状況が変わる

見極めが非常に大事になる

動かないという選択もある

だが動かないという選択では何も変わらない

しかし動いたとて状況が好転するとは限らない

その為に見極める目が必要だと思う

とても難しい事だが



僕たちの独立戦争  第九十五話
著 EFF


村上は通信機の前で和やかに交渉をしているが、それは顔だけで内心は隙を窺っていた。

相手の方も同じように笑顔ではあったが。

『実は一つお借りしたい物があるのですが』

「何でしょうか?」

『月のドックを借りたいのです……無論、お借りした分だけお礼はいたします』

通信機越しの相手――タキザワに対して村上は考え込んだ振りをしている。

高木から月の状況は聞いている。ドック自体の規格が合わないので全部使用する事は出来ないと報告を受けていた。

今現在は一部を改修して使用している。全部改修するには時間が掛かるとも聞いていたのだ。

空いているドックを貸すこと自体は問題ではないが、まだ停戦もしていない状態で貸すのは不味いかもしれない。

「軍部との相談の上で決めたいと思いますので返事は次回の時に」

『構いません。それとこれは監視していた者からの報告ですが別働隊が奇襲する可能性がありますので警戒して下さい。

 我々にとってはあなた方が敗北されると非常に困った事態に発展すると考えています。

 こちらが動くと内政干渉という状況になりかねないと判断しましたので情報だけお話しました』

「それはそれはご丁寧に」

やはり無人機の制御から情報が筒抜けなんだなと村上は判断したが、助かる情報なのでこの場では黙認した。

今回の交渉が終わり、村上は一息吐いてから草壁の病室に向かった。


「……ほう、動かぬと思っていたが尻に火が点いたから慌てだしたか」

村上の報告を聞いて草壁はほんの少しだけ元老院を見直していたが、既に遅いという侮蔑の気持ちも同時に存在していた。

今頃、動くようではどうにもならんよ、との感情の方が比重は高いようだった。

「問題は無人機の制御をどうするかだ。

 時間を掛けて改修する方向で行きたいが」

「そうだな……理由が必要な事柄だ。

 問題は火星が信頼できるかどうかの一点だと思うがどうだ?」

木連の根幹を支えるのは無人機による一般作業なのだ。詳細を知らして市民を不安にさせる訳にも行かない。

だが、木連全域の無人機の改修となれば何らかの理由が必須だった。

市民が納得できる説明が必要があると二人は考えていた。

「信用は出来ると思うぞ……時間制限付だがな。

 今は木連を失う訳にはいかないと考えているから大丈夫だが……木連の重要性が薄れれば状況も変わる」

「当面は大丈夫だが、その先は未定という事か?」

草壁の問いに村上は黙って頷く。

「うちは機構の制御のプログラムはちと問題がある。

 技術者達に頑張ってもらわんと不味いだろう……仕事を増やしているというのは理解しているが仕方ない」

苦笑して村上はそう話す。草壁も複雑な表情で村上の意見を聞いていた。

IFSや機動兵器の優秀さは知っている。自分達の発想とは違う部分が多々あるのだ。

「真似から始めて、取り込んで自分達独自の物を生み出す方向が一番早道だが」

「それでは木連の良さを失う可能性もあるな」

「そうだ、微妙な匙加減が必要だぞ。

 便利さに目を奪われて、この国の良さを見失えば迷走しかねない。

 若い連中は便利な物を有効に使いたがるが、対応できない者もいるしな」

村上の懸念は草壁には痛いほど理解出来る。そんな事態を見たくないから戦う事を決意したのだ。

この国を大切に思うという愛国心が草壁にはある。

「異なる文化を受け入れるというのは……大変な事だ」

「全くだが、逃げ出す事は無理だし……進むしかないんだろうな」

二人の間に沈黙が訪れる。どうしても矛盾は存在する……その点をどう扱うかが自分達の仕事なんだろうと考えていた。

「この先、皆は無事に溶け込んで行けるか……それとも対応できずに取り残されるのか?」

「そう悲観するものでもなかろう。移住が始まるまでに少しずつ馴染ませる方向で進める。

 そして文化の違いを受け入れさせていくしかないさ」

草壁の不安に村上は反論する。

「市民を信じろよ。そんな柔な連中か……違うだろう?

 この木星の環境を生き抜いたんだぞ」

「そうだったな」

村上の言葉に草壁は苦笑する。

木連は人が生きていくには厳しい世界なのだ。

その世界で生きていた市民が脆弱だと考えること自体が民を信じていないと言っている様なものだった。

(私はこの国を、民を信じきれないというのか……ふっ、まだまだ覚悟が足りぬというのか)

信じてはいるが、不安はあるという気持ちを戒めるようにして、草壁春樹は前を見据えて歩こうとする。

「不安は誰にでもあるさ。そんな気持ちを抱えて人は生きていくものだ」

村上がしたり顔で話すと草壁の顔に笑みが浮かぶ。

「お前でも不安になるか……意外だな」

「おいおい、上に立つっていうものは常にそんな重圧を抱えているさ。

 春みたいに心臓に毛が生えているわけじゃねえんだよ」

「……失礼な」

睨んできた草壁の視線を村上は気にもせずにいる。

この後も二人はこの先起こりえる可能性について相談していた。


月臣は艦隊の損害に頭を痛めていた。自身の責任とはいえ、全体の三割の損失は非常に不味いと思う。

(これは……俺の責だな。一体、俺は何をしているのだ?)

木連を導く存在とまでは行かなくても、現体制を立て直して地球との戦いの陣頭に立つのが月臣の願いだ。

『英雄になれない、卑しい男』と北辰の声が耳に残り、苛立ちが増すばかり。

部下達も自分の能力を疑っている。先の失策が月臣の両肩に重く圧し掛かっていた。

「提督、このままでは本陣に到達しても戦えませんがどうします?」

安西が冷ややかな声で問う。補給が万全でない以上戦闘を行うのは難しいと告げている。

確かに僅かながら補給は出来たが、十分な量を確保した訳ではない。

弾薬が尽きるのは時間の問題であり、その先には食糧も尽きるという事態もあるのだ。

「補給を要請した……今度は無事に受けられるようにする」

「向こうも馬鹿じゃないです。こっちを干乾しにさせるように行動しますよ。

 対策はどうします?」

相手がいるという事を忘れるなと安西は言外に告げている。

妨害に対する対策を月臣は早急に考えなければならない事を実感していた。

「護衛の部隊を編成して向かわせるか……」

「無駄ですね、戦力の分散という愚策をするお心算ですか。

 同数であれば、あなたは秋山提督には勝てません……格が違いますよ」

棘のある言葉に月臣の片眉が跳ね上がる。そんな月臣の様子を知っているのか、知らないのか、安西は話を続けた。

「艦隊戦の名手と言われ、こちらの三分の一くらいの戦力で戦力を削ぎ落としている。

 こちらと向こうの損害は同じ三割でも全体の総数が違いますから」

「……言ってくれるな。俺の力の全てを見ずに」

怒りを込めて月臣は安西を睨みながら話すが、安西は全然気にしていなかった。

「少なくとも戦士としては優秀でも指揮官としては不適格の可能性が高い。

 目の前の敵に夢中になって指揮を放棄した時点で軍法会議ものですよ」

指揮官が味方を放り出して戦うなどあってはならない事態なのに、そんな愚かしい事を平気で行う。

副官であり、参謀でもある安西は月臣を戦闘技能は高いが、指揮官としては些か問題ありと評価していた。

(腰が軽すぎる……目先の事に注意が向いて本質を見ない近視眼だな)

聞かれればそう答えようと安西は思っている。確かに三羽烏として有名ではあるが、その能力は戦士よりだった。

自分の仕事が増えるなと安西は考えている。

月臣がまた同じように勝手に動く時は自分が代行で指揮を執るしかないと判断していた。

強硬派の艦隊に亀裂が入った瞬間であった。


白鳥九十九は自宅でため息を吐いていた。月臣と秋山の二人の間に入り仲裁したいが儘ならない現実に悩んでいる。

本来は白鳥九十九も艦を率いて出る予定だったが、草壁が白鳥の心情を思いやって防衛に配置させたのだ。

「奴はまだ覚悟が出来ておらん。そんな状態で戦場に出れば、味方の足を引っ張る可能性もある」が草壁の本音だった。

そんな訳で白鳥はれいげつで時間を持て余すような状態になっていた。

「お兄ちゃん! いい加減、ため息ばかり吐くの止めてよ。

 こっちまで暗くなるじゃない!」

雪菜にすれば毎日毎日ため息を吐く兄の不甲斐ない姿に苛立ちを感じている。家の中が陰気臭くなるのは嫌なのだ。

そんな妹の雪菜の怒鳴る声に九十九は困った顔で話す。

「そうは言ってもだな、源八郎と元一朗の事を何とかしたいんだよ」

「はあ、そんなの無理に決まってるじゃない。

 ゲキガン馬鹿が本当に馬鹿やっただけじゃない」

「雪菜!」

呆れた様子で話す雪菜に九十九は叱るように叫ぶ。

「本当の事じゃない。元一朗が政府の指示に逆らって軍を動かしたんでしょ。

 法を守らないあいつが悪いだけじゃない」

正論で反撃する雪菜に九十九は怯む。言ってる事が正しいだけに困ったようだ。

「源八郎さんが戦場に出たのだって、元一朗が反乱なんてするから」

「いや、そうは「お兄ちゃん!」」

九十九の反論を遮るようにして雪菜が真剣な表情で告げる。

「私、元一朗のこと見損なったわ。

 正義、正義って叫んでいたけど、あいつのしている事は人殺しじゃない。

 元一朗の正義って何なの?」

雪菜の真剣な表情から出た言葉に九十九は声が出なかった。

「戦争は好きじゃないけど、移住先が必要だから始めたんでしょ。

 だけどあいつがしている事って、自分の意見が採用されないから逆らっているだけじゃない。

 そんなのおかしいよ」

至極真っ当な意見に九十九は顔を顰め、辛そうな顔になっていた。

「俺はあいつとは親友なんだよ。

 だから……あいつの暴走を止めたいんだ」

「どうやって?」

端的に聞く雪菜に、

「俺もその方法を考えているんだ」

「絶対無理よ。あいつ、自分が正義だと勘違いしてるから」

にべもなく話す雪菜に九十九は沈痛な表情に変わっていく。雪菜の話した事は紛れもなく……真実だから。

元一朗の妄信とも言える正義感を元老院は利用している。

九十九は元一朗の正義感を何とかしなければ破滅へと進むのは間違いないと考えていた。

「源八郎さんは覚悟してると思うけど、お兄ちゃんは覚悟も出来ていないんだね。

 源八郎さんだって辛いのに木連の為に……私達の為に戦っているんだよ。

 お兄ちゃんは悩むだけでこのまま座り続けるの?

 動かないと元一朗は救えないよ」

雪菜の言葉にハッとする九十九。動かなければ状況は同じままか、酷くなると言われた気分だった。

目の前の壁が崩れ日が差したかのように九十九の顔に輝きが差し込んでくる。

「そうだ、動くしかないんだ。動かなければ何も変わらん!

 感謝するぞ、雪菜!

 何の事はない、この熱き魂で元一朗の目を覚まさせれば良いのだ!」

気合が入ったように立ち上がり叫ぶ兄を雪菜は呆れるように見つめていた。

「ほんと、男って馬鹿なんだから。

 どっかにいい人いないかな〜、大人の女性がいてくれたらマシになるかな〜」

面倒ばかり掛ける兄貴達に妹の雪菜は呆れた様子で呟いていた。


その頃、秋山は旗艦かんなづきの艦橋で海藤からの連絡を聞いていた。

『悪いが、ここを離れて本陣の防衛に行ってくれ。

 元老院が奇襲を掛けるようだ』

「そりゃまた意外な事をしますね。相当、焦っているのでしょうか?」

『多分な』

敗戦続きだから一気に巻き返しを図ろうと考えたんだろうと海藤は通信機越しに秋山に話す。

「では、補給部隊への攻撃はどうしますか?」

遊撃しようとしていた秋山が動けない状態になれば、強硬派の艦隊は補給が出来るようになる。

兵糧攻めという最も無駄のない戦術を破棄するのは困る。

飢えた軍なら投降を呼びかければ従う者もいるだろうが、状態が万全なら呼びかけには応じないからだ。

『それに関しては我らが引き受けよう。全てを撃沈させるのは難しいが半数は落としてみせよう』

北辰が秋山の質問に答える。北辰の部隊は数は少ないが奇襲、強襲という点に関してはどの部隊より優秀なのだ。

『お願いする。私は奴らの護衛部隊が出たのなら撃破します』

月臣とて愚かではない。艦隊の一部を割いて補給部隊の護衛に回す可能性もある。

その部隊の相手をすると海藤は言い切ったのだ。

『任せる……出来得る限り落とす。期待せよ』

北辰もそれに答えるように告げる。

これで方針が決まり、それぞれが与えられた任務をこなす為に行動を開始する。

北辰が補給路の破壊、海藤が強硬派の艦隊との戦闘、秋山が奇襲に対する備えという任務に就く事になる。

「三郎太、年寄りどもの希望を打ち砕くぞ」

「はっ、艦長!

 行くぞ、全艦発進だ!」

秋山の声に三郎太は敬礼すると全艦に指示を出して行く。

艦隊は次の戦場に赴く……秋山は気を引き締めて戦いに臨もうとしていた。


「さて、ああは言ったがどこまで落とせるか」

通信を終えた北辰は苦笑いをして呟いていた。

同じ手は二度も通用しないと考える。当然、任務の困難さが出て来るだろう。

それをどう穴埋めするかが、北辰の悩みの種なのだろう。

「ふふっ、新兵器ならあるぞ」

そんな北辰に佐竹が笑みを浮かべて告げる。

「なんと、こんな事もあろうかと歪曲場を透過して当たるミサイルを作ってみました」

画面に実験の様子を映し出して北辰に見せる佐竹。

歪曲場を展開している廃棄間近の戦艦の機関部に見事に当たり撃沈させたミサイルに北辰は感心していた。

「ほう、見事だ。どの程度用意してある?」

数によっては使い方を考えなければならない為に北辰は数を聞いているのだ。

「とりあえず二百発が限度だった。場所も機関部を狙わないと撃沈しない可能性もあるが使えるか?」

「十分だ。邪魔な戦艦さえ落とせば、後は機動兵器で何とか出来る」

「わかった、昔の対戦車砲みたいな形で六発装填出来る様な火器にしている。

 運用は北辰さんに任せる」

「うむ、確かに」

九郎に装備できる形なら十分使えると北辰は考える。対艦兵装があるとないとでは戦力に差があるのだ。

「では行くか」

北辰の声に従い戦艦が艦隊から離れて行く……次の戦場を求めて。


「では行くとするか?」

「了解しました。

 全艦発進せよ!」

海藤が言うと新田がその後を継いで指示を出していく。

艦隊はゆっくりと間隔を保ち、整列して発進する。

「本番だ。一応、投降を呼びかけるが……無駄だろうな」

「何を考えているのか、自分には理解出来ません。

 明らかにこれは反逆行為なのに正義は我にありと言う……一体、正義とは何を示すのでしょうか?」

「さあな、自分達に都合の良い事が正義なんだろう。

 おかげで市民は正義というものを考える機会が出来たから助かってはいるが」

この反乱行為で市民は何が正義なのかと考える者が増えていた。

無論、彼らを支持する者もいるが……日を追う毎に僅かであるが減少している。

その原因は食糧供給の減少から始まった。備蓄していた食糧を彼らが押さえた事で配給が遅れると政府が発表したのだ。

一応各都市毎に食糧は備蓄しているので急に無くなるという事態はない。

だが、市民の中には不安に思う者もいる。

その点を突くように村上達内閣府は元老院とクーデター側の非難を開始した。

「軽挙妄動は慎んで下さい。元老院は名誉職であって政府の機関ではありません。

 彼らの言動に惑わされて身近な友人を失うような真似は決して行わないように。

 正義、正義と叫んでいますが、彼らがしている行為は立派な反逆行為なのです。

 同胞を殺してまで行うものが正義などと呼べるものでしょうか?

 皆さんは家族や友人を死なせてまで戦いたいのですか?」

このように内閣府は人情に問い掛けるように市民に疑問を提示する。

政府広報によって市民の中には不安から生じた疑問が渦巻いていた。

「元老院と反乱軍は何がしたいのか?」という疑問を議論する市民も増えている。

そこへ軍と内閣府の共同での火星への移住が出来る可能性についての発表がなされた。

「地球との決戦は行うが、火星とは現在休戦、もしくは停戦の方向で交渉している。

 停戦後、国交を結び、火星への移住も現在交渉中である。

 上手く交渉がまとまれば、三年から五年後を目処に移住できる可能性もある。

 だが、火星との決戦を望む彼らが政権を得れば、再び火星への侵略を行う可能性もある。

 今度は火星も引く事はないだろう。

 覚悟があるものは彼らに従って行動しても良い……ただし、その先にあるものは破滅だが」

火星が報復すると仄めかして市民に先の攻撃を思い出させる。

移住を望むか、自分達の命の危険を取るかは自分達で考えて決めろと告げたのかもしれない。

移住先の確保という木連の懸案事項の解決を聞かされた市民はそれぞれに意見を交換して議論する。

村上は一般市民に扮した政府の人間を議論の場に入れて、情報操作を極秘に行う。

内容は無差別攻撃を火星に行った事を反省するようにして、火星と地球は同じではないという方向に誘導する事。

「真っ当な手段を行うより間違いに気付かせて反省できるようにしないと移住先で揉めると不味いから。

 本当はこういう手段は取りたくはないが、綺麗事だけでは何も変わらんよ」

と本人は部下に聞かれた際にこのように答えていた。

市民も少しずつ元老院と強硬派の正義というものがおかしいと考えていた。

従う者は以前より減少し、不支持を示す者も増えている。

安易に正義という言葉に従うという事はなくなりつつある木連の市民であった。


月基地の作戦会議室で艦隊をどう動かすか思案していた高木達の元に村上からの通信が入る。

高木達はその報が来ると同時に指令所に駆け込み、通信を開く。

『やあ、元気そうだね。月の状況はどうだい?』

「はっ! 現在は地球側の威力偵察がある程度です。

 もうしばらくは地球が戦力を整えるまで、こちらは時間的猶予があります」

『すまない、苦労を掛けるが今しばらくは現状で持ち堪えるようにして欲しい。

 こっちも佳境に入った……出来るだけ早く決着をつけて増援を送るから』

労うように村上は話し、本国の状況を簡単に告げる。

告げられた状況に指令所に詰めていた人員は渋い顔で聞いていた。

内乱が終わるという事は強硬派の同胞が敗北し、どちらの陣営にも犠牲が出る事になるのだ。

「あまり気分の良いものではありませんな」

『全くだよ。だが人員は送れないが新型の機動兵器と改修用の部品は最優先で輸送する。

 今度の機体は木連の純国産機だ……今までのような地球の模造品とは違うぞ』

朗報と言わんばかりに笑みを浮かべて話す村上に士官達も破顔一笑する。

純国産機……それはここにいる全員が待ち望んでいた自分達独自の手で生み出した木連の新たな象徴になる可能性がある。

『機体の名は九郎。IFS制御で今までより自由に動くぞ。

 佐竹主任が頑張って試作だが色々使えそうな装備を用意してくれた。

 こっちでも実験しているが、そっちにもすぐ送るから期待していいぞ』

そう告げて村上は輸送予定を繰り上げてすぐに送ると確約する。

人員の増強はないが新型の機動兵器が来るという事柄はまぎれもなく朗報である。

これは部隊の士気向上になると誰もが感じていた。

『これとは別件だが、月のドックを火星が借りたいと言って来たんだが高木君はどう思う?』

「実は火星が地球に対して宣戦布告したんです。

 おそらく艦をこちらに派遣する為に必要なんだと考えられます」

高木達はコロニーを制圧したおかげで地球の一般通信を傍受出来る状況になっていた。

そのおかげで火星が宣戦布告する放送をしっかりと聞いていたのだ。

『……火星も動くのか?』

「もしかしたら火星もコロニーを制圧するのかもしれません。

 彼らは我々と違い正式な手順を踏んで布告しました。民間施設でも安心している方が問題ですな」

民間企業のコロニーはまだ幾つか存在している。

火星は地球に対して戦うと言った。暢気に構えてる方が問題があると高木は言うのだ。

『常在戦場か……高木君の言う事は正論だ。防備も固めずにいること自体が間抜けだな』

「その通りです。我々がコロニーを陥落した時点で自分達の安全は保障されていないと考えない方が甘いです。

 もはや地球の制宙権は綻びだらけです。安全な場所はもう限られています」

木連も攻撃目標を決めている――オセアニア、ピースランドは避ける事を高木は独断だが決定し、本国に承認を求めた。

オセアニアは言わずとしれたクリムゾンの本社がある。

ピースランドは和平を行う際に取り持ってくれると火星がアクアがピースランドからの親書を持って来て教えてくれたのだ。

本国も高木の報告からその地域への攻撃は控える事は承諾した。

『後方に整備できる環境が欲しいと思って良いのかな?』

「その可能性を考慮するべきかと……外周部のドックは手付かずで放置しています。

 こちらとすれば借りを返すという意味で貸しても良いかと考えます」

『確かに……借りたままというのは後々重荷になると困るな。

 では、貸す方向で交渉するので外周部のドックは現状維持で保持して置いてくれ』

「はっ!」

敬礼して了承する高木。

何時までも借りを残したままというのは不本意だったが、これで借りを返せると思うとホッと安堵していた。

通信を終えると高木は全員に状況を説明して、火星の戦艦が月に来る事を発表する。

月基地の人員はアクア達との交流で悪い印象は持っていなかったので、割と好意的に受け入れていた。

月もまた新たな局面を迎えようとしていた。


―――火星衛星フォボス戦艦ドック―――


「結局、三人で行くのか」

「何だよ、文句でもあるのか?」

クロノの声にレオンが抗議するかのように話してくる。

「いや、文句と言うより、お前……逃げたな」

隣で聞いていたゲイルの声にレオンはギクリと身体を揺らして動揺を見せた。

「ま、まあ気にすんな。機動兵器の隊長は俺しかいないだろう」

「そうか、エリスでも十分出来ると思うけどな。

 エリスだって会戦当初から最前線で指揮してたんだ。

 経験を積ますという意味では彼女が良いと思うんだが……」

「全くだな、お前、俺達に仕事を押し付ける心算だろう?」

ゲイルとクロノからの追及の視線と声にレオンは冷や汗を掻いていた。

「まあ、今更言っても仕方ないか」

「俺としてはライトニングで出たかったんだけどな」

クロノが残念そうに二人に話す。

クロノにすれば、艦隊指揮官よりもまだ一パイロットとして戦いたいという気持ちがある。

まして今度の戦いではこの戦争を惹き起こした元凶が戦場に出るのだ。

この手で止めを刺したいという気持ちがどうしてもある。

この戦いで決着をつけたいという思いは二人の中にもあるからクロノの言い分はなんとなく理解出来るから困る。

「まあ、なんとか割り切るようにするよ。

 前線に出ると言ったらアクアもイネスもいい顔しないから。

 心配ばかりさせるのも後が怖いしな」

「カミさん、怒らせる後が怖いぞ。これは経験者だから間違いなく言える」

既婚者のゲイルがはっきりと告げる……何時の時代でも奥さんが強いのは真理なのかも知れなかった。

「お前ら……苦労してんだな」

「そういうお前はどうなんだ?

 シャロンさんと仲良くしてるって聞いたんだが」

クロノが問うとレオンはあさっての方向に顔を向けて、なぜか……口笛を吹いていた。

「ほう、そいつは初めて聞いたな……で、どうなんだ?」

ゲイルが面白い事を聞いたと言わんばかりにレオンに尋ねてくる。

周囲で作業していたオペレーターもスタッフも意外そうな顔でレオンの答えに注目している。

「べ、別にいいだろ。俺が誰と付き合おうと。

 偶々、会ってだな……飲みに行っただけだぞ。

 ま、まあお互い家族というものに縁がない所為か、話が合うだけだ」

レオンの両親は本人が成人した後、事故で他界し、身内と呼べる者はいない。

本人は気楽でいいぞと言っているが家族という物のありがたさを良く知っていた。

シャロンの場合は家族は居たが周囲の環境の所為で家族を頼る事が出来ずに自分でしなければという思いが常にあった。

その為に張り詰めた生活をしていたシャロンにとって火星は気楽とまでは行かないが自由に生きていける場所になっていた。

ただ仕事に関しては厳しいので、美人だけど怖い人というイメージが先行している。

レオン自身もそんなイメージを持っていたが、飲みに行ってシャロンの話を聞いて見方を少し変えている。

「悪い奴じゃないぜ。どっちかっていうといい女だな」

「参ったな……お前が兄貴になるのか?」

「クロノも大変だな」

複雑な顔で思案するクロノの肩をゲイルが叩いて慰めている。

「どういう意味だ?」

不機嫌になったレオンが二人を睨んでいた。

「一つ聞いて良いか……遊びか、本気なのか、どっちだ?」

真剣な顔で問うクロノにレオンも一瞬怯みかけるが真面目に告げる。

「……遊びで女を口説くほど暇人じゃねえよ」

「そうか、なら覚悟を決めとけよ……もうじきお父さんになるんだからな」

クロノがポツリと呟く。一瞬、意味が分からずに周囲もレオンもスルーしたが、その意味に気付いて凍りついた。

「さて、予定通り発進できそうだ。

 今日は定時に帰れそうだから、子供達に夕飯でも作ってやるか」

クロノはそんな周囲の状況を気にせずに話す。

「ちょ、ちょっと待て――――っ!!

 ク、ク、クロノッ! そりゃどういう意味だ!!?」

再起動したレオンが叫びながらクロノに詰め寄る。

「身に覚えはあるんだろう?」

「うっ!、……いや、まあ…その、なんだ……確かなのか?」

言葉を濁してはいるがレオンは冷や汗をダラダラと流していた。どうやら……身に覚えがあるようだった。

「マリーさんが気付いていたぞ。子供達やアクアはまだ気付いてないが……時間の問題かもしれん」

「どうする、レオン?」

ゲイルも復帰して聞いてくる。同じように復帰した他のスタッフも目で問うている様だった。

「とりあえず会って話を聞く……それだけだ」

まだ確定していないと言う様にレオンは落ち着いた様子で話すが、傍で見ていると完全に動揺していると感じていた。

「じゃあ、行くか?」

クロノがレオンの肩を掴んで引っ張るように連行する。

「ちょ、ちょっと待て!

 こ、心の準備がまだ出来てないんだ」

「往生際が悪いぞ、レオン。

 お前を連れて来るようにマリーさんから言われている。

 あの人にとってシャロンさんはもう一人の娘みたいなものだ……覚悟を決めろ」

クロノ家の実力者であるマリーに逆らう事は出来ないという意味合いでクロノが告げる。

実際、シャロンの体調に気付いたのも彼女だけであり、子供達の体調に異変があった時も一番最初に彼女が気付く事が多い。

クロノとアクア、シャロンも彼女を頼りにしているので、彼女の頼みを無碍にする事は出来なかった。

「すまんがゲイル、一応今日の予定は完了したからこいつを連れて行く。

 何かあったら俺の方に連絡してくれ」

「分かった、家族会議の模様は後で教えてくれるなら俺の方で片付ける。

 レオン、お前も俺達の仲間入りだ……歓迎するぞ」

この後、起こる事態を知ったゲイルが笑みを浮かべてレオンに告げる。

「イ、イヤミかっ!

 イヤミなんだな!」

「幸せにな」

クロノに引き摺られるように連行されるレオンにゲイルは手を振って別れを告げる。

出発前の意外な事態にスタッフは呆れるべきか、祝い事として喜ぶべきか、迷っていた。

地球への進軍前の一コマだった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

木連の内部事情と火星が進軍する前の様子を書いてみました。
まあ、ちょっと脱線した感じですが(汗ッ)
木連の内乱ばかりではつまらんかな〜と思い、脱線気味のサービスという事で。

それでは次回でお会いしましょう。


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