「やれやれ……二駅前とはいえ、二時間も遅刻するようでは不謹慎としか言えないね」
駅に備え付けてあった公衆電話の受話器を戻して碇シンジは呆れを含んだ声で呟く。
人目を惹くような派手さはないが、見る人が見れば好意的に思うような穏やかな笑顔の少年だった。
(だよね〜。ホント、いい加減な人なんだ)
「そうだよ。作戦部長なんだけど出たとこ任せのいい加減な作戦ばかりでね。
最後の方は自分の事で手一杯になって、僕たちの事は後回しで放置してたよ」
周囲に人が居れば、電波系などと言われそうに一人で会話する。
(サイテ〜〜)
「じゃあ行こうか……このくだらない舞台を壊しに」
(あっ、サキエルお姉さん、見〜つけた。大きいね〜)
内なる声が楽しそうに話すとシンジは近付いて来る巨大生物に視線を向ける。
「そうだね、でも何であんなにビクビクしたんだろうな」
(私のほうが強いよ……シエルお姉ちゃんから、私が戦うからお父さんはママと一緒に見ててね)
「心配だな……クソ親父がいるから」
(あんな対人恐怖症の臆病者なんて敵じゃないよ!
お父さんってホント……心配性だね)
「心配なものは心配なんだよ」
苦笑いするシンジに声は、
(ダメだよ〜ポジティブシンキングしなきゃ〜)
側にいれば肩を叩いて励ますような明るい声で話している。
「しょうがないね……可愛い子には旅をさせろと言うし、しっかり頑張るんだよ」
(任せて♪ お父さんとママの子なんだから覚醒前のお姉ちゃん達には負けないよ)
「……派手な事はしないように。
はぁ〜〜どうして僕の娘は彼女に似たんだろうね」
深くため息を吐いて、もう少し落ち着いて欲しいと願うベタ甘な親馬鹿お父さんのようだった。
(それより……あの人どうするの?)
陽炎のように立っている蒼銀の髪の少女の二人?は視線を向ける。
「やあ、久しぶりだね。何の因果か……帰って来ちゃった」
(ホント、あの婆さんのおかげで皆もお父さんの中で出番待ちなんだよ。
せっかく新しい世界を築き始めて、さあこれからだったのに……碌な事しない婆さんね)
「そうだね、狂人の嫁はやっぱり狂人なんだよ。
人の未来を遺すと言いながら寂しいから帰って来て、自分が想像した未来とは違うからってフォースインパクトだよ。
……慌てて皆を僕の中に避難させなかったら」
(サキ姉ちゃん、待っててね! すぐに元に戻すから♪)
「そろそろ行くよ、綾波」
蒼銀の髪の少女に別れを告げて少年は目的地に向かおうとする。
(レッツゴーパパ♪ 皆を元に戻して妹か、弟作ってね)
「パ、パパは止めなさい。明るい家族計画はお母さんと相談してからだ」
(ええ〜〜、しばらく二人っきりなんだから頑張ってよ〜〜。
あっ! なんならお母さん以外でもオッケーだよ)
「……お、お父さんに死ねというのか? もしかして僕は要らないお父さんなの?」
焦りを含んだ言葉と同時にダラダラと冷汗を流すシンジに内なる人物は明るく話す。
(大丈夫、大丈夫♪ お母さん優しいから八割殺しで許してくれるよ)
「……帰ろうか? どうせ今ならサードインパクトは起きないし」
(ダ、ダメだよ。お姉ちゃん達のこと見捨てるの?)
「魂なら外からでも回収出来るさ……ネルフには係わりたくないんだよね」
(……ごめんなさい。言い過ぎました)
「よろしい」
シュンと落ち込んだ様子で話す人物にシンジはニヤリと笑みを零すが、すぐに表情を引き締めて注意を促す。
「気をつけるんだよ……あそこは敵陣なんだから」
(うん……気をつけるね)
「お前は僕と母さんの娘だ……信じてはいるが心配な事に変わりはない。
だから……無理をしなくてもいい。出来る範囲内で頑張れ」
(うん♪)
父親の励ます声と同時に足元の影に飲み込まれる……後には誰も居なかった。
シンジが消えると同時に激しいスキール音が周囲に響き、猛スピードで走っていた車がドリフトをかまして急停車する。
「シンジくん! 乗って――って何処行ったのよ〜〜〜!!」
慌てて周囲を見渡して誰も居ない事に気付いた女性は撃墜された戦闘機が迫って来るのを見て車を急発進させる。
「シンジく〜ん、何処よ!? も、もしかして減給!? ローンが、エビチュが〜〜」
周囲を見ながらシンジを捜す。時間通りに着ていれば、何も問題は無かったのに遅刻する。
世界の一大事に遅刻とは無責任極まりないと糾弾されても良いのに減給程度で済まされる危機感の無さ。
自身の能力を買われて就任したと勘違いしている道化というのが葛城ミサトだった。
もう少し落ち着いて周囲を見れば、その異常さに気付けるのだが歪んだ復讐心が全てを台無しにしている事に気付かない。
それこそが彼等の理想とする人物だからと知っている者は少なかった。
RETURN to ANGEL
EPISODE:1 親子襲来?
著 EFF
「やっと到着したよ……さて入るか」
IDカードを使ってゲートを通り抜けて歩いていたシンジの前に警備に配置された保安部員が立ち塞がる。
「ここは一般人の立ち入りは禁止だが……君は?」
「父がいつもお世話になっています、僕は碇シンジと言います」
ペコリと行儀良く頭を下げる少年に保安部員が逆に動揺する。碇という名の人物はネルフには一人しかいない。
だが、目の前の少年にはあの"司令"に似ている部分が……なかったから困った。
(ほ、本当に司令の息子さんなのか……に、似てないぞ?)
「これ、父からの手紙ですけど……」
「…………ちょっと待ちなさい。発令所にいる副指令に連絡を取るので」
声を失う保安部員にシンジは鞄から手紙を出して渡す。受け取った保安部員は手紙を見て納得。
"来い ゲンドウ"とだけ書かれた手紙を見て、間違いなく司令の書いた物だと判断する。
「すいません、筆不精で面倒くさがりの父で」
苦笑いして話す少年に「全くだ」と言えずに愛想笑いで誤魔化す。
「一つ聞いて良いですか?」
「何かな?」
連絡待ちの間にシンジが困った顔で聞いてくると、間を持たす為に話に付き合う人の好い保安部員。
だが、彼はシンジの質問を聞くんじゃなかったと後悔する事になる。
「父の仕事って……人類絶滅を企む悪の秘密結社の司令って聞いたんですが本当ですか?」
「え?…………」
あまりにも……はまり役だったので思わず頷きかけた時、ケージへ案内するように指示が出る。
精神的に疲労感を覚えた男は同僚の一人に案内を頼むと……待機中の同僚に聞く。
「さっきの会話、聞いてたか?」
「気にするな……俺もすぐには答えられないと思うぞ」
肩を叩いて慰める同僚に「そうだよな」と納得する。
自分達の上司がイメージ的に世界を救うとは縁のない人物だと常日頃感じたので答えられなかった。
男は息子さんに悪い事したかなと反省していた。
その頃、発令所ではUN軍の士官達が叫んでいた。
「目標の進行方向は第三新東京市です」
「総力戦だ! 航空隊の出し惜しみをするな!」
猛攻撃を仕掛けるUN軍に対して、その生命体は平然と歩き続ける。時折煩わしそうに手を振って航空兵器を撃墜しながら、悠然とした足取りで進み続ける。
一段上の席でその戦いを冷ややかに見つめる二人は話し合う。
「通常兵器は効かんな」
「……ああ、使徒に通常兵器は効かんよ」
「先ほどシンジ君が来たとの報告があった」
「……予備が来たか」
(ふぅ、息子を予備と呼ぶか……ユイ君が聞いたらどう思うか)
内心で呆れたふうに思うが、自分も同じ穴の狢だと思って何も言わない。もう後戻りは出来ないと理解している以上は進むしかないのだと承知しているから。
「何故だ!? 直撃のはずだ!」
「戦車大隊全滅! 誘導兵器による攻撃も効果がありません」
「くっ、火力が足らんというのか?」
歯軋りして目標である敵生体を睨む。
「やはり使徒の持つATフィールドに対抗するには……」
「……エヴァだけだな」
最上段で構える碇ゲンドウと冬月コウゾウは下に居る連中に聞かれないように話す。
「こうなったら……アレを使うぞ」
「了解しました。航空兵力を戻せ!」
「地上部隊も後退させろ!」
起死回生の一手を打つかのように指示を出す士官。二人は無駄だと思うがなと言うような視線で見つめる。
やがて画面が真っ白に染めるように光が全てを飲み込んで行く。
「こ、これならどうだ!?」
「電波障害に為に確認出来ません」
「もう終わっている。確認など無用だ」
勝利を確信している士官が意気揚々と告げた時、
「ば、爆心地中央にエネルギー反応あり!」
「な、なんだと!?」
「映像回復します」
「ば、化け物め!」
送られてきた映像を睨んで士官が吐き捨てるように叫ぶと鳴り出した電話の受話器を取り苦々しい顔で指示を聞いた。
「……はっ、わかりました。
この時刻を持って指揮権を特務機関ネルフに移譲する……後は君達の仕事だ」
「君達なら勝てるのかね?」
士官の一人が皮肉のように問うとゲンドウはサングラスを指で押し上げて自信満々に告げる。
「その為のネルフです」
口元を歪めて士官達を嘲笑うように見つめるゲンドウに苛立ちを覚えながら士官達は発令所を出て行く。
士官全員が退室した後、ゲンドウが発令所に指示を出す。
「……第一級戦闘配置」
「司令、葛城作戦部長がまだ……」
「当面は君が指示を出せば良い。彼女が来れば指揮を任せられる状態に」
「了解しました、副司令」
作戦部オペレーター日向マコトに指示を出す冬月。
「葛城君は遅刻するみたいだが……構わんな」
「……問題ない。後は任せる」
葛城ミサトの役割は別にあるので構わないと思うゲンドウは気にも止めない。
席を立ち、ケージへと向かうゲンドウに冬月は聞こえぬように呟く。
「三年ぶりの再会か……」
発令所はこれからが本番でスタッフは忙しく作業しているので、冬月の呟きは誰にも聞かれずに消えて行った。
「今日は早かったわね……あら、ミサトは?」
目の前にいる筈の人物がいないので赤木リツコは不思議そうに保安部員に訊ねる。
「一時間半待ったんですけど……来られずに一人で来たそうです」
「そう、また遅刻なのね。
えっと……貴方が碇シンジ君かしら?」
「あ、はい。父がいつもご迷惑を掛けています」
ペコリと頭を下げて挨拶する少年にリツコは報告書から考えていた人物像と違うような違和感を感じるが、遠目から監視していた資料だと思うことでその違和感
を気にしない事にした。
「こんな事を初対面の人に聞くのもなんですが……聞いてもよろしいですか?」
「何かしら?」
「父が再婚するって聞いたんですがホントですか?」
「はい? えっと……誰と?」
寝耳に水と言った感じでリツコが聞き返す。もしかしたら自分と再婚?と言うのだろうかと淡い期待もしながら。
隣にいた保安部員も意外な事を聞いて思わず動きを止めて聞く事に集中していた。
だが、シンジの口から出た言葉はリツコの額に青筋を浮かべるものだった。
「葛城ミサトさんって人らしいんですけど……お知り合いですか?」
ビキッと空気が凍りついたと後に保安部員は同僚に話す。何故か、殺気のようなものがリツコから放出していたのだ。
ガッチリとシンジの肩を掴んでリツコは問う。
「どういう事か、説明してもらえるかしら?」
「えっと手紙を見てもらえば分かると思うんです」
渡された封筒を見てリツコは頬を引き攣らせる。ゲンドウの手紙に関してはいつもの事と判断したが同封されたミサトの写真を見て……頭を抱えていた。
(ミ、ミサト……もう少し考えて写真を同封しなさい。初対面の少年に水着姿の写真なんて……逆に不審に思われるわよ)
「僕はこう思ったんです。「今度、この葛城君と再婚するから来い」と……でも違うんですね」
「え、ええ、ちょっと短絡的に考えすぎだと思うわ」
「そうですよね。母さんみたいな狂人でないと父さんには付いて行けないでしょうから」
「お母さんが狂人?」
不穏当な言葉に保安部員が思わず口に出してしまう。
リツコは視線で下がるように指示を出すと保安部員は慌てて踵を返してゲートへと戻って行く。
二人だけになってからリツコは訊ねる。
「お母さんの事、憶えているの?」
「ええ、「この子に明るい未来を見せたい」と言いながら無責任に消えて行った時の事を見てましたから」
「そ、そう(エヴァに取り込まれたのを思い出したの?)」
記録ではシンジはその時の事をショックで忘れているとリツコは聞いていたが、シンジは思い出した様子だった。
「頭の賢い人って自分の考えが正しいと思い込むから困ったものです。
傲慢と言うか、独善と言うか……独り善がりの考えで周囲を巻き込んで不幸にするなんていい迷惑ですよ」
「とりあえず、見て欲しい物があるけど良いかしら?」
「母さんを消した巨人なら見たいですね」
「なぜか聞いてもいい?(エヴァの事を嫌いなら無理矢理乗せる事になるわね……シンクロ大丈夫かしら?)」
エヴァを拒絶した状態ではシンクロは難しいとリツコは考える。今のシンジがダメな時はレイを乗せる事になり……死亡した時のシナリオをどうするかと考え
る。だが、シンジの口から出たのは意外な言葉だった。
「感謝してるんです……母さんを消してくれて」
「え?」
「あんな傲慢な人と暮らさずに済んで、とっても感謝してるんですけど……変ですか?」
「私はシンジくんのお母さんの事を深く知らないから。
お父さんはどう思っているの?」
「父さんですか? あの人には何も期待してません。
なんせ、母さんがいれば他の人間は要らないと思っている人ですよ。
と言うか、母さん以外の人間は皆怖いと思っている人ですから、息子の僕にさえ怖くて近づけない対人恐怖症なんです」
「……そんなふうには見えないけど」
「曇った目じゃ何も見えませんよ……あの人がサングラスを掛けているのは人と目を合わせられないんです。
あの人は、人を強引に従わせるしか能のないタイプの人間で、権力がなければ何も出来ない臆病者ですよ」
「そ、そうかしら?」
「あの人が女性を従わせる手段は口説くのではなく、レイプでもして無理矢理従わせるしか出来ないんです。
無理矢理してから弱い部分を見せて、自分がいないとダメな人と思わせる。
女性にすれば怖いという感情を、愛情にすり替えやすくなってしまう……ヒモの常套手段ですね」
「……そ、そう。と、とりあえず案内するわ」
リツコはこのまま聞いていると自分が感情を誤魔化していると言われているように思えて不安になり、案内という名目で会話を閉じて背を向けて歩く。
しかし、リツコの胸の内にシンジが話した内容が棘のように刺さったままになり、悩む事になる。
背を向けるリツコは見えないが、シンジの表情は悪戯が成功した時の悪ガキのような笑顔だ。
二人はゴムボートに乗り、目的の場所へと移動する。
「父さん、性犯罪に走っていないと良いんですが……心配です。
なんか子供を洗脳して自分の指示に従うような奴隷に近い少女でも囲っていないでしょうか?」
「そ、そんな事はしてないわ(どうして知っているのかしら?)」
動揺を押し隠しながらシンジの質問を否定するリツコだが、レイにしている行為を考えるとシンジが知っていて口にしてるのではないかという疑惑が浮上する。
「そうですよね。権力使ってそんな事をすれば一大事です。
ただでさえ"妻殺しの息子"って言われて肩身が狭いのに……"性犯罪者の息子"っていう肩書きまで付くと大変です。
日本じゃもう生活できませんよ」
シンジの言葉を聞いて、リツコはこの子が本物なのかという疑問が湧き上がってくるのを抑えきれずにいた。
「あなた、本当に碇シンジなの?」
「はあ? 何を以って違うと言われたんでしょうか?
僕は自分の思った事を口にしただけで……まさかっ! 本当に父さん性犯罪に走ったんですか?」
慌ててリツコに詰め寄るシンジ。真剣な表情で問う姿にリツコは余計な事を口にしたかしらと考える。
「シ、シンジくん、落ち着いて」
「あっと、すみません。えっと……そう言えば、まだお名前を聞いていませんでした」
「あら……ごめんなさい。言ってなかったわね、赤木リツコよ」
「こちらこそ、すみませんでした。父さんが本当に性犯罪に走ったかと思うと心配で。
特に母さんがいなくなってから……母さんに似た人を代わりにしていかがわしい事をしてないのか不安で。
あの人、母さん以外の人は道具か駒としか見てないように三年前に感じたから。
なんて言うか……母さんを女神だと勘違いして崇拝してるように思えるんです」
「そ、そう……どうしてそう思うのかしら?(確かにそういう部分があるわね……この子、意外と良く見てるわね)」
何故、シンジがそう思ったのか知りたくて、リツコは聞く事にした。
「偶になんですけど……誰かに監視されていた気がするんです。
もしかしたら、父さんが僕を何かの実験に使う為に監視してたんじゃないかと思って。
本当は来る気は無かったんですが……さっき話した再婚するから一緒に暮らすかと少しだけ期待したんです」
「ま、まさか(諜報部は何をしてるのよ! 子供にばれるような監視をしてるなんて)」
「僕もそう信じたいんですが……信じきれないんですよ。親らしい事をしてもらっていませんから」
「もし、ミサトの写真が無かったら?」
「此処には来ませんよ」
後で諜報部に一言文句を言おうとリツコは決意する。
下手くそな監視の所為で想像よりも用心深くなっているとリツコは判断していた。
ミサトの写真が無かったら来てないかもしれないという事態に、何が幸いするか分からないわねと考える。
二人が乗ったボートが無事にケージに辿り着く。
「暗いですね。まさか……いきなり電気を点けて、わぁ〜ビックリとか?」
「ぐ、偶然よ(ホント、鋭いわね)」
「ですよね。そんな事をすれば、間違いなく変人か、マッドサイエンティストですから」
電灯が消えている事を不審に思ったシンジがリツコに尋ねると冷や汗を流して答えていた。
ゲンドウのシナリオではいきなり明かりを点け、初号機を見せて、そのインパクトでシンジを動揺させる予定だったのだ。
「そう言えば、もう一枚手紙があったんです。
ネルフには婚期を逃したマッドサイエンティストがいるから気をつけろっていう……おかしな文でしたが」
「それ……誰が書いたか分かる?」
額に青筋を浮かべてリツコがシンジに問う。
「多分……葛城さんじゃないかと」
「そう(ミ、ミサト……あなたとの友情もこれまでね)」
シンジの一言に一つの友情が壊れようとしていた。
「リツコさんでしたね……はっきり言ってネルフから離れて世界に目を向けた方が良いです。
こんな万魔殿みたいな場所にいるより、日の当たる場所で生きた方が世の為、人の為になります」
「……そうかもね」
「昔から言うじゃないですか……裸一貫で一から出直す。
リツコさんが技術者なら手に職を持った状態なんですから一からじゃないです。
少々ランクダウンしてもすぐに取り戻せますよ。
父さんは人を踏み躙る事に掛けては超一流です……リツコさん、人が好いから才能磨耗させられて潰されます」
「……ありがとう、シンジくん」
心配して警告するシンジに礼を述べるリツコだが、ゲンドウから逃げられない事は理解しているから諦めの心境だった。
「父さんから逃げられないと思っているのなら簡単です。
あの人に怖れるものなど何も無いと考えているなら大間違い。
僕を此処に呼んだのは、何故か……知っていますよね」
「ええ、知ってるわ」
「どうせ、母さんに関する事で僕を利用しようとしているんです。
それが父さんの弱点で、そこを突けばいいんですよ」
「……確かに(そうね、ユイさんに逢う為にこんな事をしてるのよね……ユイさんだけは失いたくない筈)」
シンジの指摘にリツコはゲンドウの弱みが何か気付き、自分の立場なら幾らでも細工できる事を思い出す。
「ここだけの話ですけど……補完計画が成功すれば、リツコさんは母さんとも一つになるんですよ……耐えられますか?」
「シ、シンジくん……あなた、何を!?」
いきなり言われた事にリツコは慌てているが、シンジの目を見て息を呑む。
シンジの目はとても少年が持つ輝きではなく……もっと深みのある悟りを開いたような落ち着きと完成された知性が存在していた。
「殺したいほど、憎んでいる母さんと同化出来ますか?」
穏やかで人を思いやる温かみのある瞳で見つめられてリツコは鼓動が早くなる。
(こ、この子……本当に少年なの? とても少年に見えないわ……まるで私より遥かに年上のような気がする)
「いきなり変な事を言いましたけど、忘れないで下さい。
全てを一つにするという事は殺したいほど憎い人物とも一緒になる事を……」
「そ、そうね(迂闊だったわ……確かにシンジくんの言う通りね。あの人と同化なんてゴメンだわ)」
もう一度、問い掛けようとした時に照明が点き、ケージ全体が見えるようになる。
「これが父の仕事ですか?」
「そうだ!」
シンジの問いに正面上方の管制室からゲンドウの声が響いた。
「お前がこれに乗って戦うのだ!!」
「一つ聞いていい?」
「なんだ」
「十年前からこれの操縦者だと知っていたくせに……訓練もさせずに、こんな土壇場で呼び寄せるなんてどういう心算?」
シンジの質問にゲージで作業していたスタッフ全員が動きを止めて、二人に視線を向ける。
「これに母さんが取り込まれた時から僕がパイロットになれるって知っていたのに訓練させないなんて杜撰すぎるよ」
シンジの言葉にゲンドウは途惑う。
忘れていた筈なのに憶えているという事態に自分が考えていたシナリオが破綻した事に気付き、次の対応を慌てて考える。
「沈黙は肯定と受け取るよ。昔から都合の悪い事は黙り込んで誤魔化すところは変わってないね。
こんなザルみたいな仕事をするなんて……正直、父さんには失望したよ」
急遽、見つかったと聞いていたのに実は前から判明していたと知り、スタッフの心にゲンドウに対する不審が芽生える。
言いたい事は言ったと言わんばかりにシンジはゲンドウからリツコに顔を向けて聞く。
「リツコさん、操縦方法の説明をお願いします」
「乗ってくれるの?」
「いきなりで上手く操縦できるか分かりませんが……僕は父さんのような無責任な人間ではありません。
期待されても困りますが、出来る範囲内で頑張りますから」
ちょっと困ったというような感じで苦笑するシンジにスタッフは後ろめたさで一杯だった。
ファーストチルドレンと呼ばれる訓練を受けた少女でさえ操縦には失敗しているのに素人の少年にいきなり操縦させる。
もし少年の言葉が真実なら司令はスタッフ全員を騙していた事になる。
事前に訓練を受けさせていれば、少女一人だけに苦労させる事も無かった。
ここでのシンジとゲンドウの会話はスタッフ全員が後に知る事になり、ゲンドウへの不信感は深く心に刻まれた。
「ごめんなさい……こんな形でシンジくんを呼び出して」
スタッフの心情を考えてリツコが代表して謝罪する。謝罪する事でシンジのネルフへの不審を減らそうと考えたのだ。
「一つお願いがあります……父さんには内密にですが」
シンジはゲンドウと他のスタッフに聞こえないように小声でリツコに話す。シンジの秘密に興味を持ったリツコは可能な範囲内と条件で協力しようと思って聞
く。
「出来る範囲内でしか協力は出来ないけど良い?」
「リツコさんにしか出来ません」
「……聞くわ」
「母さんを始末します」
ピクリと片眉を上げてリツコはシンジを見つめる。
「出来るの?」
「可能です……僕がコアになれば良いんですから」
「待ちなさい、そんな事をすれば戻れなくなるわよ」
「還る事はいつでも出来ます……サルベージなんて必要もないですし、しても……時が来ない限り還りません」
絶対的な自信があるのか、シンジの声には一切の躊躇いも淀みもなかった。
「……興味深いわね。出来れば全部知っている事を教えて欲しいわ」
「それについては後日で……一つだけ知る方法がありますよ」
「それは?」
「娘と仲良くなれば娘が教えてくれます」
「む、娘って?」
「あの男の事だから母さんを独占したい筈ですからコアから僕を引き摺り出そうとしますよ」
「そうね、ありえるし、そうなるとパイロットは……まさか?」
「それじゃ行ってきます」
リツコが辿り着いた結論を肯定するように頷いてシンジはエントリープラグに向かう。
その後姿を見ながらリツコの眠っていた好奇心と探究心が呼び覚まされ……口元に笑みが浮かぶ。
(久しぶりね……こんなに楽しいなんて。さあ見せて貰うわよ、シンジくん)
手を叩いてスタッフの注意を自分に向けるリツコ。
「ボーッとしてないで作業を急いで! 14歳の少年にだけ戦わせるつもりなの!」
リツコの言葉を聞いたスタッフは慌てて作業に入る。
「自分達の仕事にベストを尽くしてシンジくんの負担を軽くするの!
今、私達が出来るのはそれだけよ……ベストを尽くしなさい!」
スタッフ全員に言い聞かせるように大声で告げるとスタッフも真剣な表情で作業に熱を込める。
その様子を見ながらリツコは発令所に向かう……これから起こる事に期待しながら。
既にリツコの頭の中を埋めているのは、これからシンジが何を仕出かすかの一点に変わっている。
ゲンドウは何も言えずに作業を見ているだけというお粗末な姿を見せて……更にスタッフの信頼を失った。
発令所に戻ったリツコは片腕とも言えるオペレーターの伊吹マヤに聞く。
「シンクロの準備は出来てる?」
「はい、先輩。いつでも大丈夫です」
「ケージでの話しは聞いたわね?」
「はい……あれってどういう意味ですか?」
「機密だから聞かないで」
「す、すいません」
「気にしないで、マヤ。
それよりシンジくんはこれが初めてのシンクロだから注意を払って作業しなさい」
「は、はい」
マヤがオペレートしている後ろに陣取って画面から眼を離さずに見つめるリツコ。
「あ、赤木技術部長……作戦部長がまだなんですが」
「放って置きなさい。子供の迎え一つ満足に出来ない人は邪魔よ」
容赦なくミサトを切り捨てるリツコにミサトの副官である日向は反論する。
「で、ですが」
「駅二つ前で停車しただけなのに一時間半も来なかったらしいわよ。
普段から緊張感がないから肝心な時にポカをする……時間通りに迎えに行ってれば説明ももう少し出来たのに」
リツコが呆れと苛立ちを込めて告げると日向も反論出来ずに黙り込む。
他のスタッフもミサトの遅刻に苛立ちを覚えていた。普段から仕事を真面目にしていないミサトの姿が思い出される。この瞬間からミサトに対する不信感が発令
所のスタッフに芽生えた。
「司令、シンクロ始めますが……よろしいですね?」
発令所最上段のゲンドウに向いてリツコは問う……それがゲンドウにとって致命的となる事と知りながら。
「……問題ない」
その言葉を聞いてリツコは思わず笑い出しそうになるのを堪えながら再び画面に顔を向け直す。
(フフ、さよなら……ユイさん)
「シンジくん、準備はいい?」
『いつでも良いですよ』
リツコの声にシンジは誰もが思わず見とれてしまうような優しい笑みを浮かべる。
女性スタッフ全員とリツコはその笑顔に頬を赤く染めて動きを止めていた。
男性スタッフは頭を振って、そんな趣味はないと自分に言い聞かせていた。
『あの……リツコさん?』
「はっ! ご、ごめんなさい……マ、マヤ準備はいい?」
「ひゃ、ひゃい……いつでも良いです(う、うう〜〜、みっともない所を見せちゃった)」
リツコに肩を叩かれて、裏返った声で慌てて作業を続けるマヤ。その顔は恥ずかしいのか、顔から火が出るくらい赤かった。
『ゲージ内全てドッキング位置』
『停止信号プラグ。排出終了』
『了解。エントリープラグ挿入』
『プラグ固定終了』
『第一次接続開始』
刻一刻と作業が進む中でエントリープラグの中のシンジは目を閉じて落ちついた様子で座っている。
「シンジくん、これからLCLを注水するから」
『LCL……ああ、使徒の血液でしたね。確か、母さんが昔そんな事を言っていたような……』
作業中のオペレーターの手が止まる。とても信じられない事を言われて吃驚していた。
「その件に関しては後日にしてくれるかしら……ごめんなさい、それは機密なのよ」
『え? だってこれって人造使徒って母さん達が言っていたけど……』
「……それも機密なの(次から次へと暴露してくれるわね。さあ、司令どうしますか?)」
上段にいる二人が困ると思うと笑いたくなるけど、どうせ自分に丸投げすると考えると腹立たしくなる。
「碇、どうする? シンジ君がいきなり暴露したが」
「問題ない。赤木博士に任せる」
「そうは言うがな。公の場でバラされた以上は多少は公開しないと不審に思われるぞ。
赤木君の負担ばかり増やすのは不味い。
それにシンジくんも何か変だぞ……赤木君からの報告では記憶が戻っているみたいだ」
「所詮、子供。シナリオの修正は可能だ」
「そうは思えんがな」
子供だと侮っていると不味いのではないかという冬月にゲンドウはどうにでもなると告げる。
「必要ならお前の方で再調査すればいい」
「面倒だが調べよう。不審な点が多すぎるからな」
二人はそこで会話を終わらせて作業を見つめる。
スタッフはギクシャクした様子で作業を再開していた。
それを見た冬月は思う。
(本当に大丈夫なのか……大きくシナリオが狂ったような気がするのだが)
画面に映るシンジを見つめながら冬月は自分達のシナリオが崩壊したような予感を感じていた。
『主電源接続』
『全回路動力伝達』
『第2次コンタクト開始』
『A10神経接続異常なし』
『初期コンタクト全て異常なし』
「双方向回線開きます……エヴァンゲリオン初号機起動します」
「マヤ、シンクロ率は?」
「せ、先輩……シンクロ率ゼロなんです」
信じられないといった様子でマヤが報告する。
エヴァを起動させるにはある程度のシンクロ率が必要なのに0%で起動するという異常が発生したのだ。
他のオペレーターも驚きで言葉が出ない。
「そう……司令! この件は戦闘終了後に再調査しますのでこのまま続けても構いませんか!?」
「問題ない……続けろ」
ゲンドウの許可を取ったリツコはオペレーターに告げる。
「発進準備を続けて!(0%起動か……エヴァと直接シンクロという事なのね。もしかして真の適格者なの?)」
次から次へと信じられない事を仕出かすシンジにリツコは興味津々となる。
リツコは灰色の毎日が終わり……色鮮やかな世界が訪れるような気持ちにさせられる。
『第一ロックボルト外せ』
『解除確認』
『アンビリカルブリッジ移動開始』
『第2ロックボルト外せ』
『第1拘束具を除去』
『同じく第二拘束具を除去』
『1番から15番までの安全装置を解除』
『内部電源充電完了』
『内部用コンセント異常なし』
『了解。エヴァ初号機射出口へ』
『進路クリア。オールグリーン』
「発進準備完了」
「日向君、戦闘時のシンジくんのフォローをお願いね。
遅刻魔の誰かさんは当てにならないから」
「りょ、了解しました」
さり気なくここには居ないミサトに非難の言葉を浴びせておく。
スタッフもこの一大事に発令所に居ないミサトに不審を抱く。
「司令……よろしいですね?」
「問題ない……出撃」
「日向君」
「エヴァンゲリオン初号機、発進!」
日向マコトの号令で射出される初号機を見ながらリツコは思う。
(シンジくん、あなたが出した問題は全て正解してみせるから……ちゃんと時が来れば答え合わせをしてもらうわよ)
シンジが話した事が正しければ一旦会う事は出来なくなるが、時が来れば戻るという言葉と信じてその時は質問攻めにするという決意を胸にこの戦いを見つめて
いた。
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EFFです。
エヴァがリメイクされると聞いて書いてみました。
「僕たちの独立戦争」の合間に書いていますが、そっちをさっさと書けというのは痛いからご勘弁を(大核爆)
煮詰まりかけた状況で気分転換を兼ねて書きましたが、すっごく進む進むので何故だと叫びたい。
合間を縫って書くと思うので続きは先になると思いますから、ノンビリとお待ち下さい。
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