徐々に動きが加速する
この流れを変えるために足掻く者
流れを加速させる為に進める者
上手く流れに逆らわずに乗ろうとする者
一つだけ共通するとすれば
自身の手で責任を果たせるかどうかだと思う
無責任な事をしても先はないから
僕たちの独立戦争 第百十二話
著 EFF
月では地球との決戦の準備に余念はなかったが、懸念すべき事が高木達には存在していた。
核攻撃――地球側が戦術核を用意しているとクリムゾン経由で警告がなされている。
歪曲場は無敵の盾ではないと知っているだけに、物理破壊力の大きな兵器には注意していたところに戦術核だ。
木連にとって、核はかつて自分達の先祖を死なせた憎むべき兵器だから……使用されると兵士達が怒り暴発する危険もある。
来たるべき決戦には火星も参戦するので戦力的にはかなり有利だ。
しかも火星は戦術核を無力化する兵器を用意したと聞いている。この一点だけでも非常にありがたかった。
「核分裂を促進させる兵器があるとはな」
「地球にとっては厄介な兵器ですよ。
木連は相転移機関で動いていますが、地球側は核機関を併用しているみたいですから」
「ふん、自業自得だ」
大作の意見に高木が鼻を鳴らして告げる。地球側の核使用の可能性に苛立ちを隠せないみたいだ。
「艦隊総数三千二百といったところですね。
重力波砲を装備した戦艦が三隻、内一隻は新型艦という編制とは……羨ましい話ですな」
「内乱のおかげで、こっちには回ってこんからな」
「こちら側は譲渡して頂いたコスモス――いえ、戦艦さくらづき一隻とはお寒い限りで」
高木も大作もやれやれと言ったため息を吐く。結局、戦艦は本国から回って来ず……現有戦力で戦闘する結果になった。
「救いは機動兵器がIFS仕様に変わり、新型機が実戦配備したという事だな」
「九郎、そして弁慶、対艦兵装の補充も出来たのはありがたいです」
「水鏡殿と技術者に感謝だな」
「頭が下がりますよ。かなり無理をして実戦配備に持ち込んでくれました」
水鏡達暗部と技術者達は強行な計画日程を組んで弁慶の実用化に漕ぎ着けた事には感謝している。
人員を二交替にして滞る事なく開発を進めた経緯には立ち合っていた士官達も現場の鬼気迫る雰囲気に呑まれていた。
現場は妥協など許さない技術者と操縦者の真剣勝負の舞台だった。
試作の四機を使い潰す心算で資料を取っては改修、そしてまた資料を取っては改修と徹底的していた。
熱血や根性で乗り切るのではなく、自分の乗る機体に命を預けるという現実を見据えた行動ゆえに一滴の甘えも許されない。
おかしな点があれば、徹底的に分析して改修する。僅かな挙動の乱れもすぐさま連絡を入れて対処法を考えてもらう。
誰も無駄口は叩かずに黙々と仕事を行う姿は立派だと思い、自然と頭を垂れる者が多かった。
その甲斐あって、設計時の問題は全て解決した弁慶は無事二十機が戦線に投入される。
開発段階から操縦している水鏡達の機体として戦場を駆け巡る事になるだろう。
「できる限り決戦は引き伸ばしたいが……こちらの都合通りには行かんだろうな」
「難しいでしょうね。彼らには後がありませんから」
「自業自得だ。穢れた欲望で動いた報いだ」
「さっさと舞台から退いてもらいたいもので」
「俺達が引き摺り下ろして、引導を渡してやるさ!」
「期待してますよ、提督」
「応よ」
軽口を叩いている二人に周囲の部下達は頼もしさを感じて不安を減らしている。
高木も大作も不安は尽きないが、部下の前では絶対に見せる事はしないと決意している。
それは男の意地であり、上に立つ者としての気構えでもあった。
月の艦隊は士気高揚のまま……決戦へと突き進む事になるみたいだった。
その頃、地球連合宇宙軍はL2コロニーで作戦会議をしていた。
「では、やはり二正面作戦で行かれるというのですか?」
「そうだ。確かに数の上では不利になったが我々には最新鋭の戦艦カキツバタとナデシコがある!」
ムネタケ・ヨシサダの問いにドーソンは自信を持って宣言する。
「全くだ。私の戦艦カキツバタは蜥蜴どもの兵器など通用せん!」
ウエムラが絶対の自信を持って負ける筈がないとでもいうような口振りで告げる。
試験航海中の小競り合いで完全勝利した事で過信しているのだ。
(やれやれ、一隻の戦艦だけで全てを支えられる事など出来ないと知っているのに……慢心している)
確かに連装式グラビティーブラストの破壊力は凄いと思うが、グラビティーブラストだけでは勝てない事を忘れている。
自分とコウイチロウの乗艦しているナデシコは火星で敗走した事を忘れたのかと思う。
数で押されたら……そのまま押し潰されないなどと言うのに。
「こちらには切り札もある……このまま決戦に進み、勝利する為のな」
ドーソンが核の存在を仄めかすように話すと士官達は二つに割れる。
核の使用に懸念を隠せぬ者とこの際、勝てば良いと後の事は政府に任せれば良いと思う者に……。
「私が最高責任者だ。指示には従ってもらう……以上だ」
権限を持ち出されれば、どうしようもないのが現状である。
自身の立場を明確に告げて、反対意見を封じ込めるドーソンに危機感を強めるコウイチロウとヨシサダであった。
会議が終了した後、ナデシコの艦長室で二人は話す。
「ヨッちゃん、勝てると思うか?」
「確率的に二割くらいじゃないか……木連だけなら勝率はもっと上がるが」
ヨシサダが艦長室のモニターに現状を映し出す。
宇宙軍の本拠地――L2コロニーを挟むようにL3、L5コロニーに木連、火星の艦隊が集結している。
そしてL3コロニーの後方には月の本隊が控えている。
予定ではL3は監視、もしくは足止めした状態で月を陥落させる予定だったが……L5コロニーの陥落で状況が変わった。
L3コロニーを大きく迂回するように月へと進軍する航路の途中に新たな敵艦隊が橋頭堡を確保した。
これでまず月を落としてL3コロニーを孤立化して包囲、殲滅という作戦は不可能になった。
月に行くまでにL3、L5の艦隊と接触する可能性があり、逆に足止めされて包囲、殲滅の危険性の確率が跳ね上がった。
当初の作戦から、まずL3コロニーを陥落させる事にドーソンは変更を決断、全戦力を動かして攻撃する予定にした。
「こちらの艦隊が三千二百、木連が四千、火星が二千だが……火星の艦隊はその性能が不明と来ている。
木連の無人戦艦の改修艦みたいだが、どの程度だろうな」
「攻撃力を増強したと見るべきだろうな。
他にも主力艦大型空母1、空母2、戦艦3隻を確認している。
どれもナデシコ級と見た方が良いだろう」
「此処に戦力の全てを投入したと見るべきだな」
ヨシサダ、コウイチロウは真剣な表情で火星の戦力分析をしている。
「作戦ではウエムラの艦隊が側面から攻撃を受けそうだぞ。
カキツバタ一隻ではとても押さえられる様には思えん」
ヨシサダは左翼を受け持つウエムラの艦隊が瓦解する光景が頭の中に浮かんでいる。
一対一なら勝てる可能性もあるが四対一で勝てるなんて自分には豪語出来ない。
単艦での性能ではカキツバタが優秀だとしても数で押されると勝つのは難しいと考えている。
「左翼が崩壊すると一気に崩れかねないぞ。
なんせ最新鋭の戦艦が沈んだなんて……兵士の士気が一気に落ちるぞ」
「ヨッちゃん、それとは別にドーソンの核使用の件も気になる。
これ以上、両陣営を刺激するのは不味いと思うんだが」
「そうだな……頭の痛い話だ」
息子からの情報だが頭の痛い話だとヨシサダは思う。
宇宙空間なので環境を破壊する事はないが、どちらの陣営に使用しても不味いでは済まされない。
もし自分達が負けて地球の制宙権を一時的に消失した時、二つの陣営が地表に向けて核を使用しないと言い切れないのだ。
無論、防空システムもあるから迎撃できると考えていたが息子に言わせれば、
「はん、火星にビッグバリアも防衛ラインも通用すれば良いわね」
と辛辣なセリフを言われたので、火星はこちらの裏を掻く何かを用意しているらしいから困る。
木連に関しても制宙権を取り戻すまでに残ったコロニーを制圧して……落とす手段があり、マスドライバーの使用もある。
今は修理中みたいだが完了すれば使用しないと誰が思うのだろうか。
実際に第二防衛ラインの攻撃衛星を着実に破壊し、ジワリジワリとこちらの防御力を削っているのだ。
話し合いの場を持ち、停戦がベターだと思うが現主流派にすれば……とんでもない話だと思っているから困ってしまう。
木連も火星も地球に対する責任追及を必ず行うから、彼らにとって絶対に受け入れる事が出来ない要求だ。
今のドーソンを焚きつけて勝てと言うから面倒な事になっている。
「なあ、ヨッちゃん。被害を最少にして退却も視野に入れて行動するべきじゃないか。
弱気だと思うが……今の連合に従おうという気にはなれん。
この戦争はどうも最初から間違った形で始まったから正すべきではないか?」
「確かにな、一部の人間達の独断で始まったから修正も必要だが……手遅れの気もするぞ」
話し合う為の場を設ける事は出来たが……こちら側が手を差し出す事がなかった経緯がある。
分かっているだけに二人は深くて重いため息を吐くしかなかった。
ドーソンは執務室で火星の進軍に苛立ちながらも自身の勝利に自身があるのか……哂っている。
「くっくっく、のこのこと出てきおったわ。
こちらには最大の武器があるとも知らずに」
戦術核で確実に殲滅する――ドーソンは自身の勝利を疑う事はなかった。
手元のパネルを操作して決戦の布陣を確認している。
右翼に戦艦ナデシコを中心とする900隻の艦隊、左翼に最新鋭艦カキツバタを配置する900隻の艦隊。
そして、中央に位置するユキカゼを旗艦とする自身が率いる1300隻の艦隊と後方に配置している核攻撃部隊100隻。
長距離からの巡航ミサイルによる核攻撃にディストーションフィールドが耐え切れない事は承知している。
敵艦隊の総数は6000隻になろうが一気に削り取ってみせる自信がある。
最初に敵陣に向けて核攻撃で一気に三分の一は殲滅する。
そして残存艦隊に向けて二次攻撃で半数以下にして、混乱したままの敵艦隊を一気に強襲して押し潰せると予想する。
敵が迎撃するかもしれないが爆発に巻き込まれる事は確実だから絶対に有利な状況で戦況は進む。
絶対に負ける事はないと考えてドーソンは一人、歪んだ笑みを浮かべている。
「勝利は揺るがん……この危機的状況を打開した名将として歴史に名を遺すかもな」
自身が夢想する未来図を疑う事はなく、一人愉悦に浸っている。
そんなに上手く事が運ぶ事はないとは気付かすに……。
―――シャクヤクブリッジ―――
火星宇宙軍の進軍の様子を見たムネタケはうっかりと口を滑らせた。
「地球連合宇宙軍は終わったかしら…」
「て、提督!」
隣で聞いていたジュンが慌てて嗜めるが、ちょっと……遅かった。
「それって全滅するってこと?」
「敗因は火星の進軍前に木連を排除できなかった事ね。
木連と火星が共同戦線を取らなくても疲弊した直後を襲われたら……ダメみたい」
ミナトの質問にグロリアがあっさりと答える。
「それって……予備が無いって事ですよね?」
ユリカがグロリアに問う。
「そうよ。アジアは逸早くエステの戦線投入をしたおかげで立て直しに成功したから、宇宙に戦力を持って行けた。
オセアニアが一番最初に再建出来たけど、激戦地のアフリカ戦線の支援、南米の支援に戦力を投入して余力は無いの。
欧州は火星の支援でギリギリの処で踏み止まって再編中で、これまた余力が無い。
北米は南米を見捨てて自国の防衛と戦力を宇宙に投入して一杯一杯。
現在は旧月防衛艦隊が大規模な再編中で身動きが取れないって状況だわね」
グロリアが答える前にムネタケが地球側の現戦力をブリッジクルーに聞かせた。
「一番ベストの選択は睨み合いで動かずに再編待ちだけど……」
「そりゃ無理な話。ドーソン司令官は結果を出さないと更迭されるから動かざるを得ない。
はっきり言うと死闘になる可能性が高いかしら。
当然、死ぬのは地球側の将兵だけど……ね」
「そんな! だったら何とかしないと……」
メグミが青い顔で言う。クルーも同じ考えの者がムネタケの方に目を向けている。
「う〜ん。何とかするにもアタシには権限ないし……出来るとしたら撤退の支援くらいかしら。
それだって結構厳しいわよ。
一応、本社の意向もあるし、ビッグバリアから出る許可も政府から貰わないと行けないからね」
プロスの方に目を向けて話すムネタケに釣られるように全員の視線が向いて行く。
「困りましたな……確かに完成はしてますが、いきなり実戦投入ですか?」
プロスとしては艤装も完了して試験航海を待つのみとなったシャクヤクを非常に危険な戦線に出すのは躊躇いがある。
「後方支援が主目的よ。L2周辺の警戒という名目でギリギリに出るというのは?」
「……ギリギリですか?」
「そう、ギリギリよ。早めに出すと適当に理由付けして戦場に引っ張り出しかねないから。
地球側の艦隊が動いた後に宇宙に出るか、出る準備に入る。
そして……L2に向かうと見せかけて、最大戦速で戦場に向かい撤退を支援する。
目標は右翼のナデシコよ。火星宇宙軍と直接交戦しないように迂回するわ。
これなら軍と政府に対しても借りが作れるでしょう」
「……ふむ、その後はシャクヤクを中心に睨み合いですな?」
リスクはあるが、ネルガルにとっても悪い話ではない。
運が良ければナデシコ一隻だけでも撃沈は免れる可能性もあり、軍の撤退の支援という形で借りも作れる。
政府としても犠牲を減らしたという点には感謝するだろう。
安全性にしても火星宇宙軍との交戦を回避できる点は評価しても良い。
木連軍との交戦もリスクはあるが火星宇宙軍と戦うリスクに比べたら悪くない……要は後方支援に徹すれば問題ない。
「本社との協議を行いますが期待しないで下さいね」
プロスの意見にクルーは今の自分達に出来る事があると嬉しく思う。
このまま、人が死んでいくのを黙って見ているのは好きにはなれない気持ちなのだ。
僅かでも救える人がいるなら救いたいと思う気持ちがあり、それが出来る力もあるから動きたいと思っていた。
ユリカはブリッジの会話を他人事のように聞いていた。
父、コウイチロウが火星で行った行為に自業自得だという考えがどうしても前面に出てしまう。
死ねばいい、とは思わないが助けたいという感情が浮かびにくいのだ。
尊敬していた父親の所業に感情が反転して、侮蔑のような気持ちが先走るのを抑え切れずに悩んでいた。
「艦長、発進準備は任せるわよ」
「は、はい」
ムネタケの声に慌てて返事をする。
「親父さんの事で色々溜め込んでいるみたいだけど……他の将兵は無関係よ。
もう少し大人になりなさい」
「わ、分かってます!」
ムネタケに心の内を読まれて慌てて返す。
「親父さん以外の人の命も懸かっているの……そっちの事も見て頂戴ね」
「…………」
視野狭窄になるなという意味の言葉に返事が出来なかったユリカであった。
プロスから持ち込まれた現場の意見にネルガルの重役会は不安な気持ちを隠せなかった。
正直、負け戦に四番艦シャクヤクを投入するのは躊躇ってしまう。
どう分析しても地球側に有利に動く可能性は少ない。
不確定要素として戦術核の使用があるが、更なる泥沼の様相しか浮かんでこなから困ってしまう。
だが、シャクヤクを戦線に投入すると言っても後方支援に回す意見だから……判断に迷う。
偶然、間に合ったという形で支援する予定だとムネタケ提督は言う。
最初から出してしまえば、強引な手段でシャクヤクを動かそうとするからギリギリまで出さずに待機させる。
大きく迂回するコースで火星宇宙軍とは接触せずに右翼のナデシコを中心とした極東軍の支援に回る予定だと言う。
アカツキ自身は別に構わないかと思っているので、後は重役会の決断に任せる形にしていた。
最終的に派遣するという事で一応の決着は付いたが、絶対に無理をしないと言う条件を出した事は当然だったかもしれない。
ネルガルにとって最後の砦となる戦艦シャクヤク……そのデビュー戦の時は決まった。
―――木連 市民船しんげつ―――
好戦的な連中を黙らした海藤達は無事に市民船しんげつに到達した。
強硬派の中でも冷静に状況を分析できた士官の一人が元老院の捕縛を行い、恭順の意志を示して海藤達を迎え入れる。
秋山は冷ややかな視線で市民船しんげつ内部を見ていた。
「馬鹿馬鹿しい結末だな」
言葉の通り元老院は皆……責任逃れをしようとしていた。
自分達は脅されただけで政府に逆らう気はなかったと告げているが、関係者はそんな戯言を信じる訳がない。
緊急脱出用の通路で首魁である東郷の遺体が発見された時、東郷に全責任を負わせようとする。
その様子を生中継で木連全体に流して、如何に元老院が無責任な存在であるか……市民に知らしめた。
強硬派もこの映像を見て、自分達の理想を道具のように扱われたと感じた者は投降していた。
それでも諦めきれない士官とその部下達は市民船しんげつの一画に立て篭もり、自分達と先程まで睨みあっていた。
海藤が飛燕、九郎による強行突入を敢行して……黙らせた。
秋山はその行為を強引とは思っていない。
既に大勢は決まったのだ……悪足掻きに付き合う気はないし、時間もないのだ。
早期決着をつけなけねばならない状況でダラダラと長引かせるなど秋山の頭の中にはなかった。
市民船しんげつは現在、戒厳令下の状態になっている。
市民船を管理している者達は拘束され、因果を含められて市民船れいげつに移送される。
彼らのした行為は政府に対する反逆行為であり、情状酌量の余地はない。
助命嘆願を願う家族には悪いが、上に居る者が責を取らなければ下の者に類が及ぶのだ。
強硬派の士官達も拘束され、所属している兵士達も沙汰が出るまでは厳重な監視下に置かれる。
おそらく降格だけでは済まされない。厳罰を以って事に当たると草壁は宣言している。
これは第二、第三の反乱の防止もあるのだろうと秋山は判断していた。
「艦長、これで良かったんでしょうか?」
副官の三郎太が複雑な顔で聞いてくる。
理性では理解しているが、感情が追い着かないといった顔でこの内乱の顛末を見つめている。
「さあな、もう少し時間があれば、話し合いによる解決も出来たかもしれん。
閣下を最後まで信じ切る事が出来れば……こんな結末にはならなかった事は確かだな」
「閣下を信じる……ですか?」
「そうだ。閣下は木連を最善の方法で次の世代に遺す事を考えていた。
弱腰に見えたかもしれないが、閣下の本質は侍だ。
自分の信念を貫く為ならどんな苦難でも立ち向かう事を忘れなければ……馬鹿げた事はせんさ」
閣下の本質は不器用で一本気な人だと村上さんから聞いた事がある。
不器用故に強引なやり方でも勝てると思えば、自分が悪と言われようとも貫き進む。
勝つ為に火星の遺跡が必要だったからこそ、虐殺でも可と考え……実行したのだ。
例えなんと言われようが自分が決断した事を誰かの責任にしたりはしないし、汚名を被る事も辞さない。
本当に覚悟を持って行動する武人だと思う。
「覚悟なき元老院如きが閣下に勝てると思うなど……呆れるしかないな」
「そうっすね」
「なんにせよ、これからは俺達の時代だ。
せめて閣下に負担を掛けないくらいにはなりたいものだ」
「俺達の時代ですか……良い響きっす」
「ああ、舵取りが難しい時代かもしれんが、俺達の国を守る者は俺達自身の手だ。
新たな木連の礎くらいにはなってみせる!」
「気合入ってますね」
「当たり前だ。犠牲になった者達の為にも歩みを止める事は出来ん」
「そうでした……死んでいった仲間の分もありました」
三郎太も神妙な顔で頷いている。
此処まで来るのに幾多の犠牲者が出ている……彼らの分まで生き抜いて見届けたいと願う。
「次は地球との決戦だ。
三郎太、お前の力も借りるぞ」
「了解、艦長。
自分は簡単にくたばりませんので最後まで付き合いますよ」
敬礼して自分の後に付いてくる頼もしい部下と歩いて行く。
おそらく、次の戦いで木連の未来が決まる。
閣下と村上さんは月の決戦での勝利を盾に地球側との交渉の席を作る心算だろう。
最終的に月を木連の領土として移住地の一つにする予定だと予想している。
火星への移民も考えているが、月を押さえる事で万一に備える筈なのだ。
名将の条件は常に次の手を考えるだけではなく、二手、三手先を考えて複数の手を打つらしい。
歴史に名を遺す名将を気取る気はないが……愚将にだけはなりたくない。
なんにせよ、俺達の時代はまだ始まったばかりなのだ。
最後の最期まで胸を張って生きてみたいものだと思いながら、一歩ずつ進んで行こう。
激動の時代になるのなら、その荒波に飲まれずに立ち向かえる男として……。
霊安室で久しぶりに友と再会する。
「よぉ……元一朗、一人で逝くなんて狡いじゃないか」
元一朗の顔は苦悶の表情ではなく、穏やかな表情で今にも動き出しそうに見える。
「昔っから、お前は先走って俺や源八郎を困らせていたが……最期まで突っ走っていたな」
こいつが一人先に進んでいたから追い着こうとして皆が頑張ってきたと思う。
厳しい訓練生時代、誰も落伍者がいなかったのはこいつが仲間を引っ張ってきたんだと自分は知っている。
自分に厳しく、いつも熱く滾る奴だった。
俺達が木連の未来を作るんだと血気盛んに叫んでいた。
「馬鹿野郎が! どうして俺に声を掛けなかった……こうなる可能性は分かっていたのに。
俺が止めると思ったのか……確かに止めたさ、まだ戦いは始まったばかりなんだぞ。
全てはこれから始まるのに寄り道してどうする? さっさと目を覚まして……いつものように駆け出せよ……」
揺さぶって起こそうとしても……元一朗は目を覚ます事はない。
そう……死んでいるのだ。友は自分の手の届かない場所へ旅立ってしまった。
「いつまで泣いておる……そんな暇はないぞ」
自分の背に声を掛ける北辰殿に目を向ける。北辰殿は霊安室の扉の前で静かにこちらを見つめていた。
「友の死を悲しむ時間すらないというのですか?」
「然り、このまま座していても何も変わらぬ。
この男が夢見た世界には興味はないが、この瞬間も世界は動き続けておる」
北辰殿は淡々と感情を見せずに話す。
「自分は女々しいのでしょうか?」
「否、死を悼む気持ちは人が持つ感情だ……修羅たる我には不要なものだがな」
「そんなふうに割り切れません」
「だが、未来を放棄するわけにも行かぬ。
今の貴様に立ち止まる事は許されぬ……友の死を無駄にするのなら別だが」
そう告げて北辰殿は背を向けて歩いて行く。迷いなど捨て切り……前だけを見つめている姿が遠くに感じられる。
「お前は軍人だ。これから何度でも人の死に立ち会うのだ……閣下のようにな」
去り際に言われた内容を反芻して、出立前の事を思い出す……"見届けて次に活かせ"と言われて送り出して貰ったのだ。
自分を送り出すのは問題があると分かっていたが、信じて送り出してくれた……その信頼を忘れる訳には行かない。
「次に活かせと閣下は言われた……自分は活かせるでしょうか?」
「分からぬが、ここで泣いていれば……何も変わらぬ。
閣下は何度も屍を乗り越えて歩いて来られたからこそ……今の強さがある」
「……元一朗、遅くなるかもしれんが、必ずこの国を守ってみせるから……待っててくれ。
俺はもう少しこの世界で頑張るから……人の悪意なんかに負けないぞ」
歯を食いしばるようにして九十九は元一朗の遺体に背を向けて歩き出して行く。
自分を信じて送り出してくれた閣下の期待に応えてみせる。
そして、必ず次に活かして……二度と苦い思いをしないと誓う。
海藤は市民船しんげつの一画に臨時の行政府を立ち上げ、政務を執り行っていた。
「やれやれ、面倒な話だな。好き放題している連中の尻拭いとは……」
元老院が搾取していた物資の回収と分配、拘束した士官達からの事情聴取から始まる残存艦艇の行方の追跡調査もある。
再起を図る士官がいて、戦力を秘匿されると不味いのでこれには暗部の協力もあった。
「死亡したと思われる士官の確認もしないとな」
「闇に隠れて再び栄光を……ですか?」
「そういう事だ。こればかりは地道な捜査が必要だからな」
新田が頭を抱えるようにして唸っている。
地道な捜査など苦手な分野だから……したくないが、後々に禍根を残しかねない事でもあるので手を休める訳にも行かない。
そんな時に執務室の扉を叩いて入ってくる士官をギロリと睨んでも仕方ないかもしれない。
「新田副長……何か?」
「気にするな。新田は面倒な仕事を増やされて不機嫌なだけだ」
「は、はあ……提督、ここに係留してある戦艦の総数ですが」
「おかしな点があったか?」
「いえ、特に問題はなさそうです。
我々が撃沈した戦艦の数とほぼ合いました」
「そうか、戦場で破壊した分で不明瞭な点はあったが実数が合えば問題は無いな」
「はい、こちらに残されていた資料と大体合いました事をここに書類で」
「うむ、ご苦労だった」
報告書を渡して士官は退室する。
新田は面倒な仕事が減りそうだと考えて一安心している。
「助かったと言うべきですか?」
「……そうだな。百隻くらいの差が出るなら、やばいかなと思ったがまず間違いないな。
後は死亡記録の確認だ。生き残ってどこかに潜伏という行為をしていないか、調査しないと」
「その点も大丈夫だ。証言の裏も取った」
北辰が執務室に入って来て海藤に告げた。
「潔いというか、閣下ならこの程度で諦めぬので大変だが……拍子抜けと言ったところよ」
「後顧の憂いはほぼ無くなったと見るべきですな」
「然り、後はこの街の管理だけだ」
「それが一番厄介なんですけどね」
「されど、成さねばならぬ。
困難ではあるが、この国を迷走させる危険性は減らさねばならん」
「全くですな、火種はきちんと消しておくのは当然の事です」
海藤の意見に北辰と新田は頷いている。
小火で済めば良いが……大火になるのは避けたいのは三人の共通の認識でもあった。
「私がここに留まって、今しばらく監視を行いますので北辰殿は月へ行って下さい。
この場の重石は自分が引き受けます。
高木少将の力になってやって下さい」
「承知した……何名かは追跡調査を行わせる。
おかしな点が出れば、配下の者を使うが良い」
「分かりました……武運を」
「うむ、そちらも気を付けよ。
ここはまだ完全に押さえておらぬ……敵地のつもりでな」
一応の報告を終えた北辰は報告書を渡すと退室する。
「悪いな、新田。俺達は動けんみたいだ」
「残念ですが、禍根を残すような真似は出来ませんて」
「これも爺ぃ共が碌な事をせんからだ」
「全くです」
目の前に溜まっていく書類を見て項垂れる海藤と新田であった。
増える事はあっても、簡単に減る事はないから厄介な敵だと思う。
「落ち込んでる白鳥も呼んでこい……仕事でも押し付けて気を紛らわしてやる」
白鳥には悪いが、いつまでも落ち込んでもらっては困ると海藤は考える。
まだ仕事は終わっていないのだ……落ち込むのは全ての仕事が終わった後にして欲しい。
戦後処理を行ってこそ、全てをやり遂げた事になると思う。
ただ戦って勝てば良いだけはない……勝った後の事のほうが重要なのだ。
それを終えるまでは自身の仕事を放棄する事は許されない。
それが責任のとり方だと思う海藤だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ようやく木連編の結末が見えてきました。
これから月を睨んだ攻防がメインになる筈です(多分)
状況としては木連、火星の艦隊と地球の艦隊との決戦ですね。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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