血を流し傷付いていく

やり場のない憤りがこの身に宿る

戦争というものが多くの矛盾を含む事は知っている

分かってはいるが……いざ直面すると苦いものがある

あと何度自分はこれを味わうのだろうか



僕たちの独立戦争  第百二話
著 EFF


揺れる艦内で秋山は次の策を考えていたが、妙案というものはそう簡単に浮かばなかった。

(分散させても各個撃破の的になるか……流れに乗って加速して攻撃だと損害が増すな。

 やはり機動兵器部隊が来るまで耐えるのが吉か?)

『あ、秋山中佐。自分が前に出て』

「駄目だ。密集する事が出来ない以上、歪曲場の盾が半減する。

 南雲、的になる気か?」

『で、ですが、状況を打開するには多少の損害は覚悟の上で』

「この後の事もあるんだ。損害は出来る限り抑える……いいな」

有無を言わせぬ口調で南雲に告げる秋山。秋山にすればこの戦いはまだ始まったばかりなのだ。

「勝って月に行くんだろ……その為にも一隻でも簡単に失う事は出来ん」

『そ、そうでした。申し訳ありません』

秋山が損害を抑える意味を南雲も理解する。

ここで大きな損害を出すとすぐには動けずに高木に負担を掛ける事になると秋山は言っている。

「我慢だ。昔から言うだろ、ピンチの後にチャンス有りだ。

 機動兵器部隊は必ず来る……その時まで耐えるんだ」

『来たら、自分が先に行かせて貰いますよ。

 先陣を切るのは武人の誉れですから』

「仕方ないな。だが、命を無駄にするなよ」

『木連の明るい未来を見るまでは死にませんよ』

南雲は不敵に笑って告げる。秋山も応じるように笑みを浮かべた。

危機的状況であるが艦隊の士気は高く、不屈の闘志を持って戦いに臨んでいた。


「どうだ?」

『木星からの重力と爆発による影響で艦隊が流されていますが、自分達が向かう先は無風状態に近いですから大丈夫です』

三郎太の問いにジンから答えが返ってくる。

「特攻は禁止だぞ。うちの艦長が言ってたろ、「先は長いから無駄死には厳禁だ」とな」

三郎太の言葉に全員が頷いている。確かに特攻は格好良い死に方かもしれないが……戦いは続いて行くのだ。

安易な死など今の状況では許されないとこの場に居る者は理解している。

「佐竹の旦那も言ってたな。生きて帰り守る事……それが戦士の条件だってな。

 では行くぞ。俺達の手で勝利を掴むぞ!」

三郎太の声と同時に機動兵器が一気に駆け抜けて突き進む。


「ちっ、さすがに頭達だけでは抑えきれなかったか。

 無人機射出! 艦隊の防空をさせろ!」

副長の指示に従って無人機が三郎太率いる機動兵器部隊を迎撃しようとする。

飛燕があれば出しているがIFSに変更していない飛燕では役に立たないと判断して搭載せずに無人機の数を増やした。

数で押し返すという手段だけというのは頂けない気もしたがこの際目を瞑る事にしたのは失敗だったかと考える。

「目障りな連中だ……お互い手の内は全部出し切ったという事か。

 後はどちらの策が優れていたかだけだな」

出来る限りの手は尽くした。後は運任せというように何処か投げ遣りな雰囲気の様子だった。

「全艦砲火を集中させろ。敵の旗艦が沈むか、俺達が先に沈むかだ。

 どっちに転んでも寂しくないように道連れを増やそうぜ」

死を厭わない――そんな雰囲気の男達なのだろう。機動兵器に強襲されても平然と構えていた。


「副長が来ました!!」

かんなづきの艦橋にこの声が響いた時、全員がホッと安堵のため息を吐いた。

「間に合ったか……さて、反撃に出たいがどうすべきか、迷うな」

流れを利用して強行に突入するという方法と陣形を維持しながら防備を固めて削り取る方法。

「相転移爆弾は……機動兵器を巻き込むから没だな」

そして第三の方法は却下して、この二つの選択肢のどちらかに決めようとした。

『中佐! 自分に行かせて下さい。

 自分の手でケリをつけさせて下さい!』

南雲が秋山に頼み込んでくる。南雲にすれば、市民船さげつの虐殺は到底赦せるものではない。

自身が選んだ軍人という職業に誇りがあるのだ。その誇りを汚されたと南雲は思っている。

血気盛んな木連男児としてはあのような行為は見過ごせない。

今度こそ、そして自分の手で彼らの無念を晴らしたいと思っていたのだ。

「言っておくが……かなり危険だぞ」

『承知しています。ですが……ここで終わらせないと罪なき市民がまた苦しむ事に!』

「分かった。

 良いか! 流れに逆らわずに利用しろ。

 こっちからも援護はするが……この流れだ、期待するなよ」

『はっ!』

秋山が勢いを上手く使えと指示を出す。

『俺の艦に乗ったのが運の尽きだと思ってくれ』

『何言ってんすか。木連男児に逃げはないですよ』

『そういう事です、艦長。

 こいつらだけは俺達の手で倒したいです』

南雲の部下だけあって、なかなかに豪胆な連中だと秋山は思う。

南雲達が選択した行為は危険な事なのだが、怯まずに突き進もうとする点には感心する。

秋山の砲撃支援の下に南雲の艦隊は潮流を利用して一気に敵艦隊に乱戦を仕掛けた。


「奴だな……ホント、熱血馬鹿だ」

自分達の元に強襲しようとする南雲を呆れとも感心とも呼べる感情で見つめる。

砲撃で無人戦艦が幾つも撃沈され、有人艦も犠牲になるがその屍を乗り越えてでも勝とうとする姿勢は嫌いではない。

「綺麗事で勝てるほど戦争は甘くはないさ。

 熱血?……狗にでも喰わせろ。頭に血が昇って茹で上がった連中に負ける気はしない。

 俺達に勝ちたいなら、同胞の屍を踏み潰しても勝ちたいと願うくらいの覚悟を持つんだな。

 お前達の覚悟……試させてもらうぞ」

この戦場に居る全員に聞かせるように通信回線を開いて告げると砲撃を集中させる。


『綺麗事で勝てるほど戦争は甘くはないさ。

 熱血?……狗にでも喰わせろ。頭に血が昇って茹で上がった連中に負ける気はしない。

 俺達に勝ちたいなら、同胞の屍を踏み潰してでも勝ちたいと願うくらいの覚悟を持つんだな。

 お前達の覚悟……試させてもらうぞ』

敵艦隊から全周波で送られた通信を傍受した秋山と南雲。

「はん、俺はもう覚悟を決めて此処にいる。

 正義なんて言葉で誤魔化して戦争を肯定はしない。

 俺は俺自身の意思で戦い、そして……人を殺し、戦場で自分が死ぬ事も覚悟している!」

『自分もだ! 自分が貴様と戦うのは守るべき民を殺した事が許せないからだ!』

『なら良いさ、だが憶えておけ。

 お前達は覚悟があるのだろうが、全ての民が覚悟がある訳でもない……覚悟もなく戦っている馬鹿もいる』

敵艦隊からの言葉に複雑な気持ちになる秋山と南雲。

指摘通り強硬派の中には正義が勝つという幻想で戦っている者が大勢居るのだ。

『幻想ばかりほざいている連中など踏み潰して歩いて行け。

 甘ったれた連中が勝てるほど……この世界は優しくないぞ。

 弱肉強食……強ければ生き、弱ければ踏み躙られて糧となる。

 本当に守りたいなら、何が何でも生き残って勝つんだな』

そこで通信が閉じられた。

「相手の言い分に共感を覚えるとはな」

苦々しい顔で秋山が告げる。助言された気分になってしまい途惑う。

『くそっ! 覚悟があるのなら元老院などに味方せずにこちらに来れば!』

苛立つように南雲が叫ぶ。自分より艦隊運用が上手い男なのだ。味方になればどれ程心強いかと思う。

だからこそ市民船さげつの行為が許せずに憤りを感じる。

「南雲! 戦争に矛盾は付きものだ。

 その憤りも怒りも全部飲み込んで行くしか出来ない。

 今更、後戻りは出来ない……覚悟を決めたんだろ?」

『分かってます! 分かっていますが…………くそぉっ!』

理性では分かってるが、心が追い着かない。同胞を殺すという覚悟はしているが実際にその場面に向き合うと苦悩する。

「苦しいなら下がっていいぞ……後は俺がやる!」

『嫌です! 秋山中佐だけに手を汚させる気などありません。

 自分は……自分は戦って木連の未来を守ります』

「俺達、人間は矛盾を抱え込んで生きて行く……逃げる事が出来ないなら進むだけだ!

 攻勢に出るぞ! 砲火を集中させて前進する!」

『こっちも出るぞ! もう振り返りはしない』

二人は艦隊を前に押し出す。後戻りは出来ないともう一度……覚悟を決めて。


「いいんすか、発破かけて?」

「構わんよ。俺達や頭の目的は元老院に嫌がらせをする事だ。

 爺どもが苦しむなら何でもやってやるさ」

「それもそうですね」

ここにいる者達は元老院に心酔している訳ではない……どちらかと言えば元老院に無理矢理従わされたという経緯の持ち主。

元老院が表立って行動できない時に動き、自分達の動きに不都合があれば即座に切り捨てられる捨て駒に近い存在なのだ。

「そろそろ爺様方には木連から消え去ってもらう。

 悪名を抱いて……元老院が悪の代名詞になって奴等の存在そのものを憎んでもらおう」

暗い嘲笑をもって男達は元老院が破滅する瞬間を待ち望んでいる。

「散々好き放題したんだ……未練はないだろう」

「全くだ。そろそろ冷たい骸になってもらいましょう」

元老院の存在が地に堕ちるように、そして元老院を嫌っている閻水に忠誠を誓っている。

閻水のやり方が正しいとは誰も思っていないが、彼らは木連という世界を憎み……ぶち壊したいと思っていたのだ。

その為、今回の状況はツキが回ってきたと感じていた。

楔になっていた男は死に、自分達を掣肘する者はもういない。元老院に媚び諂う謂れはなくなった。

元老院に不利な状況を作り、奴らの特権を草壁達に奪わせ自滅させる……それが目的だった。

その目的を成功させる為には幾らでも犠牲が出ても構わない。今の木連の在り方には……反吐が出るから。

(強硬派の馬鹿どもなど眼中にはない。

 正義が勝つと叫ぶ近視眼の連中も滅びろ……現実を知って尚、諦めない連中が木連を動かせばいいさ。

 市民の目を一気に覚まさせるには犠牲が必要なのだ)

戦争を行うには覚悟がいる。今までの木連には無人機に任せっきりで他人事のように感じている連中が多い。

だが内乱が起きた事で身近な事だと感じて、正義という言葉に酔いしれる訳には行かなくなるだろう。

(それでも酔いしれるようなら死ぬがいい。

 そんな連中など役に立たない。そしてそんな連中の為に覚悟を持つ連中が死ぬなど馬鹿馬鹿しい事だ。

 俺達がした事は悪だが……選別は必要なのだ。

 覚悟を持たぬ連中が足を引っ張るなど断じて認めんぞ!)

悪と罵られようが戦う為に必要な事なら幾らでも行う……これも覚悟の一つだった。

(まあ、向こうの大将とその側近連中は覚悟が出来ているだろうが……市民はまだ出来ていない。

 俺達の嫌がらせで市民も考えればいいが、まあ駄目なら死ねと言えばいいか……向こうの大将はそう言えないけど)

それも仕事の内と割り切っている。自分達は悪だから後の事は知った事ではないと開き直っていた。


高杉達、機動兵器部隊は突入後、迎撃に出された無人機の妨害を物ともせずに対艦攻撃を開始した。

「飛燕、九郎は三機一組で攻撃しろ!

 ジンは出来る限り跳躍して立ち止まらずに無人機を張り付かせるな!

 張り付かれたら近くの味方に支援を要請しろ」

ジンの攻撃力は凄いが、如何せん巨大すぎる為にどうしても死角が出来る。

地球側の機動兵器に張り付かれたら跳躍すれば有人機はまず……助からないから大丈夫と報告を受けている。

火星の機動兵器を相手にしては絶対に助からない。

ジンタイプより小型で高性能な対艦攻撃機、そんな相手と戦うなど自殺行為だと両陣営の兵器を分析した佐竹が報告する。

火星人は跳躍に耐えられる体質が標準と推測すると佐竹は技術者の立場から結論付けている。

対抗する為に小型化を急いでいるが上手く行かないというのが現実であり、技術力の違いが大きく影響している。

木連の無人機は跳躍に耐えられるから張り付かれて跳躍しても無意味で、死角に取り付かれると不味い。

三郎太の指示はそう言った指摘から出されているから操縦者達は納得していた。

ゲキガンガーに似せても勝てるとは限らない……不本意だが前線からの報告に現実を知る者が増えているのだ。

三式対艦迫撃砲――人型の持つ最大の利点とは道具を使える事と汎用性だと佐竹技術士官の考えから開発された武装。

歪曲場を中和するのではなく、同調する事で透過して内部へと侵入する弾頭を開発し、対艦兵装に用いた。

敵戦艦に無理に近付く事なく、撃沈できるのは非常に助かると三郎太は考える。

「ホント、良い物を作ってくれたぜ。

 よっし! 落ちやがれ!」

機関部に見事に命中して宇宙に真っ赤な華をを咲かせる。

熱くなるなと秋山に言われているが三郎太は昂ぶる感情を抑えきれずにいる。

「うおっ!?」

無人機に不意を突かれて攻撃を受けるが九郎の歪曲場が攻撃を跳ね返し、僚機が無人機を撃破して支援する。

『副長、無事ですか?』

「ああ、助かった……戦艦を落とすのに気を取られた」

無人機が意外にも奮闘している。中央の旗艦へと進みたいが牽制されて思うように進めなかった。

防空体制が非常に上手く作られていると三郎太は思う。

一見、隙間があるように見えるがそれは……誘いだった。その隙間に潜り込んだ先には戦艦の砲撃が待ち構えていた。

既に勢いに乗って飛び込んだ部下が撃破されている。

「中央は後に回す……端から順に撃沈する。

 相手が一枚上手だったと言うしかないな」

このまま攻撃を続けても損害が増えると三郎太は判断して部下達に告げる。

部下達も不本意だが納得して敵旗艦の撃沈という最大の殊勲を今は諦める事にする。

「いいか! 艦長らと合流して敵の防空を崩す……それから俺達の手で終わらせる。

 急いては事を仕損じるって奴だ。ここは勝つ為に我慢するぞ!」

三郎太は全員に告げると率先して攻撃目標を変更して行動する。まず自分が範を示して動く事が大事だと考える。

部下達も不満はあるが、この戦いは勝たねばならないという事を自覚しているので文句を言わずに動く。


「どうやら阿呆じゃないようだな……部下の躾けもきちんとしているみたいだ」

動きを変えた機動兵器を見て秋山の指導力を評価する。

下を見れば、上の力量も判断できると副長は思う。

部下の手綱をしっかりと握っていない男など二流、部下に今何が必要かを教え、動くように仕向ける上官こそが一流。

目の前の敵艦の艦長は一流になり得ると確信していた。

「頭に連絡は取れたか?」

「いえ、応答は……ありません」

「そうか(先に逝かれたのか?)」

北辰は強敵だ……閻水でも勝てるかどうか分からないと思う。

「逃げたい奴は早めに言えよ……今なら何とかなるだろうが」

副長の声を聞いた艦橋の部下達は呆れたように見ている。

「そいつは言いっこなしですよ」

「そうですよ、俺達は運命共同体ですから死ぬ時は一緒です」

「元々俺達は頭に拾われたんです。

 頭以外の誰に従うっていうんですか」

「愚問だったな」

苦笑して部下達を見る副長。誰もが既に覚悟を決めていたというのに自分だけが弱気な事を口にしたのだと感じていた。

そう……俺達は死人なのだ。

戸籍はなく、ただ道具のように扱われ……使い勝手が悪いと判断されたら……廃棄されるだけだった。

だが天秤は傾いた……俺達の側に。

爺共の思惑なんぞ、ひっくり返して木連の連中に地獄というものを見せる。

「くっくくく……そうだな。帰る場所がないのなら……世界を壊して作ればいいだけだ。

 平和ボケした爺ぃには悪いが……好きにさせてもらう。

 外周部の小破した戦艦の機関部を暴走させて敵艦隊にぶつけろ。

 奴らがした相転移爆弾を送り返してやれ」


均衡は崩れ始めたと秋山は感じていたが、敵艦隊の動きを見て顔を青褪めさせた。

「そ、相転移機関を暴走させて特攻か!?」

機動兵器部隊が取り付いた戦艦が自分達の元に殺到してくる……機関を暴走させてだ。

機動兵器を巻き込んでの自爆だけなら救いがあるが、周囲を相転移させて自爆しようとするのだ。

自分達の艦隊にも損害が出る事を理解しているはずなのに……。

「しょ、正気か!?

 砲撃を近付く艦に向けろ!

 臨界に達するする前に撃沈する!」

実際に無人戦艦が自爆に巻き込まれて撃沈しているのに構わずに攻撃を続行する。

敵味方の区別なく巻き込んでいく光景に豪胆な南雲も言葉が出なかった。


『高杉副長! 三分の一が自爆に巻き込まれました!』

「何だと!? 狂ったか?」

次々と送られてくる損害報告に三郎太は怒鳴りたくなる。

貴重な操縦者を失う事になるのだ。

三郎太には相打ち覚悟で戦おうとする姿勢は見事だと思うがやられた側にとってはたまらなく痛いと実感していた。

IFS制御で機体の操縦性は向上したが失った操縦者と同じ練度まで引き上げるのは時間が掛かる。

そして木連はその時間が足りない……月の決戦の時は近付きつつあるのだ。

「やってくれる……」

歯軋りしながら三郎太は事態の推移に苛立つ。

仲間を失った……同士討ちという形で。

地球との決戦で失っても辛いが……自分達の主張を貫く為に反乱を起した結果で死ぬなど馬鹿げていると叫びたかった。

「生き残った者は集結しろ……一点突破で敵旗艦を落とす!」

『では我らも付き合おう』

三郎太の通信に北辰が割り込んで来る。

北辰の夜天光は傷だらけだが健在であり、部下の九郎も破損しているがまだ戦えると主張している。

「無事ですか?」

『うむ、何とか勝てた……後は艦隊を始末するだけだ』

北辰の声に俄かに士気が上がる。敵大将は死亡し溜飲が下がり、後は艦隊だけなのだ。

『死中に活を見出す……命を惜しむのは当たり前だが、時には捨てる気持ちでなければ勝てぬ。

 怯まずに前を見て行くぞ』

「了解! 聞いたな、破損の酷い機体は後方支援だ。

 動ける奴は突入する!」

三郎太の号令と同時に一丸となって敵艦隊の最も防空網の薄い部分から侵入する。


北辰の夜天光が戦場に出た瞬間、秋山の艦隊に歓声が上がる。

北辰が生き残り、敵の大将は死んだと理解したのだ。

「南雲、反撃に出るぞ!」

『了解! 行くぞ!』

秋山も防御から攻撃する事に意識を切り替える。この人物を相手にして守って勝つというのは危険だと判断して。


攻勢に出た秋山達と北辰の機体を見て、

「頭は先に逝かれたか……いいだろう、本懐である」

副長が静かに告げると全員が頷く。

「精々この地獄で生き抜いて行け!」

残された戦力の全てを使って最後の抵抗を始める。

自棄になった訳でもなく、これで解放されるのだと思い……安堵の表情で戦う。


閻水艦隊との決戦で失った艦艇。

無人戦艦四百隻、有人戦艦二十隻。

有人機動兵器 総数の四割帰艦せず。

秋山の艦隊の実に四割を失うという結果で勝利を収める結果となる。

「勝つには勝ったが……勝ちとは言えんな」

「うむ、手強い連中だった」

「出来れば味方に欲しかったです」

「機動兵器の操縦者の訓練を急がないと次に間に合うかどうか」

素直に強敵との勝利に喜べない秋山達であった。


―――市民船れいげつ―――


「そうか、良くやったと伝えてくれ」

秋山達が勝利した事を聞いて草壁、村上の両名は安堵する。

他の市民船に被害が及べば、この戦争自体が継続できない危険性もあった。

「勝った事は勝ったんだが……」

「被害は大きいな」

村上が渋い表情で話すと草壁も失った艦艇の被害報告を見て困っていた。

「艦艇の再編を急がねばならんな」

月に送る艦隊の再編に問題が生じたのだ。草壁も村上も頭の痛い話になると考えている。

「ち〜と困るな……もう少し食糧を増産してから艦艇の増強をと考えていたんだが」

備蓄していた食糧は元老院と強硬派が奪って行った為に政府が所有していた食糧の備蓄は心許無い。

出来るだけ遺跡に負担を掛けぬように生産量を抑えておきたいのが村上の考えであり、草壁も概ね賛同していた。

「稼働率を上げるか?」

「それはどうかと思うぞ、春。

 遺跡に負荷を掛けるのは出来る限り避けたい。

 食料の生産を減らして、その分を艦艇、機動兵器の補充に充てるようにするべきじゃないか?」

「ふむ……予備を切り崩すのか?」

「まあ、そういう事だな。ここを乗り切れば後は楽になるぞ」

「正念場ということか……」

「ああ、例の計画を一時凍結してその分も充てる」

「良いのか?」

「盾は多い方が生き残れるだろう。

 優先されるのはまずそこだろう?」

「そうだな……生き残ってこそ意味がある」

凍結する計画とは新たに建造する予定だった農業用の市民船の資材だった。

遺跡に頼らずに自給自足を行う事を目的とした農業用の研究都市を建造する計画を村上を中心とした政府で立案。

またクリムゾン経由で地球のコロニー開発のノウハウを得て今まで以上の生活環境の改善も考えていた。

村上としては凍結は忸怩たるものがあるが背に腹は変えられない。

兵の命が懸かると思えば、一時凍結は仕方ないと言わざるを得ない。

「とりあえず計画を二ヶ月遅らせる。

 現在遺跡の割り当てを二割使っていたが、その分を軍事に回す。

 そして食糧生産も二割ほど落とす」

「分かった……苦労を掛けるな」

「気にするな。木連の膿を取り除けると思えば安い買い物だぞ」

「……確かに」

元老院の排除は二人にとっても大きな意味があり、利点もあるから異論は無いのだ。

新しい木連を作るには老害の排除は必然であり、この内乱で全ての権限を奪い取ってみせるという意気込みがある。

「最早、老人達の時代ではない……我々の時代だ」

「そうだ。我々が新しい木連を作り、新しい時代を生きて行く」

自分達が築き上げる未来を思い、笑みを浮かべる二人。

その為の苦労など惜しまぬという決意に溢れていた。


二人が決意を新たにしている時、月臣は新しい問題に頭を痛めていた。

「どういう事だ?」

「どうもこうもないだろう。旧木連方式の弊害だ」

安西が当たり前のように告げる。

「指揮官と機動兵器の操縦者を兼任させたからな。

 当然、機動兵器が撃墜されると各艦の艦長も居なくなるさ」

今更何をと言った様子で安西が報告する。

安西自身は旧木連方式の危険性を認識していたが月臣を含む強硬派は気付かなかっただけ。

月に居る高木は佐竹の意見を受け入れて軍の再編をしてから戦場に赴いたが強硬派は何も手を打たなかった。

その結果が目に見える形で現れただけだった……指揮官不在の戦艦という形で。

「で、どうする新しい艦長を決めないと不味いぞ。

 一応、お前さんが提督だから決定してもらわんと各艦も困るぞ」

「……分かった」

また問題が増えたと月臣が嫌そうな顔で聞いている。

補給が不首尾に終わり、人員の手配をしなければならない。自身の仕事ではあるが面倒だと感じていた。

「補給はどうする……必要なら強奪するか?」

安西の声に月臣は心臓を鷲掴みされたように動きを止める。

「……そんな事できるか」

絞り出す様に安西の意見を否定する月臣。

「正義もいいがな……部下の面倒もみるのも上司の仕事だぞ。

 飢えさせるというのなら別だが」

「そんなに無いのか?」

「いや、余裕はあるが何れは尽きる物だ。今すぐとは言わんが補給しない以上は奪うという選択肢も考えないと」

「……源八郎め!」

今の窮状を招いた男に憎しみを向けるが、

「補給を疎かに考えたお前も同罪だ」

安西のこの一言でやり場の無い怒りになる。

「士気の低下を覚悟の上でしんげつに帰還するか?

 しんげつに帰れば補給も受けられる……無論、限りはあるし、降格の可能性もあるが」

「今更おめおめと引き返せと言うのか?」

確かにしんげつに戻れば解決するが、その場合は恥を晒す事になる。

数が三分の一の艦隊にいいようにされて逃げ帰る……月臣にとって無様な姿を晒すというのは受け入れ難い。

「現状で戦闘を行った場合、全力で戦えるのは何回だ?」

「ふむ……二回が限度だな。弾薬が先に切れる」

聞かれるだろうと思って試算していたのが正解だったと安西は思う。

目の前の男は名誉を重んじて自滅する男だと考えている。滅びの美学というか……死を美化する傾向があるのだろう。

(困った奴だ……生きていれば幾らでも汚名を返上する機会があるというのに。

 これもゲキガンガーの影響か……全く現実の死はアニメのように綺麗なものではないんだが)

安西は元老院に所属していたおかげなのか……汚い仕事を幾つかこなした経験がある。

最初は月臣のように途惑っていたが、次第に慣れて現実とアニメの区別が出来るようになった。

本音では和平派に所属したいのだが、柵が……許してくれない。

この内乱に勝利しても木連が生き残る可能性は少ないと判断していると同時に好機だと考えている。

自身が軍部を掌握できる機会を得る事が出来る……そうなれば元老院を排除してこの戦争を自分の手で勝利に導ける。

歴史に名を遺す機会などそうはない。男として生まれたからにはそんな好機を見逃せないという気持ちがある。

無論、分の悪い賭けになると思うが目の前にある好機を安西は捨てる事が出来ずにいた。

度し難い性だと自分でも理解しているが……英雄になれる機会を捨て切れなかった。

「では、部隊の再編をしよう。

 とりあえず旧木連方式では戦闘中に混乱を引き起こすから直さなければならん。

 不本意だろうが勝つ為だ……敗軍の将などという不名誉な肩書きは不要だろう」

「当たり前だ! 俺はまだ負けてはいない」

「その意気だ。第二艦隊と遭遇する前に行う必要がある……時間はないぞ」

落ち込む月臣を激励して安西は自分の思惑通りに月臣を動かそうと画策する。

人事に不慣れな月臣に助言という形で自分の思惑通りの人事を行う。

……勝つ為という言葉を上手く使って。










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EFFです。

優れた戦士が艦長を兼任するという木連方式の欠点を出してみました。
最前線に出る以上生還率は低いんですが気付いていない。
現実でこんな事をすれば指揮系統は大混乱しますよ。
つくづく木連という世界が歪だと思います。
ナデシコ本編では戦争が激化しなかったおかげでその歪さが出ませんでしたが、このSSでは出て来ます。

それでは次回でお会いしましょう。

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