうすればいいんだ? 元一朗と源八郎……どっちも大事な友だが)

間に入る事が出来れば良いが、状況がそれを許さないだろう。

草壁の方針に弓引くというのだ。元老院はあくまで名誉職……権限はない。

口で正義を唱えてもやる事は不満の捌け口をただ撒き散らすだけだ。市民もそれを理解している者は動かない。

草壁は市民に結果を出す為に行動している。元老院が自分達の権益を守る為に行動してもじきに破綻するだろう。

(元一朗……何故、俺に相談しない。俺は頼りにならんというのか)

白鳥は自身の力なさに苦しみ、月臣と戦場で向き合う覚悟を決めなければならないと悲壮な気持ちでいた。


定刻通りに会議を行うと草壁から士官に通達があった。

その通達に士官達は困惑を隠せないみたいだ。情報が足りないと誰もが考える。

「れいげつからの報告はないのか?」

秋山が苛立つように通信を行っている士官に聞く。士官の方も同じように苛立つように返事をする。

「ダメだ。鋭意調査中との一点張りだ」

「ちっ、上級士官の奴等は何をしている……遊んでいるのか?」

「役に立たない連中だ。それともこちらに罪を擦り付けるための準備で忙しいのかもな」

「そうかもしれん……会議が始まる前に出来る限り情報が欲しいというのに」

「海藤大佐の方に連絡は?」

「さっき第一報を入れたぞ。海藤大佐は監視に数隻を待機させて戻るそうだ」

「第三はどうなる?」

「おそらく大半は向こうに行く筈だ」

第三とは月攻略艦隊に送るはずだった演習中の艦隊の事である。

本来は秋山を中心に据えて送る増援であったが、強硬派が自分達の意見をごり押しした為に半数が強硬派で固められた。

その為、草壁は秋山をその艦隊に据えるのを中止、そして練度の低さを指摘して増援を見送ろうとしていた。

強硬派はその意見に反発して演習を行う事で練度は十分あると証明しようとした経緯があった。

「秘匿している戦力がどの程度だと思う?」

「判断し難いが俺の勘でも良いか?」

「ああ」

「五分もしくは六対四くらいの比率になるんじゃないかと考える……強硬派の規模から推測したんだが」

「妥当な処だ。七、三くらいかと俺は考えたが元老院の秘匿分を多めにしたのか」

秋山と士官達の意見交換を白鳥は離れた場所で聞いている。

迷いを持ったままで此処に居ても良いのかと白鳥は独り苦悩する。

(判ってはいた……こうなるだろうと心の何処かでは考えていた。

 だが、ならないと信じていた俺は……甘かったのか?)

元一朗も源八郎も同じ釜の飯を食った仲間だ。軍人である以上、仕方のない事と割り切れずに居る白鳥九十九であった。


そして定刻通りに会議が始まろうとしていたが、出席者は約七割ほどであった。

「ふむ、さすがに欠席者が居るというのは寂しいものだな。

 自身の人望の無さを痛感させられる」

苦笑しながら草壁は会議室を見渡して呟いた。白鳥はその言葉に、

(閣下もこうならない事を願っていたのに……やはり閣下も苦しいのだろうか?)

自分と同じように草壁も今の状況を良いとは思っていないと考えていた。

誰もが今の状況を快くは思っていないだろう。その顔に笑みは無く、苦々しい表情が大半だった。

「だが起きてしまった事を嘆いても仕方がないのだろう……では、会議を始める」

この意見に全員が襟を正して会議を始めようと考えている中、士官の一人が立ち上がり草壁に向かって銃を構えて叫ぶ。

「奸賊、草壁――――!」

放たれた銃弾の先の草壁の胸には赤い染みが浮かんでいた。

「閣下――――!?」

士官の一人の声が広い会議室に響き渡っていた。

木連の命運はどの方向に進むのか……誰も知らない。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

前振り長すぎというツッコミはこの際無視しますがいよいよ本格的に内乱の幕が開きます。
草壁の生死については既に仕込があるのでバレているかもしれませんが(汗っ)
熱血クーデターと違い、人の欲望で始まった内乱。
無情にも白鳥の願いは打ち砕かれ、秋山は自らの意思で戦場に向かう。
迎え撃つ月臣は味方である者達の思惑に苛立ちながら戦場に赴く。

それでは次回でお会いしましょう。




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