想定外の事態が起きる時こそ

人の真価が問われる

現実から目を逸らさずに立ち向かう

それは大変難しい

されど目を背けても状況は変わらずに悪化する

本当に運命というものは良く出来ていると思う

さて我々はどう立ち向かおうか



僕たちの独立戦争  第百三話
著 EFF


ロバート・クリムゾンとミハイル・イルグナーはクリムゾン会長室でSSからの報告を聞いて顔を顰めていた。

「それは間違いないか?」

「間違いなく……ドーソンは戦術核を使用しようをしています」

「戦術核の使用は国際条約で禁じられているのに使う……自身の破滅だと気付いていないのでしょうか?」

ミハイルの懸念は間違っていない。

ディストーションフィールドといえど巨大な破壊力を持つ戦術核が相手ではどこまで通用するか判断できない。

宇宙空間だから放射能汚染はないとは言えないが被爆する可能性は十分あるし、国際条約で戦術核の使用は禁止されている。

木連が連合に所属していないとて無断で使用してもいい様な代物ではないのだ。

「精神的に錯乱気味だとの報告があります。

 周囲にいる士官はイエスマンばかりで誰も止めようとしないようです」

「人員の増強は可能か?」

「……難しいです。欧州、アフリカの軍部、政府の自浄化に協力しているので」

SS長の報告を聞いたロバートは手元のパネルを操作してある人物に連絡を取る。

『珍しいわね。私に連絡してくるなんて』

「非常時だ、協力を要請したい」

険しい顔で告げるロバートに画面の人物――レイチェル・マーベリックは剣呑な顔で聞く。

『何があったの?』

「単刀直入に言う……ドーソンが戦術核を用意している」

『ちょっ、正気なの? そんな事をしたら破滅よ。

 木連だってそんな事されたら引かなくなるわ。

 何を考えているのよ!?』

正気の沙汰じゃないとレイチェルは話す。戦術核の使用は地球側にとって事後処理で非常に問題視される事柄なのだ。

地球連合の信用は失墜しているのに更に下落させるような真似は最悪はどちらかの陣営が滅ぶまでの殲滅戦に発展する。

『極東は知っているの?』

「ドーソンが勝手に用意しているようだ。

 証拠を掴みたいがなかなか尻尾を出さなくて人手も足りない」

『ったく……こっちも北米の情報操作をしなくちゃいけないのに!

 いいわ、情報をこっちに回してこっちでも調査を始めるわ』

「間に合うと思うか?」

『多分、無理。もう上に運んでいるかもしれないわ。

 ただ証拠を押さえておけば後が楽になるわ』

初動が遅かったとレイチェルは考えていた。まさか戦術核を使用するとは想像出来なかったというのが本当のところだ。

自身が破滅するような選択だけはしないだろうとレイチェルは計算していた。

この後、二人は幾つかの意見交換をして状況の改善を図る。


『そう言えばアクアから聞いたわよ。

 曾孫が出来たそうじゃない。これでシャロンも幸せになれそうね』

意見交換が終わった後、レイチェルが祝辞という訳ではないが楽しそうに話す。

「だといいがな」

『心配なら地球に戻したら……少なくともジャンパーでなければ子供の安全は保障できるわよ』

「シャロンは火星で生きようとするだろう。

 わしに出来るのは火星と地球、木連の関係を悪化させないようにするくらいしか出来んよ」

『それで良いんじゃない。

 シャロンは母親になるのよ……守られる存在から守る存在にならないのなら幸せにはなれないわ』

「それは経験かね?」

『そうよ。子供を守るのは親の責任よ。

 貴方の馬鹿息子はそれが出来なかったから二人とも傷付いたのよ。

 まあアクアに関しては私にも責任があるけど』

色々思うところがあるのか、レイチェルは目を伏せて話す。

アクアの事は未だにレイチェルにとって……心苦しい事なのだ。

ロバートとレイチェルの父親は企業のトップとしては好敵手のような関係だったがプライベートでは気の合う友人だった。

その関係からレイチェルがオセアニアに留学していた時にアクアの教育係兼姉のような存在になっていた。

レイチェルには信頼して任されていたのに裏切るような真似をしてしまったと心に棘のような物が刺さっている状態だった。

「君の責任ではない……あの子の事はわしの方に責任がある。

 息子をきちんと育てる事が出来なかった父親のわしに責任があるのだ」

『クロノ・ユーリ……ちょっと、いや……かなり規格外の人物だけど悪くないわ。

 アクア自身が規格外になったからお似合いかもね』

重い雰囲気になりそうなので話題を変えるレイチェル。

ピースランドで会ったがアクアの夫になる人物はレイチェルの観察眼を持ってしても判らない面白い人物だと思う。

相当な闇を抱えているのに……壊れていない稀有な人物。

無自覚な朴念仁で女性限定の人間磁石でアクアを心配させるおかしな恋人。

暗殺技能を有する一流のパイロット兼戦艦の艦長のくせに料理を作るのが好きな軍人。

オペレーターとしても有能で事務仕事もIFSによる電子書類という分野においては一流。

子煩悩で甘やかしてはアクアとマリーに注意を受ける親馬鹿お父さん。

つくづく規格外だと感じてしまうから……面白い。人を見る目はあったと思うが読み切れない。

『フ、フフッ、ホント、アクアにピッタリだと思うわ』

世界は広いと実感させる人物だった。二人の子供がどんなふうに育つのか……興味は尽きない。

マシンチャイルド同士の子供なんて関係ないと思う。

確かに能力は一流だろうが、そんな事は周囲が勝手に思うだけで本質は別にある。

たかが子供と判断して甘く見たら大火傷しそうな気がする。

『アクアもさっさと子供を作ってくれないかしら……巨大な台風の目が出来ると思うわよ』

楽しそうにレイチェルは話す。

「……トラブルメーカーが出来るのは困るのだが」

アクア一人でも大変なのに更に増えるのは困るとロバートは言うが、レイチェルは別の意見を述べる。

『だから良いのよ。時代が激動するから規格外の人間の方が生き残れるわ。

 ボソンジャンプなんて物騒な物が世界に馴染むまでは時間が掛かるからそれまではトラブルが絶えないと思うから』

「……確かにな、もうしばらくは複雑な状況が続くか」

『そういう事よ。落ち着くには時間が掛かるわ。

 生き延びる為に一芸くらいは極めてないとダメだと思うの。

 私も火星でもう一人くらい子供でも産んでおこうかしら……火星に支社を作るから一年ほど暮らすのも悪くないわ』

現地で陣頭指揮を執るついでに子供を作ろうかとレイチェルは暢気に話す。

「火星に進出するのかね?」

『当然、物流の概念が変わるもの……最低限押さえる所は押さえて置かないと。

 テンカワファイル読んだけど上手く書けてるわ。

 本当に帰還者は……死んだの? まだ何処かで生きている様な気がするわ』

知っているなら教えなさいとレイチェルは訊ねる。疎ましいという訳ではないが誰かのシナリオに沿って動くのは嫌なのだ。

自分の意思で動いて生き抜くというのがレイチェルの主義でもある。

誰かの書いたシナリオに唯々諾々と動く気はない。

出来れば会って文句の一つでも言ってみたいし、スカウトして自身の陣営に引き込みたいと考えている。

「ふむ、生きてはいるが人ではないしな」

『は? 何よそれ?』

牽制の心算で聞いたのにロバートはあっさりと暴露したのでレイチェルは唖然としている。

女傑が唖然とする様子が愉快なのか、ロバートは肩を震わせながらなんとか笑いを抑えて話す。

「自らの意思で動く人工知性体だからな火星が手放さないだろうな」

『そういう事です。初めまして人工知性体オモイカネ・ダッシュと申します。

 ジャンプ事故でこの時代に流れ着いて先代マスターの遺志に従って火星の味方をしてます』

『何よ、それは。じゃあ火星は機械が統治してるという訳』

『人が人を支配できないように、機械が人を支配なんて出来ません。

 私は各都市の管理を任されているだけで火星の政治には関与してません。

 確かに未来からの技術や情報は持ち込みましたが、それを上手く活用したのは火星の皆さんです』

「彼は先代マスターであるテンカワ・アキト氏の遺志に従って火星の住民が生き残る為に協力しただけだ。

 今はノンビリと火星の住民と仲良く暮らしているだけかな」

『は〜い♪ 偶にクリムゾンの会長室に遊び来てロバートさんとチェスもしますけど、概ねその通りです』

ダッシュの声にロバートの側で控えていたミハイルは顔を顰めていた。

仕事中にチェスをする訳ではないが勝敗の結果次第で仕事の効率が大きく変動するのだ。

ロバートが負けた日の翌日は特に大変だった……うちの会長は負けず嫌いだと殊更実感したミハイルだった。

『そ、そうなの』

帰還者が人間ではないと知って途惑うレイチェル。

(う〜ん。困ったわね……スカウトしようものなら火星と喧嘩になりそうだわ。

 人工知性体か……これって元はネルガルの物だとしたら……)

思惑通りに進まないと感じながら、現マスターが誰なのか聞いてみたくなる。

『一つ聞いていいかしら……今のマスターってクロノとアクアなの?』

『はい、そうです♪ 先代以上に良くしてくださってます』

『そ、そう。(アクアか……あの娘ったら内緒にするなんて、今度会ったらとっちめてあげようかしら)

 ちょっと残念ね。うちにスカウトしたかったんだけど』

『申し訳ありませんが、火星で子供達と一緒に居たいので』

『……あの子達、可愛いから仕方ないわね』

『はい♪ みんな、大事な友達です』

ダッシュが話す子供はアクアが育てているマシンチャイルドの子供達だと推察して笑みを浮かべる。

少し精神的に幼い気もするがそこが可愛いとレイチェルは思うと同時にどうしても確認したい事があるので尋ねる。

『一つだけどうしても聞きたいわ。

 あの子達……もしかして未来じゃ……無事じゃなかったの?』

『…………ルリ、ラピスを除いて全員実験で死亡しています。

 ラピスも度重なる実験で感情を失い……今のラピスとは掛け離れた別人になっています』

自身の予測が当たらない事を願っていたが……現実は容赦がないとレイチェルはつくづく思う。

「わしのところは全て破棄させて担当者は処理した。

 そしてクロノ君が実験施設を片っ端から破壊している」

ロバートが苦々しい表情で告げる。

間近で子供達と接する事で今更だが人体実験の怖ろしさと企業の持つ闇の暗さを理解したのだろう。

『だから人を改造するのはナンセンスだと言うのよ。

 勝手に改造しているけど、反逆する可能性を秘めているって事を忘れているから』

人が持つ闇は深くなれば深くなるほど自身に返った時に大きな災いになる。

人体実験なんて非人道的な研究を続ければその先に待ち構えているものは自身の破滅か、周囲を巻き込んでの破滅だろう。

そんな危険性を孕んでいるのに人は簡単に忘れてしまう。

特に科学者は探究心に突き動かされて簡単に道を踏み外してしまうから……救えない。

後の祭りで慌てふためいて自滅する連中が無様で見るのは楽しいが、彼らが生み出した物が世界に毒を撒き散らすのは嫌だ。

後始末をするのは彼らではなく、何も知らない人間なのだ。

そして知らない者はその恐ろしさを知らずに使って……世界を混乱させる。

ボソンジャンプもその可能性を秘めている。レイチェルは今の地球に管理させるのは危険だと考える。

火星でも政府が使用に制限を掛けているのに、制御出来ない地球人に管理は出来ない。

巨額の富を生み出しそうな技術だから地球は自分達の手で管理したいと考えるだろうが自分達では扱えない。

傲慢な人間なら手段を選ばないだろうが……火星が黙っている筈がない。

まもなく格付けが決まるとレイチェルは睨んでいた……おそらく連合宇宙軍の月奪還作戦に介入すると予測する。

『アドレス教えるから私ともチェスの相手をしてくれるかしら?

 この頃、強敵が少なくなってね』

暗い話はここまでと言うように話題を切り替えるレイチェル。

『私でよければお相手します。

 アクア様とロバート様以外の相手をするのは初めてですので楽しみです』

『クロノさんはチェスしないの?』

『マスターは将棋なんです。

 あれも結構……奥が深いです』

クロノがアキトだった頃、戦闘時以外は暇が多かったのでダッシュは将棋の相手をしていた。

偶にしかないノンビリとした時間は嫌いじゃなく、ラピスと一緒に遊ぶ時と同じように楽しみな時間だった。

(ラピスが側に居て、マスターが穏やかにしていた……あの時間。

 もう……あの時間を味わう事は出来ませんが、今の賑やかな時間も大好きです)

クロノが居て、アクアが側に居る。そして子供達が笑顔で遊び、マリーさんが見守っている時間。

失った時間以上に得た物は大きいとダッシュは思っている。

『それでは時間が出来れば、お相手して下さい』

『楽しみにさせてもらうわ。それじゃあ、また会いましょうね。

 例の件、こっちも協力するわ』

「ああ、必要なら現地に居る者も協力させよう」

『そうね、出来るだけ手があった方が好都合ね。

 それじゃ……また』

レイチェルはそう告げると通話を終えた。

「誤魔化せたと思うか?」

『当面は大丈夫だと思うけど……何れは話すべきかも』

「そうかもしれんが……今は複雑にするべきではないだろう」

『そうですね』

帰還者の存在は秘匿する。それに基いてロバートとダッシュは一計を案じた。

ダッシュの存在を出す事で逆行しても生存の確率が非常に低いと匂わせる。

時間移動の危険性を認識させるのが以前、二人?が考えた計画だった。

レイチェル自身は大丈夫だと思うが、周囲の人物が大丈夫かと問われれば……判断できない。

人が時間を越えるのは不可能と感じさせる事が出来れば勝ちなのだ。

ダッシュはクロノの身を案じ、ロバートはクロノに何かあればアクアが悲しみ、子供達も悲しむから避けたいと願う。

レイチェルを騙す事が出来ればかなりの確率で通用する。

上手く行けと願う二人?であった。


「……生きているわね、間違いなく」

通話を終えたレイチェルは指示を出した後、会長室に人が来ないように秘書に命じて先ほどの会話を思い出していた。

「問題は誰かね…………知らない振り、気付かなかった事にして置いた方が良さそうね」

予想は簡単に出来る。ロバートが庇う人物から辿り着けば良いだけ……。

「またアクアに重荷を背負わせる事になるから止めときましょう。

 あの子は私にとって大切な妹みたいな子だから……泣かれると困るわ。

 それに子供達から大切なお父さんを奪う訳にはいかないか」

アクアをまた苦しめるのは本意ではないし、子供達を泣かせるのは嫌だ。

「もっとも……泣いているだけのタマじゃないわね」

お父さんを助けるなら……何をしでかすか判らない。

マシンチャイルドの能力がどの程度あるのかは分からないが企業のデータベースにクラッキングされると困る。

法に抵触するような事はしてないはずだが極秘で研究している物が見つかると……面倒事になる。

「リスクが大きいから止めときましょう。

 それにしても……うちの旦那が居なかったら口説いて欲しかったわね」

クスクスと微笑みながらクロノという人物を思い出す。

肩書きが通用しない人物、人そのものを見る人物というのもクロノの本質の一部だった。

「うちの旦那もそういう人だから……アクアも私と男の趣味が似てるのかしら?

 ただ私の選んだ男の方が格好良いけどね……私の贔屓目かもしれないけど」

レイチェルの夫は欲があまりない男で、友人や家族を大切にする人だ。

音楽をこよなく愛し、ピアニストとしてそれなりの地位を確立しているが名声には興味がない。

リサイタルなどの収益も自身の生活費とスタッフへの人件費を除いては後進の為に寄付するような人格者だ。

出会った頃はお人好しだから人に騙されないかと心配したが、人を見る目は自分と同じくらいあると知って驚いた。

悪意を持って近付く人には決して油断せずに相手の思惑を悉く潰す。

善意を持って近付く人には善意を持って相手の事を考えて行動する……自分を映す鏡のような人なのだ。

「気が付いたら……ベタ惚れだったのよ。

 ホント、恋愛なんて……胸がときめくなんて表現だけかと思っていたんだけど……事実なのね」

当時の事を思い出すと今でも顔が火照る。いい年した女性が相手の言動一つで一喜一憂するのだ。

一度、何故自分を頼らないの?と問うた事がある。

マーベリックの自分をパトロンにすれば今以上にリサイタルも出来し、後進の育成だって十分な援助も出来る。

『一応、誇りって奴があってね。やりたい事は自分の手で成し遂げると決めているのさ。

 それに……君が好きだから、君の財産目当てで近付いたなどと思われたくない。

 青臭い書生論かもしれないけど……一応、男なんで』

そんな大事な事をサラリと言われて思わず『バカッ!』と真っ赤な顔で叫んで苦笑させた事は今でも忘れられない。

「女傑なんて言われているけど……あの人の前じゃダメダメね。

 ねえ……アクア、手放しちゃダメよ。希少種とも言えるくらいイイ男なんだからね」

大切な妹分の幸せを思うと手は出せないわねと思うレイチェルであった。


―――火星アクエリアコロニー大会議室―――


クリムゾングループからの報告を受けた火星コロニー連合政府の対応は迅速だった。

発進前の全艦艇の出立を取り消し、草壁率いる和平派との一時休戦を即座に決議して市民に報告する。

地球側が未確認だが戦術核を使用するという事態を聞き、市民も蟠りはあるが態度を硬化させても何も解決しないと判断。

また木連側が強硬派との内乱状態で、和平派の勝利で木連からの脅威は減ると聞かされては一旦棚上げも仕方ないと考える。

「一つ……使えそうな物があるわ。

 本来は半減期になったウラニウムやプルトニウムを再利用する為に研究するチームが見つけたんだけど……」

言葉を濁すイネス・メイフォード博士。彼女にすればまた兵器の開発競争に拍車を掛けるような気がして面白くない。

「特定の電磁パルスを照射する事で核反応が活性化するの……それを応用すれば」

「つまり発射直後か、発射前に核反応を暴発させて相手側の陣営に損害を与えると」

「まあ、そういう事ね」

火星宇宙軍から参加していた一人――ゲイル・マックバーンが確認するとレオンがもう一つの懸念を投げかける。

「それってよぉ……諸刃の剣にならないか? 俺達の艦にも核は使用してるんだぜ」

「核パルスエンジンは小型の相転移エンジン二基に換装すれば大丈夫よ。

 出力も僅かだけど上がる……ただし換装と調整に二週間は貰うわ」

「二週間か……微妙な時間ですね」

作戦スケジュールを見つめながらレイがどうしたものかと告げる。

ナデシコ級の戦艦はジャンプで移動できるが、改修を終えた無人戦艦はそうも行かない。

無人戦艦にはジャンプシステムは組み込んでいないので通常航行で移動するしかない。

戦艦用の大型ジャンプゲートはまだ設計段階でこれから作製するか……決めるところだったのだ。

理由は簡単……予算がなかっただけ。戦力の増強を先に考え、無人戦艦の改修を優先した結果だった。

「これでも急いで作業した場合なのよ。

 本当はもう少し時間が欲しいくらいなの」

相転移エンジンの制御は数が増えれば増えるほど難しくなる。

ダッシュがユーチャリスUで使用している制御ソフトはイネス率いる開発局に翻訳されて分析済み。

そして、より高度な制御ソフトに進化しているが……それでも難易度が少し減ったくらいだった。

「古代火星人がエンジンに使用していた言語(ソフト)を翻訳する事は出来たけど、

 私達が安全に使用する為のバージョンアップは始めたばかり……まだまだ先の長い話になるわ」

日々進歩はしているが頂は遥かに遠い。

学究の徒のイネスにとっては楽しい事だが時間がないという現実には何かと考えさせられる。

自身がも少し賢ければ前線で戦う同胞にもっと安全な勝ち方が出来るだろう……など。

(まあ、神ならぬ人の身なんだから……しょうがないんだけどね。

 でも……こんな事もあろうかというセリフだけは断じて捨てられないわ。

 あれは科学者にとっての名ゼリフなんだから……その言葉を言う為なら命を懸けてもいいわよ。

 そうよ、説明するのと同じくらい意味があるのよ!!)

開発局の新人が一度は通る"イネス先生のなぜなに火星講座"のおかげで説明に関しては概ね満足している。

……新人にとっては避けては通れぬ試練として怖れられているが。

更にイネスにはヒメがいる……彼女との会話は非常に楽しく、ヒメもイネスとの会話を楽しみにしていた。

説明に関しては満足している以上は、ここは科学者としての「あのセリフを」という野望がイネスの胸の中で渦巻いている。

「イ、イネス?」

イネスから発せられる波動に何か……良からぬものを感じて引く一同。


「お、お前のところの局長って大丈夫なのか?」

レオンがすぐ後ろに座っていた開発局のメンバーに焦りを滲ませて聞く。

「言いたい事は承知しているが……局長の考えは理解できるんだよ」

「……オ、オーイ?」

「そう……あのセリフは譲る訳にはいかない…………そう、誰にもね」

類は友を呼ぶという諺をこんな場面で実感したくないとレオンは……思った。


「確かにウリバタケさんもそうだったな」

「いいのか?、クロノ。ちょ〜とヤバイ気がするんだが」

ゲイルが昔を懐かしむように話すクロノに聞いてくる。その顔は非常に青くなっていた。

「いいんだよ。少なくとも説明に注意が向いていないんだ……結果オーライだ」

説明が短くなるなら構わないとクロノは話している。

「だがな、マッドのような気がするんだが。

 一応部下に危険が及ぶのはどうかと考えるが」

「その点は大丈夫だろう。ああ見えてもパイロットや俺達に危険は及ばないさ。

 多分、ここ一番で秘密兵器を出したいと考えているんじゃないか」

「それなら良いが……心配だ」

「信じてくれよ……うちのカミさんを。

 見た目はともかく、中身は優しい人なんだ」

ちょっとキツイ雰囲気もあるが、クロノが黒い王子と呼ばれていた頃は常にその身を案じていたのだ。

復讐者として狂気を身に宿していても恐れずに側で支え続けた女性……その本質は戻っても何も変わっていない。

「惚気られても困るが……信じておこう」

「すまんな」

この会議で決まった事は無人戦艦を率いて出立するのは予定通り行い、換装する戦艦は第二陣をして送る事で合意する。

その際に開発中の"ニュートロン・チャージャー"の暴走機を移送する事で開発局もスケジュール調整を前倒しにした。

そして、試作段階だった大型ジャンプゲートも前倒しで実験を開始する事も決定した。

発進前の緊急事態だったが戦争に慣れてきた火星は慌てる事なく対処法を決定する。


一方、行政府の一画では非常に重苦しい雰囲気が構築されていた。

そのドアの前を通り過ぎる者は足早になり、振り返る者は……いなかった。

「あ、あのね……アクア。もう少し落ち着いて機嫌を直してよね」

「…………私は落ち着いていますし……機嫌も悪くはありません」

にべもなくシャロンに返事をするアクアだが、周囲のスタッフは絶対に嘘だと確信している。

何故なら自分達のデスクの上に積み上げられた書類がアクアの機嫌の悪さを……物語っていたからである。

今回の作戦にアクアは参加できなかったのが大いに不満なのだ。

異議を申し立てたいのだが、残す理由が理由だけに強く言えない。

再建中のユートピアコロニーに新たに設置するオモイカネシリーズの端末の調整、都市開発計画の見直し、

新規参入のマーベリックとの交渉等、担当する仕事が増えた為に軍よりも行政府にウェイトを置かねばならなかった。

恋する乙女?(一応、入籍済みだから)という訳でもないがクロノと離れるのは不安で……どうしても不安だけが増している。

クロノの技量は知っているし、信じてもいるが不安なものはやっぱり不安なのだ。

そこへ戦術核の使用という不安要素が増えた。

アクアの心は乱れ、仕事に打ち込む事で不安を紛らわしている状況だった。

……その余波を受けるスタッフはいい迷惑で恨みの視線を向けるが、恋する乙女?の前にはそんな気持ちなど通用しない。

「姉さんは不安じゃないんですか?」

「不安に決まっているわ。でも、ここで私達がオタオタしても何も変わらないし、逆に皆を不安にさせるじゃない。

 だから……どっしり落ち着いて構えるようにしてるの」

「うっ……ごめんなさい」

不安なのはアクアだけじゃないと言われて押し黙る。

もしレオンに何かあれば……シャロンはいきなり未亡人になる。

子供を育てるというのが如何に大変なのか、アクアは知っているからシャロンの方が自分より心配している筈だった。

だけどシャロンは自分よりも落ち着いて見える。

(これが母親になるという事なのかしら……守られる立場から守る立場へと変わる心強さと命を育む力強さ)

子供を……新しい命を宿してからのシャロンは逞しくなった気がする。

張り詰めた脆さのある強さではなく、しなやかさを持つ強靭な強さに変化している。

同じ不安を抱えているにも拘らずに自分のように動揺せずにいる。

「アクアも何れ……じゃないか、もう独りじゃなく家族がいるのよ。

 子供達を不安にさせないようにしっかりなさい」

「……はい、姉さん」

シャロンの注意に肩を落としているアクア。シャロンの言う通り、自分が不安になると家に居る子供達にも影響が出る。

子供達を不安にさせるなと言われて、アクアは自分の弱さを痛感していた。

二人の会話を盗み聞きしていたスタッフはシャロンに万雷のような拍手を送ろうかと思っていたが、

「いい? 不安なら此処で仕事に集中して紛らわしてから、家に持ち込まないようにするの。

 私もそうするから、アクアもそうしなさい」

「そ、そうですよね。姉さん、私頑張りますから!」

「その意気よ、アクア」

アクアに発破をかけるシャロンを見て……滂沱の涙を流していた。

この日から行政府の作業効率は一気に20%上昇し、その結果、スタッフの顔色は日に日に土気色に変わっていった。


同じように第三中学校ではルリの機嫌の悪化という非常事態に男子生徒が恐れ戦いていた。

氷点下を更に上回る絶対零度の冷たい交際拒否の視線に晒されるのは避けたいと男子生徒の誰もが思っている。

女子の間ではやはりお兄さんが戦場に出るから一緒にいられないから苛立っているという噂が流れていた。

ルリ、ブラコン説は事実なのかという憶測が学校に駆け巡る。(外伝6参照)

本人に聞くという選択肢は除外されている。何故なら聞いた途端、物理的な痛みを伴うような視線に晒されたくないからだ。

(うう〜〜ジュールさん、大丈夫でしょうか?

 兄さんもいるし、レオンさんもいるから大丈夫だと思いますが……心配です。

 ジュールさん、意外と無鉄砲な所がありますから、ラピス達の言い方には納得できませんが抜けた所もありそうですし。

 姉さん達みたいに落ち着けないのは、やっぱり私が未熟なんでしょうか。

 こんな時は仕事が出来れば気を紛らわせるのに……シャロンお姉さんにお願いして、行政府のバイトでもしたいですね)

恋する乙女の不安は尽きない。この心の声を行政府のスタッフが聞いていたら一目散に逃げ出していたかもしれない。

「ジュールさん……怪我しないでちゃんと帰ってきてください」

誰にも聞かれないように小さな声で囁くように呟く。

ちなみにラピス達は心配していないのかと聞かれれば、

「「パパは無敵だから大丈夫!

 レオンのおじちゃんとジュール兄はちょっと心配だけどパパがいるから大丈夫!」」

と無邪気にクロノに全幅の信頼を置いていた。











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EFFです。

気分転換というか月奪還で生じようとしている問題に対する対策会議を中心にしました。
核兵器ならディストーションフィールドでも耐えられないと考えて出してみました。
地上で使う事は非常に不味いですが、宇宙ならかなり問題が少なくなると思ってます。
連合憲章のようなものがあれば、間違いなく使用は禁じられいると思いますが狂気に汚染された者に理屈は通用しません。
追い詰めすぎたドーソンが狂気に走り、状況は更に悪化する展開にしてみました。

それでは次回でお会いしましょう。

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