未来に向けて歩み寄りが始まる

互いの主張を聞いて譲歩する

簡単なように見えて難しい

だけど我々は難関に立ち向かう

それが大人の責任ってものだから



僕たちの独立戦争  第百二十五話
著 EFF


地球のマスメディアは先日起こった電波ジャックの内容を分析して、その事件が発生した場合に起きる被害を報道している。

木星軍によるL3コロニー落下及び、修理の終わったマスドライバーによる大質量投下――月から発信された二度目の宣戦布告は世界を震撼させた。

今までは姿の見えない相手が、はっきりと姿を見せて戦う姿勢を見せつける。

事、此処に至って連合政府の無作為な姿勢に他人任せだった連合市民も焦りを感じ始める。

情報が錯綜する中で、ネットワーク上でこの戦争の背景を正確に掴んで公表する者が徐々に増え始めた。

今まではアンダーグランドでの公開だったが、いよいよ表に出始めようとしていた。

それは選挙戦の終盤に差し掛かったある日の出来事だった。



「まあ……用意周到な事をしてるわね」

一つの情報から連鎖的に洩れるように手配した人物に心当たりがあるレイチェルは現在の状況を面白そうに見つめている。

アンダーグランドで誰が発信したか追跡出来ないように偽装し、少しずつ市民に噂として聞かせる。

聞いた市民は、まさかと思いつつも無人機ばかりだからあり得るんじゃないかと思うように意識を向けさせる。

情報を扱う人物は無人機の部品を手に入れようと躍起になるだろう。

人類が作った規格と同じ物か、違うのかを知りたいし、同じ規格なら……真実の一端に近付く。

戦場に飛び込む危険もあるが、スクープネタを欲するジャーナリストは危険を物ともしないで突き進むだろう。

自分達が持つ工具で分解できるかもしれない無人機……連合政府の嘘は目の前にあるのだ。

後は不審な政府関係者を調べれば、自ずと真実に到達する。

調査段階でそれとなく餌をばら撒けば、喰い付いてくると知っていれば。

そして、彼らが表に情報を出し始めた時が噂の人物――木連――の出番になるという演出だった。

その頃には市民も動揺よりも、やはりそうだったかと納得する人間の方が増えているだろう。

同時に遺族にとっては死なずに済んだ可能性に気付くきっかけになるし、信用に失墜が繋がる事に他ならない。

その彼らが現政権を築いていた議員に投票する理由がなくなり、離反して行く事になる。

「ホント、残念だわ。これだけの仕掛けを出来る子が……相手をしてくれないなんて」

レイチェルが残念がるため息を見て、その場にいた会長秘書は安堵する。

周到な罠を仕掛けて、破滅させるような人物を敵に回したくないというのが彼の心情だった。

確かに会長ならば、対抗できるが自分達では無理な気がする。

戦いになれば全力を尽くして戦う意志はあるが、現れないにこした方が良いのだ。

自身の能力を卑下する気はないが、規格外品の人物と争うほど大物ではない。

そんな考えに及ぶ自分が小市民だと思い……心の中で深いため息を吐いていた。

「現勢力は破滅って事かしら……情け容赦なくなったわね」

逃げ場を失うように包囲網を形成する。血の粛清とも言える状況に持ち込んでいるとレイチェルは思う。

「ウチとしても損させられたから……反対する気はないけどね」

「赤字とまでは行きませんが、ネルガルにシェアの一部を取られたのは痛いです」

レイチェルの腹立ちは尤もだと思うし、戦争に至る経緯を聞いているだけに少々不快でもある。

事前にこちらに情報を渡せば、ああも易々と負けるような事態は回避できたかもしれないのだ。

たら、ればの話になるが、犠牲者を減らす事は出来たのは間違いないと考えていただけに腹が立って仕方ない。

そういう状況を生み出した連中の破滅には反対する理由はなかった。

いや、どちらかと言えば、「さっさと死んでくれ。もうこれ以上面倒を起こすな」と告げたかった。

見識の無い連中は不要だとつくづく思うのがこの頃だった。

「連合司法局も手加減無しで突っ走っているわね」

「それは仕方ないでしょう。

 信頼回復は急務になりますから」

「それもそうね」

秘書のセリフにレイチェルも同意している。

「連合政府の信頼回復は必要だから……実刑は免れないでしょうね」

「執行猶予を付けても……無事に済むとは思えませんけど。

 と言うか、ほぼ社会的に抹殺されたようなものじゃないですか?」

「そうね。表に顔を出したら最後……恨みを持つ連中が出てくるわね」

「護衛を付けないと何も出来そうにないですよ」

「自業自得、因果応報を体現してるわね」

「愚か者の末路はそういうものですよ」

秘書の意見を聞いて、クスクスと笑い出すレイチェルだった。


―――クリムゾン会長室―――


「……これで終わりでしょうか?」

一連の不祥事の報道を見ていたミハイルの問いに、

「まあ、お終いだろう。後はシオンの采配次第で戦争終結になると良いがな」

冷淡な返事を返すロバートだった。

「連合軍の人事も大幅に変わりそうですね。

 北米の威光は完全に地に落ちましたよ」

ミハイルも現連合議会の崩壊には既に関心はなく、今後の流れの方に目を向けている。

特に軍の人事には色々思う所があるのか……注目している様子だった。

「ネルガルが介入してくる様子はありませんが……マーベリックが動いています」

「巻き返しが必要だからな」

「チュン提督とソレント提督にナデシコ級二隻のテストを依頼したようです」

ミハイルの報告にロバートは二人の人物の調査資料に目を通す。

「ふむ……人格的にも申し分ないな」

「はい、流石に好戦的な人物に渡す気はないようなので安心しました」

戦争継続を訴える人物に渡されると厄介な事になるが、二人とも現状での戦いには消極的な考えの持ち主だった。

どちらかと言えば、戦争を否定してはいないが此度の開戦の経緯には不本意らしい。

あくまで軍を動かすのは最後の手段と考えている二人なら大丈夫だとマーベリックも考えたのだと二人は判断している。

「まあ、当面は軍事費の増強は無理だと思いますので新造艦の受注も減りそうですが」

北米は完全に予備を使い果たしたので再建に時間が掛かるし、その両名が奔走する事になるだろう。

ドーソン派の士官達の不始末が次々と表に出ているので軍の膿みを取り除くのも比較的楽になるのは間違いない。

人事の刷新は既に始まっている……オセアニアか、欧州のトップが次ぎの司令官に就任するのはほぼ確定していた。

「ある程度落ち着いてくれば、ジュール様も退役し易いようです。

 本人も軍に留まる理由がなくなった御様子なので、火星支社に迎え入れの準備を始めようと思ってます」

「あまり強引な手法は避けるようにな」

無理に支社のポストに座らせるなとロバートが指示を出す。

クリムゾン火星支社は確かにクリムゾン系列ではあるが火星の独立に伴い、半ば別会社になり掛かっていた。

本社の意向を無理に押し通す真似は火星支社の社員の反感を買う事になりかねないのだ。

「その火星支社から打診がありまして、

 "アクア様、シャロン様のお二人がトップになれない以上はジュール様を是非に"と」

「そうなのか?」

「火星支社は食料品、日用品、機動兵器に相転移機関など多岐に渡って研究開発を行う実験施設として営業中です。

 実の処……営業マンが少ないので本社からテコ入れする必要がありそうです」

「良品を作ったは良いが売り込む側に問題があったか?」

「はい、向こうの営業も頑張っているんですが……他の企業が参入する前に人員の増強は必須だと営業から報告がありました。

 かと言って、地球から送り込んだ人間をトップに据えるのは……」

ミハイルは言葉を濁しているが、ロバートにはそれだけで十分だった。

火星は地球人を快く思っていない人物が多い。

地球では植民星出身という事で不遇な待遇を受けた人物もいた。

特に軍関係者は酷かったらしいし、今回の戦争でもIFS持ちは前線に機動兵器のパイロットとして送られた兵士も多い。

《マーズ・ファング》が良い例だった。

こちらから誘導したが実際に火星出身で構成された部隊も多く存在していた。

一般市民もIFSを持っている事で改造人間だとか、差別的な発言も多い。

そんな謂れのない差別を受けて、この戦争で見殺しにされたのに『また支配する気か』と思わせるような配置は下策なのだ。

「クリムゾンの直系で火星に移民していたジュール様をトップにという話は火星支社からの要望です。

 オモイカネシリーズの管理者兼用という意味合いもあります」

「……こんな所でマシンチャイルドの有利さが出るとはな」

皮肉な話だとロバートは思う。

地球ではマシンチャイルドのジュールは好意的には見られない可能性がある。

時間を掛けて認知される必要があるのに、火星ではあっさりと受け入れられている。

「火星は能力主義ですから」

「柵はないからその分シビアだろうがな」

縁故というコネがあっても自分の実力をはっきりと見せないと誰も付いて来ない。

「ジュール様は派手さはありませんが、堅実な思考の持ち主ですよ。

 一つずつ結果を出して、実績を積み上げて行く……今の火星支社のトップにはそういう人物が必要です」

既に火星でのクリムゾンの貢献度はどの企業よりも飛び出している。

一気に飛び出して出る杭を打たれるようにされるより、火星の社会に深く浸透する方向で行くのが望ましいのだ。

派手さは要らない、市民に愛される企業として確立させる……それが火星に於けるクリムゾンの繁栄の一歩だと考える。

「それに……」

「なんだ?」

「ジュール様を火星に置いてかないと……ルリ様が拗ねるじゃないですか」

「あ…………忘れてた」

バツの悪い顔になってロバートは仕事の事だけを考えていた自分に反省している。

「青田刈りという訳ではないですが、将来クリムゾン火星支社に入社してくれる可能性を引き上げるのは大事ですよ」

「……餌は必要という事だな」

強制する気はないと前置きしながらも……ルリがジュールの後を追ってくると二人は考えている。

「ルリ様もクリムゾンの色に染まってますからね……欲しいものは「あらゆる手段を用いて手に入れる」です」

楽しそうにミハイルの声に重ねるロバートは、

「それがクリムゾンかもしれんな……強欲で我が侭」

「変な方向に突っ走らない限り……無敵かもしれませんね」

人を動かす原動力は欲だと考えれば、クリムゾンの人間は強いとミハイルは思っている。

ミハイルの言い様にロバートはニヤリと笑って答えていた。


―――木連 市民船れいげつ―――


れいげつの中央に位置する木連内閣府は現在、嵐のような状況の中で政務を執り行っていた。

内乱終結後、元老院の私財を調査している内閣府財務局は特に忙しかった。

橋本順二(はしもと じゅんじ)内閣府調査官は市民船しんげつから送られてくる情報を元に多角的な調査を行っていた。

「搾取し放題って感じだな」

報告書に軽く目を通しただけだが、元老院は木連の財産とも言える遺跡を軽々しく使っていたと橋本は考える。

特権の悪用の典型的な形なので吐き気がしてしょうがない。

報告書に目を通している上司の村上、草壁のお二方も非常に険しい表情だったのを橋本は知っている。

「厳罰を以って排除するしかないな」と草壁が告げると、

「まさか、ここまで無駄遣いをしてくれていたとは」と村上が嘆くように呟き、賛成していた事を思い出していた。

橋本は内閣府の職員の中でも若手の部類に入る。

村上内閣府首席官の台頭によって、内閣府は大きく様変わりしている。

二十五歳の橋本のような若手を中心に二十代から三十代前半の職員を内閣府の主要な仕事に配置している。

「頭が硬いままではこの先大変だからな」と村上首席官の発言から若手に機会を与える事が増え始めた。

橋本もその機会を与えられて、成功した職員の一人だった。

機会は平等に与えられるが、成否は自分達に掛かっていると全員が自覚している。

チャンスが平等に与えられている以上は誰も文句は言えない。

失敗した職員も何が足りなかったのかを考える機会を与えられている。

意固地に自分のやり方に拘って失敗続きの連中は閑職に回っていた。

「頭の硬い連中は要らん」と言った通りの展開になっていた。

内閣府の廊下を歩いていた橋本は同僚の仁科雄二(にしな ゆうじ)と顔を合わせた。

「随分と暗い顔をしているな」

仁科の声に橋本は苦笑する。

「そんなに暗く見えたか?」

「まあな。で、何があった?」

「元老院の事後処理でな」

内閣府の職員の誰もが元老院の搾取について苦々しく思っている。

仁科も橋本の様子から相当頭に来るような調査結果が出たと判断していた。

「……大変だな」

「そっちはどうなんだ……火星の政府高官との協議は?」

仁科は火星との国交樹立へと向けた政府レベルでの協議を担当している。

ようやく国交樹立への調印式までの手続きの前段階に入ったと聞いている。

「お互い譲れぬ点を譲歩するための協議の真っ最中だ。

 まあ、それでも一歩ずつ歩み寄っているけどな」

二人とも苦笑いで現状を把握している。

橋本は元老院の後始末で奔走し、仁科も火星との協議よりも村上以外の頭の硬い上役との折衝で奔走している。

「それでもやるっきゃねえんだよな」

橋本の決意とも言えるような言葉に仁科も頷いている。

「もう少し柔らかくなってくれると助かるんだがな」

昔気質の頑固者という上役を相手に苦労する仁科と、正確な情報を公にする事で問題が生じる事を懸念する橋本。

まだまだ彼らが忙しくなりそうな気配は確かだった。


内閣府の執務室で村上は火星との国交樹立へ向けた各方面の意見調整を取りまとめていた。

新たに創設された移民局――此処はまず月を第一にと考え、次善策として火星への移住を考えている。

ただ……軍の要望では安全性を考えると火星を第一にと言う。

地球と睨み合いするような距離では防衛に戦力を投入する必要がある点が難点らしい。

その点、火星に移住するのであれば、火星の軍事力も当てに出来るのが利点だった。

移民局は戸籍上……火星の国籍を得る事になるので木連の独自性が消える点を心配している。

確かに一世代目は木連の人間かもしれないが、二世代目になれば生まれは火星になる。

当然、「故郷は?」と聞かれると火星と答えるようになるだろう。

安全性と独自性――国として体裁をどう取り繕うか……村上にとっては別段困らないのだが、頭の硬い連中には受け入れ難い。

「困ったもんだな……生きてこそ、華だと思うんだが」

信念と言うか、この国を大切に思う気持ちは間違いではないと思う。

しかし、国を維持する為に民を危険に晒すとなると話は変わってくる。

「誇りってやつは、生きてく上で大事なんだが……拘れば害毒だな」

誇りを持って生きて行く事は間違いではないが、誇りに囚われ……拘ってしまえば道を誤る危険性が高い。

「もう少し柔軟に考えて対応して欲しい」と移民局には話しているので多少は譲歩してくれるだろう。

軍の一部は「大丈夫だ! 守ってみせる」と息巻いているが……前線に出ていない士官の戯言に付き合う気はない。

こうなると勝ち過ぎたのかと些か判断に苦慮する。

現場で頑張っている高木君達は大多数の市民が火星の移住にするのを賛成してくれている。

前線と後方の温度差が如実に現れ始めているのが気に掛かって仕方ない。

盟友――草壁春樹は軍の温度差に危機感を抱いているので改善に取り組んでくれるだろう。

自分の役目は内閣府の官僚達の柔軟さを育て上げる仕事を優先する事だ。

「……まだまだ楽隠居はできんだろうな」

押し付けられた仕事だが、遣り甲斐があるから困る。

村上重信の多忙な日々は続きそうだった。


―――シャクヤクブリッジ―――


機動戦艦シャクヤク――ネルガルが設計した相転移エンジン搭載の四番艦。

コスモス、カキツバタに続きながらもスタッフは元民間人で構成された異色の戦艦ナデシコの後継とも呼ばれている。

「はあ〜退屈ですね」

ブリッジ勤務の通信士メグミ・レイナードは変わり映えのない勤務時間を持て余している。

「平和が一番よ。なんたって連合宇宙軍はガタガタだし、戦争始まれば最前線に行く破目になるわよ」

ムネタケがメグミを嗜めるように注意すると、

「それはちょっとヤダなぁ」

オペレーターのアリシア・ブラインが嫌そうに話していた。

「最新鋭の戦艦だからと言っても油断すれば、カキツバタの二の舞よ。

 アタシは無駄死にだけはゴメンだから……今は動きたくないわね」

ムネタケの身も蓋のない言い様にブリッジクルーは苦笑するしかなかった。

無責任な言い方に聞こえるが、きちんと責任という言葉を立派に果たしている人物というのがクルーから見たムネタケだった。

「プロス」

「なんですか、提督?」

「今後の展開なんだけど……この艦どうする気?」

ムネタケの質問にプロスペクターはその意図に気付いて表情は変えていないが複雑な胸中になっている。

「本社の意向もありますから、私の一存では……」

「気を付けるように言っておいてね。

 アフリカ戦線も佳境に入ったから……上に来るわよ」

ムネタケなりの予測を聞かされてプロスも神妙な顔で思案している。

地球上に存在している相転移エンジン搭載艦はネルガルだけではない……クリムゾン製の三隻が存在している。

一隻は試作艦なので改修の必要があるとプロスは判断している。

しかし、激戦地のアフリカ支援に投入されている二隻がいよいよ宇宙に出てくる可能性をムネタケに示唆された。

「……いよいよ出て来ますか?」

ネルガルの商売敵のクリムゾン製の戦艦のお披露目は嬉しい話ではない。

「ええ、慣熟訓練を行って実戦を経験したクルーが乗艦してね」

民間人で構成されたシャクヤクとは違い、軍人で構成された戦艦が戦場に出てくる。

当然、軍の比重は不安要素のあるシャクヤクより……その二隻に向かうだろうとムネタケは言外に含ませているのだ。

「ウチの艦長を公式の場に出していないから問題になってないけど……ね」

「重ね重ね苦労をお掛けしています」

ムネタケの努力に涙するプロスだった。

多少はマシになっているが、未だにお子様発言があるユリカを前面に出さない事を前提に二人は協力体制を構築していたのだ。

尤もシャクヤクの艦長の噂は既に軍に流れているので今更という感も無きにしも非ずだった。

「艦長の後ろ盾の威光も減っているのよ……先の敗戦で」

「然様ですか」

「連合に追従している軍人って肩身が狭くなってね。

 ミスマル提督もアタシのパパも発言力が落ち込んでいるみたいなの。

 まあアタシはアタシで独自のルートを作って、それなりの発言力を維持しているから問題ないけど……極東アジアはね」

言葉を濁しているが極東アジア自体の発言力の低下も始まっているとムネタケはプロスに教えていたのだ。

「やっぱり玉虫色発言は嫌われましたか?」

「どっちらけみたいよ。コロコロ手の平を返す連中は信用できないって」

自業自得だと思うが、ネルガルの本拠地のあるブロックの発言力の低下は些か問題があった。

火星の独立に対して反対よりの立場を取っていたのに、一度の敗戦で手の平を返した極東アジア。

「北米はどうなんですか?」

「……捩れまくっているわよ」

端的に状況を告げるムネタケに、さもありなんと考えるプロスの姿があった。

企業の方は独立を認めているが、政府の方は意固地に独立反対と叫んでいるのだろう。

「軍の方は黙らせたから、最終的には政治家連中も消えるか、唯々諾々として従うわよ」

「あそこには……女帝が居りますからな」

プロスが冷や汗混じりに北米の黒幕の事をそれとなく暴露していた。

「アクアちゃんの先生だから半端じゃないでしょうね」

ムネタケが他人事のように笑って話しているが、プロスにとっては笑い事ではなかった。

レイチェル・マーベリック――マーベリック社会長にして北米企業間で最も発言力を有している女帝とも言える人物。

彼女の意向によって北米の動きが決定する事は間違いないとプロスは見ていた。

「向こうも試作艦のお披露目が始まりそうね」

「いよいよマーベリックも出て来るという訳ですな」

「もうしばらく掛かるけど……穏健派の提督に渡すみたいね」

穏健派という言葉が最近地球で出て来ている。

火星、木星との関係を修復して、新たに構築し直すという名目を掲げる一派を総じて穏健派と呼んでいる。

市民からの受けも良く……今回の選挙では大勝するだろうと専門家は見ている。

「現政権はガタガタですな」

「隠し事が多過ぎるのよ……一つくらいだったらフォローできたかもしれないけど」

「あれでは隠せませんね〜」

アリシアが暇だったのか、二人の会話に乱入してくる。

「ウチの会社は中立みたいですけど……大丈夫なんですか?」

「お給料出ますよね?」

メグミもアリシアの後を繋ぐように二人に聞いてくる。

「な〜んか左団扇が急に萎んできたみたいだから心配で」

「私も実はそう思っていたんです!

 今度のボーナスで新しいコートでも買おうかと考えたんですけど……」

「安心して下さい。ちゃんと出しますよ」

若干疲れた声できちんと話すプロスの背には哀愁が漂っていた。

その様子をムネタケは他人事のように思いながら見つめている。

シャクヤクのブリッジは今日も平和だった。


同じ頃、格納庫では、

「は、博士! こいつは新型か?」

「こいつが噂のエステバリス2だぞ、ガイ」

ガイが目の前にある機体に目を輝かせて見つめていた。

「ふ、ふ、ふ、完全なスタンドアローンとまではいかねえが従来のエステよりは稼働時間が大幅に伸びたぞ。

 しかもパワーも1.5倍まで上げたぜ」

「流石博士! 良い仕事をしてるじゃねえか!」

「ふ、褒めるな、褒めるな」

胸を張って高笑いしそうなウリバタケにガイが近付いて話す。

「処で相談なんだが……俺が一番乗りで良いか?」

「ちょっと待った―――!!」

どこからか、二人の会話に乱入してくる声があった。

「そいつは譲れないね。あたしが一番だぜ!」

リョーコが胸を張って宣言すると周囲の整備班の面子は鼻の下を伸ばしながらある部分を見つめていた。

「……男ってどうしようもなくバカよね」

エリノアが整備班に呆れた視線を向けながら話す。

「シミュレーターの結果でテストパイロットを決めるわよ。

 対艦フレームの時の話を聞いているから……いきなり乗せないわ」

「「ええ〜〜!」」

リョーコとガイの不満タラタラの声が見事に重なっていた。

「だって、いきなり壊されたら困るじゃない。

 まだ量産前で部品だってワンオフなんだから」

換えの聞かない部品が多いので壊されると困るとエリノアが説明する。

「壊されたらプロス経由でボーナスカット依頼するわよ」

「「なんじゃ! そりゃあ!!」」

身も蓋のないエリノアの話にガイとリョーコの声が格納庫に響き渡る。

「また世知辛い話になったもんだ」

「ウリバタケさんがそれを言うの……エステバXの製作費ってボーナスから天引きってプロスさん話してたわよ」

「う、嘘だろ!?」

第四の人物であるリーラが非情な現実を宣告して、ウリバタケを動揺させていたが、

「ま、負けんぞ!! 街の改造屋の根性を見せてやらぁ―――!!」

溢れんばかりの闘志を持って、更なる改造に意欲を見せていた。

「……勘弁して下さ〜〜い」

もう一人のテストパイロット――ミズハが涙ながらに面倒事が起きない事を願っていた。

ちなみにこの願いが叶う事はないと周囲の人間全員が心の何処かで思っていた。


同じ頃、シャクヤクの相談役としての立場が定着し始めたミナトは、

「う〜ん、お姉さん就寝中だから〜邪魔しちゃダメよ〜〜」

と自室のベッドで寝言を零していたかは定かではなかった。

とりあえずミナトの眠りを妨げるという暴挙に及ぶ輩はおりませんでした。


もう一人のクール系でシニカルタイプの相談役のグロリアは、

「ホウメイ料理長、Bランチをお願いする」

「あいよ〜」

シャクヤク食堂で楽しみにしていた昼のランチに突入していた。

彼女の食事を妨げる愚か者は存在しない。

以前、整備班のメンバーが食事時に口説こうとして……物言わぬ赤い塊になっていた。

それ以来、食事時には一切の邪魔者は存在しない。

シャクヤクスタッフ一同の認識は、グロリアさんは食事に関しては一切の妥協をしない厳格な人と思われていた。

「Bランチ、お待ち!」

「うむ、今日も美味しそうだな」

「へん! いつも美味いもんを作ってるよ」

「そうだったな。今日も期待して良さそうだ」

「あたしは何時でも全力で作るよ」

「手抜きなど認めんよ」

真剣な表情で食べる事を楽しもうとするグロリアにホウメイも真剣勝負の様相で応えていた。

食に関しては絶対に譲らない二人の戦いは今日も続いていた。


ホウメイガールズとの愛称で呼ばれている五人はその光景に笑みを浮かべて見ている。

「ここが戦場って思えないから困るのよ」

ミズハラジュンコは緊張感がなくなっている今の状況に複雑な気持ちでいる。

「……悲壮感と言わないまでも、覚悟したんだけどね」

おそらく何もなければ……この戦争が終わる目処が付いたと誰もが感じている。

地球側の敗北という形で後の歴史の教科書には載るんだろうとジュンコは思っている。

「来年あたりか、再来年の受験生は苦労するでしょうね。

 なんせ、もう一つの歴史も勉強する必要があるかもしれないから」

木連との国交が正常化されれば、自分達の知らない百年を知る事が出来る。

「歴史の研究している人は待っているのよね。

 学生には大変な事になるけど」

現代史を選択した学生は大変だろうなと想像している。

「ま、平和になるならいいよね」

自分は社会人だし、とジュンコは他人事のように考えている。

最前線にいるのにシャクヤクは穏やかな時間を中で待機していた。











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EFFです。

最後のシャクヤクを入れてインターミッション風味にしてみました。
次回は選挙後の話に移り……いよいよラストに向けての展開になればと思ってます。
なんか脱線しようですけど(汗ッ)

それでは失礼します。




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