気が付けば……大切な人が側に居る

そんな当たり前の温かな光景がずっと欲しかった

富も名誉も望んでいない

血塗られた道を歩んでいるが……大切なものを失う事はなかった

そんな私は幸運なんだと思う

この幸せが最期まで続きますように

そして残された家族に幸多かりし事を祈る



僕たちの独立戦争  第百三十三話
著 EFF


シャロンはレオンとの新居でノンビリとお昼を過ごしたかったが、

「ちょ、ちょっと!? ダメよ!」

息子のリオ・クラストの腕白ぶりに手を焼いていた。

仕事の時はアクアの家にいるマリーに預けているが、休日は自分の手で育てる事にしている。

今日はちょうどレオンも休暇なので二人揃って息子の相手をしようと思っていたが、苦戦中だった。

「もう……ホント、レオンに似て、落ち着きがないわね」

ある程度、自分で動けるようになってからというもの……あっちこっちに動き回ってイタズラをする。

ほんの少し目を離した隙に自宅にある小物を動かして散らかす事もある。

赤ん坊が飲み込みそうな危ない物は手の届かない所に置いてあるが、目を放すと何を仕出かすか分からないし、時には壊す事もあるので注意が必要だった。

「ま、俺の息子って事だな」

この小さな破壊魔にレオンは苦笑しながら、抱き上げているシャロンから息子を預かる。

シャロンはヤレヤレといった感じで散らかした物を整頓している。

リオはというとレオンに抱き上げながらも手を伸ばして、シャロンが片付けている物を取ろうとしている。

「あ〜〜う〜〜だぁ〜だ〜」

「コラコラ、あんまりオイタが過ぎるとシャロンに叱られるぞ。

 ったく、こういうところは似なくても良かったんだが……」

元気一杯に動き回ろうとする息子に、かつて親から聞かされていた幼少時の事を思い出すと、

「間違いなく将来は暴れん坊になるかもな」

「獅子の子は獅子って事?」

「……否定出来ないところが痛いよな」

ジト目で睨むように聞いてくるシャロンにレオンは苦しげに頷いている。

これからもドンドン手を焼かされると思う反面、元気に育つ事には感謝するべきだろうと考えている。

レオンも自分がやってきた事を息子が繰り返すと思うと苦笑いするしかない。

好き勝手やって来た訳じゃないが……親に負担を掛けていた事に違いはなく、今度は自分が息子のフォローに奔走する事になりそうだから、ようやく親の苦労を 感じていた。

「きゃふ〜〜あ〜う〜〜」

息子のリオはそんな二人に心境に気付く事なく、二人に向かって両手を叩いて笑っていた。

「親になるって大変だよな」

「そうね。親のありがたみを実感したわ」

「でも、こうして元気に育ってくれるのは嬉しいぞ」

「ええ、母さんもいつも笑顔でいてくれたのよ」

「ま、今度は俺達の番だから頑張ろうや」

「うん」

二人がしんみりとした空気になりかけた時に、リオは突然泣き出している。

「ど、どうした、リオ!? な、なにが…………?」

「……オムツの交換だと思うわ」

焦るレオンから、シャロンがリオを取り上げて様子を見て判断すると、すぐに手馴れた様子でオムツの交換を行っている。

「ちゃんとお母さんになっているんだな」

そんなシャロンの様子を見て、レオンが感慨深げにコメントする。

「普段はマリーに見てもらっているけど……お母さんだもん。このくらいは出来るわよ。

 コ、コラッ……ちょっと?」

レオンに答えながら、リオを抱き上げようとすると、

「ホントに元気だな」

機嫌を直し、近くにあったオモチャを取ろうとして、シャロンの手から逃げようと手をバタバタと振り回すリオにレオンは呆れていた。

「やっぱ……俺の息子だよ。落ち着きがないと事はそっくりだ」

「そう思うんなら、もう少し落ち着いて仕事をしてよ。書類溜めるのは後が大変なんだから」

そっくりな夫と息子を相手に苦労しているシャロンだが、表情は怒っているわけではなく……どこか楽しそうに微笑んでいる。

そんなシャロンに釣られるようにレオンもリオも楽しげに笑っていた。


―――アクエリアコロニー クロノの自宅―――


久しぶりの休暇を得たクロノは自宅の台所で久しぶりに腕を揮っていた。

クロノ自身、料理人になる事は諦めたが、こうして台所に立てる事には感謝するべきかと思う時は多い。

「お父さん、まだ〜〜?」

お腹をすかせた欠食児童という訳ではないが、育ち盛りの子供達が急かすように聞いてくる。

「よっと、出来たぞ」

最後の一品が完成して、食卓に持って行く。

そこには総勢九名のクロノ家の家族がクロノの手料理を待っていた。

「サフィーとルリはジュールの所に遊びに行ってたんだったな?」

クロノがこの場に居ない二人の事を聞くと、

「そうだよ。ルリ姉もサフィーに来るなとは言えないからね」

「ああ見えて、ルリお姉ちゃんは甘えてくれるサフィーには弱いから」

ラピス、セレスの二人がちょっと気の毒そうにルリの事を言っている。

イチャつきたいのに邪魔されているが、本人には悪気はないから怒るに怒れないし……何よりもルリは家族を大切にしている。

「姉離れはまだまだか?」

「そうでもないですよ、クロノ。サフィーもジュールの事も好きみたいですから♪」

クロノが困ったものだと言うと、アクアが面白そうに二人の現状を分析して話す。

「……も、なのか?」

「ええ、一番がルリで二番がジュールでしょうか。

 まあ、ジュールの事は大好きなお兄ちゃんかもしれませんけど」

アクアの一言にラピス、セレスは納得しているみたいで何度も頷いている。

聞いていたクロノも複雑な関係になりそうな予感に頭を抱えている様子だった。

「……皺寄せは全部兄貴に向かいそうだな?」

「兄さん……骨は拾いますから」

モルガ、ヘリオはルリのジェラシーがジュールに向かうと知って……冥福を祈っていた。

「でも、ルリお姉ちゃんの事が好きだって言えれば大丈夫じゃないかな?」

「クー兄……ジュール兄はクー兄じゃないんだよ」

オニキスがクオーツの意見に辛そうに答えている。

クオーツの場合はサラが好きと明言しているので、他の女子もちょっと足踏み状態だった。

二人の間に割り込むのが出来そうな女の子は……意外と少ない。

サラと小さい頃から友達だった少女くらいで、幼馴染としてクオーツと仲良くなった女の子だけだろう。

……というか、クオーツ保護委員会なるものが少女達によって結成されて……互いに牽制しあっているようなものだった。

ただクオーツ本人はそんな事など知らずに、「みんな、仲良いよね?」などと話しているが。

「まあ、今週はマリーも同行してますから……やり様によってはイチャつけるかもしれませんね」

「いや、ジュール兄が鈍いからダメじゃないかな? ママ」

アクアの意見にガーネットが起こりうる状況を予想して話す。

「う〜ん……無理かしら?」

「ジュール兄もパパと一緒で空気読めないから」

「それもそうですね」

ウマが合うのか、二人は納得した様子で頷いている。

「父さん……そのうち、良い事あると思うぞ」

「……そうだな」

クロノはモルガに肩を叩かれて慰められていた。

一応、父の威厳らしきものはあるが……女性の比率が高いクロノ家では徐々に肩身が狭くなりつつあるクロノであった。

どうやら火星はカカァ天下がベーシックかもしれない。


―――ノクターンコロニー ジュールの部屋―――


軍を退役したジュールはクリムゾン火星支社に就職して、現在はノクターンコロニーで一人暮らしを始めている。

まだまだ覚える事が多く、忙しい毎日を送りながらも、着実にクリムゾンの後継者として教育を受けながら頑張っていた。

ルリは週末を利用してジュールの部屋に遊びに来て、マリーから料理の手解きを受けて覚えた手料理を振舞ったりしていた。

「マリーさん、こうでしょうか?」

「はい、芽はきちんと取り除いて下さい」

キッチンでマリーから料理の手順を教えてもらいながら、ルリは一つ一つの順番を真剣な顔で行っていた。

隣ではサファイアがピーラーを使ってニンジンの皮むきを行っている。

今日は新メニューに挑戦なのか……いつもよりも手つきに力が入っている様子だった。

「できた〜♪ どう? ちゃんと出来てる?」

「ええ、サファイアは上手になりましたね」

「そ、そう。えへへ♪」

マリーからお褒めの言葉を頂いたサフィーは嬉しそうに微笑んでいる。

こうしてルリと一緒にお料理できるのも楽しいし、マリーに褒めてもらえるのもとても嬉しいみたいだ。

「では、皮を剥いたお野菜を出来るだけ同じ大きさに切って、煮込みますよ。

 その方が均等に熱が入りますから」

「はい」

サフィーの手伝いはここまでで、これからがルリにとって本番になる。

一応何度も練習しているし、マリーも監督しているので大丈夫だと思うが、失敗は許されない。

優しいジュールの事だから少々おかしな味でも文句は言わないけど、乙女のプライドがそれを認める訳には行かない。

それに仕事場から疲れて帰ってくるジュールに美味しい物を食べさせたいという感情が前面に押し出されていた。

「大丈夫ですよ。ちゃんと出来ていますから」

「そ、そうですか?」

緊張感溢れる手つきになりかけていたルリにマリーは優しく声を掛ける。

練習でも大きな失敗はなく、非常に優秀な教え子だったし、見ている限り変な味にはならないと思う。

「それではゆっくりと弱火で煮込みながら、次の料理を始めましょうか?」

「そうですね。お願いします」

「私も手伝うよ」

サフィーも手を上げて手伝うと主張して、二人の会話に割り込む。

「ジュールお兄ちゃんに美味しい物を食べてもらうの♪」

上機嫌で話すサフィーに、

「言っておきますが……ジュールさんはあげませんよ」

(お、大人げないですよ、ルリ様)

さり気なくではなく、はっきりと牽制を入れるルリ。聞いていたマリーは何かドッと疲れた気分にさせられていた。

言われた方も分かっているのか、

「それは知ってるけど……ルリお姉ちゃんの次に好きなの」

などと邪気のない発言で、牽制の効果を無効化する。

「わ、私の次ですか?」

「そ、私の一番はルリお姉ちゃんだから♪」

(ま、また複雑な関係になりそうですね……これもクロノさんの所為でしょうか?)

一難去って、また一難と言うかのように……複雑な恋模様の幕が開きそうでちょっと怖い気がする。

一夫多妻制のおかげか、妻が二人いる環境に慣れてしまっているようだ。



ノクターンコロニーに在るクリムゾン火星支社の会議室では地球からの来客を迎えていた。

「……爺さん、もしかして嫌がらせ?」

ジュールは不機嫌な顔で目の前の人物――祖父ロバート・クリムゾン――に問うている。

ロバート、ミハイルの二人は火星支社の視察にやってきたのだ。

通信でも大丈夫なのだが、年に何度かは必ず地球本社から誰かが視察に行く事を本社で決定していた。

まあ移動に関してもボソンジャンプを利用する事で行き帰りに時間が掛からないようになっている。

試験的にチューリップを利用したジャンプターミナル開発が木連、火星の協力で行われて、地球の衛星軌道上に配置されてるのも都合が良かった。

おかげで地球−火星、火星−木連、木連−地球間の移動は非常にスムーズに行われて、流通も活性化している。

火星支社の業績も悪くないので会長直々にくる必要もないのだが、ロバートの場合は曾孫のリオの顔を通信機越しではなく、自身の目で見て抱き上げたいと思っ たのが今回の視察の目的かもしれない。

「別に嫌がらせというわけではないぞ。どうしてもと言われて……断れなかっただけだ」

ロバート自身も不本意なのか、その表情は憮然としたものだった。

隣で二人の会話を聞いているミハイルも滅多に見せない不機嫌な顔付きでいた。

何度も断っているのだが、しつこく話して来るので辟易していたのだ。

「だからと言って、こんなに送られても困るんだけど」

目の前に積まれた陳述書もしくは嘆願書にしか見えない書類に目を通したジュールはすぐにゲンナリとした顔になっていた。

「見合いの釣り書きなんか要らないんだけど……」

見合いなんてする気がないジュールは困惑している。

マシンチャイルドという点もあるので、地球から敬遠されている筈なのに……何故か十数件の紹介状のような釣り書がある。

「節操がないというか……そんなにやばいのか?」

「いや、まだ其処までには至っていないが……状況は良くないのだろう。

 もっとも、それは向こうの都合であって、こちらには関係ないので……まあ全部断る方向でかまわぬな」

ロバート自身も不要と判断していたので、ジュールの意見にあれこれ言う気はない。

ジュールがやばいと言う点にロバートもミハイルも複雑な顔で聞いている。

ヨーロッパからの書状より、北米からの書状のほうが多いのだ。

どう考えてもクリムゾンと縁戚になって援助をという政略結婚とした形にしか見えない点が多過ぎる。

「それではこちらからお断りの書状を送ります」

「……よろしく」

「うむ」

ミハイルが二人の合意に基いて、断る方向で動く事に決めると二人も納得して頷いている。

ジュール本人が不要と言ったので、一応の義理は果たした事になり……断れる体裁を得たのだ。

他の火星支社の重役達も些か呆れた様子で会話を聞いていた。

「……ルリちゃんに知られたら…………冥府に逝きそうだな」

青褪めた顔のジュールのボヤキに重役達も複雑な表情で頷いている。

この場にいる者は全員アクア、ジュールを通じてルリとも面識があるし、ルリの実家の事を知っている。

単純に損得勘定で考えれば、傾きかけた企業の令嬢と世界経済の基盤を支える一国の姫君では答えなど決まっている。

何よりも二人が仲良く付き合っているのを知っているので無粋な真似をする気もない。

今回の一件は地球からの厄介事としか思えなかったのだ。

(順調に尻に敷かれているようだな。それに火星に馴染んでいるようだ)

(良い傾向ですね。これならばピースランドとの縁も深まりましょう)

ロバートとミハイルは満足した顔で二人の関係が上手く行っている事に安堵していた。

……ちなみにこの一件はルリの耳に入って、後でジュールが被害を被ったのは言うまでもなかった。


―――アクエリアコロニー エドワード邸―――


エドワードは久しぶりに会った義父シオンを連れて、我が家に帰宅していた。

ロバートの火星支社視察に合わせるようにして、連合政府の代表として火星を訪問したのだ。

「お祖父ちゃん♪」

「お父さん、元気そうで」

久しぶりに会う祖父シオンを快く迎え入れる孫娘のサラ。その後ろでは娘のジェシカが微笑んでいる。

「おぉ、サラ」

気難しげな顔つきのシオンだったが、孫娘の顔を見るとすぐに相好を崩して嬉しげな様子に変わる。

「元気だったか?」

「うん、元気だよ♪」

嬉しそうにシオンの手を取ってリビングに引っ張っていくサラに、シオンも機嫌良く付き合っている。

火星の住民の半数以上がシオンの取った政策に賛成している。

火星、木連の自治権――即ち独立の承認は一定の評価を得ているし、貿易に関しても不平等な形にはなっていない。

ほぼ完全な形で対等な立場での付き合いを一気に執り行なった。

無論、タカ派連中の反発もあったが、前政権の関係者の殆んどは重犯罪者扱いで司法の手に落ちた。

一部が声高々に叫んでも、市民からの反応は冷ややかで徐々に無視されている。

厭戦感情の高い状態で火種になりそうな問題など市民は受け入れないし、もう戦争はやめようという意識のほうが強いのだ。

そんな訳で概ね平和な方向で動くシオンを否定する市民はいなく、支持率も悪くはなかった。

「でも良いんですか……くだらない連中が問題視しかねませんよ?」

「別に構わんさ。むしろ積極的に動いてくれるのを待っている」

「……燻り出しですか?」

「そういう事だ」

火星に尻尾を振っている為政者として、自分をバッシングする連中の背後関係を洗うつもりだとシオンは告げる。

「どうせ、戦争を始めたいか……他から搾取しようと考えている連中なのだろう」

「本流そのものは潰れましたが、近視眼はまだ多そうです」

現状の流れに逆行するかのように流れを狂わせる連中はまだ居た。

今のところは発言力も低下しているので、雑音程度で済んでいるが……今後、どうなるかは分からない。

二人にとって、再び戦争が起きる事は不本意な事態なので出来る限り力を削いで起きたかったのだ。

「また政治のお話してる!」

エドワードとシオンの二人が自分を放っておいて、政治の話をしているのでサラが怒っている。

「ああゴメンよ、サラ」

「おっとすまん、すまん」

「もう!」

慌ててサラに謝る似たもの同士の二人を、ジェシカはクスクスと忍び笑いをしながら見ている。

ジェシカは無事に和平へと進んでいるからこんな光景も見られると理解している。

一応政治家の娘として育ってきたので、今の状況を作り上げた二人の手腕は素晴らしいものだと思ってもいる。

しかし、娘のサラに叱られている二人を見ていると、どうしてもそんなふうに思えなくなるから困る。

「サラ、久しぶりに逢ったお祖父ちゃんを困らせちゃダメよ」

「え、えっと……ゴメンなさい」

ジェシカに注意されて、気まずくなったのか……二人に謝るサラ。

「大丈夫、気にしてないよ」

「そうだぞ」

「それじゃあ、お夕飯の準備をしましょうか?」

ジェシカがこれで終わりというように話題を変えようとすると、

「手伝うよ、ママ」

気まずい雰囲気が嫌だったサラがジェシカと一緒にキッチンに向かう。

そんな二人を見ながら、エドワード、シオンは願う。

この穏やかで温かな時間がいつまでも続くと良いなと……そして、その為の努力を怠らないようにしなければとも考えていた。





そして幾つかの問題が起きては、現場に居る大人たちが奔走し、解決されて行く。

緩やかに時は流れ……戦争の傷痕が少しずつ癒されていく日々が続く。





真っ白で清潔な空間の病室でアクアは両手に双子の新生児を抱きしめている。

「結局、この子達にも重荷を背負わせる事になりそうですね」

「まあ、俺達が負担を軽くする為に動くしかないだろうな」

アクアの側でクロノがやや不機嫌そうにイネスからの報告書に目を通している。

「NBMC(ナチュラル・ボーン・マシンチャイルド)か?」

マシンチャイルド同士の自然出産の形で生まれてきた遺伝子操作されていないオリジナルワン。

ある意味、機械仕掛けから生まれて……機械を取り込んで新生した新しい人類の可能性も否めない。

クロノ、クオーツと同じように体内でチューリップクリスタルと同質でナノマシンサイズの物を生成して、触媒無しで単独で跳躍できる体質だった。

しかも先に生まれたイネスの娘であり、クロノの娘でもあるアイリス・ユーリ以上に遺跡の演算システムとの適合率も高い。

アイリスもハーフではあるが、能力以上に母親譲りの知性を持っている可能性もある。

イネスは、その点も考慮して今から英才教育を施してみようかと計画している。

どちらにしても規格外の子供になる可能性を秘めた三人の子供達だった。

「まあ、俺のするべき事は一つだけだ。

 この子達が幸せに生きて行ける場所を作る事と、何かあっても生きて行ける強さを持たせるさ」

「それは私達二人でするべき事です……一緒にね」

「そうだな。深刻に考える必要もないさ。

 俺達は独りじゃない……仲間も家族もいる」

気難しい顔をしていた二人は苦笑から始まって……そして互いの心配性を揶揄するように笑っていた。

「フェイト、フェリシアで良いかな?」

二人の名を決めたクロノがアクアに聞いてくる。

アクアも事前に聞いていたので特に文句はないし、何よりも亡くなった母の名を娘に貰って欲しいと願っていた。

「ええ」

子供を産んだ事でアクアは今まで以上に穏やかで柔らかく微笑むようになりながらも、瞳の奥には力強さを秘めていた。

そんなアクアを見ながら、クロノもまた頼られる男でありたいと思っていた。


病室から少し離れた給湯所でルリはマリーと一緒に花を花瓶に移し変えていた。

「これから忙しくなりそうですね、マリーさん」

「あの二人のお子様ですから……想定範囲内です」

複雑な顔で話すマリーを見て、ルリは思う。

双子というのはお互い知っているので特に不都合はないが、アクアが二人になったり、クロノが二人になるのは大問題だ。

出来る限り常識人に育て上げたいと考えているマリーにとっては育て甲斐があるかもしれない、とルリは想像していた。

そして、もう一つの懸念もある。

(私とジュールさんが結婚して…………こ、子供が出来たら……やっぱり同じなんでしょうね)

自然出産で生まれてくるマシンチャイルド。おそらく自分よりも遥かに上回る力を秘めているかもしれない。

(オペレータータイプに特化した子供になるんでしょうね)

戦闘用ではなく、オペレーターとしての遺伝子操作をルリもジュールも受けて……誕生した。

マシンチャイルドの有効性は眉唾物として、一部を除いて低い評価を下されて一応の決着は着いている。

今現在、マシンチャイルドを生み出すようなヤバイ橋を渡ろうとする連中は居ない。

だが、油断する訳にもいかないのも事実なのだ。

自分達の目の届かない処で人体実験を繰り返す連中がいるかもしれないので……絶対に備えを用意しなければならないとも考えている。

「とりあえず、今は弟と妹の誕生を祝いましょう」

まだ始まったばかりで何も起こっていない、とりあえずはあの二人の新しい家族に幸あれとルリは祈っていた。

「大丈夫です。一人じゃありませんから」

安心させるようにマリーはルリに微笑んで答えていた。

独りじゃない……その言葉を聞いて、ルリは自分の側には頼れる人が居て、自分もそんな人間の一人になりたいと思った。



そして人々の努力によって束の間の平和ではなく、穏やかで平和な時間が流れていく。

蒼天の晴れた空の下で二十二歳になったルリは純白のウェディングドレスを身に纏い、新郎ジュールの元に静かに歩み寄る。

ちなみに介添え役の父親のピースランド国王の顔は、目に入れても痛くない可愛い一人娘を奪われて……不機嫌だった。

そんな夫の顔を見て、アセリア王妃はクスクスと楽しそうに微笑んでいたが。

滞りなく結婚式は進行し、ブーケトスが始まろうとしていた。

「……セレス、譲ってくれない?」

「やだ……ラピスが譲りなさいよ」

互いに牽制するように視線をぶつけ合う少女から大人の女性に代わろうとしている二人がいる。

「……えっと、私も欲しいんだけど」

二人の間に割って入ろうとして弾かれるサラ・ヒューズの姿もあった。

「サラはともかく、セレスもラピスも相手がいねえじゃん」

「兄さん、事実だけど……それは言っちゃいけないよ」

三人から離れた場所でツッコミを入れるモルガに、困った顔で合いの手を入れるヘリオ。

「ちなみにサラ姉が取ったら……結婚するの、クー兄?」

オニキスの質問に、クオーツは少し考えている。

「……ちょっと早い気もするけど良いですか、お義父さん?」

この場で唯一軍の儀礼服で参加しているクオーツがエドワードに尋ねる。

「…………」

複雑な顔で考え込むエドワードの隣でジェシカがクスクスと微笑みを浮かべている。

クオーツは火星宇宙軍士官学校を首席で卒業し、パイロットとしては既に火星最強の称号を受け継ぎ、また艦長としても立派に成長していた。

本人曰く、「もっとも数年後には、獅子の後継と黒と紅の後継が来るかも」などと言って、最強の称号など特に重要に思っていない様子だったが。



「ふむ、我の弟子が火星のエースというのは複雑な心境よな」

「そう思うんだったら、鍛えなければ良いのに」

やや離れた場所でクオーツを見つめている北辰の呟きに、烈風は呆れた様子でいる。

「馬鹿を申すな。あれほどの資質を持つ者を鍛えぬなど武の本道に外れるわ。

 しかも、あれほどの逸材を弟子に持てるなど……」

楽しげに自身の武を受け継ぐ者がいる幸運を北辰は手放す事が出来ずに苦笑している。

「クオーツ、そして……リオにフェイトにフェリシア。あれほどの逸材を弟子に出来るとは我も果報者よ」

「まあ才能だけでも放っておいても伸びそうですけどね」

中学に入学するくらいの年に、クロノに連れられて来たクオーツの才に北辰は惚れ込んでしまった。

身体はまだ出来上がっていなかったが、その片鱗は北辰には一目で理解できた。

クロノの手解きで木連式武術の基礎は覚えていた……まさに珠玉の原石を自分が磨き上げる事が出来る幸運に鳥肌が立ったくらいだ。

しかも、クオーツを介して……リオ、フェイトにフェリシアという原石にも出会った。

まだ幼く身体も出来上がっていない三人の子供達だが、一を知って、十を知るという諺を本当に体現していく連中を相手に自身の武と先達の全てを受け継がせる 事を決断した。

おかげで、ここ数年は毎日が充実した日々だった。

師弟二人の会話を聞いていた草壁春樹も自宅にある北辰の道場に来る子供達を楽しげな様子で思い出している。

子供達の笑う声を聞いて、仮初ではなく……本当の平和な時間が出来た事に感謝していたのだ。



ライスシャワーを浴び、ルリはゆっくりとブーケを挙げて、妹達が待ち構える場所に向かって投げる。

蒼天の空を背景にブーケは一人の少女の手の中に入る。

「ジル―――ッ! 次は私達の番だよ♪」

嬉しげに右手にブーケを胸に抱いて、赤い髪の少女が恋人に向かって左手を振っている。

その左手の薬指にはエンゲージリングが日の光を浴びて輝いていた。

その声に全員の視線が相手の青年に向かう。

「よくやりました、ジルオール」

「うむ、さすがは我が息子だ」

ピースランド国王夫妻の喜ぶ声があり、次期国王として王位を継承するジルオール・アレキサンド・エル・ピースランド王子が恥ずかしそうに手をカーネリア ン・ユーリに振っている。

十年以上の時を掛けて、ピースランドはIFS忌避の国民感情を減らす事に費やし……成功した。

全ては娘のルリの為に行った事だったが、息子の嫁になる女性にも十分役に立った。

ルリ自身は皇位継承権は放棄したが、国内の人気は非常に高かったのでカーネリアンの事も国民は忌避しなかった。

クリムゾン家の縁戚というだけではなく、火星の中枢の一族の少女を迎える事はピースランドの今後を占う事でもある。

この十年近くの時間で、惑星間企業という言葉がごく普通に使われる事になり始めた。

ピースランド銀行も地球の一金融機関からの脱却を始める必要もあったのだ。

一部の口さがない連中は政略結婚だと誹謗するが、本人同士は好きあって交際して結婚まで漕ぎ着けたので幸せそうだった。


「あ〜あ、ガーネットに続いて、カーネリアンにも先を越されたわね」

「嫁き遅れたら……貰ってやっから」

「そうそう。それとも僕達じゃ不満なのかい?」

妹に先を越されて不服そうに頬を膨らましていたラピスとセレスを慰めるように話すモルガとヘリオ。

何だかんだ言って、この四人は腐れ縁というか、喧嘩したり、笑い合って同じ時間を過ごしてきたのだ。

「全然ロマンチックじゃないけど、どうしても結婚して欲しいのなら……考えてあげるわよ」

素直じゃない言い方でラピスがソッポ向いて話すが、その顔は満更でもない表情だった。


「次は私の番だね♪」

無邪気に微笑んで話すサフィーに、ルリが非常に複雑な顔で頷き、ジュールが冷や汗を止め処なく流していた。

「いいですね、ジュール。サフィー以外に手を出したら……」

「……大丈夫。絶対に浮気なんてしないから」

新郎のジュールに釘を刺すルリに向けて、サファイアがピースサインを向けている。

おそらくサファイアの思惑通り、ルリは押し切られたんだと周囲の関係者は判断していた。


レイチェルの傍らに居たガーネットが楽しそうに話す。

「お義母様♪」

「何かしら、ガーネ?」

「例の企業吸収合併に成功したの……予定より安く仕上げたわ」

「さすがね」

「お義母様の教えが良かっただけよ」

地球で一、二を争う危ないコンビと恐れられ始めているマーベリックの義理の親子は愉快そうに微笑んでいる。

隣で聞いている秘書はこの二人の会話に血は繋がっていないが似たもの親子だと確信していた。

「うちの息子は企業家には向いていなかったけど……」

「あれはあれで良いと思うな。彼はありのままの私を愛してるって言ってくれたわ」

嬉しげに、恥ずかしげに惚気るガーネットにレイチェルは昔の自分達を思い出していた。

「うちの旦那もそうだったけど……息子もいい男になったみたいね」

「当然、私が好きになった人よ」

自信満々に好きな男の事を告げるガーネットにレイチェルは満足げに微笑んでいた。

「さあ帰ったら、次の仕事をするわよ♪」

楽しそうに次の仕事に意識を向けるレイチェルにガーネットは恥ずかしそうに告げる。

「お、お義母様……その、出来ちゃったから休みたいんだけど…」

「で、出来たって……もしかして、私……お祖母ちゃんになるって事?」

「うん。ゴメン……失敗した。今、二ヶ月なの」

「……そう。じゃあ無理しちゃダメよね」

「怒った?」

気まずそうに聞いてくるガーネットに、

「とんでもないわよ。元気な子供を産むの……次の世代を残すのも大事な仕事なんだから♪」

「お義母様♪」

楽しげに嬉しげにレイチェルは話すと産む事を反対されなかったガーネットはレイチェルに抱きついていた。

血は繋がっていないが、仲の良い親子だと周囲から感心するように言われている一幕をこの日も二人は見せていた。



後にジュールとルリの間に生まれる少女と、クロノ、アクアの息子のフェイトが結ばれる事になる。

戦闘用とオペレータータイプのNBMCの血統が一つになり、二人の子供が大人になる頃、地球の政治体系も変わり、新たな秩序が生まれる。

まず始まりは火星、木連の共同計画で木星とその衛星の一つエウロパの惑星改造だった。

全ての市民船と遺跡を火星の衛星軌道に一時的に移し、十年の時間を掛けて、木星を取り囲むように三つのリングを配置して、重力制御を行い、爆縮させて…… 太陽へと生まれ変わらせた。

第二弾に新たな太陽を得たエウロパ、ガニメデ、カリストの内の一つ、エウロパの惑星改造を行い、二十年の時間を掛けてエウロパの地球化に成功する。

そして木連は新たな大地を得て、市民船の住民は入植を始め、エウロパが木連の中心地になった。

この成功の根幹には百年の時間を掛けた火星の惑星改造の資料を基に行われた事を明記しておく。

その結果を踏まえて、国家間の軋轢を抱えたままの政治体系では惑星国家として確立した火星、木星の後塵に位置したままだと地球連合は気付いたのだ。

なによりも資源が枯渇した地球に魅力を感じなくなった企業の地球離れは着実に地球の経済を冷やす事になった。

ボソンジャンプによって、移動に手間が掛からない状態では地球に拘る必要性がないのだ。

先見の明を持つ者は、新しい地で一旗挙げようと一歩を歩み出す。

自分達の子供には新しい移動手段を与えたいと願う親もいたので、連合市民の火星への移住計画は加速した。

この流れを押し戻そうと画策した連中も居たが……全てが徒労に終わった。

戦力的には地球側が圧倒的だったが、古代火星人の遺産を完全にモノにした火星は新機軸の兵器を多数投入し、更に木連との共同戦線で……戦力差を覆したの だ。

この敗戦で地球は惑星開発競争で大きく出遅れ、木星の太陽化には手を出す事が出来ずに終わる。

木星が太陽に変わる頃には火星の総人口は五億を超え始め、クリムゾン、アスカ、マーベリック、ネルガルなどの大企業は火星に本社を移転を完了していた。

歴史家の間では第二の大航海時代の幕開けとも言われている時代の流れに企業は乗ったのだ。

地球の経済の傾きは完全に決定付けられ、太陽系の中心惑星という位置から滑り落ちる事になった。

勝者が歴史を作る――この言葉がまさに現実に起きた形になり、火星を中心とした新たな秩序が始まった。

かつて議会でエドワードの予告通り、火星と地球との立場が逆に変わったのだ。




一説によればクロノ・ユーリは逆行者だと言われたがそれを裏付ける証拠がなく判断は個人個人でなされた。

アクア・ルージュメイアンもその素性が判らずに歴史研究者は判断に苦しんだ。

後に彼女がアクア・クリムゾンと残された資料から判明したが、火星の住民にとってはそれほど重要ではなかった。

ただし、火星で生活する者は彼らが火星に来た事が全ての始まりだと感じていた。

彼女達が育てた子供は火星で様々な分野で活躍して火星の発展に力を貸したからだ。

今はその子供達と一緒に火星で暮らしていくだろう。

こうして、アクアが願っていた愛する人と共に生きる幸せな日々は叶い、クロノもまた忌まわしい未来を改変し、家族が幸せな日々を送れる現在を幸せに思って いた。

子供達が成長し、自分達の家庭を持って暮らし始めて、ほんの少し喧騒がなくなった自宅でアクアが聞いてみる。

「ねえ、クロノ……今、幸せですか?」

「少し寂しくなったが……幸せだよ」

老境に入り始めた二人だが、その表情はとても幸せだったと彼らを知る者は話していた。

かつて、アクアがクロノ誓った言葉通り……終わりが来るその時まで二人はずっと側で支えあっていた。

彼らは互いを支え合い……最期の時まで約束を違える事なく生き抜いたのだ。











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EFFです。

今度はラストを端折り過ぎる事なく……終わったんじゃないかな〜と思います。
ラストをどうするかで非常に悩みました。
個人的には2010年は大好きなんですよね。そんな理由もありまして、大規模な惑星改造の話を入れてみました。
あらかた資源を取り尽した地球って、それほど重要じゃなくなると思いましたのも理由の一つでした。
人は種子の一つなんじゃないかなと思った事があります。
いつか自分達は宇宙に出て、新たな大地に自分達の生きた証を残すような、そんなロマンのある事を考えたりもしました。
現実はドロドロとした血生臭い話が多いですけどね。
でも夢を見ないと……なんか悲しい気分になりそうで、寂しく思います。
自分でもなに言っているのか……ちょっと赤面ものかも知れませんが(アセッ)

まず、この場を借りて、黒い鳩さんにお礼申し上げます。
黒い鳩さんにはお世話になりっ放しでした。
外伝も含めて、百四十話も付き合ってくださって、とても感謝しています(状況次第というか、気分次第で外伝書くかもしれませんが)
飽きっぽい性格の自分ですが、よくもまあ書き上げたものだと思います(途中で挫折するんじゃないかと思ってたくらいですから)
あと、感想提示版やWeb拍手で感想を書いて頂いた皆様にもお礼申し上げます。
皆様方の感想をエネルギーに換えて、頑張れたと思っています……本当にありがとうございました♪

これからエヴァの方に集中して最後まで書き上げますので、期待して頂けると嬉しいです。

もう一度、言わせて貰います。
皆様のおかげで無事書き上げる事が出来ました事にお礼申し上げます。

どうも、黒い鳩です。
まずは、EFFさん完結おめでとうございます。
リメイクでは元の作品より人気が出ないという常識を覆し、凄い人気で終わることが出来たようで、EFFさんには頭が下がります。
作品内では多少賛否の起り易い表現もありましたが、これだけ壮大な物語を完結させた事、偉大であると思います。
私なんてメインの作品の人気が無くなって、やる気が失せたとかいうタイプですしね(汗)
EFFさんの頑張りは素晴らしいものであると思います。
今後もエヴァに予定ではうたわれでしたっけ?
色々ご活躍を期待しております。
とはいえ、これからはお父上のいない状態になりますので、自己責任の問われる事も多くなると思いますので、今までと同じようにというのは難しいでしょう が。
それはそれ、ペースが多少落ちてもやはりこれからも作り続けて欲しいと思います。
頑張ってくださいね♪




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