見知らぬ同胞ではなく
互いの事を知る事から始めよう
隣に居る隣人として
偏見を無くす事が諍いを無くす事に繋がる
まあバカやって笑い合えるくらいになるには時間が掛かるが
それでも一歩を踏み出す事に意義がある
僕たちの独立戦争 第百二十八話
著 EFF
「月には……いい思い出がないんだよな」
木連月基地の映像を見て、まずクロノが放った第一声だった。
「……そうですね」
クロノの記憶を見た私には、その言葉の重みがどれ程のものか知っている。
「……おかみさん達は無事だけど、家を失った事には変わりはない」
「そうですね」
クロノがまだテンカワ・アキトであった頃、初めてジャンプした時に月で世話になったご夫妻の安全は確認している。
月での仕事場であった食堂は失ってしまったが、政府の補償によって今は地球で食堂を開いていた。
戦時下であろうとも家を失う事に対する補償は一応したみたいだし、クロノには内緒で私個人の伝手を使ってそれなりの物件を融通する事にした。
前史のように奥さんを失う事なく、娘さんも多少は途惑っている様子だったが家族三人肩を寄せ合って……今を生きている。
「ラピスの事もありますし、身体の件もですか?」
「まあな」
月で隠れ住むように過ごしていた時間を思い出したのか、クロノはそれ以上は言いたくないのか……口を噤む。
(失敗だったかしら? クロノのトラウマを刺激した気がするわ)
忘れられる訳がない。この地には痛みを伴う悲しい思い出が多過ぎるのだ。
アクアとしては、今回の月訪問にトラブルが起きない事を祈るばかりであり、クロノの精神面のフォローも考慮するべきかと考える。
そんな二人を乗せて、ユーチャリスTは月のドックに到着した。
「まだ戦争中なので、派手な歓迎式典は出来ませんが両国の和平の為に」
「こちらこそ」
高木とクロノの二人が握手を交わして席に着く、そしてクロノは、
「一応、約束は違える気はないから……さり気なく闘気を飛ばさんでくれ」
「……すまぬ」
ちょっと困った顔で北辰に注意を促していた。
聞いていた高木達木連側の士官は焦りというか……くれぐれも暴発しないでくれという意味合いの視線を北辰に向けていた。
ここでトラブルを起こせば、折角の講和にも影響を及ぼす。
武人としては北辰が腕試しをしたいと思う気持ちも分からないでもないが、流石に火星の火星宇宙軍の士官を問答無用で襲うのは困るのだ。
「俺としては道場での試合でも良いんだが「ダメです」……すまん、尻に敷かれているんだ。
シミュレーターによる模擬戦で許してくれ」
クロノの後ろにいるアクアがジト目で睨んでいる。
「いいですか! 二人ともある意味まともじゃないんです!
試合と言いながら……死合いになったらどうするんです?」
アクアがクロノに詰め寄るように問うてくると聞いていた士官達がありえる話になりそうなので眉間に皺を寄せて唸っている。
北辰とすれば、"望むところ"と言いたいのだが公式の場所でそんな事は言えない。
(難儀なものよな。戦士として在りたいが……立場が許さんとは)
「奥方殿、立場は重々承知しているので安心めされよ」
「お、奥方だなんて……嬉しいですわ。
え、えっと、丸一日時間を取ってありますので、その日全部使ってください♪」
赤くなった頬に手を添えて、嬉しそうに身体をくねられせるアクアに火星側のスタッフは苦笑している。
「……勘弁してくれ。俺の休暇というか休み無しなのか?」
ガックリと肩を落とすクロノに、高木達はカカァ天下という言葉を感じて苦笑していた。
緊張感溢れる日になる筈が……完全に崩壊した瞬間だった。
約一週間という期間を使っての火星と木連の月での交流がこの日より始まった。
――こうして一日目は無事に終了した。
――二日目
今までのおさらいと言うか……この百年の地球圏での時間の流れと木連が歩んできた百年の歴史の違いを比較分析する。
おそらく歴史学者がこの場に居れば羨むかもしれない。
何故なら、自分達の知らない人類の百年史が紐解かれるからだ。
核攻撃を受けた火星からの脱出から始まって、遺跡発見までの道のりは非常に重いものがあったと思う。
遺跡発見後から、遺跡の力を使えるようにするまでの苦難の日々も聞き応えがあった。
最初の市民船を造った時の話はちょっと感動もした。
その後は、遺跡の恩恵を受けながら平穏な時代がしばらく続いたみたいだ。
地球との開戦に至るまでの経緯を聞いて、草壁春樹という人物が木連にとって得難い人物である事が良く分かった。
十年以上の時間を掛けて、勝つ為の算段を用意してきた粘り強さは見事としか言い様がない。
最後に聞いた使節団の暗殺事件は地球連合政府の馬鹿さ加減を象徴する事件だと思ったが。
一応、一通り聞いた後に今度は地球圏での百年史を紐解いた。
月の独立事件の隠蔽工作に木連側の士官の皆さんは憤慨していたのは言うまでもなく、連合の汚さを再認識する事になった。
その後の平穏な時間と火星への再入植については複雑な心情だったみたいだ。
そして火星側から見た開戦の経緯を聞いて、一様に顔を顰めていた。
開戦する事が決まっていたにも係わらずに火星の防衛力を下げるという暴挙には呆れていた様子だ。
ただ自分達が殲滅戦を選択した事については失策だったと高木さんが代表して謝罪してきた。
「軍に携わる者が感情的になって動いた事は失敗だった……火星の皆さんには申し訳ない事をした。
今更、頭を下げても意味がないかもしれんが……ここに謝罪する」
高木さんが頭を下げると他の士官の方々も同じように頭を下げている。
おそらく誠実で実直な方が多いのが木連の良さかもしれない。
ただ真っ直ぐ過ぎる性質ゆえに騙されやすいのかもしれないが。
違う歴史を歩んできた互いの背景を知る事で歩み寄る姿勢が出来れば良いと思う。
流してきた血の分だけより良い方向に進みたいと切に願った瞬間だった。
――三日目
高木さんの案内の下で火星が借り受ける予定のドックの見学を行う。
「外縁部の施設ですが、機能自体はどこも同じです」
「ええ、そちらにも機密事項があるので、こちらとしても外縁部の施設で十分です」
こちらにも機密がある事を匂わせて、干渉しない事を仄めかしておく。
所謂駆け引きみたいなものだが、この点は互いに納得している。
考えようによっては、木連はかなりの譲歩をしてくれている。
自軍の基地内――例え外縁部でも敵になりうる可能性がまだ残っている国に一部を譲渡するのだ。
危険性を理解していない訳じゃないし、その点も覚悟した上で提供するのだろう。
私が思うに、高木さんは義理堅く、信を置いた以上は最後まで信じるという律儀な人だと思う。
だからこそ、兵達の信頼を勝ち取り、敬意を払われているのだろう。
高木さんの甘い部分には注意が必要だと思うが、副官の三山さんがキッチリとフォローしている。
頭の固い人物が多い木連だが、高木さんが率いる月の士官達は比較的柔軟な思考の持ち主ばかりだと思った。
――四日目
L3コロニーに駐留中の分艦隊司令と参謀を通信を交えて防衛ラインの実務レベルでの協議を行う。
「――以上が火星側からの防衛案だ。
地球の状況を鑑みて、今しばらくは動きはないと予想するが備えは必要と考えている」
クロノが火星の見解を述べながら、地球側の戦力を地上にの封じ込める戦略案を出している。
「次の地球側のトップは戦争継続を望んでいない」
そう前置きして、クロノは今後の予定を話す。
「以前、話したように地球側で中立の立場を取っているピースランド王国が仲立ちしてくれる事になった。
今度は密室で隠された話し合いの場ではなく、開かれた場所での協議になる」
「こちらとしては歓迎すべき状況だが……信用して良いのだろうか?」
クロノの話を聞いていた高木さんが複雑な顔で聞いてくる。
木連の他の士官の人達も同じ考えなのか……些か険しい表情でこちらを見つめてくる。
「……その人物は信用は出来ると思うが、備えは必要だろうな。
戦争中だった国同士の関係修復など容易なものではない。
こちらも木連が開戦初期に行った行為を許したわけじゃないぞ」
協議の場の空気が重くなる。
開戦初期に火星で行われた殲滅戦を出されて、高木さん達は憮然とした顔で黙り込むしかない。
「既に終わった事と割り切れるほど……時間が経ったわけじゃない。
かといって、そのまま立ち止まる事もできないから、不本意であろうとも受け入れる必要もある。
木連でもこちらの攻撃で亡くなった人も居るだろう。残された遺族に耐えろと言って……耐えられるか?
理性では理解しても、感情が我慢できないという事は良くある事だ。
聖人君子ばかりなら、こんな戦争も起きないさ」
どの陣営も犠牲者を出しているとクロノが告げている。
その点を指摘されると高木さん達も反論し難いので黙りこんでしまう。
「……少し言い過ぎたな」
「いや……事実を隠してばかりでは何も変わらん。
今後の事を話し合うために此処にいるのだ……忌憚ない意見をぶつけるのも有りだ。
それにお互い不本意でも勝手に席を立つわけにもいかんだろ?」
「そうだな。お互い立場もある……譲歩するべき所は譲り合う必要もある」
若干空気が軽くなり、再び会議が再開する。
色々思うところはあるだろうが、話し合わなければ……何も始まらないと理解している。
時に不本意な事も出るが、現実と向き合っている人ばかりだ。
より良い結果を出せるだろうと私は信じていた。
――五日目
「それではクロノと北辰さんのシミュレーターを使った模擬戦を始めましょうか?」
主だった士官が集まった中でアクアが全員を見ながら告げる。
今日は中休みと決まっていたので、この日を利用してクロノと北辰の戦いの舞台を用意した。
「うむ、出来れば対人戦が良かったのだが……この状況では不味かろう」
気合十分といった顔で北辰が頷く。
北辰自身は納得した訳ではないが……自身の願いで国を危険な方向に進ませる訳には行かないと判断した様子だった。
「機体はどうする? 俺の機体はサレナBで?」
サレナB――格闘戦を視野に入れたブラックサレナの別バージョンと尋ねるクロノ。
「そうですね。同じサイズの機体の方が白熱するでしょう」
私が北辰さんの方に顔を向けて如何ですかと尋ねる。
「……ふむ。同じ大きさなら白兵戦も可能というわけだな?」
「その通りです。場所は火星の大地で?」
「うむ」
私の返事に北辰さんは何て言うか……怖いけど、何処か憎めないような喧嘩好きより、もう少し凄みのある笑顔になっている。
それを見て、本当にこの戦いを待ち望んでいたんだなと全員が納得した様子だった。
「と、ところであの三体合体する機体は?」
戦々恐々といった様子で控えていた高杉三郎太さんが聞いてくると、他のパイロットの皆さんも非常に興味があるのか……真剣な眼差しで一言一句聞き逃さない
ように構えている。
やはりゲキガンガーに似た機体に乗ってみたいという気持ちがあるんだろう。
高木さんや三山さんは困った奴らだと言わんばかりに苦笑している。
「さ、三郎太!」
秋山さんが慌てて三郎太さんを黙らせようとするが、クロノが手で制する。
「ま、まあ、パイロットですから興味があるのは仕方ないですな。
あれはライトニングナイト。乗り手を選ぶ機体で、なかなかパイロットが育たないんですよ」
乗り手を選ぶと聞いて、三郎太さんの目に炎が灯った気がする。
この頃の三郎太さんは軟派じゃなかったから……おそらく熱血しているのかもしれない。
実際にライトニングの操縦系は非常にシビアだから、クロノ以外にはレオンさんかエリスくらいだと思う。
後はマシンチャイルドゆえにIFS制御に優れているジュールか、私くらいだろう。
(それでもライトニングホークの高機動戦闘は難しいでしょうね。
耐えられそうなのは正規の訓練を受けた私か、成長してクロノから高機動戦闘の手ほどきを受けたクオーツだけかしら)
通常の機動までは上記の三人でも十分対応出来るが、ライトニングは高機動戦闘を視野に入れないと十全に使いこなせない。
私とて、マニュアルは頭の中に入っているが、未だに高機動戦闘を使えるレベルまでには至っていない。
それ以前に私はクロノからしか操縦訓練を受けていないからパイロットとしては正直……水物だ。
一応の操縦は出来るけど、どちらかというとナビゲーター役の方がメインだった。
開戦当初から人手不足の穴埋めの為にオペレーターとしての仕事を優先してきた。
ルリやラピス達に比べれば、劣るかもしれないが一般のオペレーターよりは遥かに優秀だった点は変わらない。
ジュールが操縦するにしても、身体機能を鍛えてからでなければ間違いなく身体を壊しかねない。
私はクロノ程ではないが、生体強化されてる。でもジュールは戦闘用マシンチャイルドではなく、オペレータータイプだから。
クオーツが成長してパイロットになり、クロノから高機動戦闘を教われば……クオーツ専用機になるかもしれないが。
(まあ並みのパイロットなら訓練の末に上手く性能を引き出せても七割でしょうか?
それでも十分だとは思いますけどね。量産するのならシステム面の簡素化とOSの改善は必須ですか)
もっとも量産化は誰も考えていない。ライトニングはあくまでクロノ専用機として開発されたものであるからだ。
ブラックサレナ同様に乗り手を選ぶ厄介な機体という認識がパイロット達の常識として通っている。
実際に試してみたいというパイロットもいたが……使いこなせなかった。
長期に亘って訓練すれば使いこなせると誰もが思うが、時間がないという状況下では仕方なかった。
マシンチャイルド専用機――それが通説になり始めていた。
その為にライトニングは量産も再設計も今のところ予定されていない。
「さて……始めるか?」
「うむ」
もはや言葉は要らないといった様子で二人は黙ってシミュレーターに入る。
私も席に座ってモニターしながら、この場にいる人達にも見えるように手配する。
かつて火星での戦いでは僅差でクロノが勝利した……今回はどうなるのか、興味がないとは言えなかった。
両者とも修羅場を潜ってきた猛者なのだ。見学しているパイロットにすれば、最高峰の戦いを見る事になるのだ。
慣れ親しんだサレナに乗り込んで、かつての宿敵と再び対峙する。
「手加減無しの全力戦闘……行くぞ」
『承知した』
かつての戦いを思い出すが……何故か憎しみは湧いて来ない。
(割り切れたという事か、それとも……)
IFSインターフェースに触れて、サレナを起動させる。
『行くぞ!』
「来い!」
目の前にかつて何度も立ち塞がってきた夜天光に類似した機体が現れる。
その機体を見ても、昔のように感情が昂ぶらずに冷静でいられる。
(ケリをつけて……腑抜けになったのか?)
強敵だと理解して警戒を怠る事はないが、怖れを感じる事が出来ない。
酷く冷めた心理状態でクロノは一騎討ちに身を投じていた。
この場に居る皆さん全員が二人の戦いに目を奪われている。
特に北辰さんの部下の方々は瞬きさえ惜しむように見つめている。
「……五分といったところだな」
烈風さんがポツリと呟くが、私は何か違和感を感じている。
(クロノ、動きはいつもと同じですが……なんというか、凄みが……)
動きは何も変わらないが……鬼気迫る迫力が足りない気がしてならない。
実力的に互角のような気がするが必殺の意志が足りない分……クロノが不利な気がする。
憎しみが完全に消えた訳じゃないと思うけど、クロノが知っている北辰さんとは別人ゆえに気が乗らないのかもしれない。
『些か……もの足りぬ。お主から殺気が感じ取れぬぞ』
『……確かにな。敵として認識出来ないのかもしれんな』
クロノ自身、途惑っているみたいな声で返事が返ってくる。
『全力ではあるが……満足できぬ』
恨めしそうな声で北辰さんが話すと、聞いていた部下の皆さんが呆れている。
「いや、今でも十分強い」
「そうっす。互角じゃないですか」
「……我が侭だ」
水鏡さん、雷閃さん、烈風さんが深いため息を漏らしながら呟く。
一進一退の攻防を繰り返しているのにまだ足りないと言う北辰さんの強さを求める貪欲さにやれやれと言った感じだった。
「……確かに失礼かもしれんな」
あいつは本気でこの戦いを望んでいるのに、俺は腑抜けな状態で挑むのは間違いかもしれない。
(怜悧な殺意……心が熱くならずに、ただ殺すという感情を思い出せ)
思い出さないようにしていた記憶の扉を開けて……解き放つ。
ただ、それだけを思う事にした。
「むっ!」
目の前の機体の動きが徐々に変わり始める。
一撃一撃に今までに無かった殺気という名の重さが加わる。
「ようやく目覚めたか」
『待たせたな……北辰』
その一言に背筋に冷たい物が流れるのを感じた。氷のような冷たい針が全身に突き刺さった気がした。
「これこそが我が望みよ!!」
刺さった氷の針を融かすかのように気合を入れて叫ぶ。
滾る心を抑え込まずに勢いを持ってぶつかれる相手が目の前にいる。
待ち望んでいた戦いの始まりだった。
両機とも見た目は変わっていない気もするが、パイロット両名の口数は減っている。
必殺の意志が両者の攻撃に込められて……見ているこちらにまで緊張感が伝わってくる。
『やるな』
『貴様こそ』
サレナBに装備されているディストーションブレードと夜天光が装備している錫杖のフィールドが弾け合う。
夜天光がスラスターバーニアを小刻みに動かしてギリギリで回避すれば、サレナBが機動力を使って一撃離脱を敢行する。
すれ違う瞬間に互いの武器が悲鳴を上げるように火花を散らす。
サレナBの方が装甲は厚いがその分小回りが利かないのに対して、夜天光は装甲を薄くした為に遥かに旋回性は上に見える。
「物の見事に機体の方向性が違うくせに……互角だ」
水鏡さんが機体のコンセプトを想定して意見を述べている。
「アクアさんでしたか……あの機体は元々近接戦向けじゃないでしょう?」
「分かりますか?」
「うちの弁慶に似ていますが、何か後付けに見えるんですよ」
「まあ、そんな所です。詳しくは言えませんけど」
私と水鏡さんはモニターから目を離さずに会話している。
もっとも私はクロノを心配してだが、水鏡さんはおそらく機体の分析をしていると思う。
経歴だけを見るとテストパイロットとして非常に優れた人物でもある。
この戦いで新型機の方向性を探る気なのかもしれないと私は思っていた。
紙一重の攻防を繰り返しながら、二人の機体は徐々に破損している。
だが、駆動部へのダメージは殆んど無く装甲を削りあった状態のまま……睨み合うような形で動きを止める。
『やはり……この形になるのか』
『抜き打ち……か』
前史の時のようにクロノと北辰さんの戦いの結末が見えてくる。
(私だったら……激突する瞬間に装甲をパージしながら、北辰さんの後ろに短距離ジャンプして攻撃、もしくは逃げるかしら)
装甲を隠れ蓑にして、後ろから攻撃するか……撤退するのがベストだと思う。
(正面から殴り合うだけが戦いじゃないし、女性の私に男同士のタイマンなんて関係ないし♪
ああ……機体を自爆させて自分だけジャンプするのもありね♪)
自爆装置を搭載させて、相手ごと吹き飛ぶのもありだと判断する。
でもクロノ達は私の考え方など思いつかないだろうなし、ある意味バカばっかだからタイマンを選択するんだろう。
意地とか、プライドも大事にするのは間違いじゃないけど……負ければ何もかも失う事も頭の片隅に置いて欲しい。
(結局のところ、前史のクロノはネルガルに利用されたんでしょうね。
クロノ自身も気付いていると思うけど、ジャンプ関連の技術を生み出すための道具扱いみたいなもの。
そう思うと……どうしようもなくイライラしますね。もう少し嫌がらせをしておこうかしら?)
ちょっと腹黒な感情へと動く。何故か、周囲に居る皆さんは顔を引き攣らせて……距離を取る。
「ア、アクアさん?」
「……ごめんなさい。ちょっと、いえ……どうしようもなく邪悪な考えが湧き上がってしまって。
ふ、ふふ……この感情の赴くままに動くべきよ、と内なる声が囁くのが非常に魅力的で」
火星から同行しているスタッフが恐る恐る尋ねてくるので、笑みを浮かべて告げる。
「ああ……この戦争の発端を作った地球の連中に鉄槌を、と囁いてくる誘惑が甘美で」
元々顔立ちの整った綺麗なご婦人がとても楽しそうに微笑んでいるのに……非常に怖気が走るのは如何なものかと思う。
(火星の女性は……怖いな)
外面は観音だが、内面は般若なのかと穿った考えが出てしまう。
(それとも、それだけ地球のした行為に怒りを感じているだけなのだろうか?)
隊長とクロノ殿の戦いが膠着状態になった所為か……変な方向に意識が向いたようだ。
どちらの機体も装甲は破損しているが、駆動系には損傷が見られない。
クロノ殿の動きは何処と無く我々に似たものが若干あるように思えて仕方がない。
もしかして地球に遺っていた同門?の可能性が高いように感じられる。
もし、そうなら隊長の方が有利かもしれない。
天閃を会得した隊長ならば、確実に次の動きを見極めて必殺の一撃を撃ち込む事が出来るのだ。
『抜き打ちならば……我の勝ちだ』
『……抜き打ちならな!』
隊長の挑発に乗ったかのように見えたが……見事に思惑を外された。
構える事なく、自然体のままに気付く事なく……歪曲場刀の刃が突き出された。
外から見ていたのに、その動きが全然見えなかった。だが、隊長はギリギリの処で回避していた。
『……無拍子か?』
『拍子が読めなければ、天閃とて……その全てを使えまい』
『確かに……道理よな』
再び同じ距離を保ちながら、二機は対峙する。
先読みから始まる究極の後の先とも言うべき天閃でも予備動作を感じる事が出来なければ……勘、反射に頼りきりになる。
「……やってくれる」
烈風副長が天閃の弱点を教えられて、唸るように呟いている。
画面に映る隊長機は完全に防御を捨てた体勢を取って、次の一撃に全てを賭けている。
『……そうこなくてはな』
クロノ殿はギリギリの間合いに立ち……次の一撃を放とうとしている。
互いの制空権を読み切ったように、ギリギリの処で対峙しながら……時間は止まったかのように流れて行く。
固唾を呑んで見ている俺達だが、当事者達は何ら変化がなく自然体で構えている。
(無拍子による先の先か、天閃による後の先か……)
「次に動いた時が――」
高木少将の声が出たのを皮切りに二機が動いた。
クロノ殿の機体の動きは見切れずに、隊長の機体の動きの鋭さだけは何とか見えた。
「クロノ!?」
心配そうにクロノ殿に声を掛けるアクア殿。
『……相討ちだな』
『なんとか相討ちに持ち込めた……だけだ』
互いのコクピットを貫いた状態で戦闘は終了したが、
『もう一戦……やるか?』
『望むところよ』
二人とも相討ちが悔しいのか、それとも意地を張っているのか……即座に再戦する。
両機とも元通りの状態になって再び激しい戦闘を繰り広げる。
「……バカ」
アクアさんが呆れた声で呟くが、俺達には二人の気持ちは痛いほど理解出来る。
頂上決戦みたいに両陣営の誇りを懸けた戦いという訳ではないが、機動兵器乗りにとっては最高峰の技術を見せ合う形になっている。
互いの力の限りを尽くしてぶつかり合い、側で見ている俺達には非常に勉強にもなるのだ。
もっとも意地の張り合いか、数時間に及ぶ戦闘に全員が辟易したのは……まだ誰も知らないが。
ちなみに対戦成績はどちらも譲らず、五分で終わってしまった。
その夜、申し合わせたように二人は対人戦をしようとして……アクア殿から夜を徹してお叱りを受けたのは関係者のみしか知らない。
隊長曰く、「火星の女子は……怖いものよ」と青い顔で呟いていたのは耳に残っていた。
――六日目
今後の戦略について意見交換を行う。
木連はコロニー開発のノウハウを手に入れて、本国のコロニーの居住性を高めたい様子だ。
月への移住を求める市民と火星への移住を求める市民の比率は7:3くらいだと高木さんに言われた。
高木さん自身は月より火星の方が安全だと思うから、火星への移住を考慮して欲しいと苦笑していた
「だが、故郷に戻りたいと願う気持ちもあるからな」
「そう……ここから始まったからな」
クロノのこの一言に高木さん達も複雑な気持ちを隠せずにいる。
「人質という訳ではないが、地球からの人々を受け入れる必要もあるかもしれん」
人質という言葉に木連側の士官の皆さんは嫌な顔をしている。
だが、地球からの市民を受け入れる事で軍事行動を抑制する手段は間違いではない。
「まあ、綺麗事だけでは上手く行かんのも事実だ」
高木さんや三山さんはその点を考慮しているのか、表情に変化はない。
新しく配属された士官の方々のほうが表情が激しく変化している。
秋山さんは苦虫を噛み潰したように顔を顰めているが、心の何処かではその策を認めているような気がする。
南雲さんは汚い策と分かっていても、その策を採用しなければならない現状を憂いている気がする。
白鳥さんも現状を理解しているのか、曇った顔をしているが一応納得しようとしている気がする。
「政治なんてものは清濁併せ持たないとやって行けないらしい。
もっとも政変が始まる前の地球は濁々しかなくて……最低な奴らばかりだったな」
クロノが苛つく感情を隠さずに意見を述べると高木さん達も同意して頷いている。
「まあ、今後の対応は勢いだけじゃダメだろう。
政治というものは時間が掛かるものだからな」
この後、互いの地球に対する基本方針を話し合って最善の方法を模索する。
綺麗事だけじゃなく、時には汚い策を弄する必要がある事を木連の士官の皆さんも受け入れようとしていた。
――七日目
公式のスケジュールを全て終えて……木連、火星のスタッフ一同が集まって簡単なパーティーが設けられる。
『まあ、気楽にやってくれ。
酒が入るから血の気の多い奴は喧嘩になるかもしれんが……後に残るようなみっともない喧嘩だけはするなよ』
会場でクロノがいつもの短いスピーチと、
『男の喧嘩は素手でやるもんだ!
木連男児が酒に飲まれたなどという恥を晒すなよ』
高木さんも同意見なのか……煽っているのか、分からないスピーチをしている。
要は武器を使用した殺傷沙汰になるような喧嘩はするなと言っているようなものだった。
隣で聞いていた三山さんは頭を抱えるようにしていたが。
『『それじゃあ両国の発展を祝って!!』』
二人が最後に手に持ったグラスを掲げて乾杯の音頭を取る。
それをきっかけにして祝いの席が賑やかになり、木連、火星それぞれの国を知ろうとする者が歓談している。
前向きに互いの事を理解しようとする姿勢は悪くないと思いつつ、グラスを片手にクロノの元に向かう。
昔は下戸だったし、ナノマシンの影響で泥酔する事もできない。
酔えたとしても……ほろ酔いが精々だと苦笑しながら周囲には話していた。
まあ、本人は酒の味が分かるようになったんで、これ以上我が侭は言わないさ等と私にだけ話していた。
クロノの元に向かう途中で以前会った士官の皆さんと挨拶を交わしている。
皆さんも以前よりも柔軟に状況を受け止めているのか、火星宇宙軍の駐留を素直に認めていた。
出会った人達の何名かは火星駐留武官として火星に行く事になるので、その際は良しなにと話されていた。
私も、こちらこそよろしくと言いながら、火星での生活様式について歓談していた。
会話が途切れたのを見計らって、席を離れて再びクロノの元に歩を進める。
見つけたクロノはパーティー会場の端の方で……北辰さんと飲んでいた。
「ま、今回は引き分けに終わったが次は勝たせてもらう」
「ぬかせ。今度は我が勝つ」
二人ともまだ戦い足りなかったのか……再戦の約束を交わしている。
私が近付いて行くと、二人は何故か……脂汗を流している。
(……失礼しちゃうわね! ルリ直伝の膝詰め談判をしただけなのに……そんなに怖かったのかしら?)
二人の顔を引き攣らせながら、私はにこやかに微笑んで会話に加わっていった。
私達の様子を遠目から見ていた火星のスタッフは"あれこそ、針の筵だな"などと失礼な事を言っていたが。
この後、パーティーはなごやか?なまま終了した。
翌日、ドックの管理、維持を行うスタッフを残して、ユーチャリスはL5コロニーへと出立する。
わざわざ見送りに来てくれた高木さん達に礼を述べて。
後日、ここでの協議を基にして、火星本国と木連本国との間での停戦と国交樹立の調印が行われた。
これによって、三年後には木連からの移住者を受け入れる事になる。
色々トラブルを抱える事になるかもしれないが、和平への道筋が正式に決まった事をまずは喜ぶべきだと思った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
日記形式とまでは行きませんが、月での協議を書いてみました。
とりあえず火星、木連の和平への正式な調印が成された形ですね。
着実に未来を築き上げるといった次第です。
それでは失礼します。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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