華やかな舞台の裏で事は進む
見渡せば誰もが動きを見定めようとしている
はっきり言えば面倒だと思う
拗れ縺れた糸を解くには時間が掛かる
政治とは複雑なものだな
僕たちの独立戦争 第八十八話
著 EFF
式典は無事進み、舞踏会が始まっている。
「クロノさん、火星はどうするお心算ですか?」
プロスがさり気なくクロノに近付き聞いてくる。
アカツキ達が他の関係者と話している間に幾つか聞いておきたい事があったのでクロノの元に来たのだ。
一応、公式の場でネルガルのトップが火星の軍人に会えば、謝罪を含む問題を議題にされると不味い。
自身もネルガルの人間だが表向きは権限が無いから事前協議の真似事になると考えているのだ。
「あまり良い状況になっていない。地球が火星を植民星と考えている限りどうにもならんな」
「まだそんな考えなのですか……困ったものです」
「税金納めろ、武器を渡せだよ。自分の都合を一方的に押し付ける始末だ」
「なんですと?」
クロノの言葉に周囲で聞き耳を立てていた連中が思わず振り返っていた。
《マーズ・ファング》――火星宇宙軍の指揮官であるクロノは知る人が知る要注意人物である。
その人物が発した言葉を頭の中に浸透させた者は驚愕と共に見通しの甘い連中に対する苛立ちに変わっていく。
「第一次火星会戦後から滞っている税金を支払えだと。
出来ないなら戦艦でも構わんと偉そうに自分達の責務を忘れて話していたよ」
「ははは……」
プロスの表情は引き攣ったような笑みに変化している。周囲の連中も同じように変化する者が大半だった。
「待ちたまえ、それは本当かね?」
信じられないといった様子で確認しようとクロノに尋ねる者がいる。
その顔色は明らかに良くなく、どちらかと言えば蒼白に近い顔色をしている。
おそらく先の事を考え……最悪の事態に気付いたのだろう。
「映像記録があるぞ」
あっさりとクロノが証拠とも言える映像記録の事を告げるとその人物は肩を落としている。
「失点だらけだぞ。うちとしても口実を貰ったからコロニー連合政府の決断によってはまた戻ってくるだろうな」
味方ではなく、敵として地球に戻る可能性が出てきたとクロノは告げている。
「なんせ、自分達の責任を忘れて都合のいい事ばかり押し付けようとする。
正直、これが連合のやり方かと親地球派の議員達も流石に今回ばかりは反対意見を出し難そうだった」
地球とは出来れば政治的手段で軟着陸させたいと考える者達は火星には大勢いる。
軍を動かすのは避けたいと考えているだけに今回の地球側からの通達は自分達の意見が地球から否定されたようなものだ。
強硬論を出す議員も逆に何か勝つ自信があるのかと思わせるような通達だった。
コスモスの資料からは出なかったが、まさか相転移砲の試作が出来たのかと考えている議員もいる。
実際には相転移砲の影も形も出なかったので、状況が読めない連中の暴走だと判断するには時間が少々掛かった。
「あまりいい方向に進んでませんな」
「まあな、元々そのうち独立されるかもと考えた連中が木連を挑発させて火星の住民を抹殺しようと考えたんだ。
短絡的に考えた連中に建設的な意見は出ないものさ。
で、ネルガルはどうする?、火星としては建設的な意見を求めているが」
ナデシコ降下事件の問題をどうするか、とクロノは聞いている。
「俺としては出来るだけ穏便に済ませたいと考えているんだが」
「そうですな……今のところ、反対意見もありませんので謝罪する方向で行くと思われます。
火星とは正式に国交が出来てからになると思いますが」
実務レベルでの会議や意見調整は出来ない現状だった。
火星とは航路が封鎖されたような状態であり、政府の通信とクリムゾンとの交易だけが手段だった。
一般の市民が連絡を取れるような状況には連合政府がしていないのだ。
クリムゾンに関しては木連と同じように交渉の窓口として暗黙の了解のように据え置きしているのだ。
自分達の失点を出来る限り知られたくないと理由から木連による通信封鎖を盾にして。
その為に一般市民は連合政府の情報でしか火星の事を教えられていない。
エドワードの独立宣言があって……初めて現在の状況が明らかにされたのだ。
それでも火星の事はまだ対岸の火事として見ている者が殆どではあったが……。
「言っておくが」
クロノが一言告げて全員の注意を惹きつける。
「ナデシコ級がうちの戦艦の基準だからな……コスモスだったか?
今この場に駐留している艦も一対一で戦えば勝つ自信はあるから……もしその気なら覚悟を決めておくように」
地球側の切り札と目されていたコスモスと同程度の戦艦が火星に在るとクロノは忠告している。
聞いている者の大半が半信半疑の様子だった。中には嘘を吐くなと言わんばかりに睨んでいる者も居た。
聞いているプロスは嘘ではないと知っている。その事実を自分の目で見て来たのだから。
ナデシコのような固定式の単発の砲門ではない、可動式で連装式の砲門を持つ戦艦を数隻確認しているのだ。
「出来れば……次に会うときは友人でありたいものですな」
「全くだな」
プロスの意見に賛成するようにクロノは頷いている。
だが、そう甘くはないと二人は考えている。
(もっと慎重に動いて頂きたいものですな……)
(ネルガルが戦争を主導する気は無いようだがどうなる事やら……)
クロノとプロスが話をしている頃、アクアはレイチェルと顔を会わしている。
「ルリ、この人が私のもう一人のお母さんみたいな人よ」
「……お母さんはやめてよ。初めましてレイチェル・マーベリックと申します」
膝を軽く曲げて礼を行うレイチェルに少々途惑うようにルリが応える。
「は、初めまして旧姓ホシノ・ルリと申します」
「悩んでいるの……まだ?」
「……はい」
新しい名前に変更するか、今のままで良いのか、ルリは迷っていたのだ。
「王名に変更しないと不味いのね」
「ええ、ルリの名は残しますが他をどうするか悩んでいます。
ルリ・エレンティア・ルージュメイアン・ピースランドにするか、ルージュメイアンをユーリにするか……迷ってます」
「ホシノの名は不要なの?」
「親らしい事はしてもらっていません……名ばかりのものですから」
レイチェルの疑問にルリはハッキリと答える。
「実験動物扱いだったのね……ったく科学者って奴は自分の事しか考えない連中が多すぎるわね」
「全くですが、うちも同じような事を父がしていただけに反省しないといけませんね」
憤慨するレイチェルにアクアが困った顔で話している。
「レイチェルお姉さんで構いませんか?」
「そうしてくれると助かるわ。妹さん達にはお祖母ちゃんって言われちゃったけど……まだそんな歳じゃないから。
マリーもやってくれるわ……こんな意趣返しをしてくれるとは思わなかったわ」
女性の年齢という最も気にする部分を突いてきた今回の件はレイチェルにダメージを与えていたようだ。
「よく分かりませんが気をつけますね」
「そうね、貴方はまだこれからだから……30過ぎるとよ〜く分かるから」
「はあ、でもマリーさん曰く、
「貴方のおかげでアクア様のお尻と叩く機会が増えたんです。私の苦労も考えなさい」と言われてましたけど」
「ちょっと待ちなさい。何時、そんな事を聞いたのですか?」
慌ててアクアが恥ずかしそうに聞いてくる。
「兄さん達と一緒に聞かせてくれましたよ……姉さん達の武勇伝を」
とても面白かったと言った感じでルリは笑みを浮かべている。
「最後はいつもお姉さんがお尻ペンペンで終わってますね。
できれば、マリーさんの追求から逃げる方法を教えて下さい」
「それは秘密よ……自分の手の内は簡単に見せないのが強かな人間だから」
「見せる時はより有効な手段を確立した時ですね」
「そうよ、これもアクアから教わったの?」
「はい、姉さんには教わる事がたくさんあります」
ルリが隣でしょげているアクアを見ながら話す。自分の恥ずかしい過去をクロノに知られたと思って動揺しているようだ。
「先生はズルイです。自分だけ逃げるんですから」
「そうやって汚い大人のやり方を見て子供から大人になっていくのよ」
しれっとした顔でアクアに正論みたいな言い方で話すレイチェル。
「何、尤もらしい事を言っているんですか……おば様?
あんまり調子に乗るならラピス達にお祖母ちゃんって呼ばせますよ」
「随分、言うようになってきたわね。的確に私にダメージを与えようとするなんて」
「ええ、こう見えてもタフな女になってきましたから」
軽口を叩き会う二人。ルリはその様子を見て一言。
「仲…良いんですね」
「こうやって軽口を言える友人をルリも作るのですよ。
無論、簡単には出来ません。時に喧嘩をしたり、意見がぶつかる事もあるでしょう。
傷付く事もありますが、そうやって細い糸のような絆を強靭なものにしていくのです。
ただ馴れ合うだけでは出来ません。
自分の考えや本音をきちんと見せる事も重要ですし、相手の為に時にはきつい事を言わなければならない時もあります。
その際に壊れる事もあるでしょう。ですが逃げてはいけません……貴方にとって大切な人だからきちんと向き合うのです」
「…………とても難しいですね」
「親友と呼べるものを作るのは難しい事です。
泣き、笑い、傷付きながら築き上げる……それもまた楽しい事ですよ。
楽しい事ばかりが続けば飽きてきます。辛い事や悲しい事があるからこそ楽しいと感じるのです」
楽しいだけの人生はつまらないものになるとアクアが説明する。
楽しいと感じる為には、その逆の意味も知らないといけないと言う。
哲学的と言うような意見にルリは自分なりに解釈しようと考え込んでいる。
(姉であり、母親みたいなものね。ちゃんと大事な事を話して考えさせている。
この子は多分、今よりもきっと成長するわ……好敵手になると面白いわね)
将来、ルリが自分の前に切磋琢磨する相手として出てくると面白いとレイチェルは考える。
(退屈な人生なんてつまらない……緊張感があるからこそ生きていると実感できるのよ)
アクアは家族を欲し、家庭を持つ事を望んでいるからアクアが表舞台に出ないと感じている。
(シャロンとこの子が出てくると楽しくなるわね)
目の前の少女に期待しているレイチェルであった。
「お前さんはどうするのかね?」
「コスモス奪われましたから、また一から出直しです。
どこぞの誰かさんは戦艦を出せと催促ばかりしてますけど」
壁際の椅子の腰掛けてロバートとアカツキは世間話のように探り合うように会話している。
「あの男はもうダメだろう……急激に変化している状況に対応できるとは思えんな」
「説明も碌に聞かずに催促しか出来ない。自分が今の状況を招いたと自覚してませんね」
周囲にいる者は二人の会話に耳を傾け、自分がどう動けば利が多く出そうか分析している。
「相転移機関は専用の施設がないと整備も製造も出来ん……それを言ったのか?」
「担当官が何度も説明しましたが理解できないみたいです。
そちらはまだ出来そうもないのですか?」
ロバートの疑問に答えつつ、クリムゾンの実状を探ろうとする。
「まもなく修理は終わるな。ただ提携先との兼ね合いもあるのですぐに技術者を戻すのは出来そうもない。
それに今、戦艦を製造しても碌な事にならん気がするのは間違いかね。
泥沼の状況に拍車を掛ける気がするのだが」
「企業が利を求めるのが間違いだと?」
「そうは言わんよ……ただそれはあくまで正常な世界を維持した状態でないとな」
「つまり……社会体制が崩壊しては意味がないと言うのですね」
「社会基盤が崩壊すれば立て直すのは時間が掛かり過ぎる。
当然、その隙を狙って余計な事を企む者もいるだろう……火事場泥棒など出すのは嫌じゃないかね」
「虎視眈々と自分達の座を脅かすものがいるか……そういう輩は面倒ですから不要ですな」
「大体、今の軍中枢に武器を渡すのは正直……怖くないか?
目先の欲に目が眩んで何しでかすか、非常に読み難いぞ」
ロバートの懸念にアカツキも納得している。
「君のところの最初の戦艦を強奪しようと動いたらしいじゃないか?
試作艦だから要らんと突っ撥ねておいたくせに使えると知ったら平気で横紙破りも行う。
こちらの権益にも首を突っ込んで奪おうとしないと断言できるかね」
ナデシコ事件を例に出して軍の横暴さを話すロバート。
「中に在籍していたムネタケ中佐だったか?
彼が理性的な対応をしたおかげで特に揉めなかった様だが、一歩間違えば最新の戦艦がただ同然で持って行かれたぞ。
うちとしてはそんな事されたら困るんだが」
金も払わずに奪おうとするなど以ての他だとロバートは言う。企業にすれば大赤字になるという事態は嫌に決まっている。
企業家にはシャレにならない状況であり、軍に属する者も顔を顰めて聞いている。
何故なら長期的な視野を持つ者ならそのような行為は下策を呼べるようなものなのだ。
軍の信頼を損なうような事態になり、企業からも警戒されるのは間違いない。
そうなれば自ずと補給や新型機の開発が滞る可能性が高い。企業にすれば自分達の製品を買わずに奪うなど以ての外だ。
企業は利益が出ない事に関心を示さない……当然、儲けにならない事は遠慮するだろう。
軍関係者は自分で自分の首を絞めてどうするのだと思っていた。
「詳しい顛末を聞いたが、どうも最初から奪う心算のような気がしたよ。
内部に兵を配置しているという事はほぼ間違いじゃないと思うぞ」
「一応、警戒はしたんですが……まさか、あのような暴挙に出るとは思いませんでした。
てっきり本社に連絡して交渉すると考えていたんですが」
何考えているんだか、と言わんばかりに肩を竦めてアカツキは周囲にも聞かせるように話す。
「子供じゃあるまいし、欲しいのなら欲しいと言えばいいんですよ。
試作の艦だから要らないと言った事に拘って、いざ使えると判れば面子に拘って何も言わずに奪おうとする。
企業を馬鹿にしていると思いませんか?」
「全くだな、自分達の使っている製品が誰のおかげなのか理解して欲しいものだ。
確かに兵器工廠もあるだろうが、部品とかは我々が軍に卸している……全部、自分達で賄っている訳ではないのだ」
アカツキに同調するようにロバートも呆れた様子で答えている。
この場にいる企業関係者は憤慨する二人と同じような気持ちになっている。
(な〜んか、毒……吐きまくっているわね。そんなにストレス溜まっているのかしら)
エリナはアカツキの様子から極楽トンボが何言ってんのと思いかける。
だがクリムゾンのトップの言葉を聞いて……ちょっと判断を決めかねている。
(愚痴を零すだけじゃないの?……これも意味があるのかしら?)
軍を牽制しているような会話なのだ……企業としてはスポンサーを失いかねない可能性もある。
(判断できる情報が少ないわ……向こうの会長秘書は全然気にも留めてないわね)
視線の先にあるミハイルの様子は平然と側に控えて聞いている。
自分との違いを判別出来ずにちょっと途惑うエリナであった。
エリナの視線を感じながらミハイルは二人の会話を聞いている。
(……明らかに楽しんでますね。さり気なく今の軍の危険性を教えながら、軍需を控えさせようとしている。
ついでにストレスを吐き出しています……軍を挑発するのは危ないと承知しているのに)
弾薬庫で火遊びするようなものだとミハイルは思っている。
意趣返しかもしれないとも考えている……欧州のテロでアクアが傷付いたのを根に持っているのかもしれない。
(まあ、軍に暴走されるのは困りますから重石を付ける気かもしれませんが……)
ナデシコ事件と同じような事態が起きればクリムゾンは軍に対して何らかの措置を行うと警告しているのだ。
無論、ハッタリだがあのような事をされるとクリムゾンとしても泣き寝入りする気はない。
そんな事をしてもどちらの陣営にもメリットはない。そして先が読める者は理解している。
そういう人物を軍に増やす事を目論んでいるのだ。
(これも布石作りか……リスクもあるが恐れていては何も変わらない。
理解していても自分はその一歩を踏み出せるか……これが私と会長に違いでもある)
ミハイルはロバートの豪胆さに感心している。自分ならこのような危ない橋を渡るのは避けたいと考えてしまう。
無難な方法を選択して現状を維持しようとするだろう。
ボソンジャンプを有効に使いたいと考えるなら火星に協力するのが早道だ。
火星が望む方向に手を貸すのは間違いではないとミハイルは考えている。
裏でコソコソ動くより表立って動く方が予算、資材、人を大量に投入出来る。
平和が一番ではあるが、その平和を長期に維持出来るようにしないと無意味なのだ。
敵、味方に長期的な視野を持つ者を増やす為にロバートは行動しているのかもしれない。
三国の関係を円滑にするには理性的な人物がいないとダメだとミハイルは思う。
(これもその一環ですか……まだまだ道のりは長く厳しいのかもしれません)
同じ会長秘書でも潜り抜けてきた時間に大きな差がある。
エリナがもっと先を読むようになるのはもうしばらく時間が掛かるだろう……そんな一コマだった。
「……助かります、なんで有象無象に来るんだ?」
「それだけお前さんに価値があるんだよ……不本意だろうがな」
寄って来る人物に辟易しながらジュールはグエンに礼を述べる。
護衛として側に待機するグエンに怯えたのか……人の波が一端途切れる。
「それにだ、お前さんに近付く女性は排除しないと俺らが姫様に怒られるからな……流石にそれは勘弁だぞ」
「はあ?」
「絶対に敵にしてはいけない人物というのがこの世にはあるんだよ」
苦笑してジュールに話すグエン。先程からガードとしてジュールの側に控えながら近付く人物について説明を行っている。
SSとしてこの場に来る人物の事柄は把握している。
「お前さんを利用しようとする連中が何人かいるが判るか?」
「……大体は」
グエンの問いに不愉快だというようにジュールは何名かの名前を告げる。
「ふむ、ちゃんと人を見る目が出来ている」
「他に危ない人物はいますか?」
「そうだな、まだ見ていないが強引な手法を用いる人物が何人か居るぞ」
今までの経験から欧州での危ない人物のリストアップをグエンは事前にしてジュールに教えている。
「調査基準って何がベースなんですか?」
「俺の場合は裏方だったから荒事から割り出している。お前さんは金の流れからか?」
「ええ、どうしても家の力関係は詳しくないですから金の流れで考えます」
アクアとシャロンから欧州での家同士の確執や力関係は事前に聞いているジュール。
それとは別に自分でも資金面での動きを調べていた。判断材料は多ければ多いほど有利だとジュールは知っているのだ。
「節操が無いと思いますね。IFSを嫌っているくせに俺を引き込もうとする……困った人達だな」
火星では標準化しているIFSだが、地球ではナノマシンを体内に取り込むのは嫌悪する人が多かった。
大量のナノマシンを体内に保有するマシンチャイルド……どちらかと言えば嫌悪する者が多い筈だろう。
「顔は笑ってましたけど、内心では嫌っている。本当に狐と狸の馬鹿仕合いを見せられている」
「そうだな、人って奴は感情を押し殺しても動かねばならん時もある」
好き嫌いで動くような世界ではないとグエンは言っている。
例え嫌いな人物であっても必要なら笑顔で付き合わねばならない大人達の世界。
そんな世界に自分は足を踏み入れたのだとジュールは感じている。
「本当に何が起きるか判らないもんだ……」
「お前さんもかなり数奇な運命って奴を体験しているな」
「好きでしてませんよ」
ぶっきらぼうにジュールが言う。逃げ出したマシンチャイルドが地球で五指に入る大企業の御曹司になったのだ。
これが数奇と言わずに何を数奇と話せばいいのだろうか。
「平穏な人生が良かったんですけどね」
「何を以って平穏とするかは自分次第だぞ。
どういう生き方をしても最後にあるのは平等な死が待ってる……振り返った時に悪くなかったと思えば最上だと思うが」
どんなに貧富の差があっても人である以上は最期にあるものは同じであるとグエンは告げる。
「結局のところ、自分次第か……しょうがないな。
波乱万丈なんて生き方は遠慮したいもんだ」
一人呟くジュールを見ながらグエンは思う。
(……多分、無理だと思うぞ。将来性豊かな姫様に惚れられた時点で波乱万丈な生き方は決定している。
このまま行けば、外堀を埋められて……薔薇色の鎖に繋がれるだろうな)
アクアがルリにそういう手法をレクチャーしているのを偶然聞いてしまったグエン。
確実にジュールは身動きが取れなくなる状況になるだろうと考えている。
ここは自分が警告を発するべきかと思ったが、そんな事をすれば間違いなく二人を敵に回すと感じている。
シャロンとロバートは意外にも乗り気みたいだ。二人ともジュールよりルリの事を大切に思っているみたいだった。
(身内に味方は存在せずに敵になるか……不憫な奴。
だが、美人になる少女に惚れられたんだ。ある意味、幸せかもな)
この際は中立になって生温かい目で見守ろうとグエンは思っている。
決して中心地に入り込まないように部下にも警告しておこうと考えている。
「どうかしたんですか……険しい顔ですけど?」
「なに……この先、起こり得る可能性を想定していただけだ。
何事も事前に想定すればダメージは最少になるからな」
ジュールにとってはとんでもない事を想定されているが気付いていない。
(ふっ、幸せになるんだぞ。俺は影から見守っているぞ)
アクアに振り回された経験があるグエンはとばっちりが来るのを怖れている。
確実に外堀が埋められようとしている事にジュールは気付かない。
(親父が女癖が悪かった報いかもな……お前は紛れもなく女難の運命が待ってると思うぞ、ジュール)
それも悪くはないとグエンは思っている。
何故ならルリは日に日に綺麗になり、心も日々成長している。
そんな少女に大切に思われる……文句を言えば、罰が当たるとグエンは思っていた。
(これも僻みが混じっているのかな……まあ、気にしないでおこう)
グエン自身も何時の間にか……懐柔されているのかもしれない。
何処か他人事のように自分の感情を客観的に思うグエンであった。
「レイさんは参加しないんですか?」
「私は庶民ですから、付け焼刃のダンスなんか見せる気はないです」
軍服姿のクロムの質問に夜会用のドレスを纏うレイが答える。
一応、練習はしたが人に見せるものではないと考えているようだ。
「そうですか……話は変わりますが、欧州の意見がまとまりました。
火星の独立に関しては認める方向で決まるみたいです」
迂闊な事を言うのはやめようとしてクロムは話題を変える。口は災いの元だと考えているみたいだ。
「オセアニアと欧州……後はアフリカ次第ですか、まだまだ問題は山積みですが少しは好転して欲しいものです。
月奪回作戦はどうなりました?」
「極東と北米アメリカが現在準備中ですが正直……動くのはまだ早いと考えています。
実数が不明なんです。向こうは二千から三千と見ているようで」
「確かにその数なら今の戦力で対抗できそうですね」
「火星が沈黙を守る予定ならば五分に戦えると思いますが……その点はどうです?」
暗に動くのかとクロムが尋ねている。火星が動けば状況は激変する可能性があるのだ。
(動く事はないと考えていたんですが……あのような事を言われて黙っていられるだろうか?
はあ〜最近……ため息ばかり吐いている気がする)
植民地だと考えていたのに反抗されて頭に血が昇ったのかと考えるクロム。
住民感情を逆撫でしてどうするのだと怒鳴り込みたい。
自分達が逆の立場になれば従うのか?……従いはしないだろうと思うのに、あえて居丈高に通達だけをする。
責任を取る気がないのだろうが、自分で自分の首を絞めるとは考えないのだろうか。
(理解できるならこんな状況にはならないか……)
「さて、どうなりますか……住民感情逆撫でしましたから動くかもしれませんね。
私としては動かずに戦力を秘匿したまま終わるのが一番ベターかと思っていたんですが、見せる方が良いかもしれません。
痛い目見ないと反省しないのかもしれませんから」
(やばいよ、殺す笑みって奴だぞ……一度、現実を見ないと判断出来ないかもしれない)
とても綺麗な笑みでレイはクロムを見つめているが、付き合いから本気で怒っているとクロムは理解している。
「因果応報……もうちょっと自分達が何を言い出したか理解して欲しいものです。
尤も彼等にとっては火星の独立を認めるのは首を吊るようなものですから、どうしても恫喝するしか手段がないのかも」
戦後、独立を果たした火星からの追求があるのだ。
責任問題を回避したい連中にとって火星の言い分など認める事は出来ない。
「これは推測ですが、拗れたままにして戦力が整い次第、火星に対して軍事行動を起こす気があるのでしょう」
「反乱鎮圧という名目ですか?」
「昔からそうでしょう。格下相手に飲めない要求を突きつけて暴発させるのわ。
ですが、火星を舐めるのもいい加減にして欲しいものです」
何時までも脅しが通じると思わないことですとレイが告げる。
「少しは手加減して下さいね」
クロムが困った顔で話している。
欧州の部隊は動かないが連合宇宙軍と火星宇宙軍が激突するのは避けられないと判断しているのだ。
「あんまり余裕はないんですが」
手加減できるほどの余裕はないとレイは思っている。
(確かに数は揃いましたが長期に亘って維持できるほどの予算もないですし。
短期決戦で終わらせないと……シャロンが悲鳴を上げそうですね)
土星にある無人工場のおかげで人件費、資材費を必要以上に出さずに戦艦や機動兵器は製作できる。
だが、それでも軍事費というものは重く圧し掛かっているのだ。
自給自足は順調に進み、食糧事情に関しては問題はないが土壌の関係で輸出できるほどの良質な物は難しい。
日用品や家電製品は火星の企業がIFSを使用するタイプを出している。
IFSインターフェイスが主流の為、IFSの普及の関係で地球では売れないだろうとレイは考えている。
IFSを取り外した製品ではコストは同じか、輸送費の関係で割高になる可能性が高い。
ボソンジャンプでの輸出でも経費は掛かるのだ。
産業を発展させるにはまず人材を育成しないとダメだと議会は考えている。
その為に教育や福祉に力を注ぐ為に予算をより多く回したい……生産性のない軍事費は出したくないというのが本音だ。
火星宇宙軍は職業軍人と呼べる者が少ない。
レイ達の仕事は治安維持というのが中心で内容的には警察より使用する武装が強力なだけだ。
本来、戦艦や機動兵器を使用する状況にはならない事が基本であり、重火器の使用も制限されているのが当たり前だった。
例外といえるのはレオンやグレッグ、ゲイルのような元地球連合軍人ぐらいだ。
クロノも一時的に軍に係わった事があるだけの民間人だ。アクアも財閥のお嬢様という異色な人物。
本職は別にある人間が火星の危機に集まったというのが一番正しいのかもしれない。
その為に軍事費を必要以上に要求しないという事態になっている。
『無いなら、無いなりに頭使って、できる範囲内で戦うしかねえだろう』
マーズ・フォースという武装集団のリーダーだったレオンは意外とやりくり上手だった。
予算を効率良く分配して組織を運営させる手腕があるのだ。
本人曰く「しょうがねえだろ、金が無かったんだから」とコメントしているが、マメな人物かもしれないと思っている。
(今しばらくは予算との戦いという頭の痛い日が続きそうですね)
「レイさん……これは自分の経験なんですが、ため息ばかり吐いていると鬱になりますよ」
「そういうふうにさせたのは誰の所為でしょうね」
「……さあ」
「本気で言ってますか?」
「少なくとも自分一人の所為ではないと思いますが」
言い訳めいた口調でクロムはレイの追及を回避しようとする。
「まあ、いいでしょう」
困ったものですと言うような顔でレイはクロムを見ている。
「……極東と北米に友人がいるなら気を付けるように言っておきなさい。
どういう形になるか判りませんが動くとすれば、その二つが最初になると思いますから」
「感謝します」
行動する事を匂わせるように告げるレイにクロムは礼を述べる。
だが、実際にはそんな事を言っても軍人が任務を拒否する事は出来ないと知っている。
戦場で気を付けるという事がどれだけ無意味なのか、二人とも承知しているのだ。
判っていても言わずにはいられない二人なのかもしれない……。
「ジュールさん、私と踊って頂けますか?」
「いいよ……付け焼刃だから足踏んでも怒らないのなら」
「それは私も同じですから思いっきり踏み返すかもしれませんよ」
公の席では皮肉を交えるジュールにルリは同じように皮肉を返すと手を差し出す。
ジュールはその手を取るとバイザーを外して自然な足取りで中央に進んで行く。
公式にはルリが最初のマシンチャイルドである筈だったが、実はクリムゾンの御曹司が最初だと言わんばかりに。
「全く……皮肉ばかり言っているけどあの子の事を大切に思ってるのね」
自分の存在を明らかにする事でルリに向かう危険性を減らそうとしているのだとシャロンは告げている。
クリムゾンとピースランド……どちらを相手にするのが良いのかと聞かれればクリムゾンだと普通は答えるだろう。
国家を相手にするより、企業のほうがまだマシと誰もが思うのだ。
「さて、俺も大事な妹と弟の為に一肌脱ぐか。
麗しの紅の姫君……黒の王子と踊って頂けますか?」
バイザーを外し、芝居じみた仕草でクロノはアクアを誘う。
「私も変えた方がいいでしょうか?」
「却下……アクアを注目されるのは俺が嫌だから」
にこやかに微笑みながらクロノが言うとアクアは頬を赤く染めて手を差し出している。
二人もゆっくりと中央へと歩いて行く。
周囲にいて何も知らない者はルリより年上のマシンチャイルドが二人も存在する事に驚いている。
知っている者は公式の場所で目立つ事をさせるという意味合いで驚いているようだ。
「いいんですか……目立っても?」
「構わないよ……既に知っている人もいるから。
それよりとても似合っている……うん、綺麗だな」
途惑うように話すルリにジュールは微笑んでルリを見つめて話す。
「あ、ありがとうございます」
頬を朱に染めてルリが嬉しそうに微笑む。
「むっ、何を言ったのか判らんが……娘を口説いているのか?」
嬉しそうに微笑むルリに国王は娘を取られる父親の様相を見せている。
「ちょっと残念ですね……親よりもボーイフレンドの方に微笑むなんて」
「……そうだな、ちと悔しいものだな」
まだ自分達に向ける笑みはぎこちないと感じてしまい、少し寂しいと感じる二人。
「まあ、これから家族として生きて行けばいい話ですけど、この分では孫の顔も早く見られそうですね」
「何を言うか……そう簡単に嫁がせたりしないぞ」
「あんまり我侭ばかり言うとあの子に嫌われますよ」
その一言に国王は動揺し絶句している。
「理解のある優しいお父様というイメージを持って欲しいなら、娘の交際相手を排除しようとしてはいけませんよ。
ああやって自分の正体を見せてルリではなく、自分を標的にさせようとしてるのですから」
マシンチャイルドを狙う人間がいる事を二人は知っている。その為にルリの身辺警護にも注意を払わねばならないのだ。
「国のVIPよりも一般人に近い自分を狙わせる……か」
「大切に想ってくれてます……まだそんな関係じゃないかもしれませんがそれでも大事にしてくれています」
まだ妹とか、家族の一員くらいとしか考えていないだろうとアセリアは二人の関係を見ている。
「本気にさせるかはルリの頑張り次第でしょうね」
楽しそうに話すアセリアの隣で国王は憮然とした表情で二人を見ている。
歓迎式典はテロなどの事件も起きず無事に終了する。
その裏側で様々な会議が行われ、自分達の陣営がどう動くべきかという判断材料が多く提示された。
誰がどう動くかはまだ判らない……ただ種は蒔かれ、答えはいずれ出るだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。
インターミッションはこの回で終了し、木連編に戻ります。
戦力の一部を消失したが草壁が倒れていると知って血気盛んな強硬派。
それぞれの市民船もまたどちらかの陣営を見定めて行動しようとしています。
月臣は一気に本拠地を陥落させようと全部隊を動かそうと考えるが、元老院は兵の一部を守りに残せと命じる。
捨て身で活路を見出そうと考える者と自分達の安全がまず先だと考える者。
食い違う意見が齎すものは何か。
それでは次回でお会いしましょう。
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