決戦の勝敗の天秤は傾いた

この戦いは我々が勝つ事になるだろう

だが完全勝利にはなりそうもない

その点は少々残念に思う



僕たちの独立戦争  第百十九話
著 EFF


ファントムのブリッジでクロノが残念そうに呟く。

「出番がなくなりそうだな」

総旗艦ユキカゼが撃沈された光景を見たブリッジのクルーも不満な表情でいる。

出来れば自分達の手でという感情が無きにしも非ずだったのだ。

あの男を含む一部の権力者の恣意的な考えの所為で火星の住民が被害を被り、家族を失った者が大勢いる。

赦せないという感情は火星の住民の中に深く残り、今も癒えない傷として抱えている者も存在している。

「私としてはクロノが無茶な事をしないと分かって……ホッとしました」

アクアのその一言にクロノはバツが悪い顔になっている。

ドーソンが逃げ出した時は自分の手で始末しようと考えていただけに憮然とした様子だった。

「……やっぱり自分の手でと考えていましたね」

ジト目で睨むアクアにクロノは咳払いをしてクルーに指示を出す。

「右翼の状況を「後で話がありますからね」……はい」

「提督……所属不明の戦艦が右翼ナデシコ艦隊に接近しています」

索敵を担当していたオペレーターの声にブリッジクルーが気を引き締め直して状況を把握しようとする。

「映像出ます!」

ナデシコによく似たフォルムの戦艦が右翼ナデシコ艦隊に向かって最大戦速で進んでいる。

正面のスクリーンに映る艦影にクロノが告げる。

Yユニットが装着できる以上同じ形だとは思っていたが本当によく似ていると感心した様子だった。

「おそらく……シャクヤクだな」

ネルガルの四番艦出現に勝利に浮ついたクルーの感情は心の隅に追いやられる。

一隻ではこの状況を覆すのは難しいが、木連に損害を与える事は可能だ。

しかし、其れをされると火星には厄介な事になりかねない。

木連の被害は既に無人戦艦千隻以上に上っている……これ以上の損害は戦争継続の流れに向かった時に困る展開になるのだ。

人的被害を最少にして万が一の時にも対応出来るように、が火星の方針であった。

火星も木連も長期の戦争に耐えられるだけの人的資源がある訳ではない事を両陣営の上層部は理解している。

「木連分艦隊も気付いたみたいですよ」

アクアが木連側の動きを見て報告する。

右翼の木連分艦隊は備えを怠る事なく……対応を開始している。

「こちらは監視に留める。

 左翼の状況はどうだ?」

「掃討戦に入っていますが、撤退する艦艇は見逃しています」

「無理に追い詰める必要もないからな。

 背水の陣で戦われると面倒だから、ゲイルのやり方は間違っていないさ」

クロノの意見を聞いたクルーも反対意見を出す事はなかった。

ファントムはお手並み拝見と言った様子でシャクヤクの性能を分析する事に専念した。


シャクヤクは予定通りではなく、強行軍で戦場に到達した。

ユリカの状況判断にクルーはやるなという気持ちと、これを普段も出していると頼りになるんだがという気持ちで占められていた。

「これより、シャクヤクは右翼ナデシコ艦隊の救援を行います!」

凛とした声でミスマル・ユリカは全艦に宣言すると同時に地球側の艦隊に支援の通信を入れる。

「メグミちゃん、シャクヤクが撤退の支援を行うから落ち着いて撤退するように連絡して」

「は、はい」

ユリカの指示にメグミ・レイナードが機関に通信を入れて支援の旨を告げる。

「ナデシコから感謝すると連絡がありました」

「……何とか間に合ったわね」

ムネタケが状況を見て呟くとプロスのが合いの手を入れる。

「いや〜〜まさにギリギリですね」

ナデシコが被弾した光景を見ているだけに際どい所だったと実感していた。

幸いにして撃沈された訳ではなかったので安堵していたが。

既にカキツバタ、ユキカゼの二隻が撃沈しているので、出来ればナデシコは帰還させたいと考えていた。

「グロリアさん、グラビティーブラストいけますね?」

「チャージは出来てる。いつでもいけるわよ」

ユリカが確認で問うと即座に返事が返ってくる。

「では敵艦隊の足止めの為に主砲……てぇ――――っ!!」

ユリカの号令と同時に無人戦艦群に突き刺さるように黒い火閃が敵陣の中央に伸びていく。

こうして機動戦艦シャクヤクの初陣の幕が開いた。


木連分艦隊は中央を分断されるような形でシャクヤクの砲撃を受ける事になったが、

「ふん、想定通りという事だな」

「後一歩でナデシコを落としていたが……仕留め損ねたか」

苦い物を口にした表情で上松が画面を見つめている。

実際にもう少しで旗艦ナデシコに機動兵器部隊の攻撃が届いていただけに口惜しい気持ちで一杯だった。

「……距離を取って、強引に割り込んでこないな」

「戦艦一隻では限度がある。無難な手だが間違いじゃないぞ」

三原の声に上松が説明を入れる。

「敵艦は一定の距離を取って、重力波砲でこちらの無人機、無人戦艦を破壊している。

 おかげでナデシコへの攻撃の手が緩んだ」

「水鏡さん達が孤立しないか?

 こちらも前進するべきじゃないか?」

機動兵器の部隊と艦隊が分断されかけているので三原が上松に問う。

完全に分断されているわけではないが画面を見る限り……あまり良い状況ではないのだ。

「それは大丈夫だ。脱出用の抜け道は出来ている」

三原の指摘に上松が即座に答えて乗組員の心配の種を吹き飛ばす。

「……問題は水鏡さん達が強引に攻撃しないかだな」

「ナデシコを落とす意味の重要さを知っているだけに不安だ。

 責任感の強い人だから……危険は承知の上って叫んで飛び込みそうだな」

艦橋の乗組員も水鏡のこの戦いに懸ける意気込みを見ているだけに上松の懸念を聞いて心配している。

普段は落ち着いた人だが、ここ一番には平気で無理を通してでも成し遂げようとする強引な部分があるのだ。

自身の命さえも顧みない強引な事をしなければ良いがと全員が不安な様子で見つめていた。


皆が心配している水鏡は予想通り……無茶をしていた。

目の前に立ち塞がる地球側の機動兵器――0G戦エステバリスを切り裂きながらナデシコへの接近を何度も敢行している。

「邪魔だぁ――――っ!!」

時に部下達が取り付くように、または自分が取り付いて攻撃をする為に敵陣に切り込んでいる。

だが、敵の対艦フレームのエステバリスが水鏡の弁慶隊の前進を阻むように立ち塞がる。

相手も弁慶が装備している対艦兵装の危険性をその目で見たので一歩も引かすに戦況は半ば膠着しつつあった。

『組頭! 自分が囮になります!』

「馬鹿野郎! 囮は俺がやる!

 もう一度突入するぞ!」

水鏡の弁慶が先導するようにエステバリスの攻撃を紙一重で回避しながらナデシコの制空権を侵害する。

限界を超えて左右にぶれる激しい機体の動きに吐きそうになるが意志の力で黙らせる。

突入した水鏡機を慌てて追いかけようとするが、他の弁慶が追撃をさせない。

その甲斐あってか……水鏡の弁慶は防空網を潜り抜けてナデシコを対艦兵装の射程内に捕らえた。

だが、それはナデシコの対空迎撃の射程に入った事に他ならない。

強化された防空システムが水鏡の弁慶に襲い掛かり……弁慶の歪曲場を削り取って行く。

「う、うぉぉぉ――――っ!!」

被弾しながらも、水鏡の苛烈な意志が乗り移ったようにその一撃は遂にエンジンブロックに……命中した。


被弾しながらも下がる事なく、前へと突き進んで必殺の意思が込められた攻撃を行う。

ナデシコのブリッジクルーは敵機の猛攻に恐るべき執念を垣間見た気持ちでいた。

「コウちゃん! 不味いぞ」

「むぅ」

揺れるブリッジでヨシサダはコウイチロウに告げるとコウイチロウも険しい顔つきになる。

エンジン出力の低下は主砲グラビティーブラストの連射だけではなく、防壁のディストーションフィールドの低下にも繋がる。

特攻にも見える敵機動兵器の一撃は確実にナデシコの生命線であるエンジンに被弾したのだ。

「ダメージはどうだ!?」

「エンジンブロックに火災発生! 消火中です」

「出力低下してます。消火が完了次第整備班がダメージチェックに入ります!

 現在は70%を維持!」

コウイチロウは送られてくる情報を聞きながら決断する。

「全艦に通達。総旗艦ユキカゼ及びカキツバタの撃沈を確認。

 現時刻を持って、これよりナデシコを総旗艦とし……速やかに撤退する。

 但し落ち着いて迅速に行動、相手に付け入る隙を見せるな。

 またナデシコが殿を務めるので後方で撤退の支援を行っているシャクヤクを中心に陣形を再編……L2コロニーへ帰還せよ」

全ての艦にコウイチロウが告げると無秩序な行動になり始めていた左翼と中央の艦隊も若干の落ち着きを見せて動き出した。

スクリーンに映るだけでもかなり酷く破損して航行も覚束ない戦艦もあり、完全に負け戦の様相を見せている。

「やれやれ……ここまで酷い負け戦は初めてだな」

ヨシサダが諦観したような声で状況を分析する。

「五分くらいには戦えると思ったんだが……蓋を開けてみれば、これだ。

 宇宙空間での相転移エンジンと核動力の違いは歴然だな。

 核パルスエンジンではグラビティーブラストの発射も満足に出来ない」

「そうみたいだな、ヨッちゃん。

 チャージが完了次第、広域放射で足止めしつつ……徐々に後退する」

被弾してはいるがナデシコはその戦闘力を辛うじて維持しながら航行している。

まだ大丈夫だと考えている二人の前に新たに立ち塞がる存在が近づいている事をまだ知らない。


分艦隊旗艦しんげつはこの一言で一時騒然となった。

「水鏡機、ひ、被弾しました!」

分艦隊、機動兵器部隊の要である水鏡機の被弾の報告に三原は一瞬声が出なかったが、上松が即座に反応する。

「状況は!?」

「中破していますが……水鏡さんは無事です!」

通信士の一言に艦橋の乗組員は一様に安堵していた。

「通信を繋げられるか?」

上松の問いに通信士は言葉ではなく行動で返事を行った。

『すまん……ナデシコを片肺にするのが精一杯だった』

多少雑音が入ってはいたが水鏡は落ち着いた様子で状況を説明するが悔しさが滲み出ていると三原は感じていた。

技術者達と協力して開発した弁慶の初陣に華を添える事が出来ずに退くしかないのは……口惜しい筈なのだ。

『片側の相転移機関を破壊したが……この様だ。

 後一歩だったんだが』

「いえ、十分です。感謝しますよ。

 片肺に出来れば、後はこちらで片付けます」

落ち着いた三原が悔しそうに話す水鏡に礼を述べる時、別の声が割り込んで来る。

『ならばナデシコは我が引き受けよう。

 何、礼は要らぬ……中央は手応えがなかったのでな』

『た、隊長?』

「お任せしてよろしいか?」

三原が北辰の助力に感謝しつつ問う。

『ナデシコは沈める……後ろにいる戦艦は難しいが、この戦は少々無理をしてでも勝たねばならんからな』

「……お願いします、北辰殿」

『承知』

中央の艦隊を突破して、分艦隊の支援に入った北辰の夜天光がナデシコへとその刃を向けた。


ドーソンの乗艦していたユキカゼを落とし、対機動兵器戦では無敵とも言える強さを見せ付けた夜天光の出現に右翼のナデシコ艦隊は焦りを感じていた。

「く、くく……こうでなくては面白くない」

中央の部隊とは格段の動きを見せる敵エステバリス部隊に北辰は感情を昂ぶらせている。

強敵かと問われれば、否と言うしかないが……足りない部分を補うように各自がフォローしながら戦っている姿には感心する。

気が抜けない戦いは北辰にとっては、この上なく楽しいのだ。

「水鏡が苦戦するのも道理よ。

 だが、それこそが我の望み!」

紙一重でかわしながら……着実に周囲に死を振り撒いていく夜天光が死神に見えるが、怖れずに立ち向かうエステバリス隊。

ここが正念場だと理解しているのだろうと北辰は考える。

この夜天光がナデシコを落とせば……右翼は一気に瓦解して戦線を維持できなくなると理解しているのだ。

現在、戦線を維持できているのはグラビティーブラストの広域放射で足止めが出来ているからだと兵士達は理解している。

ナデシコを失う事になれば、敵の無人兵器が雪崩れ込むように突入して蹂躙し、右翼艦隊が壊滅的な打撃を受けるだろう。

友軍の撤退を無事に完了するまでは命懸けで夜天光を押さえ込む必要があるのだ。

相手も必死ならば、文字通り命懸けで戦うのは必然。

窮鼠、ネコを噛むと言う訳ではないが……追い詰められた者が放つ一撃は鋭く重いものがある事を北辰は承知している。

その一撃を跳ね返してこそ、更なる強さを持ち得ると北辰は感じている。

「……来い、貴様らの粘り強さを見せてもらうぞ。

 修羅に勝てる者は修羅のみ……その強さを我に見せよ!」

襲い掛かるエステバリスを見据えて、北辰の夜天光が敵陣へと飛び込んで行った。


右翼の艦隊の撤退の支援を行っていたシャクヤクのエステバリスチームは夜天光の動きを見て……ヤバイと直感していた。

一瞬クロノかと思ったが、動きからクロノではないと理解しても危険度は何一つ変わらない。

今の処はバッタ、ジョロといった無人機が先行して攻撃しようとしているのを防いでいる状況だ。

ナデシコが最終防衛ラインとして木連の攻撃を辛うじて食い止めながら残存艦の撤退を行っている。

隊長機らしき機体が被弾して戦列を離れたと感じた時は被弾したナデシコも無事に撤退できると判断した。

しかし、赤い機体――夜天光――を中心に再び猛攻を浴びせ始めた時は不味いと考えていた。

「ガイ……アレに勝てるか?」

『…………一対一では無理だぞ』

スバル・リョーコの問いにダイゴウジ・ガイは悔しそうに憮然とした表情で答える。

かなり強くなったと考えていたのだろうが……上には上がいるという事を思い知らされて悔しいという感情に溢れている。

「ヒカル、イズミ、イツキ……アレと当たる時は支援を頼むぞ」

『『『了解』』』

「ガイ……二人で前衛をやるからな。

 先走って死ぬような真似はするんじゃねえぞ」

『……一人じゃ勝てない相手だってわーってるよ』

ガイもマジな顔でリョーコの忠告に耳を傾ける。

自分の周囲にはシャクヤクだけではなく、傷付いた戦艦やエステバリスの姿が存在している。

勝手に突っ走ってリョーコ機だけに任せる訳にはいかないと感じているのだ。

『一つだけ忠告しておくわ』

シャクヤクのブリッジにいるグロリアからパイロット全員に通信が入る。

『絶対に躊躇っちゃダメよ。戦場で躊躇った者に未来はないわ』

「……分かってるよ。手加減できる相手じゃねえしな」

リョーコの返事に全員が静かに頷いている。

軍人であるイツキも含めて対人戦はこれが最初になる。シミュレーターでは気にしなかったが……実戦への恐れはあるのだ。

戦う前から嫌な汗が背を伝うのをリョーコは感じながら、インターフェースを掴んでいた。


瓦解して行く中央の艦隊と交戦しながら高木は右翼のナデシコ艦隊に目を向けている。

ナデシコが被弾した姿を目にしているが……右翼の艦隊は動揺する事なく陣形を保ちながら後退していた。

「どうやら将としての器を持った男みたいだな」

「そういう人材もいたんですね。

 まともな人材は少ないので完勝かと思っていたんですが……なかなかどうして地球側もやる。

 ですが、ナデシコは落とさせてもらいます。その為に強力な戦力を外したんですからね」

中央の旗艦ユキカゼの撃沈を確認した後で高木と大作は北辰の夜天光を含む機動兵器の一部を右翼に展開させる事を決意した。

掃討戦がまだ残っているが、最も危険な戦場になりそうな分艦隊の支援を優先したのだ。

「忌々しい。もう一隻、切り札を投入するとはな」

画面に映るナデシコの更に後方から重力波砲を放つ新型艦――シャクヤク――を高木は睨みつける。

地球側の左翼艦隊の新型艦は火星が落とし、中央の旗艦は木連が片付けて……後はナデシコだけだと思っていた。

しかし現実は高木の思惑を上回る事態に発展していた。

可能性として頭の隅には留めていた地球側の相転移機関の新型戦艦が完全勝利を阻んでいる。

勝利の行方は決まっているが、まるで真っ白な紙に黒い点が染み付いたようで不快な気分にさせるのが嫌だった。

「残念至極という事です。はっきりと白黒と決着を付けたかったんですが」

高木の心情を理解している大作も残念そうに話している。

戦果としては悪くない。火星との共同戦線ではあったが地球側の敗北には違いないのだ。

相転移機関で重力波砲を搭載している三隻の内の二隻は撃沈し、この戦争の戦端を開かせた人物を討つ事が出来た。

この敗北で地球側の政変が起きる可能性があると火星は話していただけに、木連の命運も悪い方向には進まないかもしれない。

そういう意味では浮かれ気分になっても良いのだが、軍人としては完全勝利の報告を本国にしたかったのも事実だ。

武人の誉れとは先陣を切って勝利する事であり、木連の完全勝利を閣下に報告したかった。

しかし現実は勝敗は決し、自分達の勝利ではあるが地球側の戦力を完全に奪う事は叶わない様相になっている。

……複雑な心境で戦況を見つめている二人だった。


ナデシコは何とか追い払った機動兵器――水鏡の弁慶――に一息つく暇もなく、更なる脅威――夜天光――の出現に迎撃態勢の強化を必死に行なっていた。

エステバリス対艦フレーム部隊が一重二重に展開して、夜天光の前に立ち塞がってナデシコには近付けないようにしている。

たった一機の夜天光にエースクラスのパイロット達の駆る対艦フレームが必死に防ぐ光景を見つめるナデシコのブリッジクルーは寒気を感じている。

それは異常とも言える光景だった。

数はたった一機だが尋常ではない強さを見せ付けている。

近接戦に特化した機体だから距離を取って狙撃すれば勝てる筈なのに……当たらない。

陽炎のように機体が揺らいで見え、その機体が実際に存在しているのか、分からなくなり……途惑う。

挙動がおかしいという類のものではなく、計算された動き以上の……身体に完全に覚えこませた技術を超えた業に見える。

虚と実を無数に散りばめて敵を欺き……一撃で葬る。

では近接戦で相手をしようとすると、まるで僚機が自分から死ぬように敵の武器に当たりに行くという光景を見てしまう。

同僚が自殺するなどありえないが、吸い込まれるように自分から敵の武器の前に飛び込んでしまう。

本音では逃げたい感情で一杯になるが……仲間の生死が懸かっているので逃げる事は出来ない。

今、ナデシコが撃沈されれば、撤退すら満足に出来なくなる可能性もある。

支援に現れた戦艦シャクヤク一隻を中心にしても支えきれるとは……とても思えないのだ。

左翼の最新鋭の戦艦カキツバタを撃沈した火星宇宙軍と中央の艦隊を撃破中の木連艦隊が再編して進軍する前に撤退しなければならない。

包囲戦になる前に安全圏まで引くにはナデシコのグラビティーブラストで進軍を抑えねばならない。

だが、敵は夜天光一機ではない。夜天光に対艦フレーム部隊を当てた為に一般の0G戦フレーム部隊の負担が一気に増大した。

木連の機体はエステバリスにとって天敵に近い存在だった。

二層式のディストーションフィールドの防御力に対抗するには複数機での連続攻撃が基本だが……相手も編隊で対抗している。

数の上での優位さは無く、対艦フレームを中心に迎撃していた陣形が徐々に崩壊し始めている。

何時決壊するか分からない防波堤の側で救助作業している状況だが、ナデシコは最後尾で傷付きながら味方の撤退の支援を行っている。

その光景に兵士達は奮起して……戦線を維持していた。

「ヨッちゃん……クルーにいつでも退艦出来るように手配を進めてくれ」

コウイチロウはヨシサダだけに聞こえるように話す。

「……分かった。幸いナデシコはブリッジだけでも運用できるからブリッジクルーを除いた全員を退艦出来るようにする」

ヨシサダも状況を理解している。

スクリーンに映る赤い機体がこちらのエステバリス隊を着実に撃墜している事は明白だ。

対艦フレームのエースパイロットも必死で抑えているが数の有利さに頼っている点も否めない。

だがその数の有利さも徐々に不味い方向に進んでいる……撃墜される機体が増える事は数の有利さがなくなる事に他ならない。

そして0G戦フレームのエステバリス隊の損耗も気になる。

対艦フレームの部隊が目の前に一機の相手をしなければならない為に支援できない状況に陥っている。

あの一機が際立った形で目が行くが、中央から機動兵器の一団が右翼に乱入している。

今はなんとか防いでいるが、いずれ目に見える形で天秤の傾きが分かる事になる。

赤い機体が先にナデシコに来るか、0G戦フレームを排除した他の敵機の編隊がナデシコの元に来るか……それだけの話だ。

「いざとなれば、ナデシコを自動で敵艦隊に突入させて……自爆させる」

「目晦ましを仕掛けて僅かな時間の猶予を作るんだな?」

「ああ、勝敗の行方は決した。我々が出来るのは兵士達を一人でも多く生き残らせるだけだ」

険しい顔でコウイチロウが告げる。最初から不利な状況なのは分かっていたが、軍人である二人は命令には逆らえない。

指揮官のドーソンが焦っている事は明白だが、軍人である以上は指揮官の命令に背く事は出来ない。

今の自分達に出来る事は一人でも多くの兵士達を家族の元に帰らせるだけだった。

ヨシサダはコウイチロウに指示に従い、クルーに退艦の準備を始めさせる。

状況を理解したクルーは直ちに準備を開始して、ブリッジと艦底部分にドッキングしている強襲揚陸艇ヒナギクに移動する。

「ヒナギクを先に後方に移せ」

コウイチロウの指示にオペレーターはヒナギクを分離させて後方に避難させる。

「我々はギリギリまで味方の撤退を支援する!」

ブリッジのクルーは落ちついた様子で指示に従い艦隊の旗艦としてのナデシコを機能させている。

周囲の戦艦もナデシコを中心にギリギリの処で踏み止まって友軍が撤退する為の支援を継続していた。


「ほう……少しは将としての誇りを持つ者が地球にも居たというところか」

分艦隊の旗艦しんげつで上松が感心した様子でナデシコを見つめている。

水鏡機の被弾で戦力の低下を心配したが、北辰の夜天光の加入で状況は有利に傾き始めている。

徐々に防空態勢に綻びが出ているが、一歩も退かずに友軍の撤退の支援を行い奮闘している姿は嫌いではない。

敵味方に分かれていても一軍の将として敬意を持つ事を上松は悪いとは思っていない。

切磋琢磨という諺があるように強敵を相手にする事で自分が強くなれるのなら構わないと考えている。

無論、最後に自分が勝つ為に相手の良いところは自分の物にしたいと思うから敵将の戦術の分析に注意を払っている。

出来る限り自分の手の内を見せずに相手の手の内を裸にさせる……それが勝利に繋がると上松は知っているのだ。

「感心するのも良いが……ナデシコは撃沈しなければならない事を忘れるなよ」

呆れた様子で三原が上松に告げると、

「落とすさ。後方の新型艦は無理でもナデシコだけは絶対に撃沈する」

冷徹な視線を画面から外さずに返事をして、無人機と無人戦艦の攻撃目標の変更を指示する。

「周囲の戦艦を優先的に落とす指示を出しながら、退路を狭めるように動かせ。

 あの艦は前にしか重力波砲を撃てない。地球側もその欠点は知っているだろう。

 ナデシコが慌てなくとも周囲の戦艦はさぞ慌てるだろうから、そこを叩くぞ」

包囲殲滅の状況に陥れば、指揮官はともかく……兵士達は焦るだろうと上松は考えている。

「正面から叩くのも悪くないが、弱点を突くのは常道だ。

 兵士達には気の毒だが、ここで死んでもらうぞ」

より確実に勝つ為に相手の弱点を徹底的に突いて叩こうとする姿勢に乗組員達は恐れと安心感が同居している。

敵に回せば恐ろしいと思うが、味方にすれば確実に勝ち……被害を最少にする為に腐心する。

それこそが頼れる参謀――氷の上松という二つ名を持つ男の真骨頂だと知っているのだ。

「……お前さんだけは敵に回したくないな」

「安心しろ。妹を、裕子を泣かせん限りは味方だ」

ニヤリと笑みを浮かべて話す上松に苦笑する三原だった。

「絶対に泣かせんし、幸せにしてみせる。

 では艦隊を前に出してトドメといくか?」

「特攻への備えを用意してな」

上松は油断する事なく三原に進言する。

三原も承知しているのか、反対意見を出さずに艦隊に備えるように指示を出して艦隊を前進させた。

それはナデシコへの圧力が更に増えた瞬間だった。


ユリカはスクリーンに映る木連分艦隊の動きを見て焦りを感じていた。

分艦隊が緩やかに前進を始めながら、ナデシコの退路を絶とうとしている意図が理解できた。

ナデシコの周囲に存在している戦艦をターゲットにして撃沈して、ナデシコを単艦にして包囲殲滅する。

シンプルで分かりやすい内容だが、シャクヤクを救援に向かわせる事が出来ない。

明らかに罠という意図が見え隠れしている以上、単艦で突入させるのは間違った戦術だと判断するのだ。

確かにシャクヤクはナデシコを上回る戦闘力を持っているが、周囲の味方艦との連携は難しい。

連携が取れない状態ではシャクヤク一隻ではとても戦況を維持できない。

「第二波が来るわよ!」

不利な状況を覆す為の一手を考えていたユリカにグロリアの声が届く。

「グラビティーブラスト広域放射で!」

ユリカの指示にシャクヤクのグラビティーブラストが第二波の無人機の群れの七割以上を消滅させる。

損傷の酷い戦艦は速やかに後方に下がらせるが、無事な艦はシャクヤクを中心に陣形を即席で作り無人機の掃討を手伝う。

結果シャクヤクは臨時の旗艦の役割を果たし、ナデシコへの救援は覚束ない状態になっていた。

此処でシャクヤクが勝手に前進を始めると即席の陣形が崩れて艦隊がバラバラに行動しかねない。

撤退戦に於いて無秩序な動きをする事は被害を拡大させるとユリカもジュンも学んでいたので、動かす事が出来ない。

「ナデシコへ下がるように通信を入れなさい。

 まだ完全に撤退は完了してないけど、これ以上は限界だって言いなさい」

ムネタケがメグミに指示を出す。視線は正面のスクリーンから外す事なく真剣な眼差しで見つめている。

ナデシコの周りの戦艦は着実に撃沈されて危険度は加速度的に上がっている。

「シャクヤクとナデシコの主砲をリンクさせて足止めするのが上策だって進言するわ」

「わ、分かりました」

メグミは即座にナデシコへと通信を送る。

「ナ、ナデシコからの返信です。

 ナデシコは最後までここに留まり、友軍の撤退を支援する……と」

蒼白な顔でメグミが報告する。ナデシコの状況は素人のメグミから見てもかなり危険なのに退かないと言う。

聞いていたブリッジのクルーの内、数人を除いて悲壮な決意をするナデシコを痛々しい目で見つめていた。

「……ったく、死ぬ気なら最初から決戦に出るんじゃないわよ」

冷ややかにムネタケが呆れを含んだ声で誰にも聞こえないように呟く。

武人の意地を最後まで貫き通す心算だと考えるが……ムネタケから見れば、その行為は無駄死にしか見えない。

元々間違った形で開戦に及んだ事をきちんと修正してから死ぬのならともかく、ここで死んでは連合軍内の改革はどうなる?

後の事を投げ出すのは大の大人として間違っているとムネタケは思っていた。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

思った以上に艦隊戦の話が続いています。
戦闘シーンのおかげで話を書くペースが思いっきり落ちています。
ああでもない、こうでもないと書いては消して書き直す……その分、面白い話になればと思いながら書いています。

それでは次回でお会いしましょう。



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