「くっ!」
フラッシュムーブという高速移動魔法は瞬動法に匹敵……いや自由に空中を飛び回れるので、それ以上かもしれない。
魔法使いが主に箒や杖に乗って飛ぶのとは一味違う。慣性を無視している訳ではないと思うが、旋回性が良過ぎる。
黒色のインナーに、金色の縁取りの白いジャケット、白い帽子と肩と腰に金属製の騎士甲冑を身に纏う姿は騎士か、戦う聖職者をイメージさせる。
剣十字の杖に、背中には魔力で構成されたと思われる六枚の光の翼がある。
地上スレスレのところに滞空して、一撃を加えたら即座に離脱。ヒットアンドウェイに徹して戦われると追いつけない。
私が一気に肉迫する速度よりも、リィンフォースさんの加速が勝っている。
タイミングを合せて広域破壊攻撃の技を撃ち込んでみたが……幻影による身代わりだった。
しかも戦い方を格闘戦から狙撃……いや、あれは砲撃戦と言っても過言ではないパターンに変えられた。
龍宮の言う通り、剣林弾雨のように襲い掛かる砲撃に死角から当てようとする<魔法の射手>以上の魔力弾を回避するのは……厳しいものがあっ
た。
全身に気を纏う事で守りを強化し、ギリギリの処で回避しているが……そう長くは持ちそうになかった。
そんな状況下でリィンフォースさんは冷ややかな視線を携えて、私のすぐ近くに滞空している。
……魔法弾は彼女の周囲で待機しながら。
「いい加減、本気になって欲しいものだな」
「私は本気で戦ってます!」
思わず怒鳴るように反論するが、リィンフォースさんの視線は厳しいものがある。
「ふざけるな! 本来の姿で戦え!!」
ギシリと心が軋む。バレてしまった……私が半分人間でない事を。
そして頭の中をよぎってしまう……幼い頃の痛みを伴った辛い日々を。
「手合わせとはいえ、全力で戦いましょうと言ったのは誰だ!」
心が動揺しながら立ち竦む私に、リィンフォースさんが感情を爆発させる。
「たしか……ハーフと聞いたが、本来の姿になれば、今よりも力が出るはずだ。
これ以上、私を愚弄するな!!」
烈火の如く昂ぶる感情を見せながらリィンフォースさんが構えている。
確かに背中にある翼を出せば、空中戦も出来るし、力も強くなると思う。
だけど……その姿には嫌な思い出しかなく、見せたくないし……見られたくない。
「あ〜〜すまない。刹那はその姿になる事を恐れているのさ。
なんでも昔、迫害された事があってね」
龍宮が気まずそうにリィンフォースさんに向かって告げる。
彼女には内密にという形で説明していたから、事情を代わりに説明してくれた。
「……そうか。すまなかったな」
リィンフォースさんが杖を下ろし、申し訳なさそうに私を見つめている。
「……どこの世界にも歪みは消える事無くあるのか……やりきれんな」
「ま、そういう事さ。私もそういう嫌な場面を何度も見ているしね」
同情されているわけでもなく、淡々と龍宮と世界の在り方について話しているだけだ。
「かつて私の居た世界では人以外の存在もまあそれなりに普通に暮らしていたからな。
そんなわけで私は特に気にしないがな」
膝を着いていた私の手を取って立たせて告げるリィンフォースさん。
「生まれに文句を言っても変えようがない。
後ろ向きな事を考えるより、前向きに考えるようにしないと……心が挫けやすくなるぞ」
「挫けるとは?」
「後ろ向きな考えっていうのは悪いほうへ悪いほうへ向かってしまうもの。
そうやって自分で自分を否定していくのは、自身を弱体化させる事に繋がるのだ」
痛いところを突かれた。言われなくても承知していた筈なのに……自分が半分人でない事を指摘されて動揺した。
強くなると決めたのに、何も変わっていない。心はまだまだ弱いままだと気付かされた。
「エヴァみたいに悪の魔法使いと叫んで開き直るくらいが……いや、それはそれで不味いか」
「……どういう意味だ?」
「ソッチノオ嬢チャンハ、御主人ミタイニ図太クナイカラサ」
「なんだとっ!?」
ケケケと笑いながら、チャチャゼロと名乗る人形がエヴァンジェリンさんをからかっている。
「この事は護衛対象である近衛 木乃香は知っているのか?」
「……いえ、お嬢様には言っておりません。
あの……この件は内密に「弱いな……そんな調子では木乃香嬢を守るのは不可能だな」―――っ!!」
「対象者に近付く事なく、護衛し続けるなど……論外だぞ。
いずれ破綻して……守りきれずに失うという結末が見えてきそうだ」
興味が失せたという空気を纏ってリィンフォースさんが武装を解除して私から背を向けて別荘の中に戻ろうとする。
「わ、私はお嬢様を守り抜いていきます!!」
ここで引き下がってしまえば、本当に護衛失格と思われてしまう。私は力の限りを見せるように声高く叫ぶ。
「無理だな……お前は弱い。木乃香を信じていない者が守れるとは思えん」
「どういう意味ですか!?」
慌てて走り出して、リィンフォースさんに詰め寄ろうとして、周囲に浮かんだ魔法陣より飛び出した鎖に手足を拘束された。
起動キーとなる言葉を詠唱せず、呪文も詠唱していないのに魔法が発動した。
驚きながら私はリィンフォースさんが近付くのを見ていた。
彼女は私と見つめ合う距離にまで近付いて告げる。
「木乃香の前でお前は本来の姿になり、全力を出せない。それで守り抜くなど……随分と傲慢な事を言うんだな」
言葉の棘が心に突き刺さる。命に懸けても守り抜くと自身に誓っていながら……迷いを抱えていた事を見透かされた。
「本来の姿を見られたら嫌われる。そして嫌われなくない。
そんな事だろうと思うが……木乃香が友人であるお前を嫌うと思っている時点で木乃香を信じ切れていない。
つまり、お前達の友情など偽物だとお前自身が思っているんじゃないのか?」
「ち、違う!! そんなことない!! このちゃんはっ!!」
否定の声を出しているが、どうしようもなく悲しくて涙が出てしまう。
このちゃんを信じ切れていない……このちゃんは私を嫌わないと思っているのに、一歩を踏み出せない自分の弱さを思い知らされる。
「リィン、アマリ虐メテヤンナヨ」
「そうか、いずれバレる事だ。周囲が隠していようが潜在能力は時が満ちれば覚醒する……本人が望まなくてもな」
「そうだな。本人が望むまいとな」
「オモシレェジャネェカ……ソノ時ニ支エル者ガイネェナラ怯エテ、オカシクナルンジャネェカ?」
「それは周囲のミスだ……力に怯えて壊れようが知った事ではない」
「そ、そんな事はさせません!!」
チャチャゼロ、リィンフォースさんにエヴァンジェリンさんの、このちゃんの未来予想を否定する。
「側にいないお前がどうやって支える気だ?」
エヴァンジェリンさんの一言が私の意見をあっさりと打ち砕く。
「木乃香とお前の間には深い溝がある。それはお前自身が作った物だから、お前が動けば埋める事は出来る。
しかし、木乃香を信じていないお前に埋める事が出来るのか?」
「ケケケ、無理ジャネェカ。コイツ、弱イカラナ」
そしてリィンフォースさんの問いに私は答えを返す事が出来ず、チャチャゼロさんにも弱いと言われてしまう。
「改善したいのなら早めにしろ。もし木乃香に知られた時、お前を犠牲にしたと思われたら側にいなくて良いと言うぞ。
そうなれば、二度と側に居られないし、木乃香の方がお前から遠ざかる」
優しいこのちゃんなら、リィンフォースさんの指摘通りの展開になるとの考えに至ってしまう。
「わ、私はどうすれば?」
「知らん。お前の人生だ……自分で決断して全部背負って生きろ」
突き放すように告げて、拘束を解除して、リィンフォースさん達が別荘の中に入って行く。
「……龍宮、私は弱いのか?」
「さあな、力はそれなりにあるし、一概に弱いとは言えないさ」
最後まで側に居る龍宮に聞いたが、どっちとも取れる意見に自身の足元が崩れた気がしてならない。
私は間違っていたのだろうか……もっと他に良い方法があったのではないかとグルグルと袋小路に迷い込んだように悩んでいた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 四時間目
By EFF
「ズイブント、オ優シイコッタナ」
「何処がだ? つまらん戦いになったから嫌がらせしただけだが」
「嘘コケ。言葉ハキツイガ、テイノイイアドバイスジャネェカ」
「そうだな。悪人にしては甘いぞ」
からかうように話してくるチャチャゼロに、冷めた視線で告げるエヴァ。
「そうかもしれんな。以前、守護騎士達が同じミスをした所為かもな」
主はやての為に後ろ暗い事をしていた守護騎士。
その心の間隙を突くようにグレアムの使い魔たちの攻撃を受けて……主はやてを悲しませた。
最後は上手く行ったが、まさに痛恨のミスと今にして思ってしまう。
「子供に泣かれるのは苦手でな」
このまま行けば、不幸になると感じて忠告したが、こういうのは苦手の所為か、結局……泣かしてしまった。
「子供を泣かせる時点で私はやっぱり悪人なんだろうな」
「さっさと開き直って、こっちへ来い。綺麗事で誤魔化す偽善者など面倒事ばかり押し付けられるぞ」
「ケケケ、ソウイウコッタ。悪ナラ悪ラシク生キヨウゼ」
「よく言うな……意外なところで善人ぶるくせに」
「マア御主人ハ、ヘソ曲ガリダカラナ」
「黙れ! チャチャゼロ!」
悪の魔法使いと自称しながらも、お人好しの部分を残しているエヴァ。
個人的にはエヴァのそういう部分が結構気に入っている。
チャチャゼロとエヴァの掛け合いを聞きながら、茶々丸が用意してくれた紅茶を飲む。
中途半端な手合わせにはなったが、桜咲が一皮剥けて強くなれるかは本人次第だ。
自分で自分の殻を破らない限りは桜咲も木乃香も不幸になる。
切っ掛けの一つになれば良いと私は思っていた。
山下 慶一は友人達の前で数え切れないほどのため息を吐いていた。
3D柔術という独自の流派を名乗る慶一は麻帆良学園では中堅クラスの有名人である。
同じように独特の武術を使う友人達と麻帆良四天王などという二つ名を持っている。
「山ちゃんはどうしたんだ?」
同じ武の道を歩く友人の様子を不思議そうな顔で見つめていた豪徳寺 薫は他の二人に聞いてみる。
薫もまた喧嘩殺法 未羅苦流という武術を使い、気を用いた遠当てが使えるほどの生徒だ。
彼の場合、一番の問題はその姿にあるが。
「朝からああなんだぜ。辛気臭いというか、俺のほうが聞きたいぞ」
「なに、朝からなのか? 昨日は特におかしくなかったから……今朝に何かあったんだな」
同じクラスの中村 達也が友人の変わり様にお手上げと言った感じで話している。
彼もまた気を用いた遠当て、烈空掌を使い遠距離からの攻撃も出来る武術家だ。
髪を立てて、どことなく快活で今風のヤンキーとまではいかないが不良っぽい少年から大人へと変わろうとする姿だ。
そして中国拳法の使い手の大豪院 ポチは状況を鑑みて、一つの結論を出して、二人に告げている。
この中では一番ではないが二番目辺りに印象が残りそうな青年。
長髪で、ぶ厚めの唇が目立ち、三枚目に見えるが言動が一番落ち着いているようにも思える。
「朝か……朝錬のランニングで何かあったか?」
「もしや……中武研――中国武術研究会――のニューフェイスと戦ったのか?」
薫の疑問に慶一の肩が震える。
「噂のライトニング「知っているのか、薫!?」って――」
慶一が即座に反応して、薫の肩を掴んで尋ねる。
「お、おお。今もっとも注目を集めている少女だろ」
「そ、そうなのか、大豪院!?」
「俺も聞いたぞ。デスメガネと一戦交えてドローだったんだよな?」
「ああ、週末の超包子でお手伝いしているとも聞いた。
おかげであの周辺の治安は一気に改善されたらしいな」
「しゅ、週末だな。週末の超包子で会えると言うんだな」
薫が頷いて肯定すると、慶一は先程までと態度を一変させて浮かれ始めている。
慶一のあまりの豹変に三人はスクラムを組んで顔をつき合わせて会話する。
「どう思う?」
「まさかとは思うが……惚れたとか?」
「あの"ライトニングバーサーカー"にか?」
三人は顔を上げて慶一のほうを見てから再び顔を合せる。
「あいつ、趣味変えたのか?」
「まさか! 同じ柔術系だから挑戦する気には……見えんか」
慶一の浮かれっぷりを見て、達也が友人が壊れたのかと思って焦っている。
大豪院 ポチがフォローするように話してみたが、慶一の様子を考えると自信がなさそうになり……不安になる。
「山ちゃんは知っているのだろうか?」
「「知らないんだろうな」」
この後に起こる慶一の試練に三人は乾いた笑みを浮かばせている。
中武研の部長、ウルティマホラチャンプの古 菲と時々対戦している事は噂になりつつある。
大豪院 ポチもその噂を聞いて、一度見物に行った事がある。
「合気柔術系だな……しかもかなり出来る」
「デスメガネと互角なら、気の使い手だろう」
原理は判らないが、気を使って相手を吹き飛ばす技を使う高畑に対抗するには気の使い手だと薫は大豪院 ポチに話す。
「烈空掌が通用すると良いんだが」
「待て! 俺が先に目を付けたんだぞ。まずは俺がやる!」
「ズリィぞ、薫。ここは中国拳法の俺が」
「お、おい、山ちゃんはどうすんだ?」
話の方向がズレ出したので薫が修正しようと二人に聞く。
「色恋沙汰に首を突っ込む気はない」
「そうだ。武の道に女など不要だ」
「ま、まあ……そうなんだが、山ちゃんの事を考えると」
「「フラれちまえ」」
薫の心配する声に達也と大豪院 ポチが即座に反応している。
「モテる男は敵だぞ」
「そうだ。あいつばかり、何故モテる? 顔か、やっぱり顔なのか?」
四天王と言われも、モテるのは……山下のみという現実に達也と大豪院 ポチが慟哭する。
「俺はモテなくても構わんが」
「お前は格好を何とかしろ」
「そうだぞ。流石にその格好は時代錯誤だぞ」
薫が何気なく告げると、二人が深いため息を吐きながら薫に視線を向けている。
「「お前はいつの時代の番長だ」」
「バカ野郎。これは俺の流派の胴着だぞ」
リーゼントの髪型といい、長ランを着て……一昔前の不良で硬派の番長スタイルの豪徳寺 薫。
今時、そういう格好をする生徒などいなく、絶滅種とも言えなくないのに、平気な顔で着こなしている。
かと言って、今風のスタイルにさせても思いっきり違和感が出そうな気がするから……敢えて言わないが。
「とりあえず服装の事は置いといて、今週末は超包子で決まりだな」
「ああ、正体を知らずに自滅する慶一を見るのも面白いからな」
「……山ちゃん、骨は拾ってやるぞ」
コホンお一つ咳払いして、達也が今週末の予定を決定する。
人の不幸は蜜の味というわけではないが、薫は腑抜けた慶一に活を入れるため。
達也と大豪院 ポチは慶一のナンパが失敗するのを側で生温かく見守るために、件の少女の情報を出さない事にした。
……決して友人の悲劇を見たいわけではないと思うが。
浮かれた慶一に三人が辟易しながら日が経って……週末となる。
「……でだ。あの少女の何処が気に入ったんだ」
四人掛けのテーブルに陣を取って注文を頼む。
ちなみに注文を取ったのは、中武研の雄 古 菲で、四人は別の意味で緊張感に溢れていた。
その理由として、四人とも武道に携わっている所為か、意外な事に礼儀には気を遣っていたりする。
相手は自分達よりも強い人物なので、身構えたというか……格下の自分達が目上の人物に注文を頼むのはちょっと腰が引けた。
実は四人とも以前、ウルティマホラの試合で古に……負けていたのだ。
「お待たせしました〜♪」
四人の視線の先にはとても楽しそうにウェイトレスをしている銀髪の乙女の姿がある。
まだ少女の域を出ていないが、将来は美人になる事を約束されていると思わせる。
「いい動きだ。確かにかなり出来そうだな」
「何の事だ、薫?」
「うむ、正中線をずらす事なく歩く……見事だ」
山下が薫に聞く間にも大豪院 ポチが鋭い視線を向けて、リィンの体捌きを分析している。
「やはり、デスメガネと互角に戦ったという噂は「お、おい、それはどういう意味だ?」」
達也のセリフに慶一が割り込んで三人に尋ねる。
「……やはり知らなかったんだな」
大豪院 ポチが呆れた顔で慶一を見つめている。
「"ライトニングバーサーカー"それが彼女の二つ名だ」
「未確認だが、あの"デスメガネ"と互角に戦ったという麻帆良武闘派のニューフェイスだ」
「本当なのか、薫?」
大豪院 ポチと達也の言葉が信じられずに慶一は薫の方に向き直って確認する。
「本気と書いてマジだぞ」
武に関しては冗談を一切言わない薫の発言に慶一は……複雑な表情でリィンを見つめ直す。
「でだ。そろそろ事情を詳しく聞かせてもらおうか?」
ニタニタと笑いながら達也が慶一の肩を掴んで問い掛けて来る。
それなりどころか、かなりモテる慶一がどうも……手が出しにくそうにいる。
「もしかして、ナンパしようとして……失敗したな〜」
モテるダチがこっぴどくフラれたならと思うとちょっと面白いかなと考えもする。
「…………ほっといてくれ」
ズズーンと言わんばかりに暗い影を背負ってガック
リしている慶一に、
「ス、スマン! マジだったのか?」
本当に痛い所を突いたと知った達也が慌てて謝罪する。
「……まあ、武の道を歩くのに女は不要だ。これで良かったんだよ」
「うぬ、うん……まあ、そうかもな」
薫のフォローなのか、トドメとも取れる慰め?らしき声に大豪院 ポチがどっちとも取れる濁した意見でフォローする。
落ち込みながら慶一は彼女との出会いを思い出して……更に後悔の海に沈もうとしていた。
――時を少し遡る。
「ふ、偶には気分転換でランニングコースを変更するのも悪くないな」
早朝トレーニングの一環として慶一は寮を出発点として約5キロの距離を走る事にしている。
毎日同じコースを走るのも悪くないが、飽きが来る事もあるのでこの日はコースを変更して気分転換していた。
「お、中武研か……ちょっと見学していくか」
ちょうど4キロ地点辺りにウルティマホラチャンプの所属する中国武術研究会の練習場があったので後学の為に見ようかと足を止めた。
「あれ、誰だ?」
見慣れない人物が中武研から少し離れたところで一人で練習しているのに気付いて視線を向ける。
背中からしか見えていないが、動きは中国拳法ではなく、自分と同じ柔術系だと直ぐに判った。
同じ系統と判断して、興味を覚えて見続ける。
髪型と背格好からして年下の少女かなと思いつつ、じっと観察していく。
「ふ〜ん、一つの型を何度も繰り返してる……良いんじゃないか」
淡々と一人で型を繰り返す。そうする事で自分の技にするのは当たり前の話であり、慶一は真面目な子だなと感心している。
「俺もああやって覚えたんだよな〜」
すこし柔術を習い始めた時の頃を思い出して懐かしさを感じた。
時折吹く風と動きによって揺れる銀髪の髪が朝日を浴びて煌めく。
「イイ感じじゃないか……一言アドバイスでもしてあげるか」
まるで一枚絵を見ていた気になり、違う角度から見てみたいと慶一は思って歩き出す。
その時、少女が練習を一旦止めて、持ってきた荷物へと歩いていく。
おかげで動く事なく少女の横顔を見る事ができ、さり気なさを装って見つめる。
少しきつめというか、鋭さのある瞳に、動いていた所為か赤く染まる頬に、持ってきたドリンクのストローに小さめの可憐な唇をつける仕草に可愛らしさを感じ
て……、
(ちょ、ちょっと待て! お、俺はそういう趣味はなかったはずだぞ!!)
慶一は目の前の少女――リィンフォースに萌えている自分に気付いて……思いっきり動揺していた。
新たなジャンル……萌えに目覚めた瞬間だった。
「……なるほど、ロリに目覚「ち、違うぞ!!」
めたのか?」
達也が簡潔に発した声を即座に否定する慶一。
「オー山下アルネ。
リィン、山下きてるアル」
少し大きめの声だったので、ちょうど近くにいた古 菲の耳に入って、リィンを呼ぶ。
慶一はリィンと出会った日からランニングコースを変更して、朝の挨拶を交わすくらいの顔見知りになっていたのだ。
もっとも顔を合わすだけでリィンが何処で暮らしているかはまだ聞けなかったが。
「チャ、チャ、チャンプ?」
「山下さん、こんばんわ」
「こ、こんばんわ」
古 菲を止めようとした慶一だが、既に時遅し……呼ばれたリィンが四人の元に来ていたのだ。
「こちらは友人の方々ですね?」
「え、ええ」
「豪徳寺 薫だ」
「中村 達也だ。達也と呼んでくれて良いぞ」
「大豪院 ポチ……大豪院と呼んでくれ」
「これはご丁寧に。リィンフォース・夜天と言います」
三人が自分からきちんと挨拶したので、リィンフォースもきちんと挨拶を交わす。
「リィン、五月が休憩していいヨて言うね」
「……良いの、五月?」
――休憩しても良いですよ
超包子のオーナーである超 鈴音がリィンに話し、シェフである四葉 五月も許可を出す。
気を利かしたのか、古 菲が椅子を四人が座っているテーブルに持ってくる。
「相席良いアルネ?」
「古、せっかく友人同士で楽しんでいるのに邪魔しちゃ悪い。カウンターのほうで」
「イイっすよ」
「うむ、構わん」
「慶一の友人なら歓迎だぞ」
「ま、まあ、そういうことですから良ければ……」
本当はこの後の展開を考えるとダメだと言いたい慶一だが、リィンフォースとの接点を減らしたくないという感情との天秤を考えて、内心では複雑な気持ちだけ
ど表情は笑って、相席しても良いと告げている。
自爆というか……針の筵に自ら座る覚悟の慶一だった。
「「「…………(イ、イカン)」」」
慶一を除く、三人は目の前の状況に焦るというか……どう対応するべきか悩んでいた。
「ん?……やっぱり相席しなかったほうが?」
「「「そんな事はない」」」
「え、ええ、もちろんですよ」
どう言い表すべきか、リィンの周辺のテーブルに座っている男性は……萌えていたらしい。
リィンは自分が頼んだ料理をそれはもうとても幸せそうに食べていた。
ちょっときつい感じだった少女が、歳よりも幼く見え、しかも微笑ましく感じてしまうギャップに見惚れていた。
ちなみに周囲に座っていた男性陣も微笑ましく観察していた。
「よかったら……これもどうぞ」
「え、良いんですか?」
「もちろんですよ」
ためらい気味に慶一の差し出した料理を見て、リィンが嬉しそうにしながらも申し訳なさそうな顔で聞く。
「ははは、同じ流派ではありませんが柔術使いじゃありませんか。
遠慮は要りません。このような物でよければ「それは失礼です、山下さん」……
え?」
「私の友人が一生懸命作った料理をこんな物なんて言わないでください」
私、怒ってます……そんな感じで頬を膨らませて話すリィンに慶一は迂闊な一言を言ってしまったと気付いて焦り出す。
「そ、そうですね。失礼な事を言って、申し訳ありません」
「ダメだぞ、慶一。食べ物を粗末に扱う発言は♪」
「お、俺はそういう意味で言ったわけじゃっ!」
ニシシとからかうように達也が慶一の発言を注意すると、
「うむ、確かにな」
「見損なったぞ、慶一」
「お、お前らまで!」
友人たちによって、四面楚歌という状況に追い込まれた。
「そうですね。食べ物を粗末に扱うなど…………万死に当たります」
殺気が溢れ出し、目付きがやばい方法に加速するリィンに周囲の面子はドン引きしていた。
「オー、凄い気ネ。さすがは騎士を名乗るだけの事はあるヨ」
超が感心するように声を出すと、隣にいた古も腕を組んで何度も頷いている。
既に手合わせを行い、その実力を肌で感じているだけに放つ気迫を認めているみたいだ。
「す、すいません! ちょっと感情的になってしまって」
流石に不味いと気付いて慌てて恥ずかしそうに話すリィン。
(どうも姿に引き摺られるのか……歳相応に感情的になりやすいのか?)
自分でも不思議に思う。昔はもう少し冷静だったはずだが……感情が昂ぶるというか、激し易い。
特に食に関しては過剰に反応するのは何故だと思う時が多々ある。
(やはり、肉体を得た事が原因なのか?)
魔力で構成されて、食事を必要としなかったプログラムではなく、肉体を得て……エネルギーを摂取する必要性が原因なのか?
(これは意外と厄介かもしれない……自身の感情を制御できないなど)
どちらも利点もあれば、欠点もある。
7百年も生きているエヴァでさえ、外見の姿である少女のように時折感情的になるだけに……改善出来るかどうか不安になる。
(器に魂が形付けられるのか、魂が器を形作るのか……どちらだ?)
守護騎士たちの性質を考えて当てはめると納得できる点も多々ある。
今後、私がどうなるのか……私は私のままでいられるのか、
(闇の書としての私ではなく、人としての自分を得ていくのか……こんな事を考えるのはガラじゃないんだが)
「ど、どうすんだ?」
「何か、トラウマに触れた気が……」
「ここは話題を変えるべきだろう……慶一、頼むぞ」
「お、お前ら……ずるいぞ」
リィンが黙り込んだ脇で達也たち三人が慶一にフォローを任せている。
三人の期待するような視線に慶一は恐る恐る声を掛ける事にした。
「……リ、リィンさん?」
「え? あ、ああ、す、すいません。みっともないとこ見せましたね」
ワタワタと手を振りながら恥ずかしそうにリィンが話し出していた。
(なんつーか……ギャップが大き過ぎねえか?)
(うむ、ある部分では非常に大人に見えるが……)
(特定の部分では小さい子供みたいにしか見えないって感じだな)
三人が声を潜めて会話する中、恥ずかしそうにため息を吐いてリィンと慶一が話す。
「いえいえ、みっともなくないですよ」
「はぁ〜、どうも食事に関して子供っぽくなるんです」
(いえ、そのギャップが良いんです)
周りで見ている男達の偽らざる気持ちだった。
凛とした空気を持ちながら、食事のときは幼くて、幸せそうに笑って食べる可愛らしい仕草に……グッと
来るものがあるらしい。
超包子のニューフェイスは常連客から好意的に受け入れられていた。
「ところで、デ……高畑先生と一戦交えたそうだな?」
薫がちょうど良い頃合と判断して、話題を変えてみた。
その話題に三人は若干目を鋭くし、テーブルは少し緊張感を伴い始めた。
「え゛? ど、どうして、それを?」
「既に学園中に広まっているが……?」
「あ、あぅぅ……」
(グッジョブ♪ リーゼントの兄ちゃん)
思い出したくない出来事を穿り返されて、リィンは涙目になっている。
困った顔を見るのは初めての者達は……これはこれでいいかも、などと本人が知ったら怒りそうな事を思っていた。
「う、ううぅ……自身の未熟さを話すのはちょっと嫌なんですけど……仕方ないですね」
困った顔でリィンはその時の状況を告げていく。
「……意地汚いという訳じゃないんですよ。
せっかく友人が作ってくれた物を踏み潰されてですね……感情的になっただけですからね」
涙目で必死に言い訳めいた調子で四人に話す。
周囲で聞き耳を立てていた者達も恥らうように話すリィンに、
(いいかも……なんて言うか、子供の時に好きな子をついついイジメてしまいたくなるような気持ちだな)
可愛いあの子に素直になれずにイジメてしまった悪ガキのノスタルジックな気持ちに満ち溢れていた。
「山ちゃん……鼻血拭いたほうが良いぞ」
「お、おう……す、すまん」
リィンの新しい一面を垣間見て……ますます危ない方向に進みかける慶一だった。
「電撃を纏った拳とは?」
「……ライトニング・ナックルですか?」
「うむ。ライトニング・ナックルと言うのか……原理を教えてくれると嬉しいが」
大豪院 ポチが真面目な顔でダメ元で聞いてみる。
流派の奥義であるならば、無理に聞く気はないが試しに聞いてみるのも一興と思っていたのだ。
「まあ奥義というでもないので構いませんよ(ここは魔法と言わずに格闘系のダミーで誤魔化すか)」
「い、良いのかい?」
「原理を教えても真似できませんから」
慶一が不味いんじゃないかと思って、確認の為に聞いてみるが、リィンはごく普通に問題ないように答える。
「生体電流って知ってますよね?」
「ああ、確か……神経とかに流れる微弱な電流だったかな?」
「そうですね。簡単に言えば、それを一箇所に集めて帯電させたんです」
ゆっくりと右手を上げて青白く輝く拳を見せる。
「簡単に言えば、電気ウナギの人間版ですね。
打撃と電撃を同時に加えて、相手が触れる事を許さない……投げ技、関節技を封じる攻防一体の技です」
「ふむ……確かにスタンガンを当てられるようなものか?」
「はい、私程度ならそんなものですけど……師は消し炭にして一人前と言ってました」
「俺みたいに烈空掌で遠距離も対応できる奴は良いけど、密着しての攻防をする連中はきついよな」
大豪院 ポチの納得する声にリィンがトンデモ話を付け加えている。
実際にリィンが非殺傷設定にしなければ、人ひとりを感電死させる事など簡単に出来たのだ。
「消し炭って……」
「悪人には容赦しない人でした。
弾丸を気の防壁で弾き、気の刃で人を唐竹割りにして……そのくせ、気に入った人間には甘いんです」
「そ、そうか」
「ええ、私はまだまだ未熟ですが、師は自由に空を飛んでましたからね」
「……はい?」
「ですから飛翔術っていう気を推進力にした舞○術があるんです」
「なんですと―――!?」
「舞○術というと、あの少年跳躍に連載されていた伝説の格闘マンガの!?」
周囲で四人の会話を聞いていた連中も一斉にリィンの与太話にどよめいている。
この後、疑心暗鬼で聞いていた四人の前でリィンは地面から50センチくらいの所で浮いて見せる事で強引に納得させた。
「アイヤー。それ、私も覚えたいアル」
「古の場合、気の密度が足りないから無理。せめて高畑先生の半分くらいないと」
「う〜ん、何とかなんないアルカ?」
諦めきれないという感じで古が聞いてくるので一つだけ可能な方法を提示しようかと考える。
蒐集行使――闇の書として活動していた頃に集めたスキルが何故か今も残っている。
消滅した時に全部消える筈だったのに……今回の分だけじゃなく、過去の分も若干残っているという本当におかしな事態になっている。
その中の一つにチャクラの運用方法のスキルがあり、効率良く気を練り上げる方法もあった。
(世界樹……私を召喚したかもしれない存在。何をさせたいのかしら?)
視線の片隅に見える巨大な樹は何も語ってくれない。
将来、この地で戦いでも起きるから抑止力として召喚したのかと思ったけど……そんな気配は今のところはまるで感じられない。
ただ知識を残して再構成した以上は使えと言う事だから、何らかの意味があるのは間違いない。
「古なら……女性限定という条件なら方法はあったわね」
「オー♪ ちょうど良いアルネ」
「そ、そんな〜〜〜」
更なる強さへと至れる事に喜ぶ古 菲と男であるが故に竜玉の世界に入れないと言われて嘆く男達の姿が見事に対照的だった。
「超もやらないアルカ♪」
「私は既に弟子入りしたネ……フ○ースの導きにね♪」
「なんとリィンは○ォースも使えるアルカ!?」
「まあね、フォー○って言うんじゃないけど、ラ○ト○ーバーも
どきも出来るよ」
古 菲が○イ○セー○ーと聞いて驚き、豪徳寺達が男のロマ
ンの一つを出来ない事に悔しがっている。
「くっ! 何故だ!!」
「じょ、女性限定……何故、逆じゃないんだ!!」
「うおぉぉぉ―――ッ!! ウソだと言ってくれェェェ――――!!」
男達の慟哭を背景にリィンと古 菲、超 鈴音は今後の訓練スケジュールの調整を行う。
古 菲は周天法を利用した気功の強化。
超 鈴音はベルカ式魔法を中心とした異世界の魔法の習得。
(もしかして……この子ってとんでもなく強いってか?)
慶一は自分がとんでもない少女に惚れたのではないかと思い……恋の行方に一抹の不安を感じていた。
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EFFです。
超 鈴音がリィンフォースに絡んできます。
イレギュラーとでも呼ぶべきリィンフォースを取り込み自陣の強化が始まります。
魔法科学に未来科学の融合となるのか?
活目して次回を待て(なんちゃって♪)