赤木リツコは今日も残業が決定してた。
「セカンドチルドレンのサルベージは絶対に成功せよ」という上役二人の我が侭に技術部の苛立ちは積もるばかり。
慎重に期さなければならない問題を急がして、しかも成功しろと厳命する。
日に日に荒んで行くリツコの雰囲気に技術部スタッフ一同はゲンドウへの恨み言を増やしている。
葛城ミサトはリツコの執務室に足を運ばない。
技術部スタッフ一同は足を運んで、リツコのストレス解消になって欲しいと願っている。
……リッちゃんの実験室。別名魔女の釜の蓋が開く日は近かった。
スタッフの脳裏には第一位が葛城ミサトで、第二位は司令である碇ゲンドウだと予想していた。
一説には大穴で副司令冬月コウゾウではないかとも囁かれていた。
心あるスタッフはサードダッシュの行動如何でリツコが落ち着くと思っているが……司令達を助けるわけないだろうとも思っていた。
……やはり日頃の行いが物を言うと誰もが感じた瞬間だった。

伊吹マヤは……重い足取りでリツコの執務室に向かう。
敬愛する先輩の仕事の協力に否を言う気はないが……あの重い雰囲気の仕事場には行きたくないとその背は物語っている。
その姿を見る関係者は餓えた狼の家に飛び込む赤頭巾ちゃんを連想していた。

「だ、誰か……助けてよ〜〜」

涙目で歩くマヤが可愛くて、お持ち帰りしたい青葉シゲルだが……、

(すまない、マヤちゃん……無力な俺を許してくれ)

リツコが怖くて何も出来ずにいた。
マヤの好感度アップと自分の身の安全を考慮すると何もできない弱々のシゲルだった。
春遠からじ……青葉シゲルの春はまだまだ先のようだった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:31 幻想と現実
著 EFF


「アスカもやってくれるわね」

弐号機の前でリンは呟く。その表情は怒っているというより呆れているといった感じだった。
胸部の装甲板はなく、フェイスガードの一部は融解しているボロボロの弐号機だが、今まで以上の存在感をスタッフは感じて目を逸らせない。
……何時、自分達の制御下を離れて、再び動くのかという不安を隠せないのだ。

「ごめんなさい。止めるべきだった」

隣に立っているレイが申し訳なさそうに話す。
待機はしていたから強引に出るべきだったかとレイは胸中穏やかになる事が出来ない。

「お姉ちゃんの所為じゃないよ。
 悪いのは状況判断の出来ないヒゲと背後霊に……専門家のくせにダメなビヤ樽オバサンよ!」

弐号機の胸部装甲板を取り外し、国連査察団の査察の準備を執り行なっていた整備班の面々はリンの声に同意して頷いている。
レイはエントリープラグ内で準備を執り行なっていたのに凍結処分を解除しなかった。
無論、危険性も十分承知しているが二機使えば、あんな事態にはならなかったと思っているのだ。

「これで動かせるのは初号機のみ……上の三人が馬鹿だから忙しくなりそうね」

人類補完委員会は弐号機の凍結処分を即座に申し渡していた。
そしてセカンドチルドレンのサルベージも急ぎ執り行なうように通達している。
勝つには勝ったが、戦力は凍結されて使用不可では意味がない。一歩進んで、二歩後退……それが今の本部の状況だった。

「後三体……じゃないか」
「……違うの?」
「新しいお姉ちゃんが来るみたいなの」
「……そう」

周囲のスタッフに聞かれないように二人は小声で話している。
レイはリンに負担を掛ける事になると思うと沈んだ顔になる。
零号機の凍結処分を解除して欲しいと思うし、アスカの安否も気に掛かる。
弐号機のプラグ内の映像を見た時、レイは自身の選択を後悔していた。
そこには千切れたアスカの左手がLCLで満たされた内部に漂っている。

「アスカの意志を尊重したのは間違いだった」
「違うよ……アスカは戦士でもあるの。
 アスカの戦いを汚す事の方がアスカは怒るよ」

戦いを汚す……アスカは自分の意志で一人で戦うと言った。
その意志を裏切るような真似をしてはいけないとリンは諭すように告げる。
聞いていた整備班のスタッフも複雑な胸中だった。

「それにアスカは必ず還って来る」

自信満々にリンはレイに話す。
その顔には確信したかのように絶対の自信が見えていた。

「お母さんと二人っきりの退屈になりそうな世界にアスカは満足しないわよ」
「……そうね」
「キョウコさんを引き連れて……飽きたから出てきたわ〜なんて悪びれずに言うわ」

クスクスと笑いながら話すリンにレイもありえる話に笑みを浮かべてしまう。
聞き耳を立てているスタッフもアスカらしいと思うと笑いを抑えるのに必死だった。

「それにアスカは、私を親友だって言ってくれた……もし私がピンチになったら助けてくれるのが今のアスカ」
「私もリンのピンチには助ける……大切な友達だから」
「だから私は心配しないで待っている……アスカは必ず還って来ると信じて」

良い話だと整備班のスタッフは黙って聞いている。
リンのアスカを思う気持ちを知って、ビヤ樽こと葛城三佐に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだと思っていた。

「さあ、レイ……リツコお姉ちゃんのとこに行こうか?」
「そうね。仕事を手伝ってあげないと」
「苦労している人が報われないのは嫌いなのよ。
 自分から苦労を買って出る人もいるけど……押し付けられる苦労っていうのはとっても嫌いなの!
 司令室で踏ん反り返っている連中はそのうち報いが来るとして、ちょっと休ませてあげないとね」

ホント、ええ子やな〜と整備班スタッフ全員の心の声が一致している。
司令も副司令も役に立たないとハッキリと実感しているネルフ技術部スタッフだった。

「でも、その前に作戦部のエロ眼鏡に苦情を言っておかないとね」
「アスカの足を引っ張った馬鹿ね」
「そういう事。アスカは視界を遮られて攻撃を喰らったわ。
 味方の足を引っ張るなんて、どういう了見か聞いておかないとね。
 次の戦いで私の足まで引っ張られたら困るもん」

リンは不機嫌な顔でレイを伴って発令所に向かう。
技術部では作戦部の日向マコトの評価は著しく低下していた。



発令所に入ってリンがまず一言。

「邪魔するわよ、エロ眼鏡くん」
「それはどういう意味だい?」

憮然とした顔でマコトが話してくる。

「アスカの戦いの足を引っ張った馬鹿にはそれで十分よ。
 視界を遮るから止めろと言ったのにどうして同じミスを繰り返すの?」

冷めた視線で作戦のミスを指摘するリン。

「ビヤ樽の指示かもしれないけど……命を張っているのはアスカよ。
 エヴァのバックアップすら満足に出来ないわけね」
「そうね。アスカは相手を見ながら攻撃を回避していたわ」

レイからも非難の声が出たので発令所で仕事中のスタッフも手を止めてマコトの答えが聞きたくなっている。

「命令だから仕方ないと言い続けるなら私は指示には従わないで独自で行動するわ。
 必要なら司令にエロ眼鏡くんと葛城ミサトの排斥を進言する。
 諫言一つ満足に出来ない副官に現場の兵士の意見も聞き入れずに足を引っ張る無能な上官なら不要だから」
「私も協力するわ」

リンとレイの意見を聞いてマコトは、

「待ってくれないか……葛城さんだってわざとじゃないんだよ」
「戦争は結果が全てなのよ。敗者の意見は誰も聞かないわ」
「ま、負けてないじゃないか!?」

敗者と言われてマコトは反論するが、

「その為にアスカが弐号機の中で眠っているわ。
 これも仕方がなかったと言う気かしら?」

にべもなく今の状況を伝えるリンにマコトの言い分は跳ね返される。

「いい大人が仕方ない、仕方なかった等と言い続けるのは恥を晒しているものよ」
「無様よね」
「元々期待していなかったけど……本当に失望したわ」

踵を返して発令所から出て行く二人にマコトは口惜しさで歯噛みしていた。
結果を満足に出していない能無し――それがリンが二人に出した評価だった。



その頃、エヴァンゲリオン弐号機のコアに入って行った惣流・アスカ・ラングレーは、

「まあ……ありきたりな風景ね」

自分のいる場所を一瞥して……感想を述べていた。

「いや、心象風景だっていうのは分かるけど……ベタ過ぎない?」

青い空に小高い草原の上にある一軒家というあまりにベタな風景に苦悩している。

「この服装も……まあ悪くないけど」

プラグスーツではなく、白いワンピースを何故か着ている自分の姿が「なんだかな〜」と思っている。
これで可愛い子犬でも連れていれば、一昔前のお嬢様ファッションというべきイメージになりそうな気がしてならない。
自分の母親がそういう趣味なのかと思うと……やや気後れする。
しかも千切れた筈の左手もちゃんと復元されているのには少し安堵しながらも困惑している。

「まあ、とりあえずママに逢って説明を求めるしかないわね」

正直、気が進まないというか……自分のトラウマの中にある光景を思い浮かべて足取りも重くなる。
キョウコにチルドレン選ばれたと報告に行って見た忌まわしき記憶がアスカの心に今も残っている。

「それでも行かないと不味いか……リンとレイに心配させたくないし」

勇気を奮い立たせてアスカは……かつて自分が暮らしていた家へと歩を進める。
母キョウコと出会い、助力を求める為に。

「ここよね?」

かつての生家と同じ構造の家に入り、母の部屋であろうかと思われる場所に立つアスカ。
一応の礼儀としてドアをノックしてから扉を開けると、

「……何、やっているの?」

派手にクラッカーを鳴らし、「アスカちゃん、お帰り♪」の横断幕を部屋の中央に吊り、部屋を様々なアイテムで飾り付けていた……母親惣流・キョウコ・ ツェッペリンがいた。

「あ〜〜ん、せっかく用意したのに喜んでくれないの〜〜」

ジト目で睨むアスカに、これまたジト目で返すお茶目な母がいて……しんみりとした湿った再会にはならなかった。
アスカは自分がイメージしていたキョウコが幻想じゃないかと思い始めている。

「……アタシって不幸かも?」
「あら〜貴重な体験しているのに文句を言うなんてお仕置きよ〜」
「……勘弁してよ」

そして……母親を美化し過ぎたと今更ながら悔やむアスカの苦悩する姿があった。
やはり、アスカの苦労度は加速度的に増えているみたいだった。


キョウコの勧めでアスカは椅子に座る。
片手を一振りして部屋を飾っていた横断幕と飾りが消え去り、アスカが覚えているキョウコの部屋に変わる。

「……便利でしょう?」
「イメージ次第で何でも出来るって事よね?」
「そうよ♪」

娘の理解力の速さにキョウコは嬉しそうにしながらティーセットを想像して出現させた。

「ここなら好きなだけ甘いお菓子を食べても……太らないわよ」
「……それに関しては喜ぶべきね」

差し出された古今東西の甘味処のお菓子を見てアスカは少し機嫌を回復させる。
いつもならカロリーを計算して食べなければならないが、この場ではそんな法則は存在していないらしい。
常々太る事がないリンとレイを羨ましいと思っていたアスカにとって此処は楽園かもしれなかった。

「小さくて泣き虫だったアスカちゃんも立派になったわね。
 あの頃のアスカちゃんは夜鳴きをしてはおねしょばかりしてたから」
「……お願いだから、本人も覚えていない恥ずかしい事を言わないで」

二人は楽しそうにして目の前にお菓子を食べ始める。
言い知れようのない幸福感を感じていたアスカにキョウコが笑みを浮かべて話す。
そんな覚えてもいない話に頭を抱えるアスカはキョウコに言わないように嘆願する。
もし、リン達に知られたら、リツコのようにナオコに幼少時の事を暴露されて赤面物の二の舞になる。
そんなこっぱずかしい真似は絶対に回避したいのだ。

「えぇ〜〜」

不満気な顔でアスカに言いたげなキョウコを、アスカは氷のような冷たい視線で黙らせようとするが、

「あんなに可愛かったアスカちゃんが〜〜怖くなったわ。
 ……時の流れって残酷なのね」
「どういう意味よ! アタシは今も昔も変わっていないわよ!!」

言われ無きキョウコの感想にアスカの非常に細い堪忍袋の尾が切れた。
これが後々まで続くアスカとキョウコの微妙なズレと、そのズレから起こるキョウコのボケに対するアスカのツッコミの始まりだった。



「で、ママ。今の状況ってどうなっているの?」

肩で息をしながらアスカはキョウコに現状を尋ねる。

「ナオコがマギを使って外界の情報をこっちに流してくれているわ」
「アタシは知らないけど?」
「弐号機は私がベースだから」
「そっか」

キョウコが弐号機その物とハッキリと告げたのでアスカは一応の納得をしている。

「それにしてもナオコってズルイわよね」
「なんで?」

意味がよく分からないと言った感じでアスカがキョウコに聞く。

「だって、ナオコだけ若返るなんてずるくない?
 ママだって、若返って人生エンジョイしたいもの」
「……パパ、どうすんの?」
「私が弐号機に入る前から浮気している人なんて……ポイッて事で」
「……あっそ」

両親の事に関してはドライに割り切っているアスカは特に気にも留めていないが、次の一言には黙ってられない。

「それにしても……シンちゃんって格好よくなったわね」
「……なんで、シンジが出てくるわけ?」
「アスカちゃんの新しいお父さんにってどうかしら?」
「は、はあ〜〜!?」
「でも、アスカちゃんのいい人取ったら不味いわね」
「って言うか! あいつは結婚してるの!!」
「そうなのよね……残念だわ」
「まさかとは思うけど……アタシをからかっているの!?」
「やあね……そこまで意地悪じゃないわよ」

絶対に嘘だと思うアスカだったが、如何しても確信に迫る必要があったので真面目な顔で問う。

「ママは還って来たの?」
「いいえ、私は還って来てないわ。
 多分だけど……アスカちゃんを還すので精一杯だったの」
「そ、そう……」

此処にいるキョウコは自分が知っているキョウコとは違うと思うとアスカの表情が曇る。

「でも、私は私でアスカちゃんはアスカちゃんよ。
 何があっても私はアスカちゃんを守るし、アスカちゃんのママである事に変わりはないわ」

毅然とした顔でアスカは自分の娘だと告げるキョウコに、

「……ありがとう、ママ」

万感の想いを込めて答えるアスカだった。

「その代わり、二人でシンちゃんをワケワケしましょうね♪」
「……お願いだから、アタシを困らせないで」

頭を抱えながらアスカはナオコが話していた"お茶目なキョウコ"の意味を嫌になるくらい感じていた。

「これも全部……ミサトの所為よね」
「葛城博士のお嬢さん?」
「お嬢さん?……あんなの下げまん女で十分よ!」
「そう……アスカちゃんは上げまんになってね♪」
「セクハラ発言しないでよ!」

自分のセクハラ発言は棚に上げて叫ぶアスカだった。



明かりが消えた暗い部屋だった司令室にモノリスから光が漏れ出していく。

『今回の件は誰の意図だ?』

モノリスNo.1――キール・ローレンツの声と同時に複数の非難の声が出る。

『然様、どういう心算だ?』
『セカンドチルドレンが何故、母の名を呼んだ?
 チルドレンに情報を公開せよとは申しておらぬ!!』
『そうだ! 明らかにこれは我らのシナリオとは掛け離れている!!』

ゲンドウの失態として全員が認識しているのか、その口調も詰問気味だった。
想定外の事態を彼らは快く思っておらず、現場での最高責任者として目の前の碇ゲンドウに過分な権限を与えて計画を行わせているのだ。
しかし、リツコの報告ではゲンドウは自分達との思惑とは違う動きをハッキリと示し始めている。
元々信頼関係が無く、利用し合うだけの両者なので徐々に亀裂は深まり……、

『今までの君の取った行動は評価しよう……だが、ここ一連の不手際は看過出来ぬ』
「では、どうしろと?」

ゲンドウもまた苛立ちを隠せずにゼーレのメンバーに問う。

「あれは明らかに暴走の果ての結果です。
 零号機を凍結された以上は弐号機で迎撃するしかないではありませんか」
『そこが問題なのだ』
『何故、初号機を外へ出した?』
『第十四使徒が来る期日が差し迫っていたのは明白だろう』

スケジュールはお互い知っている。
この場合、初号機ではなく、弐号機を外へ出すべきではなかったかと彼らは指摘する。

「確かにその点は分かっておりましたが……作戦部長の方針を強引に変更すれば」

ネルフ内部での葛城ミサトの信用はガタ落ちを指摘して、ゲンドウは意見をすり替えようとする。
葛城ミサトを作戦部長に抜擢するように示唆したのはあなた方だと言わんばかりに。

『それこそ愚問だな。
 何の為に過剰な権限を与えていると思う。
 彼女が役に立たんのであれば……何故報告せん?』
『我々とて報告を受ければ、現場の意見を頭ごなしに拒否はしない』
『然様、こちらから計画を理解している人物を送る事も考えるのだ』

それが嫌だからと言えないゲンドウは、

「しかし、死海文書の記述を変える訳には……」
『第三使徒戦で大きく狂っておるではないか?』
『本計画の要になる筈のサードチルドレンを失った以上は計画の修正も必要だろう』
『記述とて僅かにズレはある……その点を考慮して修正するのも君の仕事だ』

最初からゲンドウの言い分など彼らは聞く気がない。
責任の所在をゲンドウに押し付け、失点とする為にこの場を設けただけなのだ。

『今後はきちんとした報告をする事を願うぞ。
 さもなくば、その席から退いてもらおう』

キールの最後通牒とも言える宣告で彼らのモノリスから明かりが消え、部屋は静寂を迎える。
後に残されたゲンドウは勝手な老人達への苛立ちを抱えながら沈黙を保っていた。


ゲンドウに警告を発した後、彼らはゲンドウを除いた状態で意見を交わす。

『此度の暴走は初号機と弐号機の位置付けが変わったという事だな』
『おそらくそうでしょうな』
『初号機があれば、おそらく初号機が覚醒したと赤木博士が報告している』
『赤木博士が管理しているとはいえ、あの男の手元に生命の実を得たエヴァがあるのは気懸かりだ』

ゲンドウは信じていないが、リツコは信じていると言ったふうに一人が話す。
マメに報告してきて、正確な情報を押さえる事が出来る事に貢献しているリツコの信用度は意外と高い。
逆に報告を詳しく行わないゲンドウへの不審感は日を追う事に増えている。
やはり、これは比較対象があるからかもしれない。

『やはり十三番目というのはユダと言った次第か?』
『最後の最後で裏切るのは間違いないな』
『一応、近しい者に警告を兼ねて探りを入れるべきでは?』
『鈴を使い捨てに……いや、赤木博士へのコンタクトを取った功績を考えるとまだ使い道があるか?』

リツコのおかげで加持の命運は若干変わっている様子だった。

『どちらにせよ。事情を知る者を呼ぶ必要はあるな。
 だが、鈴はまだ切り捨てるべきではないと判断するべきだろう』

キールの提案に反対する者はいなかった。
こうして一つの計画が予定通り行われようとしていた。




まるでパリコレに登場するモデルのように、その二人の女性は優雅に華麗に自身の輝きを放ちながら歩いている。
ただ違うのはバックミュージックが銃声という雅さもなければ、飛び交う怒声も二人の放つ……輝きを台無しにしていた。

「まだ……機嫌が悪いの?」
「当たり前だ。リリスの複製体の初号機なら我慢出来るが……まさか半端物の弐号機に負けるなど」

鈍い光沢を放つ銀髪をボブカットにして、鋭き眼光をレイバンで隠している女性――ゼルエル――がエリィに告げる。
身長はエリィと同じ170センチくらいで、鍛え抜かれた躍動感溢れるスタイルを持ち、纏う空気は鋭く研ぎ澄まされた戦士の姿を彷彿させる。

「でもね、シンクロ率400%の危険を冒してまで貴女に勝ちたいと願ったのよ」
「……その覚悟は認めてやるが、悔しいものは悔しいのさ」
「その代わり、此処でストレスを解消すれば?」
「こんな雑魚を相手に解消できるわけないだろ」

ウォーハンマー、戦槌とも呼ばれる1メートル程の長さの武器を片手にその女性は周囲に死を撒き散らしている。
片方は円柱状の槌で、もう片方は円錐状の叩くと言うより貫く事に特化し、穂先が直刃のナイフのような形で作られているウォーハンマーを使用してサイボーグ 兵を文字通り粉砕している。

「なら代わってよ……退屈なの」
「断る。私が戻る前に散々楽しんだだろう?」
「否定はしないけど……」
「シンジ様のお子様を産ませてくれるなら代わっても良いぞ」
「いや、それはちょっと困るわ。
 ゼルが嫌って訳じゃないけど……なし崩し的に一気に進むから」

エリィ自身は他のみんなも嫌ってはいないが、ゼルは戦士としてライバルであり、話の会う友人みたいな間柄だ。
向こうの世界では互いに競い合って力を高める努力も行い、娘リンの訓練にも協力してもらった。
気心知れた友人且つ、シンジ以外に背中を預けても大丈夫と思えるだけの信頼関係を構築している。
他のみんなよりも一つ飛び抜けた親友兼戦友という関係が二人の間にはあった。

「他の皆も望んでいるからな」
「みんなの事も認めているけど……嫉妬深いのよ、私」
「もう一人作った後なら……どうだ?」
「そうね……みんなより一人多いから悪くないわ」

シンジの浮気容認とも言える発言をエリィは複雑な表情でしている。
夫であるシンジが大切なのは変わらないが、家族である彼女達の気持ちも痛いほど理解している。

「女だもんね。好きな人と一つになりたいって思うし……」
「その男の子供を産みたいっていう気持ちもか?」
「そうよ。同じ女で、大切な仲間だから」

会話の内容だけならお昼のワイドショー物だが、彼女らの周囲は血と硝煙の匂いが充満している。
二人はゼーレの施設の破壊に赴き、その戦闘力を遺憾なく発揮していた。
二人とも会話こそ緊張感がないが、周囲の状況を見続ける行為だけは怠っていない。
撃ち込まれる銃弾をATフィールドで受け止めて、コーティングして撃ち返すという作業を自動防御のように繰り返していた。

「ルーチン化された攻撃は飽きたな」
「そうね」

パニック状態の施設の中でも兵士達は必死で攻撃を繰り返している。

「所詮、あれだな。人の命令ばかり遵守しているから、それ以外の独自のパターンを出せないわけだ」
「人形と変わらないわね」

与えられた命令以外は動かないのが、ゼーレの構成員、ゲンドウの部下達だった。

「命令を聞くしか、能が無いっていうのも困り者ね」
「こっちには都合が良いがな」

エリィのぼやきにゼルが自分達の都合を当て嵌めて話す。

「人手が足りなくて、バラバラに動かれると面倒だからな。
 指示通りにしか動かない走狗なら対応も簡単だ」
「頭を潰せば動けない連中じゃあ、雑魚ばかりで退屈なのよね」
「その点に関しては同感だ」
「さっさと終わらせて……久しぶりに手合わせしない?」

エリィの申し出にゼルは、

「ふむ。ここの連中を始末して……この場でやらないか?」
「目は潰してあるし……この施設も破壊する予定だから丁度良いわね」

戦意を持って応えていた。
二人は同時に笑みを浮かべると足早に動き始める。
優雅に歩く女性二人だが、その中身は世界に散らばる獰猛な獣を集めて足しても平気で凌駕する存在だった。

「遊びは終わりだな」
「言っとくけど……ゼルが寝ている間も訓練は継続してたわ」
「ほう、それは楽しみだな。ところで我が弟子リンは……遊んでいるのか?」
「一応修行はしているみたいよ。まあ、まだまだお子様だから遊んでいるかもしれないけど」
「遊んでいるようなら……叩き直すさ」
「その時は付き合うわよ」

さり気なく娘リンの現状を告げるエリィは強くなると決意して頑張っている娘を思うと楽しみにしている。
ゼルもエリィが期待しているといったニュアンスを告げると次に手合わせ出来る日を楽しみに待ち望んでいる。

「雑魚には飽きた」
「まだまだあるから潰すのも面倒ね」
「新しい技の練習には丁度良いと思うしかない」
「あら奇遇ね。試したい技が幾つかあるのよ」
「ほう、それは良いな」
「見たい?」
「見せてもらおうか」

集結して来るサイボーグ兵達に向かって二人は優雅に歩を進める。
この後、久しぶりに行うライバルとの戦いを思い浮かべて微笑みながら……。


この日、ゼーレの非道なサイボーグ研究の施設が跡形も無く……二人の戦士の前に完全に消滅した。
生存者はなく監視システムの全ては沈黙し、何が起きたか分からないまま……ゼーレの研究施設と拠点が徐々に崩壊していく。
救いだったのは量産機の開発を行っている拠点が無事だっただけで他の研究施設は悉く壊滅していた。
施設の破壊という行動ゆえに大規模な人員が動いていると予測するゼーレだが、その部隊の足取りは不明のままだった。
しかもサイボーグ部隊の補充が滞るので戦力的に非常に痛い状況だった。
各国の諜報機関が攻勢に出る時期に合わせる様に設備破壊を行われて補充が出来ない。
秘匿性が異常なほど高い部隊にゼーレは警戒を示すが、実は単なるストレス解消だったとは知らない。



碇シンジは忙しい毎日を過ごしている。
日重に関してはナオコとウルが常駐で待機しているので問題はないが、戦自に関してはシンジが出張る必要がある。
ファントムパイロットの育成は順調に進んでいるし、運用に関しても士官達が日夜討論して訓練地での実践で試行錯誤しながら組み立てている。
戦自にすれば、自分達が運用マニュアルを作る事でUN軍の評価を高めるという栄誉が付いて来るので文句など出ない。
むしろ、士官達の方が時間が許す限りというより、時間を押してでも試している状況だった。
日重にしても、ハードな運用での部品の消耗度の計測が出来るので非破壊検査スタッフを増員して対応もしている。
シンジはファントム部隊の責任者であり、第三新東京市に於ける諜報活動の協力者である。
第二東京のファントム部隊と第三新東京市の諜報部の両方から送られてくる報告書に目を通す事が増えている。

「やれやれ……予定外の事態が今になって起きそうだな」

シンジは人心地つきながら、今回の事態について対策を検討する。

「アスカの意地なんだけど……歴史は繰り返すって事かな」

歴史の修正のようにアスカの弐号機がゼルエルをシンクロ率400%で撃破した。
レイの零号機と同じようにS2機関の取り込みによって、ネルフの戦力は初号機のみという事態に発展している。

「アラエルが来たら、凍結を解除すると思うけど……いっそリツコさん以外は精神汚染を受けて貰おうかな。
 アスカもレイも今の状態なら大丈夫だし、報いって事で」

リンにアラエルの力は通用しないし、アスカもレイも効かないと理解している。
リツコにはリエが側で警護しているから精神汚染を受ける事もない。

「いっそ全員のトラウマを引き摺り出させて……廃人になってもらうか?」

過激な発想だが、未だにネルフという組織の不透明さに疑問視を浮かべない人間がいるのをシンジは不快に思っている。

「でもリツコさんが率いている技術部は、薫陶よろしくで色々自分なりに考えている人がいるしな」

自分達が扱っている技術をきちんと把握し始めている技術スタッフはエヴァの危険性も認識している様子だった。

「リンの事を大事にしてくれる人もいるし……その人らは助けないと不味いか」

リンが使徒かもしれないと思いながらも好意的に付き合うスタッフが技術部には大勢いる。
ミサトのように使徒=人類の敵と安易に考える単純なだけの人間ばかりではない。
本当に使徒は敵なのかと考えるスタッフも技術部を中心に増えている。
セカンドインパクトの事もあるので一概には楽観視していないが、人と同じように話し合える存在もいると思うと敵意が増えずにいる。
第一使徒アダムと第二使徒?との接触でセカンドインパクトが発生したという説明だが……司令が前日に南極から逃げたという話が出てからは何処まで真実か分 からない。
何故なら、第二使徒の名前も姿も誰も知らないし、ネルフが職員用に公開した映像にはアダムらしい姿を見せて貰っただけ。
結局のところ、真相は見えないままで……司令は何も告げない事が職員の不信感を煽っているのだ。
尤も真相を語れば、ネルフ自体が瓦解するのは必然だから何も言えないのかもしれない……実は自分達の手でサードインパクトを行う為にゲヒルン、ネルフを設 立したとは。

「それに……やっぱり来るんだね。
 「天災」を司る新たな同胞が」

今の状況で侵攻する番外使徒マカティエルにシンジは複雑な気分になっている。

「仲間が増えるのは嬉しいけど……あの子に負担を掛けるのは困るんだよな」

零号機、弐号機ともに凍結処分を受けているので、ネルフ本部が運用できるエヴァは初号機のみ。
娘が一人でこの使徒に立ち向かう事になるのはシンジにとって痛恨の極みだった。

「ルインがいるから負けはしないと思うけど……心配だな」

かつての相棒を信じているが、不安な事に変わりはない。

「う〜ん……いざとなったら変装して出るかな?」

グッドアイデアと言わんばかりにシンジが画策している。
イレギュラーとして登場するマカティエルに対する備えは順調に行われ始めていた。



《リツコさん……着替えって用意してありますか?》
「え?」

仕事中にリエから尋ねられて、リツコは驚いている。

「先輩?」

あらぬ方向に首を向けたリツコにマヤが不思議そうに見ている。

「ごめんなさい。作業をそのまま続けて」
「はい……でも先輩、疲れてませんか?」

自分の身を案じてくれているマヤを気遣う振りをして一計を案じる。

「そうね、少し休憩しましょう。
 マヤ、悪いけど自動販売機でコーヒーを二つ買ってきて……そうね、銘柄は任せるわ」
「え?」
「偶には気分転換も必要でしょう」
「……そうですね」

ずっと執務室で作業をしていたリツコの意見にマヤは納得して部屋を出る。
リツコはマヤが出て行った後に、隠れた隣人に声を掛ける。

「どうかしましたか?」
《番外の使徒が来たみたいね》

二人だけになって、リツコが誰ともなく呟くともう一人から返事が返ってきた。

《……マカティエル。天災を起こすもの》
「天の災いですか……リン一人で大丈夫かしら?」
《あなたの記憶を奪われたら……一大事よ。
 まあ、その為に私が居りますけど》
「感謝します」
《今は第一形態で情報収集みたいね。
 街に濃霧を発生させて記憶を奪っているわ。
 勝手だけど……此処の空調を閉鎖式に変更したので後はお任せします》
「此処に閉じ込められたという事ですね」
《一応、一般人という事で申し訳ないですが》
「いえ、一応用意はしてありますので大丈夫です」
《まあ、葛城ミサトを除く主要スタッフは居りますので問題ないでしょう》
「なら大丈夫です」
《ああ、パシリ一号が畑を再建するとか言ってました……》
「加持君は使徒戦には不要でしょう」
《それもそうですね》

何気にリツコとリエから酷い扱いを受けている加持だった。
実際に諜報員の作戦を立てさせること事態……何か間違っているのだが。

「ミサトが加持君の作戦案を採用する事自体……甘えなのかもしれないわね」
《人に縋っている自分の弱さに気付いていないのもダメでしょう。
 死なれたら……どうする気なのでしょうか?》
「落ち込んで、そのうち切り替えるでしょうね。
 彼の死因が自分だという事から目を背けて……仇は取ると誤魔化して」
《……やっぱり下げまんですね》
「付き合いを改めないと、アスカが言うように運を吸い取られそうね」

加持の話から入り、ミサトの甘えを指摘する二人。
どうしようもなくダメな大人の見本だと思うとリツコは呆れを含んだため息を吐いていた。



その頃、二人の話題に浮かび上がってきた加持はというと、

「……つわものどもの夢の跡か」

見事に炎上し、消し炭になったスイカ畑で黄昏ていた。
手で触れるとボロボロと崩れ出すスイカに涙しながら……一つずつ砕いていた。

「お、俺は諦めんぞ……今度こそ立派なスイカ畑を……ぉ……」

新たな決意と共にスイカ畑再建を行おうとしている時に濃霧の中に閉じ込められて……高鼾を掻いていた。
装甲板を失ったジオフロントの一部にも濃霧が入り込んでいたのだ。


同じ頃、葛城ミサトもまた夜勤に備えて休んでいた部屋に侵入して来た濃霧の前にそのまま就寝する破目になっていた。
同様に第三新東京市は眠りを誘う濃霧の前に完全に沈黙していた。


――番外使徒マカティエルの襲来だった。











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どうもEFFです。

ハイテンションなまま、一気に書き上げましたよ♪
再びオリジナル要素の番外使徒戦です。
アスカママのお茶目にアスカは耐えられるか?
此処しばらく出番が少ないレイの見せ場はあるのか?
苦手な戦闘シーンを上手くまとめ上げられるのか!?(これはマジな話っす)
そして毎回苦労するタイトルは上手く思いつくのか!?(これもマジな話でっせ)

それでは次回もサービス、サービス♪

緊急告知!
来週は一身上の都合により、投稿出来ないかもしれません。
49日とお盆が重なりそうなのでちょっと忙しくなりそうなので……申し訳ないです。
今までは親にまかせっきりだったので……日常でも親のありがたみを今頃痛感しています。
失ってから気付くなんて……マヌケな話かもしれませんが。


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