街を覆う濃霧にリツコは嘆息していた。
乳白色の海のように街中が目視も難しい状況に陥っている。
たかが霧と侮って、なんの装備も持たずに慌てて救助を行おうとしたネルフ職員は霧に中で倒れ……眠り続けていた。
「ミサトはこの際だから諦めるとして……作戦部の人手は足りそう?」
「赤木博士……その言い方はどうかと思いますが」
とりあえず今必要な人員の確保を考えたリツコにマコトは険しい目つきで話す。
「はぁ? いつもミサトが言ってるじゃない……仕方ないって」
ミサトのやり方を真似てみたんだけど……と揶揄するように告げられてマコトは目を伏せている。
仕方ないという免罪符を掲げて自分を誤魔化しているのは葛城ミサトだと日向マコト以外は知っているのだ。
そして今度は自分の番が来ただけではないかとリツコが告げたに過ぎなかった。
「どちらにしても……この霧の中では救助には行けませんね」
マヤが現実的な意見を述べるとマコトは反論できなかった。
一応、放射能を防ぐ為の密閉性のある防護服では長時間の活動は出来ない事をマコトは知っている。
完全な密閉性のないヘリや自動車を使って移動するのも危険で、隙間から侵入されて昏睡する事は明らかだった。
「第三新東京市を完全に覆っているわね」
「パターン青の霧……殲滅方法を考えないと」
「そうね。町中を焼き尽くすというのも一つの手段だけど……それは一番最後ね」
「後が大変ですから」
リツコとマヤの二人が暢気に霧の分析を行っている。
実際には暢気に構えている訳ではなく、手元のキーボードを叩く音は一度たりも止まっていない。
「小さな細胞の集合体なら集めてから処分出来れば……勝てるわね」
「これだけの大きさだと難しいですよ、先輩」
「第十一使徒みたいにシステムに侵入してきたら……ヴェノムを用意すれば良いかしら?」
「そうですね。それなら大丈夫ですけど、同じ手は使ってきませんから無理じゃないですか」
「マヤもそう思う?」
「ええ、寄生生物だと……怖いですね」
「あら、なかなか良い視点ね。でも、それだと第十三使徒と重なるわよ」
等と二人は思いつくままに意見を交換している。
「攻撃性はないけど……何かを求めているのかしら?」
「求めるですか、先輩?」
「例えば……人の記憶を奪うとかね。
まあ、あくまで推測なんだけど」
「何の為にでしょうか?」
「エヴァの弱点を知りたいのかしら……搦め手への移行?」
リツコは答えを知っているが、他のスタッフは知らないのでさり気なく勘という推測で方向性を示す。
「この霧が情報収集なら……いずれ晴れるわ」
「それからが本番ですね」
「予測だけどね……という訳で日向君、準備は怠らないで。
ミサトがいない以上はあなたが指揮を執るんだから」
「わ、分かりました」
マヤとの意見交換を切り上げて、リツコはマコトに向かって指示を出す。
(当てにはしてないけどね)
という心の声は出さなかったが。
RETURN to ANGEL
EPISODE:32 誰も知らない展開
著 EFF
「活動を制限されたのは痛いな」
三島は窓の外の光景を見て呟いていた。
事前に全員がアジトに集結出来たのは僥倖だったが、完全に足止めされたのに変わりはない。
「マギを先に取り込めてラッキーでした。
おかげでATフィールドを展開してもマギに気付かれませんね」
「その点は感謝してます。で、この使徒は何を目的としているんですか?」
「眠らせた人から記憶を奪っているんですよ。
エヴァの力を知り、もう一度力押しで勝つ為に」
「……合理的なのか、それとも力押しに拘っているのか?」
「おそらく、これで負ければ搦め手に移行するでしょうね」
そう結論付ける緩いウェーブが掛かった栗毛の女性ルディ――新生第十三使徒バルディエル――が話す。
落ち着いた空気を醸し出す雰囲気を持ちながら、どこか激しい気性があるように三島は感じていた。
そう……普段は静けさに満ちているが、一旦動き出すと雷鳴轟く嵐が起きるみたいな極端な雰囲気がある気がする。
第三新東京市に常駐しているルディとティア――ティアイエル――の二人が二交替で防御している。
リエことレリエルはリツコの警護でネルフ本部内から動く事はない。
戦闘要員のエリィとゼル――ゼルエル――は本格的にゼーレの施設への攻撃を開始して、ゼーレの関係者を震撼させている。
トリィ――マトリエル――は南極の光体作製の指揮で南極と日重のナオコとの意見交換に忙しい。
ウル――イロウル――は日重でネルフ、ゼーレの所有しているマギの攻略後の管理に対処している。
ナオコはウルとトリィのサポートと戦自ファントムの改良とオプションパーツの開発をしている。
他のメンバーも二人の支援やら、国連の反ゼーレ勢力の支援、そしてアメリカ進出の準備に奔走している。
「もう一人、来ますから動くのはそれからですね」
「……今は待つのが上策だな」
現状を考えると彼女らの支援がなければ……動けない。
三島はリアリストで使えるものは何でも使う主義だ。
彼女達やシンジが使徒であっても明確な敵対の意思を示さない限り……戦う気はないし、自分から敵対する気もあまりない。
正直、戦自は彼らに借りがある。
彼らのおかげで真相に辿り着けたし……戦うための武器も与えてもらった経緯がある。
セカンドインパクトについては含む所が多々あるが、人類が眠るアダムにちょっかいを掛けたという真相?を考えると……非は人類側にあるのではと考えてい
る。
使徒の目的がアダムを取り返す事だとすれば……第三新東京市以外を攻撃しない理由も説明が付く。
奪われた同胞を取り戻したいという思考は自分達の中にもあるので理解出来る。
シンジが言うには使徒によるサードインパクトは完全に起きないように細工したらしい。
エヴァ量産機によるサードインパクトの阻止は可能だが……ネルフが存続する限り、何度でも起きかねないらしい。
ネルフそのものを制圧して、使徒の細胞の回収と一切の記録の消去が彼らの目的らしい。
記録を残す事で将来に禍根を遺さない点はこちらの目的にも合致する。
共同戦線と三島は割り切り……部下も同じ気持ちらしい。
その気になれば問答無用で人類を絶滅される事も出来るかも知れないのに、人類の未来を存続させようとする姿勢を三島は側で見ている。
信用、信頼は相手を知る事で一から築き上げるものだと三島は知っている。
シンジ達は行動する事で信頼を勝ち取ったのだ。
「五里霧中だが……不安はないさ」
三島は誰かに聞かせるわけでもなく小さく呟く。
シンジ達の目的を完全に読めたわけではないが……自分達が先に裏切る選択肢は既に捨てている。
ネルフやゼーレのような裏切りを常と考えるような連中とは違う。
自分達を信用してくれるなら、その期待に応えたい。
それが三島と部下達が出した結論だった。
―――それから二日が経過した。
「霧が晴れたけど……状況は最悪ね」
リツコの声に最上段を除く発令所の全員が賛成している。
水上都市部に隣接していた湖が真っ赤に染まっている。
「成分分析の結果……LCLです」
「そう……子宮って事かしら?」
「母胎にして何かを産み出すためですか?」
「さしずめ使徒の子宮ね。何が生まれてくるのか……ちょっと興味があるわね」
マヤの分析結果報告にリツコがちょっとヤバ気な空気を醸し出しながら話す。
「上の住民は無事なの?」
「生きてはいますけど……眠ってます」
「それで技術部のスタッフは何名くらい居たの?」
「ローテーションで帰宅していたメンバーがほぼアウトです。
八名ほどは先輩が用意していた仮眠室で休んでいたので無事でしたが」
「……技術部の予算で洗濯機とか、乾燥機を用意して正解だったわね」
「本当に助かってますよ」
しみじみと呟くマヤ。
ネルフ本部内に技術部専用の宿泊施設をリツコが予算を回して作った事にマヤは感謝している。
リツコのお供という訳ではないが、リツコの次に彼女が一番利用しているのだ。
技術部のスタッフも時々利用しているし、洗濯は個人で行わなければならないが非常に助かっている。
食事に関しては本部内の食堂を利用すれば良いので徹夜組にとっては仮宿代わりになっていた。
通勤時間を減らした分、睡眠時間を取れる。他の部署のスタッフも羨ましそうに思っていたのだ。
「もし、記憶を奪われていたら厄介かもね」
「使徒だけじゃなく、エヴァの情報もありますから」
仮定の話だがリツコの意見に危機感を感じているマヤ。
前回見たエヴァの暴走時のパワーを持った使徒が出てくると非常に手強くなると思っている様子だった。
「凍結中の零号機の使用も視野に入れるべきと進言しておこうかしら?」
「そうですね。今のところは一体ずつですけど……この前みたいに同時は大変です」
「そうね……日向君」
一応マヤも零号機の必要性を考えたので、リツコは作戦部の代表者のマコトに目を向ける。
「リンからも言われたけど、危機感を持って対処してね」
「わ、分かってます!」
「ならいいわ。部署の違う私があれこれ言うのも筋違いだしね。
マヤ、零号機の起動の準備の指示を通達しておいて……司令に打診してから始めるけど準備だけは進めてって」
「はい、分かりました」
急にやれと言われるより準備を進めていた方が楽なのでマヤはスタッフに指示を通達しておく。
マヤ自身、リツコの薫陶よろしく……備えの重要性を理解していた。
「じゃ、お願いね。私は司令室に行くから」
「ガツンと言ってあげて下さい」
「あら、マヤにしては好戦的ね?」
「だって、仕事ばっかり増えるんですよ」
「……そうね」
リツコは嫌そうな顔でマヤに告げると司令室に向かう。
その背中に向かって三人は呟く。
「先輩……期待してますよ」
「赤木博士、俺は信じてるっす」
「葛城さんの代わりに存分に二人を」
スタッフ一同、ゲンドウ達が我が侭を言ってリツコを怒らせるのを期待しているかもしれなかった。
照明を増やした方が良いななどとリツコは思いながら話す。
(この部屋って陰気だし……暗い部屋で書類を見ていると目に悪いのよね)
だだっ広い部屋で照明が不足して暗くて、天井にはセフィロトの樹が描かれている。
よくよく考えると部屋の趣味が悪いとしか思えないし、部屋の内装が個人の性格を映すのであれば、
(ホント、私って男を見る目が無かったわね……)
つくづく自身が学問一筋で世間ズレしていたと深く後悔してしまう。
(母さんは、あれでも可愛いとこも会ったわよ〜なんて言ってたけど……これが可愛いねえ?)
分不相応な野心と妻の言いなりの小物チックがプリチ〜らしい。
まあ、言いたい事は何となく分かるが、
(まあ野心家というのは分かっても良いけど……妻に逢いたくて世界を滅ぼすのはどうかしら?
私もまだまだ人を見る目が甘いのかしら)
まだまだ母親には及ばないわねと微妙な自己評価をしながらリツコは進言する。
「零号機の凍結解除も視野に入れた作戦を御一考して頂きたいのですが?
流石に初号機一機だけでは戦力的に不足だと思えます」
リツコに指摘にゲンドウは表情を変えていないが、背後に控える冬月は複雑な顔になっている。
「……だが、委員会の意向もあるからな」
「では、委員会に相談してみては如何でしょうか?
向こうとて本部で稼動出来るエヴァが一機という状況では……流石に困るでしょう。
いっそ量産機を一機貸してくれと言ってはどうです?」
量産機という件で冬月の表情が変わり、ゲンドウも若干の身動ぎをしている。
「S2機関搭載前の機体もまだあるでしょうから、借り受けるのもありですよ(まあ、無理だと思うけど)」
無理と思いつつも二人に牽制の意図を込めた提案をしてみる。
現在、支部でサードインパクト用の量産機の製造が始まっている筈なのだ。
委員会に借受する心算なら、本部で使用する点を考慮してS2機関を搭載してない機体を使えば良いだけ。
「委員会がチルドレンも一緒に送り出してくれますよ……スケジュールを進める為に」
「それはどういう意味かね?」
耳聡い冬月がリツコの意見に不審気な眼差しで問う。
「自分達の手で針を進める為に……レイと似た存在を作っているかもしれません」
「それはチルドレンを使徒として送り込んで来るという事かな?」
「可能性はゼロとは思えませんから」
リツコの予測に冬月はあり得る話だなと納得している。
「赤木博士……零号機はどうしても必要か?」
「別にどちらでも構いません」
「なに?」
ゲンドウが手で口元を隠す何時ものポーズでリツコに問うと投げ遣り気味に返事をする。
「忘れましたか? 初号機の破損はユイさんの回復が遅れる事につながる事を。
実験後のミーティングでさり気なく聞きだしましたけど……順調に行けば来月あたりには完全回復が見込めるらしいです」
「らしいとはどういう意味だね?」
朗報とも言えるリツコの報告に冬月は嬉しげに確認する。
ゲンドウも同じポーズのままだが、まとう空気はほんの少しだけ和らいでいる。
「まあ、それも初号機が損傷しないという前提条件が必須みたいですけど」
「そ、そうなのか?」
「…………」
「あの子が嘘を吐いていなければ……ですけどね」
あっさりと実状を告げるリツコに冬月は顔を顰め、ゲンドウもまとっていた空気を重くしていた。
「嘘か……信じているのかね?」
「疑っても意味ないですし……私個人にはどうでも良い話ですから」
「どうでも良い話だと」
ゲンドウが睨みながらリツコに問う。
ユイの事を第一に考えているゲンドウにとって、どうでも良いという言い方は看過出来るものではなかった。
「そうですよ。ユイさんが還れば……私は用済みなんでしょう」
冷ややかにゲンドウを睨み返すリツコに冬月は自分達の考えを読まれている点に複雑な胸中になる。
「……裏切る気か?」
「あら、裏切るも何も……最初から信用していないくせに」
可笑しな事を言うわねとリツコはゲンドウを嘲笑う。
「あなたは誰も信用していないし、道具として見ている。
私はこれでも……人間なんです」
「そう喧嘩腰で話すものではないな」
「似非紳士の振りもいいですが……私には通用しませんよ」
冬月の嗜める発言をリツコはピシャリと切って捨てる。
「あなた方の計画の要のレイは離反し、初号機もリンが押さえている。
そしてサルベージを行う技術部は私が押さえている……ご自分で何でも出来るとお思いなら試してみますか?
個人的には邪魔なんですよね……あの人」
明言しなかったがリツコが邪魔と言い放った人物が誰か二人は理解している。
「母さんに続いて、私も磨り潰す心算でしょうが……そう上手く行きませんよ。
マギに細工させて頂きました。私に何かあれば……お二人の計画の全容が老人達の手に渡るようにね」
「! あ、赤木君!?」
「本気か?」
流石に聞き捨てならないといった様子で二人がリツコを睨む。
リツコはそんな二人の視線など気にせずに背を向けて司令室から退室しようとしている。
「嫉妬に狂った女は魔物ですよ。
私はどうでも良いですけど……母さんは本気でユイさんを始末しようと考えているみたいです」
「ま、待ちたまえ! それはどういう意味だ?」
冬月がリツコを止めようとして声を掛けるがリツコは止まらずに出て行こうとする。
「……生きてますよ、母さんは」
「生きているだと?」
ゲンドウが僅かに驚いた声音で呟く。
リツコはその声に返答する事なく、
「……零号機の件、お願いしますね。
まあ、悪役のお二人に言うのは不適切ですが、さもないと……分かってくれますね?」
振り返って、とても楽しそうに微笑んで脅しを掛けて、再び背を向けて出て行った。
司令室に残った冬月とゲンドウは、
「で、どうする気だ?
赤木君は……本気みたいだし、ナオコ君も生きているみたいだぞ」
「死体は偽物だったと?」
「まさかとは思うが、戦自のファントムを考えると……可能性を否定できんな。
赤城ナオコはナオコ君の記憶を持っているとかな?」
「そんなことが可能だと思えますか?」
「……無理だと思うが、彼女はユイ君と同じ天才だったからな」
ユイと違い、表に露出していたナオコの才能を知っているだけに冬月も些か自信がない。
「まあ、ナオコ君が嫉妬に狂う原因はお前にあるだろう。
……覚えがないとは言わさんぞ」
冬月の向ける視線は優しくなく、黙り込むゲンドウだった。
この後、ゲンドウは不本意ながら委員会に零号機の凍結の一時解除をを申し出る。
戦力不足という点を出され、量産機の借受の上申を言われては委員会もリツコが言う複数の使徒の出現という条件付きで許可を出した。
「……退屈な場所ね」
アスカは今自分がいる空間を見つめながら呟く。
変化の乏しい世界というものにアスカはウンザリしていた。
風景はキョウコがアスカの知らない四季を投影してくれているので悪くないが、キョウコしかいないので不自然さが気になる。
「そうね。私も半分以上眠ったままだったけど……起こされたから退屈になりそう。
でも、ナオコと回線繋げているからネットサーフィンでもしようかしら?
季節感がなくなったけど、還った時に時代遅れの服装はしたくないし……新作ブランドの資料を漁ろうかな」
隣に座っているキョウコは自身の周囲にパソコンのウィンドウを展開させて情報収集に走っている。
ウィンドウには現在の状況を映す物と、キョウコが言う新作ブランドの情報を提示する二種類があった。
「う〜ん、還ったら無一文か。
ネットマネーを偽造して仕手戦でも始めて予算確保は必須ね」
「……ママ、そういう物騒な話はやめて」
「そう? じゃあ、アスカちゃんの稼いだお金借りていい?」
「……アタシの給料、ネルフが押さえているから」
貸したくても貸す事が出来ないとアスカが告げる。
チルドレンとして選出されてから訓練付けのアスカには結構な額のお金があるが……子供に大金を持たせるのはまずいという倫理的な理由からネルフが管理する
という名目で押さえられている。
「……絶対に渡す気がないわね」
「でしょうね」
「アスカちゃんはどうしたいの?」
「どうしたいって?」
「未来への要望よ。アスカちゃんが望むなら、シンちゃんの許可付きだけど世界の王にもなれるわ」
「そういうのはちょっと……」
「美形の男の子集めて逆ハーレム作れるわよ。
アスカちゃん、女王様系だから傅かれるの好きでしょう?」
「……ママ、アタシをなんだと思っているの」
本気で頭が痛くなる。この母親は娘をどう思っているのは本気で問いたくなる。
「だって、前回は思いっきりシンちゃんを扱き使っていたじゃない」
「なんで知っているの?」
「シンクロしているでしょう。おかげでアスカちゃんから前回の事も……知っているのよ」
前回の事を持ち出されると如何に調子に乗っていたのか……。
「シンちゃんが優しい子だから大丈夫だったけど。
もし怒っていたら……私もアスカちゃんも還ってきた時点で消滅していたわよ」
ありえた可能性の話にアスカの胸中に痛みが走る。
何も知らなかったとはいえ、先輩風を吹かせて振り回していた事実は変わらないのだ。
「一応、最悪の事態に備えてアスカちゃんに生命の実をあげられるから……ほんの少しだけ長く生きられるかもしれないけど」
「ほんの少しだけね」
「ええ、シンちゃんが動けば、他の皆さんもシンちゃんの意向に沿って動くわ。
見かけは人でも、彼女らは使徒であり、主の御心のままに働くもの。
今の状況のほうが異例な事よ。アダム、リリスに人類が何をしたか知っているでしょう?」
キョウコの指摘に思わず息を呑むアスカ。
ゼーレが勝手な事をしたと無責任な責任転嫁など使徒には知ったことではない。
既にアダム、リリス共に消滅したに等しい状況なのだ。
仲間や同胞を奪われ、利用され、挙句に自分達さえも利用する……怒っていない方が不自然かもしれないのだ。
「シンジの決断一つで……」
「即座に人類抹殺に動くわよ」
断崖の絶壁の両端に細い今にも切れそうな糸を括りつけて、その上を歩くようなものねとアスカはイメージする。
切れて崖下に落ちるか、踏み外して落ちるか、それだけの違いだけである。
しかも先は全然見えないのと変わらない。歩けど、歩けど……先は遥か遠くにある蜃気楼みたいなものだった。
「――そういうのは趣味じゃないんですけど」
「アスカちゃんを脅したわけじゃないけど……多少危機感を持って欲しくてね。
久しぶりって言うべきかしら?」
「お会いした事ありました?」
「赤ん坊の頃に一度だけね……碇シンジ君」
おちゃらけた空気をかき消してキョウコがお客人――シンジ――に椅子とお茶を差し出す。
椅子に腰掛けてシンジは出されたお茶を飲む。
「……良い茶葉ですね」
「セカンドインパクト前のものよ。あれのおかげで植生がかなり変わったから」
「確かにそうですね。リツコさんも言ってましたよ……年代物のお酒が高騰してるって」
「老人達がキープしているだけね」
「シンジ……どうやって此処に来たの?」
突然の来訪にアスカは、まあシンジらしいと思いながら一応聞いてみる。
「アラエル……第十五使徒の力の応用だよ。
キョウコさんが目を覚ましたから、これからどうするか聞きに来たんだよ。
一応、アメリカ国籍で人生やり直す気があるなら用意できますよ」
「良いのかしら……私はユイに協力していたけど?」
「一応、僕も人の親っていう立場になったんで……あまり娘の教育に悪影響を及ぼす行為はしたくないんです。
あなたを殺せば、アスカと敵対します。そうなると娘とアスカが殺し合いになりそうですし」
躊躇いなく殺すと言うシンジにアスカは怒鳴ろうとして、
「そうね。私は殺されても仕方がない立場にいるわね」
口を開く寸前にキョウコが自身の死をあっさりと受け入れる発言をして硬直していた。
「碇ユイは人類の生きた証を遺す等と言いながら初号機に入りましたけど……」
「私は拒否出来なかったわ。私が嫌だと言えば、他の人が乗る事になったし……拒否権が無かったのも事実よね。
ユイの失敗を見ても……妄執に凝り固まった老人達は諦めなかったわ」
「碇ゲンドウが老人達に差し出した人類補完計画は?」
「余計な物を出してくれたとしか言い様がないわ。
ユイが廃棄した時点で非常に危険なものなのに……」
淡々とキョウコはシンジの質問に返事を返している。
「で、この後どうします?」
「そうね。シンちゃんに任せるわ……アスカちゃんの事お願いしていい?」
「いっそ男性化させて……リンの婿にしましょうか?
サルベージする際に男性化のデーターに変更するのも悪くないかも」
「まあ♪ 一粒で二度美味しいってことね♪」
「な!? 何、言ってんのよ!?」
思わず二人に掴み掛かりながらアスカは叫ぶ。
「いや、冗談だけどね」
「そうなの。私は大歓迎よ」
「ママ!!」
「え〜〜、世界初の体験が出来るチャンスじゃない〜〜?」
とんでもない事を平気で話す母にアスカの心痛は深まるばかりだった。
自分の母親はイカれた人だが……アスカの母親も面白い人だなとシンジは楽しそうに二人の会話を聞いていた。
「ママ、縁切りしても良い?」
「我が侭なんだから〜」
「どこがよっ!! アタシは波乱万丈な人生は嫌いじゃないけど……性別まで変える趣味はないわ!!」
「そう? 元気良過ぎるから……男の子の方が似合うかな〜と思うけど」
「う〜ん……確かに。なんて言うか……ゴーインにマイウェイ?」
「あら〜シンちゃん♪ 良い事言ってくれるわね〜。
ゴーイングマイウェイより更に過激な生き方してるアスカちゃんらしいわ〜」
シンジとキョウコに自分の生き方を断定されて、
「確かに強引な点は認めるけど……そんなにヒドイ?」
ちょっと落ち込み気味のアスカだった。
「前向きな点は評価するけど、独走し易いのは直さないと苦労するよ。
流石に今回の暴走はフォローが大変なんだ。
リツコさん……心配させるなって怒っていたよ」
「うっ! ……やっぱり怒っているのね?」
リツコの怒りを買った事にアスカは頭を抱えている。
「リツコちゃんも大分ナオコの方に染まってきたわね♪」
「ええ、本人も自覚してますからいい感じですよ。
アスカにはリッちゃんの実験室の一日ツアーを体験して欲しいと伝言貰ってます」
「ちょっ! ちょっと!!」
アスカはヤバイ方向に向かっていると感じて焦りを感じていた。
「じゃあ、さっきの話を言ったら?」
「間違いなく実行するかもしれませんね」
「やっ! やめて―――ッ!!」
アスカの魂からの叫びが静かな世界に響き渡っていた。
……惣流・アスカ・ツェッペリンが男としてサルベージされる可能性が高まっていた。
水上都市部とその周辺で技術部のスタッフが慌ただしく作業をしている。
従来の監視システムだけではなく、新たに湖をモニターする為のシステム設置中にそれの活動が始まった。
「お、おいっ! 湖を見ろ!!」
「な!?」
赤く染まった湖面の中心部が泡立ち始め……湖全体に波紋が広がり始めた。
「赤木博士に連絡を!」
「分かった!」
観測を始めていたスタッフが手元のキーボードを操作しながら発令所に連絡を入れる。
『設置状況は?』
「八割方完了しました」
『ご苦労さま。急いで離れて』
通信機から出たリツコの指示にスタッフは即座に行動を開始する。
「一番から八番までは終わってるな!」
「おう! そっちは最終チェックも済んだ!」
「湖の内部を調査する探査機は?」
「二機だけ沈めた。他はまだだ!」
「……もう一機投入したかったな」
「無茶言うな!」
「分かってるよ!」
撤収作業を進めながら、現在の進行状況を話し合う。
「機材の回収は後回しだ! 今まで取れたデーターを送ったら撤収する!」
現場の責任者が怒鳴るようにしてスタッフ全員に告げる。
データーの転送を始めていたスタッフは手を止めずに作業を続行し、他のスタッフが慌ててフォローに入る。
しばらくして、
「よし! 終わったぞ!」
「撤収する!!」
転送が完了したという声が出ると同時にスタッフ全員が指示に従って現場を焦る事なく離れて行く。
「う、嘘だろ!?」
最後まで居残っていたスタッフが湖に目を向けて叫んだ。
「だ、第三使徒だと?」
現場責任者も動揺を隠せずに湖から浮かび上がってきた存在を見つめる。
――第三使徒サキエルと寸分違わない姿の存在が出現していた。
同じように発令所でもスタッフが驚愕の眼差しを正面スクリーンに向けていた。
「復活というか……再生したのね」
「さ、再生ですか?」
マヤがリツコの声に反応して聞いている。
「ええ、昏睡中のスタッフの記憶を奪って使徒を再利用していると見たわ」
リツコの意見を聞いて、息を呑むスタッフ。
もし正しければ、今まで撃破してきた使徒全てが姿を見せる事になる。
「……十三対一じゃないですか!」
「落ち着きなさい、マヤ! まだ全部出て来た訳じゃないでしょ!」
思わず叫んだマヤにリツコが一喝する。
「水中にある二機の探査機を使ってコアの位置を捜すわよ」
「は、はい!」
リツコの指示の意味を理解したマヤは即座に準備を始める。
コアの位置を特定して破壊すれば、使徒の活動は停止するので特定出来れば良いだけの話だとマヤは考えたが、
「ダ、ダメです! ATフィールドを確認! 探査機は潰されました!!」
送られてきた情報を分析中にいきなり途切れてしまい焦りを含んだ声で報告する。
「設置したソナーも潰されました!」
シゲルが更に行った報告に発令所の空気は重くなっていた。
「日向君、市民の移送は完了したわね?」
「は、はい。一応シェルター内に移送しました」
リツコの問いにマコトは即座に避難状況を報告する。
霧が晴れると同時にネルフの職員を総動員して、眠り続ける市民をシェルターに移送させるようにリツコが指示を出していた。
そして現在はシェルターの中で眠り続けているので、とりあえずの安全は確保していた。
「初号機、零号機の準備は良いですか?」
「ええ、整備は万全よ」
マコトがリツコに問うと、問題ないとはっきりと返事が返ってくる。
「第二級戦闘配置から第一級へ変更します!
サードダッシュのエントリーを急がせて「とうに出来ているわよ」……そ、そうですか」
気合を入れるように叫ぶつもりがいきなり挫かれて、マコトは拍子抜けしていたが、
『初号機、出られるわよ』
「初号機発進!!」
リンからの通信を聞いてマコトは号令を掛けた。
固定された初号機が射出口に移動して、加速されて地上に送り出される。
番外使徒――天災の名を与えられた使徒マカティエルとの決戦の火蓋が切って落とされた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。
再びオリジナル使徒編と相成りました。
とりあえず次回から前哨戦が始まり、再生された使徒との戦い……そして内緒にしましょう。
まあ大体予想通りになりますが、展開をばらすのもなんですし。
私としては、力の使徒ゼルエルを上回る存在になれば面白いかなと考えています。
それでは次回もサービス、サービス♪
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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