迂闊な行動によって戦端が開かれる

こういう処が人の歴史なのだろうと思う

これから人の器量が問われる事になる

さてさてどういう結末になるでしょうか

私としては平和が一番ですが



僕たちの独立戦争  第八十六話
著 EFF


秋山と南雲が逸早く行動する。二人は凶弾を放った男に飛び掛り取り押さえる。

男は二人を振り払おうとするが周囲の者も加わり完全に押えられてしまった。

「貴様! 何をしたか判っているのか!」

南雲が感情のままに叫ぶが、

「当然だ! 木連の未来の為に逆賊を始末したのだ!」

自らが正義だと言わんばかり男は大声で叫ぶ。

「ふざけるなよ!」

「止せ、南雲。では、お前はどうやってこの戦争を勝ち抜く心算だ?

 軍備を整え、勝つ為に幾つもの手段を模索してきた閣下以上の考えがあるのか?」

「正義が勝つのだ! それ以外何があるというのだ」

殴り掛かろうとする南雲を抑えながら秋山が問うと男は自分達が正義だから負けないと叫ぶ。

「無様だな、閣下が戦う為の土壌を築いてきたのだぞ。

 木連が生き残る為に身を粉にして行動してきた人を切り捨てて、何が正義なんだか」

蔑むように秋山が男を見つめて話す。短絡的に行動する男に呆れを含んだ眼差しを向ける。

草壁が軍部の実権を得る事でこの戦争の準備が出来たのだ。十年以上もの時間を掛けて行ってきた努力を忘れている。

自分達が今戦えるのは草壁のおかげだと理解していない。

この事はこの場に居る者全てが理解している。和平を望む者も草壁の努力を忘れる事はないのだ。

それ故に草壁は和平派でも一目を置かれた人物として敬意を払われている。

経緯はどうあれ地球と戦える力があるのは感謝している……ただ地球の対応の拙さのおかげで拗れてはいるが。

「お前達が戦えるのは誰のおかげだ。お前達は銃を与えられたに過ぎないという事を知るべきだ」

そう告げると会議室に入って来た北辰配下の者に男を引き渡して二人は草壁の元に向かう。

周囲の士官達は草壁に様子に顔を青褪めて立ち竦んでいた。

草壁は床に倒れて、その胸には赤い染みが浮かんでいる。間違いなく致命傷というべきものがある。

この内乱に自分達の指導者が居ないままに戦わねばならない……状況は最悪の事態になると誰もが考えていたのだ。

「……閣下、悪ふざけが過ぎますよ」

秋山が嗜めるように話すと倒れていた草壁がゆっくりと起き上がる。

士官達は一斉に驚き、草壁を見つめる。草壁は上着を開くとそこには血糊の入ったパックと防弾チョッキが存在している。

「まさに備えあれば憂い無しだな」

ニヤリと笑みを浮かべて草壁が話すと士官達の大半が脱力する。

草壁が凶弾に倒れたら木連の未来が大きく変わっていた……さぞ、肝を潰した事だろう。

困った人だなと言わんばかりに秋山が苦笑している。この会議室で草壁を暗殺しようと企む可能性を逆手に取ったのだ。

「当面、私は意識不明の重体という事にして奴等の油断を誘う。

 れいげつまでの適当に後退しながら奴等の補給線を引き伸ばせ……出来るな?、秋山中佐」

「了解しました。精々派手に逃げ回る事にします」

「全員、聞いてくれ」

秋山に指示を出してから草壁は全員を見ながら真剣な顔で話していく。

「この戦いは非常に不本意な戦いになるだろうが耐えて欲しい。

 私の不徳の為すことではあるが……それでも負けてはならぬ戦いなのだ」

同胞が争う事は苦しいが耐えて欲しいと草壁は願いを口にする。

「高木君からの通信で条件次第で我々は火星に移住できる可能性が出てきた」

その言葉に家族が生きていける大地を得られると誰もが喜びかける。

「だが、強硬派が勝てば……その願いも水泡に帰すのだ」

強硬派が勝てば、再び武力で火星に侵攻しようと言い出す可能性もある。そうなれば火星も反撃してくるだろう。

その時は泥沼の戦争に陥りかねない……どちらかの陣営が滅ぶまでの戦争になる可能性もある。

そんな未来は誰も望んでいないと全員が心を一つにする。

「苦しいだろうが心を鬼にして今は頑張ってもらう。

 我々が戦いを決意したのは未来を掴む為だ」

全員は立ち上がって話す草壁に直立不動の姿勢で敬礼する。草壁も胸の痛みを押し隠して返礼する。

「閣下、医者に行かれたほうがよろしいですよ。さすがに至近で受けましたから骨に罅が入っているかも」

防弾チョッキといえど衝撃の全てを消去する事は出来ない。立ち上がった時に顔を顰めた草壁を見た秋山が心配する。

士官達も草壁の身を案じて見つめている。今、草壁に倒れられると困るのだ。

「分かった……痣が出来た程度だが診察は受けよう」

心配してくれる者を不安にさせないように配慮して草壁は医師の診察を受けると言う。

その声に全員が安堵すると同時に暗殺という手段を用いる元老院に怒りを感じ、容赦はしないと考えている。

草壁派は心を一つしてこの戦いを短期で終わらせようとしていた。


「馬鹿な事を! 何をしたか分かっているのか!?」

老人達に対して月臣は憤りを感じていた。

(閣下の暗殺だと……ふざけるなよ。それでは俺の指揮では不安だといっている様なものだ!)

元々信用されてはいないがこのような方法を用いるなど月臣にとっては許しがたい。

暗殺など卑怯者がする事だと月臣は考えているが、それは正しいとは言えない。

戦力的に不利な陣営が勝つ為に指導者を排除するというのは一般的とも言える方法だ。

ましてや反乱軍という立場を選択した元老院は勝った後の再建にも力を注がねばならない。

出来る限り損失を無くしたいと考えるのは当然。月臣のように正面決戦で勝てば良いというものではないのだ。

「君の言いたい事も承知している」

東郷が苦々しい表情で話す。失敗した事も不愉快だが正面から戦って勝つという手段しか考えていない強硬派も問題なのだ。

「我々としては出来うる限り同胞の血を流す事なく……終わらせたいのだ」

正論で諭すように話しているのも月臣には不愉快だった。

(ふん、ならばこのような反乱などする必要があるのかと聞きたいぞ。

 戦争の継続は俺も望んでいるがお前達は何を望んでいる?)

月臣はこの連中が自分とは違う思惑で動いている事を承知している。

だが、どういう形であろうが自分の正義を地球に知らしめる為には戦場に出なければならない事を月臣も感じている。

だからこそこの陣営に行く事を決意した……白鳥や秋山と袂を分かつ事になると覚悟もしたのだ。

「いいだろう、今更蒸し返しても意味がない。

 緊急手術に成功したが重体なのだ。短期で終わらせるのであれば」

「そう……攻め込むべきなのだろう。草壁が指揮を執れぬ状況に活路を見出すのが上策だな」

「そうだ。時間が掛かれば掛かるほどこちらが不利になる」

遺跡は向こうが押さえている。備蓄施設のある場所を押さえているのでしばらくは大丈夫だ。

だが時間が掛かれば補給も滞りかねない……短期でれいげつを制圧するのが最も効率が良い方法だ。

東郷と月臣は同じ意見になり、部隊を動かそうと考える。

その時、慌てて室内に士官が入り込む。その士官は全員の注目を受けながら報告する。

「ほ、報告します。猪瀬中佐の部隊が勝手に動き出しています」

「なんだとっ! 何処に向かっている!?」

月臣が問う。猪瀬は強硬派の中でも過激で勇ましい発言を行っている人物だった。

逆に言えば何を仕出かすか分からない人物でもあるのだ。

「そ、それが……景気付けに火星の監視基地を殲滅すると」

「ば、馬鹿が! さっさと帰還するように指示を出せ!

 階級こそ俺より上だが指揮官は俺だ。勝手な真似をするなと言っておけ」

月臣が苛立つように指示を出す。猪瀬は自分の方が階級が上なのに下の月臣の命令を聞くのを嫌がっていた。

混乱している状況を突き、火星の基地を撃破して自分の能力と発言力を高めようと考えて行動したのだろう。

命令系統の不備を此処で正そうとして月臣はキッチリと指示を出す。

「待ちたまえ。彼の行動は勝手だが火星の基地を撃破できるのなら構わないだろう」

元老院の一人がとりなすように月臣に言う。火星の存在を排除するのは間違いではないと告げる。

事実、もし草壁派に加担されると間違いなくこちらの陣営が不利になるのだ。

それに監視されているというのも不愉快な事柄だった。

絶対にこの状況を嘲笑っているに違いない。そう考えると苛立ちが込み上げる。だから排除しようと思うのだった。

「馬鹿な事を言わないでくれ。

 ただでさえ戦力が少ないのに二分してどうする。仮に撃破したとしても戦力を著しく失えば本末転倒だろう。

 まず我々は少ない戦力を結集して目の前の敵と戦い、勝たねばならないんだ。

 そんな状況で部隊を私物化されると意味がない」

きちんと状況を理解して欲しいと月臣は思う。戦いはこれからなのにいきなり足並みが乱れるとは考えなかった。

「だが火星に今の状況を知られるのは不味いだろう」

自分の半分ほどしか生きていない月臣に言われて少々不愉快な表情で言う。

「火星が動くのは攻撃を受けてから、もしくは防衛する為にです。

 こちらが手を出さない限りは沈黙しています。

 迂闊に手を出して介入してきた時はどうする心算ですか?」

真っ当な意見に更に顔を歪めて月臣を睨む。専門家じゃないのに余計な口出しをするなと言われたような気がしたのだ。

「それにあの場所には第二艦隊がいるのです。火星と挟撃されるとどうするのですか?」

気付かぬ馬鹿どもがと言わんばかりにあの場所を監視するために待機中の海藤大佐の第二艦隊の存在を告げる。

「……そうだった。あの場所には」

月臣の意見に全員が猪瀬の行動に危機感を感じている。

草壁派の主力の第二艦隊と正面から数の少ない状況で戦うなど愚の骨頂である。

火星の基地を攻撃中に背後から攻撃を喰らえば間違いなく敗退するだろう。

正面からの決戦を望む者が多い木連の中でも勝つ為なら幾らでも策を弄するのが海藤であった。

必要とあらば、敵である火星とも協力して撃破する事も厭わない……綺麗事で動くような甘い男ではないのだ。

「すぐさま呼び戻せ!」

東郷が士官の一人に叫ぶ。その顔には明らかに焦りが浮かんでいる。

「そ、それが大規模な通信妨害が始まっていますので通信が途絶えています」

「なにっ!?」

士官が険しい顔で報告すると会議室のざわめきが激しくなる。

状況は彼らの望む方向とは逆に進んでいた。


「はん! 馬鹿だとは感じていたが本当に馬鹿だったんだな」

戦艦むつきの艦橋で海藤は此処に進撃してくる艦隊を確認した。

「火星の基地と通信はできるか?」

「出来ます」

通信士があっさりと答えると副官の新田真一は海藤の思惑を知って呆れている。

「火星との挟撃をする心算ですか?」

「当然だ、何しに来たか知らんが遊びじゃないという事を教えてやる!

 此処が戦場だと理解できん馬鹿に高い授業料をくれてやる」

勝てると判断している連中にお前達の浅はかな考え通りにはならんと海藤は話す。安易に戦う者を海藤は嫌っている。

そういう意味では強硬派の連中は海藤にとっては邪魔者でしかなかった。

『何事ですか、また別の艦隊が来るようですがいよいよ開戦ですか?』

開口一番に、喧嘩売ってますねと女性の声がむつきの艦橋に響く。

声しか送られていないが間違いなく向こうはやる気だと感じさせる雰囲気があった。

「悪いが俺達、和平派は火星と仲良くやりたいが……向こうさんはその気が無い様だぞ」

『全く、あなた方の指導者の力量が問われますよ』

内乱など起こすような人物を放置しているなど危なくて仕方がないと言う皮肉が返ってくる。

これには海藤は複雑な顔で聞くしかなかった。間違いなく状況が複雑になる可能性が出たからだ。

『まあ、いいでしょう。あなた方は以前、教えた防衛ラインに侵入しないように気を付けて下さい。

 我々としては侵入しない限りは攻撃する気はありません』

「それはありがたいが……良いのか?」

海藤は思わず尋ねている。

火星としてはこれは木連の失点として追及できる事柄であり、開戦する手札としても有効なのだ。

上手く活用すれば木連にとっては致命的な手札を切られる可能性になる。火星が進軍する可能性もないとは言えない。

『ウチの上層部はこうなる可能性も予測していました。

 和平を望む者も居れば、戦争の継続を望む者も居るでしょう。

 その事を踏まえて聞きますが、あれは反乱軍と考えてよろしいですか?』

反乱部隊として処理するが良いのか、と問われる。海藤はそれに対して答える。

「その通りだ、現政権は火星との和平を望んでいる。

 一応、確認の為に聞いておく……火星は我々の移住を認めているのか?」

この確認の言葉に艦橋の乗員の視線は海藤に集まる。自分達の未来の事をいきなり言われた所為だった。

しばらく会話が途切れるが、やがて通信が届く。

『火星コロニー連合政府の言葉を正式に送ります。

 「我々は覚悟がある者のみを受け入れる。自分がした行動を反省して謝罪できる者は受け入れよう」以上です』

火星からの正式な回答に全員が困った顔で聞いていた。

正直、第一次火星会戦の事を言われると耳が痛い話だった。どう考えても自分達の方に非があるから……。

『どういう形で移住するかはまだ決まっていませんが、家族を殺された者にとってはあなた方の行為は許しがたいのです。

 ある日突然、家族を理不尽に殺され、自分達の家を破壊されて、あなた方は許す事が出来ますか?

 安易な気持ちで火星に移住すれば間違いなく衝突します。

 踏み躙った側はすぐに忘れますが踏み躙られた側は忘れる事など出来ませんよ』

地球と火星が同じだと安易に決め付けたツケが、此処に来て表面化している。

(あの時、もう少し強硬的に言うべきだったか……だがあの時点で強くは言えなかったのも事実だ)

海藤自身、もっと強く反対意見を出すべきだったかと後悔している部分がある。

開戦に踏み切った事を非難する気はない。だが殲滅戦はやはり不味いものがあった。

(これはやはり失策なんだろう……閣下、ツケは大きいですぞ)

移住する者には厳重に忠告する必要があると海藤は考えている。

特に軍で仕事をしている者が率先して範を示さないと不味いと思う。

そういう意味では強硬派が排除できる機会は自分達にも……火星にも良いかもしれない。表立っていうべき事ではないが。

『幸いにもあなた方の指導者は自身の失策だと思って謝罪する方向にしたみたいです。

 そういう点は火星も高く評価しています……地球は未だに謝罪なしですから』

「向こうさんはしょうがねえんじゃないか……格下と思っている限りは」

『そうやって自分の首を絞めているお馬鹿さんが大勢……切り捨てられそうですけどね』

「それはうちも助かる。こう言ってはなんだが地球は末期的だな」

『ええ』

海藤と通信機越しで会話する女性は和やかに互いの状況を分析して話し合っていた。

『それではこちらのラインに侵入しないように気を付けて下さい。

 我々はこういう形で迎撃しますので射線から外れる形で動かれると助かります』

海藤は送られてきた情報を吟味して伝える。

「了解した、気をつけるように」

『はい』

そこで通信が閉じられる。海藤は艦隊を送られてきた情報に合わせる様に配置させる。

「さて、面倒な事をさっさと終わらせるとしようか」

強硬派と和平派の戦端は意外な形で幕が開こうとしていた。


「第二艦隊はどうした?」

猪瀬は部下に聞く。この宙域には海藤が指揮する第二艦隊が居る筈だった。

猪瀬としては裏切り者として火星共々この宙域で始末しようと目論んでいたのだ。

「通信と索敵が妨害されていますので、現在は索敵中です」

「ふん、どうせさっさと逃げたんだろう。所詮、戦争が怖くて平和を望む臆病者だからな」

蔑むように話す猪瀬に艦橋の乗員は顔を曇らせる。出来る限り同胞を討つ様な真似はしたくないと思っていた。

このまま海藤が率いる第二艦隊が見つからなければ良いと願う者もいる……同士討ちなど馬鹿げていると考えるのだ。

地球や火星と戦う事に不満はない、だが同じ釜の飯を食ってきた仲間と争うのは納得できない部分がある。

だが猪瀬はそんな乗員の感情を理解していない……自分達の正義に背く連中など不要だと考えている。

(この場で始末すれば、俺が次の指導者だ。高木は此処一番で判断を誤った……愚かな奴だ)

動かない高木にも猪瀬は見下げ果てた奴と感じている。

日頃、正義を口にしていたくせに、いざとなれば腰が引けるなどつまらん男だったと今では思っていた。

(口うるさい月臣を此処で黙らせてみせる。そして俺が、俺の正義が天下に轟くのさ)

何かにつけて自分が指揮官だと言う月臣に猪瀬は不満を抱えていた。

何故?自分を選ばなかったのかと元老院に聞きたかった。

(象徴が必要なのかもしれないが、そんなものは不要だ。

 俺が此処で勝利して、新たな指導者としての力量を見せてやる。

 もう、貴様ら年寄りの出る幕じゃないと言わせてもらうぞ)

草壁が和平に傾きかけた事で強硬派内で次の指導者は誰かと言う話が湧き上がっていた。

猪瀬は危険な賭けに出た……此処で実績を作り上げてその競争に一歩先に進み、次の未来を作る為に。

「その為にも俺は負けられない……否、勝ってみせようぞ」

誰にも聞こえないくらい小さく呟いて猪瀬は自分の夢を実現させようと考えていた。


同じ頃、火星ではヒメからの連絡で木連の内乱が始まった事に気付く。

「状況は?」

知らせを受けてグレッグが指令所に駆け込んでくる。彼としてはこの内乱で木連の強硬派の力が削がれるのを期待している。

「ヒメが和平派の監視艦隊と共闘する旨を伝えてきました」

オペレーターからの報告にグレッグは損害を最少にしようとするヒメの動きに頷いている。

「そうだな、被害を抑えてくれると助かる。現有戦力でこの場を押さえてもらわないと」

「全くじゃな。金が掛かるような真似だけはせん様にしないと」

「出来れば対岸の火事で終わると助かります。新たに予算を捻出するのは困りますから」

「そうだな。嬢ちゃんも少ない予算で遣り繰りしてくれている……本当に頭が下がるぞ」

グレッグより遅れてコウセイとエドワードも指令所に入ってくる。

二人はこの内乱の行方を見極めて、木連との関係を新たに構築する必要があるかもと思っていた。

最悪は強硬派の勝利に終わり、火星との決戦だと言われるのは避けたい。

軍事費に予算を回すのは非常に面倒な事態になるからだ。

国家の立ち上げに予算はあれば、あるだけ助かる。

火星が独立国家としての基盤を確立する為に軍事よりも内政に力を注ぎたい。その為に予算を多く回したいのだ。

無論、必要な経費であれば回すが、出来る限り回さずに現状の予算の中で運用したい。

その考えに従ってシャロンは政府内の予算調整をしている。

彼女はコストカットを可能な限り行い……経費を削減していた。

職員の中にはケチくさいと言う者もいるが、そういう連中にもシャロンはきちんと説明して不承不承ながら納得させている。

そしてこの事が火星の政治家達には感謝される。

彼女は必要な部分にはきちんと予算を回し、不要なものには一切の無駄を抑えた。

これがシャロンも火星の政府には必要な人材として重要視される一因となる。

そして経済政策にも彼女の意見は幾つも採用される……火星の経済基盤を作り上げた人物の一人として歴史に名を遺した。

「良い人材をクリムゾンは派遣してくれた……感謝しとるぞ」

コウセイがありがたいことじゃなと言う。火星の足りない部分を彼女が補ってくれた事に感謝しているのだ。

「そうですね。……さて、向こうはどう動くでしょうか?」

「わしとしては強硬派の連中が暴発したのは都合が良いと考える」

「確かにこちらとしては都合がいいです。

 力づくで排除しなければならない状況はなくなりそうです」

グレッグが自身の考えを口にする。

強硬派が不満を抱えた状態で和平交渉をしても常に警戒を強めなければならないと考えていたのだ。

だが、これで木連の内情が確実に良い方向に動く可能性も出たと感じている。

「火星を舞台にするのは困りますから」

グレッグの意見にスタッフ一同が頷いている。

既に再建が始まっている火星を戦場にはしたくないという願いがあるのだ。

全員が真剣な表情でこの内乱の行方に注目していた。


「おかしいな……こちらの動きに気付いてないのか?」

海藤が不審気に猪瀬の艦隊の動きを見ている。猪瀬は自分達の存在に気付いていないように思える。

「まさかと思うが俺達が味方だと勘違いしているんじゃないだろうな」

呆れた言い方で話す海藤に全員がまさかと言った表情で猪瀬の艦隊を見つめている。

だが、これには彼らの知らないところで行動している存在のおかげであった。

木連は無人機を中心に戦闘を行う……その無人機が索敵した情報を送らないとどうなるだろうか?

無人機は海藤達の艦隊の情報を正確に識別しているが、猪瀬達の元には送られない。

以前、アクア達が行ったシステム掌握で無人機達の行動はオモイカネシリーズの支配下に変更されている。

一が二になり、二が四になるというネズミ算式のようにジワジワと木連軍の中枢に忍び寄っていたのだ。

普段は彼らの指示に従っているが、こういう状況になると彼らは火星の意思に従う。

海藤達は無人機が自分達の支配下にあるという安心感から何が起こっているのか判断できない。

「火星が我々の知らない方法で妨害しているのでしょうか?」

新田が迷うように意見を述べる。彼自身、自信がないので困った顔をしていた。

「その可能性が高いな。

 よし、警戒を厳重にしつつ、奴等の動きを見逃すな。

 こちらに気付いて攻撃するまでは動くなと全艦に通達しろ」

「はい!」

通信士が艦隊に伝達する。艦隊は火星との睨み合いで監視については自信があるのだ。

第二艦隊の存在に気付かずに、猪瀬達の部隊は悠然と進軍してくる。

自分達が罠に掛かるとは思わずに……。


「火星からこちらの防衛ラインに進入するのであれば攻撃を加えると警告がありました!」

通信士が猪瀬に通信内容を伝える。

それを聞いた猪瀬は一言だけ告げる。

「無視しろ」

彼等は火星の基地の壊滅を目的としている。火星の警告など知った事ではない。

「攻撃開始せよ!」

猪瀬の号令に艦隊が戦闘速度で進撃する。悠然とした動きから一気に基地に肉迫しようとするが、

「右舷後方より砲撃!

 し、識別信号はこちらと同じものです」

「なんだと!?」

小惑星帯に潜んでいた鹵獲した無人戦艦群が彼らの後方から忍び寄り一撃を浴びせた。

「どういう事だ!?

 何故、味方艦が攻撃する!?」

「以前、火星が鹵獲した戦艦をこちらに持ち込んだのでは」

猪瀬の質問に副官が推測を告げる。その意見に猪瀬は、

「ちっ、汚い真似をする!

 あの艦隊に停止信号を送り、こちらの指揮下に加える」

などと甘い判断を下している。

猪瀬の指示に停止信号が送られるが動きは止まる筈もなく、砲撃は続いている。

「正面基地よりミサイル接近!」

索敵を行っていた部下より状況が告げられる。

「歪曲場にミサイルなど通じん!」

猪瀬は火星の攻撃の愚かさと嘲笑おうとしたが、

「ミサイル接触! わ、歪曲場減衰します!?」

フィールドイレーサーがディストーションフィールドを減衰させていく様子に猪瀬は焦りを見せる。

「馬鹿な!?」

絶対的な盾と考えていた歪曲場が消えていく……とても信じられない状況だった。

「だ、第二波きます!」

「げ、迎撃せよ。装甲の厚い艦を前に押し出せ!」

猪瀬が有効的な指示を出すとその命令に忠実に無人戦艦が動き出していく。

「右舷後方の戦艦、こちらの停止信号を無視して砲撃を続けています。

 ぎゃ、逆に向こうからの停止信号にこちらの艦の一部が動きを止められました!」

悲鳴のような報告に猪瀬は火星の策に憤りを感じる。

「き、汚い真似をする! 自分達の武器で戦わんか!!」

一見、正論のように感じるが鹵獲した物を自分達の武器として活用する事は汚い手段とは言わない。

戦争とは相手が生み出した武器を分析して、有効的な武器を作ったりするのはごく当たり前の事なのだ。

そういう意味では猪瀬の叫びは的外れのようなものだった。


「……えげつない事をする」

猪瀬の艦隊の様子に海藤は一歩間違えば自分達があのような姿になっていたのかと冷や汗を流しながら見ていた。

海藤はこの基地の護衛に鹵獲した戦艦を使っているところを見たのですぐに無人機の制御機構に手直しを加えて対応した。

だから大丈夫だと信じているが無人機の信頼性に疑問が浮かび上がっていく。

目の前の猪瀬達は海藤の報告を聞いていたはずなのに制御機構の変更をしていなかった。

その結果がこの有様なのだ……無差別に砲撃を行う無人戦艦の様子に不安という黒い霧が脳裡に浮かんでくる。

制御を奪われた艦艇が自分達に牙を向けて襲い掛かるという事態に第二艦隊の乗員は自分達の乗る艦に一抹の不安を感じる。

(……ま、まさかな?、我々の艦は大丈夫だろう……多分)

「さて、こちらも動くとするか……全艦、第一戦闘速度で進軍せよ」

猪瀬の艦隊が完全に自分達に背を見せている。これを好機と判断した海藤は艦隊を動かす。

「よろしいのですか?」

「ああ、この戦いに負けると強硬派が木連を崩壊させるからな」

新田が同士討ちという事態に顔を顰めて聞くが、海藤が最悪の事態を以前……艦隊の乗員に話しているのを思い出させる。

強硬派が政権を奪取すれば、間違いなく戦争が継続されて……泥沼の戦争になると。

そうなるとまず木連に勝ち目はないという事も分かり易く説明したのだ。

自分達が戦うのは移住先を求めての戦いだと思っている者はその状況は最も避けたい事態だと考える。

同士討ちという嫌な思いを胸に刻み込んで海藤の艦隊は前進する……このような事態を引き起こした元老院に憤りを感じて。


「さ、左舷後方より第二艦隊が砲撃してきました!」

絶望的な響きを匂わせて索敵を担当していた乗員は猪瀬に伝える。

正面には火星宇宙軍の基地があり、右舷後方からは鹵獲した戦艦が突入してくる。

内部には火星が発信した攻撃信号によって自分達に牙を向ける艦が存在する。

そこへ左舷後方から第二艦隊が進軍する……完全な包囲殲滅戦の様相を見せていた。

「汚いぞ! 何故、自分達の艦で戦わない!」

猪瀬が火星宇宙軍の戦い方に文句を言うが、火星にしてみれば「何、甘えた事を言っているのだ」と返されるだろう。

負けない為にあらゆる手段を講じて戦い……生き残る為に戦うのだ。

敵の武器だろうが使えれば使うだけの話だ。アニメに毒された人物の戯言など知った事ではない。


『ちょっと困りましたね。こちらの手の内を彼らに知られましたから』

勝って兜の緒を締める……ヒメは油断せずに海藤達、第二艦隊の戦力を分析している。

もう少し被害を出すように戦うべきだったかとシミュレーションする……次の時に上手く活用する為に。

計算しながらも攻撃の手を緩めることはせずに海藤達の動きに合わせる様にして砲撃の中心に猪瀬の艦隊を押し込んで行く。

猪瀬は必死に艦隊を指揮して防衛するが無人戦艦の制御がままならない状況ではどうしようもなかった。


三時間後、猪瀬の艦隊はその殆どの艦を失い、残った艦が僅かに中央に存在するだけになる。

周囲には残骸となった戦艦だけが浮かんでいる。

『終わりだな……降伏するかね?』

海藤が猪瀬に降伏を勧める。猪瀬達にはもう戦う力など残されてはいなかった。

「……随分、汚い真似をする」

苛立ちを込めて猪瀬は画面の海藤を睨みつけて話す。憎き火星と共闘するなど卑怯としか言い様がなかった。

「どういう心算だ!? 火星と共闘するなど木連を裏切るのか?」

『何を言うかと思えば、反乱軍はお前達だろうが』

呆れた様子で海藤が画面越しに猪瀬を見ている。

『閣下が政権を持っているのに勝手に軍を動かす……先に裏切っておきながら何様の心算だ?

 こうやって降伏勧告しているだけ感謝しろよ。問答無用で死にたいのか』

「何を言っている! 俺たちは正義をこの宇宙に知らしめる為に決起したんだ!!

 断じて反乱軍などではないぞ!」

『何、綺麗事で誤魔化しているのだか。

 いいですか、政府の方針が気に入らないという理由で軍を動かすなど軍を私物化しているだけではないですか。

 その様なものに正当性を訴えても反乱軍である事には変わりませんよ』

猪瀬と海藤の会話にヒメが割り込んでくる。正当性を訴える猪瀬の言葉を完全に否定するように呆れを含む言い方をする。

『まあ、概ねそういう事だな。元老院は政府ではないし、軍の指揮権がある訳でもない。

 責任すら取らないような人間に正義などありはしないのだ』

海藤が火星の言い分を肯定する。だが、自分の正義を否定された猪瀬は完全に降伏を受け入れようとは思わなかった。

「まだだ! まだ、俺は負けた訳じゃない!」

『いえ、あなたは既に敗北しています。自己の戦力がそれを物語っています。

 この上は部下の命くらいは守るのが指揮官たるあなたの責務ではないでしょうか』

周囲に存在する数隻の戦艦で何をする心算だとヒメは問う。

『まあ、あなた方が特攻しようとしても犬死ですけどね』

海藤は火星の士官らしい人物の言葉に顔を顰める。

『頼むから追い詰めるような言い方をしないで欲しい……人は簡単に割り切れるもんじゃないんだ』

『……確かにそうかもしれませんね。人ならぬこの身にはよく判りませんが』

『はぁ?』

意味不明な言葉に海藤は途惑う。まるで人間ではないような言い方にどう反応すればいいのか迷っていたのだ。

『そういえば自己紹介がまだでしたね。

 私は人工知性体……クシナダヒメと言います。火星の皆さんはヒメと呼んでいますが』

「なんだとっ! 俺は人工知能如きに負けたというのか?」

驚愕の顔で猪瀬は聞いている。猪瀬にすれば無人機と同じ機械に負けたというのが信じられないのだ。

『失礼な言い方ですね。あなたが敗北するのは当然の結果です。

 ろくに索敵もせずに自分が勝つと信じ込んで戦場にのこのこと現れる。

 戦場を舐めているとしか言い様がない人物では私には勝てません。

 私に勝てる人は驕りや油断など微塵も見せない人だけです』

怒ったような話し方でヒメは過小でもなく、過大でもなく自分に勝てる人物の事を告げる。

「ふざけるな! 機械如きに負けはしないぞ!」

猪瀬はそう叫ぶと旗艦を基地に向けて特攻させる。

『よせ!』

海藤は猪瀬に戻せと告げるが、猪瀬は戻らない。

『愚かな』

その言葉と同時に包囲していた艦が発砲を開始する。瞬く間に猪瀬の艦は炎上し……爆散する。

『まだ、戦いますか?』

感情の起伏さえも感じさせないヒメの声に生き残った艦は海藤達に降伏する旨を告げる。

『私は降伏する者に銃を向けるような真似はしませんのでご安心を。

 降伏者達は任せてもよろしいですね?』

『ああ。それにしても一隻を沈める事で終わらせるとは無駄のない事だな』

嫌味のように皮肉を交えて海藤が言う。

『無意味な行動をする人というのが私には理解できません。

 独りよがりな正義を押し付けられるのは非常に不愉快です。

 私はこのような戦いをする為に生み出された訳ではなく、人の手助けをする為に存在するのですから』

ヒメにすれば木連の行動自体が非常識なものであり、自分が知る人とはかけ離れている。

アニメを聖典にして無人機を使って無辜の人々を平気で殺そうとする。

……自分達、人工知性体が木連に存在しないで良かったと本当に思う。

『無人機を使い、自らの手を汚さずに人を殺戮する……我々、機械はそんな目的の為に存在してはいけない。

 私はそんな卑怯者を好きにはなれません』

『耳が痛いな』

海藤も真っ当な意見を機械側から言われて苦笑するしかなかった。

自分達が卑怯者といわれても仕方がない事をしているのだから。

『さて、火星はこの内乱に介入する気はないそうですので、これ以上は係わる事はないと思われます。

 無論、攻撃を受けなければという条件付ですけど』

『和平派としてはきちんとした政治的手段で基地を放棄してもらうようにする。

 これだけの損害を出した以上は向こうも迂闊には手を出さんだろう』

『そう願いたいものです……木連の軍人は熱血だの根性だの精神論で動く方が多いですから。

 非論理的というか、感情のままに行動されるのは困るのです』

感情のままに軍を動かすなとヒメは言う。そういう事ばかりするから木連が理解できないのだ。

今回も火星が報復する為の大義を得たようなものになるところだった。

『気をつけよう』

海藤はそう言って通信を閉じる。これ以上聞いていると艦内の血の気の多い連中が騒ぎかねないと判断したから。


残存艦を回収して海藤はれいげつに進路を取る。

慌てて猪瀬の艦隊を連れ戻しに来た強硬派の部隊は破壊された猪瀬の艦を見て遅かったと感じていた。

前哨戦と言える戦いはこうして幕を閉じる。

強硬派は約二割の戦力を失い、草壁と対峙する事になった。










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EFFです。

邪魔な存在を排除しようとして、逆に排除されるという事態をまき起こす強硬派。
これに乗じて草壁は次の手を打とうとする。
木連編はもうしばらく続くと思うので期待して下さい。

それでは次回でお会いしましょう。




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