着実に平和な未来へと歩み出している
まだまだ先行きは不透明だ
だが、それでも進むしかない
停滞は何も生み出さない
人の意志が未来を築くなら
平和を望めば……平和になるだろう
僕たちの独立戦争 第百二十九話
著 EFF
選挙戦で大勝を収めたシオンの陣営は連合議会の掌握と同時に前政権と彼らに従い不正を行っていた官僚達の不正究明に乗り出した。
各省庁の上層部の腐敗の実態解明を連合検事局と合同で行い、小物から大物まで確実に排斥を始めた。
その一方で、公約通りに現在の戦争状態からの脱却を図る為に、中立国ピースランド王国に停戦の仲立ちを要請した。
新政権からの要請を受けたピースランド王国は直ちに行動を開始した。
ピースランド王国が所有している非武装船を使用して、まず木連との話し合いの為に親善大使がL3コロニーへと向かった。
そして、それを受けて木連側も条件付きで対話の席に着く事を約束した。
それは密室ではなく、公開された場所での席を設ける事が最初のハードルだった。
これに対して新政権は選挙公約通りにその条件を受け入れる事を公式に表明。
各メディアも停戦に対しては好意的な報道を行い、市民も厭戦感情が出ていたので一部を除いては停戦を受け入れていた。
こうして漸く和平への足掛かりが出来上がった。
「月の返却を求めても……難しいだろうな」
連合議員の一人の意見を大多数の議員も複雑な表情で聞いている。
木星に奪われた形になっている月の返却について彼らは議論していた。
百年前は地球側に防衛手段がなく、マスドライバーの脅威に内政干渉した。
しかし、現在はビッグバリアを始めとした防衛手段があるので、脅威としては百年前よりも低いのだ。
敗北したばかりで強硬に返還を求めても……リスクが大きいだけで、メリットは少ない。
「元々彼らの先祖の土地を奪った形になる。
力尽くという形ではあるが、彼らの先住権も否定出来まい」
「百年前の話を蒸し返す事になる……こちらの非ばかり浮き彫りになりそうだ」
「避難させた住民のその後はどうなっている?」
議員の一人の問いに、その調査に従事していた者からの答えが出る。
「概ね地球での生活に馴染んでいます。多少環境の違いに途惑う者もいますが」
「馴染んだ処で、また月に帰れと言うのも問題が起きそうだろう?
また生活のサイクルを変更させる事になるからな」
「それもあるが、行政上の問題もある。
殆んどの住民が戻りたいと願い出れば……戸籍等の変更も行う必要もある。
避難時のような混乱はないと思うが、住所変更やコロニー内の教育施設や医療施設の再開も必要になる」
「……人員の派遣も考えねばならんか」
民間設備でも十分かと思うが公営の設備も動かす必要性を問われれば……頭の痛い話になる。
連合政府の予算を逼迫させる前に戦争は休戦状態に持ち込んだ。
先の艦隊戦の敗北による兵士達の遺族への補償も賄えるだけの体力(予算)は残っている。
しかし、停戦になれば、木星も地上に残した戦力を引き上げさせるだろうし……そうさせる心算だった。
破壊され、壊滅的な打撃を受けた地域の再建も始めなければならないので、どうしても予算の無駄遣いは出来ない。
比較的早期に木連の無人機を排除し、再建を既に始めているオセアニアは別だが、特にアフリカ、南米の被害状況は酷いものがある。
主力部隊を失った北米もポッカリと社会基盤を支える人員を減少させている。
ボロボロのガタガタとまでは行かなくても、疲弊している状態からの脱却は容易な事ではなかった。
余力を残しつつ、再建という課題を連合議員は与えられ……いや、前政権から押し付けられていた。
そしてもう一つ課題はある。
「火星の独立の承認もあった。
これに関しては拒否できん。前政権があまりにも火星に対して非道を行った。
火星の地球に対する不審は簡単に消えないだろう」
「あれはやり過ぎだろう。前連合宇宙軍総司令官もとんでもない事をしてくれたものだ」
話題を変えながら、議員達はもう一つの懸念事項の話し合いを行っている。
火星の独立宣言の対応も現政権は求められている。
第一次火星会戦後、火星は独自の戦力を用いて自身の身の安全を確保しただけでなく……自給自足体制を確立した。
今までは食糧事情から、地球からの供給による生命線という事情もあった。
しかし、食糧事情は完全に解消された今……独自の戦力を有して、地球の意志に対してNOと言えるだけ行為も可能となった。
そう、今までのように強引な手法を持って、火星を従える事は難しくなったのだ。
「こちらの戦力を封じ込められている以上……軍事行動はできん」
「動かそうにも月に睨まれているので、何もできぬ」
反乱阻止という名目を掲げても市民からの理解を得られないだろう。
第一次火星会戦の裏側を暴露されている以上、火星への行為はとても許されたものではない。
戦力の分析もせずに戦端を開き、兵を簡単に撤退させて……その後は放棄していると市民は思っている。
捨てられた側にすれば、捨てた側の考えなど聞いても納得できるわけがない。
実際に軍事行動を起こして反旗を翻した以上、こちらも軍事行動を起こしても……問題はないかもしれないが、
「……敗北したからな」
「負けましたね」
議員達も地球側の敗戦という結果を真摯に受け止めているので、不用意に軍を動かす愚策を選択する気はない。
過激な言動をしている一部の人間のように後先考えずに軍を動かすような真似をする気はなかった。
そして社会基盤を構成している人々を徴兵して、社会を疲弊させるのは躊躇われ、
「予算も捻出するのは大変です」
議員の一人の呟きに全体の空気に重圧が掛かる。
「……予算か?」
「予算です」
世知辛いなと思う議員達だが、開戦する気はないので問題はない。
まだ戦争継続を訴える人もいるが……市民の血税を無駄遣いしたくはないのだ。
連合市民は戦争継続ではなく、停戦、講和を選択した以上、連合議会もその声に耳を傾けなければならない。
連合議会は、その力量をこれから問われる事になりそうだった。
―――火星アクエリアコロニー研究施設―――
厳重に封鎖された研究施設がアクエリアコロニーの地下に存在する。
入室するには複数のチェック機構をパスしなければならないし、出る際にも荷物の持ち出しには過剰に警戒する施設。
だが、その施設の場所を知る者は火星でも限られている。
そう……この施設は火星にとって非常に重要な意味を持っている故に厳重な管理体制を持っていた。
火星極冠遺跡の中枢演算システムの解析調査が極秘で行われているのだ。
総責任者イネス・メイフォードは目の前にある極冠遺跡の演算システムを様々な方向から分析している。
他のスタッフも多角的に調査を続けるイネスに一目を置いている。
「古代火星人もよくもまあ……ここまでの物を作ったわね。
構成素材、システムのプログラム、ボソンジャンプのナビゲートの調整方法……調べれば調べるほど未知の部分が出てくる」
才媛、天才と呼ばれるイネスでも演算システムの解析には手を焼いている。
劣化と呼ばれる現象が非常に少ない素材で構成されている点から構成素材の製造方法の研究を始めているスタッフ。
オモイカネシリーズの作製を行ったスタッフによるシステムプログラムの分析。
教育中のジャンパーが飛ぶ瞬間のナビゲート時の稼動状況からチェックするスタッフ。
極冠遺跡でもナビゲート時の調査をしているが……結果は芳しくない。
政府でも研究は難航するだろうと予測しているので苦情は出ていないし、もう一つのブラックボックスの解析の仕事もある。
「一生を懸けても判明するか……分かんないわね」
「……そうですね」
仕事量の多さにイネスも開発局の面子も複雑な表情で話している。
「ジャンプユニットはかなり小型化出来る様にしたけど……あんまり小型なやつを出すと問題あるわね」
「技術の流出は避けたいですね」
個人用のジャンプユニットは出来ているが、スタッフの言う通り……表に出すのを控えている状態だった。
便利なユニットだが犯罪に使用される可能性を完全に捨て切れない以上……ばら撒くわけには行かない。
A級ジャンパーしか使えないので、遺跡のログを調べれば誰が悪用したか判明するくらいの事はできる。
特権を悪用したという形は持たない者にすれば、攻撃の材料になる。
後々の事を考えると兵器転用も出来る限り表に出したくないし、その考えから小型のユニットは使用を制限する方向で決定していた。
小型化は持ち出しが簡単になり、火星から流出する可能性も捨て切れないという点も考慮されているが。
「まあ、研究素材としては一生を懸けてやる分には非常にありがたいわね」
「一生ですか?」
長い話だな〜とスタッフの一人が呟いているが、
「大体地球人より遥かに高度な文明を持っていた連中の技術を分析するの。
コピーならともかく、一から作るのは容易じゃないわ」
イネスが呆れたように苦笑して反論すると、スタッフも納得して頷いている。
「ま、人生の折り返し地点に着く前に終わらせるようにしたいわね」
一生物と言いながらも、やる気は十分と話して諦めないイネス。
自信満々に話す彼女を見ているスタッフは頼もしさを感じていた。
「ふ、全部分かれば、思う存分に説明できるわね」
(ああ……この一言さえなければ)
イネス先生の"なぜなに火星講座"を思い出して引き気味のスタッフだった。
近頃はセレス、ラピスちゃん以上にノリノリの少女ガーネちゃんの登場で磨きが掛かっている講座。
おかげでイネスのやる気は桁違いに向上している。
そう……スタッフを恐れさせるくらいに。
―――木連 市民船れいげつ―――
人工の光源ではあるが、市民船れいげつは現在お昼の時間である。
普通ならば、昼食を食べようと誰もが動いているのだが、
「……何故、このように書類があるのかね?」
目の前に大きく積み上げられた書類を相手に草壁春樹は問い掛けた。
「先の内乱の顛末と市民船しんげつを含む管理体制の見直し案に火星との和平条約の草案と地球との交渉に関する注意点だ。
爺様方がくたばった以上……お前が最高権力者だからな」
草壁の問いに村上重信が諦めろという様な表情で答えている。
「風通しのよい国造りへの第一歩だ。
これでも数は減らしているし、数字のチェックは既にしてある。
明後日までに一通り目を通してもらって判を押してくれると助かるぞ」
「……これで終わりか?」
「んなわけねえだろうが……お前が火星に行く前にまだまだ成立させる法案もある。
とりあえず火星との和睦は無事に完了したが、これからが本番だぞ」
月での予備交渉が無事に終わり、本番の交渉も順調に進んでいる。
軍事協力も含めた対等の関係を築く為の条約も見据えた交渉も始まっている。
何事も先を見越した手を打つ必要があるので、担当官にはそれぞれ個別に草案を作るように指示を出した。
個別に出された草案を基に良いとこ取りの形で一纏めにして更に連日討論を交わして不備を出来る限り減らして作成した。
今後の木連十年の方向性を決定する重要な指標の作成には軍からの意見も多く盛り込まれている。
木連本国の防衛案、月防衛の意見書も提出されているので、それらも含まれている。
「もう喧嘩腰で意見をぶつけ合う場面もあった未来を作る為の珠玉の一品だ……適当に読むなよ」
村上は会議中の回想をして、苦笑しながら話す。
熱血系の男達が未来を築く為に話し合う光景を見ていて……むさくるしさを感じたのか、些か疲れた感じだった。
「どうして……こう無骨な男が多いのかな?
まあ軟弱な男よりはいいが……暑苦しい事この上ない」
「……お前も昔はああだったぞ」
「お前よりはマシだったぞ」
村上の一言に反論するように草壁が皮肉を持って返答すると、二人は互いに不敵な笑みを持って睨み合う。
この後、草壁の執務室から派手な破壊音が聞こえるようになるが、いつもの事と通り過ぎる士官達は思っていた。
熱血の源流は今だ衰えず……木連に熱く流れていた。
木連では今現在、市民の間で移住について話し合う機会が増えている。
昔ながらの木連に残る者、新天地での生活を望む者に分かれて話し合い、それぞれの未来を語り合う光景が見られる。
政府が情報を公開する事による地球、火星、そして月の状況が判明した事も一因ではある。
曽祖父あたりから月での生活を聞いていた中高年の者達は月への帰還を望んだり、このまま木連で暮らすのが一番と判断している。
しかし、若い世代になると月ではなく、火星や地球への移住を考える者が意外と多い。
これは月では今の市民船と同じような閉塞したコロニーでの生活が続くのでは、と懸念している所為だった。
全体の数では地球ではなく、火星への移住を望む者が約七割に到達しかけている。
この背景には地球はどうも信用できないという不審感から派生している。
百年前の事だけではなく、この開戦に至る経緯も不信感を助長しているのも原因ではあった。
どちらかと言うと百年前の問題より、現在の地球連合政府の汚さに木連全体が反発している方が増えている。
「ゆ〜き〜な〜」
友人の一人が間延びした声で白鳥雪菜に声を掛けている。
「なに?」
「九十九さんが地球勤務になるって噂を聞いたけど……雪菜も行くの?」
「……多分、そうなると思う。お兄ちゃんって、私がいないとなんにも出来ないから」
九十九が駐留武官として、地球での任務がある事を雪菜は出立前に聞いていた。
「隣の坂口さんは月に行くらしいし……なんか寂しくなるね」
知り合いがまた一人……この国を離れると聞いて、寂しそうに話す。
「そうね……」
新天地での生活に期待しながら、雪菜はこの国を離れると思うと一抹の寂しさを感じている。
「ここも悪くないけど……地に足をつけたいって思うのよね」
「人工的な重力よりも……か」
「まあね」
地球と同じように発生されている人工重力自体に雪菜は文句を言う気はない。
人工重力のおかげで地上と変わらぬ生活を営めるから、文句を言うと罰が当たる気がする。
だけど、雪菜としてはせっかくチャンスが巡ってきたのに広い世界に飛び出さないのは嫌だった。
この国――木連――が嫌なわけじゃない……まあ、一部嫌いなところはあるが。
「全部人工物で出来ている世界から離れてみたいのよ。
あるがまま……そんな自然な世界を見てみたくてね」
「そっか……ここが嫌いって訳じゃないんだ」
「あったり前よ! ここで生まれんたんだもん。ここが私の故郷なんだから!!」
はっきりと告げた雪菜は止まる事なく自身の気持ちを話していく。
「広い世界を見たいっていう気持ちとは別にここが好きだっていう気持ちもあるわ。
逃げ出すわけじゃないしね」
「そうよね。雪菜ってば、ゲキガンガー嫌いだから、出て行くのかなと思ったけど……違うんだ」
「そりゃ、ゲキガンガーは嫌いだけど……そんな理由で出るわけじゃないよ」
日頃の言動から木連を出ると思われて、雪菜は苦笑している。
「うちのお兄ちゃんは見かけは良いけど……家事が出来ないから私がいないとダメだもん。
好い人が見つかれば、話は別なんだけど」
「ああ、九十九さんって、雪菜がいないとダメかもね」
「そうそう」
白鳥家の家事を一切行っている雪菜。友人もそれを知っているだけに否定はしない。
「一応、軍ではそれなりの地位にいるけど……家の中じゃダメダメだし」
「雪菜も大変だね」
手の掛かる兄の面倒を見ている妹という立場を強調する雪菜だが、友人は知っている。
(雪菜は雪菜で……ブラコンだもんね)
「なんか……良からぬ事を考えてない?」
「別に♪ まあ、二度と戻って来ないわけじゃないと分かったから良いけどね」
クスクスと笑いながら話を戻す友人に、雪菜は告げる。
「いつかは帰ってくるわよ……お父さんもお母さんも此処で眠っているからね」
両親がこの地で眠りについている事を話して、必ず一度は戻ってくると雪菜は約束する。
「そういう美幸ん家だって火星に行くんじゃない」
「まあね……私は此処が一番だと思うけど」
「若いんだから保守的に決めるのはどうかと思うけど?」
「そうかもね。九十九さんが好い人見つけたら火星に来なさいよ……お邪魔虫は嫌われるわよ」
「そんな事しないわよ!!」
からかいの言葉だと分かっていながらも、雪菜は痛いところを突かれて怒っている。
木連の住民もまた新しい未来を模索しようと動き出していた。
着実に和平とその後の移住に向けた話に木連は一歩を踏み出し、成果を挙げていた。
―――マーベリック社 造船ドック―――
レイチェル・マーベリックはマーベリック火星支社を創設する為の第一陣の見送りに来ていた。
「ホントにボソンジャンプって便利よね」
ボソンジャンプのおかげで、わざわざ複雑な手続きをせずに地球−火星間の移動が可能な点をレイチェルは喜んでいる。
「……経費節減には感謝しますが、裏技使ってもよろしいんですか?」
秘書が国交の回復前の火星に社員を送り込む事に難色を示しながら聞いている。
「そんな甘い事を言っていられるほど……余裕があると?」
秘書の問いにレイチェルは現状を告げて、逆に問い返す。
問われた方も現状を認識しているだけに複雑な顔で唸るしかない。
「クリムゾン、アスカは既に火星支社を立ち上げ始めているわ。
特に二番手のアスカは既に多くのジャンパーを抱えているし、一番手のクリムゾンに至っては知名度では比較出来ないわね。
出来れば、私自身で陣頭指揮を執って支社を作りたいくらいなのよ」
巻き返しを図りたいレイチェル・マーベリックだが、
「今、会長に此処を離れてもらうのは……」
「そうなのよ。国内事情を考えると離れるのは問題だらけね」
秘書の言うように政府の失策の後処理、そして再建を民間で行う必要性があったのだ。
「ドーソンのバカのおかげで北米の信用はガタ落ちね。
ウチの南米支社は大丈夫だけど……」
「軒並み北米企業は敬遠されてますよ」
「……来年あたり、ひどい不況になりそうね」
レイチェルの言うように搾取してきたツケを支払う時が来そうであった。
近場の南米から搾取し続けてきた北米系の企業は不都合な展開に食い止め、なんとか元に戻そうと躍起になっているが……。
南米ブロックの新設による北米からの完全な分離の流れを止める事は既に不可能な展開になっていた。
「戦時特需で助かっている企業もあるけど……そう長くは持たないわね」
「ですから、その最悪の時に備えて会長に陣頭に立って頂けなければなりません」
北米全体に不況の波が来るのは間違いなく、その時にマーベリックを支える象徴が必要と訴える。
「言って置くけど……今回ばかりはかなり厳しいわよ。
ウチは大丈夫だけど、他は斜陽の時代に入るわ」
「そ、それ程ですか?」
レイチェルを以ってしても厳しいと断言されて秘書の顔色は非常に悪い。
「今までは政治力と武力を背景にやりたい放題していたけど……両方ともガタガタ。
しかもオセアニアが割り込んできたから、選択肢を増やされたわ。
おかげでウチはともかく……他はかなり反発されるし、無理矢理押さえつけようとしたらテロの可能性も否めない」
「……確かに南米は軍の暴挙のおかげで上よりもお隣に目を向けていますね」
ドーソンが月攻略を最優先させたので、北米の南米への軍事協力は全て後回しにされた。
おかげで南米の治安は一時非常に不安定に陥り、北米に対して腹に含む者が以前よりも増えている。
オセアニアが緊急に部隊を派遣させて、治安と物資の配給を行ったおかげでギリギリの処で踏み止まったのだ。
このような愚行を行ったドーソンは戦場で戦死したと聞いた南米の市民は喝采を挙げている。
そして北米の戦力が南米から駆逐されたような状況になり、南米は北米の支配からの脱却に動こうとする連中がいる。
「当面、安定するまでは不用意な発言を禁じるわ。
こっちは勢いを失いつつあり、向こうは感情で動く……泥沼よ」
「はい」
感情で動く人間に利を持って諭そうとしても無駄という事をレイチェル達は知っている。
理屈じゃない……恨みというものは本人が納得できなければ、いつまでも残し続ける。
南米は二十一世紀から現在に至るまで北米に頭を押さえ続けられて、不満が蓄積されていた。
今度のドーソンの暴挙で家族や友人、そして愛する人を失った者は大勢いる。
怨みを晴らしたいと願う連中は既に動き始め、潜在的に怨みを持つ者も切っ掛けさえあれば……動き出す。
「テロリストを英雄扱いするバカを出さないようにしないとね」
「テロでは歴史は動かないと分からせなければなりません」
「そういう事よ……あんまり動かしたくないけど、テロ対策にウチのメンバーズを何名か潜らせて」
メンバーズ――マーベリックの暗部を投入するとレイチェルは宣言した。
「……よろしいのですか?」
非合法のチームを派遣する事に秘書は複雑な顔で問う。
「伊達や酔狂でメンバーズを動かすほど……暇人じゃないわよ。
我が社の社員の安全を放棄させたい?」
「いえ……申し訳ありません」
「それから現地で雇用した社員に伝えなさい。
"チャンスをあげるわ。南米トップの座が欲しいのなら……現地の者と仲良くして味方を作りなさい"とね」
「大盤振舞いですね」
「現地で死に物狂いで這い上がってくる連中を上手く使う……上に這い上がってくる以上能力も悪くないでしょう。
機を見るに敏な者はこのチャンスを逃さないわ。
私が欲しいのは野心を持ちながら……感情で動かずにきちんと計算できる者よ」
「野心家が増えるのは困るのですが」
諫言めいた言い方でレイチェルに話す秘書に、
「欲で動いて、計算できる連中の方があしらい易いのよ」
レイチェルはあっさりと自身の考えを述べる。
「覚えておきなさい。本当に強い会社というものは様々な考えを持ちながら、一つの意志の下に動くの。
個性ってものはぶつかり合う方がより磨かれるもの……常勝軍団って個性的な連中が多いからね」
「個性的な連中を飲み込んで、その上に立つお心算ですか?」
「当たり前でしょ。そのくらいの事が出来なければ、勝てるものも勝てないわよ。
全戦全勝って行きたいけど……そう甘くないし、最後に必ず勝つ為にはより多くの優れた人材が要るでしょう」
「……会長が苦戦するほどの人物がそう出てくるとは思えませんが?」
「ゼロじゃないし、出ないと断言出来るだけの論拠があるわけ?」
「い、いえ、そういう意味では……」
絶対などという言葉など信じていない秘書が慌てて自身の発言を翻そうとする。
「出なければ……作るだけよ♪」
「か、会長!?」
とても楽しそうに話すレイチェルに秘書は大いに焦っている。
「そ、そういう物騒な発言はお控え下さい!」
「やあね。冗談に決まっているでしょ」
「とても冗談には聞こえません!」
遊び好きというか、意外とスリルという物を好むレイチェルだけに先の発言はありえるので怖いのだ。
ただでさえ、色々複雑な問題を抱えている状況でリスクを増やされるのは困るし……仕事が増えるのは嫌だ。
レイチェルのお遊びに付き合わされて、常日頃苦労している秘書だった。
(実際、アクアの妹が火星で台頭しそうだし……ガーネちゃんをスカウトしようかな〜なんて思っているんだけど♪
可愛い子だし♪ 息子のお嫁さんに欲しいな〜と♪)
このレイチェルの心の声を秘書が聞いていたら、絶対に頭を抱えていただろう。
―――火星コロニー連合政府―――
エドワード・ヒューズ火星初代大統領は執務室で書類を相手に執務中だった。
独立政府を樹立してから、国家体制の確立に奔走していたがようやく一段落つき始めている。
エドワード自身、まだまだ忙しい日々が続くと思っているが、これも自身の天命かと今では思うようになっている。
地球との関係には色々思う処があったが、現状では反抗的な動きを見せられないのが常だった。
軍事力、食糧事情の問題を抱えながら反抗しても、その先に明るい未来はない。
徐々に好転させて行くしか手段はないのに、締め付けるように地球側の横暴な押し付けもある。
火星駐留艦隊の維持費が良い例だった。火星の治安維持などと言いながら過剰な戦力を配置するのはどうかと思っていた。
地球側のこちらの反乱に対する懸念と思いながらも拒否出来ないもどかしさがあった。
火星生まれの人間に対する差別も少なからずある。特にIFSによる改造人間扱いには頭を痛めていた。
元々IFSを造ったのは地球であり、火星に持ち込んだのも彼らなのだ。
あまり良い環境と言えない火星ではIFSは非常に使い勝手が良かったので、火星の住民は受け入れる事にした。
皆、必死で生き抜いてきた証であるIFSを悪し様に言われるのは不本意であり、差別発言は正直許せるものではない。
(私自身、IFSを受け入れるのは悩んださ。
そして悩んだ結果、受け入れたものを悪し様に言われるのは好きではなかった)
火星に駆け落ちまがいで移住してきて、医療データーを見て大丈夫だと判断して受け入れた。
だが、地球の人間は医療データーによる安全性も確かめずに拒絶する。
友人であるレオン達の苛立ちや憤りを味わった今では……地球の傲慢さも理解出来る。
(私はこの火星で骨を埋める……ここが私の故郷となっている。
だから、娘達の世代にはもう少し差別や迫害のない社会にしたいものだな)
妻であるジェシカは、この地で一生を終えると以前話しているし、エドワードもその心算だった。
(ボソンジャンプ……か)
新たに持ち込まれた問題だが、そのおかげで独立へと第一歩を踏み出している現状ゆえに複雑な気分だ。
時間跳躍から齎された未来技術によって、火星の抱えていた問題の大半は解消された。
(クリムゾン火星支社は大きく発展しているし、その火星支社を中心に地場産業も着実に成長を始めている)
まずクリムゾン火星支社がテストという形で様々な分野で技術協力してくれた。
その際に取り終えた資料から改善された技術が地域産業へと送られ、更に改善されている。
ノクターンコロニーは研究都市として発展して、より多くの研究者の卵が集い……クリムゾン火星支社にも流れている。
アスカの参入によって、多少の歯止めが掛かっているがクリムゾンが先んじた事は間違いない。
(これがネルガルだったら大問題になるところだな)
独占主義のネルガルなら、何でもかんでも自分達の手の中に収めようとするだろう。
しかし、老獪なロバート・クリムゾンは前史を知った以上、強引な手法を用いる事を良しとしないだろう。
(尤もあの人の事だから美味しいところは必ず押さえるが……)
善人かと問われれば、善人じゃないと自身の口から言うような御仁だ。見掛けは好々爺でも中身は……甘くはない。
清濁併せ持つ半端な人物でないので、エドワード自身は大切な孫娘を送り込んだからには危ない方向へ進ませるような真似はしないと思っているが……注意が必
要だと考えている。
(当面は……舵取りが大変だな)
軍に関しては信頼できる人物がきっちりと押さえてくれるので、暴発の危険性は少ない。
政治に関しては自分の領分ゆえ先を見据えて方向性を作る必要がある。
(木連とは一応の決着が付いた……まだか細い道筋だが、それはこれからはっきりと見える形にすれば良い。
問題は地球との関係改善だ。独立承認後、干渉したがる連中を相手にしなければならない)
物分り良い連中だけではない事をエドワードは知っている。
今まで属国扱いしている連中はかなり減っているが……完全に消え去ったわけではない。
今後もそういう輩が出てくるのは最初から判りきっている。
独立に至る地球の暴挙を知りながらも、"それはそれ、これはこれ"等と言うように棚上げしてくる連中もいるだろう。
そんな輩に付き合う気はないが、政治に係わっている以上どうしても相手をしなければならない時が来る。
(平和とは、次の戦争の準備期間と誰かが言ってたな。
それが事実かもしれないが……それを先延ばしにするのも一つの手段だ。
せめて娘が一生を終えるくらいの年齢になるまではそんな時代にしておきたい)
エドワードはその為の苦労なら幾らでもしようと思っているし、その為に次世代の育成も考えている。
やるべき事、成さねばならない事は山積みだが、それが大人の仕事であり、その責任だと常々考えていた。
報われるかどうかは分からない……だが、それで十分だとエドワードは思う。
(与えられる未来より、自分達の手でより良い未来を築く意思があれば間違いはない……そうだろ?)
執務室の窓から見える青空に、平和の尊さを感じるエドワードであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ラストまで後一歩と言った次第です。
飽きっぽい自分がよくここまで書けたものだと思います。
テンションが下がって、ダメかなと感じた日もありましたが。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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