「な、何なんや! あれは!?」
「……僕も知りたいよ」
天ヶ崎 千草とフェイト・アーウェルンクスは目の前の事態に多少なりと驚きの目で見つめていた。
高村の命令で本山の目を攪乱させる準備を手伝う破目になり、二人は仕方なしにこの地に封印していた鬼を解き放った。
解放後、即座に撤収するはずだったが……膨大な魔力の波動を感知して慌てて式神を飛ばして確認する。
式神の目を通して見た現場の状況は二人にとって異常とも言える光景だった。
「アーティファクト……いや、そんなわけあらしませんな」
「マジックアイテムを放置していた?」
「それこそ論外やおまへんか? あれだけの代物を無造作に捨てるなんて正気やおませんて」
鬼が取り込んだと見られる青い宝石らしきものに二人は注目する。
封印を解いた鬼自体はそれほど強力ではなかったが、宝石を取り込む事で膨大な魔力を放出してとんでもない力を見せ始めた。
姿も徐々に変化を見せ始め、大きさも変わっていく光景を見ながら千草は呟く。
「あのアイテム……高村はんも手にしていたような気がするわ」
千草は自分の記憶から情報を取り出す。
「かなり強固で厳重な封印を掛けて所持していたわ」
偶然にも高村が懐から取り出して封印の状況を確認していたのを式神の目を通じて見たのだ。
「つまり、僕達は嵌められたという事か?」
「いえ、まだ切り捨てられるような事態にはなってない筈どすえ」
周囲の木々を響かせるほどの咆哮を放ち、大きく口を開いて炎のブレスを吐き出す大鬼を見ながら千草は告げる。
関西呪術協会内の穏健派と強硬派の戦力差は拮抗しているわけではない。
麻帆良学園都市への侵入と攻撃を繰り返した所為で強硬派の数は減っている状況で迂闊に数を減らすような行為をするとは思えなかったのだ。
「あれは霊格こそ低いけど鬼神兵クラスに届くかもしれない」
「そんなアホな! たかが鬼一匹をそこまでパワーアップさせるなんてシャレになりまへんわ」
山火事へと発展しそうな感じで山の中の木々を燃やし始めて暴れだす大鬼の様子に二人は辟易する。
体長も二メートルくらいだったのが短時間で倍以上の大きさになり、二人掛りでも勝てるかどうか分からなくなってきていた。
「日本に戻ってきてから貧乏くじ引き続けている気がしますわ」
「……否定できないね」
巨大化した鬼がどこへ行こうとするのかが分かり、千草は嫌そうな顔で懐からお札を出している。
「放置して混乱させるのも上策かもしれませんけど……」
「関西呪術協会そのものが潰れると思うね」
魔法使い同士の争いならば本国――魔法世界――の連中も介入しないと二人は考える。
だが、市内に入って破壊活動を大っぴらにすれば……関西呪術協会の管理能力そのものが問われかねない。
当然、関係者は魔法の隠匿義務を放棄したと考えられて……ペナルティーが科せられるのは間違いない。
「うちはオコジョになる気はないですえ」
「僕もあれこれ詮索されるのは勘弁して欲しい」
偽装は万全だと思うが目立つのは出来る限り避けたいフェイト。
二人は意を決して大鬼へと向かおうとした時、
「……結界どすな」
「山全体を包む結界……やるね」
山が世界から切り離された感覚を知覚して、また事態が自分達の思惑とは違う方向に動いたと知った。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 十九時間目
By EFF
先行させていたサーチャーの映像を見たエヴァンジェリンは信じられないものを目にしていた。
「鬼を取り込んで強化した……だが、鬼自身の身体が保てるのか?」
無理矢理強化しているようにしか見えないのに対象である鬼は何処にも異常がない。
体長は倍以上になり、攻撃力も加速度的に上昇しているが、
「バーサーカー……狂ってしまっては敵味方の区別もなく暴れるだけだぞ」
狂乱して無差別に破壊行動に及ぶ鬼に呆れてもいた。
「取り憑いて本能が刺激されて……殺戮、破壊衝動が表に顕在化しているのよ」
「……なるほどな」
「あれが更に進行していくとジュエルシードが暴走状態になって、魔力を一気に放出して空間を歪めて次元震を発生させるの」
エヴァンジェリンをお姫様抱っこしながら飛行するリィンフォースがこの後に起きる可能性のある最悪の事態の説明をする。
「で、あれはどうやって来たんだ?」
「分かんないよ。可能性としては以前聞いた話でね、虚数空間に落ちた一つじゃないかとしか言えない」
ジュエルシード事件の話はうろ覚えのリィンフォースは聞かれても正確な事は何も言えずに推論を述べるだけだった。
「そ、そうか」
エヴァンジェリンも詳しく知っているとは思っていないので敢えて文句を言う気もなく……聞くだけだった。
「ちなみにエヴァだって取り込まれる可能性があるから気をつけてよ」
「む、そんなドジではないぞ」
「違うよ。あれは願望とかにも反応して起動するの。
エヴァだって叶えたい願い事の一つや二つはあるでしょ」
「……嫌なアイテムだな」
げんなりとした顔でエヴァンジェリンが心底嫌そうにコメントする。
うっかり触るととんでもない事態になる気がして……絶対に触れないようにしようと決意していた。
「ナギ・スプリングフィールドを求めて理性を失い暴れまわるエヴァなんてどう?」
「死んでもゴメンだ!!」
恥を晒しまくる姿など絶対に見たくないエヴァンジェリンは断じて嫌だと吼えている。
そんなエヴァンジェリンを見ながらリィンフォースは山全体に結界を展開し封鎖して世界から隔離する。
「あ……」
「なんだ?」
「犯人らしい二人組見つけた」
「始末しろ! いや、私が殺る!!」
封鎖した山の中に自分達以外の魔力を見つけたリィンフォースの声にエヴァンジェリンが憂さ晴らしという意味合いで叫ぶ。
「いや、まだ犯人と決まったわけじゃないし」
「いーや、怪しいのなら始末するほうが楽だぞ」
「ま、とりあえず話を聞くというところから始めようか」
好戦的なエヴァンジェリンの意見を軽く聞き流してリィンフォースは二人組の元に向かった。
「……何でこんな場所で会うんだろ」
「……それはこちらのほうが聞きたいですえ」
千草とリィンフォースの二人は警戒しつつも互いの事情を探ろうとする。
エヴァンジェリンとフェイトも油断せずにいつでも動けるように準備していた。
「あれ……あなた達の仕業?」
結界内をさ迷いつつ破壊活動をしている鬼を指差して二人に問う。
「なんであんな危ない物を使用するのよ。
最悪は京都が消滅するわよ」
「冗談は…………ほんまですか?」
真剣な顔で見つめているリィンフォースの様子から千草は冗談とは思えずに確認の問いを行う。
「あれは……対象を取り込んで暴走の果てに次元震を発生させるロストロギアっていう物騒なシロモノだそうだ」
「ロストロギア……か。ご大層な名前だが、聞いた事もないね」
「まあね、元々魔法使いが極秘裏に作った用途不明の古いアーティファクトだもん」
「極秘裏に……ね?」
フェイトが自身の知識をフル稼働させながら存在の有無を確認しようとするが……今日初めて聞いたばかりなので分かるはずがなく、その表情は不審に満ち溢れ
ていた。
「とりあえずアレはこちらで片付けるから帰って良いわよ。
エヴァ……後は任せるから」
「……好きにしろ」
エヴァンジェリンをこの場に残してリィンフォースは騎士甲冑を展開して封印しようと行動する。
「悪いがここに居てもらおうか」
「まあ、あんさんらがやると言うなら構いませんけど」
「…………」
千草とフェイトを牽制するようにしながらエヴァンジェリンは戦闘を見つめている。
「……良いのかい? 一人で戦わせて」
「フン、あの程度に苦戦するだと……なかなか愉快な事を言うじゃないか」
リィンフォースがどうなろうと構わないが、アレを放置するのは不味いと考えているフェイトが総掛かりで始末しないかとエヴァンジェリンに問う。
問われたエヴァンジェリンは鼻で笑いながらリィンフォースの勝利を疑っていない返事を告げる。
「……ふぅん、そこまで言うのならお手並み拝見させてもらうよ」
「まあ、こちらとしても勝てるというのなら何もしませんわ」
若干目付きを鋭くしてフェイトはエヴァンジェリンの動きに警戒しつつリィンフォースのほうに意識を向けた。
千草も戦闘を見ながらも懐のお札からは手を離さないようにしていた。
「シュツルムヴェレン、ハンマーフォルムセット」
『Yes,sir』
私の指示に剣十字の杖のだったシュツルムヴェレンが柄の長さ1メートルのハンマーのフォルムに形を変える。
「まずは〈魔法の射手!! 氷の24矢!!〉」
小手調べに背後からの魔法の射手を撃ち込んでみる。
破壊衝動によって周囲を警戒していない状態だったので全弾着弾して吹き飛ぶ鬼だが、
「グオオォォォォ―――――!!!!」
その身に受けたダメージはゼロみたいで、怒りの咆哮をあげてこちらを睨んでいた。
「ったく……頑丈になったものね」
魔力放射というより垂れ流している感じなのだが流す量が多いゆえにそれなりの防御力を有しているみたいだ。
(この分じゃ氷神の戦鎚でもダメージは少ないだろうな)
ダメージを与えて動きを止めてからジュエルシードを封印する必要があるので、チマチマ削るのは避けたい。
まだ成長途中の鬼みたいなので適応進化するみたいにパワーアップされると厄介なのだ。
一気に片付ける事にして、魔力で構成された鉄球の形を模した魔力弾を八つ目の前に展開する。
「シュワルべフリーゲン!」
まず四つの鉄球を右からの横薙ぎで叩き飛ばし、返す刀の要領で左からの戻しで残りの四発を打ち出す。
そして私自身も追撃しながら加速して、
「ギガントフォルムセット!!」
『Yes,sir』
シュツルムヴェレンハンマーフォルムのハンマー部が巨大化していく。
私の身長よりに大きなハンマーに変化して、更に各部に現れた推進部から魔力をジェット噴射させて回転しながら加速する。
「轟天爆砕!! ギガントシュラーク!!」
先に発射した八つの魔力弾で動きを止めて垂れ流しの魔力障壁を粉砕して弾き飛ばす。
直感で危ないと判断してその腕で防御しようとしたみたいだが、ガードした腕は完全に木っ端微塵になり、その身は大地に叩きつけられてボロボロの姿に変わり
果てている。
「ジュエルシード封印!」
『sealing』
ロッドフォルムへと戻してジュエルシードを封印して、元の姿に戻った鬼を魔法で倒す。
「氷神の戦鎚!!」
エヴァ直伝の魔法で巨大な氷の塊を頭上から叩き落して潰す。
とりあえずこれで一つの危機は回避した。
「……なかなか面白いアーティファクトどすな」
リィンフォースの戦いを見つめていた千草が興味深そうにリィンフォースが所持するデバイスを見る。
世界に飛び出して様々な魔法使いとその従者を見てきた千草は、近くにいるエヴァンジェリンに尋ねる。
「あんさんの従者ですか?」
「そんなところだ」
素っ気なく答えるエヴァンジェリンに千草は肩を竦めつつフェイトに目配せする。
「ほな、今夜は帰りますわ」
「……逃がすと思ったのか?」
口元を歪めてエヴァンジェリンが周囲に飛ばしていた糸で二人を拘束しようとするが、
「勝ち目はなさそうですけど……逃げるだけやったら何とか出来ますわ」
懐に忍ばせていた転移札を起動させながらエヴァンジェリンに向けてスタングレネードを投げる。
網膜を焼く激しい光と鼓膜を打ち付ける轟音にエヴァンジェリンの動きが一瞬止まる。
全身に絡みつく糸の拘束が弱まるの感じながら千草は転移札で移動し、
「それでは僕も失礼させてもらうよ」
フェイトも足元にあった水を使っての転移で逃走する。
「……使える物は何でも使うとは、節操なしと言うべきか……いや強かと言うべきだな」
陰陽師でありながら誰にでも使える小道具を平気で扱う千草にエヴァンジェリンは感心している。
通常なら魔法使いという連中は魔法に頼りっきりの思考で動くのが基本だ。
銃器を使う者もいるが、それでも魔法で強化して戦うし、先程使われたスタングレネード等の道具は一切使用しない。
目晦ましの閃光さえも魔法で賄う事が基本なのだ。
魔法を道具の一つとして扱い、魔法だけに頼りきりの連中とは一味違うと感心していた。
「しかも逃げると決めたら欲を出さずに完全に徹した。
フ、フフ、なかなか逃げ足が早いじゃないか」
一瞬でも動きを止めたエヴァンジェリンに二人とも攻撃する選択肢を選ばずに逃走に徹しきった手腕を評価する。
二人の潔さという点はプロとして優秀だとエヴァンジェリンは感心している。
「為すべき事を自覚している連中とは得てしてそういうものだがな」
「……逃げられたくせに何偉そうに言ってるのよ」
「文句が言いたいならカートリッジ使わせろ!」
「うわっ! 逆ギレ?」
「しょうがないだろうが! 体術だけで勝てるような連中じゃないんだぞ!!
特にあの白いぼーやは今の状況じゃ手こずるのは事実だ」
ここに来る前に旧タイプのカートリッジを一本使用してエヴァンジェリンの魔力を二割ほど開放状態にしていた。
それでも苦戦すると声高々に叫ぶエヴァンジェリンにリィンフォースは尋ねる。
「ふーん、白い少年ってアレが本体じゃないわね?」
「ああ、間違いなく分身か、人形だな」
エヴァンジェリンがリィンフォースの問いにはっきりと断言して答える。
「守護騎士プログラムと似たようなものかな?」
「そんなものだろうな」
肩を竦めてエヴァンジェリンはリィンフォースの推測を肯定する。
「ところで、それは大丈夫なのか?」
リィンフォースが手に持つジュエルシードを嫌そうな顔で見ながらエヴァンジェリンは聞く。
「大丈夫、封印したから」
「膨大な魔力を持っているみたいだが扱い難そうなシロモノだな」
「まあね、研究素材としては一級品かも」
「そうだな。僅かずつ魔力を取り出して使えば、陰陽師には強力な鬼を大量に召喚出来そうだ」
「非常に難しいけど虚数空間を擬似的に生み出してアンチマギリングフィールドの生成も可能かな」
「ほう、神楽坂 明日菜の魔法無効化と同じものか?」
「多分無理。あそこまでの汎用性はないし、魔法をかき消す壁程度かな。
ま、今後の研究次第だね」
シュツルムヴェレンの中にジュエルシードを仕舞い込んでリィンフォースが可能性の一つを話す。
「ゴメン、明日は別行動するね。
これ一個だけなら良いけど……他にもあると不味いから周辺の探査をするよ」
「……非常に不本意だが仕方あるまい」
事情を知っているだけにエヴァンジェリンは苦々しい顔で頷いている。
寄生型のアーティファクトなどそう何度も見たことがないし、寄生された側の願いを汲み取っていてもいずれ暴走する結果になりかねない物を放置するわけにも
行かないのだ。
そして、異世界のマジックアイテムの扱いは今の自分には無理だともエヴァンジェリンは考えていたので、協力するだけに留めようと思っていた。
――こうして修学旅行二日目が終わった。
翌朝、ホテルのロビーでいつものメンバーが本日の予定の打ち合わせに集合していた。
「エヴァちゃん! こんなくだらないイベントの許可なんて出さないでよ!!」
開口一番アスナがエヴァンジェリンに抗議する。
一般人を巻き込むなと注意していたのに仮契約を推奨するのはどうかと憤っていたのだ。
「そうか、このぼーやには重石が必要だと思ったんだが?
なんせ、なんでも自分一人で抱え込んで自滅するタイプだと見たんでな」
怒鳴り込むアスナにエヴァンジェリンは軽く聞き流して反論する。
「…………否定できないわね」
「ええっ!? そ、そんな事ありませんよ、アスナさん」
「何言ってんのよ? エヴァちゃんの時は一人で突っ走っていたじゃない!」
「兄貴よー、いい加減自覚しないとダメだぜ」
「え、えぅ……」
エヴァンジェリンの考えを聞いたアスナは腕を組んで今までの事を思い出して納得する。
隣で聞いていたネギは慌てて違うと言っているが説得力が無さそうだった。
「どの口で言ってるのかしらね?」
「ひょ、ひょんな〜〜」
両手でネギの頬を引っ張りながらアスナが睨んでいる。
「ところで神楽坂 明日菜。お前のアーティファクトを見せろ」
「へ? ま、まあ別に良いけど……アデアット」
今のネギには興味がないがアスナのアーティファクトには興味があったエヴァンジェリンが告げ、アスナがあっさりとネギの頬から手を離してハマノツルギを出
す。
「……ハリセンとは変わったアーティファクトだな」
「そうなのよ。カードには大きな剣で描かれているけど……なぜかハリセンなの」
「ほう、それはあれだな。お前の実力が足りないからアーティファクトが本来の姿では使いこなせないと判断したのかもな」
「へ? そ、そんな事あるの?」
「さあな、可能性の一つとして提示しただけだ。実際にどうかまでは知らんよ」
エヴァンジェリンの予想にアスナが不思議そうに尋ねるが、エヴァンジェリンは責任は持てないのか……肩を竦めるだけだった。
「大体お前は剣士ではなく、ただの一般人だろう。
魔力供給で運動能力が向上しているが経験値はゼロに近いぞ」
「……やっぱり訓練の必要性ってあるの?」
「これ以上係わらないつもりなら必要ないが、係わる気なら必須だ。
忠告をしたのに自分から係わってきたんだ……自分の身は自分で守るのは当たり前の話だろ?」
既に忠告したので後はどうなろうと知った事ではないとエヴァンジェリンは突き放す言い方で告げる。
(ま、お前の場合はぼーやがいなくとも巻き込まれる可能性は有るんだろうがな)
ネギが麻帆良に来た時から監視していたエヴァンジェリンは再度監視映像を見直してアスナの異常性を再確認していた。
ネギが唱えた記憶消去の呪文は何一つ間違っていないのに想定外の効果を出し、自分が万全の状態ではないとしても当たり前のようの魔法障壁を突破して見せ
た。
(魔法無効化能力のレアスキル持ちだと……じじいめ、私に隠しておくとはいい度胸だ)
リィンフォースの指摘からアスナの過去を調べたが……結果は麻帆良に来る前は隠蔽されているのか、障りのない過去が記録として残っていた。
しかし、連れてきたのがタカミチで、今も保護者として記録されている点から、もしかしたらナギ・スプリングフィールドが係わった人物の関係者の一人の可能
性だって有り得る。
自分とナギの関係を知っていて、近くに関係者らしき者を黙って置いていた近右衛門に腹が立っているのだ。
(まあ良いさ。今は知らない振りでいてやろう……今はな)
一つ咳払いをしてエヴァンジェリンが本日の予定を聞いてみる事にした。
「で、ぼーや。今日の予定はどうする?」
「あ、はい。僕はアスナさんと一緒に関西呪術協会へ行こうと思っています」
「私はお嬢さまの護衛として」
「リィンちゃんとエヴァちゃんはどうするの?」
「ふむ、リィンは別件というか、ある事情で調査に出るだろう。
私と茶々丸は観光だな」
「はい、まず竜安寺を拝観し、等持院、仁和寺と続き、妙心寺、広隆寺を巡り、シネマ村への予定です」
背後に控えていた茶々丸が本日の予定を披露する。
「じゅ、重要文化財巡りですか?」
「ああ、駆け足みたいで不満はあるが古都の風情を楽しんでくる。
桜咲は何かあれば、携帯で連絡を入れてこちらに合流しろ」
不本意ではあるが、リィンフォースが気にかけている刹那を放っておくわけにも行かないので非常の際は助力するとエヴァンジェリンが話し、全員に向かって険
しい顔で告げる。
「まだ未確認で告げるべきか迷うが緊急時は京都から脱出して麻帆良に帰る事も視野に入れておけ」
「それはリィンさんの不在が関係しているんですか?」
「ああ、そうだ。関西呪術協会の連中とは違う事件が昨日起きてな……その関係で別行動だ」
エヴァンジェリンはリィンフォース不在の理由を濁しながら非常時の行動方針をネギたちに告げる。
「アーティファクト……いや、アレはマジックアイテムというほうがしっくりくるな。
リィンが言うには非常に扱いが難しいそのアイテムが無造作に放り出されている可能性があるそうだ」
「そりゃまた厄介な事件っスね」
聞き役に徹していたカモが口を開いて尋ねる。
「そのアイテムはかなりヤバイシロモノなんっスか?」
「……リィンが言うには"街一つくらい簡単に消し飛ぶ"そうだ」
最初は理解出来ない様子だったが徐々に頭の中で処理できたのか、ネギ、アスナに刹那の身体が硬直する。
「マ、マジっスか!?」
「お前達をからかう必要性がどこにあるというんだ?」
一番最初に硬直から解けたカモが慌てた様子で聞くが、エヴァンジェリンも苦々しい顔で言う。
「昨日の夜、それと同じアイテムが暴走した瞬間を見たんだよ!
ただの鬼が目の前で何倍もの強さを得て破壊本能のままに暴れ回るなどシャレにならんわ!!」
「そ、それは凄まじいアイテムですね」
「しかもだ! 更に暴走して周囲の空間を破壊する可能性を秘めているんだぞ!!
内包する魔力を考えれば、どれほどの被害が出るか予測できんぞ!」
「昨夜、リィンさんから見せて頂いた映像から計算して戦術核並みの破壊力があると予測しました」
淡々と告げる茶々丸の計算にエヴァンジェリンを除く一同が絶句する。
周囲の温度がニ、三度下がるのを感じながら、時計の秒針が一回りしていた。
「ぼ、僕も親書を渡したら手伝います!」
ネギが混乱しながらも、マギステル・マギのモットーである世の為、人の為に協力を申し出る。
「ダメだ。探査用の術式が使えるのは私とリィンの二人だけで、他は迂闊に触るのも危険なのさ(ま、もう一人は秘密だがな)」
ベルカ式、ミッドチルダ方式の術式を使用できるのはこの場では限られている。
エヴァンジェリンもデバイスがあって始めて使用できる程度でしかないので、ネギ達に手伝わせるわけには行かないのだ。
そしてエヴァンジェリンも魔力を封じられた状態であるので行動を制限されている。
「で、でも!」
「ぼーや、出来る事、出来ない事がこの世にはあるぞ。
アレは生物、植物に寄生して覚醒するタイプだ……ぼーやだって取り込まれてしまう可能性もあるんだよ」
足手まといというか、戦力外通告されたネギは自身の力無さに肩を落としている。
「なーに落ち込んでいるのよ! まずは出来る事をしてから頑張れば良いでしょ!」
肩を落としているネギの背を叩いてアスナは励ます。
「親書を渡す仕事を放棄するの?」
「そんな事しませんよ!」
「だったら、まずそれをきちんとしないよね。
まさかと思うけど、自分が何でも出来るヒーローだと勘違いして責任を一身に背負ってどうすんのよ」
「全くだ。ぼーやみたいな見習い魔法使いが出来る事なんぞ、そうはないぞ。
出来る事をきちっとこなしてから、一人前の主張をするんだな。
神楽坂、お前は一人で突っ走るこいつの手綱をしっかりと掴んでおけ」
「オッケー」
ネギを半人前扱いしてブレーキ役にアスナを指名してエヴァンジェリンは一同に注意する。
「この件は関西呪術教会にも内密にしておけ。
向こうも相当きな臭い状況だから、強力な兵器になりかねないアイテムの事を教えれば使いたくなるからな。
ぼーやはそんな事ないと言いたいだろうが……関西呪術協会の一部は近衛を誘拐しようとしている連中もいるからな」
「…………はい」
事情を聞かされていたネギは複雑な顔で頷いている。
魔法使いが世の為、人の為に働くのが当たり前だと考えているだけに今回の騒ぎは自分の思いが踏み躙られた気がしてならないのだ。
「あ、あの……」
「何だ、桜咲?」
「学園長に連絡を入れるべきではないでしょうか?」
「既に入れたが……今戻ると和平がご破算になって更に状況が悪くなりかねないからギリギリまで粘ってくれじゃ、とさ」
学園長の近衛 近右衛門の言い分も間違っていないので誰も文句を言えない。
刹那にすれば、西との和平が進めば、木乃香の周辺が落ち着き……健やかに暮らせるようになる。
その事は刹那にとっては何よりも叶えたい願いだった。
ネギにしても、ここで頑張れば父のようなマギステル・マギにまた一歩近付き、父の行方を知る手掛かりが得られる事を見逃す事も出来ない。だが、その為にこ
の場にいる生徒のみんなを巻き込むのは不味いという感情もあるので複雑な思いに苦悩している。
そんなネギの様子を見て、アスナは嘆息している。
(ま〜たアレコレ考えて悩んでいるわね。
ガキんちょらしくないというか……グルグル考えて自爆っぽい?)
人に頼るという考えが希薄なネギにアスナはモヤモヤとした苛立ちが心の中に湧き上がってくる。
「あんたはっ、もう少し人に頼る事も考えなさい!」
「へぶっ!」
アスナは勢いよくネギの背中を叩いて落ち込みそうな空気を払拭する。
「ア、アスナさん? な、何をするんですか?」
「ここにチームのみんながいるのに一人で何でもしようというバカを叩いたのよ」
「ぐっ……で、でも!」
「何のために仲間がいるのか……よ〜く足りないオツムで考えなさい!
それぞれが自分に出来る事をしっかりとして、それでも難しい時はフォローするのが仲間ってもんよ」
叱り付けるように注意するアスナを見ながらエヴァンジェリンは思う。
(オツムが足りないのはお前も変わらんぞ、バカレッド。
ま、ぼーやにはこういう後先考えずに突っ込むようなアホなパートナーがお似合いかもな)
ヤレヤレと思いつつ、一同は本日の予定を決めてそれぞれ行動を開始する。
唯一つ想定外だったのは偶然にも宮崎
のどかが廊下の角で一同の会話を所々耳に入れてアーティファクトの取り出し方を憶えてしまい、ネギの関西呪術協会行きに同行してしまった点だった。
「すまない……」
超 鈴音に詫びながら私はミッドチルダ方式の広域探知魔法を展開している。
大体半径20キロくらいの探査が可能な術式で何度かに分けて関西圏全域の探査を行う予定だ。
反応があったポイントにサーチャーを先行させて調査し、残りのジュエルシードを確保する。
「気にしないネ。師の手助けをするのも弟子の役目ネ。
それにジュエルシードというロストロギアを見てみたい気持ちもあるヨ」
「……制御式をきちんと組めば、魔力炉になるのは確かだぞ」
「オオッ♪ それはゼヒ見たいネ」
「それに研究次第ではAMF(アンチマギリングフィールド)を作れるな」
「何と!? それは確かカ?」
魔法使い達との戦闘を控えている超には非常に魅力的な意見に聞こえるだろう
もしAMFを実用化出来れば、この上なく自陣の戦力強化に繋がるのだ。
「師父、一つ貸してもらえないカ?」
「私が立会いの下なら構わないぞ。
物が物だけに緊急時に対応できずにドカンは嫌だからな」
「多謝ネ♪」
安全面を考慮して、条件付きだが超は私の意見を受け入れる。
スケジュール的には麻帆良祭までには実用化は無理でもその後に役立てることは出来る。
この世界では魔法が使えなくても、気による攻撃方法や銃器による物理攻撃があるだけにどこまで効果的になるかは不明だが、初戦での魔法使い側の混乱は間違
いなく有利に戦えるのは明白だ。
超の計画は初戦で勝たなければならない以上……敵側の混乱を引き起こせば更に勝率が上がるのだ。
『―――Master! It's found!』
「行こうか?」
「アイ♪ フレイムロード行くヨ」
『Yes,sir』
探査に引っ掛かったジュエルシードの元へと急ぐ。
京都市内全域は関西呪術協会のお膝元故にジャミングが掛かったみたいに探査が難しいが、外へと出れば探査し易くなっている。
「市内は一番最後にする」
「やり方を憶えたら二手に分かれるのが一番ネ」
「そうね。エヴァ達の事も気に掛かるし……時間の無駄遣いは避けるべきね」
記憶に残る限りでは全部で九つのジュエルシードが虚数空間の中に落ちて消失したと憶えている。
手元にあるのは二つ……昨日の夜、先にエヴァンジェリンをホテルへと帰って貰って、単独行動して発見し封印した一個が加わっている。
……残り七つを発見するまでにエヴァ達の方でトラブルが起きない事を願いつつ私と超はジュエルシード探索に精力を傾ける事にした。
……まさか、既にジュエルシー
ドが関西呪術協会の強硬派の手に落ちている事を知らずに。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
プレシア・テスタロッサ事件で虚数空間に落ちたジュエルシードは全部で九つ。
寄生されたスクナ相手なら、フォトンランサージェノサイドシフト使っても違和感ないかなと思う次第です。
通常のファランクスシフトで1024発の魔力弾を撃ち出しますが……ジェノサイドシフトは更に出る予定です。
関西の地に大規模破壊の魔法が吹き荒れる可能性が出てきました。
ま、まあハデに戦うのも有りという事でお願いします。
それでは活目して次回を待て!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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