最悪の事態だとリツコは思う。
使徒もどきの存在が使徒の残骸を廃品利用して使徒化する。
監視映像でスライム状の物体が参号機の胴体に溶け込んでいる光景に苛立ちを感じていた。
前回の予定では今日……第十四使徒ゼルエルが来るはずだったのだ。
まるで世界の意志がエヴァとの一騎討ちを望んでいるように……。

「マヤ、スタッフは!?」
「全員無事です! 一応先輩の指示通りに警戒して避難したようです」

マヤの報告に安堵しながら正面の大型スクリーンを見つめる。
そこには参号機の胴体が痙攣するように震えながら徐々に形を変えていく様子が映っている。
形を変えるので拘束具の意味がなくなり、剥がれ落ちるように剥離していく。
内蔵している電子部品も一緒に落ちて行く光景に内部のモニターは不可能だと判断してリツコは舌打ちする。
いざとなったら遠隔操作で自爆させようと考えていたが……おそらくダメだと予想していた。

「ミサト、初号機と弐号機どっちを使うの?」
「両方を使うプランは?」
「零号機は凍結中よ。司令が二体を同時に外に出すと思うの?」

リツコの問いに最大戦力で一気に片付けようと考えていたミサトは舌打ちする。
エヴァを二機使えば楽に倒せると計算するが、この都市の防衛を疎かには出来ない点は間違いではない。
最上段を見上げて司令と副司令を一瞥してリツコに告げる。

「……初号機を出すわ」
「マヤ、初号機の準備を進めて」
「は、はい」

リツコの指示に従ってマヤは即座に初号機の発進準備を開始する。
その様子を見ながらリツコはもどかしさを感じている。
ミサトの判断は間違っていない。
初号機と弐号機のどちらかを使うのなら、アスカには申し訳ないがリツコも初号機を出すように言うだろう。
ATフィールドの扱いに慣れ、アンチATフィールドも展開できる初号機と万全とは言えないがATフィールドの武装化をようやく出来るようになった弐号機で は単独で戦わせるのなら誰もが初号機を選択する。

……此処に最強の戦闘力を備えている使徒が来る事を知らなければ。



スタッフが慌ただしく発進準備を行っている状況を最上段で見つめるゲンドウと冬月。

「完全なイレギュラーだな」
「ああ」
「日本政府がまたネルフの失点として文句を言いそうだ」

戦闘終了後、参号機を回収しようとした戦自に待ったを掛けたのは自分達ネルフだった。
参号機の中にS2機関がある可能性を考慮したゲンドウが日本政府に特務権限を用いて通達した。
この点には委員会も賛同したので国連からの要請に日本政府も戦自も内心では不満だったが手を退いた。

「どうする……戦自の殲滅ミスとして報告するか?」

戦自の失策として糾弾する策を冬月は提示する。

「藪蛇にする気はない。
 忘れたか……戦自の諜報がこの街にいる事を」
「寄生生物の件を知られたと考えるのか?」
「ああ、向こうもそう甘くはないだろう」
「そうだな」

逆手に取るつもりが、こちらにとって不利な状況になる可能性が大いにあるとゲンドウが指摘する。
冬月もその可能性を考慮すると険しい表情に変わって行く。
戦自は完全にネルフと敵対関係にあると二人は考えて警戒している。
日本政府と戦自の内部にはネルフとゼーレの頚木がほぼ消失している。
ネルフの意向など知った事ではないというのが現在の状況なのだ。
それは二人にとって頭の痛い話だった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:30 女の戦い
著 EFF


初号機をF型装備に換装して発進の準備を進めているケージで三人の娘達は話し合っている。

「アスカ……頼りにして良いわね」
「まっかせなない! アンタが帰ってくるまでに倒しておくわよ」

気負う事なく陽気に答えるアスカ。
まもなく強敵が襲来する事を知っていながらも焦りはなく、自然体でリンを見つめる。

「二度も同じ相手に負けるようなアタシじゃないわ。
 で、もうすぐ来るの?」
「多分、来ると思う。他の人には感じられないけど私は感じているの……ゼル姉さまの波動を」

真剣な表情で告げるリンにアスカも凛とした面持ちで見つめ返す。
第十四使徒ゼルエル……力の使徒と呼ばれ、エヴァ三機を一蹴しかけた最強の存在。
今度は負けないという気持ちでアスカは昂ぶっていた。


用意が完了して発進して行く初号機を見ながらレイはアスカに聞く。

「怖くないの?」
「……怖いけど、リンはアタシを信じてくれたわ。
 だから、その思いに応えたいわね」

自分が独りじゃないとアスカは理解している。
仲間が信じてくれるなら、その思いに応えたいとはっきりと告げた。

「いざとなったら、命令無視して助けに行くわ」
「……ダンケ」

レイの決意を聞いてアスカは昂ぶる感情を落ち着かせる。
前回の借りを返すという気持ちは確かにあるが、それ以上にリン、レイが自分を頼りにし、信じてくれているという気持ちに応えたいと思っていたのだ。



旧首都再開発地区でファントムの機動演習を行っていたシンジ達は参号機の二度目の寄生の第一報を聞いていた。

「ホント温い事ばかりしてるわね。
 常在戦場って言葉の意味を知らない腑抜けが多いわ」

呆れた気持ちを隠さずにエリィが告げると戦自の士官達も頷いている。
参号機の移動を即座に決めていた時に横槍を入れてきたのはネルフであり、この不始末の責任はネルフにある。
しかしネルフは責任を取らないとこの場に居る者は理解している。

「猪狩二佐……ファントムを動かしますか?」

戦自の偵察機から送られてくる映像で見ながら士官が問う。

「進行方向は第三新東京か?」
「いえ、第三には向かっておりません……第二へ向かっています」
「幕僚本部は?」
「出来る限り速やかに迎撃せよです」
「決まりだな。ファントムを出すぞ」

シンジが席から立ち上がると士官達も即座に部隊に指示を通達する。

「第二の手前で迎撃する。
 どうせ、ネルフが優先権をちらつかせて先に動くだろうからな」

シンジの考えを聞いて、士官達は卓上に地図を広げて部隊の配置を行っている時に連絡が入る。

「ネルフから初号機を出すから手を出すなと言ってきました」
「好きにさせろ。偵察機を使って初号機の分析をさせるぞ」
「了解しました」

初号機は最も実戦を経験しているエヴァと戦自は考えている。
送られてくる情報を基にゼーレがサードインパクトに使用する量産機の性能を予測する必要があるのだ。
見逃すような真似は絶対にしないと誰もが決意していた。


赤城ナオコはシンジからの連絡を受けてファントムのフライトユニットの取り付けに入っていた。
スタッフが慌ただしく動きながらファントムの背面にフライトユニットを接続している。

「03から05の三機に接続させて。それとバッテリーユニットを換装!」

稼動時間を少しでも延ばす為にフル充電してあるバッテリーへの換装を指示する。
ナオコの指示を理解してスタッフも準備を進める。
戦自の士官は本部との連絡を交えながら状況をモニターに映して幕僚本部との意見交換をしていた。
モニターには展開を始めている部隊の状況がリアルタイムで送られていた。

「パイロットは?」

準備を進める中で時田がパイロットの選択を問う。

「エリィとバックアップに二名……時田さんに一任するわ」
「分かりました」

ナオコはエリィをフォワードにして、残りの二名に実戦経験を積ませる心算だった。
時田はナオコの考えに気付いて、戦自所属のパイロットを選択して指示を出していた。
もっとも第二東京に到達する事はないとナオコは考えている。
おそらく初号機……ナオコにとってもう一人の娘とも言える少女が来ると予想している。

「さて……アスカちゃんはゼルにリベンジできるかしら?」

慌ただしく作業しているスタッフとは裏腹にナオコは友人の娘の戦いに思いを馳せる。
前回は良い処を見せずに第十四使徒ゼルエルにあっさりと敗北した。
リンからのメールでは今度は勝てるかもと書いてあり、この戦いの行方が気になって仕方がない。
自分が幼い頃から面倒を見てきたリンはちゃんと相手を観察できるだけの目を与えたし、エリィとゼルが鍛え上げた。
そのリンが勝てるかもと言うのなら、もしかしたら本当に勝てるかもしれないのだ。
見てみたいという好奇心をナオコとは抑え切れなかった。
その感情のままにナオコは手元のキーボードを操作して準備を始める。
……第十四使徒ゼルエル対エヴァ弐号機の戦いを一部始終見逃さないと決めていた。



エヴァ初号機が搭載された全翼機が発進していく様子をアスカは控え室のモニターで見つめていた。
勝てるだろうかという不安を払拭したわけではないが、同じ相手に二度も負けたくないという気持ちはあるし……それ以上にリンの期待に応えたいという感情も ある。
今までは自分の為に戦ってきたが、仲間の為に戦いたいという気持ちがこの胸にある。
戦友と共にこの戦いの結末を変え、きっちりカタをつけて新しい道を作るのが今のアスカの願いでもあった。

(切り札はあるわ……リンに負担を掛けるけどね)

リンは自分の訓練に文句を言わずに付き合ってくれた。
今度はアタシがその成果を見せる時だと思っている。

「アスカ……気負わないで」

レイに肩を叩かれて、ハッとする。
前回も気負い過ぎて自滅した事を思い出したのだ。

「!……そうね。気負い過ぎたわ。
 ったく、アタシもまだまだって事よね」
「そんな事ない。あなたは強くなったわ」
「……ありがとう、レイ」

自分の心配をしてくれるレイにアスカは感謝の言葉を告げると同時に悔やむ。
何故、前回は心を開かなかったのか……心を開いて受け入れていれば、シンジを苦しめる事にはならなかったと思う。
未来は既に変わっているから、同じ事は起きないと理解している。
贖罪という訳ではないが、シンジの娘であるリンだけに負担を掛けたくはない。

(切り札は最後まで温存して勝つ!というのがベストなのよね。
 そして、それが最も難しい相手だから……遣り甲斐はあるわ)

リンが来ると断言した以上は必ず来るとアスカは考える。
努力しただけで勝てるのなら、そこら中に勝利者が存在しているとアスカは思う。

(現実は甘くはないけど、努力しない者に勝利はないのも事実なのよね)

努力した者が全て報われるなどというヌルイ幻想をアスカは抱いていないし、成功するには努力が必要だという点も理解している。

「レイ……アタシ一人で戦うわ」
「どうして?」
「そうね。女の意地もあるし……負けっ放しというのも嫌なのよ。
 くだらないプライドなんだけど、アタシが惣流・アスカ・ツェッペリンである為に必要なの」
「……どうしても自分の手で決着を望むのね?」
「ええ、アンタを頼りにしてない訳じゃないわ。
 この先、負け犬のままで生きて行きたくないってこと」

真剣な眼差しでレイの瞳と目を合わせるアスカ。
一歩も退く気はないと目で物語っているのでレイは観念する様にため息を吐く。

「……我が侭ね。でも、それがアスカだから仕方ないわね」
「悪いわね」
「その代わり約束して……必ず勝つって、絶対にリンを悲しませないと」
「約束するわ。アタシは負けない……絶対に勝つから」

……アスカの意地を懸けた戦いが此処に成立した。


移送中の初号機の中でリンはこの状況を苦々しく思っている。

(ったく、ネルフは軍事組織としては失格ね)
《元が研究機関で軍事組織としては十年も満たないしね》
(違うわ……トップがダメなの。
 最初から軍事の専門家を頭にすれば、ここまでの失態はないよ)
《そうだね。妻の事しか頭にない阿呆だから形ばかりの組織かな》
(作戦部長も似たようなものよ)
《役に立たない大人ばかりだと苦労する》
(ルインお兄ちゃんがいれば、負けないよ)
《当然だろ。リンには指一本触れさせない……それこそがマスターの願いだから》

その一言にリンはちょっと不満を感じてしまう。
お父さんの指示で協力してくれるのは嬉しいが、もしかして自分以外の誰かでも良いのかと考えてしまう。
微妙な乙女心というものに疎かったルインだった。
こういう部分もお父さん譲りなのかもしれないと不機嫌なリンだった。

《もちろん、リン以外の誰かならシンクロする気はないけどね。
 僕が認めたのはマスターとリンだけだから》
(よろしい♪)

リンの不機嫌な波動を感じて即座にフォローするルイン。
こういう部分はシンジにはなかった。
伊達に婆さんの相手をしていた訳ではないとリンが感じた瞬間だった。

『まもなく降下地点に到着』
「さっさと終わらすから回収急いでね」
『了解』

全翼機のコクピットからの通信に気負う事なく告げる。

(さっさと雑魚を退治するから)
《いっそ取り込むかい?》
(棺桶に入りかけている年寄りどもが煩いから却下)
《仕方ないね……動きを封じてアンチATフィールドでどう?》
(それが一番早いかな)
《おそらくね》
『降下地点到達』
「エヴァ初号機、出るわ!」

リンの声と同時に初号機を拘束していたロックが解放されて、落下していく。
番外の使途ではない、リンもリツコも予想していなかったイレギュラーとの戦いの始まりだった。


戦自の臨時指揮所のモニターに初号機の姿が映る。

「あれって、ATフィールドの応用ですか?」

見学に集まっていたパイロット候補生がシンジに聞く。
初号機は降下後、その落下速度から起こり得る衝撃を完全に消し去って……悠然とした状態で大地に降り立った。

「そうだよ。ATフィールドで重力を制御したんだ」

あっさりと告げるシンジに候補生達は初号機パイロットのATフィールドの応用の凄さに感心している。
分析している戦自の士官達も初号機の最強の由縁をはっきりと見せられて驚きを隠せない。

「シンジさんも出来るんですよね?」
「出来るよ。今は出来ないけど、訓練を続けたら君達にも出来るしね」
「じゃあ、フライトユニットって必要なんですか?」

当然のように尋ねる候補生にシンジは苦笑しながら話す。

「要らないって言えば、そうかもしれないけど。
 量産機にはATフィールド発生システムを搭載しないかもしれないんだ……お金が掛かるから」

シンジの答えに戦自の士官達は世知辛いな〜と思いながら聞いている。
何処も予算という問題が付いて回るのが常だけにやれやれと肩を竦めるしかない。
実際に搭載機と未搭載機の製造費の差額を聞いているだけに……シンジの言い分には納得するしかない。
現代戦は数を揃える事が勝利への前提条件だから。

「……へ○ラだな」

戦自の士官の一人の呟きに全員の視線がモニターに向く。
初号機の存在に気付いたのか、寄生生物はゆっくりと立ち上がる?ように見えた。
不定形で人の肌の色に似ながら、ドロドロと焼け爛れたような形をしていて……嫌悪感を感じる。
足らしいものがあるが関節はなく、ズルズルと引き摺るように動いている。

「ウチが戦うとすれば、フィールドを中和して、航空兵力のナパームで焼き払うのが効果的だな」
「……そうですね」
「自分もそう思います」

淡々と告げるシンジの作戦内容に士官達も同意する。

「初号機ならアンチATフィールドを使用して分解が一番楽だな」
「アンチATフィールド?」

聞きなれない言葉に全員の視線がシンジに集まる。
全員の期待を一身に背負ってシンジは答える。

「端的に言うとATフィールドの逆転だ。
 相手の持つATフィールドを消失させて、その姿を完全に維持できないようにするゼーレのサードインパクトの基本骨子だ。
 全ての生命体はATフィールドを展開する事でその形質を維持している。
 それを取り払う事で人類を一つにまとめるのがゼーレの計画するサードインパクトだ」

シンジの説明に臨時指揮所にいる者全員が不快感を如実に見せている。
一応報告書を読んでいたが、はっきりと聞く事で身勝手な連中の計画に怒りが湧き上がる。

「最終的にはネルフを制圧して……初号機と零号機を破棄する。
 他のエヴァはアダムの細胞から作られたが、あの二機はリリスの細胞から作られた。
 どっちも遺しておくと禍根を遺す事に繋がるからな」
「それは……他のエヴァではアンチATフィールドが展開できないって事ですか?」

士官の一人がシンジに気付いた疑問を述べる。
リリスの細胞を用いた機体だけがアンチATフィールドを展開できるのかと。

「そうじゃない。アダムとアダム以外の使徒との接触はインパクトを促すからさ」
「他のインパクトですか?」
「そうだよ。物理的な破壊を促すインパクトだけど……セカンドインパクトと同程度の爆発が起きるのは頂けないね」

シンジの説明に候補生の子供達は今一つ実感できないようだが、セカンドインパクトを生き延びた大人達は複雑な胸中になる。
家族や友人を失った心の痛みに悲しみという感情とその元凶を生み出したネルフの前身機関であるゲヒルンに対する苛立ちや怒り、憎しみ。
そして、その傲慢さを受け継いだネルフ。

「ネルフ侵攻計画もスケジュール通り進んでいるし、量産機を第三新東京市に呼び寄せて撃破すればお終いだ」

シンジの告げる内容に士官達もニヤリと笑みを浮かべている。
自分達の手で正真正銘に世界を救うという作戦を決行する。
口先だけ世界を救うというネルフとは違う事を見せ付ける機会が自分達にはあると知っているのだ。
自分達にはファントムという戦う牙があるから好きにはさせないと決意している。
研究機関上がりのネルフと違い、自分達は覚悟を持って戦うプロフェッショナルという誇りを持っている。
気合十分といった様子で戦意を昂揚させる戦自だった。


「あ〜〜面倒くさいわね」

初号機のエントリープラグ内のリンは不愉快な気分の真っ只中に居た。
見た目もグロいだけではなく、やる気を損なう形なのでイライラしていた。

(周囲に分裂している?)
《その点は大丈夫みたいだよ。僕達が強敵だと判断したのか……結集している》
「さっさと片付けるわ」
《目から光線でも出そうか?》

冗談ではなく、本気でルインは話している。
光学兵器を使って一気に周囲を焼き払うという戦術は悪くない。
中途半端が一番始末に悪いとリンも判断しているので文句を言う気はない。

(外部バッテリーで賄えそう?)
《無理》
(やっぱり……ヒゲは役立たずだわ)
《あれが役に立つようなら世界はとうの昔にマシな世界になっているよ》
(それもそっか)

ATフィールドを広域に展開して、使徒もどきを逃げられないように包囲する。

(アンチATフィールド展開)
《了解》



「……あっさり終わりましたね」

モニターを見ていた士官が複雑な顔でシンジに話す。
使徒もどきの動きをATフィールドで閉じ込めて、アンチATフィールドを使用して赤い液体(LCL)に分解した。
他の士官も初号機の異常さを認識していた。

「アンチATフィールドを地球全体に広げるとどうなるか……理解したか?」

シンジの問いに全員が即座に反応して頷く。
簡単に使徒もどきを分解した場面をその目で見ていた。
ネルフとその上位組織の人類補完委員会はこれと同じ事を人類に行おうと計画しているのだ。
説明もせずに騙し討ちという形を持って。

「警戒態勢を維持しつつ、撤収準備を始める」
「了解」

シンジの指示に従い、士官達は行動を開始する。

「奴らが行おうとする計画には初号機が中心になる」

シンジの独り言めいた話し方に士官達は耳を傾ける。

「第十七使徒戦後、第三新東京市を押さえ……情報を公開する」
『そして地下に潜った連中は力技で初号機を奪い返しに来るわ』

暗号通信でシンジの語りに合わせてエリィもこの後の展開を物語る。

「アダムは既に廃棄した事を奴らは知らない」
『そしてリリスも一部を除いて消えた』
「彼らの妄執は既に叶う事はない」
『精々踊り狂って……犠牲になった人の分まで絶望を見せてあげるわよ』

ちょっと退きたくなる様な寒気を感じさせる二人の言い様に焦るが、セカンドインパクトを体験した士官達は心の何処かで怨みを晴らせるのだと感じていた。
……セカンドインパクトのおかげで失った家族が居ない方が稀有なのだ。
そう……誰もが何かを失っていた。

「そういう訳でウチの役目は重要だから職務に励むように」
『サードインパクトを阻止するんだからね』

二人の声に真剣な表情で頷いていた時、

「大変です! 第三新東京市に第十四使徒が出現しました!!」

通信士からの報告に臨時指揮所は騒然とした。

「け、警戒システムはどうなっている!?」

士官の一人が慌てて問い詰める。
第三新東京市周辺の戦自の警戒網は強化していた筈だっただけに驚きを隠せなかった。

「そ、それが突然現れたそうです」

通信士がモニターに出現時の哨戒情報を映し出して、その場にいる士官達に見せる。
時間経過と共に忽然と現れた第十四使徒――ゼルエル――の存在を知って唸っていた。

(アスカの戦いが始まるな……無茶しないと良いんだけど)

シンジはこの後の展開を予測しながら対応策を練り始めていた。
手元の受話器を取って、

「ナオコさん……ファントム出せます?」
『01のメンテナンスが終わっているから出せるわよ』

今後の展開を予想して楽しそうに話すナオコに、

「じゃあ、準備だけお願いします」
『あら、すぐに出ないの?』

クスクスと面白そうな声音で話すナオコにシンジも釣られるように笑みを浮かばせる。

「インパクトは起きないんですから慌てる必要はないでしょう。
 むしろ、ネルフの主張が間違いだって反論出来る良い証拠になりますよ」
『素直じゃないわね……アスカちゃんの邪魔したくないって言ったらどうなの?』

アスカがリベンジしたがっている事は付き合いのあったシンジにはお見通しなのだ。
ナオコがその点を指摘すると、

「どっちに転んでも、こちらには面白い展開になりますから」

シンジは大まかな未来予想を告げる。

「アスカが勝てば、問題なし。
 アスカが負ければ……レイを出すでしょう?」
『そうね。出さなきゃ……インパクトが起きるから』

ゲンドウは自分の手元にあるアダムが本物だと思っている。
弐号機が負ければ、大慌てで凍結処分を解除して零号機を向かわせる筈なのだ。
シンジの手元のモニターには急いで初号機を帰還させるようにミサトが指示を出している姿が見えている。

「老人達にも少々慌てて貰わないとね」
『今回の不手際で亀裂が更に広がるわよ』

ゲンドウとゼーレの間の不信感は最初からあったが、リツコのゲンドウへの面従腹背で大きな溝になりつつある。

『殺されはしないと思うけど……解任されるかもね』
「それもまた一興です。人類補完計画を使って自分の願いを叶えようとして挫折……絶望するのも面白いじゃないですか。
 それに真相を明らかにすれば……何処にも逃げられませんよ」
『好き放題やって来たツケを払わせるのね』
「そういう事です」

ゲンドウへの監視は万全の状態だから逃げる事も身を隠す事も不可能だとシンジは告げている。
一応、覚悟はしているみたいだが……だからと言って願いを叶えさせる気は毛頭ない。
散々踏み躙ってきたツケを「すまなかった」の一言で終わらせる気はシンジの頭の中にはなかったのだ。

『じゃあ、01の準備は出来ているから誰を出すかは一任するわよ。
 ついでに02の用意も始めるから』
「お手数をお掛けします」
『いいわよ……私もアスカちゃんの戦いを見たいから』

ナオコが気にするなというニュアンスを告げて会話を終える。
戦自の準備は整い、シンジは余裕を持って観戦に回る。
アスカのリベンジをその目で見る為に……。



発令所内は緊迫した様相を見せていた。

「ちっ! 何でこんな時に来んのよ!!」

ミサトが苛立つように舌打ちして指示を矢継ぎ早に繰り出している。

「初号機の回収を急がせて! 弐号機の発進準備を!!
 司令! 状況的に時間を稼ぐ必要もありますのでジオフロントで戦います!!」

市民のシェルターへの避難誘導を急がせながら、ミサトは事後承諾という形で準備を進めていた。


最上段の席で冬月はゲンドウの問う。

「良いのか、碇?」
「問題ない。初号機がないのは事実だ」
「委員会を刺激をするのは不味いが……零号機の準備もしておくか?」
「……そうだな」

多少、間があったがゲンドウは冬月の進言を受け入れた。

「ギリギリまで出さんようにな」
「分かった」

但し老人達の意向を気にした発言ではあったが、冬月もその点は同意していた。
二人が一応の妥協案を出していた時に大画面の正面スクリーンに第十四使徒の姿が映し出された瞬間、胴体の顔に当たる仮面から光が放たれて……地面が吹き飛 び大きく揺れていた。

「な、何が起きたの!?」
「1撃で第17装甲板まで貫通!!」

発令所まで届いた衝撃を問うミサトに日向が驚くべき報告をした。

「第五使徒の加粒子砲並の威力ね」

リツコは真剣な表情で送られてくる情報を見つめている。
力の使徒の名は伊達じゃないと思うとアスカの負担が気に掛かっていた。

「こんな時に来るなんて」

マヤの不安げな声は発令所の殆んどのスタッフの心情を表していた。

「弐号機ジオフロントに射出!」
「ジオフロント天井部破壊されました!!」

ジオフロントの天井が爆発して、そこから使徒が威風堂々と姿を現した。


(一撃必殺……私の使える最大の技ストライクジャベリンで一気に終わらせる)

ストライクジャベリン――ATフィールドをソニックグレイブの刃先に収束して貫くアスカオリジナルの一撃。
技に名前を付ける事が子供っぽいとアスカは思っていたが、

「名前を付ける事でイメージし易くなれば便利でしょう」
「ガキっぽくて好きじゃないんだけど……」
「技を出す瞬間に叫ぶ必要はないわよ。
 大事なのはイメージを重ねて最適化する方がフィールドの展開が楽なの」
「そんなものかな〜〜?」

等とリンにぼやいていたが、実際に試してみると効果はあった。
フィールドの収束のイメージは徐々に早くなり、収束率も段違いに上がり破壊力も比例するように上昇した。
この一撃で仕留めるのがベストだとアスカは考えていた。

『アスカ! 行けるわね!?』
「行けないって言ったら帰らせてくれるの?」

からかうようにミサトに告げると発令所全体が静まっていた。
ミサトが肩を震わせて怒鳴り返そうとするのを見ながらアスカは告げる。

「安心しなさい……負ける気はないわよ。
 集中したいから雑音を聞かせないように黙って」
『だ、だからってね!』
「ジオフロントに強襲された時点で作戦なんて立てられないでしょ!」

後が無いって事をはっきり告げられたミサトは不愉快な顔で黙り込んでいる。

「言っとくけど……ガチやれって言うんならお断りよ」
『なんでよ!?』
「装甲版をまとめてぶち抜くような火力の前に身を晒すなんて自殺行為じゃない!!」

アスカのまともな意見に発令所のスタッフは納得していた。

「ミサト! アンタ、バカァ!!」
『あ、ああぅ』
「リツコ! とりあえずありったけの武器をそこら辺にばら撒いといて!
 後は適当に拾いながら戦うから!」
『分かったわ!……無茶しないでよ。
 それと今のシンクロ率110%になっているからこれ以上は上げないように!』
「ダンケ!」

気遣ってくれるリツコに礼を言って、アスカは弐号機をゼルエルの側面に回り込むように動かす。

(油断しているうちに一撃を決める!!)

弐号機の存在を感知しているが、まだ睨み合いの状態のまま終わらせる心算だった。
正面からのガチンコだけは絶対にしてはならない事をアスカは知っている。

(天才はね、同じミスをしないから天才なのよ!)


発令所では自分の指揮を離れ始めていたアスカにミサトが憤っていた。
確かに正面から戦わせようとミサトは思っていたが、アスカにやり込められるように言われたのでスタッフの視線が痛かった。

「日向君! ありったけの火器を使って支援するわよ!」
「マヤ! ジオフロント内に近接戦の武器を優先で射出して!」
「「りょ、了解!!」」

ミサトとリツコが殆んど同時に指示を出して日向とマヤが操作を開始する。

「なんで火器を後回しなのよ!」
「フィールドを収束させた攻撃の方が威力があるからよ!」

ミサトの苛立つ声にリツコが即座に説明する。

「アスカがヒットアンドウェイに徹するなら一撃の破壊力のある手段を用いる武器の方が良いじゃない」
「それなら銃器を使用させれば良いじゃない!」
「兵装ビルで支援すれば十分でしょう。足止めさせて一撃で仕留めるのがベストよ」
「はん! そんなのあたしの趣味じゃ……」

ミサトの声を遮るように首筋にリツコ謹製ネコ印の注射器が添えられていた。
注射器内は毒々しい紫色の液体が入っている。

「目的と手段を履き違えないでよ。勝てなければ……サードインパクトよ」
「リ、リツコ?」
「リッちゃんの実験室の空きが丁度あるから入ってみる?」
「イ、イエッサー」

有無言わさない雰囲気でミサトの戯言をリツコは封じた。


「……赤木君は大丈夫なのか?」

最上段でミサトとリツコの会話を聞いていた冬月は一抹の不安を感じてゲンドウに聞く。

「勝てば良い……それだけだ」
「リッちゃんの実験室とはなんだろうな?」
「問題ない。入るのは葛城三佐だ」
「その次は碇だな」

断定するような口振りで話す冬月にゲンドウは脂汗を流しながら沈黙していた。


ゼルエルの側面から一気に強襲を掛けようとした弐号機。

(チャンス!)

アスカはゆっくりと弐号機の方に身体を向けようとしているゼルエルに加速して行く。
ゼルエルと正面から向き合った瞬間、弐号機は跳躍する。

(ストライクジャベリン!!)

頭の中で叫びながらアスカはゼルエルの頭から一気に貫くという攻撃を選択した。
ソニックグレイブの刃先に一気に収束されるATフィールド。
そして音速を超えるスピード突き出される攻撃に、

「しくじった!?」

僅かに軌道が逸れてゼルエルの左肩から腕を削ぎ落とす形でアスカの先制攻撃が決まった。

「ちっ! 片腕を切り飛ばしただけでもラッキーと思わないと」

アスカは即座に弐号機をゼルエルから離脱させる。
本当はもう一撃加えたかったが、集中力が追いつかない欠点があったのでゼルエルの背後を取ろうとする。

「ヤバッ!」

パタパタと折り畳んだ紙を伸ばすように薄っぺらい腕を延ばした瞬間、アスカは反射的にサイドステップを行う。
次の瞬間、弐号機がいた場所に鋭い刃を化した右腕が何もない空間を切り裂くように突き出されていた。

「後ろにも出せるってわけね!」

前回は正面しか出していなかった攻撃を背面に出してきたゼルエルにアスカは険しい目つきで睨んでいた。

「いいわよ! 何度でも叩き込んであげるから!!」

気合十分と感じさせるアスカの声に反応するように弐号機の眼が煌々と輝いていた。


「……やるわね、アスカ」

発令所のスタッフは弐号機の一撃に目を奪われていた。
ただ一人、リツコだけが現在の状況を厳しい眼で見つめている。

(不味いわね……あの一撃が決まらなかったのは痛いわ)

出来れば、今の一撃で決めて欲しかったのだ。

「アスカ! ソニックグレイブの耐久性を考慮して三度目には別の武器に変更して!」

リツコはアスカの一撃の破壊力をシミュレーションしていたので、ソニックグレイブの耐久性に危機感を抱いていた。

「どういう事、リツコ?」

このまま勝てると考えていたミサトはリツコの指示を不思議そうに問い返した。

「あの技は武器にも負担が掛かるのよ。
 多分、三回が限界……四回目にはソニックグレイブが折れるわ」
「そ、そうなの」
「ええ、リンだって三回が限度だって判断してるから多用しないの」

正面のスクリーンに映る弐号機とゼルエルの戦闘にスタッフ全員の真剣な眼差しが向かう。
弐号機はゼルエルの左側面を正面として右腕の攻撃と正面の最大の火力を封じようとしている。


(あ〜邪魔よね! このケーブル)

動きを制限されるアンビリカルケーブルのせいでさっきの攻撃がズレたとアスカは気付いた。

(ツイてないわね……ミサトの呪いかしら?)

ミサトって、下げまんじゃないかとアスカは常々思っている。
リツコといい、加持さんといい……ミサトと友人付き合い始めてから幸せが逃げている気がするのだ。

(あ〜〜やだやだ。縁起でもない事を考えるのは止めよ)

一応牽制で攻撃支援をしてくれているが、

「ゴメン……煙で位置が掴めないから止めて」

アスカの指示に日向が引き攣った顔で攻撃を即座に中止していた。
煙が晴れようとした時、アスカは鳥肌が立った感覚を信じて弐号機を慌てて右方向に飛ばす。

「ミサト、足引っ張らないでよ!!
 アンタ、絶対に下げまんよ!!」

思わず怨嗟の声を上げながら、ゼルエルの光線を回避していた。


アスカのセクハラ発言にミサトは怒り心頭だった。

「あ、あんた!! いきなり何言ってんのよ!?」

だが一部のスタッフはこの発言にどこか納得していた。

「碇、事実だと思うか?」
「……可能性は高いな」

「先輩……私は間違いないと思うんですが」
「実は私もそうじゃないかと思うのよ」

「葛城さん……僕は信じてませんよ」
「マコト……お前はいつも尽くすな」

『ケーブルが切れた! 予備の位置教えて!』

アスカの声にマヤが即座に交換ケーブルの位置を提示する。

『この一大事に人の運吸い取らないでよ!』
「取っちゃいないわよ!!」

「……意外と余裕ありそうね」
「アスカちゃん、もしかして現実逃避しているんじゃ?」

ミサトを除くスタッフ全員がアスカの無事を祈っていた。
発令所のスクリーンには無傷の弐号機が映っているが、リツコの視線は険しい。

(不味いわね……アスカは上手く太刀回っているけど)

不安要素が徐々に浮き彫りになっている。
アスカの精神的疲労はまだ出てないが、このまま状況が膠着すれば間違いなく現れる。

(シンクロ率の高さも気になるわ……)

シンクロ率400%の意味は既に教えてある。
今のところは110%前後で安定しているが……一気に上昇する可能性も捨て切れない。

「マヤ、フィードバックに注意して」
「わ、分かりました」

リツコの指示に意味を悟ったマヤは真剣な表情でアスカのシンクロ率の推移に注意を払う。
100%を越えた時点で何が起きるか予測できない。

(ア、アスカちゃん……こんな事言っても矛盾だけど、無理はしないでね)

以前、綺麗事ではないとリツコに注意されたので、多少だがマヤは今の自分を置かれている立場を冷静に見つめている。
ネルフの存在意義を否定するような事を言う気はないが、内心では戦自のファントムに頑張って欲しいとも思っている。

(潔癖症は辛いって先輩に言われた時はあまり良く分からなかったけど……もう汚れているんだ)

子供を戦場に立たせている……その重みをマヤは感じている。

(私は葛城さんみたいに割り切れないよ)

仕方ないで済ます事が出来ないと思う自分がいる。

(このまま司令達の言うがままに動けるでしょうか?)

チラリと一瞬だけ最上段と隣にいるミサトに向ける。
尊敬する先輩を追いかけてネルフに入ったけど……怖くなってきた。

(もしも戦自と戦う事になったら……)

その先を考えたくないので、今はその考えを振り払って仕事に集中する。
逃避――今のマヤに出来るのはその位だった。


「舐めんじゃないわよ!」

右手が伸びてくるのに合わせてストライクジャベリンで対抗する。
ゼルエルの右腕の中程まで切り裂いてソニックグレイブは……悲鳴を上げるように音を立てて中心から砕き折れた。

「次!」

エントリープラグ内に表示されている情報を元に同じ武器を探して手に取る。

「だから、見えなくなるから撃つなって言ってんでしょうが!!」

支援攻撃で視界が無くなるから止めろと言うのに下げまん女は止めない。

「こっちの言う事を聞きなさいよ! 色ボケエロ眼鏡ぇ―――!!」

ブチ切れて叫ぶアスカは一瞬だけ視線をゼルエルから外してしまう。
煙の中から閃光が弐号機に走った。


「ア、アスカっ!!」

リツコの叫びと同時に弐号機の左腕が弾け飛び……千切れた。
プラグ内のアスカの左手もフィードバックの影響で……ブツリと千切れていた。
弐号機は吹き飛ばされた余波で宙を舞い、ジオフロントの地面に叩きつけられて横たわる。

「マヤ!」
「は、はい……うぷぅ……」

マヤは込み上げる吐き気を必死に抑えながらアスカのメディカルチェックを行う。
プラグ内には千切れた左腕が漂っていた。千切れた部分から流れ出す血液がプラグ内を赤く染め上げていく。
歯を食いしばって、アスカは痛みを堪えながら使徒から目を離さずにいる。

「下がってアスカ! レイを出すから!」
『だ、大丈夫……まだ……やれるわ……』
「無茶言わないの!」
『お願い……戦わせて。アタシはまだ……負けていないのよ』
「ミサト!」

リツコがミサトに止めさせろという視線を向けるが、

「……行けるのね?」
『ええ……最後まで…戦うわよ』

非情とも言える問い掛けを行っていた。

「アスカ!?」
『大丈夫……居心地良い場所を失いたくないのよ。
 レイがいて、リツコがいて……生意気なリンがいて……楽しいのよ』

ゆっくりと立ち上がり、ふらつくような挙動をしている弐号機の中でアスカは誰に言うわけでもなく話しかけている。
ゼルエルは既に興味を失いかけたのか……弐号機と相対していたが何かを探っているようにも見えた。

『ママに逢えたら……胸を張って言うの……親友が出来たって……。
 もう独りじゃないし……強くはないけど…弱くもないってね』
「ア、アスカ? 止めなさい!? それはダメよ!!」

アスカが何をしようとしているのか、理解したリツコは慌てて制止の声を掛ける。

『ママ、ゴメン。また力を貸して……守りたいの……失いたくないの……』
「アスカ! マヤ! シンクロを切って!」
「せ、先輩――止まりません。ダメ! 上がらないで!!」

ヒステリックに叫ぶリツコ、マヤの師弟に驚きながら、シンクロ率の上昇の果てに何が起きるか気付いた者は恐怖する。
プラグ内のアスカが目を閉じると同時に懐かしい声が心に響く。

《アスカちゃん……》



『……ママ……ありがとう』

弐号機――惣流・キョウコ・ツェッペリンの……覚醒だった。


娘の願いに応えるように弐号機は咆哮する。
アンビリカルケーブルを引き千切るようにして、ゼルエルに向かって疾走する。
残っていた右腕にATフィールドを収束させてゼルエルの右腕を切り裂き……自分の左肩に繋げる。
繋げた部分が泡立ち、瞬時に復元されると再び光線を発射しようとしたゼルエルの顔に拳を叩きつける。
その勢いのままにゼルエルを押し倒すとその身体に跨って何度も拳を身体に叩きつけていく。

「何よ、あれ?……圧倒的じゃない」
「覚醒したエヴァは私達の制御から離れるわ……キョウコさんは何をする気かしら?」

右手を手刀にしてゼルエルの身体を貫き、身体の中を探るように蠢かす弐号機。
左手は弐号機の胸部の装甲板を引き千切ろうとしている。

「……そう、アスカの戦いを援護するのね。
 キョウコさんはやっぱりアスカの母親なのよね」

誰にも聞こえないような小さな声でリツコは呟く。
血に染まった右手はお目当ての物を見つけて取り出す。
赤く染まり蠢くゼルエルの臓器を弐号機は自身のコアに宛がい同化させる。
エヴァンゲリオン弐号機が活動時間の制限を無くし、無限の活動時間を得た瞬間だった。


「……碇、これはシナリオ通りと言えるのか?」
「……止められますか、先生?」
「無理だな」
「サルベージを行い、セカンドチルドレンを出すしかないでしょう。
 老人達も異物の存在を良しとしません」
「やれやれ……また赤木君の仕事を増やすのか」

冬月がため息を吐いて、今後の状況を予測している。

「老人達が騒ぎ出しそうだな」
「騒ぐだけで何も出来はしませんよ」
「まあ、彼らのシナリオも我々のシナリオも崩壊しかかっているからな。
 ユイ君を取り戻してから……書き直すか?」
「全ては流れのままにですよ、先生」

ゲンドウがかつて冬月にユイが言った言葉を同じように告げる。
そして二人の視線は正面のスクリーンに向けられる。


拳の乱打とS2機関の奪取によってゼルエルは瀕死の状態になっていた。
弐号機は飛び跳ねるように距離を取って天へ向かって咆哮する。


偶々外で弐号機の戦いを見ていた加持は話す。

「弐号機の覚醒と解放……誰の書いたシナリオなんだろうな?」
《ふむ、些か予定とは違いますが……こちらに有利な展開になりそうですね》
「そうなのか?」
《ええ、新たな同胞を迎える事になるかもしれませんね》
「同胞ね?」

聞き捨てならない単語に意識を向ける加持に、

《それより……早く離れたほうが良いですよ》
「なんでだ?」
《弐号機が……派手な事をしますから》
「え?」
《私は大丈夫ですけど……パシリ一号は死ぬでしょうね》

血の気が引く音を聞きながら加持は急いで物陰に隠れる。
弐号機は大きく手を広げて構えるとフェイスガードを開いて四つの眼をゼルエルに向けた。
ほんの一瞬、四条の光が瞬いてゼルエルの身体を炎に染め上げている。

《パシリ一号が精魂込めて作り上げたスイカ畑は炎の海に消えましたね》
「ア、アスカぁ〜〜」

なんとか爆発の衝撃から避難出来た加持はその後に起こった惨劇に涙していた。
弐号機が放った光線の影響で加持が丹精込めて育てていたスイカ畑が炎上しているのだ。

《そろそろ収穫でしたが……残念でしたね》
「お、俺のスイカ〜〜!」
《やはり非合法に作った物にはそれなりの運命があるという事ですか……惜しい事です》
「嘘だと言ってくれ〜〜!!」
《しかし、有機栽培による育て方は奨められませんね……自然のあるべき形で育てるのが一番です。
 育ちは早いですが……スカスカでした》

声の批評を聞いて加持は尋ねる。

「……食べたのか?」
《ええ、ちょうど食べ頃だったので皆と頂きました》
「俺がまだ食ってないのにか!?」
《あなたの私有地じゃないので、私が収穫しても問題ありませんよ》

泣きっ面に蜂という表現がピッタリな加持の憐れな姿だった。

《面白い話があります。
 葛城ミサトは下げまんという噂が出ますが……事実でしょうか?》
「……な、何を言うやら」

リエの問いに動揺を隠し切れない加持だった。

《ふう、全焼ですね。やはり天は悪を見逃さないみたいです。
 焼畑農業に切り替えますか?》
「……くっ! 俺は諦めんぞ!」
《不法使用ですから、そのうち情報を送り処分させましょう》
「あんたは鬼か!?」
《失礼な……私は鬼ではありません。正義を尊ぶ天使です》

絶対嘘だと思いながら加持は畑の再建計画を立てていた。


弐号機はゼルエルの殲滅を確認するとその身体を休めるように片膝を地面に詰めて座っている。
発令所のスタッフは覚醒したエヴァの実力に怖れを抱いていた。
制御を離れたエヴァ……それは紛れもなく使徒と同等の力を持つ存在だったから。











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どうもEFFです。

いや〜難産でした。この話を書くのに二週間は優に掛かりました。
常時接続のADSLに変更して、他のサイトのSSばかり読んでいましたから自業自得かもしれませんが(汗ッ)
ストックがなかったらマジで投稿止まってました。
いよいよ次回は新たなオリジナル使徒――処罰天使「天災」の意味を持つマカティエル戦への準備です。
第三新東京市に突如発生した異常気象による濃霧。
霧の中に倒れ行くネルフの職員達。
奪われた記憶、そして復活する第三使徒サキエルの姿を模した使徒から始まる再生使徒軍団プラスエヴァンゲリオンもどき。
弐号機の中で眠り続けるアスカ、凍結されている零号機。
たった一機で迎え撃つ破目になる初号機。
リンのピンチに現れるのは……親馬鹿シンジか、それとも肝っ玉お母さんエリィか?
五体揃ってエヴァレンジャーのお目見えか!?(冗談ですから信じないでね)
下げまんの証明をミサトはするのか?(これ結構、重要かも)
後、加持の農場は焼畑農場として復活するのか?(まあ、それほど重要じゃないか)
リッちゃんの実験室の扉を潜るのは誰か?(多分、ミサトだろうな。やめろ、○ョッカー?……雰囲気的には仮面ノ○ダー?)

それでは次回もサービス、サービス♪(ハイテンションになった後書きは久しぶりだよな〜〜♪)


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