手段を選ばないのは正しいのだろうか

状況にもよるが一概に悪いとは言えない

今回の決断は正しいとは思えないが

もっとも最初から間違った手段を用いていてはダメだが

そういう意味ではこの戦争は最初から歪んでいる

修正は容易では無いかもしれない



僕たちの独立戦争  第百五話
著 EFF


「フン、何の用だ? ここに貴様の居場所はないぞ」

連合軍極東アジア司令部にやって来たムネタケを見て、ウエムラは冷めた目で告げる。

「そう、前線の兵士を騙して戦争するのが正しいと思っているお馬鹿さんにイヤミを言われてもね」

鼻で笑うようにムネタケがウエムラのイヤミを皮肉を持って叩き返す。

「くっ!」

兵士に真実を告げずに騙すというのはウエムラも納得出来るものではなかったが、

軍に不利益な事をしたムネタケに怒りを感じているのも事実だった。

火星の独立宣言で混乱している中での内部告発。

ムネタケは当然上層部から睨まれて降格処分を受けているが、逆に兵士達からの信頼は上昇している。

兵士達にすれば、自分達が何と戦っているのか教えてくれた点には感謝している。

未知なる存在の木星蜥蜴ではなく……同胞というのは多少困惑するが、それでも真実を知らずに戦うよりはマシだった。

特に対人戦が始まる前だったので、騙されて人を殺すという事態にならない点は本当に良かったと実感していた。

人を殺すという事を義務付けられた兵士といえど、何も知らずに殺すような真似は良い事だと思わないのだ。

「変な噂を聞いてね。戦術核の一部が消えたけど……知っているかしら?」

「バカな!?」

ムネタケの質問に驚愕の表情でウエムラは立っている。二人の会話を聞いていた士官も驚きを隠せなかった。

「その話、本当なのか?」

「かなり精度の高い情報みたいよ……北米が処分する予定だった戦術核が別の場所に極秘で移送されたみたいなの」

「国際条約で禁止されているんだぞ。それでも使用するというのか?」

「狂気に走ったらしいわ……もう手段を選ぶ気はないんでしょ」

ムネタケが話す事はありえる話だから困る。

ドーソンに後が無い事は周知の事実だったから、形振り構わずにする可能性は確かにあった。

「し、しかしだな、戦術核を使えばこの戦争に制限がなくなるぞ」

「イカレた人間が制限なんて気にしないわよ。

 気をつけなさい……提督の艦隊も狂気に巻き込まれないようにね」

警告してムネタケは本来の目的の場所であるムネタケ・ヨシサダの部屋に向かう。

後に残されたウエムラは苦々しい顔で事態が深刻化することを懸念していた。

連合第一主義と言えど、決められた法を犯してまで行う戦争が正しいとは考えていないのだ


「――という訳よ。情報元は言えないけど、かなり精度の高い警告みたいだから調べてみたら?」

いきなり来訪して聞かされた情報にヨシサダは顔を顰めている。

息子が嘘の情報を話すとは思えないが、この時期に言われても困るというのが本音でもある。

「また厄介な問題を持ち込んでくれたな」

「アタシのせいじゃないわよ。こんなバカを放置した軍の責任じゃないの」

「むっ!」

息子に自分達が怠慢だから今頃になって苦労していると皮肉を言われた気分になって顔を顰める。

確かに軍の腐敗に気付いていながら手をこまねいていたのは事実だが、実際に言われると気分がいいものではない。

「多分、別系統で木連にも情報が流れている可能性もあるわ。

 向こうにとって核は祖先から全てを奪った忌まわしい物として記憶してるはず。

 神経を逆撫でされて……黙っているほど大人かしら?」

息子の指摘は痛いほど理解出来る。木連にとって核は禁忌と呼ばれるような物の可能性が高い。

自分達が逃げ延びた先の火星に地球は核攻撃という手段を追い出したから。

今は過激な手段は控えている状態だが、核を使用すれば暴走する危険性は十分考えられるのだ。

「火星だって宣戦布告しているのに……コロニー落としを実行させる為の大義を与えてどうするのよ」

「その事だが……火星は動くと思うか?」

実際に火星に行って、その目で見た息子に戦力差を分析と予測をして欲しかった。

「断言してもいい。火星は間違いなく動く……それも十分な戦力を持って戦うわ」

「何故、そう思う?」

「木連の無人機の制御システムの掌握みたいな事が出来る可能性があるわ。

 第一次では無理だったのかもしれないけど……第二次で成功させたなら、鹵獲した戦艦が三千から四千はあるわよ。

 尤もこれはアタシの予想であって、事実かどうか確かめてないから分かんないけどね」

机上の空論と切って捨てれば良いのだが、火星の戦力に関しては何も知らない自分と知っている息子では考え方が違う。

「一つ聞こう。ナデシコ級二隻と改装艦で勝てるか?」

「勝てるわけないわね……火星はナデシコを発展させた戦艦が基準になっているわ。

 つまり火星で建造される戦艦の最低ラインがナデシコなの。地球に来ていた三隻以外にも当然あるわ。

 その点を踏まえるとユキカゼは論外。

 改修したナデシコは少しマシになった程度、カキツバタは五分くらいになれば御の字ね」

息子の戦力分析に唸るヨシサダ。火星がもし参戦してきたら、かなり不利な状況に陥りかねないと判断する。

「問題はもう一つあるわ。火星の機動兵器は対艦攻撃を前提に開発されているの。

 ブレードの新型機は一機で木連の無人戦艦を簡単に撃沈したわ。当然、地球の戦艦だって無事じゃすまないのよ」

「何故、言わなかった?」

「言ったら信じたの? たかが火星如きなんて思って侮っていた連中に言うだけ無駄よ

 痛い目みて……現実がどれ程のものか知ってもらわないと」

自分達の力を過信していた結果が今の状況なのだ。侮り続けて傲慢になっているから勝てないと言われて頭を痛める。

「だいたい火星を自分達の政争の場に使って全滅させようなんて……何を考えているのかしら?

 火星が生き残って真相を知れば……反逆しないと考えないなんてバッカじゃないの」

呆れた口調で話す息子にそんな連中が自分達の上司だと思うとヨシサダは眩暈を感じていた。

「お前の言いたい事も分かるが、出来ればもっと早く言ってくれると助かるんだが」

「だから、こうして話に来てるじゃない。

 それと戦術核の件だけど……本当に気を付けてね、パパ」

「分かった、感謝する」

話すべき事は全て話したので部屋を後にする息子に礼を言うヨシサダ。

「生きて責任を取ってね。死んで責任を取っても生き残った部下に詰め腹切らせるかもしれないから」

「それも承知した……私は生きて責任を取ろう。

 それが上に立つ者の責務だからな」

「死なないでよ、パパ」

ドアが閉じる前に息子が告げる。矛盾だらけの言葉に苦笑しながらヨシサダは頷いていた。

「さて、万が一の時の対策を考えておくか」

一人呟いてから、ヨシサダは部下に北米の核施設の調査を命じて……最悪の事態になった時の備えを万全にする。

「コウちゃんの件もあるし……火星、そして木連からも恨まれそうだな」

ヤレヤレと言いながら席を立ち、コウイチロウの元に向かい報告しておく。

その報告を聞いて、娘――ユリカとの確執で疲れていたコウイチロウは更に疲れを滲ませていた。

だが、それは自業自得であり、友人の死と引き換えに手に入れた結果の代償でもあった。


―――ノクターンコロニー造船施設―――


「此処ですか……随分、静かですね」

火星で一番最初に相転移機関の戦艦が建造されたと後に言われる場所へ、ルリは足を踏み入れた。

第一次火星会戦で使用された戦艦は全て土星の工場で建造され、第一次火星会戦後、此処で生まれた戦艦が火星初になる。

造船技師にとっては聖地に当たる場所であっても、恋する乙女にとってはただの施設に過ぎない。

「よっ、久しぶり!」

「ジュールさん♪」

「ゴメンな、友達が出来て学校生活が楽しくなってきた所で休ませて」

「い、いえ……(そっちはしばらく……冷却しないと不味いですから)」

ルリの彼氏疑惑が加熱している状況で学校に通うのは避けたいルリにとって、この仕事は非常にありがたかったのだ。

特にジュールの事がバレてからは女子からの追及には手を焼いている。

「ん? もしかしてイジメでも……」

「そ、それはないです。みんな優しい人ですし、先生方も気を遣ってくれていますから」

「そっか……少し心配だったんだけど、大丈夫みたいで安心したよ」

ルリ達が学校に通い始めた直後から地球との開戦に向けての準備が始まり、ジュールもオペレーターとして作業していた。

本音を言えばパイロットで訓練を受けたかったが、アクアが行政府の仕事に掛かりっきりな為に人手に余裕がなかったのだ。

オペレーターIFSのおかげでかなり解消されたが、感覚的な相性がどうしても付きまとう。

女性は比較的馴染み易いのだが、男性は今一つ馴染まないのが今後の課題と位置付けられていた。

その点、生まれた時からナノマシンと共存していたマシンチャイルドは皮肉にもオペレーターとしては優秀だった。

本人が望んだ訳ではないが、一流のオペレーターとして将来を約束されたようなものだった。

今回の相転移エンジンの連動プログラムの調整は通常でも時間と人手が掛かる。

だが時間が無い為にジュールのサポートにアクアが回る予定で時間の問題を解決する筈だった。

だが再建中のユートピアコロニーの都市開発で急を要するトラブルが起きた為に動きが取れなくなり、ルリの出番となった。

「作業自体はいつもと同じだから大丈夫だと思うけど、一人で家から離れるなんて初めてだろ……それが心配かな」

「失礼な……セレス達とは違いますから心配しないで下さい」

子ども扱いされてちょっと不満気味なルリ。

「そっか……不安なら同じ部屋にしようかと思ったけど、ルリちゃんに失礼だったな」

子ども扱いして悪かったとジュールが言うとルリは大いに悩む。

(うう〜〜、妹みたいに思われるのは嫌ですけど……同じ部屋に居られるなら……でも、子ども扱いは……)

一人の女性としてして見て欲しいけど、側に居て欲しいという願いで葛藤する。

「一応、保安上の関係で隣の部屋になるけど……別の方が良かった?」

家族が近くにいるほうが安心だろうという考えとルリの立場を考えての部屋割りだが、ルリのとっては嬉しい事だった。

「それで十分です」

「ホントに? 不満があるなら変更してもらおうか?」

悩んでいるルリを見て、ジュールが心配そうに聞いてくる。

偶々二人の会話を聞いていた女性スタッフは鈍感なジュールに非難の視線を浴びせるが……ジュールは気付かなかった。

(クロノ提督といい、ジュールといい、この野暮天さん達はもう少し女心を理解してあげないと)

アクア、イネス、そしてルリの苦労を思い……出来る限りフォローしなければという使命感に燃えていた。

ルリの事はアクアの妹としてではなく、なんて言うかアイドルのようなものとして好意的に受け入れている。

ルリの恋が上手く行けば良いと女性スタッフは願っていた。

「先に荷物を部屋に置こう。案内するよ」

「はい、しばらくお世話になります」

「食事に関しても口に合わないようなら俺が作るから安心していいよ」

「そ、そんな悪いです」

「いいから、いいから」

ルリの手荷物を取って歩くジュールに、女性スタッフは"そんなマメな事が出来るのにどうして気づかない"という疑問を考えていた。


―――市民船 れいげつ―――


「……申し訳ありません。思った以上に損害を出してしまいました」

秋山が草壁と村上に頭を下げている。閻水艦隊との決戦で失った艦艇の多さに勝利報告などと言えなかったのだ。

「君の責ではない……北辰からも報告は受けている。

 報告書を見る限り、実戦慣れした手強い艦隊だと判断する。損害は甚大だが、ここで仕留める事が出来たのは僥倖だ。

 ご苦労だった、秋山君」

「そうだな。損害は大きいが元老院の主力を撃破したんだ。

 当面は艦隊の再編を考え、一刻も早く月への援軍が出来る状態に」

「はっ! 再編を急ぎます」

二人に敬礼して、執務室を後にする秋山。

「あいつも一皮剥けたみたいだな」

「逆境が人を強くする。そういう意味ではこの戦争を生き残れた者が木連を支える……頼もしい事だ」

村上は秋山達を直接褒める事はしない。増長するような男ではないが、簡単に満足されては困ると考えている。

満足した人間はそこで停滞してしまう。若いうちに満足すれば小さくまとまり……器も小さくなる。

器の小さい男になって欲しくないという願いが村上の中に存在する。

「元老院はどう動くと見る?」

「実行部隊を失ったからには少数精鋭での暗殺は……無理か」

草壁の問いに村上が可能性の一つを話そうとして止めた。

実働部隊を失った元老院に残された戦力は月臣達だけと判断、万が一暗殺を企てても実行できる人材は存在しないと考える。

そしてこちらには北辰達が草壁の警護をしているから、簡単に出来るとは思っていない。

「月読の他にも秘匿した物がなければ……詰みだな」

「春の言う通りだな。爺様方は人を動かす事は出来ても自分から動く事は滅多にない。

 人任せで成功すれば自分達の手柄、失敗すればその人物に責任を擦り付けるが常識だった」

「成功しているうちはそれでも良いが失敗が重なれば……結束力が無ければ瓦解する。

 今頃は誰の首を切って和解しようとするのかを議論しているところか」

「では、海藤が止めを刺すところを待つとしようか?」

「老人達の最後の拠り所を奪って内部崩壊を誘うか……期待しよう」

木連の呪縛の一つを排除できると思うと二人はどうしても抑えきれずに笑みを浮かべてしまう。

新しい木連を作り上げるという目的があり、旧きもので良い物は遺して行きたいと願う。

二人にとって元老院は悪しきものと認識しているので、自分達の手で排斥できる事は嬉しいと思うのだ。


同じ頃、市民船しんげつでは閻水艦隊の敗北を知った元老院の面子は様々なものがあった。

「ちっ! 役立たずの野良犬が!」と罵る者。

「ど、どうなさいますか?」と焦る者。

「こうなれば、強硬派に期待するしか……」と多少建設的な意見を述べる者。

「馬鹿な奴らなど信用できん!」と否定するだけで次の手を打とうとしない者。

などと自ら動こうとせずに誰かに責任を押し付けて……任せたいと願う者が大半を占めていた。

「……落ち着かんか! 見苦しい」

東郷の一喝で全員が慌てて口を噤むが、縋るような目で見つめるだけで覇気が無い者ばかりだった。

(はあ……これでは駄目だな。こやつ等を切り捨てて草壁に詫びるという選択も考えねばならん。

 だが、その時は元老院の権限は悉く奪われるだろう……否、それは断じて認められん)

命あっての物種という言葉があるが、それでは意味がないと東郷は思っている。

自分達が木連を支えてきたという自負が東郷にはあるのだ。そんな自分達が排斥されるのは耐えられないと思う。

尤も自分達がそう思っていても、市民が元老院をどう思っているかは別である。

内乱を引き起こした原因の一つでもある元老院を快く思っていない市民は大勢存在していた。

特に市民船さげつで暮らしていた市民の親類縁者は元老院を憎んでいる。

そして村上は生活格差を減らす為に行動していた。

遺跡から供給される希少品の内、酒、煙草やコーヒー、紅茶などの生活嗜好品の市民への分配も公平に行った。

これらの嗜好品は遺跡からの生産数は非常に少なく、酒を除いては市民には配給される事が少なかった。

村上はこの内乱が始まると同時に元老院が搾取していた物資の供給を公表し、元老院の身勝手さを市民に知らしめた。

そしてそれらの品の公平な分配を行うと宣言し、今では高級品ではあるが市民の手にも届くようになっている。

ジワリジワリと村上は市民の元老院離れを実行し、木連の生活格差の不公平感を無くしていた。

今、木連で元老院に味方する者は情報を抑えられて何も知らない市民船しんげつの市民くらいかもしれない。

(月読を失い、狂犬ではあったが切り札であった閻水もいない……あるのは敗北続きの月臣艦隊。

 本陣に戻して篭城か、いっそ私が指揮を執る……駄目だな。

 このような状況で私が指揮を執ると言っても強硬派が反発しかねないか)

駒不足という状況に陥った東郷は起死回生の案が簡単に浮かばずに苦しんでいた。

「……とりあえず残っている艦艇でしんげつの防衛を強化する。

 特に我らの警護は厳重にする! 忠義の狗が来ないとも限らんからな」

現状で出来る策を出して東郷は会議を終了させる。

今は守る事を第一に考えた東郷だが、権力に囚われなければ助かるという事に気付けば……救いの道はあるのだ。

欲望に忠実な人間は底無し沼のような状況下で自身の欲望という重りで沈む典型的な例を展開していた。


―――ユートピアコロニー復興施設―――


ユートピアコロニーの復興はまず破壊された都市機能の調査から始まり、建築物の被害状況の調査へと進む。

その結果は非常に酷い状況だと判明した。

無人機によるライフラインの破壊、チューリップの落下という事態による都市中央部の大規模破壊。

「再建と言うより一から作り直す新生かしら?」というのが責任者のカグヤ・オニキリマルのコメントだった。

まずカグヤは調査結果に基いて、地中に埋もれているライフラインの撤去から計画した。

このまま使用してもじきに交換すると判断する。外周部はともかく中心部はボロボロだった。

第二次火星会戦で鹵獲した無人機を土木用に改修して24時間体制でユートピアコロニーの更地化を行う前に慰霊祭を行う。

これには政府からもエドワード、サカキの両名が出席し、厳粛なる雰囲気で一分間の黙祷が捧げられた。

無事、避難出来た市民も暮らしていた場所の惨状に心を痛める者が多く、家族を失った者の中には泣き崩れる者もいた。

カグヤは作業を始める前に時間を作り、アキトと一緒にテンカワ夫妻の墓参りを行う。

共同墓地は都市外周部に配置されていたおかげで比較的被害が少なかったのだ。

カグヤは自身の権限と埋葬した人達の眠りを妨げる事を避けるという市民感情の両面から共同墓地は残す事にした。

これに関しては再建に携わる者も、政府関係者も文句は言わずに賛成していた。

そして此処に犠牲者達の慰霊碑が新たに建てられた。

「久しぶり、父さん、母さん。俺はまあ……元気でやってるよ。

 今日は幼馴染のカグヤちゃんも来てくれたよ……懐かしいだろ」

「お久しぶりです……叔父様、叔母様。

 本当はお父様と一緒に来たかったんですが、私だけが先に来る事になりました」

二人の墓の前でカグヤは手を合わせて冥福を祈っている。

火星での懐かしい日々がカグヤの脳裏に浮かんで一筋の涙が零れ落ちた。

あの頃はアキトがいて……二人が居た。母親同士が意気投合したのか、分け隔てなく可愛がってくれた。

アキトの両親は忙しくて偶にしか遊んで貰えなかったが、楽しい日々だった。

それだけに理不尽に殺された事は許せないとカグヤは思う。

父が二人の死を自分に黙っていた事は頭に来るが、事情を聞くと文句は言えない。


キョウイチロウは二人が死んだ直後にアキトを引き取ろうかと考えていたが、テロ事件の調査をして不審な点に気付いた。

テロを隠れ蓑にしたテンカワ夫妻の暗殺ではないかと判断したのだ。

アキトを引き取る事はテロ事件の黒幕を刺激する事になりかねない……自身の家族を巻き込むという事態とアキトの安全。

この二つを両立させるのは可能だが警護する名目が必要であり、真相をアキトのいずれ話さなければならない。

真相を教える事がアキトの為になるのか……アキトが復讐に囚われて、手を汚す事を友人である彼らが望むだろうか。

悩んだ末にキョウイチロウは現地の施設に任せて、成人した時に亡くなった彼らの代わりに援助しようと考えた。

そして時間を掛けて調べるうちにネルガルがテンカワ夫妻の研究成果を独占する為に暗殺したのではないかと推理した。

当時ネルガルの研究員だったテンカワ夫妻は極秘の研究に従事していた。

それを学会に公表しようとしてネルガル会長と衝突、その結果がテロ事件を隠れ蓑にした暗殺と判断した。

丁度、火星の独立の機運が高まっていたのを快く思わない連合も荷担したと考え、想像以上に大きな事件だと困惑していた。

植民地が独立するというのは歴史では何度もあった。

ただ武力蜂起というのは回避したいとキョウイチロウは思うが、その為にテロ事件をでっち上げるのはどうかと思う。

そして今回の戦争は地球の腐敗を象徴するような連中が仕組んだ陰謀にしてはやり過ぎだと憤りを感じていた。

木連に手を汚させ、そして自分達が勝利する事で火星の独立を有耶無耶にして一から再建する。

命を弄ぶ悪辣極まりない手法に怒りを覚える。だが、状況は更に深刻なものへと発展していた。

ボソンジャンプ――画期的な移動手段になる筈だった物をネルガルは独占しようと企み、友人達を暗殺。

この技術が火星で生まれた人類のみ使用可能な物と知ると人体実験をしても手に入れようと考える連中がいる。

そして時空間移動というとんでもない物と判れば、地球も手段を選ばないと予測出来る。

そこに娘のカグヤやアスカの社員の子供達が係わると思うと冗談じゃないと叫びたい。

前史では火星の住民はほぼ死滅した結末で終わっている……そんな事態はしたくないと思う。

火星には生き残ってもらい、その技術の管理と研究をして貰う考えに賛同して家族を守るのがキョウイチロウの願いだ。

その為にカグヤを安全な火星に送り、アスカが火星に協力すると意思表示を示す。

もっとも娘のカグヤにとってはアキト君との恋の鞘当ての方が大事だろうと思っているが。

父親の思いとは別にカグヤはカグヤでアキトの鈍感さに苦戦していると社員から報告を聞いている。

どういう形になるかは判らないが、娘が幸せになれるならそれで良いと思う。

もう一人のアキトであるクロノ・ユーリはクリムゾンの令嬢と結婚するようだが、こっちはどうなるかまだ判らない。

強力なライバルがいるみたいなら、カグヤの成長に一役買ってくれるかもしれない。

どうも自分の事よりも仕事を優先する傾向がある。もっと自分を前面に押し出すくらいの積極さがあればと考える。

失恋してもそれはそれで成長の糧になれば良いと思っている。上手く行けば積極性が手に入ると見ていた。


祈りを済ませた二人は自分達の仕事場である復興施設に戻る為に歩き出す。

アキトは職員の食事を一手に引き受ける生活課、カグヤは復興作業の指揮を行う復興統轄課。

アスカからの代表者という事でカグヤが選ばれた訳ではない。カグヤ自身の能力がその立場に相応しかったのだ。

カグヤが作成した復興計画書は参加したスタッフの意見が効率良くまとめられ、無駄がない堅実なものだった。

この計画書を作成する前にカグヤはアスカのコロニー作成技術のノウハウを速成ではあるが同行したスタッフから学んだ。

かつての故郷を自分の手で再建したい願いを叶えたかっただけだが、スタッフもカグヤの願いを叶えさせようと協力した。

付け焼刃の部分はスタッフがフォローしていたが、カグヤ自身の努力の甲斐もあって才能を開花させていった。

そしてカグヤはその実力を持ってユートピアコロニー復興計画の責任者となったのだ。

「アキトさんは未来のビジョンは何かできましたか?」

「とりあえずは料理人として一人前になる事だな……他はまだわかんないよ」

「私は……私はアキトさんとこうしてずっといられたら良いなと思います」

「カ、カグヤちゃん?」

自分の腕をアキトの腕に絡めてくっつくカグヤに焦っている。

アキトの顔を見上げるようにして真剣な顔で見つめるカグヤに息を呑むアキト。

「私はアキトさんの家族になりたい……」

流石のアキトも自分の置かれている状況に気付いて、顔を赤くしている。

少々婉曲しているが、カグヤはある人物のアドバイスで自分の気持ちをはっきりと告げる事にした。

『あの手のタイプはストレートに言わないとダメですよ。さり気ない告白なんてスルーされますから』

(年上の私から告白なんて……でも、ルナちゃんの言う通り……やっと知ってくれたみたいね)

アキトが働く食堂のウェイトレス、ミア・クズハの友人のルナ・メイヤーのアドバイスは功を奏しているとカグヤは思う。

良く似たタイプを知っていると前置きしてのアドバイスは非常に判り易かった。

『恥ずかしいって言うのはこの際置いといて、ストレートにぶつからないと一生お友達で終わりますよ』

『いつか振り向いてくれるなんていう考えは甘いです。他から告白されたらそっちに行きます』

『周りの事には敏感ですが、自分の事となると全然ダメ……それが朴念仁というものなんです』

などと諭すように告げられて今日の告白に持ち込んだ。

「そ、そっか……カグヤちゃん、俺の事そんなふうに思ってくれていたんだ」

「は、はい! わ、私、アキトさんが好きです(やっぱり気付いていなかったのね)」

思わず反射的に好きと言ってしまったが、カグヤは今までの行動からアキトが全く気付かなかった事を内心では驚いていた。

「そ、そのいきなり言われたんで……」

「いいんです。返事はすぐにくれなんて言いません……アキトさんがじっくりと考えてからで。

 今はこうして一緒にいられるだけでいいんです」

絡めた腕に僅かに力を込めてカグヤにアキトは複雑な顔でいる。

メールでのやり取りだが、サユリからも告白されている。

サユリとはかつて同僚として働いていた時は良く気がつく優しい働き者の女性だと思っていた。

カグヤもサユリも魅力的な女性だと思うし、男として告白されると嬉しいと思うがどちらかを選ぶとなると大いに悩む。

優柔不断のアキトにとって最大の試練が待ち構えていた。


―――シャクヤク ブリッジ―――


「で、艦長はまだ拘っているの?」

「おかしいですか?」

「今生の別れになるかもしれないから話し合っておくべきなのに」

「そんなオーバーな」

「いや、核を使用した時点で木連も殲滅戦に移行するわよ。

 そうなれば、目の前で戦っている親父さん達は真っ先に攻撃対象になると思うけど?」

グロリアの言い分にユリカは反論出来ずにいた。今回の戦いは激戦になる可能性が高い事は承知している。

連合宇宙軍にすれば、失点を挽回する為にどうしても勝たねばならないから手段を選ばない。

公式には木星蜥蜴なのだから人類ではない事になっているから核の使用は可能だという屁理屈を言うかもしれない。

連合市民は木連の実体をまだ自分の目で見た者は限られているのだ……少数の声を無視する事はよくある事だ。

戦術核を使用した時点で木連は地球に対して徹底抗戦の構えを取る可能性が高いし、手段を選ばない方法を決断する事になりかねない。

当然、戦術核を使用した部隊を許すなんて甘い事はしないだろう。

「ここが一つの分岐点かもね」

「……そうかもしれませんね」

グロリアの考えにユリカも同じ結論に辿り着いている。

地球連合軍が核を使用して勝てば泥沼の戦争状態になり、核を使用して敗北すれば連合は更に窮地へと追い込まれる。

予備戦力はまだあり……戦争を続ける事は可能だが、今度は木連が手段を選ばない方法を決断するかもしれない。

月のマスドライバーの再建は進んでいるかもしれないし、コロニー落としだって行う可能性だって捨てきれない。

この先、地球側の被害が更に深刻なものになる可能性は簡単に予測出来た。

「会うだけ会って、警告だけでもするべきね。まだ使うとは限らないとしか言い様がないけど」

「そうですね。確たる証拠が無ければ止めようがないのも事実です」

「ふ〜ん、少しは現実って奴も理解したのね」

グロリアの言葉に少しムッとしているユリカだが、それ以上は言わない。

「お父様に会って……警告だけでもしておきます。

 ジュン君、悪いけど付き合ってくれる」

「いいよ。じゃあ、面会の申し込みを早急に手配するよ」

「うん、お願いね」

ユリカとコウイチロウ――ミスマル親子の面会によって何かが変わるとはグロリアは考えていない。

(会わないで死なれたら……悔やみきれないから喧嘩別れでも良いから話し合っておきなさい。

 人はね、大事なものは失ってから気付く事が多いから)

実戦を経験して友人や仲間の死を見てきたグロリアは失う痛みを知っている。

恵まれた環境で生きてきたユリカはその痛みに耐えられるかと聞かれれば……多分、無理だと答える。

ユリカはまだ覚悟が出来ておらず……打たれ弱いように見えるのだ。

正直、副長のジュンの方が覚悟を決めているように見える。

見掛けは弱腰に見えるがムネタケの薫陶が聞いているのか、心構えはしっかりと出来ているように感じられる。

いざとなれば、プロスとムネタケにジュンを艦長にして、ユリカを副長に配置転換するように進言しようと考えている。

戦術立案能力が高いユリカを参謀にして、その意見をきちんと聞くジュンを艦長にしても今と変わらないと思う。

親父さんを亡くして、傷心状態のユリカではシャクヤクの運用は厳しいと判断する。

復帰出来るまでの暫定的な処置でも構わない。要は生き残ればそれで良いとアバウトに考えている。

グロリアは連合が勝てる確率は正直なところ……かなり低いと予測していた。

(火星が介入しないと思うのは楽観的過ぎるわ。何の為に宣戦布告したと思っているのよ)

戦力が充実してきたから宣戦布告したと普通は考える。侮り続けている連中の頭の中はカビでも生えて腐っていると思う。

(早いとこ、和平派が台頭してくれないと困るわね。正直、負け戦に出るのは勘弁したいから)

負け戦などと言ってクルーの士気を削りたくないグロリアは心中でため息を吐くのだった。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

インターミッションはもう少しだけ続くかもしれませんが、次からは木連が中心になると思います……多分。
木連編が煮詰まっている訳じゃないですから(核爆)

そ、それでは次回でお会いしましょう。



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