火消しという後始末がある
後ろめたい事も多々あるが必要な事なのだ
正しい事ではないが間違いでもない
それが暴力になるか
話し合いで決着をつけようとするかの違い
矛盾を抱える人間ならでは問題でもある
僕たちの独立戦争 第百三十二話
著 EFF
「ミスター、手配は無事完了した」
「そうですか、ご苦労さまでした」
ゴート・ホーリーが今回のミッションの完了を告げ、プロスペクターが労いの言葉を掛ける。
「しかし、なんと言いますか……懲りませんね」
「うむ。時代を逆行する愚かな行為だ」
火星との関係改善を望むネルガルの中に潜む旧社長派の火星へのテロ行為の指示。
今、テロ事件を起こしても何も解決しないし、逆に自身のクビを絞める事になるのに……上手く行くと夢見ている。
旧社長派の中でも優秀な人物だっただけに社内でも生き残っていた。
それだけに時流を見極める目を持っていたと信じていたのに、ちょっと目を離すと独占しようと企んで危険な方向に歩き出す。
生き残れるだけの能力が有るだけに、手が込んだ計画を考え出すので始末が悪い。
そんな尻尾を見せない連中の処理をようやく終えて、二人は一息を吐いていた。
「まだまだ我が社は毒を含みたがる者が多いですな」
「だがミスター、これで旧体制の膿が出尽くしたぞ」
「いえいえ、体質の改善がまだ終わっていない以上……イタチゴッコですよ」
プロスがやや疲れた様子で今の状況を端的に告げる。
アカツキの体制にこそ、ネルガルは変わったが……まだ完全に社員全体の頭の中身が独占主義からの脱却へと移行していない。
一部の社員は旧体制のやり方を踏襲しようとしていた。
目に見えるほど大きな問題になっていないだけに目が届きにくい。
アカツキ自身も強引な路線変更による社員の途惑いがあるから、旧体制に戻ろうとする連中には手を焼いている。
切る事は簡単だが優秀な社員もいるし、派閥の軋轢もある。
特に結果を出している部門には、"何故結果を出しているのに文句を言われるのだ"と言う様に反発もあるので匙加減が難しい。
完全な一枚岩になるには今しばらくの時間が必要だとアカツキもプロスも予想している。
「それでも、やるしかないんですよ」
「そうだな、ミスター」
「もうしばらくは忙しくなりそうです、はい」
「それが仕事だからな」
亡霊の駆除、または旧い邪な意志から生まれる妄執の削除。
新たな体制への移行を完全に終わらせるのは、まだまだ時間が掛かりそうだと二人は思いながら行動する。
「今度は旧い体制だと判断されると完全に敵対して……先が見えませんからね」
せっかく和平へと歩き出した世界に乱を起こすのは愚策だとプロスは考える。
「では、次の仕事に参りましょうか?」
「了解した、ミスター」
目に見えるだけが全てじゃない。誰も知らない世界の片隅で静かに平和を望む者もいる。
影から会社を支え、会社に不利益な事を行おうとする者を処理する。
ネルガル内部監査役のプロスは今日も影から世界平和に貢献していた。
南米特有の暑さを、その身に感じながらグロリアは対象の調査を速やかに行っている。
「ターゲット010……危険度Cと言ったところだな」
ここ数日、件の人物の思想、行動パターンの分析を行い、マーベリックに対しての危険度(攻撃)の判定を決定する。
「しかし、まあ……ゴキブリ並に出てくるものだ。
それだけ北米の企業は搾取してきたのだと言う事なんだろうな」
マーベリックのテロ対策カウンターチーム主任として、グロリアは南米で行動している。
レイチェルは"自分からは来てくれ"と言わないが、グロリアはそんなレイチェルを水臭いと思っている。
レイチェルは気にも止めていないが、グロリアにとっては命の恩人に借りを返すのは当然の事だと考えている。
相互主義者でもあるグロリアは礼を以って接する者には礼で返し、殴りかかる相手には当然倍返しが基本と決めていた。
そしてテロリストが時代の勝者になる事はないと知っているので、
「……やれやれ。ゴミ掃除で忙しくなりそうね。
こちらG−01、対象者の危険度変更……CよりAへ」
『ラジャー』
監視対象が不穏な空気を纏った人を集め始めるのを見て、グロリアは通信機で判定を即座に切り替える。
中には先日起きたテロ事件の実行犯らしい存在と、計画したと噂される人物が居た。
起きた事件が悲惨なものだったが故にグロリアは続けて起こされるのを良しとせずに非情な判断を行う。
「なお、出来得る限り内密に処理せよ」
『よろしいので?』
「無差別だからな……そういう連中を生かしておくほど余裕はない。
テロに巻き込まれた事実を湾曲して、マーベリックの所為にされるのは業腹だよ」
『……イエッサー』
巻き込まれた人間にとっては加害者のテロリストだけではなく、被害者のマーベリックも悪いと考える輩もいる。
"マーベリックが此処になければ、死なずに済んだ"と思われるのはバカバカしいコントを見せられた気がする。
"そりゃ逆恨みだろ"と言っても、憎しみで目の曇った相手には通じない。
この地に居る者の大部分が潜在的に北米に対して怨みを抱えている以上、テロリスト予備軍みたいなものだ。
暴れる同胞も悪いが、北米企業のマーベリックで働く者も誇りを失った者と断じる可能性も少なくない。
表沙汰にするよりも、人知れず処理するほうが後々面倒な事にならない。
「身を守るための防衛手段として武器を手にするのはまあ一概に否定できない。
しかし、理不尽な暴力として使うために武器を手にするのは間違いだな」
『それでは内密で処理を行います』
「お願いする」
死刑執行書に判が押されて、テロリスト予備軍が人知れず消されて行く。
「さて、貴女はどうする? ここで娼婦になって生きるも良いが?」
グロリアの側で一連の通信を聞いていた女の子から女へと移り変わろうとしている幼さを残した少女に問う。
偶然、貧民街でレイプされそうになっていた所を任務中のグロリアが拾ったのだ。
「……身を売るしかない生き方しかないのよ」
悔しそうに自分の未来を呪うかのように俯いて少女が告げる。
「ふむ。もう一つだけ道を作り、提示できるな。
私が身元引受人になってあげるから……あの場所から飛び出す気はある?」
「え?」
一瞬、意味が分からずに唖然とした様子で見つめる少女にグロリアが懐かしむような目で話す。
「ちょっとした気まぐれだけど、まあ今回限りだ」
「……出られるの?」
「ただし、出られるのは貴女だけ……こっちもそう余裕はない」
自分一人だけしか出る事は出来ないと告げるグロリアに、
「父親の顔なんて知らないし、母親もテロで死んだわ……私には、もう失うものはこの身体くらいよ」
純潔を売って、堕ちるだけと嘯くように少女は話す。
そんな少女にグロリアは過去の自分の姿を垣間見せられた気分になる。
「……これも何かの縁か。私は仕事で火星に行くけど……一緒に来る?」
グロリアはこのミッションの後はメンバーズに任せて、火星でのマーベリックの調査部に配属が決まっている。
調査部と言ってもやる内容は荒事ではなく、火星の企業との提携を結ぶ際の事前調査がメインの表側の仕事になる。
非常時に即座に対応出来る人材として、そして油断しないかもしれないが女性を置く事で警戒感を減らす目算の予定だった。
「行く!! ここから抜け出せるなら文句は言わない!」
チャンスに飛び付くように少女は火星への移動という人生の岐路に対して即座に決断する。
「いい返事ね。私の名はグロリア」
「アイリーン・メノア」
「……やれやれ、そんなとこまで似なくても」
苦笑するようにグロリアは少女の名を聞いて……ますます因縁を感じている。
「な、何よ? 私の名がおかしいの?」
自身の名前を聞いて笑い出すグロリアを不審に思いながら少女は聞く。
「気にするな。なに、昔の事を思い出しただけだ」
少女の問いを誤魔化しながら、グロリアは告げる。
「一つ告げる事がある」
「なによ?」
誤魔化されたと気付いて、不機嫌な顔で少女はグロリアを見つめる。
「裏切るな……だな」
「よく分かんないわね?」
「自分を、信頼を、そして信用を裏切るな。
裏切りを是とする連中の末路は碌な物がないんでな」
「そんなの当たり前の事じゃない。私の母さんはいつも言ってたわよ。
どんな仕事に就いたってかまわない……ただし、人様に後ろ指を指される様な恥ずかしい真似は決してしちゃいけないって」
「……ふむ。娼婦の仕事をしながらも人の尊厳は捨てなかった立派な親だったみたいだな」
何処までも自分とよく似た環境のアイリーンにグロリアは楽しくなってくる。
「さて、出掛けるぞ。着たきりスズメのままでは臭うからな」
後の事はメンバーズを信用しているので、自分の出番はないと思っている。
「いいの?」
「良いも悪いも裸で街中を歩かせるほど常識知らずではないぞ」
着替えを取りに戻させるわけには行かないので、服の用意が必要とグロリアは決めて外に向かう。
かつて自分を産み、育てた母と同じ名を持ち、最後の一線を越える事から踏み止まろうと足掻くアイリーンをどうしても他人には思えないグロリア。
(奇縁というものは、ある日突然に来るものだが……たまには気まぐれも悪くない)
テロリストを処理する現場に居合わせて、口を封じるべきだったが……トリガーを引き損ねた。
アイリーンを殺し損ねたのはぬるま湯に居過ぎた所為で甘くなったのかと悩んだ。
昔の自分なら躊躇いなく射殺していたが、殺せない以上はもう引退するべきだろうと判断する。
もし次も同じような選択を行って……無事に済むとは思わないからだ。
「……他に助けたい子供はいるか?」
「他の子はみんなテロに巻き込まれて……死んだわ」
「そうか……」
一昨日に起きたテロ事件の犠牲者だとグロリアは判断した。
北米企業系に勤務の現地スタッフを狙った爆弾事件の余波を受けて、この近くのスラムで大火災が起きていたのを思い出す。
正式な死傷者数はまだ出ていないが、かなりの人間が取り残されて……亡くなっているとグロリアは判断していた。
「テロなんて大っ嫌い! あんな事しても誰も喜ばないわよ!」
アイリーンは憤り、苛立ち、怒りを見せて叫ぶ。
「覚えておくがいい。テロでは何も変わらないし、何も救えない。
本当に何かを成したいのなら、暴力を持ち要らずに話し合う事から始めろ。
時間は掛かるし、誤解される事もあるが……それがまっとうで一番可能性があるさ」
「誰も救えないかもよ」
皮肉気に話すアイリーンにグロリアは問い返す。
「では、どういう手段を選択する?」
「そ、そんなの分かんないわよ」
「まあ、火星に行ったら、学校に通って学ぶ事だな。
底辺の人間では何もできずに終わるしかないし、ここから出られるなら何でもするんだろ?」
「――――」
学校という言葉を聞いて嫌そうな顔をするアイリーンの反論を封じる。
「では、行くか?」
自身が同じようなスラムから飛び出した歳よりも下のアイリーンは納得できないが、我慢するしかないと思っている様子だ。
唇を噤んで黙り込みながら、グロリアの後を追う。
この日、一人の少女がグロリアに拾われて、新しい大地へと向かう。
未来は不確定だから、これからどうなるか分からない。
ただ幸多かれと願うグロリアが存在するだけだった。
―――火星アクエリアコロニー―――
三ヶ月前に地球主導の戦争裁判ではなく、火星主導での戦争裁判が行われた。
木連の代表者たる草壁春樹は現在アクエリアコロニーで表向き監視付きの暮らしをしている。
開戦前の地球側が行った木連に対する要求は既に暴露されているので、連合議会も大きく出られない。
木連が行った情報開示は地球連合市民も色々思うところがあった。
特に遺跡に関する要求は、市民達も呆れるような無茶な要求をしたものだと話していた。
木連の生命線を支える遺跡を明け渡せという要求など受け入れるはずがない、と普通の人間は考える。
あらかさまに地球が開戦を望んでいると判断されてもおかしくないのだ。
そして、現実に戦争が始まった。
しかも火星を見殺しにして、敗戦の連続という不名誉な結果を残し続けてきたのだ。
挙句の果てに核の使用という手段を選ばない戦術まで選択して……火星、木連の前に敗北した。
これで地球主導の戦争裁判を行うなど……シャレが利いているとしか思えなかった。
「木連を離れてみて……思うところがある」
「聞かせてもらいましょう」
エドワードがこの家の住民――草壁春樹に真摯な様子で耳を傾ける。
「閉塞した社会ゆえに私の正義も狭かったのかと思う事がある。
無論、生存する事が厳しい場所だから、そこに住む者の意思を統一する必要があったのも事実だ」
「統一されていない人の力では危ないのも事実なんでしょうね」
「うむ。だからこそ、憎しみであろうと利用しなければならなかった」
「是非を問うのは難しいでしょうな。
そんな事が出来る程の余裕があれば……いえ、たらればの話は止しましょう」
火星では珍しい日本家屋風の住居の一室で二人は話し合っている。
草壁には木連のライフスタイルが日本風であるので、それに準じた形の家を提供して住んでもらっていた。
「政治に携わる者としては、綺麗事だけでは済まされない事も多々ある。
私とて、これまで行ってきた政策が正しいかと問われれば……分からない。
無論、後で修正すべき点が浮上すれば、順次修正するつもりですが」
エドワード自身も草壁の政策を全て否定する気もなく、自身の真情を述べるに留まる。
「こればかりは私達が評価するのではなく、後を託す者が決める事になるでしょう」
「人任せというのはどうもな」
即断即決で動いてきた草壁にとって、自身の政策の評価を人に判定されるのは好みではない。
その為に、どうしても苦笑いするしかなかった。
「我々としては、貴方が表舞台に出る事がないような事態が起きない事を祈るばかりです」
「そうであってもらいたいものだ」
「平和を壊すのは一瞬で済みます。
相互理解なくば、不協和音ばかり出て……破綻するしかない」
「全くだな」
「戦争というものは消費する事ばかりで、体力のない陣営にとっては疲弊させるしかない。
火星も、木連も長期の戦争には耐えられないでしょう」
エドワードの意見に草壁は腕を組み、目を閉じて一考する。
室内から音が消える中、エドワードは静かに草壁の意見を待ち続ける。
「…………確かに、今の木連には長期の戦線を維持できるだけの体力は無いな」
新しい市民船の建造に、遺跡に頼らない自給自足体制を作るために必要な物が山ほどある。
「今の連合議会は大丈夫だと思いますが、次の政権も大丈夫とは限りません」
「備えだけは用意しておくべきというのかね?」
「そうですね。情報交換の場だけでも非公式に作っておくべきかと思います」
政府間レベルの場所とは別に作らないかと言われて草壁は、
「良いでしょう。我々としても幾つもの連絡網を作っておくのは間違いではない」
即断して告げる。
「では、後日にこちらの連絡先を」
「承知した」
それぞれに思惑もあるが、両者は一応の合意に達した。
しばらくして、エドワードは席を立ち……帰って行った。
「……聞いておったな?」
「はっ」
草壁の護衛として、北辰は火星で暮らしていると同時に木連本国とのラインの繋ぎ役として人知れず活動していた。
「先の火星の意見をどう思う?」
草壁とエドワードとの会見を隣の部屋で北辰は聞いていたので自身の考えを述べる。
「火星とて、まだ安心しておらぬというところでしょうか?」
「……そうだな。確かに先の戦では勝ったが、地球が本気になったわけではない」
「然り。現連合議会には含むところはなくとも……備えは必要かと存じます」
常在戦場の心構えこそが肝要と北辰が告げると、
「重も同じような事を言っていたぞ。
当面は大丈夫だが、何年か先には必要になるかもなと。
そして、出来るなら備えが杞憂になる事を祈るともな」
もう一人の盟友、村上重信からの手紙を見せている。
文面には木連の現状を伝えているだけだが、草壁と北辰は文面から別の情報も読めるようになっている暗号文でもあった。
長い付き合いゆえに、非常時用の連絡網は既に構築されているし、火星−木星間の定期航路も順調に動いている。
地球より先に移民を始めているので、北辰の配下もその流れに乗って移動しているのだ。
「政治は水物で、流動的でございますか」
「……みたいだな」
(木連内部は安定し、新しい市民船も無事に建造を終えた。
自給自足にはもう少し時間が掛かるが、一つの光明は見えた……か)
胸に一抹の寂しさを感じながらも、草壁は木連が危うい方向に進む事なく、発展している事に安堵する。
農業用に建造された市民船は試行錯誤を行いながらも、農作物の品種改良も始まっている様子だった。
きちんと正式に採用されるまではかなりの時間を要するが、後を任している部下達なら必ず成し遂げると信じている。
「何年か先には木連産の米も出てくるかな?」
「出ますとも」
火星のように地球産の食料品の味には追い着いて、追い越すと話す市民の姿もあった。
木連は徐々に変わりつつある――そう考えると先達たちの苦労が報われたと信じる。
(彼らの犠牲は意味があった。私もまたその一人になるのかもしれんな……風)
数多の命を散らして木連はここまで進んできた。
多くの犠牲の上で成り立つ世界だが、彼らの死が無駄ではないと草壁は思うし、自分のその一つになる事に不満はない。
何故なら、自分に万が一の事があっても既に後を託せる者がいるのだ。
(願わくば……この穏やかな時間が少しでも長く続き、次の世代に平和の尊さを知ってもらいたい。
そして、この平和を築き上げる為に頑張ってきた先人達の思いを踏み躙らないように……)
火星の青空を見ながら、草壁は穏やかに笑みを浮かべていた。
牙を抜かれたわけではない……その牙を再び誰かに向ける事がないとありがたいと考えていた。
―――月 中央都市みちづき―――
木連が統治する事になり、月基地と呼ばれていた場所もとりあえず中央都市みちづきと名前が変わった。
元々の基地部分の住民は連合軍兵士から木連軍兵士へと変わり、一般の居住区には木連からの移民が入る事になった。
そして、木連は草壁の火星行きと同時に政軍分離が徐々に始まり、このみちづきでも政治と軍事に分かれた官庁が出来ている。
一つは高木恭一郎をトップに据えた木連宇宙軍、月駐留艦隊司令部。
もう一つは木連内閣府から派遣された若手から構成されている木連月中央官庁。
両者は立場は違えど、月で生活する木連市民の安全と暮らしやすい環境整備に日夜奔走している。
また火星宇宙軍もみちづきの一画に艦艇用のドックも借り受けていたので、火星と木連の仲は親しき隣人のような関係だった。
火星も木連からの移民を受け入れる準備に奔走しているので、職員同士で互いの生活環境の違いの意見交換もしていた。
地球から元住民の一部が帰りたいと言っているので、一応背後の調査協力も行っていた。
結果も背後関係に不審な点はなく、ずっと月で生きて来たので故郷に戻りたいと願う者達ばかりだった。
「やっと一段落着いたという事だな」
「いえ、ようやくスタートラインに立ったというべきかもしれません」
ちょうど執務が途切れた頃に高木は緊張を解そうと身体を動かしながら、副官の三山大作に声を掛ける。
声を掛けられた大作は、高木が目を通した種類を再確認しながら自分なりの意見を述べる。
「落ち着き始めた時こそ……油断するなかれってか?」
「そういう事です。この月でも様々な考えを持つ人間が集まってきました。
誰を信じ、誰が利用されるか……見極めなければなりません」
裏切るという言葉を出していないが、大作の言には重みがあった。
「なんせ、ウチはお人好しが多いですからね」
「……否定出来んな」
一本気な高木としては、老獪な地球人に振り回されそうな人物に自分を含めて心当たりがあるので苦笑するしかない。
簡単な挑発と言えど、あっさりと引っ掛かりそうな猪武者は本国に大勢いる。
徐々に改善しているとはいえ、性格なんてものはそう簡単に変えられるものではない故に悩みの種になっていた。
「嫁さんでも貰って、家を構えては如何です?」
家庭を作る事で落ち着いては、と大作が告げる。
「……まだ早いな。家庭を持つなんて柄じゃない」
頭を振って拒否する高木。家庭を持つこと自体を否定しているわけではなく、まだそんな気分になれないだけだろうと大作は考える。
「……アクア殿、綺麗でしたね」
ほんの一月ほど前に火星で正式に結婚式を挙げたアクアの事を大作が回想する。
ちょうど高木達が軍事上の協議を行う為に火星に来るのに合わせて式を挙げてくれたので、二人は参列したのだ。
「……そうだな。本当に幸せそうだった」
一応聞いてはいたが、本当に二人の花嫁がいたのは驚いていた。
不誠実ではないのかと問おうとしたが、二人とも納得しているし、既に尻に敷かれている雰囲気だったので……何も言えなかった。
高木にとっては、告げる事なく終わった恋の様子だが……未練はなさそうだった。
おかげで自棄酒に付き合う事がなかったので、大作は安堵していたが。
どちらにせよ、高木の浮ついた話はしばらくなさそうだと大作は残念に思っていた。
家庭を持つ事で人は成長する事が多々あるだけに、高木が一回り大きくなって欲しいと願っていたのだ。
「その件は終わった事として、本国の様子はどうだ?」
高木は咳を一つ入れて、大作に話題の変更を促す。
大作も、人の縁をどうこう言う気はないので、あっさりと話を変えた。
「閣下が火星に行かれて多少は動揺もありましたが、これも事前に市民には話していたので特に混乱はありません。
軍の血の気の多い奴らくらいが騒いだだけですね」
「南雲はどうだ?」
血の気の多い奴らの代表格の南雲の様子を高木は問う。
猪突猛進で血気盛んな木連男児の代表と言えば、以前は月臣だったが……その月臣も熱血クーデターで亡くなった。
知己の者達は元老院に騙されたと知っているし、知らぬ者は元老院に尻尾を振り、市民船さげつ虐殺に荷担した悪人。
実際には加担しているわけではないし、軍も政府の広報も事実関係を発表しているがなかなか汚名は消えないみたいだ。
「押さえに回ってましたよ」
「ほう」
草壁に心酔している南雲が急先鋒になるかと思っていた高木は見直している。
「いつまで閣下の力を借りるつもりだ!って叫んでいたそうです」
「あいつも日々成長してるようだな」
「ええ、海藤さんの下で鍛えられていますよ。
海藤さん曰く、さっさと退役して気楽に生きたいから、思う存分扱き使って仕事を覚えさせてやるって」
日々奔走している南雲の姿を思い浮かべて苦笑いしている大作だが、木連を支えていく人材が成長するのは大歓迎している。
「まだ隠居するような歳でもないくせに」
高木が呆れを含んだ口調で草壁の後任となり、木連宇宙軍の総司令官という重職に就任した本国の海藤の事を話す。
海藤本人は、高木が適任じゃないのかと言って、固辞しようとしていた。
だが、草壁と村上と海藤本人の話し合いで固辞を撤回して、木連軍の改革に伴う再編制を行っている。
「海藤さん自身は前線指揮官でありたかったみたいですけど」
「いや、俺には総司令官は荷が重過ぎるぞ。せめて、あと十年くらいは現場で覚えたい事があるしな」
若手士官の中には高木を推挙する動きもあったが、高木自身がまだその器になっていないと明言して、固辞していた経緯もあった。
「海藤さんには悪いが、もうしばらくは現場で居たいんだよ」
「秋山が政治の舞台に行きましたからね」
もう一人の候補者であった秋山源八郎は内閣府の事務官として、地球、火星との交渉の場を舞台に職務に励んでいる。
「あいつなりに悩んだ末の決断だ。俺は一軍人でありたいが、あいつは木連全体を良くしようと思っただけだろ?」
「それは否定しませんよ。なんせ我が国は政治に関しては人手不足ですから」
一応議会制だったが、独裁制に近い形で運営されていた木連は、どうしても政治オンチに為り易かった。
駆け引き上手が少ないのは問題があると大作は思うし、軍主導で動いていたので軍に優秀な人材が偏っているのも事実なのだ。
だが、元老院は崩壊し、草壁も引責辞任という形で独裁制に幕を降ろした。
そして、現在は内閣府が民主制への移行を行っている。
「新城もこっち側ではなく、向こう側に行くんだろうな」
「そうですね。あいつ自身が嫌がれば、大丈夫ですが」
秋山同様に遺跡の管理を中心に仕事を行っている新城も内閣府での仕事が増えているので、必然的に足を運ぶ事が増えている。
「悩んでいたな……まあ、悩んだ末の決断なら文句は言わんさ」
「押し付ける訳には行きませんよ。あいつの人生はあいつのものなんです」
「お前はどうするんだ?」
高木が大作にこれからの事を聞いてみる。
今なら軍を退役するのも比較的楽に出来るし、本当にやりたい仕事に就く事も可能かもしれない。
相棒に辞められるのは痛いが、死線を潜り抜けてきた相棒だからこそ後悔のない生き方を選択して欲しいとも思うのだ。
「担いだ御輿を放り出して行く様な半端者じゃないですよ。
第一、俺が抜けたら何も出来ないじゃないですか?」
「な!? そりゃあ酷くないか? 俺もそれなりに出来ると思うが?」
子供じゃあるまいし、何も出来ないと思われるのは少々問題があると思い、高木は反論する。
「そういうセリフは事務仕事を万全にこなしてから言って下さい」
グサリと高木の胸に大作から放たれた言葉の棘が突き刺さる。
「それとも、俺はもう必要じゃありませんか?」
「バ、バカ野郎!! お前が居ないと困るが、お前の人生を台無しにする気はない!!」
「なら、問題はないですよ。俺は望んで此処に居るんですから」
「ふん。後悔しても責任は取らんからな」
意地を張って損したと言わんばかりに高木は告げるが、何処となく嬉しい気持ちは隠せなかった。
そんな高木の様子を見て、大作は内心で苦笑いしながら感謝している。
(困った人ですね。ですが感謝しますよ……あなたのおかげで軍を嫌いにならずに済みましたので)
押し付けられた未来ではなく、自分で決めた未来だと胸を張って言える生き方を選択できた。
後悔しない生き方を歩み出している大作は、目の前の人物を裏切るような真似は絶対にしないと誓っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
いよいよアクア達の近況を書いて大団円かな?と思っています。
最後の最後でリアルのほうで大変な事が起きましたが、無事に完結できそうです。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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