動くべき時が近づいている

この時の為にとは言わないが備えをしていた

いつまでも自分達の考えが通用すると思わない事だ

さて、次の幕を開こうか

愚か共達の終焉の時は近い



僕たちの独立戦争  第九十三話
著 EFF


その人物が訪れた時、プロスペクターは誰が来たのか……一瞬判断できなかった。

「何を驚いているんだ……そんなに変か?」

「……いつもの姿じゃないんですな」

「あの格好で街中を歩けと……正気か?」

「一応……自覚してたんですか」

「……まあな」

プロスペクターは目の前の人物――クロノ・ユーリの服装を意外そうに見つめている。

「背広ですか……意外と似合っておられる」

「言ってろ」

いつものバイザーではなく、サングラスを掛け、髪は黒く染めている。

正直、サングラスがなければ、サラリーマンとして街中に溶け込むようなスタイルなのだ。

二人が会話している場所はシャクヤクが建造されているドックの側にある警備事務所だった。

警備の者からプロスに面会希望者がいると聞いて、来てみればクロノが背広姿で居たのだ。

「場所を変えますか?」

「それは構わんが、シャクヤクには行かんぞ。

 みんなと顔を会わす気はないからな……おっと、これをミナトさんに渡すようにアクアに言われている」

そう言ってクロノは懐からディスクをプロスに渡す。

「なんでもルリちゃんのドレス姿を収めた映像だそうだ。

 どうしても見たいとミナトさんが言ってたから渡してくれってさ。

 ミナトさんに頼めば、みんなと一緒に鑑賞会が出来ると思うぞ」

「分かりました、必ずお渡しします」

ルリの事を気に掛けていたミナトならアクアにお願いするだろうとプロスは考え、危険なものではないと判断する。

「応接室をお借りして、そこでお話しましょう。

 態々、こうして来られたというのは何かあるのでしょうから」

「アクアのほうが忙しいんだ。新しいオモイカネのセットアップと別件で動けない。

 俺のほうは準備が済んでいるからこうして会う時間が出来た」

ネルガルの窓口はクロノとアクアしかいない。クロノは仕事で来ていると言外に告げているのだ。

その事を理解しているプロスはクルーと会わせないように配慮する事にした。

「では、こちらへ」

「ああ」

プロスの案内でクロノは場所を変える為について行く。


応接室に入った二人は本題に入る事にする。

「市民を抑えるのが難しくなってきた」

「……動かれるのですか?」

「限度もある……火星の独立は認めない、今までの支払っていない税を納めろでは誰も納得しないぞ」

クロノの言い分にプロスは顔を引き攣らせて苦笑している。

「まあ、分かっていたんですが……挑発でしょうか?」

「さあな、月奪還作戦に乗じて、こちらも何らかのアクションをする可能性も出てきた。

 火星としては民間人で構成されているシャクヤクを沈める気はないと言いに来た……後味悪いからな」

軍属扱いだが、シャクヤクのクルーは殆どが民間人である。

後々民間人を殺したという不名誉な指摘を受けるのは避けたいというのが火星宇宙軍の本音なのだ。

「勿論、戦場に出た時点で撃沈する事は決定している」

「そうですか……はぁ〜、複雑になりそうですな」

「いや、そうでもない。邪魔な人間を合法的に始末できる可能性がある……そちらとしても悪くないだろう」

「……否定はしませんよ」

クロノの言い分にプロスは納得している。

今回、月の奪還に参加する者は火星にとって邪魔な者が大勢いるのだ。

それらの始末が合法的に出来るとなれば、火星としては参加する意味が出てくる。

そしてネルガル――アカツキ達が困っているという事も知っている。

せっかく建造した戦艦が一度の戦闘でダメになる可能性があると聞いて、とても頭を抱えているのだ。

(まあ、お金は貰っていますので損は無いんですが……もったいない話ですなあ。

 フィードバックが返らないと言うのは一から作ってはダメになるのとそう変わりません)

データーがあれば、改良してより良い製品が作れる。無駄に失敗を繰り返すよりは遥かに効率が良いのだ。

簡単に撃沈されると、ネルガルの戦艦はダメなんじゃないかと言われかねない。

そういう事態は回避したいとアカツキ達は思うだろう。

(まあ、賄賂を要求する人がいなくなるというのはありがたい事ですが……それでも割に合うか、分かりませんな)

損得勘定から考えれば、絶対にネルガルの損のほうが大きいはずだとプロスは考えている。

「……ん、時間だな、テレビつけていいか?」

「それは構いませんが……何があるのですか?」

「火星からの正式なコメントが世界に発表される。

 次のステージの幕が開くって事だ」

「……なるほど。準備は万全って事ですか」

クロノがモニターを操作して会見模様をプロスに見せる。

それを見ながら、ここしばらく新しい仕事に専念していた所為か……世情に疎くなったかとプロスは苦笑していた。


記者会見場は大勢の記者団が詰め掛けていた。

火星からの正式な回答期限が過ぎていたのを記者達は知っていたのだ。

地球が返答しなかった以上は火星も何らかのアクションを示すと考えていた矢先にオセアニアで火星の政府の代表が発表すると連絡があった。

生中継という一切手が加えられない条件ではあったが、これまでの経緯を考えると仕方がないと割り切っていた。

分かっているだけでも連合政府の情報操作は非常に地球にとって都合の良い事だらけだった。

電波ジャックという方法で行われたエドワードの放送で初めてこの戦争の裏側を知った者が大半だった。

その為に連合政府の正式な発表自体の信憑性がどこまで本当なのか、裏づけを一々取らねばならないと報道関係者は考える。

急遽、スタッフを集めて派遣する。派遣されたスタッフは真剣な表情で待機している。

何故なら恭順か、拒絶の二つしかないはずで、拒絶ならば独立の為に軍を動かす可能性が考えられるのだ。

状況が一気に加速、もしくは更なる混乱という事態になる。

報道陣にしてみれば、歴史が動く事態に遭遇する。その場に立ち会う事が出来るというのはいささか不謹慎だが面白いのだ。

一言一句聞き漏らす事が無いように機材の点検とスタッフはこの会見から火星と……木星の状況を知りたいと考える。

木星の事は殆ど情報が無い状態で知りたい事が山ほどある。火星は自分達よりも多くの情報を持っている。

コロニー落としという自分達の身に迫った危険を回避したいという願いが存在していた。

「それでは記者会見を始めます」

司会の宣言に世界が注目する……後に火星の連合脱却宣言と呼ばれる会見の幕が開いた。

「初めまして、私は火星コロニー連合政府対外交渉官のカズヒサ・タキザワです。

 今回、火星からこの会見を行う為に地球へと参りました」

その言葉に会見場にどよめきが巻き起こる。火星から地球まで辿り着いたという実績が信じられなかったのだ。

そんなどよめきを無視するかのようにタキザワは口を開く。

「火星は現在ボソンジャンプという新しい移動手段の実用化に成功しました。

 この技術を使用する事で火星と地球の往復に五分も掛からずに出来るとだけ言っておきましょう。

 窓の外をご覧下さい……これからそれを証明しましょう」

その言葉に報道陣に視線が一斉に窓の外へと向かうと同時に窓の外に光が現れて一機のシャトルが空に浮かんでいた。

「この技術を用いて私は木連の封鎖網を突破して火星から来ました」

全員がその言葉が真実だと判断する。何も無い空間から現れたシャトルを見て、否定する事が出来なかったのだ。

動揺する報道陣を前にタキザワはゆっくりと落ち着かせるようにこの戦争の経緯を話していく。

火星を危険視するあまり木連を利用する事で火星の住民を抹殺しようとした連合政府の暴走を訴える。

「正直なところ、第一次火星会戦が始まるまで火星は連合に恭順していた。

 それなのに連合政府は起きていない事態を危ぶむあまり……間違った選択をしたのではないかと考えます」

「で、ですが、それは火星の穿った意見ではないのでしょうか?」

記者の一人がそんな事はないと言うように尋ねる。

「ではこれを見てどう思いますか?」

タキザワの声に背後にあったスクリーンに映したされたリストに視線が動く。

「第一次火星会戦前に連合宇宙軍が動かした駐留艦隊のリストです。

 最新の艦艇が全て引き払われ、後に残ったのは退役間近な老朽艦というのは不思議な話です。

 それに人員も異動しています……まるで戦争が起きて敗北するかのようにする手際の良さは見事です。

 少なくともこの時点で木連が侵攻する可能性があったにも係わらずに備えを怠る……先程の意見を否定できますか?」

木連との交渉が始まっていたのは極秘だったので、会戦当初の時点では報道関係者も知らなかった。

今ならその動きが非常に怪しいと判断できるので反論が難しかった。

「はっきり言いまして、火星が生き残れたのは運が良かったとしかコメント出来ません。

 クリムゾン社が試作していた機動兵器を貸して頂けたおかげで市民の避難が出来ました。

 木連の無人機は一般市民と軍人の見分けがつかないという非常に危険なものです。

 完全な殲滅戦という様相を示していた様なものでした」

無人機の危険性は誰もが知っているだけに複雑な顔で聞いていた。

「火星としてはネメシスの一件は遺憾では済まされません。

 反乱を起した訳でもなく、きちんと従っていたのに信用していない……地球への不信感は増すばかりです」

怒りと憤りと含むタキザワの声に報道陣もコメントを差し控えている者が多かった。

「ですが、あれは火星が捏造したというコメントが連合政府から出ていますが」

「勉強不足ですな……これをご覧下さい」

スクリーンの映像が変わり、その内容を確認する。それは極秘資料とも言われる物だった。

「ネメシス建造に係わった人物のリスト並びに政府の決定の資料を入手しました。

 これでもまだ否定しますか?……連合軍諜報部の所属の方。

 我々が知らないと思っていましたか……この会見に来る人物の背後関係は調査しているのです」

その声に全員の視線が男に集中すると同時にその男のプロフィールがスクリーンに出る。

正体をバラされた男は怒りでタキザワを睨みつけるが、

「出来れば最後まで残っていただけると助かります。

 この会見の最後に連合軍士官としてのあなたの意見を聞きたいと皆さんも思っているでしょう」

この意見に赤く染まっていた顔が青く染まり始めた。万が一不用意な発言をして揚げ足を取られると不味いと思ったのだ。

「わ、私には発言権はない」

「おや、あなたは一般市民ではないのですか?」

棘のあるタキザワの意見に男は絶句している……うっかり自分の身分を肯定してしまったのだと気付く。

男は失言したと認め、舌打ちすると会見場から出て行く。この場に居れば、非常に不味いと判断したようだ。

「さて、招かれざる客人は帰られたので話を進めてもよろしいでしょうか?」

タキザワの問いに誰もが沈黙を以って肯定する。タキザワは確認して今までの経緯の続きを話す。

第二次火星会戦に至る経緯には報道陣もネルガルの暴走には困った事をしてくれたものだと感じている。

一企業の暴走で戦端が開いたという事実は今の連合の在り方と変わらない。一部の人間の身勝手さが浮き彫りになっていた。

「ピースランド国王が水面下で交渉を取り持ってくれたのですが、勝手な言い分ばかりしておられました。

 本来、市民の救出作戦を行わねばならないのに何もしなかった事実から目を背けて……要求ばかりしている。

 市民を守ろうともせずに税金だけ納めろというのは如何なものでしょう」

苦い物を口にしたかのように顔を顰める報道陣。責任の所在を明確にせずに自分達の都合良い要求を行うのはどうかと思う。

「今の連合政府は市民に犠牲が幾ら出ても構わないと考えているのでしょうか?」

タキザワの問い掛けにありえそうな話だと考えて、更に険しい顔になる者も居た。

「ナデシコ級戦艦の拿捕という行為で火星は最新鋭の戦艦の資料を手にする事が出来ました」

その発言に全員が注目する。この後の発言は非常に重大なものになると判断したのだ。

「現在、火星はナデシコ級戦艦を基準にした艦隊を配備中です。

 新型の機動兵器の開発が間に合い、木連の無人兵器に対して対抗できる体制が整いました。

 その結果、第二次火星会戦で木連の無人機の掃討に成功したので火星は概ね平和になりました。

 おかげで戦艦の開発にも力が注げるようになり、順調に量産体制を整えつつなっています」

明らかに戦う為の準備が整ったと言外に告げていると報道陣は感じている。

「本日を持ちまして、火星は連合からの脱却。

 そして独立を改めて宣言し、不条理な言い分と要求を通達する連合政府に対して宣戦布告をお知らせします。

 我々火星人の命を軽んじた連合に、今度は我々があなた達の命を脅かす事にしましょう。

 連合市民の皆様のご不満は聞きません。何故なら貴方達が選んだ政府が火星人の抹殺を目論んだのです。

 当然、その責任は貴方達にもあります……まさか自分達に責任は無いなどという無責任な事は言いませんよね?」

やっぱり宣戦布告したかという思いと、政府の暴走を見逃したという事態に複雑な心境に陥る。

木星に続き、火星も地球に対して戦端を開くという事態に詰め掛けた報道陣は混乱は加速すると判断する。

「一応、火星は民間からクリムゾン、政府筋からピースランドを交渉の窓口に残しておきます。

 その為、クリムゾン本社があるオセアニアとピースランドに対しては攻撃の対象外として扱う事も明言しておきます。

 現在、火星は木連と停戦を独自に行う事を決定しております。

 元々木連は移住先を求めての行動から始まりましたので火星への移住という行為は受け入れてくれるでしょう。

 状況によっては木連との共同戦線もありえますね」

木連との停戦から共同戦線という成り行きに途惑う記者もいる。

「彼らも連合政府の被害者です。まさか自分達が虐殺の片棒を担がされたとは思っていなかったようです。

 交渉が決裂した時点で火星の防衛を強化していると考えていたと彼らは話していました。

 今回の一件は木連としても誠に申し訳ない事をしたとの謝罪も行ってくれました。

 おかげで市民も移住に関しては概ね受け入れる事を認める方向で考えています」

記者の一人が手を上げてタキザワに質問する。

「質問よろしいですか?」

「どうぞ」

「木連は地球にはどういう気持ちでいるのでしょうか?

 快く思っていないというのは感じていますが、我々は彼らの声をまだ聞いていない。

 まだ見ぬ彼らと連絡を取れる手段を火星はどうやって手に入れたんでしょうか?」

「おかしいですね……連合から何も聞かされていないのですか?」

「どういう意味でしょうか?」

「事前交渉があった事は聞いておられますね?」

タキザワの質問に記者は頷いて肯定する。

「連合は木連の存在を公表しませんでしたが、裏では密談できるように連絡手段を押さえているのです」

「なっ!?」

「その正体を知りながら市民を騙し、このような事態を惹き起こしても説明もしない……無責任な人達ですね。

 はっきり言って市民の犠牲は彼らの所為だと述べさせてもらいますよ。

 このような市民の犠牲をなんとも思わない政府を容認する連合市民は随分とお人好しな方が多いですな。

 木連の無人機によって犠牲になった方も大勢いるでしょうが、遺族の方も木連を恨むのは筋違いかもしれません。

 何故なら彼らを挑発して戦争を誘発したのは連合政府です。

 素直に百年前の不始末を公表して謝罪すれば良かったものを誤魔化そうとして犠牲を増やしている。

 この分だとどれだけ被害が出ても政府は気にしないでしょう。

 自分達の血が流れた訳じゃなく、どうでもいい市民が死んだと思うだけですな」

否定したいと思うが、否定できる根拠が見当たらない。この戦争を知れば知るほど……連合政府の迷走が見えてくるのだ。

「市民に犠牲を強いるばかりで自分達の失策については棚上げしてますよ。

 皆さんもきちんとした情報を入手して、市民に警戒を促してください」

皮肉だと記者達は感じている。連合政府の情報操作にもろに誘導されていたのだ。

「正体不明で無人機を操作する存在……木星蜥蜴。

 なぜ蜥蜴だと判断したのかと疑問に思って下さい。

 なぜ木星から来たと判断したのかと疑問に思い、独自で調べようとかして欲しいものです。

 政府の発表を鵜呑みにされるというのは頂けません」

"まあ、陰湿な隠蔽ですから騙されても仕方ないですが"とタキザワは言うが、自分達にも問題があったと反省する者もいた。

「木連は折れる気はないと思いますよ。

 彼らは連合政府に死ねと言われた様なものです。引き下がる気なら戦争なんて始めないと思います。

 彼らの生命線とも言えるプラントでしたか……それを明け渡すように言ったそうです」

「それはどういう意味でしょうか?」

「移住よりもまずプラントを明け渡せと通達したそうです。プラントが無ければ彼らは生きていく事が出来ません。

 つまり、彼らの生命線という大切なものを押さえようとし、受け入れ難い要求をしたようなものだそうです」

「お言葉ですが、それは間違いとは言えないのでしょうか?」

「いえ、彼らの生活に必要な物はプラントからの供給で賄っているのです。

 食料、エネルギー、日用品、それらを生み出す物を明け渡すのは躊躇いますよ。

 しかも移住先を決めもせず、一方的に通達したんです……挑発以外の何物でもないでしょう。

 あなた達は自分達の生活を支える財産を奪われようとしているのを黙って見過ごせますか?」

さすがに生活を支える物を奪われると思うと身構えるだろうと考える。こんなのは交渉とは言えないと思う人物も居た。

「それでは宣戦布告したようなものではありませんか?」

「その通りです。連合政府と連合軍の上層部は戦力分析も碌にせずに、ただ火星を始末するという動機で開戦したのです。

 自分達が負ける訳がないという過信から戦争を決意したのでしょう。

 正直、何を考えていたんでしょうか……戦争とは外交手段の中でも最後の手段とでもいうような方法です。

 安易に戦端を開くというのは理解できません」

もっともな意見を言うタキザワに同調する記者も居る。連合政府の失策を、被害をまともに被るのは自分達一般市民なのだ。

「木連としても泥沼の戦争は避けたいようですが、交渉相手がそのような相手なのでどうにも出来ないようです。

 おそらく、このまま進めばコロニー落としも止む無しという事態に発展する可能性があります。

 被害を被るのは騙され続けてきた一般市民の皆さんですから……自業自得ですか、この場合は?」

他人事のように推移を述べるタキザワに、記者の一人が言う。

「それで良いのですか? 火星は地球を見殺しにする気なのか?」

「そのつもりですよ。あなた達、連合市民は第一次火星会戦後火星を守ろうとしましたか?

 安全なビッグバリアに守られて、火星の事は他人事のように考えて連合政府に軍を派遣するように行動しましたか?

 何もしていないでしょう……火星はね、安全が保障されない日々が続いていたんですよ。

 心休まる日々がなく、毎日を必死に生き残る為に戦い続けたんです」

記者の言い分など認めないというように火星での日々を話すタキザワ。

その顔には一欠片の地球を思いやる優しさは存在しなかった。寧ろ、冷淡とも言える厳しさが込められていた。

「火星は生き残る為に同胞の屍を乗り越えてここまで来た。

 対岸の火事だと勝手に思い、見物していた連中に手を差し伸べるほどお人好しではないのです」

火星の憤りと怒りをタキザワから垣間見た記者は反論出来なかった。

タキザワは黙り込んだ記者に見向きもせずにもう一度宣言する。

「本日をもちまして、火星は地球からの独立を宣言し、ここに宣戦布告します!

 我々の生活を脅かした現連合政府を許しはしない!」

記者達は事態がより深刻なものへと発展した事を知り、この事態を招いた連合政府にどうするのか問う事にしようと思う。

自分達の身の安全を脅かそうとするのは火星、木星なのか、それとも連合政府なのか……判断する為に。


「まっ、こんなものだろう」

「……止めを刺しましたね」

テレビを見ていたプロスはそんな感想を述べる。明らかに現連合政府の批判を兼ねた宣戦布告だったと思っていた。

「これで反戦運動と責任追及が始まれば良いんですが」

「現政権は強行に動くだろうな……勝って黙らせるしか方法がないから」

「ですな……頭の痛い話です。

 間違いを素直に認めて修正すれば経費も掛からないというのに」

軍を動かすとなれば予算が必要となる。では、その予算はどこから捻出するのだろうか?

市民からの税金で賄うしかないのだ。当然、市民に負担を掛ける事になり、連合政府への不審は高まるとプロスは考える。

「悪循環の始まりですか……もうお終いですな」

「そうだ、さっさと見切りをつけるように言っておいた方がいいぞ」

「その点は大丈夫でしょう。もう、とうに見放していますよ」

「それもそうか……ところでボソンジャンプの研究機関を火星で立ち上げるがネルガルはどうする?」

既に興味を失ったクロノがもう一つの問題を聞いてくる。

「ネルガルを爪弾きするという意見もあったが、暴走されると困るので謝罪と賠償をするなら加えるで意見調整が完了した」

「賠償ですか?」

「ああ、一応、停戦状態だったんだが、ナデシコ降下で停戦が終わったんだよ。

 当然、施設や人員にも被害が出たからその補償は出してもらわないと困るのさ」

例えば、ナデシコ発進時の宇宙港での係留用のブリッジの破壊といった一例をクロノは挙げる。

「まあ、強行に発進したので破壊した分の請求は当然ですが如何程になりますか?」

懐から電卓を出してクロノに提示額を聞くプロス。

「……これでどうだ?」

「いや、これは多いでしょう……これでどうですか?」

「おいおい、これは不味いだろう。機動兵器を動かして護衛したんだぞ……人件費も燃料費も馬鹿にならんのだが」

「人件費はともかく……燃料費はないでしょう。相転移エンジンなのですから」

「確かに相転移エンジンは燃料費は掛からんように見えるが起動用の電力だってタダじゃないんだぞ」

「む、痛いところを突きますな……ではこれでどうでしょうか?」

といった様子で一時間以上も二人は交渉に及んだ。

なんとか譲歩できるラインに到達したのは交渉を始めて二時間後だった。

クロノがそのラインで政府に告げると言って帰る。

「う〜ん、手強い人ですな……一体、誰が彼に交渉の仕方を教えたのでしょうか?」

まさか、未来で自分が仕込んだとは思わないプロスがアクアさんでしょうかと考えていた。


プロスは交渉を終えるとシャクヤクに戻った。

ブリッジに入ったプロスはクルーが先程の記者会見を見たのか、色々話し合っていた。

「ハルカさん、これお渡ししておきますね」

「ん、なにこれ?」

プロスがクロノから預かったディスクを渡す。ミナトは不思議そうにディスクを受け取って尋ねる。

「アクアさんがハルカさんに渡しといてくれって言ってました。

 何でも頼まれたホシノさんの映像だそうです」

クロノの名は出さずにアクアが来たかのように話すプロス。

「ホント♪ ルリルリの元気な姿を見られるんだ」

「ええ〜いいな、私も見たいです」

すかさずメグミがミナトに見せて下さいとお願いしてきた。

「じゃあさ、仕事が終わったら一緒に見ようか?」

「私も見たいです。噂のホシノさんってすっごく興味があるんです」

アリシアが興味津々と言った顔でミナトにお願いしてくる。

「お〜い、俺も見たいぞ。ルリルリが元気かどうか知りたいんだ」

ウリバタケも同じように言ってくる。よく見るとブリッジにいた全員が見たいと思っているようだとミナトは感じた。

「プロスさん、ブリッジで鑑賞会していい?」

「いいですよ、戦闘待機中じゃないんですから勤務時間外なら結構です」

現在のシャクヤクは比較的時間が取れるように配慮がなされていた。

ムネタケが規律規律と叫ぶ事もなく、仕事をきちんとすれば問題はないとクルーに告げていた。

「戦闘中は別だけどね」

と一応の区切りは付けているのでクルーもその点は理解しているのも一因ではある。


その結果、鑑賞会はルリを知る者が中心となって行われた。

「いい顔するようになったわね。アクアちゃんの教育の成果かしら」

「でも、もうちょっと嬉しそうな顔をしないと」

「そうかしら、昔より表情が出て来てる事を良しとしないと」

などとムネタケとミナトがルリの姿を見てコメントしていた。

「皆、可愛らしい子供ですね」

ルリ以外の子供達も元気そうに映っていたのを見たアリシアが楽しそうに話す。

「そうね、一歩間違えばホシノ・ルリを除けば存在すら知られずに消えていたんでしょうね」

アリシアの感想にグロリアが非常にシビアな感想を述べる。その意見にクルーが困った顔になっている。

人体実験という危険な行為を考えさせられる一面だったからだ。

「ホント、科学者って奴は救いようのない人間が多いわね」

「そういうシビアな意見は控えなさい……クール過ぎるわよ」

セリアが嗜めるように話すとグロリアは悪かったわと謝罪する。

この後も鑑賞会は続き、クルーの大半はルリが新しい環境で元気にやっていると知って一安心していた。

便りがないのは元気な証拠というが、やはりこうして元気な姿を見ると安心できるから。


連合政府と連合軍は火星からの宣戦布告に、まさか逆らわないだろうという考えであっただけに動揺していた。

確かに戦力は保有していると思ってはいたが、木連の封鎖網を突破する事は出来ないと判断していた。

その為、木連を排除した後に反乱鎮圧という手段を用いようと考えていたのだ。

だが木連との共同戦線という事態は想定外だったので、木連と手を組まれるのは不味いと誰もが思っている。

安易な考えでいた現政府首脳部は事態が深刻なものに変わったと判断し、連合軍に急いで制宙権を取り戻すように厳命する。

「バカな! 戦力はまだ整っていない。

 私に死ねというのか!?」

執務室に備え付けてあるモニターから映し出される人物に対してドーソンは叫ぶ。

『そうは言っておらんが、もう時間がない。一刻も早く勝たねばならん状況なのだ。

 先の火星の会見を見ただろう。火星が軍事行動を起こす前に結果を出さねば、市民の反発が更に加速する。

 そうなれば我々も君も……お終いだぞ』

「それを抑えるのが貴様らの仕事だろうが」

『負け続けた君には言われたくない。君が負け続けたのが元凶なのだぞ。

 勝っていれば何も問題は無かったはずだ』

その意見にドーソンは舌打ちする。少々不利な状況であったが好転の兆しが出てきたのにそれが待てない。

現状では勝てるかどうか判らないのだ。そのような状況で出陣したくはなかったが……出ざるを得ない状況に追い込まれた。

『火星が木連と同盟を結ぶ前に木連の戦力を削らねばならない。

 奴らは木連の戦力を当てにしているはずだ。なんとしても後ろ盾を失くして鎮圧しなければならんのだ』

火星にそれ程の戦力がないとしても木連の後方支援に入られると非常に不味い事態になる。

「くっ、仕方がない……現有戦力で月を取り戻す。

 それで良いな」

『結果を出してくれれば文句は言わん』

「安心しろ、結果は必ず出すから市民の反発は必ず抑えろ」

それだけ話すと二人は会話を終える。

「忌々しい連中だ。勝って、必ず火星を滅ぼしてやるぞ」

苛立ちと怒りと八つ当たりのようにドーソンは火星に感情をぶつける。

……自身のした事を棚に上げて。










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EFFです。

木連の内乱ではなく、火星の宣戦布告を先に書きました。
一気に状況が加速しそうです。
次回は木連を中心に話を進めようと考えていますがどうしましょう?(爆)

それではまたお会いしましょう。



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