「……ねえ、シンジ」
「なに、アスカ?」
「あんなの居たっけ?」

キョウコが見せるウィンドウに映る光景にアスカをシンジに尋ねる。
アスカの指差す先には第三使徒とそっくりの姿をした使徒が水上都市の先の湖から出現していた。

「彼女はマカティエル……天災を意味する使徒だよ」
「でも、あれって第三使徒にそっくりだけど?」
「そうだよ。彼女は記憶を奪い、そこから戦力を生み出して、相手の力を分析して自己進化していく心算だから」

シンジの言葉の意味を知って、

「そ、そりゃ不味いじゃない!
 今は勝てるかもしれないけど……長期戦になったら、リンでもやばいわよ!!」
「だから好都合なんだよ。あの子の成長が順調なのかの判断基準になるからね」

少々焦りを含んだ声でアスカはシンジに話すが、シンジは全く取り合う気がなく……暢気にキョウコとお茶していた。

「シンちゃんって、結構厳しいのね」
「親馬鹿ですけど……そろそろ一人立ちさせたいですから」
「そっか〜、ちゃんとお父さんしてるのね〜」

感心したようにキョウコが話すと、アスカも詰め寄るのを止めて聞いている。

「まあ、ルインがいる限りは大丈夫でしょう。彼は僕の戦友で、最後までついて来てくれた相棒ですよ」

絶対の自信があると言わんばかりに断言するシンジに、

「そんなに強いの?」
「リリスの後継みたいな存在だよ……アダム以外に負けるとは到底思えないね」
「あっそ、なんか心配して損した気分ね」
「もっとも今は邪魔な電子部品を排除できないから戦闘力は万全じゃないけど」
「それでも信用してるんだ」

万全じゃないと言いながらも焦らないシンジに、アスカは自分よりも信用されていると思って不機嫌な声で話す。

「そりゃぁ、アスカみたいに後先考えずに突っ走らない分……頼りになるさ。
 サルベージの準備って結構大変なんだよ。リエがサポートしているから、大丈夫だけど」
「……もしかして怒ってるの?」
「無茶な事をする友達を心配したら……いけないかな?」
「……ゴメン」
「まあ、おかげでキョウコさんを起こす手間が省けたけどね」

素直に謝るアスカに、困った顔でシンジが話す。

「弐号機が覚醒したから、老人達もシナリオの修正を検討してるよ。
 だけど、エリィとゼルが暴れまわっているから、その対応で苦労しているみたいだ」
「相変わらず……武闘派してるんだ」

言葉通り、ゼーレ関連の施設を破壊しているんだろうなとアスカは思って苦笑している。

「この戦闘の結果次第では、あの子の再修行も考えないと……」
「十分強いと思うけど?」
「うちの奥さんは……甘くないんだよ。
 鍛えるからには自分をかる〜く超えてみなって」
「……あの子も苦労してんのね」

リンの訓練嫌いの一端を知って少しだけ同情したアスカだった。

「ところでアスカ」
「なによ?」
「申し訳ないけど……S2機関埋め込まないと還れないから」
「……マジ?」
「冗談で人様の人生に干渉するほど遊ばないよ」

アスカは、自分の決断で今後の人生が思いも寄らない処で変わって頭を抱えていた。

「でないと、左手……義手になるよ」
「やっぱりミサトは下げまんよね」
「今更、何言ってんだか。人の迷惑考えない自分本位の道化だよ」

アスカの見解を否定せずに、当たり前のように肯定するシンジだった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:33 繰り返された戦い
著 EFF


初号機のエントリープラグ内でリンは考える。

(あ〜順番通りに出るのなら、ラミお姉ちゃんの複製品は瞬殺しないと……)
《街の被害が大きくなる前に?》
(そういう事。エロ眼鏡君もオバサンと同類だからね)
《葛城女史に比べたらまだマシだけどね》

ゆっくりとこちらに向かって進んでくるサキエルのそっくりさんへの注意は怠らずに会話を続ける。

《ソニックグレイブによる投擲で迎撃かな?》
(それが一番ベストだね)
《出た瞬間じゃなく、攻撃された後に撃破だよ。でないと警戒していると判断されそうだから》
(そうだね)
《荷粒子砲を内蔵したエヴァなんて……面倒だからね》
(アスカの弐号機が出たら一緒だけどね)

ゼルエル戦時のアスカの弐号機を知っていないネルフ職員は少ない。
何時の間にか光学兵器を内蔵し、使用したエヴァなので初号機以上の戦闘力があるんじゃないかと話すスタッフもいるのだ。

(失礼するよね。ルインが最強だもん)

リンがちょっと憤慨するように嘯いている。
お父さんが使っていた機体で前回の経験を持ち、お父さんのパートナーを務めていたルインがいるのだ。
負ける筈がないと絶対の自信をリンは持っていた。



発令所は動揺を抑えきれずにいた。
まさか再び第三使徒が出現するとは誰も思わなかったのに……出現した。

「やっぱり記憶を奪われたみたいね」
「……先輩、勝てると思いますか?」

やれやれとリツコがため息混じりで、この使徒の特性を呟く。
聞いていたマヤは不安そうにリツコにこの後の展開を聞いている。

「……弐号機の複製体が出るまでは大丈夫でしょうね」

戦闘中にも関わらずにスタッフ全員の視線がリツコに集中する。

「赤木君、弐号機の複製体が出てくると思うのかね?」

最上段の冬月が険しい顔でスタッフ一同に代わって疑問を投げかける。
隣に座っているゲンドウはいつものポーズで沈黙を保っている。

「ええ、昏倒したうちのスタッフの一人に先の弐号機の分析を任していましたから。
 この分だと零号機の複製体も出そうですわ」

スタッフ一同の嫌な予感をリツコは無慈悲にも肯定する。

(一対一ならそう引け劣る事はありませんよ……一対一ならね)

リツコはこの言葉を出そうとして止めたというか、最上段の二人を安心させるのが嫌だった。
画面に目を戻すと初号機が上陸してきた第三使徒の複製体のコアを装備していたマゴロク・E・ソードで貫いていた。
発令所のスタッフはその光景に安堵しようとした時、

『流石に甘くはないわけね』

リンの言葉通り、第三使徒がLCLに変わると同時に湖から第四使徒の複製体が出現していた。
光の鞭を展開して、即座に振り回しながら都市に上陸する。兵装ビルが光の鞭によって切断される。
音速を超えて振り回される光の鞭の斬撃範囲から初号機は即座に離れる。

『で、指示は?』
「……任せるから、出来る限り被害を最少に抑えてね」
『了解』

リンからの通信にリツコが越権行為ではあるが答えている。

「……良いわね、日向君?」
「え、えっと……はい」

指示し損ねたマコトは仕方なくリツコの提案を受け入れる。
急展開の状況について行けない様子だった。


都市部に入った第四使徒にATフィールドの刃を飛ばしながら、初号機はアンビリカルケーブルをパージして接近する。

「内蔵電源に切り替わりました!」

マヤが初号機の状況を報告する声を聞きながら、スタッフは画面を見つめている。
初号機は自身がが飛ばしたATフィールドの刃を迎撃している第四使徒に接近する。ビルを踏み台にして大きくジャンプして滞空している第四使徒の頭上から背 面を貫いてコアを破壊した。

『次! 来るわよ!!』

初号機のリンの声にスタッフは意識を切り替えようとした。
液状化する第四使徒よりも湖面が盛り上がり始めるのを見て、

「防壁型兵装ビルを展開!」

マコトの声と同時に湖から浮かび上がってきた第五使徒の複製体が荷粒子砲を発射した。
強力な装甲板を用いて造られた兵装ビルを瞬時に熔解していく。
初号機は荷粒子砲をかわしながら、ケーブルを再接続していた。

『ソニックグレイブ出して!』

リンの指示にマヤが即座に初号機の位置の側から射出する。
初号機は射出されたソニックグレイブを掴んで、ATフィールドを纏わせて投擲する。
ATフィールドが持つ輝きに染まったソニックグレイブは初号機の筋力によって音速を超えて第五使徒を貫通している。
文字通り一撃必殺の攻撃だった。

『次が来るわよ!』

ほんの少しを気を緩めかけた発令所にリンの声が響く。
赤く染まった湖が泡立ち、盛大な水飛沫を上げて……第六使徒が空中を回遊していた。

『もう一本、ソニックグレイブを出して』
「了解」

リンの要請にマヤは初号機の位置を確認してから射出する。
上空を自由に回遊していた第六使徒は軌道を変更して、一直線に初号機を目指して加速する。
初号機は兵装ビルの上に立ち、第六使徒を迎撃する態勢を取る。
高速で突き進んできた第六使徒は大きく口を開いて、初号機を噛み砕こうとしている。
対する初号機は開かれた口の奥にあるコアを目掛けて銛を突き刺すように構える。

『今よ!!』

激突する瞬間、初号機が立っていた兵装ビルが一気に沈むと同時に開かれた口にソニックグレイブが突き刺さっていた。

『マヤお姉ちゃん、感謝♪』
「そう、上手く行って良かったわ」

どうやらリンからの指示でマヤが兵装ビルを沈めたらしいと発令所のスタッフが気付いた瞬間、

『ふう……一息吐かせて欲しいわね』

次の使徒が湖から出ようとしていた。
第七使徒……ネルフが相手をしていない使徒が出現した。

『一応聞くけど、どうやって倒すの?』

リンの問いを聞いて、発令所のスタッフの視線が日向に集まる。

「え、えっと……二体のコアを同時に破壊すれば勝てるよ」
『そんなの知ってるわよ。だから、そういう状況にどうやって持って行くのかを聞いているんだけど?』

発令所のモニターに映るリンの視線は非常に冷たい物があり、

『順番通りに出てくるのを知っていながら対策を練らないのは怠慢よ。
 自分の仕事くらい真面目にやる事ね』

言葉の棘も同じくらい冷ややかな物があった。

『で、零号機は出るの? それとも一機でやれば良いの?』

リンの問いに日向は最上段の司令に目を向けると、

「零号機は凍結中だ」
『あっそ。疲れたから後退してもいい?
 作戦部は対処療法しか出来ないから、モチベーションが下がって困ってんだけど。
 それとも代わりに作戦を考えてくれるのかしら?』

リンの意見に発令所の全スタッフがゲンドウを見つめているが……ゲンドウは何も言わない。

『……役立たずね。何の為にそこに居るのやら』

何も言わないゲンドウに見切りを付けたリンが告げる。

『初号機の全機能を使って良いわね?』
「……ダメだ」

S2機関の使用を仄めかす発言にゲンドウは不許可を出す――その言葉がスタッフの反発を招く事になると判っていながらも。

『……年寄りは我が侭ね。負けて……サードインパクトも良いわけね?』

初号機の操縦をしながら、リンはゲンドウを試すように会話を続けている。

「そんな事は言っておらんよ」
『都合が悪くなると背後霊が誤魔化す……いい大人がみっともないわね』

リンはクスクス笑いながらゲンドウの悪し様に罵るわけではないが、スタッフの不審の芽を芽吹くように話す。
そんな状況で近付いてきた第七使徒をマゴロク・E・ソードで両断して、分裂させる。
そして、分裂した片側を防御用の兵装ビルにカウンターソードをコアに突き刺して縫いつけて、もう片方の使徒のコアを破壊する。

『で、エロ眼鏡君は次の対処法とか考えてる?……あんまり仕事サボるようなら給料ドロボーも追加するわよ』

日向はリンの物言いにキレたくなるが、必死に耐えている。
画面には次の第八使徒がゆっくりと都市部に侵攻を始めていた。
全身から高温を発しているのか、周囲の景色が熱量が齎した屈折効果で歪み、地面のアスファルトも溶け掛かっている。

『面倒よね……高温高圧に耐えるボディーに、パレットライフルの弾丸も熔かしかねない熱放射なんて』

第六使徒に使用したソニックグレイブを再び手にしながら、初号機は第八使徒に対峙している。
パレットライフルが通じない場合、大型火器は限られてくるので街中での使用はちょっと不味いかと湾曲に告げている。
日向もその点に気付いたが……急には策が浮かんでこないので、どうしようか悩んでいる。

「リン、冷却弾頭を装填したパレットガンは要る?」
『頂戴』
「マヤ、出して」
「了解」

リツコの指示で準備させていたパレットガンをマヤは射出する。
受け取った初号機はゆっくりと近付いてくる使徒に向けて発砲しながら、着弾した場所をソニックグレイブで砕く。
そして関節部を凍らせ、動きを鈍らせた第八使徒では初号機の相手ではなく……コアを発見されて破壊されてLCLに戻る。

『次はどうするの?』

湖から四本の柱のようなものが出てきてから、胴体部が出現する。
蜘蛛のような四速歩行型の第九使徒の出現だった。

『もしかして戦自から資料を貰ってないとか?』

リンの質問に発令所のスタッフは作戦部の面子に目を向ける。
停電によるシステムダウンがあったので、映像記録もないから戦自に第九使徒の能力の資料を貰っていたと判断していたのだ。

「リン、胴体下部の口らしい所から強酸性の液体を出すから気を付けて」
『了解、リツコお姉ちゃん』

黙り込んでいたマコトに代わって、リツコが使徒の能力の説明を行っていた。

「ミサトの事だから、終わった戦闘の資料なんて要らないと判断したんでしょう?」
「…………はい」
「ミサトらしいわね」

そんなコメントだけでリツコは正面のスクリーンに目を向ける。
まあ今更だな、と他のスタッフも期待していないような感じで作業を続けている。

『そこっ!!』

巨大な足で初号機を攻撃しようとした第九使徒に対して、初号機は足をかわして懐に飛び込んでコアをマゴロク・E・ソードで切り裂き、即座に離れて強酸性の 液体を浴びる事がないようにしている。

『予備のソード準備して!』

湖が泡立つと同時に巨大な波飛沫が沸きあがる。
それと同時にリンが第九使徒の体液で腐食したマゴロク・E・ソードを捨てていた。

「第十使徒、加速しながら成層圏まで一気に出ます!」
「衛星軌道まで上がりました!」

報告を行うマヤとシゲルも、この後に起こる事態を知っているだけに声の響きがいつもより重い。

『で、零号機は? 流石に一機で支えるのは大変なんだけど』

リンからの問いにゲンドウは黙り込む事で沈黙を保っている。

(そうやって黙り込む事で信頼も信用も損なっていますわよ……司令)

発令所のスタッフの表情にはハッキリとゲンドウに対する不信が浮かんでいる。

「技術部長として進言します。零号機の発進を」

リツコはネルフ本部ナンバー3として正式に発言する形でゲンドウに要求する。
正式な要請を行ったリツコに対して、

「未だ凍結は解除されていない」

冬月を除く発令所全スタッフが正気を疑う返答を持ってゲンドウは答えた。

「だったら、委員会に指示を仰いで下さい!
 今回は照準の補正など不要の状態ですぐに来ますよ」

委員会の指示と丸投げするような発言にリツコのこめかみに青筋が浮かんでいる。

『投擲用に武器を出して……落ちてくる途中で削っていく。
 この際、少々初号機が破損してもしょうがないわね。ゴメン、リツコお姉ちゃんの仕事……増やすね』
「いいわよ。そのくらい幾らでもしてあげるから……怪我だけはしないように」
『うん』

流石に二人の会話に不安を感じて冬月がゲンドウに耳打ちする。

「良いのか? 委員会に打診して判断を仰ぐべきじゃないか?」
「……委員会に弱みを見せたくはない」
「だが、初号機の破損は困るぞ。それにレイだけで残りの相手をさせるつもりか?
 それとも、赤木君が独断で動かすのを待っているのか?」
「……問題ない。初号機の中にはリリスも居る。むざむざと破壊される事はない」
「シンジ君にはダメージがないが、ユイ君はまだ直っていないらしいぞ……良いのか?」
「…………」

解任を仄めかされているゲンドウとしては、失点扱いしかねない委員会に何かを要請するのは避けたい。
もし今、司令を解任させられれば……全てが水泡に帰す。
ゼーレのやり方でも逢える可能性はあるが、成功率の低いやり方に付き合う気はない。
レイを使うやり方は既に頓挫している以上、不本意だがスクリーンに映るリンにさせるしかない。
ゼーレ、リンのどちらかをこの場で選択するのは避けたいのが本音で、レイとリツコが勝手にする事を期待しているのだ。

「一応、投擲用の鉄球なら用意してるわ。上手く使いなさい」
『さっすが、リツコお姉ちゃん♪ いい仕事してるわ』

マヤがリツコの指示で初号機のすぐ近くの兵装ビルから、エヴァの拳と同程度の鉄球を送り出す。

「急場凌ぎの六球だけよ。効率よく使って」
『オッケー(コアの位置は知っているから一球あれば十分だけどね)』

零号機で受け止めるというのは、あくまでゲンドウ達の立場を崩す為の嫌がらせに過ぎない。

「リンちゃん! 来るわ!!」

マヤが此処に向けて落下してくる第十使徒を報告する。

「位置にズレはありません!」

青葉がマギから送られてくる情報を分析して、正確な落下位置の再計算を行っている。

「落下地点は間違いなく本部のある此処です!」

その報告を受け取ったリンは初号機の位置を直上から僅かにずらして振りかぶっている。
エヴァの筋力を最大限に利用し、更にATフィールドでコーティングされた鉄球が投げられ……一直線に使徒に向かう。

「コアに直撃!」
「分解された身体の一部が都市部に降ってきます!」

分解されたLCLが第三新東京市に豪雨のように降り注がれる。

「……後処理が大変ね」
「また残業です」
「雨でも降ってくれると良いんだけど……」

リツコ、マヤの二人がLCLを浴びた兵装ビルを見ながら、加速度的に増える後始末に辟易していた。
LCLは血の匂いがあるので、都市全体が血塗れになった様なものだった。
ごく普通の人間は血の匂いなど嗅ぎたいとは思わないし、生理的に嫌悪感を抱くものだ。
街全体から血の匂いがするとなると、そこら中から苦情が殺到するのは間違いない。
もっとも、上の二人が苦情など聞くわけがないし、書面で送れと言うに決まっている。
当然書面で送られてくる苦情や何とかしてくれという陳情書はミサトか、リツコに回ってくる可能性が高い。
無責任で事務処理が苦手のミサトなら丸投げして日向にやらせるだろうが、リツコはマヤに押し付けるわけに行かないので自分で処理するしかない。

「気象予測図は……快晴? ツイてないわね……ミサトに押し付ければ良いかしら」

リツコはリンにさっさと使徒を倒してもらって、ミサトを起こして後処理を全部押し付けようと決意していた。


(順番通りだとティア姉の複製体だよね)

エントリープラグ内でリンは周囲を警戒しながら次の相手を待ち構える。
血の匂いに染まった街で次の相手に備えて構えている初号機の前に蛾の様な使徒が湖から出現する。
大きく翅を動かして自身の周囲に燐粉をばら撒いて、兵装ビルを削りながら侵攻してくる。
そして、初号機の姿を複眼で視認したのか、荷粒子砲を発射する。

『甘いよ!』

リンが叫ぶと同時に初号機は荷粒子砲を回避して、兵装ビルの屋上を足場に八艘跳びを行いながら直上を奪う。
初号機は肩のウエポンラックに搭載されていたニードルを右の翅に撃ち込んでバランスを僅かに狂わせてから体当たりを喰らわせて地上に落下させる。

『スマッシュホークを!』

リンの指示にマヤが応えて、近くのビルからスマッシュホークを射出する。
受け取った初号機は、地面に叩きつけられたダメージで動きを止め、浮かび上がる前の使徒に近付いてスマッシュホークを振り下ろす。
頭部を粉砕された使徒は僅かに身体を震わせるとLCLに還元して消失した。


次の使徒が来ると待ち構えていた発令所だが、一向に現れない第十一使徒を不審気に思っていた。

「マヤ、寄生型だからおかしな反応は出てないかしら?」
「いえ、今のところ――出ました! 兵装ビルの一基がこちらの制御を離れて行きます!」

マヤの報告と同時に兵装ビルが初号機に向けて攻撃を開始している。
その様子をスクリーンで見つめていたスタッフは慌て出していた。

「誰だ!? 攻撃なんかしているのは!!」
「攻撃中止! って止まらないの!?」
「他のビルは大丈夫なの?」
「今のところ異常ありません!」

日向の声に発令所スタッフが慌てた様子から落ち着きを取り戻していく。
兵装ビルの外壁に赤い八角形の鱗のようなものが浮かび上がっていく様子に、

「……寄生されたわ」

リツコが端的に状況を告げた。
制御を離れた兵装ビルの一基が基礎部分から折れて形を組み替えていく。
宙に浮かび、ミサイルランチャーの形状が変わり、正面にだけ撃てる様に固定され、空中戦に適した身体へと変化する。
細長く流線型の飛魚みたいになり、長いヒレは刃物のように鋭さを見せてくる。

「第六使徒の高速形態?」

発令所でリツコは変形を終えた姿を見て、予想する。
その言葉通りに音速に近付いた速度で飛翔し、全身にあるヒレで触れる物を切り裂く刃みたいにして攻撃を開始する。

「ミサイルランチャー部、光学兵器になってます!」

装填されていた八つのミサイルがなくなり、その部分がレンズに変わり、八条の光の帯が放射されてビルを穿つ。

「なるほど……エヴァは高速で接近する物に弱いって判断したのね」

ソニックブームを起こして周囲の建造物を薙ぎ払いながら、正面からは光学兵器で牽制する。
防壁型の兵装ビルを簡単に切り裂いて、移動の際に巻き起こる衝撃波で残骸を吹き飛ばす。

「都市部の再建に苦労しそうね」
「そうですね、先輩」

リツコとマヤは半壊されつつある第三新東京市の様子に頭を悩ませている。
マヤは知らないが、リツコはおおよそのスケジュールを知っているだけに再建する必要性をあまり感じていないが、まさかスタッフに再建しないとは言えない。
ゼーレもゲンドウも使い捨ての迎撃都市――第三新東京市――を使徒戦後も使って行くとは考えていない。
遷都の予定というのは予算を引き出す為の方便だから地上部が完全に破壊されても痛くも痒くもないだろう。
しかし、スタッフはそんな事を考えているとは思っていないので再建するために行動しなければならない。

「まあ、これも作戦部に押し付けましょう」
「それもそうですね」

あっさりとリツコが作戦部に任すと責任を投げ出すと、マヤが追従する。
技術部の師弟二人が即座に決断したと同時に、攻撃を回避し続けた初号機が反撃に動き出す。
ATフィールドを収束して、エヴァを拘束したりするワイヤーくらいの細く強靭な糸状の物に変える。
ワイヤー状に変わったATフィールドで第十一使徒の複製体を絡め取って、幾つかのパーツに切り刻む。

『あ〜あ、せっかく建造した都市がずいぶんと平らになったわね』

発令所にプラグ内のリンの声が通信機越しに響くと同時に初号機は影に飲み込まれ始めていた。

『ちょっと行って来るね』
「気を付けるのよ、リン」
『大丈夫。倒し方は知っているし、ここなら全力を出しても大丈夫でしょ?』
「……そうね。でも、無茶して心配させないでよ」
『約束したでしょ。リツコお姉ちゃんは守るって』

楽しそうに微笑みながら通信は途切れ、初号機は完全に第十二使徒の複製品の中に突入した。
もっとも五分後に零号機と同じように内側から切り裂いて、撃破したが。


『いよいよエヴァのそっくりさんが出るわね』

リンの声が聞こえた瞬間、十三番目の使徒が湖からゆっくりと浮上してきた。

「マヤ、装甲板は自前かしら?」
「……光学分析では金属ではなさそうです。おそらく使徒の身体を構成する物質と同じ物ですね」

リツコの考えを肯定するように、マヤが分析結果を報告する。
素体に装甲板を後付したエヴァではなく、最初から装着しているのだろうと全員が判断する。
発令所のスクリーンには腕が伸びた黒いエヴァの姿があり、口元からは涎のようなものが零れ落ちている。
湖から出ると四つん這いの体勢を取り、おおよそ人間らしかぬ動きで一気に飛び掛ってくる。

「は、早い!?」

マコトが指示を出そうとした矢先に強襲を掛けられたので、初号機は独自の判断で回避する。
ギリギリの処で回避せずに大きく距離を取って再び対峙する。
人の形を模倣した獣――そんな印象が発令所全体に浸透していく中で、黒い獣は咆哮する。
まるで、戦いの宣言を行うかのように。

『望むところよ……掛かってきなさい!』

手近にあったスマッシュホークを手に取りながら、初号機はゆっくりと摺り足で間合いを詰める。
間合いに入ったと判断した黒い獣が跳び掛ってきた時、下から振り上げるようにスマッシュホークの刃が胸部に突き刺さる。
動きを止めた黒い獣に、初号機はウェポンラックを開いてプログナイフを装備して、首を切断する。
コアを潰され、首を切り落とされて黒い獣はLCLへと還って行く。


そして、使徒中最大の物理攻撃力を持つ第十四使徒の複製体が湖から出現した。
悠然とした動きで、兵装ビルの攻撃を物ともせずに宙を浮いて進む。

「フィールド存在しません!」
「コアに砲撃を集中!」

マコトの号令に残存している攻撃型の兵装ビルと他の偽装していた兵器群が一斉放火を仕掛ける。
火力の集中で火達磨になったかのように炎の中に消えて行く第十四使徒の複製体。

『砲弾の無駄遣いはしない方がいいよ』
「いや、効いている筈だ。フィールドを展開していない以上ダメージがある!」
『だってねえ……通常火器は役に立たないのに。せめてN2を撃ち込めば、火傷くらいはすると思うけど』
「そんな事はない!」

少々呆れを含んだ声で進言するリンに、マコトは自信を持って話す。
そして集中砲火の余波の黒煙が消えた後には、

「そ、それは卑怯だろう!」

コアに防御用のカバーを展開していた使徒にマコトは叫ぶように抗議していた。

『通常火器は殆んど効かないんだから……都市を放棄するくらいの気持ちでN2の連続使用が妥当だと思うけど』
「そんな危険な手段は『葛城のオバサンなら、仕方ないで済ますよ』……」
「まあ、そのくらいミサトにとっては当たり前の事よね」

リツコがどこか納得した感じで告げると、発令所内でも殆んどの職員が同意していた。
葛城ミサトの作戦は被害などお構い無しで、ただ使徒を殲滅する事だけに費やされるようなものばかりだったと知っていた。
スタッフのそんな冷めた感情を込めた視線にマコトは思わず目を逸らしてしまう。
分かっていた事だったが、自分の上司である葛城ミサトが信用されていないと理解したのだ。

『ちっ!』

リンの舌打ちする声にマコトは目をスクリーンに向けると、第十四使徒が初号機に攻撃を開始していた。
腕を伸ばして兵装ビルされも容易に切断する切れ味抜群の攻撃を初号機は回避していた。

「アンビリカルケーブルパージっ! 活動時間……無、無限大って!?」

マヤが吃驚した様子で報告すると同時にスクリーンのタイマー表示が88:88:88のままで止まっていた。

「せ、先輩? こ、これって!?」
「S2機関を起動させたのよ、多分ね」

慌ててリツコに尋ねるマヤにごく自然な様子で答えが返って来る。


「碇……不味いな」
「……ああ」

冬月とゲンドウは初号機のS2機関搭載の事実を暴露されて、顔を顰めている。
下段のスタッフは信じられない様子で状況の変化を見つめていた。
スタッフの気持ちは一つ……初号機も弐号機みたいに、自分達の制御を離れて暴走するのではないかと不安な気持ちでいた。
また一つゲンドウ達に対する不審の花の芽が芽吹いていた。


(最大火力で迎撃!)
《オッケー》

リンの声に合わせて、初号機の眼が一瞬輝き瞬くと使徒の身体が爆発を以って後方に押し戻された。
顎部ジョイントを無理矢理外して、初号機は咆哮する。
その咆哮は自分こそが最強であると宣言するかのように力強さに満ちていた。
爆発が収まった後には片腕を吹き飛ばされ、外皮に相当する部分は焼け爛れている状態の第十四使徒の複製体。
発令所のスタッフは初号機の底力を垣間見て……畏怖という感情を覚えていた。

「……終わったわね」

リツコの呟く声を聞いたわけではないが、初号機は動きを止めた使徒に向かって疾走する。
残った片腕で迎撃しようとするが、初号機の左の掌は兵装ビルのように切り裂かれる事なく、受け止められて掴まれていた。

『悪いけど……ウォーミングアップで苦戦するわけには行かないのよね』

初号機の右腕が霞むように見え、次の瞬間……使徒のコアがあった部分を貫く姿に変わっていた。
断末魔の足掻く姿を僅かに見せて、LCLに変わり……街に血の匂いを残していた。
初号機はゆっくりと湖に顔を向けて、迎撃態勢を取る。
それに合わせる様に紅い湖の中心部が盛り上がり、水面を波立たせながら赤い姿のエヴァが出現する。

「に、弐号機……」

普段なら聞こえないくらいの低い掠れるような誰かの声が何故か発令所内に響いていた。
そして、現れたエヴァの手には、アスカが得意としたソニックグレイブを模した槍が握られていた。

「エヴァに対抗するにはエヴァって事なのかしらね」

リツコは別段表情が変わる事なく、静かに観察するようにスクリーンに目を向けている。
初号機もまたリンの得意とするマゴロク・E・ソード、カウンターソードを手にして、二刀流のように構えている。

「使徒がエヴァをどう思っているのか? そして力で対抗する為にエヴァを複製する……おかしなものね」

皮肉を含んだ声でリツコは思う。
使徒に対抗するためにエヴァを生み出し、使徒もまたエヴァに対抗するために同じ物を選んだ。
卵が先か、鶏が先かという矛盾みたいな考えに、この使徒は辿り着いたらしい。
第十三使徒のような獣じみた動きではなく、人と同じように二足歩行で初号機に向かって進んでくる。
使徒を模したエヴァ、エヴァを模した使徒……そこに辿り着いた経緯は違うが考え方の違う存在なのに鏡のように目の前に現れた。
リツコはいつもとは違う好奇心でこの戦いの行方を見たくなった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。

オリジナル要素を出すと凄く書くのが……遅くなる。
まあ、それが当たり前の話なんですが(汗っ)
批判されると思うとビビッているんでしょう。
情けない話かもしれませんが、期待して読んでいる人を失望させたくないという思いは多々あります。

それでは次回もサービス、サービス♪




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