『ハウンドが全滅した』
薄暗い部屋でモノリスNo.1が告げる。だが、その声はいつものような力強さは無かった。
『バカな! ハウンドは我々の技術の粋を集めて生み出した最強の兵士達だ』
『それ程の力がスピリッツにあるというのか!?』
『それだけでは済まない。日本政府がA−17の件で国連内で猛抗議している』
『失敗は許さんと言っておって、これだ。あの男は何をしておるのだ!』
『ネルフと委員会は日本の資産を強奪するのが目的だったのかと叫んでおる』
キールの言葉に全員が忸怩たる思いでいる。たかが、有色人種風情に文句を言われるのは不愉快になる。
自分達が人類を救い、その頂点に立つ存在なのだ。下等な有色人種に逆らわれるのは我慢できない。
『ネルフの会計監査をするべきだと国連内で話しておる。不透明すぎる予算配分は各国の存続も危うくなると言っておる』
この意見には国連内でも賛成している国が多い。水面下で日本はアメリカで日重の工場建設の話を持ちかけている。
超電導バッテリーを含む最新の技術を大規模な工場で増産する話は失業者の多いアメリカにとっては蹴って良い話ではない。
ファントムのUN軍採用もアメリカも反対はしていない。ATフィールド発生システムを搭載しないコストを抑えた量産機はエヴァのように予算を逼迫させる事
なく、大量に投入できる可能性を秘めている。
UN軍からの報告では非常に汎用性に富み、陸、海、空軍で使用できると聞いている。
特に陸軍では戦車よりも早く動き、強力な兵装も装備できる機体として実戦配備する為の要望書も出ている。
現在は生産拠点が日本だが、アメリカに造る準備もあると日重側から打診しているのでアメリカ政府は失業者対策の目玉になる可能性もあるので日本の意見には
反対しないし、ネルフの横暴さには我慢できないのも事実だからだ。
日本としても工場を国内で作る事で自国だけ儲けると言うのはネルフ本部の所為で不味い気がする。
日本に大量の資金が流れたのにまだ儲けるのかと反発する国がでる可能性が高いと考えたのだ。実際に儲かったのはネルフの関係者だけだから日本政府として
は、今回のA−17で完全にネルフに対する感情は悪化の方向に変わった。
パテント――知的財産――は日本が押さえているので量産しても収益は十分日重経由で日本に流れてくる。
超電導技術はどの国も実用化を考えていただけに日本が一気に常温での実用化に成功という結果を出したのは驚きだったが、エネルギー問題に光が見えたのだ。
使いたいという気持ちはどの国も同じだった。
ゼーレNo.4――オーランド・ジェイスン――の死亡によってアメリカ国内の情勢は不透明になりつつある。
日本はゼーレの影響下ではなくなり始めている。そして日本はアメリカに近付いて独自の富を得ようとしている。
UN軍内部でもゼーレの関係者は着実に排斥され始めている。
ハウンドの完全敗北という事態に最大の攻撃力を失ったゼーレはその影響力に翳りが生じ始めていた。
RETURN to ANGEL
EPISODE:15 進むべき道は……
著 EFF
時田シロウは自身が開発したJAを上回る機体に対する複雑な感情よりも新しい技術の研究に燃えていた。
未知なる技術というのは科学者にとって知的好奇心を満たす重要な物なのだ。
得られた技術を更に発展させるには基礎研究が必要になるから、同僚や部下達と共に朝から晩まで日重第二分室――スピリッツの間――に足を運んで講義を受け
ている。
一部の研究者は美人講師から講義を受けられる事に感激していたが……講義内容のレベルの高さに鼻の下を伸ばしている暇も余裕もなく講義について行く事で必
死だった。
「――それでは本日の講義を終わりとします」
本日の講師サキの宣言に全員が疲れた顔で礼を述べる。
講義当初は口説こうとした研究者もいたが、自身よりはるか上位の科学知識を有する女性と知って退く者が続出した。
諦めきれない者もいたが……全員が超一流の戦闘員でもあると知って格の違いを実感して一線を引いてしまった。
戦自からのパイロットを相手に行う格闘訓練を見れば、酔わせてナニをしようものなら命の保障はないと実感したのだ。
しかも、キエルさんはザルでどんなに飲ましても酔い潰れる事はなく、逆に飲ませていた者が全員が轟沈し、後日送られてきたその請求書に目を剥いて……涙
し、二度と奢るまいと決意していた。
彼女は日重近くの居酒屋の飲み放題の看板を下ろすという快挙を成し遂げた人物として酒飲みからは恨まれると同時に賞賛されていた。そして、その一件を知る
飲食店関係者は絶対に食べ放題のバイキングは出すまいと決意していた。
何故なら既に数件の店で時間制限の無料チャレンジを幾つも成功させて恐れられていたのだ。
あの細身の身体のどこに入るのか……女性スタッフだけではなく全員が不思議に思う。
特に女性スタッフは太らない体質には羨望の視線を向けている。
少量でも美味しい物なら満足して帰るが、並の物なら量で補うという考えの持ち主で彼女を少量で満足させた店は一流のステータスを受けたといっても過言では
なかった。
実際に店に行って食べると文句の付けようの無い美味い料理だった……彼女に隠れた名店を聞くスタッフは多い。
今、現在は日重の食堂で食べる時は必ずシンジが呼び出される事態になっている。
彼の料理は一流の物で食堂のスタッフも舌を巻く程の物だった……彼が調理場に立つ時は従業員一堂が食堂に集結するという快挙も成し遂げる程の出来栄えだっ
た。
穏やかで優しく料理の出来て、仕事も出来る人物というのは超優良物件だと女性社員は思うし、見た目も悪くないのでシンジが既に結婚していると聞いてガッカ
リしている。
見た目二十代後半くらいだが中学生の娘もいると言われてびっくりする者もいる。
奥さんのエリィ・シンスティーさんも同い年だからその若さの秘訣を聞きたいと思う女性も少なくはなかった。
「ほいっと」
「きゃっ」
今日も彼女は訓練生相手に鬼教官となっている。
愛用の槍――安全の為に少し固めのゴム製品である――を片手に飛び込んできたマナの足元をすくって転がしている。
以前、遊び半分で訓練をしようとしたパイロットを一撃で吹き飛ばした行為に戦自の士官は全員が焦った。
「舐めた真似してると……本気で貫くわよ」
余興で厚さ5センチのコンクリートのブロック見本を硬質ゴム製品の槍で貫くという技術を見せて……いつでも殺せると宣言した。
「訓練だと思って緊張感がなく、半端な真似をしていると判断したら……遠慮なく全力で相手をしてあげるわ」
あれは本気だと全員が感じた。それ以降は訓練だと舐めて掛かる者はいなくなった。
不満に思うパイロットもいて、実戦形式で相手をしようとして……あっさりと敗退した。
肉弾戦なら勝てると考える人物もいたが……これまた敗退した。
武器があるから強いのではなく、彼女自身の技量が自分達の遥か上にあると感じたので逆らう事なく……日夜、訓練に務めていた。
「う、ううぅ……」
床に顔から飛び込んだ状態で鼻を押さえて立ち上がるマナ。涙目だが顔はエリィから目を離さずに見ている。
まだ終了の声は上がっていないのに目を逸らした者が攻撃される事があったのだ。戦場で気を抜く行為は死に直結するからどんな時も油断するなと言われたから
逸らす事はなかった。
「今日はこれまで。明日からはファントムのシミュレーターで訓練よ」
製作中だったシミュレーターの完成に訓練生達は喜んでいるが、
「ただし、訓練前に食事は厳禁よ。慣性中和は緩めてあるから乗り心地は最悪だから」
この言葉に全員がガックリしていた。
ファントムのコクピットは慣性中和システムの試作が搭載されているのと無いのでは雲泥の差がある。
アニメで見たロボットの操縦は楽そうに見えるのに現実は上下に揺れるコクピットに現役のパイロットでも吐く者がいた。
コクピット周りを完全防水にしている理由はゲロの始末に困るからだと全員が知るのに時間は掛からなかった。
「夢もロマンもねえよ!」とムサシが叫んだ時はマナも含めて、全員が思いっきり首を縦に振っていた。
「何、ガックリしてるのよ。三半規管を鍛えて慣れるようになさい。
戦闘中にシステムが壊れて戦えませんなんて許されないわよ。
ゲロ吐いてみっともない姿を晒したくないなら、気を抜く事なく鍛えなさい」
「は〜い」
「訓練は午前十時から始めますから午前七時から八時までに軽めの朝食を取って下さい。
それでは解散」
シンジがエリィにタオルを渡しながら訓練生に告げると訓練生は全員が慌ただしく移動を開始する。
マナ達訓練生38名は一般教育と同時進行で授業を受けているので結構忙しい。
戦自に再所属するにもあと三年以上は掛かる為に残りたい者は真面目に授業を受けねばならない。
一般の中学は40名ほどの生徒を教師が管理するがここでは十名ほどの少人数で1クラスマンツーマンに近い形で細かく指導しているので解らないままに放置さ
れる事はない。
最終的には高等教育を卒業という形になるので就職も好条件になる可能性もあるし、訓練生とはいえ給料も支給されるので奨学金制度を利用すれば、そのまま大
学に進学する事も可能だった。
青田刈りをする気はないが、日重側としても優秀な生徒ならうちに就職してくれるとありがたいと思う者もいた。
ファントムを作る為に日重と接触し、結果的にマナ達の将来を好転させた事にシンジは満足している。
戦自が悪い訳ではないのだ……情報を規制して、強引な手法で黙らせるゲンドウの手腕に戦自が不安に思っただけ。
誰だって自分達の国でインパクトを起こしかねない不安を持つと思うと知りたくなるが、情報を与えずに強引に黙らせるから状況は悪化するし……力尽くになる
と知った。
シビリアンコントロールはきちんと出来ている戦自だから、国民の安全を守りたいという感情が暴走したと赤い海で知った。
今回の逆行で戦自は正確な情報を与えたので着々とネルフとの決戦の準備は整い始めている。
前回のようなゼーレに騙されての攻撃はない。
「あまり思いつめちゃダメよ」
「そんな事はないよ」
「嘘ばっかり……貴方って意外と心配性で慎重なのよ」
「は、はは……そうかな?」
結構考えて大胆に行動したつもりだと思っていたが、どうも違うらしい。
「貴方ってどうでも良い事には大胆だけど、家族が係わると慎重なのよね。
今回の事件であの子に何かあったらどうしようか……不安なんでしょう?」
「お見通しなんだ」
「だって貴方の妻だから、そのくらいは気付くわよ。
あの子は私達が鍛え上げた娘でそこらの連中じゃ相手になんないし、シエルとラファが待機しているから心配しないで」
「やっぱり、僕は親馬鹿なのかな?」
「何を言うかと思えば……」
シンジに親馬鹿発言にエリィは呆れた視線を向けている。
「親馬鹿なのかじゃなくて……正真正銘、親馬鹿なの」
はっきりと断言されてちょっと落ち込むシンジ。なんとなく感じてはいたがやっぱり親馬鹿だったかと自覚する。
「でも、まあいいか」
「……オイ」
開き直ったシンジにエリィはジト目で睨んでいる。
「もう少しすれば、嫌でもお父さんより彼氏に目が向くだろうから」
「…………(あの子のファザコンは筋金入りだと思うけど)」
シンジが一抹の寂しさを含んで話すがエリィは難しいだろうと考えている。
甘やかした分、シンジにベッタリだったから、他の男など論外だとエリィは見ている。
「お〜い! ちょっと、待ってくれぇ!」
「げっ!」
加持がそう叫びながら駆けつけてくるのに、ミサトはボタンの「閉」を慌てて押してエレベーターのドアを閉じようとする。
しかし加持はドアとドアの隙間にわずか手を差し込んで、なんとかミサトの乗るエレベーターに間に合うことが出来た。
「ちょ〜と酷くないか、葛城」
ドアに手をかけたまま、加持は涼しい顔でそうミサトに話すが、ミサトは不機嫌そうな顔で言う。
「はん、なんであんたに優しくしなきゃなんないのよ」
「つれないねぇ」
「それより、あんた一体いつまでここにいるつもり?」
「辞令がまた出るまでだな」
顔を顰めて話すミサトにさらりと加持は受け流す。
「そうツンケンするなよ、お互い疲れるだけだろ?」
「ふん……勝手でしょ」
プイッとそっぽを向いて話す。
「いつまでもドア押さえてないで、さっさと乗ってよ」
「へいへい、悪いね〜」
そういって加持が手を離すなり、ドアが閉まっていく。
……赤木リツコは悩んでいた。
前回の記憶だと目の前のスイッチに触れかけた瞬間、停電を起こして……謂れのない非難の視線をスタッフから浴びたのだ。
「先輩、どうかしましたか?」
「なんでもないわ。じゃあ、実験を…………停電ね」
マヤの声に覚悟を決めて、手を伸ばしてスイッチに触れようかとした時に室内の照明が消えて非常灯に変わる。
「せ、先輩!?」
「落ち着きなさい、マヤ。単なる停電でしょ」
「も、もしかして……実験の所為ですか?」
「はぁ? そんな訳ないでしょう。
今日の実験は大規模な電力を使うような物じゃないし……まだスイッチにも触れてもいないわ」
「そ、そうでした」
リツコが慌てる事なく、落ち着いて説明するとスタッフも実験内容を思い出して納得する。
「でも……マヤが私の事、どう思っているのか分かったわ」
「せ、せんぱ〜い〜〜」
「ふふ、冗談よ」
焦るマヤに笑って話すリツコだが、他のスタッフは絶対に怒っていると感じていた。
「さて、発令所に行くわよ」
「どうしてですか?」
「電源が復旧しないから全ての電源が同時に落とされたと見るべきね。
つまり、これは人為的な事故よ。発令所に行って、状況を把握する必要があるわ」
冷静に落ち着いて話すリツコにスタッフは騒がずに指示に従い行動しようとすると、
「待ちなさい。全員、これを装備しておきなさい」
リツコが部屋の隅にあった段ボール箱を取り出して中身を全員に配る。
「ア、○イスノンですか?」
「停電中だから空調は止まるわ。これから蒸し風呂になるから制服の中にでも入れておきなさい」
「先輩、どうしてこんな備えをしていたんですか?」
マヤの素朴な疑問にスタッフ一同がリツコの返事に注目する。
「A−17のおかげで日本政府とも冷戦状態に入ったわ。
今までは日本政府がそれなりに支援してくれたけど、
これからは当てに出来ないと判断したからテロ対策用の備えとして用意したのよ。
本部は地下にあるからどうしても電源が落ちたら空調が先に止まって暑くなるから。
男性スタッフは上着を脱げばマシになるけど、女性スタッフはそうもいかないでしょう」
女性スタッフへの配慮というリツコの答えにウチの上司は頼りになると思っている。
「それと男性スタッフの誰かはこれを装着して」
「なんですか、これは?」
「こんな事もあろうかと思って、用意したパワーアシストの試作一号よ。
電源落ちているから扉は全部手作業で抉じ開けるから筋力増強用の装備の一つね」
黒いライダースーツのような一体型のスーツをスタッフは着て、扉を抉じ開ける。電源が入っていない重い扉だが簡単に開かれていく様子にスタッフは感心しな
がら見ていた。
「便利な服ですね、部長」
「物を掴む時は気を付けて……うっかり人の手を握り潰しましたなんて事態を起こさないようにね」
「わかりました」
本当にウチの上司は頼りになる人だとスタッフ一同が思いながら行動を開始した。
――少し時間を遡る。
進路相談の説明を担任から聞いて、ネルフ本部へと移動中の三人はというと、
「進路か〜〜どうしようかな」
「専門課程に行ったら、アスカは大学卒業したから海外ならすぐに入学できるわよ」
「そうよね。そういう考えもあったわね」
専門課程を学ぶという選択肢は悪くないとアスカは思う。無事、使徒戦が終わってもネルフは存続する事はないと予想しているので、ドイツに戻って大学に通う
のはベターかもしれないと判断する。
「高校通って遊ぶというのも悪くないけど」
「う〜ん、遊ぶのもありか……そうよね、訓練漬けで殆んど遊ぶ事なくここまで来たもんね」
チルドレンに選出されてから訓練と教育を受け続けて、遊ぶ暇は殆んどなかったからノンビリと友人を作るのも悪くはない。
「何年かは地下に潜伏しないと不味い事態になる可能性もあるから学業への復帰はダメな場合もあるけど」
「何故?」
「キョウコさんの保護を考えないと不味いから。
真実を世界に公表すれば、キョウコさんもゼーレの協力者扱いにされる可能性もある。
一応、騙された事にした改竄資料はあるけど、エヴァを知る科学者を確保したくならないかな、レイお姉ちゃん」
「そうね」
「面倒な問題ね。で、対策はある?」
「要は戦闘中に弐号機ごと大破、パイロット死亡が楽なの……戸籍を偽造すれば問題ないし」
「確かにね、それが一番……あっ、停電してるって、今日だった!」
会話の最中に信号機に目が行ったアスカは信号機のランプが消えているのを見て思い出した。
前回とは少し流れが違うからうっかり忘れていたみたいだった。
「ダメね、携帯も繋がらないわ」
「また、ダクトを通るのね」
「人気のない場所に行ったら、ディラックの海を経由して更衣室まで行けるわよ」
「そんな楽な方法があるんなら、早く言いなさいよ」
さっさと行こうとアスカは考えるが次の一言で唸る。
「後ろに監視者がいるから無理。多分、レイお姉ちゃんとアスカの護衛と称した監視役ね。
とりあえず非常用の通路に入って、姿を見えないようにしてから移動よ」
「ったく、仕方ないわね。でも扉のハンドル重いわよ」
「大丈夫。私、アスカより力あるから」
そう話して軽々とハンドルを回すリンにアスカはリンに対抗する為にもう少し身体を鍛えようかと考えたかは不明である。
リンは開いた扉を閉じてからアスカ達と移動する。
「あんた、本当に力あるのね」
「ATフィールドの糸で切っただけ、これで追跡出来ないから自由に動けるから」
「使徒はどうすんのよ?」
「ファントムがあるでしょう」
「そうだったわね――ってまた出番なしなわけ!」
「トンネル、這いずり回りたいの?」
「うっ!」
前回の無様な姿を思い出して呻くアスカ。
エヴァで大活躍の機会が完全に減っているが、みっともない姿を見せないだけマシか悩んでいるようだ。
扉を開こうとした監視者は根元から切られたハンドルに声を失っていたが、慌てて別ルートから追跡を再開したが撒かれた後だった。
内部に侵入した戦自の工作員は三人のチルドレンの姿を発見して、
「どうします?」
「本作戦には必要なしだ。このまま見過ごす」
「よろしいのですか。彼女らがいなければ、エヴァを無力化出来ますが?」
「それはやめてくれると助かるな」
「こっちとしては出来る限りエヴァで使徒を迎撃して欲しいの」
「何故です?」
「パイロットが育成できてないから」
シエルの意見に工作員も複雑な顔をする。
前回の作戦は試作段階から操縦している人物であって、戦自所属のパイロットではないと言われて困っている。
「形には成ってきてるけど、もう少し時間が欲しいってさ」
「動きにリズム感がありませんから」
「それにあの子ね、知り合いだから」
シエルの視線の先にいるリンがゆっくりとこっちに向かってきたので、
「フフン、遊んじゃおうっと♪」
久しぶりに腕試しをしたくなって工作員を使われていない倉庫内の物陰に潜ませてリンを待ち構える。
倉庫の入り口で立ち止まるリンにレイとアスカはどうかしたのかと聞く。
「リン?」
「誰かいたの?」
「ちょっと遊んでくるから」
「敵なの!?」
「ううん、知り合い」
あっさりアスカの疑問に答えて倉庫に入ると、中央に赤毛のショートカットの自分達より年上の女性が話しかける。
「やっほ〜元気〜〜リンちゃん♪」
「シエルお姉ちゃん、久しぶりだね」
「じゃ、始めようか……鈍っているようなら叩き直すように言われたから手加減しないよ」
それだけ告げると一気に接近して来る。リンはサイドステップで正面からの攻撃を受けないように側面に回り込もうとする。
しかし、相手は身体を沈めて足を伸ばして、リンの足元を掬うような足払いで攻撃する。
「いきなりはヒドイよ」
「手加減しないでって言われてるからね」
軽く跳び上がって避けるリンにシエルはバク転の要領で蹴り上げてくるが、両手でガードして後方に着地する。
「ヒドイよね、ママって愛が足りないわ」
「日頃、サボっていた弟子には厳しいんだよ」
「絶対違うよ。あれはイジメだと思うけど」
互いに距離を取って会話を交えながら牽制する。
そして、リンが一気に近付いて右足で回し蹴りを放つが、シエルは軽々と避ける。
だが、リンはそのまま回転を維持して左足の後ろ回し蹴りを出すが、これも回避するが勢いを止めずにもう一度右の回し蹴りが出る。この間、リンは一度も足を
地面につけずに回転力だけで三連続の回し蹴りを出した。
「前より、若干早くなった」
「訓練は継続してるよ。いつかギャフンと言わせたいから」
「それ、話しておくよ♪」
「ダ、ダメ――っ! そんな事、言ったら更に大変だよっ!」
焦るリンに面白そうに話すシエルにアスカとレイは呆気に取られている。
リンが強い事は分かっていたが自分達の想像以上の強さに声が出ないみたいだった。
「それじゃあ、次の技を避けたら内緒にしてあげよう」
「絶対に避けるわ」
腰を落として構えるシエルにリンも腰を落として構える。
シエルはリンと同じように一気に接近して右の回し蹴りを放つが、リンもこれを避ける。そして勢いをつけたまま左後ろ回し蹴りを同じように出すがこれも回避
する。
同じシーンのように更に右回し蹴りが出るとアスカとレイは思ったが、シエルは身体を捻って縦回転の浴びせ蹴りのような踵落としへと移行するがリンは地面を
転がって回避した。
空振りに終わった蹴りで床が直径一メートルのクレーター状に凹む光景に二人は絶句している。
「内緒だからね」
「仕方ないね。で、例の物は用意できた?」
「レイお姉ちゃん、私の鞄を」
レイに持って貰っていた鞄から一枚のDVDディスクをシエルに渡す。
「確かに預かったよ。お礼と言っては何だけど、第九使徒はこっちで始末するから」
「うん、ラファ姉さまもまたね〜〜」
リンは隠れているもう一人の姉に挨拶すると倉庫から二人を引っ張って出て行く。
隠れていたラファは物陰から出てきてシエルに聞く。
「結構、本気で攻撃したようですね」
「う〜ん、ゼルが喜びそうだよ。まあ、そう簡単に負ける気もないけど」
「末恐ろしいです。流石はエリィさんの娘ですか」
「そうだね。じゃあ撤収するよ」
呆然としている工作員にシエルは告げると慌てて行動する。
「予定通り、内部構造のマップは手に入れたという訳ですか?」
「そういう事。喧嘩売らなくて良かったでしょ」
「人が悪い。あんな子がいるなんて聞いてませんよ」
「申し訳ありませんが、内密にお願いします。出来る限りこちらのジョーカーは伏せておきたいので。
あの子はチルドレンの保護にこちらが用意した切り札ですから」
「なるほど、ネルフの犠牲者の救済ですか」
「エヴァは肉親を人柱としてインストールする事で狂気の産物です」
ラファの説明に不機嫌な顔に変わる。分かってはいたが実際に子供を道具扱いするネルフに対する嫌悪感は増大する。
「最終的には人柱にされた者もサルベージという手段で救出しますが、
迂闊に手を出すと別の子供の家族が狙われる可能性もあります。」
「そういう事。これ以上の犠牲者は出さずに最少で終わらせるのが僕達の目的でもあるのさ」
「仕方ありませんな。必要な情報は入手したので、あの子達の救出はいずれ……」
「ええ、必ず救い出しますよ」
「じゃあ、帰るよ。あの男には相応の報いをいずれね」
シエルの声に全員が頷くと脱出して行く。
戦自はネルフ本部の内部情報を無事に入手して来るべき作戦の手筈を整える為に。
非常灯で薄暗い発令所の最上段で男達は話す。
「やはり、人為的なものと見るべきだな」
「ああ」
「日本政府かな」
「おそらくな」
「A−17の所為だな。流石に強引に資産を徴収したのは不味かったわけだ」
「問題ない」
「本当にそう思うのか? 委員会も先の作戦の失敗には良い顔をしていないぞ」
「老人達も少しは苦労してもらわんとな」
「お前もユイ君の事で苦労しないとな」
皮肉で応酬する冬月にゲンドウは黙り込む。
「こうなるとダミープラントがなくなったのは幸いかもな。
電源を他に回せる分、隠蔽しやすい」
「……ああ」
「しかし、やはり人の敵は人いう事か」
「そうだな」
ゲンドウは動じる事なく、作業を見ているが、冬月はため息を吐きながら見ている。
明らかにゲンドウの強引な手腕の結果だと思うと暗澹たる気持ちになる。
ネルフという組織が嫌われている一因は紛れもなくこの男の所為だと断言できるから困る。もう少し自重しろと言っているが一向に改めずに敵ばかり作っている
ので気苦労が絶えない。
「しかし……ぬるいな」
「そうだな」
足元のバケツを見て、冬月は汗を掻きながら作業するスタッフを見つめている時、
「まさに備えあれば憂い無しね」
「先輩、これからもついて行きます」
リツコがマヤを伴って発令所に現れた。スタッフは汗一つ掻いていない技術部のメンバーを不思議そうに見つめる。
「そろそろ、スーツの電源が切れるから通路で着替えておきなさい」
「分かりました。これは実用化する予定なんですか?」
「ダメね。もう少しコストを抑える工夫をしてからでないと」
「残念です」
残念そうに話すスタッフにリツコは予備のア○スノンを渡す。
技術部が暑さ対策をしているのを見たスタッフは羨ましそうに感じていた。
「赤木君、用意がいいね」
「テロが起きた時、まず最初に破壊されるのは電源です。
そうなると空調がおかしくなると判断して事前に用意するのはおかしいですか?」
テロとリツコがはっきりと口にした事でスタッフの動揺が発令所に広がる。
「テロかね?」
「ええ、正、副、予備の三つが同時に故障するなんて考えられませんから」
「確かにな」
「マヤ、ダミーのデーターを流して」
「は、はい」
オペレーターシートに座ってマヤが作業に入る。
「ここは任せるわ。作業手順はファイルX−01に用意してあるからそれに従って指示を出しなさい。
私はケージに行って万が一に備えるから」
「どういう事ですか? 先輩」
「使徒が来ないなんて誰が決めたのかしら?」
「そ、そうです。こっちの都合なんて関係ないですよね」
リツコの言いたい事が分かってマヤは焦りながら話す。
「まあ、戦自にファントムがあるから此処まで到達出来るか、分からないけど備えは必要でしょう」
「……そうでした」
「ミサトがA−17なんて物騒なものをしてくれたおかげで、日本政府が戦自経由でこの停電を依頼したのかしら」
「ま、まさか」
「そうね、戦自だったら今頃ファントムが侵攻してるわね」
暑さの所為でない、冷たい冷や汗がスタッフに流れ出す。
「赤木君、まだ日本政府の仕業とは限らんだろう」
「確かに早計でした。じゃあ、マヤに此処は任せるわ。
それと手の空いている男性スタッフをケージに集めさせて、人力で発進準備を行うから」
「わ、わかりました」
リツコは白衣を翻して発令所を出て行く。手の空いている男性スタッフもリツコの後に続く。
発令所内は重い雰囲気に包まれながら、復旧作業を続けていた。
この忙しい中、何もせずに発令所に座っていたゲンドウの株が更に落ち込んだ事は言うまでもなかった。
「一体、何が起きたのよ!」
閉じ込められたエレベーターのドアを蹴りつけながらミサトは吼えている。
「葛城〜〜暑くなるから騒ぐな」
「これって事故じゃないわ……テロかしら?」
「確かにな。全ての電源が同時に落ちるなんてありえないだろう」
ミサトの指摘を肯定する。実際は自分が発電施設の中継点を破壊工作したのだが。
「やっぱり戦自の仕業と考えるべきかしら?」
「A−17の意趣返しってやつか」
「ええ。ったく、ふざけた真似するんじゃないわよ。ネルフが世界を守っているのに人の足を引くなんて最低だわ」
「そいつは違うな」
「なんでよ!?」
加持がミサトの考えを否定するように告げるとミサトは憤慨するが、平然として自分の意見を話す。
「セカンドインパクト後の混乱から世界の安全を守っていたのはUN軍だろう。
ネルフは特務機関として情報を何も公開せずに会計監査さえ国連にさせないときた。
機密保持という理由で何も言わないのは……不安にならないか?」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「司令の強引なやり方に不満の声が国連内部でも上がっているんだよ。
そこへ戦自がエヴァ以外の方法で使徒を殲滅した……しかもエヴァより低予算で安全で危険性のない機体でだ」
「そこよ、どうしてATフィールドを展開させる技術を日重は開発したの?」
この一点だけが全く理解できない。
エヴァでさえ展開させるのが土壇場まで出来なかったのに、日重のファントムは攻撃転用という信じられない応用をやってのけたのだ。どうすれば、あれほどの
戦闘力を引き出せるのか、ミサトには分からない。
「開発主任の名が赤城ナオコって名前なんだよ。赤い城って書くんだが……」
「それって、一字違いでリツコのお母さんと同じじゃない……不自然過ぎない」
「だよな……死亡が確認されている人物と一字違いの人物だぞ」
「まさか……生きているって事なの?」
「それは無い筈だ。自殺で死体も確認されている」
ミサトの考えを否定する加持。その点は真っ先に調査したがどこにも不自然な点はなかった。
「可能性としては司令の強引なやり方について行けなくなった元ゲヒルンのスタッフが造反したくらいしか思いつかない」
「じゃあ、あれもエヴァなの!?」
「その可能性は高いと思うが、あそこまでコストを落とせるエヴァが出来るとは思えない」
「そりゃ……そうよね。リツコだって苦労しているわ」
「だから不自然なんだよ。あのリッちゃんが苦労する代物を低予算で作るだけの技術を持つ存在なんて……」
「……でも実在している」
「監査部で調査しようにも日重は戦自の厳重な警備体制で侵入だって失敗して帰還率ゼロだぞ」
監査部の状況を聞いてミサトは顔を顰めている。そこまで不利な状況とは考えていなかった。
「ファントムを特務権限で徴用しようとしたんだけど……」
「司令がダメ出ししたんだろ」
加持の言葉にミサトが頷く。特務権限なら戦自とて文句を言っても黙らせる事が出来ると考えていたが、裏側の状況を考えると流石に危険な橋を渡る事になりか
ねないと気付く。
「はっきり言って、ネルフの強引さと国連内部でも問題視している。
機密保持の名目で予算をどう使ったかの報告もなく、更に予算を要求するのは世界各国で不満を呼んでいる」
「でも、世界を守る為には仕方ないじゃない」
「それは通用しない……ファントムが使徒を撃破した時点でな。
委員会も押され気味で苦労しているらしい」
「……詳しいのね」
「特殊監査部の仕事は情報を知ることが基本だからな。
そんな状況でA−17だ……日本政府にしては堪ったものじゃない」
「じゃあ、これって私のせいだって言うの!?」
慌てて叫ぶミサトに加持は言う。
「落ち着けって、葛城。まだ戦自の仕業だって決まった訳じゃないだろう」
「でも可能性は高いんでしょ」
「まあ、な」
苦笑して加持は話すが、内心ではその通りだと知っている。
「あのガキの言葉通りになったなんて」
「リッちゃんの妹分の子か?」
「そうよ。人の事をオバサン呼ばわりするガキよ」
不愉快極まりないと言った様子で話すミサトに加持は苦笑するしかなかった。
「一度、話してみたいと思うんだが」
「あんな使徒モドキのガキに何の用があるのよ!
あのクソガキのせいでレイもアスカも反抗的になったんだから」
「ふ〜ん、そうなのか?」
「そうよ!」
「でもな、火口の中に一人で潜り込んで戦えはアスカも……嫌がるんじゃないか?」
「そんな事ないわよ。エースになろうとするアスカなら拒否しないはずよ。
絶対にあのガキが何か言ったに決まってんの!」
「確かにそうかもしれないな」
「でしょう」
アスカの性格なら少々危険でも自分の能力を見せる為ならするはずだ。
何か変わる要因があったのかもしれない……もしかしてエヴァの秘密に気付いて、コアの損傷を避けたのかと加持は考える。
「まあ、葛城が毛嫌いしている事は分かったが……興味は尽きないな」
「はん、あんたもリツコと同じね。自分の知りたい事を優先してるわ」
「いや、リッちゃんと同じにされても困るぞ。俺は特殊監査部としてネルフ内の調査なんだが」
「いいわよ、何か分かったら教えて」
「何も出ないかもな……それより、久しぶりに二人っきりなんだ。もっと色気のある話をしようぜ」
「なんで、あんたと!」
ミサトが距離を取った瞬間、エレベーターが動き出して近くの階に止まる。
「こりゃ、残念。時間切れか(思ったより早く復旧したな)」
「誰があんたなんかと」
プリプリと怒った顔でミサトはエレベーターから出て行くのを見送りながら、復旧にもっと時間が掛かると思っていた加持は想像以上に早く回復した事に感心し
ていた。
「加持君、あんまり迷惑な事をしないでよ」
「な、何の事かな」
後日、リツコから言われた言葉に加持は知らない振りをするが、
「とりあえず、この画像は司令には見せないから……貸し一つよ」
ニッコリと笑顔で自分の破壊工作シーンをモニターに映すリツコに冷や汗を流していた。
「丁度、一着スーツが欲しかったのよ」
「お、お手柔らかに……(不味いぞ……今月はピンチだな)」
「大丈夫よ、十万以内で押さえるから」
「……すまん、半分にしてくれ」
「湿気てるわね……内調からボーナス出ないの?」
「そんなのが出れば、苦労しないぞ」
「仕方ないわね。じゃあ、よろしく♪」
涙を流しながら加持は財布から一万円札を五枚……リツコに差し出した。
「リッちゃん……なんで、ばれたんだ?」
「あそこが一番仕掛けやすい事を知っていたからよ」
「そりゃ、嘘だろ。他にも仕掛けやすい場所はあると思うんだが」
「加持君の性格も考慮したから」
「そりゃ、どうも。
でも良いのかい……司令に黙っていても?」
この点だけは全然理解できない。ネルフにとって不利益な事なのに黙っているとリツコは話すのは不自然だと考える。
「別にネルフに拘りがなくなったから。
本当はは退職して、楽になりたいけど……これはね」
首に手を当てて首切りのジェスチャーをするリツコに加持は苦笑している。
「なんせ、ネルフの裏側全部知っている女を司令は処理するでしょうから」
「違いない」
「だからと言って、加持君の知りたい事を教える気もないから」
「出来れば、教えて欲しいんだが」
「三足草鞋の加持君に話せるわけないでしょ」
ニッコリと笑みを浮かべて拒絶するリツコに加持は困った顔で話す。
「全部知られているって事か」
「知りたい事は自分で調べればいいわ。
誰かに利用されるのは我慢できないし……大迷惑ね」
「見返りがあれば、教えてくれるかな?」
「加持君が知っている情報なら全部持っているわよ。
友人として警告するわ……危ない橋を渡るのもいいけど、ミサトが泣くわよ」
「まだ大丈夫さ。利用価値があるうちはな」
「そうかしら? あなたの価値なんてどっちも重要視してないと思うけど」
「そんな事はないさ」
リツコの指摘に納得できない気持ちで話す加持。やっと隠された真実に近付いた……今更引き返す事は出来ない。
「まあ、警告はしたから、後は加持君次第ね」
「悪いね、リッちゃん」
リツコが自分の身を案じる警告をしてくれた事は感謝するが、後戻りする気はないのだ。
礼を言って、リツコの執務室から出て行く加持にリツコは、
「ホント、強情というか……死にたがっているのかしら?」
呆れるような呟きを洩らすしかなかった。
第九使徒――マトリエル――は戦自のファントム三機による、ワントップ、ツーアタックという形によって撃破された。
トップの一機がATフィールドを中和し、後方の二機の支援砲撃で簡単に撃破した。
ネルフはテロによる停電という事態で動けなかった。
ネルフは戦自の仕業ではないかと告げるが、証拠もないのに誹謗するとは何事だと反論し、日本政府に渡したエヴァの擬装資料を国連に提出してネルフが日本政
府にさえ擬装資料を出すような組織だと非難する。
特務権限の悪用ではないかと日本政府は抗議する。正確な情報も与えずに権限と予算だけを使い放題はおかしいと国連総会で指摘する。一個人に権限を与え過ぎ
だと日本政府は叫ぶと同調する国も出てくる。
人類補完委員会の不透明さも気に掛かると言い始める。国連の一機関にこれだけの特務権限を何故与えたと問い詰める。
ゼーレとしては意見を封じ込めたいが……戦力の減少に苦悩している。
ハウンドの全滅は流石に堪えた。新たな部隊の用意を急がせているがスピリッツとの直接対決には不安な感じがする。
確かにサイボーグ兵の質は変わらないし、倍以上の数を動かせば勝てる筈だと思いたい。
だが、次も敗北した場合、戦力の補充は万全に出来るかどうか分からない。各国の諜報機関は着実にこちらの戦力を削っているので、補充は難しくなる。向こう
も損害は出しているが、こちらの影響力は徐々に減少している。
自分達の身の安全も考慮しなければならない……スピリッツの報復に備える必要があるのだ。
No.3――ロシア代表セルゲイ・カラーコフ――の死は間違いなくスピリッツの報復だと考える。
厳戒態勢の状況で侵入してゼーレのスタッフを全滅させる方法を選択する過激さはスピリッツしか考えられない。
「何者なのだ?」
キール・ローレンツは自室で自分達に逆らう存在の影に怯える。
身体の一部を機械化して此処まで維持してきた。もう後一歩で自分達の願いが叶うというのに、此処に来て最大の試練が待ち構えているとは思わなかった。
「一つの価値観と絶対の正義を人類は得て、争いや貧困から解放されるというのに」
人類の価値観を一つにする事で、偏見や差別を失くして心の平穏を与える偉大な仕事なのだ。
そして、その頂点に自分達が君臨して人類を導いて行くのだ。
「これほどの幸福を受け入れぬ愚か者共が」
苛立ちは日に日に募っていく。人類の全てを救うという意志に逆らう悪魔がという気持ちでスピリッツを憎む。
くだらないとシンジ達は思うだろう……あんな赤い世界が幸せとは思えない。確かに心の平穏は得られるかもしれないが人の形を失い、生きているかどうかも分
からず、刺激のない何も変わらない世界など退屈だと思う。
使命感に燃えるキールとシンジは決して分かり合う事はないだろう。
……二人の価値観は完全に交わる事はなく、互いに譲り合う事はないのだ。
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どうもEFFです。
やっとシンジの奥さんの名前を出しました。
ち〜と引っ張りすぎた気もしますが、まあ、気にしないで下さい。
番外使徒の名前で悩んでます。
候補としては、
メタトロン(神の栄光を意味する天使)、ティアイエル(未来を司る天使)、マカティエル(天災の意味を持つ天使)、
ログジエル(神の怒りを意味する天使)の四つから出す予定ですが。
解釈の違いもあるのでイメージじゃねえと言われるとちょっと困りますが……ツッコミはなしで(大核爆)
それでは次回もサービス、サービス♪
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