「で? 何の用かしら?」
冷え切った視線でリツコはミサトを見つめる。視線はミサトの向いているが手元は流れるように動いて作業を続けている。
「私、仕事中なんだけど?」
「リ、リツコ〜〜」
泣きそうな顔でリツコに話しかける葛城ミサト。
おそらく反省はしているのだろうが……すぐに忘れて同じミスをするとリツコは考えていた。
仮眠は取ったが忙しさで目が回りそうなのに仕事の邪魔をするミサトにリツコの苛立ちは募る。
サキエルとの戦い以降、技術部の仕事は大忙しで責任者のリツコは激務が続いているのだ。
正直、ミサトに構っていられるほどの余裕はなかった。
(はぁ〜どうしてこんなのと友達になったのかしら……私ってツイてないのかしら?)
友人に恵まれていないとつくづく思う。いつもミサトの後始末をしているような気がするのは何故だろうと考える。
(シンジくんが言った通り……私って意外とお人好しなのかしら?)
「先輩、資料をお持ちしました」
「何々、マヤちゃん。何の資料……"サードダッシュ シンクロテスト"って何よこれ!?」
勝手に資料を見て叫ぶミサトにリツコは呆れた様子で告げる。
「昨日、作戦部にも通達したけど……また書類に目を通してないわね」
「え、えっと……タハハ」
「笑って誤魔化してもムダよ」
「……ゴミン」
「いいわ……通達も読まない人に参加して欲しくないので技術部だけでやるから」
「ちょっと! 何、言ってんのよ!」
「だったら油売ってないで自分の仕事をしなさい!」
叫んだミサトにリツコは同じように叫び返すとミサトは口篭もる。
リツコの苛立ちも限界に来ているのだ。自身の仕事もしてないくせに自分の仕事の邪魔をされるのは堪らない。
少しでも時間が欲しいのに邪魔をされて、他の部署にも迷惑が掛かると困るとリツコは思う。
「サードチルドレンを迎えに行くと言い出したくせに遅刻して失敗するわ。道に迷って最初の戦闘に立ち会わない。
正直、スタッフの中にはあなたの能力を疑っている人もいるのよ。
こんな所で仕事もせずに遊んでばかりいると本当に危ないと自覚しなさい。
あなたの代わりはすぐに調達出来るけどチルドレンは簡単に見つからないわ。
この子と衝突すれば……ホントに後がなくなると思いなさい、ミサト」
リツコが真剣な表情で告げるとさすがにヤバイと感じたのか、ミサトは神妙な顔で言う。
「……ゴメン、仕事に戻るわ」
「気を付けなさいよ。
本部では大丈夫だけど、他の支部の連中はあなたを引き摺り落として作戦部長になりたいって人もいるのだから」
力なくリツコの注意に手を振って部屋を後にするミサト。
そんなミサトには目もくれずにリツコはマヤが持って来た資料に目を通す。
「葛城さんにも困ったものですね」
「そうね。私の仕事の邪魔をされると巡り巡って自分に返ってくるって思わないから困るのよ」
「このサルベージですけど……成功しますか?」
「難しいわね……十年前よりは技術は進歩したけどサルベージ自体が未知の事だから」
「シンジくん、戻してあげないと」
「そうね(多分、還ってこないと思うけど……本当に呆れたものね。奥さんを独占したいから息子を引き摺りだせなんて)」
普段通りに見えたがゲンドウは間違いなく息子であるシンジに嫉妬しているとリツコは感じた。
そんなゲンドウを見てリツコは急速に愛情が冷えると同時にユイが消滅した事を感じて気が晴れた気分だった。
「問題はこの子ね……どうしたものか?
私が引き取って様子を見るのが一番かしら」
「せ、先輩がですか!?」
「しょうがないじゃない。ミサトに預けるなんて論外だし、諜報部に監視させるのもね。
一応健康体だけど、保護者は必要なのは間違いないわ。
それに興味はない? エヴァから現れた少女なんて」
「確かに興味はありますね。可愛らしい子ですから」
「マヤってそういう趣味だったの?」
ため息吐いて少女の写真を見つめるマヤにリツコが退いていた。
「ち、違います! そ、そんなんじゃ……」
「まあ、人の趣味にどうこう言う気はないけど変な事しちゃダメよ」
「だ、だから違いますって!」
「冗談よ」
「もう先輩ったら」
からかわれたと思って頬を膨らますマヤ。そういう子供っぽい仕草が妙に似合っているとリツコは思う。
「他のスタッフはどう? 休み無しに近いから疲れていない?」
「交代制でやっていますから大丈夫です」
「そう……もう少しだけ我慢してね。サルベージの骨子を作製したら戻るから」
「先輩こそ気を付けて下さいね」
そう話してマヤは自分の仕事場に戻る。一人になったリツコは手を止めて考え込む。
(さあ、この後どうなるのかしら? この子がシンジくんの書いたシナリオの主役よね。
どんなシナリオになるのか見せて貰うわよ)
手元のキーボードを操作して病室の映像を映し出す。
そこには年齢が13〜15歳くらいの緩いウェーブの掛かった黒髪の少女が眠っていた。
目鼻立ちも悪くなく女性の持つ柔らかさが少し出始めかけの少女がベッドで静かに眠っている。
「眠り姫は何時になったら目を覚ましてくれるのかしら?
聞きたい事が山ほどあるんだけど」
そうリツコが呟いた時、ベッドの少女が身動ぎした。
リツコは病室のモニターを画面に表示すると覚醒の兆候を確認してから部屋を後にする。
……いつものポーカーフェイスではなく、とても楽しそうに好奇心旺盛な表情で歩いていた。
RETURN to ANGEL
EPISODE:2 君の名は?
著 EFF
――すこし時間は遡る。
初号機はサキエルの300メートルほど手前に射出された。
『一つ聞いて良いですか?
僕が今日初めて操縦すると分かっているのにウォーミングアップもなしに敵の目の前に放り出す……正気?』
「すまない、シンジくん。第三新東京市の被害を最少にしたくて外周部で決着を付けたいと判断した」
『そういう事なら仕方ないですね。援護は出来ますか?』
「僅かだけど攻撃用の兵装ビルが稼動できるけど……通常兵器が効くかどうか」
先のUN軍の戦いを思い出して日向マコトは兵装ビルの効果を疑問視していた。
「使徒が持つATフィールドを中和すれば通常兵器でも効果があると思う」
「シンジくん、まずは操縦に慣れる事から初めて。
エヴァがATフィールドを展開出来るのは理論上判っているけど、まだ誰も展開出来ていないの」
『そうですか……まあなんとかしましょう。
それで僕は誰の指示を優先すれば良いのでしょうか?』
「僕の指示を優先して欲しい。本来は作戦部長の葛城一尉が指示を出すんだが……」
『ああ、時間通りに迎えに来ないで一時間半も人を待たせたお馬鹿さんでしたか。
二つ前の駅で緊急停車したとはいえ、時間通りに駅で待機していたらもっと早く来れたのに役に立たない人ですね』
「そ、そんな言い方はないだろう、シンジくん」
痛烈な皮肉を言うシンジに日向は困惑しながら注意するが、他のスタッフはシンジの言い分の方に賛成している。
『時間通りに来れない人が優秀だと……冗談は止めて下さい。
いいですか、時間通りにいれば駅で避難勧告が出た時にすぐに来れる筈なんです。
でも時間通りに駅に来ないで、おそらく遅刻して駅に職員がいないと知って慌てて捜し始めた。
落ち着いていれば本部に連絡を取って僕の所在を調べる事も出来るのに怠る……ホントに優秀な人なんですか?』
「その通りよ……ホント、無様ね」
『まったく、そんな人を作戦部長なんて重職に就けるなんて……父さん、あなたには失望したよ。
とりあえず思考制御なので操縦は出来そうですが複雑な指示を聞くのは無理です。
ある程度は僕の判断で戦いますね?』
シンジはそう告げるとエヴァを歩かせる。発令所内はエヴァが無事起動した事に歓声を上げるが、
『何、喜んでいるんですか。僕がこいつを動かせるのは十年前から分かっていたでしょうに』
このシンジの呆れた声を聞いて、サードチルドレンが見つかったのは偶然ではないと知り驚いていた。
「良いのか、碇。明らかにシンジくんは我々に不利な事を言っているが」
「……後で修正すればいい」
「シンクロ率はどうする? あれは異常だぞ」
「戦闘終了後に赤木博士に調べさせる」
「ダミーの計画を前倒しさせるか?」
「そうだな」
最上段の二人は自分達のシナリオの修正に注意を向ける。
特にゲンドウは十年掛けて計画したシナリオの頓挫など認めない。
冬月も自身の好奇心を満たす為の邪魔な存在は快く思わない。
『それでは行きます!』
シンジの掛け声と同時に初号機がサキエルに向かって駆け出そうとしてサイドステップでその場から飛び退く。
サキエルの仮面の目にあたる部分が光ると同時にエヴァがいた地点が爆発する。
『ビ、ビックリした〜。なんなんですか、アレ?』
「敵の持つ光学兵器だ。正面に立たずにサイド又はバックに回り込んでから攻撃を!」
『飛び道具ってあります?』
「ごめんなさい……開発中なの」
『そうですか。ちなみに劣化ウラン弾なら要りませんから』
「どうしてかしら?」
『市街地で放射性物資をばら撒くなんて嫌です。そこに住む人を放射線障害にさせる気ですか?』
「確かに不味いわね」
シンジの指摘にリツコと日向はパレットライフルの弾頭の変更を考える必要があると判断する。
会話を続けながら初号機はビルを盾にしてサキエルに接近するが、目の前に現れた赤い壁に近づけずにいた。
『こ、これって?』
「それがATフィールドよ」
『な、なんか拒絶する壁ってイメージがしますね』
「そのイメージで壁を想像して」
リツコの指示にシンジは従って行動する。
「初号機よりATフィールドの発生を確認!」
「使徒のATフィールドを中和しています」
青葉シゲルの報告と伊吹マヤの分析結果が発令所に響く。
初めての操縦で誰も成しえなかったATフィールドを展開するというシンジの力量にオペレーターの誰もが感心していた。
サキエルが展開していたATフィールドを抉じ開けて懐に入り込もうとする初号機。
右手を伸ばしてくるサキエルを左手で弾き、もう片方の腕を掴んで肉迫する時、
『がっ!』
「シ、シンジくん?」
サキエルの光線が初号機の胸に直撃して胸部装甲を吹き飛ばす。
そして再び右手を突き出して、光のパイルを装甲を失った初号機のコアに突き立てた。
『ぐあぁぁ―――っ!!』
「マヤ! 初号機のフィードバックを下げて」
「は、はいっ」
シンジの叫びが発令所に木霊する。慌ててリツコはマヤに指示を出すと発令所に動揺が広がる。
「不味いぞ、碇。コアが損傷すれば」
「ああ、役立たずめ」
冬月の指摘にゲンドウも内心で大いに焦る。コアが破損すれば、全てが水の泡になる。
画面に映る初号機は仰向けになって倒れている。
身動ぎもせずに沈黙したように見えたが、右腕が突き刺さったパイルを掴み取り投げ捨てる。
「シ、シンジくん!?」
リツコの声に全員がエントリープラグ内のシンジに注目する。
気を失っているのか、身動き一つしないシンジの姿が透き通るように存在そのものが無くなるように見えると同時にシンジの周りに気泡が吹き出してシンジの姿
が消えた。
そして初号機は咆哮すると同時にサキエルに向かって飛び懸かり押し倒すとドーム状のATフィールドを展開した。
「電磁波、全ての光波、粒子さえ弾かれています」
「プラグ内、モニターできません」
青葉とマヤの声に最上段の二人は別の問題について検討していた。
「暴走か?」
「……おそらくな」
「シンジ君が取り込まれたぞ。どうする?」
「サルベージする」
「サルベージは可能なのか?」
「十年前とは違う」
「だがコアが損傷したから代わりの者を取り込んだ可能性もあるぞ」
冬月の指摘にゲンドウの肩が揺れる。コアが別の者を取り込んだという事は前の人物が消滅した可能性もあるのだ。
「この修正は可能なのか?」
「サルベージすれば判る」
「確かに(まだ修正案は無いという事か……裏死海文書のシナリオを優先するより確実性を重視するべきだったか)」
サキエルを暴走で倒すというシナリオを重視するあまりにユイを失うのは本末転倒だと冬月は思う。
(もうユイ君には逢えんかもな)
冬月が無念そうに思っている時、事態は進展する。
「ATフィールド消失。初号機健在! パターン青ありません」
「プラグとの回線繋がります」
初号機が返り血を浴びて立っているのを見ながら全員がプラグ内の映像に目を瞠る。
そこにはシンジの姿はなく、着衣だけが漂っていた。
「初号機の回収と使徒の残骸の確保を急いで」
静まり返った発令所にリツコの指示が響き渡るとオペレーターが各部署に指示を通達する。
「技術部は初号機の破損状況を調査。特にコアの損傷を「せ、先輩!!」……どうしたの、マヤ?」
指示を途中で遮られたリツコはマヤに目を向けて聞く。
「シ、シンクロ率が400%になって……下がってきました!」
「なんですって?」
その声を聞いた最上段の二人はシナリオの修正は必要ないかと安堵しかけたが、その期待は裏切られた。
プラグ内は先ほどと逆の手順で気泡が吹き上がると、そこに存在したのはシンジではなかった。
「シンクロ率……65.7%で安定しました」
「そう……回収急いで!
マヤ、プラグ内の映像を切って……この件に関しては技術部の報告があるまでは機密とします。
司令……構いませんね」
「……問題ない」
「この件は第一級の機密とする。口外しないように」
リツコが慌てて指示を出して事後承諾の形でゲンドウと冬月に許可を取る。
二人もリツコの意見を支持して緘口令を敷く。
(シンジくんの言う通りになったという事はユイさんは消滅したのね。本当に面白くなりそうだわ)
リツコはゲンドウのシナリオがシンジによって破綻した事を知って楽しくなってきた。
散々人を踏み躙るような事をしてきた男の願いが崩壊するという大どんでん返しに笑いを抑えるのに必死だった。
「エントリープラグ排出後、私がその少女の検査を行います。
マヤ、悪いけど初号機のチェックは任せるから」
「わ、分かりました……ですが」
「不審な点が出たら連絡を入れてくれれば、その都度指示を出すわ。
検査が終わり次第、初号機のチェックに戻るから」
リツコはマヤに当面の指示を出すと最上段の二人に振り向いて頷き、発令所から出て行く。
「赤木君の検査待ちだな」
「……ああ」
「最悪の時はあの少女をチルドレンに登録するか?」
「サードダッシュで登録する」
「ゼーレにはどう報告する?」
「今、虚偽の報告はするべきではない」
「いいのか?」
「パイロットが居ない」
「そうだな、弐号機を前倒しで動かす事はないか」
「レイが回復次第、初号機のシンクロテストをさせろ」
「シンクロ出来なければ、シンジくんをサルベージか?」
「そうだ」
「上手く行くと良いな」
「……ああ」
とりあえずの方針を決めると二人は手元の画面に映るプラグ内の映像に目を向ける。
そこに居るのは軽いウェーブの掛かった黒髪を肩口で揃えられた少女だった。
少女は赤い布のような皮膜で頭部以外の部分を繭のように覆われて眠っていた。
「アレはユイ君の意思なのだろうか?」
「……ユイ」
ゲンドウの呟きは冬月にも聞こえないような小さいものだった。
ネルフという組織は指示さえあれば自分達の仕事を完全にこなせる人材が揃っている。
命令に忠実な人間を集めた為に必要以上に動く事はないが、仕事の範囲内では優秀だった。
リツコが初号機の検査を片腕のマヤに任せても大丈夫なように作戦部は部長の葛城ミサトが居なくても大丈夫だった。
戦闘終了後にノコノコとやって来たミサトにスタッフの視線は厳しいものがあるが気付いていない。
自身の手で使徒を倒したいという願いを持つミサトはいきなり挫折した事に苛立ち、スタッフの視線の意味など知らない。
「ゴメン、シンジくんを迎えに行ったんだけど居なくてさ〜」
「シンジくんなら一時間半も待ったけど来なかったって言ってました」
「シ、シンジくんが! そう……来てたの」
日向に話しかけるミサトの脇から青葉が報告する。その声には冷ややかなものが混じっていた。
これにはミサトも不味いと感じたのかいつもの陽気さはなかった。
「副司令から伝言です。"減給三ヶ月"との事です」
「そ、そう。と、ところでそのシンジくんは?」
「すいません、緘口令が敷かれているので司令に直接聞いて下さい」
「日向くん、どういう事?」
「か、葛城さん……その件は発令所に居た全員が対象になっていて司令、副司令か技術部長の赤木さんの許可が要るんです」
「どうしてよ! 作戦部長の私には聞く権利があると思うんだけど」
苛立つように聞くミサトに発令所のスタッフは日向を除いて反感を覚える。
自分からシンジを迎えに行って失敗したくせに、その事を棚に上げて自分の権利を主張するミサトに呆れている。
「で、ですから異常事態が起きて迂闊に話すと処罰の対象になるんです」
「だからどうしてって聞いているでしょ!」
「騒々しい、何事かね?」
最上段で関係各所に情報操作の指示を出していた冬月が注意するように下を見る。
ゲンドウは委員会への報告をする為に発令所には居なかった。
「ふ、副司令!」
「ああ、葛城君か……一応言っておくが減給三ヶ月と始末書を書いてもらうよ。
まさかこの一大事に遅刻するわ、迎えも出来ないでは話にならんからな」
「そ、それは」
「時間通りに駅にいれば、シンジ君が何処にいるかの見当も付いただろう。
シンジ君が自分から判断して来てくれなければどうなったと……思うのかね」
「…………」
「詳しい事は後ほど聞きに来たまえ。今は自分の仕事を始めるように」
冬月はミサトに注意すると自分の仕事に戻る。
他のスタッフは最初からミサトを当てにしないようにして自分の作業を再開していた。
「リ、リツコは?」
「赤木技術部長ならその異常事態に対処中だ。彼女の仕事の邪魔をしないように」
冬月が先にミサトに釘を挿しておく。
リツコに聞きに行こうとしていたミサトは笑って誤魔化すと日向に現在の状況を聞いて仕事に参加する。
スタッフのミサトに対する信用度が急落した事は言うまでもなかった。
その頃、ターミナルドグマの最奥の黒い月と呼ばれる場所では一人の青年がLCLの海の上に立っていた。
年は推定で二十代前半から後半のように見え、穏やかで優しい紫の瞳でリリスと呼ばれる使徒を見つめる。
青年は水面から浮かび上がると巨大な十字架に張り付けられているリリスの胸の辺りから体内に……侵入した。
ビクンッと身体を痙攣させたリリスは一気に失われた下半身を再生させるとその身体を人の大きさまで縮めていった。
縮んだ身体はやがて元の青年の姿になり、十字架にはリリスの姿は存在しなかった。
「ふう……これでリリスの回収は完了。そして……」
青年が呟くとLCLの海が大きく盛り上がり、リリスと同じ姿になり十字架に張り付けられていた。
「ダミープラグならぬ、ダミーリリスの完成っと」
自身の仕事に満足した青年は胸から明滅する光を取り出してLCLの海に持っている手を浸した。
青年の手から光は少し距離を取ると人の形を形成すると青年の手を掴んでLCLの海から這い上がってきた。
「久しぶりだね、サキ」
「ええ、お久しぶりです」
這い上がってきた人物は腰まである長いストレートの黒髪で赤い瞳の二十代の全裸の女性だった。
落ち着いた知性ある表情で青年に穏やかな笑みを浮かべると青年は困った顔で手を女性の胸に近付ける。
LCLの一部が変化して女性の服を構成する。ゆったりとした青いワンピースの服を見て女性は感心している。
「お見事ですね、シンジ様」
「いつまでも君を裸のままにしてたら……ぶん殴られるしね」
「その時は私が看病しますから大丈夫ですよ」
「いや、それはそれで怒られるから」
シンジは服を手渡して苦笑していた。女性はその服を着ると、
「では予定通り、私は本拠地の設営を始めます」
「場所は予定通り、南半球の忘れ去られた島にするよ。当座の予算も予定通り確保したから」
「二層式の結界を張り、私達以外のものは気付く事の無いように手配します。
設備に関しては如何しますか?」
「既に作ってあるよ。後は各自の趣味に合わせて模様替えと改築するようにしよう。
服に関しても最初はサキが用意したやつで良いけど、後は自分で買い物に行けば良いと思う」
「確かに買い物という娯楽も良いかもしれませんね」
「無事、全てが終われば自由に行動できるから……楽しめると思う」
「分かりました。では私は準備を」
サキと呼ばれる女性はシンジとこれからの事について確認すると自身の足元に黒い影を作って消えて行った。
シンジはそれを確認すると視線を上に向けていた。
「彼女は綾波のとこか……とりあえずトウジの妹さんはちゃんと避難させたし、あの子に絡む事はないだろうな。
問題はケンスケか。もっともここにいるケンスケは友人じゃないからあの子に迷惑を掛けなければどうでも良いか」
「そうね、私達は平行世界に来た者だし」
「お帰り、どうだった?」
シンジの背後に黒い影が出来るとそこからサキとは別の女性が出てきた。
軽くウェーブの掛かった金髪の髪を後ろでまとめ、その瞳は紫の輝きを宿し強靭な意志の光を見せている。
シンジの問いに女性は複雑な顔で告げる。
「何故かは判らないけど……還って来てるみたい」
「そうなの?」
「ええ、顔を隠していた私に"碇君"って」
「推論だけどいい?」
女性はシンジの言葉に頷く。それを見てシンジは自分の考えを話す。
「リリス自身の魂と力は僕にあるけど、綾波自身の記憶と魂は綾波の元に行ったんじゃないかな?」
「そうかも知れないわね。あの子自身には大きな力は無さそうに見えたわ」
「多分、ATフィールドとかは展開できるけど……使徒そのものじゃないからリリスのバックアップがなければどうかな」
「とりあえずその方向で考えましょう。まだ決め付けるのは早いと思うから」
「じゃあ、後はあの子に任せて」
「私達は久しぶりの新婚生活をしましょうか、シンジ」
「弟か、妹でも作るかい?」
「あら、それも良いわね」
シンジの言葉に嬉しそうに微笑むとシンジの腕に自分の腕を絡める……シンジは私の大切な人と宣言するかのように。
その様子にシンジも嬉しそうに微笑み、影を展開させて消えると同時に第三進化研究所と呼ばれた場所が炎上する。
非常用に消火設備が動き出すが火の勢いは止まらずに研究所を完全に焼き尽くしていく。
後はいつもと同じようにリリスが存在する静寂な場所に戻るが、もはやゲンドウが望むサードインパクトは不可能に近い状態になった事を彼ら以外はまだ知らな
かった。
同じ頃、ネルフの病室に入院中の綾波レイは先程の事件について考えを巡らせていた。
一週間ほど前になぜか病室のベッドで目を覚ましたら……過去に戻っていたらしい。自分はシンジに全てを委ねて無に還った筈だと考えていたのに何故かここに
居る。
疑問はたくさんあるが、このまま行くとまた碇君が悲しい思いをすると気付いて、初めて会った時のようにケージでエヴァに乗せないようにしようとしたが……
シンジと会う事なく、戦闘が始まってしまった。
「……何故?」
「碇君は戻ってこなかった?」
「……私だけ」
「そう……もうダメなのね」
などと看護士達が思わず……電波?と言いたくなるような呟きを連発して引かせている時に客が来た。
「こんにちわ、お人形さん」
「誰? 私は人形じゃないわ」
「そう、まあどうでも良いけど。人形と人間の違いって理解している?」
「人形は動かない物、人は動くもの」
「ちょっと不正解。人は自分で考えて、行動して、責任を取る生き物よ。
あなたは自分で考える事を放棄して、行動しなくて、責任を取らない……本当に人間かしら、リリスの欠片さん」
顔を隠して告げる正体不明の人物の言葉に目を瞠る。
「あなた、誰?」
「自分で考えて、調べてみなさい」
「……答えて」
「嫌よ」
不快な気持ちにさせられて苛立つという感情を覚える綾波レイ。
「これ、あげるわ」
その人物から放たれる光が勝手に自分の胸に入り込んでくると何故か満たされる気持ちになる。
「何をしたの?」
「ターミナルドグマにあったダミーの原料の魂を元の場所に返しただけよ」
「何を知っているの?」
「さあ、自分で考えなさい……人間ならね」
「あなた……碇君?」
自分を知っている人物の可能性がある人の名を告げる。
「ハズレよ……そう、あなたも還って来た訳ね」
「碇君はどこ?」
「シンジは何処かしらね?」
「碇君を返して」
「嫌よ。シンジは私の夫だから」
「あなた、セカンド?」
「大ハズレ……セカンドはドイツでアダムのお守りよ」
「待って!」
クスクスと笑いながらその人物は影の中に沈んでいった。
聞きたい事が山ほどあったのに聞けなかったレイは、
「そう……これが不愉快という事なのね」
自身の内から出た感情をようやく理解したみたいだった。
同じ頃、ゲンドウは人類補完委員会への報告を行っていた。
暗い部屋でホログラフで映る六人の人物に今回の詳細を話す。
「―――以上が第一次頂上決戦の報告になります」
『使徒再来か……唐突ではあるな』
『15年前と同じだよ。災いとはいつも突然起きる』
『今回は我々の先行投資は無駄にならなかっただけだ』
『役に立たなければ無駄になるがな』
『さよう、使徒の処置、情報の操作を迅速に行い、混乱をなくすのも君の仕事だ』
「承知しています」
委員会のメンバーを隠れ蓑にするゼーレの幹部達の前で臆する事なく話すゲンドウ。
こんな茶番に付き合っている暇はないと思っているが、あえて付き合っていた。
『初号機の件だが……アレは使徒か?』
「遺伝子調査では人のものでした」
『どういう事か、説明は出来るか?』
議長であるキール・ローレンツが代表して詰問する。
「推論ですが……」
『構わん』
「コアを破損した初号機が暴走。
その際にサードチルドレンを取り込み、それを基に適した人物を作製したと予測しています」
『それはコア内部の人物が覚醒しているという事か?』
「その兆候はありませんでした。これは完全なイレギュラーです」
ゲンドウの報告に唸るメンバー。裏死海門書の記述にはない事態に困惑する。
「その事を確認する為にもサルベージを行いたいと思います」
『……許可しよう』
「万一の時はアレをサードダッシュとして登録し、駒として使います」
『シンクロしたのだな……よかろう』
アダムの警護にセカンドチルドレンと弐号機を配置しているのでドイツから動かす事はできない。
そして、第六使徒の相手をさせなければならない……ここは初号機と零号機で防ぐ必要があるのだ。
『君の本来の責務を努々忘れるなよ』
『さよう、人類補完計画こそ唯一つの光明なのだ』
「承知しています。それこそがネルフの使命です」
『では、会議を終了する。後は委員会の仕事だ』
「はい」
『後戻りはできんぞ、碇』
釘を挿すように告げるとホログラムが全て消える。
闇の中に残されたゲンドウは呟く。
「後がないのは老人達だけだ」
吐き捨てるように呟くが、その顔は憔悴していた。コアの損傷はゲンドウにとって重要な問題だった。
再び妻に会う為に今日まで頑張ってきたのに全てが無駄になるなど認められない。
そして最も重要なのは息子が自分の妻と同じ場所に居るという事だ。
もっともらしいセリフでサルベージを示唆したが、実際は嫉妬心から出ている。
自分以外の誰かが彼女に触れるなど我慢できないのだ。
自分が病んでいると自覚していても、止める事が出来ない……狂人とはこういうものだと考えさせられる一幕だった。
赤木リツコはこの瞬間を心待ちにしていた。自身の知的好奇心を満足させたいという欲求が心の中で渦巻いている。
(こんなふうにワクワクするのは久しぶりね)
目の前で眠っていた少女の覚醒を静かに見ている。
「…………ん……ふぁ……おはようでいい? それとも「知らない天井だ」の方が良いかしら?」
「ちょっと意味が理解出来ないけど、ええ、時間的には間違ってないわ」
「そう、まあいいわ。初めまして、赤木リツコ技術部長」
「ここの会話は盗聴されないって知っているのね」
「ええ、擬装なんて簡単だし」
「何の擬装かしら?」
「99.89%よ」
ピクリと片眉が動くのをリツコは止める事が出来なかった。
この少女が話した内容はリツコにとって非常に意味があるのだ。
「何番目かしら?」
「しいて言えばもう一つの18番目……単体のリリンかな」
「そう、非常に興味深いわね」
「協力してくれるなら、知りたい事を言える範囲内で教えるわ」
「何を教えてくれるの?」
「あなたの知らない使徒の生態とか色々ね……但し、誰にも言わないという条件付きだけどね」
「何故そうなるのかしら?」
「ん〜〜まあ、老人達に知られると色々面倒だし、こっちにも都合があるのよね。
それにヒゲの書いたシナリオ通りに進めて最後の最後で破綻していたと教えて絶望させたいの」
「ヒゲ……ね、もう司令のシナリオは崩壊していると思うけど」
「老人達のシナリオもね……所詮、希望的観測で見切り発車したシナリオなんて思うように進む筈がないのにね」
深い重みのある言葉にリツコは新たなシナリオを書いたその人物が誰なのか……聞きたくなる。
「知りたいならこっちへ。見せてあげるわ……一つの結末を」
好奇心を抑えきれずにリツコは少女の側に行く。
少女は右手のリツコに額に添えると静かだが緊張した声で指示を出す。
「目を閉じて……始めるわよ」
指示に従って目を閉じるとリツコの脳裏に一気に記憶の波が奔流となって駆け巡る。
そして、それはサードインパクト直前でゲンドウに射殺されるまでの記憶がリツコの中に入ってきた。
少女の手はホンの一瞬しか触れていなかったが、リツコは眩暈を感じて床に座り込む。
「こ、こんな結末なんて無様すぎるわ」
「サードインパクトの瞬間までしか貴女は生きていなかったみたいね」
「ロジックで生きていたと思っていたんだけど……嫉妬に振り回されていただけじゃない」
冷静に振り返って見ると自分は母親の才能とユイに嫉妬して道を誤っていたと考える。
「どう? 人間やめて……リリンになる?」
「う〜今すぐ答えないとダメかしら?」
「時間は幾らでもあるから……要は最期の瞬間に決めても良いんじゃない。
姿形なんて自由だし、若返る事も可能よ……ちなみにナオコさんは復活したいって」
「そう――って! 母さん、生きてるの!?」
思わず立ち上がって詰め寄るリツコ。今日、最大の驚きの事実を聞いた気がする。
母親である赤木ナオコがまだ生きているなんて信じられないのだ。
自身が葬儀に立会い、遺骨を手にして墓もあるのに生きているのは驚くリアクションしか出来なかった。
「うん、マギカスパーに自身のデーターを全てデジタル化して保存しているから復元可能だよ♪」
「……は、はは……はぁ〜〜〜」
明るく話す少女に対してリツコは乾いた笑い声とため息しか出なかった。
東方三賢者は全員、形は違えど生存していたのだ……自身の未熟さにうちのめされた気になる。
「私の学問の先生ってナオコお姉さんだもん」
「お、お姉さん?」
「おばさんっていうと……後が怖いから」
「ほ、他の二人は?」
年齢の事に関してはスルーする。女性にとって年齢の事は禁句だとリツコは実感しているから。
「私が知っているのは二人だけ」
急に不機嫌になる少女にリツコは地雷に触れたかと思った。
「ユイの婆さんは現状を受け入れずに勝手にフォースインパクトをしようとしたから大嫌い!
せっかくお父さん達が苦労して築いた世界を壊したの」
「じゃあ、今回は起きないのね」
「当然、お父さんが念入りに消滅させたから♪」
思わず少女に釣られて同じように笑うリツコ。
「で、協力してくれる?」
上目遣いで首を傾け、保護欲をそそる様な仕草で見つめられて途惑うリツコ。
マヤじゃあるまいし……そんな趣味はないと必死に自分に言い聞かせる。
「そ、その目はやめて」
「なんで?」
「……お願い」
「効果……あったんだ」
「誰に教わったの?」
「ナオコお姉ちゃん」
(か、母さん……何、教えてんのよ!!)
思わずこの場にいない母――ナオコ――に怒りの矛先を向ける。
「いい事……その仕草は男にしちゃダメよ」
「狼だから」
「そうよ」
「分かった……けど男ってお父さんしかいなかったからよく分かんない」
(ハ、ハーレムでも作っていたの、シンジくん?)
「他の人はどうなの?」
「みんな、女の人だよ。3から16番目と番外だったかな? ナオコお姉ちゃんとママは18番目だけど」
「そ、そう(私が引き取って教育するべきね。ミサトになんか預けたら穢されそうね)」
真っ白に近い状態だとリツコは判断し、ミサトに近づけるのは絶対に避けると誓う。
可愛い女の子がミサトのような生活無能者になるなど損失だと判断する。
「な、名前はどうするの?」
「とりあえず、リツコお姉ちゃんが協力してくれるなら赤木リンにする」
「そ、そうね、それでいいわ(不味いわね。マヤじゃないけど……いけない趣味に目覚めそうで怖いわ)」
もう一つの過去を知ってしまった所為で男は懲り懲りだと考えるリツコは、思わずそっち方面に走りそうになってしまいそうで怖くなっている。
特に目の前の少女のアンバランスさに転びそうな気がして……怖い。
最初の会話の時は硬質な鋭さがあったが、気を許すと無防備な姿を自分に見せるギャップがツボを突きそうで心配だ。
なんていうか、気まぐれな猫にというイメージを彷彿させるので可愛がりたくなるのだ。
「と、とりあえずよろしくね、リン」
「うん、リツコお姉ちゃん♪」
嬉しそうに無邪気に微笑むリンにリツコは……自身が危ない趣味に目覚めかけた事をまだ自覚していなかった。
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EFFです。
リツコ女史……ちょっと壊れ気味です。
気分転換のつもりがノリノリになりかけています。
ツッコミどころ満載のSSですが楽しんで頂けるとありがたいですね。
ちなみのこのSSではミサトの扱いは酷い物になりそうなのでファンの方は読まない方が良いかも。
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