パンドラの箱――絶対に開けてはいけないと言われる物を例える際によく使われる言葉。
まあ意味は分かっているが、普通は開けてから後悔するのが常だ。
一応、最後には希望が残されているらしいが……。
麻帆良学園は学園都市というだけで多くの生徒を抱えている。
日本人以外の留学生もたくさん在籍し、多種多様な生徒がいるように、当然人格面の形成はこれからというのが事実だ。
最初から人格に優れた生徒ばかり集まる方が異常だろう。
やはり、まだまだ精神面で未熟な生徒も大勢いる。
所謂、不良という素行に問題のある生徒も存在し、生徒同士の抗争も起きる。
生徒間の抗争に歯止めを掛けるのはやはり教師で、"デスメガネ"と不良生徒から恐れられる教師もいる。
そして今日、後に"ライトニングバーサーカー"と呼ばれ、恐れられる
少女が麻帆良学園都市の黒歴史に……名を刻んだ。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 三時間目
By EFF
夕暮れの道を超から頂いた肉まんを食べながら、私は家路へと足を向けていた。
「やっぱり超はいい人だ♪」
パクリと噛み付き、口の中に広がる肉と野菜の旨味。
そして喉を通る時に感じる肉汁と野菜の持つ美味さが絶妙のバランスだと感じる。
食べ歩きという少々行儀の悪い行為だが、温かい内に食べないと不味くなるので仕方がないと理論武装する。
間食になるが、夕食は別腹。茶々丸の作るご飯ならば……残さず食べきる自信がある。
工学部で葉加瀬と超から茶々丸改造計画の相談を持ち掛けられて話し合う。
「茶々丸にカートリジシステムを組み込む事で魔法を使えるように出来ないカ?」と聞かれた。
魔力を動力源に組み込んでいるので、魔力の扱いは出来ると思うから不可能ではない。
しかし、茶々丸のコンセプトは前衛型の魔法使いの従者である以上、詠唱を行いながら戦闘をさせるのは難しい。
この場合、戦闘プログラムを変更しなければならないので、大幅な改修の必要性がある。
マルチタスク用のOSか、インテリジェントデバイス用のAIプログラムを組み込めば……可能だが、
(さすがにそれを組み込むと……不味いのだ)
超は魔法使いみたいだし、エヴァの事も知っているのでこちら側の人間だと思う。
葉加瀬は魔法を知っているみたいだが、他の学生にまでバラすわけにはいかない。
茶々丸開発は他の工学部の学生や教授達も参加している。
そのおかげで何処から技術が流出するか……読めなくなる。
超だけなら多少は不安だが構わない気がする。
しかし、葉加瀬はこちら側の人間とは言えないので、不可を出さざるを得ない。
その旨を告げて、葉加瀬には悪いがカートリッジシステムの組み込みを断念してもらう。
だが、これが最大の理由ではない。
(茶々丸が改造で居ない間……誰が私とエヴァの食事を作るのだろうか?
まだ私は五月クラスの食事は作れない……餓死しろと言うのだろうか?)
我が家の食を握っている茶々丸に何かあれば……大問題だ。
兵糧攻め――この言葉の真の
恐ろしさがようやく理解できた。
このような恐ろしい戦術を編み出した人物に敬意を払うべきか……恨むべきか……複雑な気持ちだ。
「……ん? 騒がしいな」
人が美味しい物を食べているのに、怒鳴り声などという無粋な声は聞きたくない。
周囲を見渡してみると学生同士が喧嘩している。
遠巻きに他の生徒が不安な様子で状況を見つめている。
しかも険悪な空気を撒き散らして……せっかくの肉まんを不味くさせようとしている。
「そこ……食事時に無粋な真似をするな」
睨み合っている学生達に注意する。
ちょうどこのまま真っ直ぐに歩くのが最短の帰路になる。
遠回りして、茶々丸が作ってくれたご飯が冷めるのは嫌だから通り抜けたい。
「うるせえッ!! 引っ込んでろ!!」
頭に血が昇っているのか……私の注意を聞かずに怒鳴り返してくる。
「私は家に帰りたいので、ここを通りたいのだ」
「知るかよ!!」
油断していたわけではないが、別方向から私にぶつかってきた生徒がいる。
どうやら喧嘩で吹き飛ばされたみたいだ。
「あっ! ああっ!!」
生徒自身が攻撃してきたわけではないので殺気がなく……反応が遅れた。
体勢を崩した際に、最後の一個の肉まんが手から離れ、地面に落ちて……踏み潰された。
「さ、最後の一個だったのに……」
「うるせえ! 邪魔だ! どけっ!!」
「あうっ!!」
動揺する私を突き飛ばし、生徒が乱戦気味の喧嘩場に戻っていく。
転びかけて地面に手を着いた先にあったのは……潰れた肉まん。
超が精魂込めて作ってくれた肉まん。
しかも「特別でサービスするネ」と言って、い
つも以上に具をたっぷりと入れてくれた肉まんが……心無い生徒の所為で踏み潰された。
心に黒い影が滲み……溢れて……黒く染め上げていく。
「ふ、ふ、ふ
ふふ……そうですか……そんなにも私に戦えと言うのですね」
私のセリフを聞いたのか……先ほどの生徒達が動きを止めてこちらを見つめている。
見物していた生徒は、何故か慌てて下がっていく。その表情は少し青かった。
内から吹き荒れる怒りの波動が漏れ出しているのか……空気が帯電しているような気がするがそんな事は知らない。
大人気ないと思い……笑って見せると全員が蒼白な顔で汗を掻き始めている。
失礼な人ばかりだと思い、怒りのボルテージが更に上昇する。
「……楽に死ねると思うなよ」
両拳を胸の前で打ち付けた瞬間、バチバチと青白い火花みたいに雷光が
輝く。
全員が首を左右に振っているが……赦す気は毛頭ない。
久しぶりに体術の訓練を行おうと思う。
この地に来て、エヴァから蒐集し、その後で手解きを受けた合気柔術という武術を試す絶好の機会かもしれない。
今までの私の戦い方は力押しがメインだったので、受け流し、捌くという戦い方は新鮮で使いこなせれば、新たな力となり得る。
それに、今まではこの世界の魔法の習得を第一にしていたので近接戦からは遠退いていた。
ちょうど、鈍っていないかと考えていたので好都合だ。
「ベルカの騎士……リィンフォース参る!!」
「「「「「ギャァァァァァ――――――!!」」」」」
体格差を考えて、そして殺すのは不味いと判断して電撃系の魔法を腕に纏わせ、打撃戦を開始する。
……決して楽に気絶させたくないと思ったわけではない。
私の至福の時間を奪った罪は重いの
だ。
……阿鼻叫喚の生徒間の抗争を見ていた生徒が後に麻帆良新聞に、
「食い物の怨みって本当に怖いです」
「……麻帆良に狂戦士が降臨した」
などと蒼白な顔で震えながらインタビューに答えていた。
抗争に参加していた生徒は今もトラウマになっているのか……銀髪の女性を見ると失神するらしい。
「む……やるアル」
「ふむ、さすがは騎士と言うだけのことはあるでござるよ」
偶然、その場に居合わせた古 菲と長瀬 楓は感心するように見物していた。
「お、お姉ちゃん」
「絶対に怒らせないようにしようね」
楓と同じクラブ――麻帆良散歩部の鳴滝 風香、史伽姉妹はその様子を震えながら見ていた。
「食い物を粗末にするな―――――ッ!!!」
「「「「「ギャアァァァァ―――――――!!!」」」」」
「私の肉まんを返せ――――――ッ!!!」
「「「「「お、お許しを――――――!!!!」」」」」
宙を舞う不良生徒達。
理不尽ではない(多分?)怒りに吹き飛ばされていく。
この後、慌てて駆けつけたデスメガネこと高畑・T・タカミチとのバーサク状態のリィンとの一騎討ちが始まる。
結果はドローに終わるが、終始押し気味だったのはリィンという意外な結果に生徒達は驚愕する。
「……いや、まあ落ち着くまで防御に徹しただけなんだけど」
高畑本人は教師陣にはそう説明していたが、生徒達は学園最強の座に変動が見られるのではないかと考えていた。
リビングで反省文を書く私にエヴァは、
「バカが」
「えぅぅ……」
冷え切った呆れた視線に更に落ち込んでしまう。
「う、ううぅ……でも貴重な一個だったのだぞ」
「そんな事は知らん」
「代わりと言っては何ですが……ミルクプリンを用意しましたので」
「……ホント?」
「はい。反省文を書き終えたらお出ししますね」
「う、えぅ」
「茶々丸……甘やかすな」
「そう言われましても……ハカセの改造計画を回避できたので……」
「む、そうだったな」
「はい、マスター」
茶々丸の魔法少女化計画と銘打った計画書を読んでエヴァは非常に複雑
な気持ちになった。
自身が魔法を使えない状態なのに、従者である茶々丸が魔法を使える……自身の器は小さくないが微妙に嫉妬心を刺激する。
幸いにも、反省文の提出を求められ、後になって暴走した事に落ち込んでいるリィンのおかげで回避できたがホッとした気分になった自分を知り……落ち込み気
味だった。
(カートリッジシステムを使えば、私も魔法が使えるが……魔力をリィンにチャージさせるわけか)
目の前の同居人に、「魔法が使いたいから、手を貸せ」と頭を下げるのは真祖のプライドがあるので嫌だ。
では等価交換で頼むのも良いが毎回使う度に依頼するのもゴメンだった。
「茶々丸、ミルクプリンちょうだい♪」
「はい、どうぞ」
妙に子供っぽい表情で茶々丸におやつを要求する少女。
(はぁ〜〜……人生ってなんなんだろうな?)
本当に幸せそうに食べるリィンとそれを微笑ましそうに見つめる自分の従者。
エヴァはホームコメディを間近で見ている気分になって内心でため息を吐いていた。
だが、本当の試練はこれからだった。
デスメガネと互角に戦える少女。
彼女を倒せば、デスメガネにも勝てると考える生徒が虎視眈々とリィンを狙っている。
リィンの明日はどっちだ?
意外なところから注目を浴び始めたリィン。
「……困るのぉ。どうしたものかね」
事件の詳細を聞いた近右衛門は本人を呼ばずに他の魔法先生から処分をどうするか……相談していた。
「方法には問題がありましたが、生徒間の抗争を止めたので反省文だけで良いのでは?」
学園長室に招集された一人、高畑がやれやれと言った様子で話すと、
「私も高畑先生の意見に賛同します。
正直、彼女のストレスを解消できた点は良かった物だと思われますので」
リィンと組んで仕事をした事のあるガンドルフィーニが発言する。
「彼女、かなりきてました……何故、自分が弾薬庫で勉強しなければならないのかと」
弾薬庫の一言に近右衛門は冷や汗を浮かべ、この場に出席していた魔法先生は非難の視線を近右衛門に向けている。
監視と言う意味で一箇所に集めるのは間違いではないかもしれないが、集め過ぎではないかとも思っていたのだ。
実際に担任を任されている高畑の苦労を知っている魔法先生は顔を顰めていた。
「どうするんですか? 確かイギリスからネギ・スプリングフィールド君を教師として向かえる予定でしたが……まさか!?」
嫌な予感を感じた瀬流彦先生が学園長である近右衛門に詰め寄る。
「彼を2−Aの教師にするつもりなんですか!?」
「……そのつもりなんじゃが」
"あんた、なに考えてんだ!?"という視線が近右衛門に集中する。
「彼はまだ十歳なんですよ! 教師としてはまだ未知数なのに、あの問題児を集めたクラスを任せるなんて!!」
瀬流彦が先生陣を代表して非難の言葉を述べる。
他の魔法先生達も同じ考えなので瀬流彦の意見に同調して頷いている。
「しかもですよ。あのクラスには彼の父親と因縁のあるエヴァンジェリン君「呼んだか?」っていつのまに!?」
「聞かれたくない会議なら認識阻害の結界でも用意してからしろ……筒抜けだったぞ」
いつの間にか、学園長室に入っていたエヴァが呆れた視線で魔法先生達を見つめている。
(脇が甘いって言うのは真実かも知れんな)
深いため息を吐いて、近右衛門の前に進んでいって、リィンの書いた反省文を差し出す。
「代わりに持って来てやったぞ……ジジイは信用できんし、顔も見たくないとさ。
今回の一件でかなりストレスが解消出来たみたいだが、正直やばい状況だったぞ。
なんせ、報復に木乃香をイジメても良いか?などと言ってたしな。
まあ今回の一件で回避できたぞ……ツイてたな」
「学園長〜〜!! 弾薬庫に火が点きそうですぞ!!」
皮肉げに裏事情を話したエヴァに他の魔法先生が頭を抱えながら近右衛門に叫んでいる。
「あんたの事は麻帆良の愉快犯って確信したみたいだし……今後の付き合いも色々考えてみたいだな」
「麻帆良の愉快犯……言い得て妙だな」
「……間違っていませんね」
魔法先生達も普段から近右衛門に振り回される事が多々あるのでリィンの愉快犯発言に思わず納得していた。
近右衛門は、やり過ぎたかの〜などと流石に焦りを感じていた。
「そう言えば、ナギの息子が教師として来るそうだな?」
「エヴァ、イジメないでやってくれるかのぉ?」
「断る」
即座に出た言葉に近右衛門の身体は硬直し、魔法先生達もやっぱり〜と思っていた。
弾薬庫に収められていた爆弾に火が点きそうな気配に魔法先生達は今後の対応を考えて肩を落としていた。
「手っ取り早く呪いを解呪するのなら息子の血液を搾り取るのが一番の早道だ。
まあ、そこまでするかどうかは顔を見てからだが……ナギの息子ならかなり出来る筈だから試してみたいものだ」
ククク、と凄みのある笑みを浮かべて、エヴァは面白い玩具が来る事を期待している。
解呪の目処が立っているので無理に動く必要もないが、イジメてみたい気は大いにある。
「この登校地獄を掛けた男の代わりだ。精々憂さ晴らしをさせてもらわんとな」
(((((強く生きるんだよ、ネギ君)))))
その様子に魔法先生達は、ネギに降りかかる災難に内心で涙を流していた。
この後、魔法先生達はネギを2−Aの担任にするのは避けましょうと近右衛門に詰め寄るが、
「ネギ君の成長のためじゃよ。
それに高畑君を対外交渉に専念させたいのでな」
という正論のような屁理屈に人の好い魔法先生達は気勢を削がれてしまった。
実際に高畑先生の負担は大きいので、担任から外すべきではないかと考えていた先生方だ。
かと言って、自分が代わりに担任になるのは避けたいのも事実。
結局、ネギの2−A組の担任就任は回避出来ずに終わった。
近右衛門の考えが、吉と出るか、凶と出るか、今はまだ分からない。
ただ十歳の少年に重い十字架を背負わせたかなと魔法先生達は思うが……人間、自分が可愛いのも真実だった。
桜咲 刹那は転入生であるリィンフォース・夜天という人物について考えを巡らせる。
危険人物ではないと思いたいが、なにぶん悪の魔法使いとの噂があるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの同居人だけに不安だった。
自分の護衛対象である幼馴染の近衛 木乃香に危険が及ばないか、その一点が心配の種だった。
「龍宮はどう思う?」
寮でのルームメイトである龍宮 真名に聞いてみる。
聞くところによると何度かこの学園の警備で仕事を共にしたらしい。
刹那は木乃香の護衛を第一になっているので、巡回系の警備はあまり参加していない。
その為にエヴァ、リィンの両名とは一緒に行動する事がないので判断材料が少なすぎて敵味方の区別が付かないのだ。
「さあな、正直よく分からないと言うところだ。
何度か仕事で一緒に行動したが……手の内をそう簡単には見せてもらえなかった」
「……そうか」
エアガンと本人は言っているが、たぶん本物だと思われる銃の分解整備の最中なので顔は自分に向けられてはいなかった。
「ただ……」
「なんだ?」
「敵に回すのは避けたいね。狙撃のスキルが有りそうだし、ロングレンジで戦うとなると厄介なんでね」
確信したわけではないが、真名はリィンの仕事時の様子から何となく感じていたのだ。
「お前がか?」
銃火器に関しては真帆良ではトップクラスの実力者の真名をして避けたいと告げられると刹那は危機感を感じている。
「ちなみに楓は面白そうな御仁でござると言い、古はぜひ手合わせしたいアルだとさ」
「あの二人も目を付けていたのか?」
「刹那の場合はお嬢様に危機が迫っているかの方が問題なんだろ?」
少々からかうと言うか、些か呆れを含んだ声で真名が刹那に尋ねていた。
刹那はお嬢様こと近衛 木乃香を安全が全てだという忠義一徹みたいな少女だ。
仕事でも、報酬次第では決して動かないシビアな真名には、そういう面倒というか、重い話は遠慮したいのだ。
「そうだ」
「それに関しては学園長次第だそうだ」
「なんだ、それは?」
「偶然にも食事の席で相席になってな。一応周囲を警戒しながら聞いてみたのさ。
「学園長が面倒事ばかり、押し付けるのなら報復で木乃香嬢に嫌がらせしても良いだろうか」ってね」
「なんだと!!」
刹那は即座に立ち上がり愛刀である夕凪を握り締めて部屋を出ようとする。
「落ち着け」
「な、なにをする!?」
整備が完了した銃を刹那の足元に発砲して、足止めを行ってから肩を掴んで止めた。
「最後まで話を聞け。
学園長が何もしなければ、彼女は動かん。
刹那が独断で動けば、当然彼女は学園長の仕業と判断して却って捩れるぞ」
「な!?」
「彼女は木乃香嬢を悪く思ってはいないが、学園長とは上手く行っていないだけだ」
「しかし、それでは危険では?」
危険要素がクラスにあるのは嫌だと言わんばかりに刹那が真名の手を振り解いて行こうとする。
「別に行っても構わんが……負けた時はお嬢様の守りがなくなり、最悪の状況になると覚悟しておくんだぞ。
実力的には五分じゃない。明らかに刹那のほうが不利だ」
そんな事はないと叫ぼうとした刹那に真名は告げる。
「言った筈だ。手の内は見せてもらっていないが、それでも仕事で実力の一部は見せてもらっている」
「だからなんだ?」
「分からんのか? その状態で五分なら、全力を出されて勝てると思うのか?」
刹那はリィンの実力はよく分からないが、真名の眼力を疑ってはいない。
自分とリィンの二人の戦い方を間近で見た真名だけに自分よりも冷静に判断しているのだと刹那は気付かされた。
「しかし、そんなに差があるのか?」
「あるね。彼女は普通の魔法使いじゃない。
どういう方法なのかは判明しないが、呪文詠唱の速度が半端じゃなく速い。
あれだと普通の魔法使いが一つ唱えている間に二つ、三つ唱えられそうだ」
「な、なんだと!?」
驚愕という表情で刹那は真名を見つめている。
近接戦をベースにしている刹那にとっては最初の呪文を神鳴流の技で防いで一気にクロスレンジにまで持ち込むのが基本だ。
だが、真名の言っていることが事実なら、リィンの場合は根本から戦術を見直さないと近づけないかもしれない。
足止めさせられたまま、削られて手も足も出ずに敗北する可能性もあるかもしれないのだ。
「何気に〈魔法の射手〉を百発出して、さらに追撃でタイムラグのない状態で二百発だぞ。
弾数制限がない彼女が羨ましかったよ」
「そ、そんな……」
そんな事が可能なのかと刹那は思ったが、目の前の真名がいい加減な事を言う人物ではないと知っているので危機感を募らせる。
神鳴流に飛び道具は通じないと思っているが、処理できる数を超える攻撃を受ければ……通じるのが現実。
一応、全身に気を纏ってダメージを最小に出来ない事もないが、それでもゼロに出来るわけじゃない。
「魔力量は多分この学園で一、二を争うだろうね」
真名は肩を竦めて、厄介な人物だと告げている。
リィンの過去を真名は聞いていないので、彼女が魔法使いではなく、魔導師という事も知らない。
そう……広域破壊魔法や天候制御による攻撃魔法、空間破壊と言った術まではエヴァ以外は知らないのだ。
「一つ手がない事もない」
「あるのか?」
「ああ、同じ仕事に就いているんだ。一度手合わせをしたいと言えば……乗ってくれるかもしれない。
後はそれを足掛かりに事情を説明して、お嬢様と学園長を別個に扱ってくれと頼むしかないね」
「なるほど、確かにそれならば」
「その際は私も立ち会ってやるよ。向こうもエヴァが立ち会う可能性もあるしな」
真名自身もリィンには興味があったので渡りに船という感じで、リィンの実力を見てみたいと考えていた。
刹那は真名が提案した意見を吟味していく。
(剣を交わす事で分かる事もある。独断で動くのなら、これが最善なのかもしれませんね)
刹那は決断する。まずは相手の力量を知り、事態が動いた時に対応出来るように対策を練るようにする。
学園長の尻拭いみたいな気もするが、お嬢様の安全が刹那にとって全てであるのだ。
2−A組四天王の一人、桜咲 刹那VSリィンフォース・夜天の戦いの幕が開こうとしていた。
時折、遠くから獣の遠吠えが聞こえる。
空間転移を行う事で別の次元世界に移動出来る私は偶に訓練を兼ねて来る事がある。
人のいない世界ならば、魔法を見せても問題ないし、魔法使いが居なければ、自分の得意とする魔法も使える。
騎士甲冑を纏い、先に剣十字のある杖を持つ本来の姿で魔力レベル中クラスの魔獣と相対する。
「ソードフォーム」
『イエッサー』
シュツルムヴェレンを烈火の将シグナムが使用していたレヴァンティンに似た剣の柄の形に変形させる。
そして魔力で刃を形成して、フェイト・テスタロッサが使っていた技を真似てみる。
状況に応じて形体を変える事で騎士達の能力を活かすようにし、更に小さな勇者達の力も併せてみる。
レヴァンティンの倍以上に長さにも変わるが重さは変わらないので取り扱いは変わらない。
「受け流す、捌くという技術を上手く噛み合わせるには時間が掛かりそうだな」
シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三人ともパワーファイターに近しい性質を持っていた。
相手の力さえも利用して、ダメージを与える合気柔術の技法は真逆の戦い方だ。
だが、今の私は一人なのだ。彼らの力を借りられない以上は一人でも戦い抜ける方法を模索しなければならない。
力押し以外の方法を覚えるのはどうしても必要だった。
「問題は魔獣を相手では上手く行くが……対人戦でも通用するかどうかだな」
真正面からガンガンぶつかってくる魔獣を捌く事は出来るようになった。
しかし、問題はこれが対人戦に通用するかどうか不明な点だった。
超包子での手伝いを終えて、家へと歩を進める。
「四葉は良い人だ……お土産をくれるなんて」
杏仁豆腐――明日のおやつにどうぞと言ってくれた四葉に心から感謝する。
浮ついた連中が多いクラスの中でしっかりと腰を落ち着けて生きている彼女はエヴァが敬意を払うだけの事はある。
「朝倉やら、早乙女に爪の垢でも煎じて飲ませたいものだな」
特ダネを追い求めて混乱を巻き起こす朝倉に、ワケの分からない事を口走ってこれまた混乱を引き起こす早乙女。
またそれに振り回されるクラスメイト達を見る度に呆れさせられる。
まだ精神面では幼いという事なんだろうが……付き合いきれない。
「そこにいるのは誰だ?」
手前の茂み辺りに誰かの気配がする。
生体反応からして二名。超包子から後を付けられた形跡はないので、待ち伏せされたのかと思って警戒する。
「もしやこの杏仁豆腐を狙う輩か?」
四葉の手作り杏仁豆腐。その価値はとても言葉では言い表せる物ではない。
リスクは高いが、襲うだけの価値はあると判断して警戒を強める。
「違います!!」
「私は食べたい気もするがな」
「た、龍宮!?」
「ふ、ふふ、冗談だよ」
クラスメイトの桜咲と龍宮が茂みから出てくる。
前回のパターンで行けば、この後で杏仁豆腐が潰されるかもしれないと判断した私は防壁を遅延発生式で展開しておく。
「龍宮、この杏仁豆腐は渡さんぞ!
まさか、桜咲を助っ人に呼ぶとは!!」
「いや、だから違います!」
警戒する私に否定の言葉を告げる桜咲。
「本当に違うのか?」
「断じて違います!!」
「だが、龍宮の目は本気そうに見えるが?」
「実は食べたい」
「やはりそうなのか!」
「話をややこしくするな!!」
「……冗談だよ」
刀を龍宮に突きつけて黙らせる桜咲。
今にも刀の刃で首筋が切れるような状況下でも平然としている龍宮の豪胆さに少し感心した。
「では、何だ?」
「そうだな……リィンとはまだコンビを組んだ事がない桜咲が一度手合わせしたいと言うのさ」
「ほう。剣術使いか……日を改めて、場所を用意してやるのなら構わんが?
一応規則というか、魔法使いの技を結界も張らずに見せるのは不味いしな」
今すぐというのは絶対に避けたい。
茶々丸が用意してくれている夕飯が冷めるし……龍宮の杏仁豆腐を見つめる視線が気に掛かる。
漁夫の利作戦……私と桜咲の対戦中に杏仁豆腐に手を出す気なのかと勘ぐってしまう。
「それで構いません」
「では、後日にでも連絡を入れてからという事で良いな?」
「はい」
「私も立ち合いたいのだが構わんか?」
「別に良いが……そこで見た事は他言無用だぞ」
私の意見に龍宮と桜咲は首を縦に動かして合意した。
リィンフォースさんとの接触が上手く行ってホッとしながら、隣の龍宮に目を向けた。
「ちょっと残念だな。四葉の作った杏仁豆腐が食べられなかったのわ」
「……龍宮、本気だったのか?」
「本気さ。食べ物が絡めば、リィンは本気になるからな」
「……食い意地が張っているという事か?」
「本人の前で言ったら……死ぬかもしれんな」
肩を竦めて返事をする龍宮にどう声を掛けるべきか悩む。
挑発としては有効かもしれないが……バカバカしい気がする。
一応の目的は達成出来たので、二人して帰宅して返事を待つ。
翌日、日時を決めて、手合わせを行う事が正式に決定した。
「此処か?」
「そうだな。一応、エヴァンジェリンの住む家だ」
メモに書かれた住所へと向かい、ログハウスに辿り着く。
扉をノックして、家人を待つと、
「ようこそ」
あまり表情を変化させない絡繰 茶々丸さんが出迎えてくれた。
そのまま、リビングに案内してもらうと、この家の主人であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんとリィンフォース・夜天さんの二人がソファーに
座っていたが、
「な、何をしているんですか!?」
リィンフォースさんが服の胸元を大きく開いて、エヴァンジェリンさんが彼女の首筋にキスしている光景に思わず大声を出してしまった。
「居候だからな。食費兼家賃を払っているんだよ」
「ああ、そういう事か」
隣に立っている龍宮があっさりと納得している。
「はい。一般の方を襲うわけにも行きませんから」
「吸血鬼化しないように後で抗吸血鬼化薬を飲むけどな」
「……そ、そういう事でしたか」
真祖の吸血鬼という事を思い出して、慌てた自分を恥じる。
まさか女性同士で性的な行為をしている最中だったのかと焦ってしまった。
「学園の生徒を襲うより魔力を回復させやすいそうだ」
「ほう……便利なものだね」
感心するように龍宮が話した後、食事?が終わったのかエヴァンジェリンさんがリィンフォースさんから離れた。
「ふん。まあ座れ」
尊大というか、力を封じられてもそう簡単には負けんという意思を見せ付けるエヴァンジェリンさん。
服装を元に戻したリィンフォースさんが茶々丸さんが差し出した薬を飲んでいる。
「場所はこの地下に用意した。不服ならば、リィンが別に用意するがな」
エヴァンジェリンさんの説明によれば、魔法を使った別荘がこの家の地下にあるらしい。
一度入ると二十四時間出る事は叶わないが、外では一時間しか経過しないらしい。
まず一度入ってから、十二時間ほど休息を入れてから手合わせする予定だ。
「ここでの戦闘の結果は一切他言無用が条件だからな」
「承知した」
「まあ、そんなとこだろうね」
お互い自分の手の内をベラベラと話されたくないし、問題ないと判断する。
「ところで二人は私のことを学園長からどう聞いている?」
「フリーランスの魔法使いって言われたよ」
「私も同じ事を聞きました」
リィンフォースさんの詳細はその程度しか聞かされていない。
その所為で色々不安を感じているのだ。
「では話しておこう。私は魔法使いじゃない、此処とは別の世界からやってきた魔導師だ」
「魔導師……ですか?」
「別世界ね?」
私も龍宮も半信半疑というか、ほとんど与太話みたいに感じている。
「事実だぞ。まあ専門家じゃない二人には信じられんかもな」
ヤレヤレと言った様子でエヴァンジェリンさんが告げる。
「こちらの魔法使いの術式とは全然違うし、戦い方も別物だ」
「そんなわけで監視という意味も込めて、ジジイが2−Aに放り込んだ。
なんせ問題児が多いからな。私個人としては、何も弾薬庫に放り込むなよと言いたいが」
「……学園長らしいね。相変わらず火遊びが好きな御仁だな」
「が、学園長……」
二人はあっさりと弾薬庫発言をスルーし、龍宮は呆れ気味に、桜咲は頭を抱えている。
「桜咲は木乃香が危ないと思ったんだろうが……文句があるならジジイに言え」
グウの音が出ないというか、桜咲は何か言おうとして黙り込んでしまう。
「クラスメイトと好き好んで殺し合いがしたいわけじゃないし、まあ祖父の事で孫をイジメるのもみっともないから安心しろ」
「……すみません。学園長のせいで」
思わず謝罪してしまう。
確かに今のクラスは私を含め、ちょっと問題児が多いかなと常々感じていた。
元々この学園の生徒はお祭り好きの性質を持つ人物が多いので、あのクラスでは安易に気を抜くと何かと不味いのも確かだ。
魔法を秘匿する義務がある以上、トラブルが起きないようにするのが一番だが、あのクラスはトラブルを呼び込む者が多い。
しかもノリのいい人物が大勢いるのでトラブルの種に事欠かない。
「悪い御仁じゃないが……遊び心があり過ぎだね」
「ジジイの悪趣味は昔から変わらんよ」
龍宮、エヴァンジェリンさんがヤレヤレと言わんばかりに肩を竦めて諦めた様子でいる。
「さて、そろそろ始めるとしよう」
リィンフォースさんが立ち上がり、地下室へと案内する。
「こりゃまた便利な物があるんだな」
「骨董品だ……ただし、結界破壊の魔法は絶対に使うなよ」
「分かってるさ。別荘とこの家を破壊する気はない。
本当は次元転移で別の惑星で戦うのが一番なんだが……野生のドラゴンが乱入したら不味いからな」
「ド、ドラゴン?」
ちょっと物騒というよりも、非常に危険な話が出てきたので焦る。
「近場にある人のいない場所で、人が活動できる星がそこしかないんだよ。
大型の肉食獣ばかりなんで私は対応できるけど、お前達は無理じゃないかと思ってな」
「は、はあ……」
与太話でスルーしたいのだが、表情が真剣だから……まさかとも考えてしまう。
真祖の吸血鬼と同居する人物ゆえにそれなりの力量があると思われるので、即座に否定できない。
この後、休息を挟んで私と龍宮はリィンフォースさんの真の実力を見る事になる。
相手にとって不足はないと考えていたが、それが如何に傲慢かを思い知らされる事になろうとはこの時は知る由もなかった。
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EFFです。
クロス物の難しさを感じながら日々書いています。
ネギまの第二作のアニメを見たんですが……モツが結構気に入りました♪
佐々木まき絵との絡みとかオイシイかも。(イイ意味で)
未だ主人公のネギ君が出ないのは何故と思いつつ、活目して次回をお持ちください。