どの陣営も負けられない戦いである
自分達の未来が懸かっている
さて、ここで問題がある
最低限守るべき約束はあるが守らない
そんな者が信用される世界は破滅が待つのだろう
少なくとも自分はそんな人間は嫌いだ
嫌いな人間に従う道理はないのだ
僕たちの独立戦争 第百十三話
著 EFF
前哨戦とも言える戦いは既に始まっていた。
地球側の威力偵察はL3、L5の二つのコロニーに向かって活動している。
だが、両陣営はその威力偵察を悉く跳ね返していた。
特に新たに現れた火星宇宙軍の拠点への威力偵察は損害ばかりが蓄積され、何一つ進展しなかった。
「……ダメだな。L5の無人戦艦は木連のより攻撃力が上みたいだ」
「みたいだな、ヨッちゃん。
制御機構も強化されているのか、動きに乱れがないようだ」
「頭の痛い話だ。
こちらとしては向こうの主力の戦艦の力を知りたいが……その前まで進ませない守りだ」
「対艦攻撃機……エクスストライカーも厄介だよ。
こちらの対艦フレームでも対抗できるか判らんからな」
コウイチロウとヨシサダは揃ってため息を吐いている。
無人偵察機による偵察では埒が明かないと判断して、有人機による偵察を敢行したが結果は惨々たるものだった。
グラビティーブラストの広域放射を捨てたような武装の無人戦艦の砲撃の威力は見事の一言に尽きる。
一点突破に近い感じの砲撃に変わった成果なのだろう……貫通力が別物になっていた。
艦隊を整列されての一斉砲撃はまるで槍衾のように見える。
艦を並べて砲撃する事で広域放射の代用を可能にした貫通力のある砲撃はこちらには不利な状況でしかない。
しかも、主力のナデシコ級らしき戦艦は温存されている。
コロニー制圧時の映像を見る限りでも、様々な攻撃方法を模索して作られた艦達に見えるから困る。
それだけ戦術の幅があると予測されるので、一隻でもその性能を分析したいが……全て失敗した。
ドーソンは偵察など不要だと叫んでいるが、戦争とはそんな甘いものではないと二人は知っている。
木連との決戦に必ず現れると思うので対策を練りたかったが、上手く行かない様子だった。
左翼を任されているウエムラは与えられた新型艦カキツバタをどう運用するかという一点に絞り込んで戦術を立てていた。
「主砲の広域放射の範囲内に如何にして引き摺り込むかが焦点だな」
カキツバタの最大の火力である連装式グラビティーブラストの活用が勝利の鍵だとウエムラは考えている。
広域放射の三連射は確実に敵艦隊に打撃を与える事が出来るので、如何にその範囲内に多くの艦艇を誘い込むかが問題だ。
「提督、もう一つ問題があります。
火星がこの戦いに割り込んで来た場合、左翼の我々が受け持つ可能性を考慮しなければなりません」
このL2コロニーからL3コロニーへ進軍する以上、側面をL5コロニーに見せる事になる。
火星宇宙軍が最短距離で進むのなら左翼の自分達が受け持つ可能性が高いのだ。
「確かに参謀の意見は考慮すべき点がある」
「映像で見る限り、火星はナデシコ級と思しき戦艦を数隻投入してます。
一対一ならまずカキツバタが勝てると考えますが、複数を相手にするとなると……」
言葉を濁しているが、この場にいる全ての士官が言いたい事を理解している。
最新鋭のカキツバタ一隻でも複数のナデシコ級が相手では勝率も低いと予想しているのだ。
「策としては、常に一対一の状況になるように艦隊に他の艦の牽制をさせるべきでしょう。
一対一、もしくは一対二の状況に持ち込むように艦隊を動かして各個撃破がベストではないでしょうか?」
「その策を採用する。
確かにナデシコ級かもしれんが、所詮試作艦の資料から作られた粗悪な複製品を慌てて作って持って来ただけだ。
戦闘艦として設計されたカキツバタなら負けはしない」
断言するように話すウエムラだが、彼は火星の主力艦がナデシコを発展させた戦艦から派生している事を知らなかった。
地球では最新鋭のカキツバタだが、それを発展させた戦艦を基に生まれたと知らなかった事が敗因だと気付くことはない。
そして最大の失策は対艦攻撃機エクスストライカーの性能を軽んじた事だった。
対艦フレームのエステバリスなら十分に勝てると思い、欧州戦線からの資料に目を通さなかった。
欧州ではボソン砲を封印し、ボソンジャンプによる奇襲も封印していた火星宇宙軍の対艦攻撃機エクスストライカーの真の怖ろしさをこの後、身を持って彼は知
る事になる。
カキツバタさえ撃沈するのに手こずるチューリップを単機で撃沈する事を地球側はまだ知らない。
『シミュレーションではこの戦闘で勝率は八割ですね。
カキツバタは確かに優れた艦ですが、スコーピオの超長距離砲撃を喰らえば無事には済みませんから』
スクリーンに映る戦況の推移は歴然としていた。
左翼艦隊の旗艦カキツバタがスコーピオの重力波レールガンの一撃を受けて機能が確実に低下。
そして無人戦艦による砲撃で艦隊を削り取り、対艦フレームによる攻撃をエクスストライカーによる防衛。
要であるカキツバタを封じる策は他にもあり、その中でも特に損害の少ない方法をクロノ達は検討していた。
「転送爆雷での勝率は?」
『そう大差はありませんが、転送爆雷は転送位置のズレが問題です。
誤差修正は行いますが微妙なズレはどうしても出ますので』
「ばら撒く分には問題はないが精密な損害を出すには不向きって訳だ」
『その通りです、レオンさん。
方法としてはフィールドイレーサーをばら撒いての攻撃が一番望ましいと思います』
レオンの考えを肯定するように転送爆雷による攻撃パターンをスクリーンに映す。
まず、第一撃にフィールドイレーサーによる敵艦隊の防御力の低下を行う。
第二撃にフィールドの低下、もしくは消失した敵艦隊にグラビティーブラスト、または機動爆雷による攻撃。
そして、トドメに艦載機による対艦攻撃で完全に撃破する。
『これは私達の艦隊にも言えますが、フィールドが無ければグラビティーブラストの広域放射で呆気なく撃沈します。
今回の作戦でフィールドイレーサーを使用するのは地球側にこちらの弱点を教えかねません。
したがって重力波レールガンの使用が望ましいと進言させて頂きます』
出来る限り開発競争を遅らせたいとダッシュは考えている。
フィールドランサーがある以上はいずれ出てくると予想されるが、その時間を出来る限り引き伸ばしたい意図がある。
開発競争になれば、人材の豊富さでは地球側に分があるから気付かせたくないのだ。
重力波レールガンは破壊力はあるが、チャージに時間が掛かって連射に不向きで直進性しかない。
要は射線をずらせば当たらないから観測機器を充実させて敵艦の位置を掴む事が出来れば回避できる可能性が高い。
フィールドイレーサーは小型で応用が利くのであまり実用化されたくないのだ。
「被害が最少に出来るなら文句は言わんさ。
この先も人手が要るんだ……同胞が死ぬのは見たくねえしな」
「そうだな。それに転送爆雷はニュートロン・チャージャー(改)の転送をしてもらわんと」
「そっちのほうが重要だな。
本当に地球側は碌な事しかしねえから頭に来るぜ」
クリムゾン、マーベリックの共同での調査によれば、今回の決戦に用いられる核は大陸間弾道ミサイル型の戦略核だ。
キロトンではなく、メガトン級の物を躊躇いなく使う予定なので連合の焦りではなく……狂気が見える。
形振り構わずに勝ちに来たと言えるが、される側としては堪ったものではない。
「それにしても……開発局もとんでもねえ物を作ったな。
アレ、地上にばら撒いたら地球が終わるぞ」
レオンが呆れた様子でニュートロン・チャージャーの出来映えを話す。
「核分裂の促進だけじゃなく、核分裂の停止も出来る。
停止出来るようにセットして地上の各電力施設に使えば、確実に地球側のエネルギー不足に陥らせるぞ」
核分裂炉や融合炉による電力供給をしている国にとって、それらの施設の使用を制限されれば大問題になる。
「地球側のライフラインの一つを確実に破壊出来るな」
「億単位で餓死者が出るだろう……使ってみるか?」
「やなこった。戦場で恨まれるのは気にせんが、それ以外の事で恨まれるのは勘弁だ」
「同じく、民間人を死なすのはどうもな。
無論、宣戦布告した以上は覚悟しているが……気分のいい物ではないからな」
クロノの問いにレオン、ゲイルが嫌そうな顔で返事をする。
「では、これも秘匿兵器として今回の使用後……封印だな」
「いいんじゃねえか」
「物騒な代物は切り札として保存だな」
三人は意思統一して封印の決定を選択する。
地球側の狂気に対して、火星は理性ある選択で最後まで戦うみたいだった。
―――市民船れいげつ―――
草壁春樹は自身の執務室で今回の内乱での損害報告を聞いていた。
報告を聞く限り、新たに艦隊の再編を行うにしても一個艦隊がギリギリかと思える。
「――以上です、閣下」
「ご苦労だった」
報告を終えた士官を労い、傍らで聞いていた新城に単刀直入に尋ねる。
「新城君、やはり一個艦隊が限度か?」
「はい、今生産中の艦を全部集めても一個艦隊三千隻を送り出すのが限度です。
こちらとしても、これ以上の増産は遺跡に負荷を掛ける事になりそうです」
「うむ、村上……誰を派遣させるべきだと思う」
「海藤を派遣させたいが事後処理でしんげつに配置せねばならんな。
今後の事を考えると若手を送り、自分の目で現在の状況を見聞させたい」
村上の意見には草壁も異論はなかった。次世代の育成は急務であり、若手の台頭を二人は望んでいる。
自分達との価値観の違う存在を知る事は悪い事ではない。
軋轢や衝突もあるが、それらを若さという勢いで乗り越えて欲しいとも考える。
問題は若さゆえの暴走だなと草壁は考えている。自分も含めて、優人部隊は血の気の多い連中ばかりだから困る。
相手の挑発に暴発すると後々面倒なことになりかねないから送る人員に熟考が必要だった。
「今後の事を考えると駐留武官の選定もせねばならん」
「駐留武官?」
村上から言われた言葉を反芻する。新城も被害報告をしていた士官も不思議そうに聞いている。
「火星から言われたんだよ。
火星と木連の価値観や生活様式の違いを体感してもらうには現地で生活してもらう必要があるって」
「なるほど……移民を始める前に生活様式の違いを知って欲しいと言うんだな」
「停戦と国交正常化の交渉は大筋でまとまっている。
後は人員の派遣を行う必要があるらしい。要は大使館の設置を考えているから、そっちも考えて欲しいって事だ」
草壁と村上の会話で新城も士官も国交の正常化という政治の話を黙って聞いている。
一軍人として口を挟むような軽い問題ではないと考えると同時に移民の前段階が始まっていると感じてホッとする。
「うちはれいげつの一画に設置する方向だな」
「問題はこっち側だよ。基本的にうちは血の気の多い奴が多いからな」
苦笑して話す村上に草壁も苦笑で応えている。
「秋山が結婚していたら、送り込んでいるが……独り身だしな。
今、月に居る高木君達も独身ばかりだし、どうしたものか……」
月に居る上級士官では三原だけが婚約しているだけで、他の士官は全員独身だった。
月から地球側の情報を受信した映像などで知り始めている連中だから多少はマシだと村上は考えていたから困っていた。
「妻帯者が望ましいと考えているのか?」
「ああ、生活様式を知る上では台所を預かる者の意見が重要だからな。
火星の要望としては家族連れがありがたいみたいだ。
特に子供が火星に馴染めるか、この一点を知りたいみたいだぞ」
「火星は移民に積極的という事か?」
「それもあるが、移民を受け入れる事で木連との軋轢や衝突の回避あるんだろうな」
「体の良い人質か?」
「そこまであこぎな事はしないさ。
融和を考えているからこそ……相互理解を望んでいるんだろ」
「平和を望むから自分達を理解しろか……」
「次代の木連を支える連中を火星と地球に送り込んで見聞させる事も考えんと……。
そして国内の様式も変えて行かないと不味いだろうな」
「問題は山積みだな」
……草壁の声は重く執務室に響いていると新城は思う。
執政者としても責任の重さという物の一部を垣間見たと感じていたが、村上のこの一言で焦る。
「そういえば、新城は惚れた女はいないのか?」
「はぁ?」
「だから嫁さんは貰わんのか?」
「え? いえ、自分はまだそんな家庭を持つなど考えておりません」
「いかんな、いい若いもんが家庭を作らんというのは……春、良家のお嬢さんでも紹介してやれ」
「ふむ……お見合いでもするかね、遠藤君もどうだ?」
被害報告に来ていた士官――遠藤は焦る事なく告げる。
「自分は結婚を前提に付き合っている人がいますので」
「それはいい話だな」
「うむ、新城君も一考したまえ。
なんなら紹介しても構わんぞ」
「は、はあ(勘弁してくれ〜〜)」
新城の心の悲鳴は誰にも伝わらず、話は進んで行く。
「とりあえず候補者の選定はこっちでするから最終判断は春に任せる。
新城がもし見合いして上手く行きそうだったら、新婚旅行を兼ねて火星に行かせてやれ」
「承知した」
「閣下! 自分は遺跡の管理が在るので」
慌てて現在の状況を話す新城……もうしばらくは気楽な独身生活をしたいと考えているだけに必死だった。
「む……確かにその問題もあったな」
「別に見合いしても問題はないが……もうしばらくは気楽なほうが良いのか?」
「は、はい、自分はまだ家族を背負えるほどの力量はありませんから」
「背負う事で持てる力もあるぞ……独り身の俺達が言うべき台詞では無いかもしれんが」
村上も草壁も木連では家庭を持っていないという珍しい存在だった。
「俺の場合は婚約者が事故で死んだ後……それ以上の女性がいなかっただけだが」
「私の場合は政務が忙しくて家庭を持つ暇がなかったんだが」
縁がなかったと言えば格好いい話だが積極的に考えていなかったのも事実だ。
「若い連中はゲキガンガーの影響でナナコさんだったか……そっちに目が行くから困ったもんだ。
火星は男女共働きで、女性が社会に進出しているから木連男児は大丈夫かね」
「そうなのか?」
「三山君からの報告書にも火星の女性士官の話が出ている。
火星と木連の生活様式は大分違うから一考の余地ありだな。
純情で一本気質な連中があしらわれそうで悩みの種だよ」
文化の違いをはっきりと感じて頭を抱える村上の姿に三人は何も言えなかった。
草壁は自身の政策に文句を言われそうで。
遠藤は大変だと感じ、自分が火星に行くのは困るかと考えて。
新城は迂闊な事を言って見合いでもさせられたら困ると思って。
「どちらにしても人員の派遣は必須だから、春の方でも推薦したい人物がいれば言ってくれ」
「承知した……白鳥君はどうだ?」
「彼は地球に行ってもらう事を考えている。
木連では珍しく中立的な思考を持っているから柔軟に対応出来そうなんでな。
ただ問題は今回の一件で落ち込んでいないかどうかだ」
「なるほどな……友の死は堪えるものがあるからな」
草壁も村上も友人の死を何度も見ているので、多少は慣れたが悲しい事には変わらない。
白鳥九十九がそれを乗り越えられるか……少々心配だったのだ。
内乱によって受けた傷痕がこれから徐々に出てくると思うと複雑な気持ちの四人であった。
―――地球連合議会―――
シオンからの申し出に和平派と現主流派のトップ会談が急遽行われる事になった。
「一応聞いておくが戦略核の使用は君達が許可したのかね?」
シオンが苛立ちを隠そうともせずに現連合政府大統領に問う。
意気揚々とこの部屋に乗り込み、連合宇宙軍の勝利宣言を行おうとしていたがシオンの口から出た言葉は最悪なものだった。
「バカな! そんな許可は出しておらん……核の使用は国際条約で禁止している。
宇宙空間での使用も連合政府の承認がなければ厳禁とされている」
真っ向から否定する大統領の顔には非常に険しいものがある。
寝耳に水といった様子で焦りを含み、状況が加速度的に危険な方向に進んでいると感じているみたいだ。
「ドーソンの先走りか……なんにせよ、報復に注意が必要か」
シオンは席を立つと部屋から出ようとする。
「ま、待ってくれ!」
「何かね?」
用件は済んだと言わんばかりに冷ややかな視線で自分を見るシオンに恐れを感じる。
シオンの性格は知っている……彼の言っている事が事実なら勝ったとしても責任追及は必ず行うだろう。
ここに来た時点で既に証拠も押さえている筈だ……ほぼ退路を絶たれた事になるのだ。
いや、それ以上に相手側の陣営に無差別攻撃のカードを差し出した事にもなりかねない。
コロニー落としやマスドライバーの使用は確実になり、地球上で安全な場所はなくなるだろう。
「本当に我々は核については知らんぞ!」
「相手がその言葉を信じてくれると良いな……散々騙し続けてきた、地球の言葉をな。
木連も火星もお前の声を責任逃れの言葉としか思わんだろう。
確かに地球が勝てるかもしれんが、その先にあるのは……完全な殲滅戦によるどちらかの陣営の崩壊だ」
「そうかな……勝てば問題ないと思うが。
木連は月を維持できずに戦線を後退させるだろうし、火星も最大の戦力を失い……動けなくなる」
「核の使用はどうする気だ?」
「勝つ為には必要だった……それだけだ」
「良かろう……そこまで言い切った以上は好きにすれば良い。
次に会う時は責任追及の場だ……君達を戦争犯罪人として処分させてもらう」
交渉決裂の瞬間だった。元々二人には妥協する謂れはない……お互い最後通告に近い状況で膝を折らせる予定だったのだ。
「何処までも傲慢で居続けるがいい……命を軽んじる者の最後は惨めなものだぞ」
「フン、そうやって綺麗事をほざいているがいい。
正義という物は勝者が作るものなのだよ」
互いに一瞥し合うとシオンは退室して、一つのカードを切る。
今回のトップ会談の結果を聞こうと待ち構えていた記者団に連合宇宙軍が核使用を考えていると公表した。
そして大統領が核使用を黙認するみたいだと話し、痛烈に現連合政府のあり方を非難した。
「こちらが核を使用すれば、相手も使用するという事に気付かない愚か者」とシオンは自身のコメントの最後に添えた。
「一植民星と連合に所属しない敵対勢力に恐れる必要はなく、遠慮など無用」これがシオンのコメントに対する言葉だった。
地球議会側の意見は完全に二分する。
経緯を鑑みて、今一度会話から始めようとする和平を望む者達。
この戦争を肯定して木連、火星を屈服させて従わせろと叫ぶ傲慢な者達。
無関心な連合市民もこの様子を見て、今度の艦隊戦で全てが決まると感じていた。
ヨコスカシティーのネルガル造船施設ではシャクヤクの発進準備が進められている。
ナデシコ、コスモス、カキツバタに次ぐネルガルの最新鋭の戦艦シャクヤク。
カキツバタから得られた資料を基に改修と改良が行われ、艦載機も対艦フレームを擁するエースクラスのパイロットもいる。
ネルガル重役陣の期待を一身に背負っての初陣は苛酷な退却戦の支援の予定だった。
「いいか! 対艦フレームのパーツを限界まで搭載するぞ!」
「「「「「「うっす!」」」」」」
整備班一同を集めて、ウリバタケがシャクヤクに持ち込むエステバリスのフレームの説明をする。
「巡航戦、砲戦、陸戦はドックに保管してもらうからな!
0G戦は予備に三機持ってく……サイトウお前がリーダーになって対艦フレームの予備機を組んでおけ!
最終チェックは俺がやる!」
「分っかりました!」
ウリバタケの指示にサイトウが何名かを引き連れて駆け出して行く。
「今度の仕事は危険な殿だ! 絶対に整備不良なんて出来ねえんだからな!
整備班の実力を見せるぞ!!」
気合十分といった顔つきでウリバタケが叫んでいる。
退却している艦隊の最後尾になるのは非常に危険な任務になる。
整備班の面子は絶対に整備不良など出さないと決意して仕事に励んでいた。
『だから、テメエは前面に出過ぎなんだよ!』
シミュレータールームでも鬼気迫る迫力でリョーコがガイに叫んでいる。
『バッカ野郎! 今、出ずにいつ出るっつ――んだ!!』
『それで落ちたら前衛が俺一人になっちまうだろうが!
今回は守る事が最優先なんだぞ!』
『そうだよ、ガイ君。
今回はボッコボコに負けた部隊の面倒見るんだから……戦闘よりも撤退が優先なんだよ』
『そうですよ、リョーコさん一人で全部カバーするのは無理なんですからね』
『お、おう……だが、ケツ持ちはちょっとな〜』
三人がかりで注意を受けて、ガイも及び腰になる。
リョウコとガイの前衛にヒカル、イツキの中距離支援、そしてイズミの後方からの狙撃というフォーメーションで艦の防御をしなければならないのにガイが先
走って突出する。
その結果、フォーメーションが崩れてシャクヤクの防衛ラインに穴が開く始末にリョーコは苛立っている。
『……死ぬにはいい日和かもね』
『イズミは縁起でもない事を言うんじゃねえ!』
『でもさ〜今回ばかりはやばいんだよね〜。
木連の有人機もいるし、火星の機動兵器があるからね』
『火星の機動兵器って、どの程度の攻撃力があるんでしょうか?
私、実際に見てないし、軍からの報告も今ひとつなんで』
イツキが不安そうな顔で聞いてくる。
欧州戦線の情報は聞いているが、ムネタケの分析を聞く限り……戦闘力に制限を掛けた状態で戦っていたらしい。
『単機でチューリップ落とせるよ』
『はい?』
イツキはヒカルの言った意味が少し分からずに首を傾げるが、内容を反芻して徐々に顔色を青くしている。
『チューリップって……あのチューリップですか!?』
『そうだよ。正直、度肝を抜かれたんだよ。
ったく……とんでもねえもんを作りやがったよな』
『機動兵器にグラビティーブラストは反則だよね』
『戦場に華を咲かせていたわ……素敵ね』
『もしかして左翼って新型艦がありますけど……危ないって事ですか?』
イツキが恐る恐る尋ねる。
シャクヤクとほぼ同型の戦艦カキツバタを擁する左翼の艦隊が最も攻撃力があるから大丈夫だと思っていた。
だけど、話を聞くうちにその左翼が一番危機的状況にいるのだと容易に想像できたのだ。
『左翼の全滅は確実よ』
『おっ、イズミもシリアスモードになってる』
『ふっ、一応、遺書を用意したわ』
『だから、縁起でもねえ事言うんじゃねえ!!』
『も、もしかしてクロノにリベンジ出来るチャンスなのか!?』
『このドアホウが!!
そういう事態にならねえ様に頑張ってんだろうが!!』
ガイの一言にリョーコがキレる。
『あのライトニングを相手にしたくねえから、こうして訓練してんだよ!』
『アレはの相手はちょっと遠慮したいな』
『ゲ、ゲキガンガーを相手にするのか……う〜ん、俺はどうするべきなんだろうか』
ガイにとっての正義の象徴であるゲキガンガー。
限りなくそのイメージに近いライトニングを相手にするのは複雑な心境らしい。
『火星に喧嘩売ったら乗れなくなるかもよ〜〜♪』
『なんじゃそりゃ!?』
『ガイ君、火星に移民するとしても軍関係者ならお断りって言われるかもよ〜』
『バ、バカな!?』
愕然とした顔でガイがヒカルの声に衝撃を受けている。
『ダイゴウジ・ガイ、夢半ばで宇宙に消える……合掌』
『う、嘘だ! 嘘だと言ってくれ―――ッ!!』
『まあ、火星宇宙軍と激突しない限りは大丈夫じゃないですか』
『ほ、ホントか!? 信じて良いんだな!?』
『イツキちゃん……もうちょっと楽しみたかったのに〜〜』
『え、えっと、そうなんですか?』
『そうだよ。ガイ君弄りをしたかったんだけど』
『ライトニングがなんなのかは分かりませんが、火星宇宙軍と激突しないようにさっさと帰るようにしましょうね』
『お、おう』
焦るガイを宥めて、イツキは誰にも気付かれないようにため息を吐く。
以前、シミュレーターで相手をしたクロノは艦隊司令官だから戦場にパイロットとして出ないと思って楽観していた。
だけど、話を聞くうちにかなり戦力に開きがあるのだと知ってしまった。
イズミは冗談で言っているのだろうが、自分も遺書を用意しようかと思うちょっと弱気なイツキだった。
整備班、パイロットが準備を進めている中でユリカは自分一人だけが取り残されているように感じている。
「まだ悩んでいるの、艦長?」
ミナトが艦長席にボーッと座り込んでいるユリカに声を掛ける。
ムネタケがジュンを連れて軍と政府の両方にシャクヤクの発進手続きに奔走しているのでユリカがブリッジに残っている。
一応、ムネタケが口を酸っぱくして注意しているので事務仕事はきちんと終わらせているから問題はない。
「いつまでも反抗期のままじゃ、困るのよね〜」
「……反抗期なんかじゃありません。
ただ、どうしても気が乗らないだけです」
「我侭な事を言うわね……知らない人の命なんて、どうでもいい訳なのかしら?」
蔑んだ視線でユリカに問うグロリア。
この期に及んでもまだウジウジと悩んでいるユリカに愛想が尽き掛けている。
「そんなに嫌なら、艦を降りて耳と目を塞いで生きて行きなさい。
親の脛でも齧って、適当に働いて、適当な処で誰かと結婚して遊んで暮らせば」
「そんな事、出来ません!」
「……なら、動くしかないでしょう。
世の中って奴はね、こうやって苦い物を見なくちゃならない事が一杯あるのよ。
艦長が自分らしく生きたいなら、実力を示してそのやり方を最後まで貫きなさい」
「分かってます!
分かっています……そうしなければならない事も」
感情的になって叫ぶユリカにグロリアは氷のナイフでユリカの急所を突き刺すように問う。
「そんなに人を殺すのが嫌なの?」
「当たり前です! 人が殺すのが好きな人なんていません!」
「そうね。まともな人間は人を殺す事を躊躇うのが当然ね。
でもね、私達は軍属だから殺さなきゃならないの……」
ごく自然にグロリアは明日の天気を話すかのように告げる。
「士官学校で学んだのは、ぶっちゃけ効率良く人を殺す事でしょう。
今更、戦場に出る事を躊躇われても困るんだけど」
困った子ねという顔つきでグロリアはユリカを見ている。
ブリッジのクルーもこれから人を殺す戦場に出るという事を否応なく感じさせられて途惑っている。
「グロリアさんは、グロリアさんはこれで良いと思っているんですか?」
「良い訳ないけど……他に出来る事がないしね。
今、出来そうなのは傷付いた友軍を守る為に戦うくらいしかないから、こうして仕事をしているのよ」
止める事が出来ないジレンマを誰もが抱えているとグロリアは言う。
「納得している訳じゃないし、他に出来る事がないから自分に出来る事をするのよ。
まともな人間は戦争なんて望んでいないわ……でもね、立ち止まったままだと何も変わらない事を私は知っているの」
「……強いんですね」
感心なのか、皮肉なのか、分からないがユリカはグロリアに言う。
「出来なければ、死ぬような世界にいたからね。
艦長みたいな甘えなんて許されない世界なのよ……私が居た場所は」
苦笑いをいった表情でグロリアはユリカの悩みを甘えと言って一刀両断する。
戦場で生き抜いた者と、戦場知らない温室育ちの人間の違いをまざまざと見せられた瞬間だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ナデシコクルーを書くのが難しい。
オリキャラなら自分の書きたいように書けるが、クルーはそうも行かずに本当に苦労します。
特にイズミのギャグは書けないから困る(ユーモアのセンスがないのかも)
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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