既に決断していたと言うべきか、高村は部下から千草達の失敗の報告を聞いても動じていなかった。

「如何なさいます?」

側近の男の声に高村は簡潔に一言だけ告げる。

「捨て置け……元から期待などしていない」
「……よろしいので?」
「構わん。奴らはこちらの動きを隠すための陽動だ。
 無論、成功するにこした事はないがな」

何処となく高村の纏う空気に違和感を感じながらも再度尋ねるが、高村は既に目の前の施術の方に意識を向けている。
そう……この地に封じられた鬼神――リョウメンスクナ――を解放する為の準備を進めている。

「……やりたければ、好きにすればいい」
「……承知しました」

納得できない点は多々あるが、一応の許可を貰ったので側に控えていた自身の部下に目配せして指示を出す。

(天ヶ崎 千草とその配下……全員を始末しろ)
(はっ、直ちに!)

正直、高村が今になって呼び戻した千草の事を快く思っている者は多くない。
自分達の不手際を平気で指摘し、頭ごなしではないが"直せ"と忠告する口振りが気に食わない。
その為に、出された命令に反対する者はなく……嬉々として受け入れる者が大半だった。
実力はあっても、所詮は外様の術者と思う事で我慢してきたが、それもお終い。
千草に向けて送られる刺客達は警戒しつつも、ようやく溜飲が下がると思って楽しげだった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十五時間目
By EFF




嬉々として自分達を始末すると告げて、襲い掛かってきた元同志。
役立たずは此処で始末する……その前口上を告げる連中に千草は平然と佇み、つまらなさそうに聞いていた。
そんな余裕綽々の千草の様子に激昂するが、攻撃を仕掛けようとした連中は……事前に盗聴し、来る事を知っていた千草が用意した罠に嵌って悉く倒れていっ た。
目の前に立っていた千草は式神札を利用した偽者で攻撃を加えるとあっさりと札に還り、宙を舞う。

「な、なんだと!?」

慌てて札のある場所まで行って、拾い上げようとした時……その場を中心に多重起動の爆砕札が発動する!
爆発音が鼓膜を破り、平衡感覚を失いながら吹き飛ばされ……意識を失う。
なんとか耐える事が出来た者もいるが、追撃と言わんばかりに奥から投げつけられた雷光札から放たれる雷に身体を灼かれ、その後に飛び込んできた小太郎と月 詠の攻撃がトドメとなってあっさりと……終息した。

「…………阿呆やな」
「その意見には賛成するよ」

周囲を見渡せば、立っているのは千草の仲間達だけだった。
卑怯だなどとほざいていた術者がいるが、千草から見れば……甘ったれた連中の戯言に過ぎない。
最初から自分達を捨石扱いしようとしていたのは気付いていた。当然、その時のための備えを怠るような未熟者ではない事を知っていたはずなのに……この体た らくだ。
この後、本山に攻撃を仕掛ける予定のはずだから、時間の無駄遣いをするのは愚の骨頂だというのに。
卑怯な不意打ちだろうが、一気に強襲して片付けるのが正解なのだが……平和ボケしているのか、面白いように罠に嵌っていた。

「フェイトはん……どないします?
 うちは立場上、最後まで見るつもりですけど」
「……僕も途中まで見させて貰う」

最後の一人を倒したのを確認して、千草はフェイトにこの後の予定を聞いている。
一応、千草が月詠と小太郎に手加減するように頼んだのが効いたのか……怪我人だらけではあるが、死人は出てない。

「……困ったお人やな」
「千草ほどじゃないさ」

肩を竦めてフェイトは千草の嗜める意味を含んだ声を聞いている。
フェイトが既に目的を達したのは間違いない。本当ならさっさとこの場を離れても良いのに、まだ残るという選択を取るのはプロとしてはどうなのかと言いたげ だ。

「しっかし……弱いくせに調子に乗っとんな」
「千草さんの命令とはいえ……刃を返した峰打ちはつまらないです〜」

昨日の敗北の鬱憤晴らしが出来たのか、ネギに負けて少し落ち込み気味だった小太郎が幾分機嫌を良くし、逆に手加減攻撃のせいで物足りなさを身体全体で見せ るかのような口振りの月詠が二人の前に来る。

「あのな、月詠。あんたの立場でこの連中を始末すると何かと不都合が出るんやで」
「分かってますけど〜一度剣を抜いたら……斬らないと〜〜」

嗜めるように話す千草の意見は正しいが……不満なのは事実。
京都神鳴流と銘打っているからには関西の組織の一部であり、襲い掛かってきて反撃した正当防衛ではあるが……殺してしまえば禍根を残しかねない。
そんなリスクがあるのを分かっていながらも不満を出す月詠に千草は呆れている。

「大体……格下斬っても剣が痛むだけやな」
「それもそうですね〜。剣の手入れを考えると面倒なのは確かです〜」
「どうせやったら、新しい剣の試し斬りしたらええんとちゃうか?」

二人の会話を聞いていた小太郎が月詠に若干嫌味の混じった意味を含ませた意見を言ってみる。

「そうですね〜。失敗したわ〜」
「……いや、マジにされると困るで」

天然なのか、嫌味が通じずに小太郎は頬を引き攣らせる。

「フェイトはん……ほんまに月詠をスカウトする気なんか?」
「……腕は確かだ」
「性格の方は難やで?」
「……リスクは覚悟の上だよ」

この仕事が終わった後で月詠を仲間にする予定のフェイトは、千草の最終確認に表情こそ変わっていないが……焦ったふうにも見えた。

「ま、連絡先は幾つか教えときますけど、うちはしばらくは監視付きの生活になりそうやし……申し訳ないわ」
「いいさ」
「知りたいこと、確認したい事があって……うちの仕事に抵触せん範囲内は話しますわ」
「……助かるよ」
「あのお嬢さんの事……それとなく調べますわ」
「……礼は弾むよ」
「おおきに♪」

小太郎と月詠の耳に入らないようにして、フェイトと千草は裏での情報提供の繋がりを結ぶ。

「千草姉ちゃん、縛っといたで」
「ご苦労さん、小太郎」
「なんの、なんの。失敗した分の穴埋めや」

調子の戻ってきた小太郎が弾むような声で返事をする。

「ほな、フェイトはん。うちらは本山の方に顔出しますよって……また縁があったら仕事しましょ」
「そうだね……ここでお別れだ」
「新入り、元気でな。またどっかで会ったら、一緒に仕事しようぜ」
「考えとくよ」
「ほな、また後日〜」
「ああ」

千草、小太郎が別れの挨拶を行い、月詠は次の仕事で会いましょうという意味を含んだ挨拶をする。
フェイトはそれぞれに返事をして、いつものように水を使ったゲートを開いた転移術でその場から離れていった。

「あいそのない奴やな。腕はええんやけど……ま、口数の多い軽い奴よりはマシか」

腕を組んで小太郎はフェイトの愛想のない態度をやれやれと言った感じで話している。

「ほな、うちもそろそろ帰りますわ〜」
「ええんか? この後の格下の鬼相手は?」

この後、本山を襲うであろう鬼達がいるのを指摘しながら千草が月詠に聞いている。

「先輩と顔合わしたら……斬りたくなりますからやめますわ〜」
「……鬼、飼うんはかまへんけど……鬼に食われたらあきませんえ」
「気をつけますわ〜」

別れ際に忠告を行う千草だが、月詠はちゃんと聞いているのか分からない返事で去って行く。

「……なあ、千草姉ちゃん。あいつはどっか壊れてるかもしれへんで」
「……そやな」

小太郎が嫌そうな顔で月詠の去った方向に目を向けて話す。
そこは日が暮れかけ……真っ暗な闇を吐き出そうとする薄暗い森へと変貌しかけている。
それはまるで月詠が闇へと堕ちていくのを暗示させるような雰囲気があった。

「小太郎は修羅になったらあかんで。修羅道なんてもんはどうしようもなく救いようがないんや」
「……よーわからんけど、千草姉ちゃんがそう言うんやったら気ぃつけるわ。
 まあ、俺のモットーというか、ケンカは楽しくやるもんやしな」
「ケンカと殺し合いは違うもんやと分かってれば、それでええよ」
「や、やめてぇな。頭撫でるのは勘弁や」

ちゃんと大事な事をそれとなく理解している小太郎の頭を優しく撫でる千草。
そんな千草の手を無理に振り払えないのか、困った顔で小太郎は子ども扱いするなと言った感じで話す。

「ほな、本山に行こか?」
「ええんか? なんか裏切ったみたいで気が進まんな」

先に自分達を切り捨てようとした連中を見ながら小太郎はしかめっ面で話す。

「裏切りって言うより、表返ったのが正解。うちは連中の中に潜るのが役目だったんえ」
「それって、千草姉ちゃんってスパイやったんかいな!」

小太郎が信じられないと言った顔で千草を見つめるが、

「ちょっと違う。最初に依頼があったのは本山の長からで、その後に高村はんから仕事の話があったんや」
「へ? という事は最初から計算通りなんか!?」
「そういうこっちゃ。高村はんからの前金は貰ってないし……裏切ったわけやない」
「貰ってないって言うても」

さばさばとした顔で裏切っていない事を筋道を立てて説明する千草に納得できたような、出来ないような顔で小太郎は聞いてる。

「確かに裏切ってないみたいやけど……なんか変な感じやな」
「潜入するには都合が良かったで」
「そら、向こうから来いって言うんやから楽やんか」
「おかげで小太郎も裏切り者扱いされずに済むんやから文句は言いっこなし」
「なんや……複雑な気分や」

高村達の反乱はどう見ても失敗しそうな気配が漂っていただけに千草の部下扱いでお咎め無しの沙汰になれるのは悪くない。
しかし、気持ち的には裏切ったような気がして……どうも認められない気がしてならない。

「ええか、小太郎。この世界は白と黒の二色で分けられる様なはっきりした線引きがないえ」
「そやな……そういうとこは何となく分かるわ」
「そういうのもちょっとずつ理解していかなあかんえ。
 こういう曖昧な仕事も偶にあるし、すっきりしん仕事も往々にしてあるんや」
「……う〜ん、もっと単純な仕事がええな」

白でもなく、黒でもない……灰色の仕 事というものを知って、小太郎は途惑っている。

「人に雇われる仕事というものは釈然とせん仕事もある事を心に置いておきな」
「わーったわ。納得できひんけど……呑めっちゅうことなんやろ?」
「そういう事、あんたはこれからこの世界で生きて行くんや。時には苦いものを無理矢理呑まなあかん時もある。
 今回はそんな日が来た時の練習とでも思っとき」

返事はしなかったが、小太郎は頷いて……これ以上の文句は言わなかった。
ただ……何処となくまだ納得できない。消化不良な感情を顔に出してはいたが。
千草はそんな小太郎の純粋な部分を少し羨ましく思いながら、歩を関西呪術協会総本山へと向ける。

「はぁ……仕事は終わったんやけど……後始末はきちんとせんと」

憂鬱な気持ちが混じった吐息を出しながら歩いて行く千草に、小太郎は黙ってついて行く。
後に京都大乱と呼ばれる少し前の一幕だった。




「……ただいま」
「お帰りなさいませ」

意気消沈と言わんばかりに疲れ切った顔で部屋に戻ってきたリィンフォースを優しく出迎える茶々丸。

「お昼はちゃんと食べましたか?」

自身を製作した超 鈴音がいるから大丈夫だろうと思っていた茶々丸が何気なく尋ねるが、

「…………聞かないで」
「ど、どうされましたか?」

背景に真っ黒な暗雲を背負うリィンフォースを見て……思いっきり焦る事になった。

「お昼……コンビニ弁当だった」

リィンフォースのその一言で部屋の空気が茶々丸を中心にして一瞬で変化する。

「…………マスター、少し部屋を離れても よろしいでしょうか?」
「あ、ああ……構わんが」

平坦で鷹揚のない声で茶々丸が立ち上がり、エヴァンジェリンに有無を言わせないような迫力で部屋から出て行く。
そんな声を掛ける事が出来ない茶々丸の背中を見ながらエヴァンジェリンは思う。

(……超、運が無かったな。骨は拾ってやるから成仏してくれ……というか、どうも茶々丸はリィンに甘くないか?
 いあ、まあ……私を蔑ろにしているわけではないので文句を言う気はないが……創造主に逆らうほどに成長したのか?
 それともやはり科学と魔法の融合なので、他の人形とは違うのか?)

チャチャゼロとは違った意味で頭が痛くなりそうな茶々丸の変化にエヴァンジェリンは頭を悩ませていた。



昼間、リィンフォースとの実戦訓練を兼ねたジュエルシード探しを終えて、一息ついていた超は"一難去って、また一難"という言葉を実感する羽目になった。

「超 鈴音……少々お話ししたい事があります。お時間、よろしいですか?」
「な、なにカナ?(やはり……キタネ)」

第二班の部屋に入って来るなり、茶々丸は一直線に超の元へと歩いて行く。
茶々丸が何が言いたいのかは……察しがつくのか、超は一つ息を吐いて茶々丸と向かい合った。

「お昼の件ですが、リィンフォースさんに コンビニ弁当を食べさせたと言うのは間違いありませんか?」
「事実ネ。お互い時間が差し迫ていたので……簡単に済ませた。それだけネ」
「何故ですか? コンビニ弁当がいけないとは申しませんが、せめて一声掛けて頂けれ ば……私が用意しました」

肩を竦めて今日の自分達が置かれていた状況を説明するも、茶々丸は聞く耳持たないのか……不満そうな顔で話す。
しかも、栄養のバランスなどの科学的見地から始まる意見を持って、如何に成長期の少女の食の大切さを説明するだけに聞かされている超の頬は引き攣ってい る。

(おかしいというか……成長しているでイイんダナ?)

説明する茶々丸に相槌を打ちながら、超は自身を生み出した創造主に一言物申すほどに成長した茶々丸に納得できないような、納得できるような……複雑な気持 ちになっていた。

「無論、申し訳ないと思たので、後日一席設ける予定ダヨ」

とっておきの切り札とも言えるカードを切って超は茶々丸の詰問を封じる。

「当然です。いいですか……リィンさんは甘いものがお好きではありますが、食べ過ぎないように気を配ってください。
 虫歯にならないように予防策は既に打っていますが、それで も注意するに越した事はありません」
「そ、そうダナ」

封じた心算が逆に更なる注意へと発展するのを感じて超は、

(何故、こうなるネ? まるで過保護な母親ダナ)

理不尽極まりない事態に頭を抱え始めていた。
この後、超は夕食の時間まで茶々丸から成長期に於ける食の大切さを滔々と聞かされる事になる。

「創造主に逆らうほどに成長したか……ロボット三原則を入れるべきだたカ?」

茶々丸の説明を聞き終えて、真っ白に燃え尽きる前に超が葉加瀬 聡美にポツリと漏らした言葉だった。


……ちなみに古 菲を含む二班の他の面子は、我関せずの方針で二人とは若干距離を置いて夕食までの時間を過ごしていた。

「……アレは凄かったアル! 思わず茶々丸の気迫に負けそうだたアル」
「AIの成長が著しいですね。フ、フフ……この分だと彼女のAIを元に他の後継機の強化も上手く行きそうです♪」
「……(強く生きてください、オーナー)」
「あれほどの気迫を出せるとは……いやはや、茶々丸殿も手ごわい存在かもしれないでござるよ」
「まるで、シスターシャークティーを彷彿させる迫力が……。彼女にはイタズ ラはしないようにするっきゃないね」

古 菲を筆頭に全員が超の不運を生温かい視線で見守っていた。




その頃、関西呪術協会の総本山の大広間では一部の人員を除いて、ネギ達の歓迎の宴が催されていた。

「いや〜〜ネギ君に付いて来て正解だったね♪」

お神酒を口にしたのか、ハルナは頬を桜色に染めて宴会を楽しんでいる。

「ハ、ハルナ〜〜」
「放っておきなさい、のどか」
「で、でも〜〜」

酔っ払ったハルナの様子に焦っているのどかに夕映はため息一つ吐いて諦めた感のある言葉を口にする。

「夕映はもうちょっとはっちゃけなさい!」
「な、なにするです――む、むぎゅぅぅぅ……!?」

ハルナに強引にお神酒の入った徳利を口に入れられ……そのまま一気させられる夕映。
周囲の巫女達は楽しげに笑うだけで止めなかった。

「ダ、ダメでふょぉ……お酒なんて飲んじゃぁぁぁ」

慌てて止めようとしたネギだが、既にお神酒を口にしたのか……呂律が回らずに腰も砕け掛かっていた。

「ちょ、誰よ!? ネギにお酒飲ましたの!?」

何か様子がおかしいかなと感じ始めていたアスナがネギが酔っ払っている事を知って、慌てて注意するも時既に遅し。

「ア、アスナさん! ぼ、僕はダメな先生なんです!」
「うわ! ネギ君って泣き上戸?」
「お、落ち着きなさい、ネギ」
「そう、そう……ま、これでも飲んで」
「パ、パル!? あんたが主犯か!? あ、ああっ! 夕映ちゃんと本屋ちゃんがつぶれてる!」

暴走したハルナによって、お神酒を飲んだネギ達の混乱に拍車が掛かる。
大広間は完全に酔っ払い達が支配する混沌の場へと変容していったみたいだ。

「これで……良いのだろうか?」

危機感の欠落した宴の席を見ながら刹那は考える。
まだ危機は去っていない状態で、こんな宴会をしている場合なのだろうかと澱のように疑問が湧き上がって溜まる。

(何か嫌な予感がしてならない……こんな予感なんて感じたくないのに)

ピリピリと肌を焼き焦がすような焦燥感が胸に渦巻いている。
本山の結界を外から壊すのは相当の力が要るから……不安を感じる必要などないはずなのに不安な気持ちが晴れない。
話を聞く限りは術者の大半が強硬派が強引に破壊した妖怪の封印の後始末で動いている。
人員の減少があっても結界の強度が落ちるわけではないし、明日になれば……人員も帰還して上手く行くのに。

(……嫌だ。夜が更けるに連れて……の 匂いがきつくなったような感じがする)

何も見えない真っ黒な闇から、這いずる穢れが自分達に忍び寄ってくる……そんなおぞましい予感に身が震える。
騒ぎ立て楽しんでいるクラスメイトを見つめても不安が消える事はなく、刹那は一人浮いた形になって大広間で食事をしていた。




刹那が言い知れようのない不安を感じていた頃、関西呪術協会の長 近衛 詠春もまた内乱阻止の為に部下達に指示を出していた。

「やはり……彼らはあの場所に集結していたか」
「はっ! おそらくは過激派と思われる人員が全て結集してます」

内心忸怩たる思いで詠春は部下からの報告を聞いている。
出来る事なら内乱が起きない事を願っていたが、自分の思いとは掛け離れた形で事態は進んでいる。

(…………もう止めようがないと言うのか?)

彼らの不満を少しでも減らしている心算だったが、結局……何の効果もなかったという結末を迎えた。

(高村さん…………何故、暴発したんだ?)

自分の知る高村は決してこのような暴挙を行うような人物ではなく、動く時は絶対に勝機を見出した時だけのはずだった。
だから、今の状況で動くような軽挙妄動など……信じられなかった。
詠春は高村を信頼はしていないが、信用はしていた。自分の事を苦々しく思っていながらも、隙を見せない限りは敵にはならないと感じていただけに……残念に 思っていた。
もっとも、二人の間にあった溝の深さまでは知る由もなかったが。




強力な結界に守られているはずの総本山だが、この手の守りは大概が外からではなく……内側から崩される事が多い。

「……まあ、義務ではないが、義理を果たしたという事にしておこうか」

誰に言うわけでもなく、独り……結界の要の一つの前に立っているフェイトが嘯く。
周囲には結界の管理を行っていた術者達がフェイトの手によって石像に変えられて、その姿を晒していた。

「近衛 詠春……僕の思っていた以上に錆びついていたみたいだな」

自分が侵入した事に気付かずにいる詠春の今の力量にを分析する。

「……買いかぶり過ぎたか。昔の彼はもっと鋭く、怜悧だったんだが……老いたという事なのかな」

呟き、埒もない事を言ったとフェイトは頭を軽く振って忘れる事にする。

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

起動キーを唱えて、フェイトは意識を集中して、自分の役目を全うしようとする。

「おお、地の底に眠る死者の宮殿よ 我らの下に姿を現せ……冥 府の石柱!

フェイトの呪文によって空中に現れた大質量の石の柱が一気に本山を支える結界の要に激突する!
派手な破砕音を響かせながら、結界の要に打撃を与えた石柱。

「…………完全には破壊出来なかったけど、本山の守りに亀裂が入ったのは間違いない」

本山の空気が若干変化しているのを感じたフェイトは表情こそ変わっていないが満足した様子だった。




破砕音と地響きが本山に衝撃を与える。

「な、何事だ!?」

揺れる足元を気にしながら術者達は何が起こったのか知ろうと周囲に意識を向けると……その顔色を青くしている。
本山を覆う空気が変化しているを感じた。
清浄な空気に外から入ってきた不浄な空気……即ち、結界の一部が機能しなくなったと言う事に他ならない。

「ま、不味いぞ! 奴らの攻撃か!?

忍び込んできて、内側から結界の破壊を行った可能性に気付き、気を引き締める。

「警鐘鳴らせ! 奴らが来るぞ!!」

京都大乱――長い夜の始まりだった。




大広間でも揺れを感じ、距離があった所為か……破砕音はそれほどではなかったが、その後に響き始めた警鐘に騒然とする。

「な、なに? 地震で小火で も出たの?」
「こ、これは! ま、まさか!? 結界が壊れた?

アスナが警鐘を聞いて、振り返る瞬間……いきなり立ち上がった刹那が蒼白な顔で叫ぶ。 
刹那の叫びと共に巫女達も状況を鑑みて、それぞれに行動を開始する。

「本山全体の状況を探りなさい! それとこの家屋を中心に陣を敷いて!」
「何名か、ついて来て! 先行して、結界の崩れた部分の確認と補強をするわ!」

酔いを忘れたかのようにキビキビと動く巫女達にアスナ達は唖然と見つめるしかない。

「あ、あのっ! 僕も手伝います!」

ネギが意を決したのか、少し大きめの声で話しかける。

「あ、あれっ!?」

だが、酒が入った所為なのか……足に力が入らずにフラつくような感じで立つのが精一杯だった。

「落ち着いて。慌てなくても良いから」
「そう、そう。もう少ししたら抜け切るから、それまではあまり激しく動かないこと」

倒れ込みかけたネギを支えながら巫女の一人が気遣う様に話し、もう一人がネギの額にお札を貼り付けて酔いを醒まそうとする。

「す、すみません……」

未熟な自分を見られたのが恥ずかしいのか、真っ赤な顔でネギが礼を述べる。

「とりあえず酔い潰れた子は奥の部屋で休ませるわね」

酔い潰れる――実際にはさり気なく眠りの術を掛けて、今夜の事態に係わる事がない様に手配する。

「早乙女さんと綾瀬さんだっけ……二人はこっち関係じゃないのよね?」
「おうよ!」

ネギの肩に乗ったカモが代わりに返事をして、魔法関係者と関係者ではない人物が誰なのかを告げる。

「ちょ、ちょっと待って! 刹那さんとこのかが居なくなってる!」

周囲を見渡していたアスナが二人の姿が見えない事に気付いて焦っている。

「大丈夫です。先程、刹那が酔い覚ましに出られたお嬢様の後を追っています」
「じゃ、じゃあ!」
「ええ、今頃は合流しているはずです」

焦っていたアスナが少し落ち着きを取り戻して安心している。
もしかしたら木乃香を再び誘拐しようとする可能性が出たんじゃないかと心配していたみたいだった。



朝倉 和美は周囲の状況を冷静に見て、自分はどう行動するべきか考える。

(戦えと言われても、私はペンを握る者で……剣を使う者じゃないし…)

はっきり言って情報収集なら誰にも負けない自信はあるが、殴り合いは全然ダメな事は分かりきっている。

(……う〜ん。なんか高く付きそうな予感はするけど……助っ人呼ぶしかないか?)

脳裡に浮かぶ人物を呼び出すのは正直後が怖いような気もするが……背に腹は替えられない。
気は進まないが、ケータイを取り出して連絡する。

「エヴァちゃんにリィンちゃん……ま、エヴァちゃん呼んだら、茶々丸さんも付いてくるし……大丈夫よね」

リィンフォースの実力は今ひとつ分かってないが、戦力は無いよりも有った方が良いだろうと判断する。

『朝倉さん! リィンさんを呼びましょう!』
「いや、まあ……呼ぶ心算だけど、大丈夫だよね?」
『モチロンです! リィンさんが来れば一気に解決しますから』

絶対の信頼があるのか、さよは周囲の喧騒に怯える事なく自信満々で頷いている。

「そ、そう?」

武闘派と聞いているが、見掛けからして大丈夫なのかと不安な気もする。

(ま、まあネギ君よりも年上だし、さよちゃんが自信を持って話すからアテにさせてもらうわね)

攻撃はダメだけど、守りの力は昼間に見せて貰ったさよが信頼している以上は大丈夫だと気持ちを切り替える。

「あの〜助っ人の心当たりがあるんで……呼んでも良いですか?」

この場に居て、指示を出している責任者らしい巫女に一声掛ける。

「え?」

和美に言われた巫女は一瞬意味が理解出来ずに途惑った顔で聞き返す。

「ですから、麻帆良から一緒に来ている魔法使いを呼ぶんです」
「え、ええっと……実力はあるのですか?」
「ええ、二つ名を持っていますよ(悪名でもあるけど)」

和美が本心は内に秘めて二人の実力者らしい人物を推薦する。

『はい、とっても強い方です♪』

さよが更に後押しするように告げると巫女は今現在の本山の人員を考慮して、

「……お願いしてもよろしいですか?」

不承不承と言った表情で頼んだ。
人手不足なのは最初から分かりきっている。
過激派の面子が西日本各地の封印を破壊したおかげで、再封印を兼ねた退魔の作業が格段に増えて腕利きがこの場には数えるほどしか居ない状態だ。
本山の結界さえ無事ならば、たとえ夜襲を掛けてきても防ぐ自信はあったが……何者かに穴を開けられてしまった。
こうなると各地に散った腕利きが帰ってくるまで持ち堪える戦いだけでなく、この場に居る戦力だけでの総力戦の様相も見えてきた。


この際、猫の手でも借りたいくらいの気持ちで頼む巫女だが、この決断が今回の窮地を救う切り札になる事を知らない。


後に"闇の福音"の相方として、"黒の魔導師"などと呼ばれるリィンフォース・夜天の公式記録上での最初の戦闘の始まりだった。


……京都大乱、もしくは黒の魔導師のデビュー戦として語り継がれる決戦の舞台の幕が上がろうとしていた。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

まあ、これもありという事で。
どちらの陣営も戦力を持ち、今更話し合いをする気がない以上は戦うしか道はない。
しかも片方は最初からやる気なので敵側の戦力を削っています。

よくよく考えるとフェイトがこの件に関わったのはやはり詠春の今の力がどの程度なのか探る為だったんでしょうね。
それでは次回も活目して待ってください。



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