漢が漢に惚れる
その人物の力量に心酔しする事だ
その人物の為に命を懸けて戦う
今、その器量が問われようとしている
僕たちの独立戦争 第百十八話
著 EFF
左翼艦隊の旗艦カキツバタは損害を受けながらも戦闘を継続していた。
「くっ! まさか……これほどの力があったとは」
カキツバタのブリッジでウエムラは自分の考えの甘さを反省すると同時に火星の危険性を認識していた。
連合に反旗を翻し、武力行使を宣言して戦う。それは紛れもなく反連合勢力であり、連合にとって敵である事に他ならない。
経緯はどうあれ、火星が連合に逆らった以上は打倒すべき存在だとウエムラは考えていた。
だが、その経緯に大きな間違いがあった事をウエムラは……理解しようとしなかった。
「エ、エステバリス隊……全滅しました」
「敵艦より通信が入りました?」
「……繋げ」
苦々しい顔でウエムラが告げるとオペレーターは指示に従いスクリーンに映像を出す。
スクリーンに現れた男は火星宇宙軍の制服に身を包んだ元地球連合軍所属のゲイル・マックバーンだった。
『久しぶりですな、提督』
「貴様っ! どういう心算だ!!
連合軍人でありながら連合を裏切るとは!」
ゲイルとウエムラは連合軍士官時代に面識があったが、その関係は決して良好とは言えなかった。
連合軍は火星や月出身の士官を植民星あがりの人物として厚遇せずに……冷や飯食いに近い状態で蔑視していた。
特にIFSを持つ火星の人間は改造人間扱いとして蔑んだ目で見る者が殆んどだった。
夢や希望を持って軍に仕官した者にとっては連合軍のあり方に愕然とする者が大半だった。
火星出身者にすれば、能力を評価せずに出身地で差別化する連合軍の対応にはウンザリしていた。
そんな理由から連合第一主義であるウエムラと火星出身のゲイルは水と油に近い考え方の持ち主で衝突もしばしばあった。
『先に火星を裏切ったのは地球でしょう。
独立をするかどうかも分からずに怯えて、木連を利用して始末しようなど……呆れたものですな』
そう告げてゲイルは第一次火星会戦前に行われた政治家達の極秘会議の映像を見せつける。
自分達が知っている連合議員達の後暗い会議の内容にオペレーター達は声を失っている。
第一次火星会戦後、火星の救援要請を無視してきた後ろめたい事実があるだけに火星との戦争は望んでいない者もいるのだ。
『……随分と卑劣な真似をする。これを見てもアンタは捏造だと叫ぶ事は承知しているがな』
「当然だろう。仮にこの通りだとしても連合の決定は絶対だ……植民星の命運など知ったことか!」
ウエムラの傲慢な言い方にオぺレーターは顔を顰めている。
『自分達が安全な場所にいれば、他の星の苦しみなど知った事ではないか。
もし……自分の家族を殺されてもそんな事が言えるのか?』
ゲイルが冷ややかにウエムラに問う。
『連合の勝手な意志で家族を殺されてもお前は連合に従うとでも言うのか?』
ウエムラは苦々しい顔で睨んでいる。
『連合にきちんと税を納めて義務を果たしているのに、連合はその責務を全うしない……随分と呆れたものだな。
第一次火星会戦後、火星の住民は連合宇宙軍の救援を待っていたが連合宇宙軍は無視し続けた。
市民を守る軍などとその偉そうな口でほざいていたが……この体たらく』
「だ、黙らんか―――っ!!」
ゲイルの嫌味に耐えかねてウエムラが叫ぶが、ゲイルは止めない。
『さて、一応降伏を勧告する。
左翼艦隊旗艦カキツバタの自沈を以って……左翼艦隊の降伏を認める。
追撃は行わないし、必要とあらば医療スタッフを送り将兵の安全を保障しよう』
「断る! 誰が属国であり、連合に反逆した植民星の言葉など信じるものか!!」
ブリッジのクルーはウエムラの声にギョッとした顔で見つめている。
今の状況で勝てるわけがない事は誰の目にも明らかであり、火星の降伏勧告を受諾すれば将兵の無駄死には回避出来るのだ。
「て、提督! 自、自重してください!
このままでは艦隊は……持ち堪えられずに全滅します。
こ、この上は兵を家族の元に還す事をお考え下さい」
「ま、まだ負けてはおらん!
このままおめおめと生き恥を晒せというのか!」
『フクベ提督はお前達に利用されて生き恥を晒していたが』
ウエムラの叫びにゲイルが敗戦を隠す為に利用したフクベ提督の話を出す。
『あの御仁を利用してしておいて自分は嫌だと言うのか……偉そうな事を口にしていたが、自分の面子を優先するんだな』
フクベ提督は軍人としても、人としても一角の人物だとゲイルは思っている。
ナデシコが火星から帰還した後、再び軍に復帰して軍内部の改革を最後の奉公にしようとしていたフクベの復帰を認めずに放逐した連合軍にゲイルは呆れてい
た。
復帰出来なくてもフクベは諦めずに市民団体に協力して反戦運動に参加している。
今自分のできる事を精一杯頑張ってる姿にはゲイル以外にも敬意を表しているスタッフも多数いる。
そんなフクベを散々利用していた今の連合軍を火星宇宙軍は快く思っていなかった。
「黙れ! 武人の誇りを汚されて黙っていられるか!!」
『誇りか……よかろう。死ぬ事で誇りを守れるのならそう思えばいいさ。
では攻撃を継続する』
ゲイルは最後通告を拒否したウエムラを嘲るように見つめて通信を切った。
その視線にウエムラは身体を震わせて告げる。
「攻撃せよ! 連合に反旗を翻した火星を殲滅せよ!」
「どうした復唱せよ!」
副官のミサキの声にオペレーターはこの時点で自分達の死亡が決まったと感じながら攻撃の続行を指示した。
左翼カキツバタ艦隊はズタズタになりながらも最期の力を振り絞った。
それが無意味な事だと理解しながら……。
「……挑発しすぎたな」
ゲイルが反省するように先程の通信の内容を思い浮かべていた。
「ですが、こちらを格下と考えている連合宇宙軍に下手に出ても説得できるとは思いません」
ワタライの意見にスタッフも納得した顔でいるので、ゲイルも苦笑するしかない。
「まあ、今後の事を考えると火星宇宙軍の戦闘力をはっきりと見せておくのも必要だが……兵士達の事もあるぞ」
「その点に関しては心苦しいものがありますが……連合の火星に対する仕打ちを考えると」
「確かに、あの理不尽な仕打ちは赦せんな。
攻撃を継続すると全艦に通達せよ。
超長距離砲撃艦サジタリアスは主砲のチャージが完了次第、敵旗艦カキツバタを狙撃せよと」
ゲイルの命令をオペレーターは忠実に艦隊に伝達し、艦隊は攻撃を更に苛烈にしていく。
重砲撃艦タウラス、レオが前面に展開して、その火力を容赦なく連合宇宙軍に叩きつけた。
自分達の最強の矛であったグラビティーブラストの連射を敵艦隊から受けた事で左翼艦隊の兵士達の士気は一気に落ち込む。
勝てるはずの艦隊戦だと考えていた。旗艦カキツバタの砲撃の前には如何なる敵も耐えられないと想定していた。
しかし、現実にはカキツバタは被弾してその力を発揮する事もなく……航行している。
ならば対艦フレームによる対艦攻撃に期待したが……敵機動兵器の前に次々と撃墜され、0G戦フレームも沈黙した。
旗艦からの命令は"攻撃せよ"だが、明らかに自分達の戦力では歯が立たないという事は明白だった。
勝利を確信していた状態で圧倒的に不利な状況に陥った場合、兵士達の心理は恐慌状態に陥る事は歴史上に事例として幾つも存在する。
左翼カキツバタ艦隊もその例に添って浮き足立ち始めた。
艦隊の足並みが乱れ、動きに無秩序さが生まれ始めるのをウエムラは苦々しい顔で見つめている。
「何をやっている! 落ち着かんか!!」
全艦に一喝を入れる事でほんの僅かだが秩序を取り戻すが、カキツバタの艦体が再び大きく揺れた。
「何が起きた!?」
副官のミサキがダメージコントロールを担当しているオペレーターに問う。
オペレーターは蒼白な顔で艦の損害を報告する。
「そ、相転移エンジン一番大破、補助動力の核パルスエンジンに被弾……両エンジン停止しました」
その報告に一瞬、ブリッジから音が消失した。
何故ならば……この時点でカキツバタの動力は相転移エンジン三番だけになったのだ。
もはやカキツバタには主砲を発射する余力もなく、ディストーションフィールドを維持するのも難しい事に全員が理解した。
ウエムラもミサキも深刻な事態に陥った事に気付いて事態の打開を考えようとするが……火星の攻撃は止まる事なく続く。
無人戦艦のグラビティーランチャーにディストーションフィールドを削られ、重砲撃艦二隻の連続して砲撃される広域放射のグラビティーブラストの重力子にカ
キツバタは……その身を晒し、飲み込まれていった。
旗艦カキツバタの轟沈に左翼艦隊の崩壊は一気に加速する。
絶対的な火力を有していると考えていた戦艦カキツバタを失った事で左翼艦隊の混乱は収まる事はなかった。
無秩序な動きをしながらこの宙域から離脱を図ろうとする戦艦が慌てて回頭するが、敵に背を向けるという事は防御力の薄い部分を見せる事に他ならない。
不利な姿勢を見せる地球側の戦艦に火星宇宙軍の無人戦艦は容赦なく攻撃を浴びせた。
冷静に状況を判断していた士官の指揮下で生き残った将兵は全体の一握りに過ぎなかった。
ここに……左翼カキツバタ艦隊は崩壊し、火星宇宙軍の前に敗退した。
旗艦さくらづきの艦橋で高木が左翼艦隊の崩壊の様子を見つめていた。
「……見事だな」
「こちらの無人艦の欠点を改修し、攻撃力を強化してます。
敵に回らずに、味方である事を感謝しますよ」
左翼艦隊の切り札を一撃で封じ込み、回復させる事なく畳み込んで行く攻撃には感心するしかなかった。
九郎、弁慶を上回ると考えられる機動兵器を擁して、地球側の機動兵器を完全に迎撃した。
こちらと同じような対艦兵器を装備した機動兵器はその火力を持って艦隊を切り刻んだ。
「このさくらづきを不要と言った時点で理解したんだが……まだ甘かったか?」
「そうですね。核の封じ込めといい、敵に回すのは避けたいですよ」
参謀としての視点から火星の戦力の分析をしていた大作が進言する。
「数で押し潰すという戦術なら五分くらいには戦えそうですが、まだ切り札がある可能性も考慮すると……不利です。
少なくとも有人の戦艦全てが跳躍艦と想定して対策を考える必要もあります」
「確かに、有人艦艇を全て跳躍艦と最初から想定するのが肝要だな」
大作の意見に高木は頷いて賛同する。
「とりあえず今はこの戦いに勝つ事を優先しないといけませんが」
「勝ってみせるさ。ここまでお膳立てされて負けましたなどという恥を晒す気はない!
全艦に通達しろ! これより中央の艦隊に対して機動兵器による対艦攻撃を敢行する!
このさくらづきの主砲を以って敵陣に亀裂を作り、そこから突入せよ!」
高木の命令に旗艦さくらづきが前進して多連装の重力波砲を砲撃する。
その射線上にいた地球側の艦は重力子に圧し潰されて轟沈されて、艦隊に綻びが生じる。
その隙を逃さないようにジンシリーズ、九郎、飛燕が突入を開始すると同時に地球側には見慣れぬ形の有人機の姿があった。
盾を持たず、錫杖を手に携えて、最も危険な場所を目指して突き進む――夜天光。
艦隊の防空を任されている0G戦フレームのエステバリスの攻撃を軽やかに避けて……錫杖の一撃を叩き込む。
敵に死の一撃を与える恐ろしい舞を演舞するように次々と撃墜して行く光景に木連側の士気は高揚する。
対する地球側はその恐怖に恐れながらも必死で立ち向かうが……鬼神の如き強さの前に歯が立たない。
「隊長、乗ってるな〜」
『そうだな』
「新しい二代目夜天光は隊長の専用機として鬼に金棒になってますね」
『ああ、佐竹さんは一流の技術者だと実感したぞ』
雷閃と烈風の二人が北辰の機体――夜天光――を時折見ながら攻撃をしている。
初代夜天光の運用資料から佐竹が北辰の乗り方に合わせた二代目を設計し、この決戦に間に合わせた。
「真……頼りになる御仁よ」と北辰が感心するように二代目夜天光は北辰の操縦技術に合わさって、北辰の力を底上げした。
「ぬぅ……落ちよ!」
夜天光の両肩に装備された歪曲場透過装置によって夜天光は敵艦の歪曲場をすり抜ける様に侵入して機関部に一撃を決める。
傀儡舞用に備え付けられていた姿勢制御のバーニアもより細かく動き、北辰のイメージ通りに夜天光は動く。
コクピット周りにのみ強力な歪曲場を展開するように変更して、歪曲場透過装置による敵兵器の歪曲場をすり抜ける。
機体の剛性も以前の夜天光よりも強化されて、北辰の動きに完全に応える近接戦用に変更されていた。
これに北辰が会得した木連武術の奥義天閃が加わり、近接戦に関しては無敵とも言える機体へと昇華していた。
赤い死神、もしくは赤い修羅と生き残った地球側の機動兵器乗りは夜天光の恐ろしさを後に述べていた。
たった一機、されどその一機が中心になり……地球側の傷口は更に広げられていく。
ラピットライフルが通用せずにフィールドランサーを用いた近接戦を行う0G戦フレームにとって夜天光は天敵だった。
「……滅」
敵艦の機関部に一撃を決めて誘爆させて撃沈する。
中央ユキカゼ艦隊は防空を任されていた0G戦フレームのエステバリスが北辰達の夜天光、九郎(改)の重圧に押され始めた。
近接戦に於いて絶対的な戦闘力を持つ彼らによって対空防衛力は徐々に消耗していく。
「くうぅ……何をやっておるのだ!」
艦隊の後方に旗艦ユキカゼを配置していたドーソンは前方の部隊の不甲斐なさに苛立っている。
左翼艦隊が敗退して木連の攻撃が更に圧力を増す中で、ドーソンは怯えるように旗艦ユキカゼを後方に下げた。
その結果ユキカゼの主砲は乱戦状態になった為に使用出来なくなり……艦隊は矛を失った状態で戦う破目になった。
「グラビティーブラストのチャージを始めろ!」
ドーソンの命令にブリッジは息を呑んだ。
「お、お待ち下さい。このような乱戦状態で使用すれば、友軍機をも巻き込みます!」
慌てて士官の一人がドーソンに進言する。
今の状況で味方も巻き込むような攻撃を行えば一気に士気が低下しかねない。
只でさえ高くない士気を下げる事は艦隊そのものが瓦解しかねない状況へと進む。
ブリッジのクルーもその危険性に気付いていたので、ドーソンの命令の撤回を求めるように見つめていたが……、
「チャージを始めろ! これは命令だ!!」
ドーソンは無情にも自身の首を絞める行為を命令によって強要した。
ピリピリと不穏な空気を感じた北辰は自身の直感に従い……その視線を敵旗艦に向けると友軍機に命令する。
「散れ! 重力波砲がくるぞ!!」
北辰の命令に友軍機の九郎、飛燕は即座に安全圏までの緊急離脱を開始。
ジンシリーズの接触して緊急跳躍による回避や味方艦を盾にするようにして回避しようとする。
七割から八割の友軍機が離脱した時に敵旗艦からの黒い閃光が走ってきた。
旗艦さくらづきの艦橋で高木はその光景を見て……怒りが頂点に達していた。
「味方ごと、吹き飛ばすだと! ふざけた真似をしてくれるわ!!
さくらづきを前面に出せ!」
「こちらの重力波砲で道を切り拓きますか?」
大作の目にも剣呑な光が溢れている。部下すら切り捨てるような戦い方に義憤が出ているのだ。
「応! あのような命令を出す男など武人の風上にも置けぬ!
この場で斬って捨てる!!」
「聞いての通りだ! さくらづきを前面に出して味方殺しの屑を撃破する!」
前面に出る事は危険度が上がる事に他ならないが高木達は気にしない。
命を賭して戦う者こそが勝利を手にする事が可能だと高木達は知っているのだ。
安全な後方から味方を巻き込んで戦う連中などには負けんという感情が高木達の胸にある。
勇猛果敢、そして自分達が国の命運を担っていると自覚している高木は不退転の決意でこの戦場に立っている。
そして自軍の将が誇りを持って突き進む姿に部下達の戦意は高揚し……続いて行く。
中央のユキカゼ艦隊にさくらづき艦隊は獰猛な牙を見せて襲い掛かった。
右翼ナデシコ艦隊旗艦ナデシコのブリッジでコウイチロウは味方を巻き込んで砲撃したドーソンの行為に地球側の敗北を予感した。
「ヨッちゃん……準備を進めてくれ」
「……分かった」
参謀のヨシサダもあの砲撃が勝敗を決する一撃になると判断していた。
左翼の旗艦カキツバタは轟沈し、艦隊そのものが瓦解して……無秩序な動きになり始めていた。
反撃する戦艦もあるが単独では焼け石に水の状態と変わらなく、火星の機動兵器や無人戦艦の攻撃に晒されて撃沈している。
「火星が左翼を完全に黙らせる前に……退路を確保する必要がある」
包囲戦になれば、前にしか主砲を撃てないナデシコでは不利だと二人は理解している。
「我々が殿になってグラビティーブラストで足止めして一隻でも逃がすしかない」
「そうだな、コウちゃん。
それが私達の責任の取り方だな」
部下を一人でも家族の元に還す……それが敗軍の将の務めだと二人は考えている。
「旗艦ナデシコを前に出して主砲で敵の足止めを行う。
各艦はナデシコの主砲発射後に攻撃を敢行して、次弾の発射までの支援を行うように伝達せよ」
コウイチロウの指示に右翼のナデシコ艦隊は奮起してギリギリの処で踏み止まっている。
旗艦ナデシコを中心に右翼艦隊は正面と側面からの攻撃を耐えながら、反撃を敢行していた。
分艦隊旗艦しんげつの艦橋で三原と上松は敵右翼艦隊の踏ん張りに感心していた。
「愚将ではないか……一気に瓦解するかと思ったが、勝負所をきっちり押さえている」
「だが、足を引っ張る連中のおかげで……勝てないな」
上松が冷静に状況を見つめて話した。
左翼は火星艦隊によって崩壊しているし、中央艦隊も味方を巻き込んだ砲撃の所為で混乱している。
火星が短時間で左翼艦隊を攻略したおかげで地球側の艦隊は浮き足立っている。
右翼は指揮官の力量で足並みをすぐに立て直しているが、中央の指揮官は無様とも思える反撃で士気を低下させている。
味方を巻き込んでの砲撃は兵士達を捨て駒にしているとはっきりと示し……見せる事になる。
指揮官だけで戦う事は出来ない事を忘れ、兵士の命を軽んじている事に他ならない。
そんな指揮官の下では力押しでなら勝てるかも知れないが、劣勢になれば勝てない事を二人は知っている。
将と兵士の信頼関係がない部隊が勝てるほど戦争は甘くはないと承知しているのだ。
「まずはあのナデシコを落とすぞ?」
「ああ、あの艦を落とすのは戦略上絶対に必要だからな」
三原の視線の先にある地球側の戦艦ナデシコ。あの艦は今後の戦局を左右するとは言わないが……落とす価値はある。
地球側の相転移機関の開発を少しでも遅らせるには運用できない状態にしておく必要があるのだ。
その為には真空――宇宙空間で稼動している相転移機関を無くす事が重要だった。
「これより対艦攻撃を行う。
最優先目標は敵相転移機関搭載の戦艦ナデシコだ」
三原の命令に分艦隊の九郎、飛燕、ジンシリーズ……そして新型対艦攻撃機――弁慶――が発進する。
この瞬間、右翼ナデシコ艦隊と木連分艦隊の一進一退の死闘が始まった。
敵分艦隊から機動兵器の発進を確認したオペレーターは即座にコウイチロウに報告する。
「提督、敵機動兵器が来ます!」
「こちらも対艦フレームを中心に0G戦フレームを出せ!
各艦に、"対空警戒を厳重にしろ"と通達せよ!」
コウイチロウの命令を忠実にオペレーターは艦隊に伝達する。
「良いか! 決して一対一の状況にならないように常に連携して戦うのだ!
特に0G戦フレームは深追いはするなと厳命せよ」
ヨシサダも真剣な表情で指示を艦隊へと送り続ける。
「敵大型機動兵器は移動後を狙うか、艦に近付く前に追い払う事を優先しろ。
決して懐には飛び込ませるな!」
ディストーションフィールドの防壁の内側に簡単に入り込むジンシリーズの事はクルー全員が知っている。
集中攻撃を行えば破壊できる事は知っているが、敵の機動兵器が支援する事で容易に撃破出来ない状況になっている。
一定のパターンで移動しているみたいだが、敵はその機体だけではない……エステバリスの天敵の様な機体も存在している。
今は数的には互角に見えるが機体の防御力に関しては木連側に有利な状況でもある。
矛であるラピッドライフルの銃弾を弾く盾を持ち、近接戦のランサーと同じ装備を持つ近接戦を重視した機体。
そして相手側の機体のパイロットは格闘戦の経験をこちら側より多く持っている。
銃撃戦を封じ込まれた状態での戦いには些か不利な点が多過ぎるのだ。
時間があれば、盾に対抗出来る武器の開発も出来たが……その時間を司令官であるドーソンは考慮しなかった。
その結果、エステバリス隊に負担を強いる事になったのはコウイチロウとしても不本意な状況だった。
だが、ここで一つだけコウイチロウの知らなかった事があった。
敵――木連――機動兵器の中に試作ではあるが対艦攻撃力を強化された機体が実戦投入されていた事を……知らなかった。
二十機の新型機――弁慶――が水鏡の指揮の下で九郎、飛燕の支援を受けて敵ナデシコ艦隊を強襲する。
「さぁ行くぞ。目標は敵旗艦ナデシコ、その道を切り拓くぞ!」
水鏡の気合の入った声に仲間達も同じように気合の入った返事をしている。
弁慶の進行方向に旗艦ナデシコがある事を知っている対艦、0G戦フレームのエステバリスと艦艇は行く手を塞ごうとする。
「邪魔だ!」
気合一閃――弁慶の装備している歪曲刀が0G戦フレームのエステバリスの胴体を貫き……上下に分かち、爆散する。
「これより対艦攻撃を敢行する。
誰でも良い……開いた穴に飛び込んで落とせ!」
壁のように立ち塞がる戦艦を睨みながら水鏡は弁慶のもう一つの武装を装備する。
地球側の戦艦の構造は把握している水鏡は射線を機関部に合わせる。
撃ち出される歪曲場透過弾が機関部に命中すると敵艦の中央から火柱が吹き上がり……連鎖爆発を起こして撃沈した。
「一つ!」
爆発の衝撃波を感じながら旗艦ナデシコへの道を強引に開こうとする。
開いた穴に飛燕の三機が飛び込んでエステバリス部隊の動きを牽制すると同時に他の機体もその隙を突いて侵入する。
近くでも僚機の弁慶が対艦攻撃を敢行して戦艦を撃沈している。
ジンシリーズも九郎、飛燕の支援を受けながら対艦攻撃を敢行していた。
徐々に自軍の戦艦を破壊していく敵新型機動兵器にコウイチロウ達は唸るしかなかった。
対空迎撃で防御しているが、それ以上の損害が出ている。
初めて見る十数機の新しい機体の対艦攻撃に艦隊は苦戦を強いられている。
ディストーションフィールドを無視するように呆気なく……貫通して戦艦にダメージを与える。
「不味いな……コウちゃん、アレは計算外だぞ」
「うむ、鹵獲したブレードをベースに独自の武装を加えたか」
一目で相手の新型機の基になった機体を看破する。
オセアニアを中心にアフリカ、欧州戦線で実戦配備が進んでいるブレードストライカー。
極東アジアが採用したネルガルのエステバリスとは異なるコンセプトで開発された火星生まれの機体だった。
「あの兵器は正直……困るな。
ディストーションフィールドを無効化するのか、厄介な事になるぞ」
「全く……司令官のおかげでどれ程の人材を失うか」
苛立つようにコウイチロウは中央の旗艦ユキカゼを見つめる。
核の力を過信して、無人偵察機の偵察だけで十分と言い切り……威力偵察を碌にしなかったツケを兵士達の命で支払っている。
無能な味方は敵よりも始末が悪いという事を今更ながら実感させられる。
「ヨッちゃん、対艦フレームの部隊で牽制可能か?」
「ちょっと厳しいが……やってみよう」
現在の状況は徐々に深刻な方向になりつつあるが……支えなければならない事も承知している。
二人はギリギリの処で戦線を維持しながら戦っていた。
ヨシサダの指示に対艦フレームの部隊の一部が弁慶の動きを牽制する。
「ちっ! 邪魔をするな!」
弁慶の操縦席で水鏡は舌打ちしながら対艦フレームを相手に行く手を阻まれていた。
「腑抜けの連中ばかりだと思っていたが……そうでなくては面白くないと言いたいが。
こんな場面で出て来られるとはな」
強敵の存在は戦士にとっては絶好の機会でもあると水鏡は考えている。
馴れ合いではダメなのだ……己が力を高めるには命を賭した戦いも時には必要だと理解している。
そういう意味ではこの場面は悪くないが、今は少し不味いと感じる。
視線の先にある戦艦ナデシコを落さねばならないと水鏡は理解している。
地球側の相転移機関の開発を少しでも遅らせる事は今後の戦局を左右する可能性が大きい。
その為にも最新鋭の戦艦を一隻でも多く破壊して……機動資料を与えない事が重要だった。
地球側も旗艦を落とされる意味は十分理解しているので、水鏡達の弁慶の動きを必死で押さえようとする。
両陣営のトップガンの命懸けの死闘という名の幕を開いた。
「飛燕、九郎に告げる!
敵の切り札の機体に対しては三位一体の陣形で対抗しろ。
ここが正念場だ……こいつ等を撃破すれば、我らの勝利は見えるぞ!」
水鏡の指示に木連側の機体は陣形を組み直す。
対艦フレーム一機に対して三機係りで攻撃を行う。
一機、もしくは二機が敵の注意を惹きつけて残りの機体が強襲し、回避されれば惹きつけた機体が隙を突いて攻撃する。
一騎討ちを望む声も最初はあったが、現実を知る事で考えを改める者が加速度的に増えていった。
"生きて還り、守り続ける事"と高木の薫陶が徐々に艦隊に浸透し、兵士達も祖国の命運が自分達の双肩にある事を自覚する。
"負けられない……自分達の後ろには家族の未来が懸かっている"と感じてしまった以上……生き残る為に文句は言わない。
勝たねば、自分達の主張も無視されて……踏み躙られる事を今までの経緯で知っているのだ。
地球側も経緯は違えど、同じように死ぬ気はないという気持ちを胸に戦っている。
互いに譲れぬ思いを持って攻防を繰り広げていた。
中央の艦隊はドーソンの暴挙によって著しく士気が低下していった。
まさか背後の味方艦の砲撃を受ける事になるとは誰も考えていなかった。
戦場なので気を抜く事はないが……憤りを感じている為に積極的に戦う気は薄れている。
そして目の前の赤い死神――夜天光――に立ち向かおうとする気概は……消し飛んでいた。
死にたくない……低下した士気の中で兵士達の胸にそんな感情が沸き起こると混乱は加速し、艦隊は無秩序な行動を始める。
「何をやっている!?」
極端に積極性を失い、動きがバラバラになる自軍の様子にドーソンが叫ぶが……秩序は取り戻せない。
自身がやってしまった事の意味を理解しない。
自分達の命をあっさりと切り捨てる者に兵士達は従わないと気付いていない。
叱咤する声に兵士達の反感は積もる……安全な場所にいるだけで命を懸けない連中の為に自分は死にたくないと。
夜天光の操縦席で北辰は勝敗が決したと直感していた。
「……卑怯者が勝利する事はない」
夜天光の前に立ち塞がる敵機が減り始め、徐々に離れようとしている事がその証拠だった。
「我が身惜しさに……逃げるか。
それも良かろう」
愚か者の為に命を懸ける気はないという気持ちは理解出来る。
この艦隊の指揮官は自身の命を懸けて、盛り立てて行こうとする男ではないと先程の攻撃で知った。
器の小さい狡猾な男で、従う部下さえも平気で切り捨てた以上は……兵士達の信頼は崩れていく。
「烈風、雷閃」
『『はっ!』』
「敵旗艦を落とすぞ」
『『承知!』』
北辰の指示に二人の部下は自身の配下の者を従えて迅速に行動を開始する。
北辰の進路上にある敵艦と敵機動兵器に狙いを定めて……露払いを行う。
「……滅」
天閃の一撃で操縦席を貫いて、北辰の夜天光は敵起動兵器の部隊に黙らせる。
おそらく敵兵士達には天閃の理解は不可能だろうと北辰は考える。
まるで自分から刺さりに行ったとしか見えない自殺行為に理解不能の恐怖を抱く筈。
理解出来ない恐怖という物を感じる事は更なる恐慌を引き起こし、混乱を誘発して行く。
事実、北辰の機体に攻撃を仕掛けようとする機体は一機もなく……その進路を遮ろうともしなかった。
死神の前に立ち塞がる者は……死を以って幕を引こうとしか敵兵士には感じられない様子だった。
「な、何をやっている!!
たった一機の機動兵器に退くな!!」
ドーソンが近付いてくる夜天光に恐れを抱いて叫ぶが……兵士達は何も答えない。
『……滅びよ』
全周波数で聞こえた北辰の声がまるで死神の宣告に聞こえた瞬間……旗艦ユキカゼのブリッジが崩壊し炎上する。
ドーソンは炎に焼かれながら、何故だと考え続ける。
何故、こんな結末になる。自分はこの手に栄光を掴む筈なんだと思いながら……業火にその魂を焼き尽くされた。
地球側の総旗艦ユキカゼの撃沈によって完全に勝敗の行方は決した。
地球側の敗北、そして火星、木連の勝利という結末へと状況は進む事になる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
コロコロと場面を変えながら艦隊戦の模様を書いていますので読み難いかもしれませんが……ご容赦を。
トドメは北辰で決めてみました。
劇場版では悪役ですが、私個人は草壁の影として最期まで従う人だと思ってます。
大義を為すためには綺麗事だけではダメですから、北辰のような人材も必要悪だと思います。
このSSでは忠義の武人として顔を前面に出しています。
それでは次回でお会いしましょう。
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