事態を打開するには幾つかの方法がある
正攻法は誰もが考える方法
だがその正攻法では打開できない時はどうするか
押しても駄目なら引いてみろという言葉があるように
正面から当たるのではなく、側面から当たる方法もある
さて、今回はどっちが良いだろうか
僕たちの独立戦争 第百四話
著 EFF
その話を聞いた時、村上は一言「正気ですか?」というのが精一杯だった。
『まあ、貴方が言いたい事は私も理解しています。
少々追い詰め過ぎたという事です』
「つまり停戦もしくは和平の準備段階で邪魔な人物を排除しようとし過ぎて狂気に走ったとでも?」
『概ねその通りです。計算高い人物だったので自身が破滅するような選択はしないと予想していたんですが』
「現実はそちらの予想を裏切って暴走したんですな」
『ええ、地球にしても、火星、木連にも不要な存在なので戦場で戦死という形で始末するのがベターと判断しました。
その為に勝たなければ破滅という状況にしたんです』
「なるほど」
目の前の大画面に映るミハイルの考えに同意するも状況の悪化には些か納得出来ない。
『火星にしても今回の一件は想定外の出来事だったので、
我が社を通じて一時停戦と共同戦線の話し合いの場を作って欲しいと依頼されましたが如何します?』
棚からぼた餅という訳ではないが非常にありがたい話だと村上は考える。
内乱を長引かせる気はないが、元老院直属の艦隊との決戦で失った秋山の艦隊の補充もある。
そして海藤の艦隊の戦闘後の損害も気にしなければならない。
今現在は旧木連式の戦闘方法のおかげで強硬派の失策が続いているがこの先どうなるかは不明なのだ。
新たな選択肢が増えたのでそれを含めてもう一度草壁と相談せねばと村上は考える。
「私個人としては停戦を受け入れたいのですが、こればかりは私の一存では決められません。
一両日中に返事をするという事でよろしいですか?」
『はい、二日後にご連絡を頂ければ幸いです。
火星からも問題が問題だけに急いではいるが、そう簡単に返事が貰えると思っていないと言われてます』
「はい、それでは後ほど」
そう告げるとボソン通信を終える。村上は足早に部屋を出て、草壁の執務室に向かう。
「―――という訳で地球が戦術核を使用する可能性が出たらしい」
クリムゾンからの齎された内容を包み隠さずに私見を述べずに話す。
自身の意見を言う前に草壁がどう対処するのか知りたい……ここで強硬な意見が出ると全てがご破算になりかねない。
火星との講和は大丈夫だと信じているが、地球との決戦が殲滅戦に変更されるとかなりの強硬策を出さねばならないのだ。
状況によってはクリムゾンの本拠地のオセアニアも攻撃対象になりかねない。
そうなれば火星との関係が悪化するのは明白だ。今、火星と戦えば間違いなく危険な状況になると村上は予想していた。
草壁は内容を聞くにつれて顔を顰めていく。
「……戦術核か、困った物を持ち出してくれる。
木連にとって核は禁忌と言うべき物だ。核のおかげで我々は帰る場所を奪われたのだからな」
火星に核を打ち込まれた為に木星に逃げた祖先。核の脅威は木連に深く根付いているから対応を誤ると暴発しかねない。
「軍の暴走を抑えねばならんな……地球を滅ぼせでは先が無い」
「そうだ、春。今の状況なら地球に大打撃を与える事も出来るが……泥沼になるぞ」
「お前もそう読むか。せっかく講和の糸口が見えたというのに……愚か者が。
強硬策に出るのは容易い……だが、火星との関係を拗れさせる可能性を考えると不味い」
「地球の軍部の暴走と割り切れれば良いんだが……」
「上手く説明しないと不味いな」
二人してため息を吐く。木連は頑固な人間が多いから、落ち着かせるのが大変だと思う。
「内乱のおかげで頭の硬い連中は殆ど向こうに行ったから助かっている」
「怪我の巧妙か……喜ぶべきか、悲しむべきか」
「さげつの一件で元老院と強硬派の信頼は急降下だが、軍の信頼も少し下降している。
その分、警告を発した政府の信頼はほんの少し上がったがな。
もっともこれから支持率を維持する為の人気取りも考えなければならんが」
「人気取りか……何時までもゲキガンガーでは駄目という事か?」
「現実を見る人間が増えてきたから……きちんとした情報の開示も必要になるだろう。
正確な情報を見せて、"何をすれば良いか"教える必要も出る。
ここからが本当の意味でも正念場になるぞ」
有人機を戦場に出す以上は死を身近に感じる事になる。作戦の不首尾は当然自分達の体制の批判に繋がりかねない。
戦死者の数を誤魔化すのは非常に難しい。
情報統制してもいずれ破綻する……死者を甦らせる事など誰にも出来ないのだ。
同じ頃、L3コロニーを制圧した三原、上松の両名が率いる分艦隊は通商破壊を行っていた。
内乱が起きたと同時に草壁が一つの決断をした。
地上に待機させていた無人戦艦を次元跳躍門を使って、地上から木連本拠地を経由させて宇宙に移動させる。
地上に待機しても各個撃破の憂き目があるので制圧した地域の防衛を除いて無人戦艦を戻して整備後、月とL3に待機。
余剰戦力を僅かでも戻す事で月の戦力を確保しようとしたが……一部を元老院に横取りされた。
この事で本当に碌な事をしないと和平派では元老院の陰口が公然と表に出るようになり、
奪われた戦艦が閻水の元に回った所為で内乱の終結が思った以上に手間が掛かる事になるみたいだと軍では囁かれる。
月への戦力の供給は急務なのに上手く行かない。
元老院は前線の兵士の命を何だと考えているのだろうか……軽く見過ぎていると更に元老院の評価は下落する。
ならば地球側の補給線を破壊するか、戦力を奪い取るという選択を取り……時間を稼ぐしかないと高木は決断する。
高木は地球から来た艦隊を百隻単位の艦隊を十編制して撹乱に使用。本命にL3コロニーの部隊を据え、通商破壊を行う。
これにはドーソンも慌てて対策を練るが制宙権の綻びがある為に現場の士官達は索敵に苦労している。
そして最大の問題は敵有人機の運動性が向上しているという点だった。
何故、運動性能が急激に向上したのか?……連合軍にとっては頭の痛い話になる。
只でさえ防御力のある機動兵器が更に手強くなるのだ。特に格闘戦に於いては苦戦では済まされなくなっていた。
木連の兵士は対人戦に滅法強かった。これは国策の違いでもあった。
男児たるもの武芸に秀でなければならない等という風潮が木連には存在する。
その為、木連に生まれた男子は幼少時から武術を学ぶ機会が多い。
その結果、軍に入隊する者は武芸の経験者ばかりで、更に選別された者が優人部隊として対地球連合軍の尖兵となる。
一騎当千とまではいかなくても近接戦に関してはかなりの技量を持つ者が多数存在する。
対する地球連合軍は入隊後、訓練を行う者ばかりとは言わないが……対人戦の経験などない者が殆どである。
無論、経験を積んだ部隊もある。だが……そんな部隊は一握りに過ぎない。
そして木連はIFSを実戦に投入してきた。運動性能の向上はここにある……動きに幅が出てきたのだ。
蓄積された経験というものを馬鹿にする事は出来ないのだ。
L3コロニーの防衛を三原が行い、上松が遊撃部隊として通商破壊を行う。
上松は甘い男ではない……堅実な作戦と無人機による索敵の強化を以って徹底的に地球連合軍の補給船を執拗に狙った。
強奪された物資の内、機動兵器の半分は木連本国の佐竹技術士官に送られ分析された。
地球産の兵器を使うのは嫌だという意見も一部ではあるが戦力がなければ戦えない現実には文句は言えない。
現実を見据える男――上松は鋼の意思を持って戦う。
その姿に妥協はなく……好き嫌いを言うようなら叱責で済ますような甘さがない事は部下が一番理解していた。
「この"刃(やいば)”という機体は使えそうか?」
鹵獲したブレードストライカー(木連の呼称は刃)を前に上松は技術者に問う。
「使えます。飛燕とは違う形で攻防の武装が充実してます」
「ほう」
「両腕に歪曲場を集束した刃を装備する事で攻撃力は飛燕を上回ります。
また中距離、遠距離用に電磁レールガンを装備する事でどの距離でも対応出来るようになっているようです」
「防御に関してはどうだ?」
「歪曲場の出力は飛燕単独より上ですが、盾を装備すれば飛燕が上になります。
中距離、遠距離では同じ箇所に連続で攻撃を受ければ危険ですが、高速で動く機体に同じ箇所を狙うのは不可能です。
ただ近接戦では歪曲場を利用した刃で斬られる可能性が……」
「そうか……近接戦主体の我が軍には厄介な機体だな」
語尾を濁したが上松にはそれで十分だった。
「飛燕用の盾は装備可能か?」
「機体の大きさが違うので腕に固定する方法なら可能です。
その場合、防御も飛燕を上回りますが制御用のソフトの改造に二週間頂けますか?」
「二週間か……間に合わんな」
上松は地球連合軍の侵攻はまもなくだと確信していた。物資の輸送が活発化し、大規模な行動を起こす前触れだと考える。
一月以内に月へ侵攻する可能性があると読み、高木達にも進言していた。
出来る限り通商破壊を安全に行いたいという矛盾した考えで状況の推移を予想していた。
「申し訳ありません……力不足で」
「はあ? なに言ってんだ?
二週間で出来るなら十分だぞ。
すまん……少し言葉が足りなかった。決戦前にもう一度動きたかったんでその際に使いたかっただけだ」
「では、いよいよ月へ来ると」
「間違いない。一月先には必ず動くと見ている。
これの改造記録は必ず本国に送って欲しい……兵器開発というのは一朝一夕で出来るほど甘くないだろう」
「判りました。必ず送りますのでご安心を」
万が一の備えを上松はしておく事にし、技術者もその意見に賛同した。
技術者にすれば目の前の機体は飛燕、九郎の基となった機体とは異なる設計で作られた物で随所に違う機構が採用している。
その事が新型機の開発に一役買ってくれるのは間違いない。ここで分析、改造した資料は後に役立つと信じているのだ。
「水鏡さん、この機体もIFSで駆動し、独立した作戦行動も可能です。
防御を向上させるのに二週間は必要ですが、役に立つと思うので水鏡さんの方で使ってみますか?」
「使わせてもらおう……ただ変形されると操縦に途惑いそうだが仕方ないか」
「いえ、変形機構は外し、そして機動性を向上させるために推進機構を増設する予定です」
技術者は手元のパネルを操作して完成予想図を二人に見せる。
どちらかというと細身のボディーのブレードが違った姿に変わっていた。
脚部は大きく膨らみ、その中に推進用のバーニアが二基ずつ搭載。
腰部も装甲を増設し、胸部も厚めの装甲に改修している。
肩も膨らみ、姿勢制御を兼ねたバーニアを増設し、腕部も装甲を厚くして歪曲場を生成する盾を左手に装備。
右腕も大きく膨らみ、ブレードが本来装備していた歪曲場の槍を二枚刃に改修済み。
背中にも推進用のバーニアを増設し、二挺の歪曲場貫通弾のバズーカが装備してあった。
「複雑な変形機構を外し、装甲を厚めにして対艦攻撃力を強化しました」
ニヤリと笑みを浮かべる技術者。九郎、飛燕よりも一回り大きな機体だが十分戦える自信があると言わんばかりだった。
「ほう……面白いな。今までの機体とは違う新型か」
「はい、ジン以外での対艦攻撃力の向上を考えて設計しました。
水鏡さんの協力と二週間頂ければ実戦配備も可能です」
基礎設計は完了している。そして水鏡達、暗部の者は飛燕、九郎の試作段階の操縦者として活躍していた。
その経験があれば、この機体の完成は早くなると技術者は睨んでいるのだ。
「俺は構わん。今のところ潜入破壊工作の任務もない」
「許可する。ただし二週間以内に目処が立たなければ、資料を本国に送り、向こうで開発してもらう」
上松が時間との兼ね合いを考えて期限付きで許可を出す。技術者も時間的な問題を理解しているので納得する。
ここで出来なくても資料を本国に送れば、本国で引き継いで完成させるだろうと信じているのだ。
「名前はどうする?」
「九郎より大きくて馬力のある機体となれば……あれしかないでしょう」
水鏡の質問に技術者はあっさりと答える。
「……弁慶か? まあ、ゴツイから文句は言わんがベタだな」
上松が誰もが言いそうな事を呟くが、本人は結果を出せばそれで良いと思っている。
この機体"弁慶"がジン以上に使い勝手の良い対艦攻撃機になるとはこの時点で誰も思っていない。
ただ操縦者が生き残れる機体になれば良いと願うだけであった。
……決戦に向けて木連は牙を研ぎ澄ましている。
対する地球連合軍は今ひとつ士気が上がらず……訓練に身が入らない様子だった。
これには様々な要因があるが、まず一番気懸かりなのは……火星の軍事介入という点にあった。
火星の宣戦布告は現連合政府首脳部と官僚にとって大事件に位置付けられた。
宣戦布告しないと高を括っていた政府は木連を月から排除後、火星に軍事圧力を掛けて従わせるという安易な方法を選択。
確かに戦力的に不利ではあるが、数で対抗すれば何とかなると考えていたのだ。
だが火星が第一次火星会戦の裏側の暴露を行い、連合市民へのアプローチをされたのは非常に困った事態になった。
現連合政府の不信感は日を追う毎に増えている。
税率の引き上げは市民の生活に直結する……富裕層はともかく、一般家庭には非常に痛い事だった。
敗戦続きの連合軍に苛立ち、そして安易に戦端を開いた連合に不満が徐々に出ている。
厭戦感情は徐々に市民の間で高まっている。特に家族を失った市民は連合政府に対して憤りを感じていた。
連合政府の罪を隠す為に家族を失ったと考えれば誰だって……怒りを覚えるだろう。
今までは木星蜥蜴という不確かで遠い存在だったが、身近に居ると判れば……話は別だった。
怒りや憤りをぶつける相手が近くにいる……遠くの存在より身近な存在に目は向く。
そして連合司法局はこの機を逃す事はなかった。
家族を失った司法局長官はなあなあで済ます気も無く、状況もそんな事を許せるような事態ではなかった。
第一次火星会戦で亡くなった兵士の遺族が政府の要人に対して……自爆テロを敢行したのが始まりだった。
火星で息子を失った退役軍人が政府の要人に詰め寄り自爆するという……ありふれたテロ事件とも思えるが、安易に戦端を開いた者には衝撃的だった。
警護をしていた者も巻き込んでの自爆……やられた側には堪ったものではない。
慌てて警察関係者は警備体制を強化するが、事態は元に戻る事は無く……深刻な事態へと発展する。
体制への不満は高まり、辛うじて暴発を水際で防いでいるというのが現状だった。
このような状況でなあなあで済ませば……逆恨みされるのは間違いないという見解が司法局にはあった。
そして、このような戦争犯罪紛いの事件を見過ごせば、自分達の存在も意味が無いという事を世間に知らしめる事になる。
面子と誇り――この二つが重く圧し掛かってくる。果ては連合政府の存在も危うくなりかねないのだ。
やっと宗教、政治的な問題を話し合いの場で解決出来る環境が育ち始めたのに……瓦解する。
そんな事になれば再び地域紛争が起き、地球内部での戦争も発生しかねない。
先人達の偉業を無にする……連合の威信を壊す事は断じて避けねばならないという気持ちを持つ者もいた。
内偵では目に見える形で市民に知らせる必要があると司法局上層部は考えている。
ただしスケープゴート――生け贄の羊は絶対に出してはならない。
マスコミが今度は情報操作に誤魔化されないと意気込み――監視するようにこちらの出方を窺っている。
安易に片付けようとするなら自分達も同類と見なされ……連合の信頼は失墜し、自分達に牙を向ける者も出るだろう。
犯罪者を庇って自分達の家族が狙われるなど絶対に嫌だという感情で動く者もいる。
特に叩き上げの検事は権力者の犬になる気はなく、手加減という言葉を辞書から消していた。
蹴りつけて開かれたドアに振り向いた男は次の瞬間、右手の甲に衝撃と灼熱の熱さを一点に感じていた。
数人の男達が侵入して男が押さえ込んでいた人物を救い出す。
「……無事か?」
「ちょっと待ってください……薬を飲んだ直後ですから吐き出させれば助かるかもしれません」
グッタリと倒れ込むように机に伏せていた男を覗き込み、様態を確認した者が告げる。
「よし、至急病院へ搬送しろ。
こんな所で死んでもらっては困る」
「き、貴様ら……誰だ?」
右手の甲に銃弾が貫通した所為で血を流し痛みに耐えながら唸るように訊く。
「こういう者だ」
「れ、連合捜査官だと……」
自身の身元を照会するIDカードを見せると男は絶句する。
「タレコミがあったんだよ……お前さんの主が尻尾切りするって言う類のやつがな」
「どうする? 司法取引して全部しゃべるなら……それなりになるが」
「応じないなら……椅子に座る可能性があるぞ」
「た、たかが殺人未遂でか?」
取り押さえていた二人の捜査員が憐れみを込めた目で男に告げる。男は慌てた様子で二人を見ていた。
「今回ばかりは連合検事局も司法局も手を抜けないんだわ。
お前さんの主は反逆罪とか戦争犯罪人になる可能性があってな、口封じの殺人はかなり重くなる可能性が大きいんだ」
ようやく自分の置かれている立場に気付いた男は血の気が引き、青い顔になっていた。
「今回は上層部も本気でな……厳重な監視体制を作り、口封じを見逃すなって指示が出てる。
その矢先でこれだ。タレコミのおかげで助かったが……雷が落ちるだろうな」
上司から叱責を受けると思うと男達も沈んでいる。明らかに運が良かっただけで一歩間違えば真実は闇の中に葬られたのだ。
「お前さんも身の振り方を考えろよ。
今回ばかりは上が本腰を入れている。今度はお前さんに押し付けて、自分の罪を誤魔化す可能性もあるぞ」
「そうなれば、お前さんが椅子に座るのは確実だ。
死にたいのならそれも構わんが」
「……少し考えさせてくれ」
連行されながら男は必死に計算している……生き残りを賭けた博打に。
「お前さんの命だ……好きにすればいい」
「一つだけ肝に銘じとけ……今回はうちが本気だという事を」
男を挟み込んで連行する男達は告げる……自分達の属する組織が本気で動いていると。
「任務完了……撤収する」
捜査官達の様子を監視していたクリムゾンSSのチーフの声に全員が迅速に行動する。
欧州、アフリカ、オセアニアは軍の情報部が協力しているが、北米はまだドーソンの威光が残っている。
クリムゾンが表立って動いている事に気付かれないように監視して、密告という形で連合司法局のバックアップをしていた。
これにはマーベリックも協力していたが、現在は戦術核の行方に人員を投入していた。
両方とも泥沼にはしたくないという本音があり、意見交換は頻繁に行っていた。
―――シャクヤクブリッジ―――
「プロスさん、聞きたい事があるんだけど」
真剣な表情で訊くグロリアに、
「何でしょうか?」
いつもと変わらぬ様子で聞くプロスだが……目だけは剣呑な様子だった。
「戦術核ってネルガルが用意したの?」
「は? な、何の事ですか?」
いきなり戦術核と言われて途惑いながらもう一度聞く。
「連合軍が月攻略に戦術核を使用するっていう噂が出ているの……聞いていないの?」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!!
アタシもそんなの聞いていないわよ!
どこからそんな噂が出たの!?」
ムネタケが驚いた様子で問い質す。戦術核の使用は禁止されているから、連合軍も使う筈がないと考えていたのだ。
そんな事をすれば大問題に発展する。報復で木連で戦術核か、コロニー落としの口実を与えかねない。
まさか自分達だけが使っても大丈夫だと勘違いしている訳では無いだろうが、そこまでプッツンしたのかと驚いている。
ブリッジに居たクルーもこの戦いが危険な方向に進んでいると知って吃驚していた。
「北米のお友達から戦術核の一部が行方不明になったっていうメールが来たの。
ただそれだけじゃあ数が足りないから、極東で残りを用意したのかなと思ったらしいの」
北米の友達と聞いてムネタケ、プロスの目が剣呑なものに変わる。
グロリアが言う友達とはマーベリックからと予測すると、その情報はかなり精度の高い情報と理解出来るのだ。
たんなる噂話と勘違いする訳には行かない。もしネルガルが用意したという事になれば、非常に不味い事になる。
特に今回の作戦は極東と北米が合同で行うから、木連の報復先が北米と極東に固定されるのは間違いない。
巨大建造物であるコロニーが頭上に落ちてくる……考えるだけでもゾッとする光景だった。
「ちょっと司令部に顔出して来るわ」
ウンザリした顔でムネタケがプロスに行き先を告げる。
シャクヤクの一件で絶対にイヤミを言われると思うと良い気分にはなれない。
そこへ新しい厄介事を持ち込む……疫病神に見られるかもしれないので気が気じゃないというのが普通の人。
「まったく……でも丁度良いわね。この際だからイヤミをお返して来ようっと」
最初こそウンザリしていたが次第に面白くなってきたという雰囲気でムネタケはブリッジを後にする。
ムネタケにすれば、この辺りで失策が出るとと極東アジアの人事面での再編が活発化するので引っ掻き回したいらしい。
「提督……タフですな。
さて、私も本社の方に連絡しますか……」
プロスも困ったものだと思いながら、ブリッジから出て行く。
ネルガル本社が関与する筈がないと思っているが、万が一もある……跳ねっ返りが居た場合の処理を講じなければならない。
火星が介入する可能性が高いのだ。火星に対して戦術核を使用するなど……自殺行為になりかねない
ボソンジャンプによる戦略爆撃は防御が困難というレベルではない。回避不可の一方的な爆撃になる可能性が高いのだ。
プロスがブリッジを離れた後、会話を聞いていたガイは叫ぶ。
「正義は何処に行ったぁ――――っ!!」
「ガイ君の言いたい事も判るよ。
軍の迷走も遂にここまで来たのか」
熱血漢のガイならではの叫びにジュンが疲れた様子で呼応する。
ジュンにすれば軍に対する希望や夢がまた……壊れたようなものだった。
市民を、力なき者を守る為に軍は存在するという事を何処かに置き去りにして……勝つ事だけを優先している。
「勝つ為に手段を選ばないというのはどうかしらね」
「そうですよ! 木連も前は無人機中心ですけど……今は有人機だって出てるんですよ。
核なんて使えば……危険じゃすみません」
呆れた様子のミナトにメグミが憤るように話す。
「この戦争自体がおかしいのに、更に危ない方向に進めるのは!」
「止めないと不味いです……よね」
ユリカがグロリアにお伺いを立てるように聞いてくるが、
「止めたいけど権限無いから無理」
あっさりとグロリアが今の自分達の状況を告げる。
「証拠が無いのよ……戦術核だって何処か別の場所に移送しただけで使うとは限らないし、宇宙に上がった確証も無いの。
提督だってその辺の事情は理解しているから探りを入れに行った訳なの」
「月に警告を促すというのはダメなの?」
「どうやって?」
ミナトの質問をグロリアは質問で返すとユリカが明るく話す。
「このシャクヤクで月まで行くというのはどうですか?」
「それ、反乱もしくは反逆罪に問われるわよ」
「ええ〜〜でも〜」
即座に却下されて不満気なユリカ。
「安易な平和を望むなとクロノさんが言ったでしょう。
ここに居るクルー全員だけじゃなく、家族も反逆罪で拘束される危険性があるの。
それに月までどうやって行くのよ。
確かにナデシコより武装も強化されているから簡単には撃沈されないけど強行突破した後、木連にどう説明するの?」
目の前のスクリーンに軍が入手した月の状況と地球の防衛ラインを見せて説明する。
「前はムネタケ提督の機転で戦っていないけど……強行突破する場合、第二次防衛ラインで有人機との戦闘もあるわよ。
以前はデルフィニウムというエステバリスより性能が下の機体だけど今回は違う……新型が相手になる。
楽に勝てるなんて思うと大火傷するわよ」
安易な平和を望むな――後先考えずに動いても一時しのぎにしかならない結果を経験した男の言葉の重さを思い出すユリカ。
「でも……このままじゃあ……」
「これは戦争なのよ。当然、死ぬ事を覚悟しないといけない……向こうも覚悟しているわ」
「それでも助けたいと思うのは間違いなんかじゃありません」
「そうね、間違いじゃないけど……正解でもないわ。
貴女は軍属ではあるけど軍人じゃないし、第一月にいる彼らに何て話すの?
連合宇宙軍が核を使用するから逃げろとでも……それとも気を付けろとだけ話すの?
それこそ脅しか、謀略かと思われるわよ」
「そ、それは……でも……そんな事ないかもしれません。
話せば分かってくれますよ」
「その話しの場を最初に蹴るように仕向けたのは地球。そして軍を脱走した戦艦の言葉を何処まで信じるかしら?」
冷ややかに現実を告げるグロリアにユリカの主張は次第に尻すぼみになる。
「貴女は戦艦の艦長よ。クルーとその家族も巻き込む事になるけど……責任取れるの?」
グロリアの声にブリッジに居た全員の視線がユリカに集まる。
「少なくとも私は艦長の命令に従って連合に反逆する気はない。
行き当たりばったりの分の悪い賭けには付き合えないし、後の事はどうするの?」
「あ、後って……」
「独断で艦を動かして地球に不利な情報を流す以上はこれって軍法会議ものよ。
軍属だって、当然処罰の対象になる。
貴女がしようとする事は人としては正しいけど……軍人としては正しいと言えるかは分からない」
淡々と告げるグロリアに反発を感じるクルーもいるが、勢いで動いても何も変わらずに悪い方向に動く事も理解している。
「どうにもならないんですか?」
「ならないわ、正攻法じゃね」
現実という壁に直面したユリカ達にグロリアは別の角度からのアプローチを話す。
「えっ?」
「あのね、真正直からぶつかってどうするのよ。
表がダメなら、裏から手を回す事も考えなさい。
何の為に私が提督とプロスさんに話したと思っているか……言葉の裏も読みなさい」
「え、えっと?」
訳が分からないと言った顔でグロリアを見つめるクルー。グロリアはと言えば……呆れた様子でクルーを見つめていた。
「戦術核を使用されると困る人もいるから、情報を流していると考えなさい」
「じゃあ、誰かが月に警告してると言うんですか?」
「さあ、それは分からないけど……動いている人がいるのは確かよ」
パーッと明るい顔になるユリカだが、グロリアの言葉は厳しかった。
「尤も後手に回った気がするから使用されると思うけど」
「ダメじゃないですか!!」
「だから最後まで聞きなさい。
向こうに情報は流れているから対応すると思うようにしなさい。
自分で動くより……親父さんに一言言うとか考えなさい」
「お、お父様なんて知りません!」
は、反抗期とクルーは思っている。ユリカが親父さんと喧嘩した事は既に艦内で知らない者はいない。
「お子ちゃまはこれだから困る。
使えるものは何でも使うのが大人よ……好き嫌いで動いている時点で何も出来はしないわよ」
グロリアの言い分にグッと押し黙るユリカ。
「人の命が懸かっているのに好き嫌いで動いているから何も出来ない。
世の中を舐めているのもいい加減にしなさい……思うようにならない事の方が多いのよ、お嬢様」
皮肉という棘を持って告げるグロリアにユリカは反論出来なかった。
―――アクエリアコロニー第三中学校―――
昼休みでアリシア達と昼食を取っていたルリの雰囲気は……沈んでいた。
「はぁ〜〜」
ここ数日、教室で物憂げにため息を吐いている。心、此処に在らずと言った様子だった。
「どう思う?」
「やっぱり心配なのかな」
少し離れた場所でアリシアとクラスメイトが顔を寄せ合って相談している。
「やっぱりブラコンなのかしら?」
「もしかして……禁断の恋ってやつ?」
「お姉さんの好きな人に恋する……許されぬ恋って良いかも」
「でも、火星って一夫多妻制に変わったから問題ないけど」
「それを言ったら、身も蓋もないでしょう。
お兄さんが危ない戦場に出ると知って……自分の気持ちに気付いて悩んでいるってとこじゃない」
おお〜〜と言った感じでブラコン説の信憑性が増えるが、聞き耳を立てている男子は男子で
(ル、ルリさん……僕は信じてますよ)
(フッ、俺が本命さ。準備は出来ていますから、いつでも俺の胸に飛び込んでください!)
(僕がルリさんを守ります! そしてルリさんとずっと一緒に)
等と妄想の海に沈んでいる。そんな男子に女子は「バカばっか」というルリの口癖を真似ていた。
男子の注目と女子のブラコン説疑惑の視線を一身に集めているルリはというと、
「はぁ〜〜(ジュールさん……会いたいな。作戦行動に入ったから連絡も取れないし……寂しいです)」
ため息を吐いて、家に居ないジュールの事を思っていた。
戦闘待機の状態なら基地内の宿舎に寝泊りするが、普段は一緒に暮らしている。
新しい生活が始まったので、お互い忙しいけど顔を合わせる機会は十分あったが、今は基地内で待機している為に会えない。
自分とジュールの年の差を考えるとどうしても不安になる。妹のように思われたくないし、側に居て欲しい。
我侭を言って子供だと思われたくないけど、心配で心配で堪らなく切ない気持ちになる。
そんなルリの元にコミュニケから連絡が入る。
(コミュニケは火星では普及し、特に政府関係者は常備していた。ルリの場合は誘拐された時の為のバックアップでもある)
『ルリ、昼休みだと思うけど、今……大丈夫?』
「……姉さん、どうかしましたか?」
空中に浮かぶ画面を見て男子は色めき立つ……画面の人物が穏やかで優しい雰囲気の美人だったからだ。
「美、美人だ……あの人がルリさんのお姉さんなのか?」
「あの人が義理の姉になるのか……悪くない」
男子が鼻の下を伸ばして見つめる中、女子は女子でなぜか敗北感にうちのめされた気がして沈んでいる。
『ごめんなさい。急に忙しくなって、手が足りなくて手伝って欲しいの。
せっかく学校に慣れてきたのに五日間ほど缶詰めみたいな状態になるけど構わないかしら?』
「いいですよ。忙しい方が気は紛れますから」
『悩みでもあるの?』
優しく微笑んで聞く映像に男子はボーと見ている。女子は女子であんなふうに綺麗に微笑みたいなと思っている。
「いえ、気にしないで下さい(危ないですね……罠に嵌る所でした)」
この微笑が曲者だとルリは知っている。うっかり洩らせば……からかわれるのは間違いないのだ。
『仕事は二つあるけど、好きな方を選んで良いから。
一つはノクターンコロニーでジュールと一緒に「やります!」……いや、まだ話は途中だけど』
話の腰を折られて途惑う姉――アクア・ルージュメイアン――を気にせずにルリは話す。
「ですから、ジュールさんと一緒の仕事をやります」
『もう一つあるんだけど……』
「一応……聞いておきます」
『私と一緒にユートピアコロニーでオモイカネシリーズの端末のセットアップ「却下です」なんだけど……ヒドイわ。
姉より彼氏を取るのね……姉妹の絆って儚いものね』
さめざめと泣くふりをするアクアに、ルリは呆れた様子で話す。
彼氏という単語にクラスの全員が反応し、一気に視線が集中する。
ルリ、ブラコン説を否定すると同時に、ルリの好きな人が一挙公開される可能性が二人の会話から予想できるのだ。
「白々しい泣き真似は止めて下さい」
『もう……ノリ悪いわよ。もう少し砕けた方が可愛いのに』
「そう言われても困ります。これが私なんですから拗ねないで」
『姉としてはもう少し不真面目になっても良いと思うけど……じゃあ、明日からお願いね。
詳しい事はマリーの方に連絡入れておくから準備もしてもらうわ』
「はい♪」
先程までと雰囲気がガラリと変わってルリが返事をする。その顔は明らかに嬉しいとか、楽しみといった感じだった。
「どう思う?」
「間違いなく、そのジュールさんって人が怪しいわ」
「アリシアは知らないの?」
「そう言えば…………もう一人お兄さんがいるって、セレスちゃんに聞いたような気が……」
「ビンゴね……その人が本命なのよ」
女子全員はその意見を聞いて考えを一つにまとめると、アリシアが代表して訊いてくる。
「……ルリちゃん?」
「アリシアさん……なにか?」
「ジュールさんって誰?」
ストレートに聞いてきたアリシアに、ルリは先程のアクアとの会話を思い出してカーッと頬を真っ赤に染め上げた。
その様子にクラスの全員がハッキリと理解した……ルリの本命はそのジュールなる人物だと。
(ね、姉さん……謀りましたね)
アクアに嵌められたと気付いた時は既に遅かった。
ルリの好きな人の名が判明して……男子は茫然自失の塩の柱となり、女子はその人物に興味津々といった様子だった。
絶対にアクアのお尻には悪魔の尻尾が生えているとルリが思った瞬間だった。
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EFFです。
後半の最後はちょっと暴走してますが……気にしないで下さい。
真面目な話を書き続けているとぶっ飛びたくなる時があるんです。
まあ、気にしないで次回でお会いしましょう。
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