自己の責任を言うものがある
それぞれに立場があり
全うしなければならない仕事がある
自分の立場を忘れて動く者は何かを失うだろう
社会とはそうやって責任に見合う物を人に与えている
だからこそ人は人に従うのだ
それを忘れた時……信頼は地に堕ちるのだ
僕たちの独立戦争 第九十四話
著 EFF
「ちっ、いい加減にしろ!」
度重なる攻撃に月臣は苛立つように叫ぶ。損害こそ軽微だが艦隊の疲労度は徐々に目に見える形で浮かび上がってくる。
敗走したと思われた秋山の艦隊はれいげつに侵攻しようとする月臣の艦隊に対してゲリラ戦と呼ばれる手段で対抗したのだ。
夜討ち朝駆けと言った感じで変則的に攻撃を仕掛けては逃走する。
月臣の艦隊の乗員が休む事が出来ないようにして、確実に体力を奪う手段を選択した。
索敵はしている……だが、それでもその網を掻い潜るように忍び寄る艦隊に月臣の艦隊は過剰に反応し神経質になっていた。
「ふ、随分と陰湿な策を弄するようになったものだ……一皮剥けたかな」
秋山の艦隊に合流した北辰が秋山の執った戦術を知って、かなり高い評価をしていた。
勝つ為に相手の嫌がる戦術を行う。真正面から戦って勝つという木連の士官が陥りやすい思考から抜け出したと感じている。
「くっくく、月臣では勝てんな。奴のように正義が勝つと信じておる甘ちゃんではこの男の相手にもならんわ」
苛立っているであろう月臣を嘲笑う北辰。正義が勝つと叫ぶ男が苦戦するのを傍で見ていると不謹慎だが楽しい。
何を以って正義というのだろうか……同胞を殺そうとしているくせに正義と叫ぶ。
北辰から見れば道化としか思えない。自身の罪の深さを知らない愚か者だと断言できる。
そんな男が現実の前に苦戦するというのは愉快であった。
「隊長、機嫌がいいですね」
「そうだな、まあ、味方に有能な人材がいれば閣下も楽できるから安心なんだろう」
雷閃の呟きに佐竹が律儀に答えている。秋山の艦隊に合流したのは試作した新型機の調整を行う目的があったからだ。
「で、新型の調子はどうだ?」
「悪くないです。強いて言わせて貰うなら、もう少し小回りが効けば楽なんですが」
「小回りか?」
「ええ、ちょっと旋回時に外へ膨らむような気がするんです」
「推力が上がっているからな……足回りに問題が出たか」
九郎は装甲の一部軽量化とエンジン部を改良したおかげで機動性が更に向上している。
マニュアルではなく、IFSを活用する方式に変更した成果なのか、動きは格段に良いと操縦者からは聞いていた。
木連の軍人はIFSを忌避しない。寧ろ積極的に取り入れようとしている。
立場は違えど、誰もが勝ちたいと願い……貪欲に勝てる手段を取り込むようにしてた。
「他の操縦者は微妙な違いにまだ気付いていないのか……」
「自分だけそう感じていたのかもしれませんよ。
正式な量産機の飛燕は動かしていませんから」
雷閃も北辰も試作段階から試験操縦をしていたが、量産機の操縦は行っていなかった。
量産機の完成と同時に北辰がしんげつの内偵を始めた為に量産機の操縦は出来ずに次の機体の調整を任されたのだ。
「機動性を重視したからな。その分、急制動に問題が起きたのか……それとも…」
佐竹が問題点を詳しく分析しようとしていた。現場で作業するというのは佐竹には楽しい仕事だ。
技術者達の総責任者という立場になってしまったので、なかなか現場に出られない状況なのだ。
こうして現場で仕事が出来るのが嬉しいのか嬉々として九郎と夜天光の調整をしていた。
「そろそろ補給の問題が出るはずだ。悪いが元一朗、お前の生命線を断ち切らせてもらうぞ」
秋山は艦橋で次の一手に出ようとしていた。
補給部隊との合流する瞬間に攻撃を仕掛けて、月臣の艦隊の士気を下げようと考えていた。
物資の欠乏した軍というものはすべからく士気が低下する。この際、徹底的に叩こうと決意していた。
秋山は通信士に指示を出す。艦隊に合流した北辰に頼み事をする為に。
『なんだ、仕事か?』
「はい、まもなく補給部隊と合流する筈です。
私が足止めしますので、その隙にお願いします」
『承知した』
「あと馬鹿が自ら突っ込んでくるかもしれませんので、現実の厳しさって奴を身体に叩き込んでやって下さい」
『頭が出て来る事はないだろう……余程の阿呆でもない限りはな』
指揮を放棄するような真似はしないだろうと北辰は告げる。
その意見に秋山は頭を横に振って話す。
「自分が勇者だと勘違いしている男です……自分が前線に出て鼓舞する心算でしょう」
付き合いが長いのだ。何をしでかすか、大体理解出来るのだ。
自分を勇者だと勘違いしている男は必ず戦場に出てくると秋山は確信する。
そして、それこそが月臣元一朗の限界だと考える。指揮官としてやってはいけない事を平気でするから甘いのだ。
そのような考えを持つ男が勝てるほど……現実は甘くはないと北辰も秋山も知っているのだ。
『艦を前に出して指示を出すという事は考えないのか……愚かな』
「適当にあしらって下さい……元老院との軋轢を深めたいので」
生かしておけば必ず元一朗は元老院と衝突すると秋山は考えている。
正々堂々綺麗に勝つという考えの元一朗と勝つ為には手段を選ばない元老院……考えの違いから自ずと衝突するはず。
一枚岩に成れない軍隊など烏合の衆だ。つけ込む隙は幾らでもある……特に元老院は身の危険を感じれば、逃げ出すだろう。
そうなれば元一朗は元老院を裏切り者と叫び、牙を向けるだろう。
『分かった、生かして置いた方が都合が良いか……確かに承知した』
秋山の意見に北辰は納得して通信を終える。
「いいんですか、艦長?」
三郎太が秋山に問う。友人を見捨てるような行為は受け入れ難い三郎太に秋山はきっぱりと告げる。
「では、三郎太は木連を破滅させたいか?」
「そ、それは……」
秋山に問われた三郎太は答えられない。強硬派が実権を握れば、間違いなく戦争継続に発展する。
火星の住民を殺戮すると事態になれば、火星も先のような遺跡周辺だけの限定攻撃から無差別攻撃に変わる可能性が高い。
地球と違い、火星は木連まで到達してきた。何時でも来襲できる状態では市民に危険が及ぶ。
その事を秋山から教えられた三郎太は本土防衛という問題を考えたが、良い考えは浮かんでこなかった。
真っ直ぐ一直線に攻めるという事は火星はしないだろう。防衛網の薄い部分を突いて侵入して攻撃する。
正々堂々正面から来るという考えなど木連の内部だけでしか通用しないとはっきりと感じてしまった。
「そんなしょっぱい顔をするな、三郎太。
そのような事態にならないように俺達が此処にいるのだ」
殊更明るく話す秋山に友人を見捨てるのかなどと言った自分が情けなくなる三郎太。
(艦長もこのような状況を望んでいた訳じゃない。木連と親友……どちらかを選択しなければならかっただけだ。
自分も木連を取らざるを得ないのだ……不本意な選択だが、一人と大勢の民のどちらかを選らばなければならない)
秋山は自分よりも早くその決断をした。同じように苦悩してその選択を決意したと三郎太は考える。
「すみません、余計な事を言いました。
……もう後戻りは出来ないっすね」
「そういう事だ。ならば、少しでも良い方向に進めるのが俺達の仕事だろ?」
「……はい」
「北辰殿は大人なんだよ……ちゃんと現実を知っているから、汚いと言われる仕事でも必要なら実行する。
俺達はまだガキとそう変わらんのさ」
それ以上は秋山は言わなかったが、艦橋にいた乗員は現実の重さを少しずつ実感していた。
同胞が争う内乱という状況を見せつけられているのだ。感じない方が不自然だった。
秋山の艦隊は月臣の艦隊の動向に注意しながら休息する……次の一手を打つ為に。
元老院から補給部隊を任された士官――財前一馬は活躍の機会を与えらずに不平を洩らしていた。
「前線に出たいものだな。こんな仕事では俺の力量を見せられん」
自分はこんな場所では満足な仕事は出来ないと常々感じていた。
遺跡から無限に近い補給が受けられる木連の士官は補給というものを軽んじる傾向があった。
この財前もその傾向の持ち主だった。
上が仕事を疎かにするというのは下がそれを真似するという事態を多分に惹き起こす。
補給部隊の全てという訳ではないが、部隊の空気は緩んだ状態になっていた。
「艦長、まもなく本隊と合流します」
「おう、荷物を運んできたと言ってくれ」
通信士に簡潔に告げて、財前は合流したらそのまま艦隊に加えてもらおうと考えていた。
(このまま帰る気はない……俺は戦いたいんだ)
財前がそんな事を思っていた時、艦が突然……激しく振動した。
「な、何事だ!?」
「機動兵器が襲来しました!」
「なんだと!」
財前が叫ぶと同時に目の前の宇宙に一機の機動兵器が現れ、錫杖を振り下ろす……それが財前が見た最後の光景だった。
「ちっ、合流する瞬間を狙ったか!」
月臣の艦隊は補給部隊の進んできた方向からの爆発を確認していた。
「全艦最大戦速で合流する!」
月臣の号令に艦隊が動こうとした時、
「提督、和平派の艦隊が右側面から来ます!」
「源八郎!」
側面から砲撃しながら迫り来る艦隊に月臣は苛立つように叫んだ。
その艦隊は砲撃を加えながら、進路を後方へ回り込むように動いている。
自分達の足止めだと月臣は判断するが、このまま後ろを取られると不味い事は確か。
「後方の部隊を回頭させて反撃させろ!
前方の部隊はそのまま補給部隊の救出に向かえ!」
混乱しかけた艦隊に簡単な指示を出して落ち着かせる月臣。艦隊は落ち着きを取り戻して動き出す。
ここで月臣は艦隊を二分するという愚策である戦力の分散を行った。
補給という問題が頭によぎったのだろう。だが、この状況では秋山の艦隊を先に壊滅させるのが良策かもしれないのだ。
秋山の艦隊を撃破すれば、補給は比較的楽に出来る可能性がある点を留意するべきだった。
奇襲を受けた時点で補給は完全に行われない事に気付けば救いがあったかもしれない。
『隊長、艦隊が来ますよ』
「適当にあしらって合流宙域に向かう。我らの仕事は分かっておろう」
『了解』
夜天光の操縦席で北辰は部下に指示を出しながら、敵補給艦の撃破を行っていた。
歪曲場に穴を開けて、戦艦の艦橋を狙うという手段を北辰は選択する。
艦橋が破壊されると歪曲場の出力制御が出来なくなって……消失、もしくは低下する点を利用していた。
北辰と何名かが艦橋を破壊して、後続の部下が動力炉を攻撃して補給艦を沈めている。
そしてジンシリーズは跳躍を使って歪曲場内に侵入して撃沈する。
機動戦は苦手なジンシリーズだが、対艦攻撃機としてのジンは非常に優秀だった。
護衛の戦艦を撃沈するように北辰は事前に指示を出し、その指示に従って秋山艦隊旗下の飛燕を突入を援護していた。
艦橋を狙うという手段に秋山の部下の飛燕の操縦者達は難色を示すが、
「これは戦争だぞ。負ければ全てを失うが……構わんな?」
という北辰には反論できなかった。
自覚はしていたが、いざそんな瞬間になると躊躇ってしまう。
「戦場に迷いを持ち込むな……それは死に繋がるぞ」
と警告する北辰に対して全員が自分達とは違う存在だと感じていたが、
「あのな、ゲキガンガーみたいに綺麗に勝てるなんて思うな。
戦争って奴はどうしようもなく汚くて醜いもんだ……迷えば迷うほど泥沼に入り込み、沈んでいくぞ。
あの人だって最初からああじゃねえんだ……人の死を見て、歩いてきたから強いんだよ」
庇う訳でもなく、思った事を正直に話した佐竹に色々考える者もいた。
内心忸怩たる思いで戦闘をしている者もいるが負ける事は許されないと知っているだけに、
歯を食いしばって耐えているというのが本当の所だろう。
単純に正義だと叫んでも、それが正しいと割り切れない事だけは理解したのは確かだった。
月臣の前衛艦隊は補給部隊の元へ到達したが、既に補給部隊の半数は撃沈していた。
「卑怯な! 正面から戦え!」
突入してきた月臣の艦隊には目を向けずに補給艦だけを狙う飛燕に苛立つように叫ぶ。
相手の飛燕は他の戦艦を盾にするようにして、月臣の艦隊の砲撃を封じ込めようと行動する。
迂闊に砲撃すれば味方を巻き込むので非常に砲撃が難しい状況で月臣は告げる。
「飛燕を用意しろ。俺自ら叩いてくれる!」
ジンを使用しようかと考えたが機動力で対応できないと判断した月臣は同じ飛燕で対抗しようとする。
「ま、待ってください。提督自ら出られると艦隊の指揮は誰がするのですか?」
副官の安西卓司(あんざい たくじ)の声に耳も貸さずに艦橋を出る月臣。
頭に血が昇って目の前の敵を倒すという事だけに縛られたようだった。
「出るぞ、俺に続け!」
月臣の号令に艦隊の飛燕が発進する。勇者が戦場に出るのは当然を考え、月臣は自分がその一人だと思っていた。
自分の正義を卑怯者どもに見せてやるという感情を昂ぶらせて月臣は飛燕を飛ばす。
「ふん、阿呆が」
ゲキガンカラーの機体を嘲笑う北辰。北辰にとっては道化の集団にしか見えないのだ。
『正面から戦え! この卑怯者どもが!』
通信を全方位に設定して叫ぶ月臣の機体に北辰が対峙する。
「無防備に航行するのが愚かなのだ。
弱点を突くのは定石なり」
北辰も月臣に合わせるように通信を全域に広げて答える。
無視しても良かったのだが、秋山の部下が動揺するかも知れぬと思って話しに応じる事にした。
本当のところは月臣に現実の厳しさを口と実力を以って見せるという嫌がらせの意味もある。
「指揮官が艦隊を見捨てて来るとは無様で愚かだ。お前は将たる器では無いな」
その言葉と同時に北辰の夜天光が月臣の飛燕に攻撃を仕掛ける。
月臣は装備していた斧で錫杖を受け止めるが機体の出力差の違いで押し込まれる。
『その機体は何だ!?』
自分の知らない機体を見た月臣が問う。
「来たるべき地球との決戦用に開発中の新型よ。
あの方がいつまでも同じ機体で我慢するような甘いお人ではない」
『なんだと!?』
その言葉に聞いていた月臣と飛燕の操縦者達は動揺していた。
新型を極秘に開発していたという北辰に飛燕で十分勝てると見込んでいた自分達が甘いと告げられたのだ。
そして草壁が勝つ為に準備を整えていた事を知って、弱腰と感じていた自分達の目が曇っていたと理解する。
「秋山の部隊に告げる。目的は果たした、殿は我らが引き受ける……合流点へ行け」
その言葉に従うように秋山配下の飛燕とジンシリーズが反転して宙域から離脱しようとする。
追いかけようとする月臣達の飛燕に新型の九郎が立ち塞がる。
『おっと、ここを通りたくば、俺達を仕留めてからにするんだな』
その声と同時に九郎が散開して攻撃を仕掛けていく。
飛燕と九郎の差は確かに存在するが、それ以上に操縦方法の違いが如実に戦績に反映していた。
型通りの動きしか出来ない飛燕、IFSを使用する事で動きが幅広くなった九郎。
法則性に基づいて動く以上、同じ流派の者にとっては致命的とも言える状態になっていた。
北辰達は試作段階からの飛燕を知っている。その動きは自分達の技を基に決められた物なのだ。
どういう動きをして、次はどう動くのか……知っている。
その為、後の先とも言うべき動きをする事で飛燕を撃破していく九郎に勇猛な男達も怯んでいく。
『くっ、何故だ?』
「温いな、強いと噂されて天狗になったか?
この程度とは……興醒めだな」
月臣は北辰の夜天光の動きについて行けずに苦戦していた。
必死に間合いを取りながら一撃を加えようとするが簡単にかわされるという状況だった。
(まだだ、好機は必ずある。その一瞬を見逃すな)
機体差はあるが必ず隙が出ると月臣は思っているが、北辰は秋山の指示に従って死なせないように手加減していた。
「遊んでいて良いのか……部下が死んでいくぞ」
北辰の言う通りに周囲にいる月臣の配下の飛燕が撃墜されていく。
機体が悪い訳ではない、型通りの動きしか出来ない飛燕の改良をしなかった月臣達の考えの浅さが悪いだけ。
同じ機体で戦う以上は相手がその動きに対応するという点を考慮するべきだった。
機体性能が同じなら木連を導く熱血を持つ自分達が勝てるという精神論に傾く事が異常なのだ。
『黙れ!』
「弱いのう……所詮人を殺した事のない甘ちゃんだったか」
月臣の苛立ちを引き出すように嘲笑う北辰。
月臣は北辰が自分を苛立たせて、その隙を突こうとしていると感じて必死で耐えていた。
「三羽烏の中で一番卑しい男というのがお似合いだな。
英雄になりたくて……なれない無様な男だ」
『だ、黙れ――――っ!!』
木連の未来の為に立ち上がったのだ。その言葉は月臣の存在を否定するもので怒りを込めて一撃を加えようとする。
だが、その動きは無情にも届かずに逆に一撃を喰らって両腕を斬り落とされる。
「この程度の挑発で自分を見失うとはな……温い男だ。
おっと機体の責任にしても良いぞ。卑しい男には敗北するにも理由が必要だろう」
『……殺せ』
嘲笑う北辰に月臣が悔しげに告げるが、
「ふん、我が殺す価値もない……道化には道化の役割がある。
その役目を果たすまでは死んでもらっては困るのだ」
く、くくと喉の奥から出てくる嘲笑う声に自分が手加減されていたと知った月臣。
お前程度など何時でも殺せるという自信が相手にはあったと知り、屈辱で身を震わせていた。
「さっさと尻尾を巻いて逃げるがいい……ほれ、負け犬には似合いの姿よ」
『正義は負けん! 如何なる苦難を乗り越えて、必ず勝つのだ』
「同胞殺しが正義か……随分、都合の良い正義だな。
同じ釜の飯を食った仲間を殺して、勝ち取る正義が熱血なのか?」
『黙れ、貴様のような外道と同じにするな』
「そう言うな、同じ穴の狢だろう。同胞を殺して自分の欲望を叶えるのだ……お前も外道ではないか。
友を裏切り、銃を向ける男の何処に正義がある。自覚せんと苦しいぞ……地獄に堕ちる時がな」
『煩い、俺は貴様とは違う』
棘だらけの北辰の言い分を斬って捨てる月臣だが、
「後方の艦隊が負けそうだぞ……無責任な提督よのう。
さっさと我に逃げ足の速さを見せるがよかろう」
馬鹿にするように北辰は状況を告げる。後方の艦隊が秋山の指揮する艦隊に敗走しかけている事を気付かせて嘲笑う。
嘲りの笑い声を聞きながら月臣は飛燕を翻して艦隊に帰還する。
その顔には屈辱と憤怒の怒りを貼り付け、顔を赤く染めて奥歯をギリギリと噛み締めていた。
秋山は艦隊が二分された瞬間、矢継ぎ早に指示を出して攻勢に転じた。
艦隊を六つの部隊に分けて、部隊毎に火線を一点に集中させて敵艦隊に砲火という楔を打ち付ける。
「今だっ、一番、二番は火力を集中させて頭を押さえろ。
三番、四番は囲むようにして側面から削り取れ。五番、六番は胴体の牽制を」
分断し掛けた艦隊の頭に当たる前衛に砲火を集中させて数を一気に減少させようとする秋山の艦隊。
数の上では月臣の艦隊が有利だが、分散した時点で数的有利が僅かなものに変化した。
その隙を見逃すような秋山ではなく、火力を集中させて歪曲場の防壁を削り、艦を次々と沈めていく。
無論、そのような事を許す気はないが、牽制する秋山の二つの部隊によって対応が遅れる。
そして指揮するはずの人物がいないという事態に艦隊は各個に動き出す。
秩序ある行動をすれば十分対応できるのだが、指揮官不在ではどうにもならない。
秋山は個別に動く戦艦群でまとまって行動する部隊に砲火を集中させて、艦隊行動を阻害する。
各個撃破という状況に気付き始めた艦隊が秩序ある行動に動き始めた時には艦隊の三分の一が撃沈されていた。
如何に歪曲場という強力な盾が存在しようとも火線の集束という巨大な槍の前には流石の盾も絶対のものにはならなかった。
「艦長、前衛艦隊が戻ってきます」
三郎太が秋山に状況を報告する。
「よし、もう一度前面に火力を統一し、敵艦隊が怯んだ隙に離脱する」
「了解!」
秋山の指示が艦隊に送られる。艦隊は一糸乱れる事もなく、集結して砲火を加えて悠然と宙域から離脱する。
前衛の月臣が到着した頃には既に秋山の艦隊は月臣の艦隊が追い着けない距離まで後退して索敵範囲から消失した。
「くっ、逃げるな源八郎! どいつもこいつも役に立たんな」
「ふざけるなよ! あんたがきちんと指揮を執れば艦隊はきちっと動けたんだぞ。
艦隊指揮の放棄などという無責任な事をしたくせに部下の所為にするのか!」
苛立つように話した月臣に安西が怒りを顕にして叫ぶ。
「あんたは提督で艦隊全体の指示を出すという仕事があるんだ。
もう少し真面目に戦争しろよ!」
「なんだと!」
安西の胸倉を掴んで月臣は睨みつける。だが、安西は月臣の視線をものともせずに叫ぶ。
「何故、部下を見殺しにした! あんたにとっての正義は部下を死なせるのが正義か!?」
「馬鹿を言うな!」
「だったらあれは何だ!」
安西の指差す先にあるのは撃沈された戦艦の残骸だった。
「指示をされなければ、艦隊は上手く機能しないのに何故指示を出さない。
雑兵一機を倒すのは兵士の仕事だ。
あんたは提督だぞ! 艦隊全体に指示を出さずに何をするのだ?」
冷ややかな視線で月臣に問う安西。艦橋に居る者も月臣の答えを聞きたいのか……注目していた。
視線を一身に受ける事で月臣は怯んで答えるのが僅かに遅れる
「決まっているだろう……俺達の戦いを勝利に導く為だ」
「その結果がこの様だ……三羽烏と言われた男が目先の相手に目を向けて大局を見誤ったのか」
所詮は噂だけが先行していただけなのかと落胆するような響きで安西は口にする。
「次は勝ってみせる」
「はぁ、次があると思っているのですか……補給は失敗し、艦隊の四分の一は消失。
このような状態で本隊と戦って勝てるというのですか?」
呆れた様子で自分達の置かれている状況を話す安西に、
「大丈夫だ……この程度の苦難など俺達の滾る熱血で撥ね返してみせるさ」
精神論で逆境を乗り越えてみせると月臣は自信たっぷりに話している。
(熱血では飢えを凌ぐ事は出来ません。兵糧攻めというのは今も昔も立派に通用するのです)
半ば、諦めた様子で艦隊の命運が尽きたと悲観的に考える安西。
秋山の艦隊にも損害は出ているだろうが、自分達よりも少ないと考えていた。
合流宙域に集結した秋山は部下に交替で休息するように指示を出し、功労者の北辰に連絡を取る。
「ご苦労さまでした、北辰殿。
すみません、抑えきれませんでした」
『目的は達していた……全艦撃沈とは言えぬが七割は落とした』
抑えきれずに北辰の手を煩わせたと詫びる秋山に北辰は気にするなと言う。
元々艦隊の総数に開きがある。その点を考慮しても秋山は上手く立ち回って相手に損害を与えていると北辰は思っていた。
まして先程の戦いは月臣の失策を上手く利用して戦力を削り取ったのだ。
自身が文句を言う必要もなく、見事だったと言っても過言ではない。
『お主の言う通り……出てきたぞ。
正直なところ、本当に来るとは思わなかった。将としては失格だ』
戦士であるのならば、戦場に出るのも良いだろう。だが、指揮する立場の将が指揮を放り出して戦うのは駄目だと考える。
『ジンを使わずに飛燕を使用したのは褒めても良いが、他は全て駄目だ。
奴は何を考えておる……役目を放棄するなど無責任だぞ』
「頭に血が昇ったという所でしょう。昔から目の前の問題に集中する傾向がありました。
今回も邪魔な飛燕を落とせば、勝てると判断してそれだけに目を向けたのでしょう」
何も変わっていないと秋山は思っていた。自分が艦隊の命運を握っているという自覚が足りないと感じている。
(少しは立場というものを考えろよ、元一朗。
お前が先走るのは許されない行為なんだぞ。一兵士ではなく、指揮官という立場をもっと考えろよ)
『……猪か、それでは勝てぬよ。獣と人との違いは道具を使い、罠を張るという点だ。
この分では面白いように罠に嵌るだろう』
「その可能性は十分ありますが、さすがに連戦したおかげで弾薬が心許無くなりました。
一度帰還して補給後、もう一度出陣する予定です」
損害も出ている。応急処置で対応しているが、完全な修理と調整をしなければならない艦も存在していた。
『では我らが監視を引き継ごう。海藤が来るまでは監視だけに留めるしかないが』
北辰の部隊では数が足りない。一騎当千とも言える部隊だが数は十分ではない、監視だけで一杯なのだ。
その隙に補給されると不味いと考えるも良い策は簡単には出て来ない。
「艦長、海藤さんから通信が「すぐに向かう」と」
『ふ、手抜かりはないようだな』
三郎太からの報告に北辰は笑みを浮かべ、秋山はホッと一息を吐いて安堵する。
この後、海藤達の第二艦隊と合流して秋山は補給を受け、艦の一部は本陣に帰還させて修理を行わせる。
決戦が近付きつつあると和平派の兵士達は感じ、その時に不備がないようにそれぞれが責任を全うしようと行動する。
整備班は機体と艦の最終調整を行い、問題が出ないように確認する。
飛燕とジンの操縦者達は決戦時に不甲斐ない姿を見せぬようにと考えて訓練している。
砲撃手も射線のずれがないか、確認して調整を確認していた。
操舵手も艦の出力が万全の状態かを機関部と相談し、不備がないように話し合っていた。
自信の職務を全うしようとする姿に秋山は自分達の勝利を確信すると共に被害を最少にしたいと思い、連日海藤と議論する。
……決戦の火蓋が切られる日は近かった。
元老院は強硬派の面々に対して怒りをぶつけていた。
「何をやっておるのだ! こちらが送った物資をこうも簡単に失うとは」
「しかも、もう一度送れだと……こちらも余裕があると安易に決め付けられると困るぞ」
送る事は可能だが、遺跡がない以上は限りがあるのだ。また同じような手段で失いかねないと考えていた。
「こちらの失態ではありますが、このままでは本陣に到達する前に物資が……」
苦々しい顔で話す士官に元老院も複雑な顔になる。
動かせる戦力では最大の存在であり、失う事は出来ないという意味もある。
(月読を消失したのは痛かった。あれは我らの最大の戦力になる筈だったのだ)
東郷は月読が起動すれば地球の戦艦ナデシコ如きに負けはしないと考えていた。
それだけの戦闘力を秘めていたのだ。だが、その月読も既に失われていた。
元老院の秘匿する戦力は自身の守りに使っていたが、その考えを改めるべきかと判断する。
(所詮、三羽烏と言われていても月臣は将としては駄目という事か……白鳥を使うべきだったな)
武芸に秀でていた月臣は戦士としての才しかないのだと考える。
(白鳥は動かす事だけなら何とかなるが、おそらく何れは逆らうだろう。
その点を危惧したが、家族を人質にしてでもこちらに引き込むべきだったか)
白鳥九十九という人物は秋山同様に扱いが難しいと判断していた。
信念というものが白鳥九十九にはあり、その信念がゲキガンガーの正義のようには思えないのだ。
青臭い正義感を持ってはいるが常に正しいかどうか判断しようと考えている可能性がある。
迂闊に引き込んで獅子身中の虫になられると非常に厄介だったので、月臣を選んだ経緯があった。
とりあえず物資は送ると東郷は告げて、士官を下がらせると全員に意見を述べた。
「賭けに出ようと思う……現在、秘匿している戦力を以って草壁のいる本陣を強襲する。
強硬派、月臣の艦隊を囮にしたい……奴では駄目だ。
かといって強硬派の誰かを使う訳にもいかん……使えん連中が多過ぎる」
「我らで決着をつけるというのですか?」
「そうだ」
はっきりと東郷は口にして全員に目を向ける。強気な姿勢を見せる事で事態を打開しようとしたのだ。
「ですが……勝てますか?」
「その為に月臣達を囮にするのだ。奴等の目を強硬派に向かわせて奇襲を掛ける。
このまま座していてはジリ貧だぞ。月臣達は物資が無限にあると思って湯水のように要求してくる。
それに我らで勝てば、奴等の傲慢な所を抑え込められる。自分達が我らより下だという事を自覚させんと……」
東郷の懸念を聞き、全員が納得している。第二の草壁になるような事態を見過ごすような真似は出来ないのだ。
自分達で決着をつける事で格の違いを見せるという東郷の意見には賛同出来る。
木連を統治するのは自分達でいずれは全てを統治したいという欲も其処には存在していた。
動かなかった元老院が漸く動き出そうとしている。
その結末の行方はまだ誰も……知らない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
いよいよ木連の内乱が佳境に向かいます(多分)
これが終われば、月を睨んだ攻防に入る予定です。
予定では木連の宣戦布告から始めたいと考えています。
やっと姿を見せた木星、火星から進軍を始めた火星宇宙軍、迎え撃つ地球連合宇宙軍といった感じですね。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
<<前話 目次 次話>>
EFFさんへの感想は掲示板で
お願いします♪