エヴァンジェリンは一時的にとは言え、封印が解けた自分の状態を嬉しく思っていた。
「フ、フハハ! やはり、夜はイイ。そして、夜空を飛ぶのは気分が良いものだ」
満月や前回の停電時のような時でも万全だったわけではない。
全力時の六割から七割ほどの力しか出し切れない。
魔法使いどもから見れば、それで十分かもしれないが本人にすれば……物足りない。
ナギ・スプリングフィールドの掛けた呪いはそれだけ強力で鬱陶しく、この十五年常に制限を受けて不満だらけだった。
しかし、今夜は本来の力をようやく発揮出来る。
ナギとリィンフォースの力は拮抗……いや、魔力の運用方法、術式では魔法使いよりも魔導師のほうが上だった。
「やっと……やっと、この忌々しい呪いから解放される日が来るんだな!」
「ま、そのうち解いてやる」等と言って連絡もせず、しまいには死んだなどと噂されるナギ・スプリングフィールド。
生存が息子ネギの証言で明らかになったが、現在は何処に居るのか……不明。
呪いの解呪を忘れているのか、いや、おそらく……解呪の呪文を忘れて来れない可
能性が高いと予想できる。
暗記しているわけではなく、アン
チョコ片手に呪文を詠唱していただけに、問題のアンチョコを無くしているとも
考えられる。
当然失ってしまった以上はどんな呪文か覚えているわけではなく、唱えようがないと思われる。
無責任なところがあるだけに、「ま、いいか」で済まされている可能性も否定できない。
……ナギのチームの面子はそんないい加減な連中のほうが多かった。
……まともな人間というものがいないのは否定できないのだ。
麻帆良学園に放って置かれてからの日々は格下の魔法使い達に扱き使われる羽目になった。
麻帆良学園都市の警備員として、力を制限された状態で使われる日々にはうんざりだった。
誰もが、ナギ・スプリングフィールドの掛けた呪いだから……一生解けないだろうと思い、解呪など欠片も考えない。
所詮犯罪者、罪人だから……このままで居た方が世の為、人の為だと思っているとエヴァンジェリンは感じていた。
……何故なら、正しき魔法使いが悪の魔法
使いの存在を認めるわけがないのだ。
「ああ、そうだな。所詮、奴等にとっては他人事だ!
囚人のように懲役してれば良いと思っているんだろうさ!!」
確かに自分にも悪い点があるかもしれないが、自分を殺しにやって来た人間に情けを掛けるほど……優しくなれない。
望んで今の自分になりたかったわけじゃない。
自分の与り知らぬところで、勝手に魔法で吸血鬼へと変えられたのだ。
その事を無視して、自分を一方的に責めるなど……腹立たしく、憎みたくなる。
怒りで高揚しているのか、嬉しくて昂ぶっているのか、エヴァンジェリン自身も分からないほど様々に絡み合う感情がある。
「とりあえず……貴様相手に、この複雑な感情を吐き出させてもらうぞ!!」
こちらに向かってくるリョウメンスクナを睨み付けながら、エヴァンジェリンは叫んでいた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十八時間目
By EFF
「あれがリョウメンスクナ……か」
関西呪術協会総本山から離れた場所でフェイト・アーウェルンクスは情報収集の為に戦況を見つめていた。
「……あれは一体? 確かに魔力を使用しての魔法ではあるが……僕は知らない」
初めて目にする魔法陣から生まれる桁違いの破壊力を備えた攻撃。
夜空を明るくするほどの光球を生み出し、雨霰のように怒涛に降り注ぐ雷の魔弾。
一発一発の破壊力は"魔法の射手 一発"と比較するのがおこがましいほどの威力があり……推定で千五百以上はあった。
普通の魔法使いでもあれだけの数を出せないのが常識なのに……目に映る少女は撃ち出した。
(内包する魔力量は……あの男に匹敵し、魔力の運用方法は話にならないくらい上手だ)
ナギ・スプリングフィールド……マギステル・マギの代名詞のように魔法使いにとって一目を置かれる人物。
(実際はただの……バカだけどね)
後先考えずに行動し、そのくせ悪運だけは良かった。
魔法使いではあるが、実際に暗唱できる魔法など数えるほどしかなく、仲間の協力があってこそ……生き残れた人物だとフェイトは考えている。
(妙に勘が鋭くて、実戦慣れしている点は確かだが……魔法使いとしては半人前だ)
才能は人一倍あり、勘のよさでこちらの嫌がるところを確実に突いてくる。
おかげで先の大戦では……こちらの目的を見事に邪魔された。
(そう……一騎当千の仲間が更に厄介だったな)
紅き翼のメンバーは誰もが手強い相手だったが、何考えているのか良く分からないバカばっかりだった。
信念を持っているのかどうかさえ分からない。
ただ気に食わないという理由で邪魔されたのではないかとフェイトは考えていた。
(実際、大戦で勝利した後、彼らはそれなりの地位に就く事なく……無責任に世界に埋没した)
何度かやり合って、大体の性格は知っている。
自由人というか、面倒な仕事はゴメンだと言って……行方を晦ましたというのが真実。
(そうやって無責任に生きて……事後処理を放棄した愚か者だ)
結局、世界は何も変わらずにそのまま時を無為に流しただけ。
(……やめよう。今更思い出しても意味はない)
頭を一振りして、フェイトは思考を切り替える。
隣に真祖の吸血鬼がいるので、もしや吸血鬼かと思ってみたが違う。
内包する魔力は隠蔽されていたが、近衛 木乃香よりもあるかもしれない。
フェイトがあれだけの破壊力を生み出す攻撃と同じくらいの魔法を使うには相当の魔力を使用し、連続での使用は難しい。
「彼女も……そうだと良いんだが」
遠目から気付かれないように見ているが、エヴァンジェリン、リィンフォースのどちらも疲弊した様子は感じられない。
稀に規格外の存在がいるのは知っていたが……ここまでの存在がいたとは考えていない。
「……ここで排除するべきか?」
自分達の計画に支障を来たす可能性を考慮して……不意打ちによる暗殺も考えるが、
「片方を始末できるかどうか……それも難しいか?」
平和ボケした近衛 詠春なら勝てると断言できるが……見る限り、そんな兆候はない。
そして、片方は不死の身体を持つ真祖の吸血鬼。初撃が確実に当たったとしても生き残る可能性もあり得る。
二人を同時に殺すのは……非常に困難だと頭の中で計算してしまう。
「……厄介だな。こちらに取り込めれば良いんだが」
敵にしなければ、脅威にはならない。
まだ完全に敵対したわけじゃなく……こちら側に迎え入れる事で不安要素を取り除く。
問題は、あの二人が麻帆良学園都市……関東魔法協会に所属している点だった。
魔法世界――本国ならある程度の情報もすぐに入ってくるが、如何せん旧世界でナギ・スプリングフィールドと懇意にしていた人物が理事として名を連ねてい
る。
そして、今もナギ・スプリングフィールドの所属していたチーム"紅き翼"の元メンバーがいる。
ここのように元メンバーでも腕が錆び付いているわけではなく、現在活躍中の人物だけに迂闊に手を出すのは躊躇われるほどの状態だったのだ。
「保留か……こういうのは好きじゃないんだが、致し方ないか。
まずは情報を得なければ、対応も出来ない……彼女に期待しよう」
幸いにも伝手を一つ得ている。そこから情報を得て、交渉に移り……取り込まなくても関与しないように説得すれば良い。
「リィンフォース・夜天……僕達とは違う、何か異質な魔法使い」
自分達と同じ魔法使いでありながら、何か違和感というか……異端の匂いを感じさせる少女。
フェイト・アーウェルンクスはリィンフォースに興味を抱き始めていた。
自らの存在を示し、戦の先触れとなる咆哮を上げてリョウメンスクナはエヴァンジェリンに向かって来る。
「ク、クク……そうだ。久方ぶりの全力戦闘だ!
貴様の全てを私に見せてみろ!!」
二対四本の腕に持つ武器を掲げて、敵対するものに容赦などしないと宣言したかのように動く。
『マスター、サポートは私が行いますのでご存分に世界に力をお見せ下さい』
「ククク、嬉しい事を言うではないか」
『当然です。私はマスターの剣となり、盾となり、勝利に貢献するために生まれました。
如何なる敵が現れようとも撃ち砕きます』
クリムゾンムーンがエヴァンジェリンをマスターと認め、宣言する。
チャチャゼロ、茶々丸、そして別荘から召喚した人形達が第四陣の鬼達を相手にする為にこの場には居ないが、その代わりに新たなパートナーたる存在がその手
の中に居る。
『あの程度の敵、マスターにとっては雑魚でしょう?』
「フン、少々物足りない相手であるのは確かだ」
『精々マスターの強さを見せ付ける引き立て役になってもらいましょう』
「ククク、お前の言う通りだ。闇の福音の力を見せ付けてやろう」
久しぶりの制限のない全力戦闘に心が高揚する。
そして、新たに身に付けた魔法が自分を更に強くしている。
リィンフォースが自分の側で研鑽し、作り上げていったベルカ式の術式を覚えた。
奇しくも近代ベルカ式とも呼ばれる、ミッドチルダ式の魔法をベルカ式にエミュレートした魔法を覚えた魔導師として、エヴァンジェリンは研鑽し、進化し始め
ていた。
「グォ――――!!!!」
リョウメンスクナが叫び、手に持つ剣を上げて、エヴァンジェリンに向かって振り下ろす光景をネギは見ていた。
「マスター!!」
危ないと思って、叫んでしまうが、ネギの心配など鼻で笑われるように事態は進む。
山を崩しそうなくらいの力が篭った剣の一撃をエヴァンジェリンは手に集束させた魔力の大剣で受け止めた。
しかも、受け止めた剣は壊れる事なく、逆にリョウメンスクナの剣のほうが砕け散った。
「断罪の剣……全力だとあそこまで威力があんのかよ!」
肩に乗っていたカモが感心を通り越して、非常識すぎて呆れた感じで呟く。
下から斬り上げる様に出された断罪の剣が真っ直ぐに天へと掲げられて、そのまま振り下ろされて四つ在ったリョウメンスクナの腕を一本斬り落とす。
「グォ、グォォォォオオオ―――!!!!」
斬り落とされ、痛みがあるはずなのに……痛みよりも怒りを込めた咆哮を上げるリョウメンスクナ。
そんなリョウメンスクナの頭上に巨大な氷柱が四本現れて、突き刺されと言わんばかり降り注ぐ。
残った三本の腕で迎撃するが、砕けた氷が飛礫となって身体に突き刺さっていた。
「……こおる大地」
ネギも一度味わった足止めを兼ねた魔法が即座に追撃として展開される。
リョウメンスクナの足元は完全に凍りつき……こちらへの進攻が停滞する。
「……無詠唱ってか?」
カモが強力な呪文を連発する様子を見て、不思議そうに呟く。
エヴァンジェリンの実力ならば、可能かもしれないが……それでも何か違和感を感じていた。
「もしかして……マルチタスク?」
「兄貴、知ってんのか?」
「詳しくは知らないけど……複数の呪文を同時に展開する技術があるんだ」
「マジかよ?」
驚いた様子でカモがネギの顔を見つめて聞いている。
「俺っちはそんな技術知らねえぞ」
「リィンフォースさんから教えてもらったんだと思う……異端の魔法使いだって言ってたから」
「異端ね……リィンの姐さんなら、ありえるかもな」
どこか納得させられる感じがあるとカモは思う。
(あの姐さん……普通の魔法使いらしくねえからな)
魔法使いだとは思うが、陰陽術も使えるらしい点が気になっていた。
気の扱いも出来るし、見かけ通りの年齢らしい部分もあるが……、
(時々年齢以上の鋭いところがあるんだよな。
裏を読むというか……穿った見方をするところなんざ、年以上だし)
老獪で長い年月を生き延びた獣みたいに一筋縄では行かない雰囲気がある。
(兄貴はいい人だって言うが……注意するべきかも)
カモは面倒な事態にならない事を祈りつつ、戦況を見つめる事にした。
エヴァンジェリンとリョウメンスクナの戦いを見ながらリィンフォースは準備を行う。
「コアにこれを使って……器を作る」
自分の手の中にあるジュエルシードを見ながら呟く。
「更に守護騎士プログラムを加えてっと」
ジュエルシードに幾つかの術式を書き込んで……用意を整えていく。
「後は倒したように見せて……空っぽの身体を封印させるだけ」
この場にいる者達にペテンを掛けて、自分の従者を生み出す。
「このくらいはしないと……タダ働きだもんね」
結局、楽しみにしていた修学旅行は見事に潰された。
しかも、危機管理の甘い魔法使いと陰陽師の尻拭いをさせられる始末だ。
「身内だから大丈夫だなんて……バッカじゃないの!」
父親と義理の息子の馴れ合いの所為で割りの合わない仕事をせざるを得なかったのは腹立たしい。
「関西呪術協会の裏切り者は……甘っちょい考えをしている長かもね。
組織の長が娘可愛さに、敵対組織に身を預けさせるなんて……ホント愚かよね」
次世代を担うはずの人物をよりにもよって……敵対組織に差し出すなど、身内に対する裏切り行為だとリィンフォースは思う。
安全を考慮したと言うのなら事情をきちっと説明して預けるのが筋だ。
そうか、組織内で頼りになる人物に事情を説明して守らせるようにすれば良い。
いずれ目覚めるのは分かっているのに、育てずに放置し……しかも陰陽師にせずに魔法使いにしようとする。
自身の立場を分かっていないのは明白で、組織に対する背信行為だと罵られてもおかしくない。
次世代を捨てるような真似をし、組織の未来を考えてもいないような行動を取るのは長としては失格だ。
「関西呪術協会……滅びは近いかもね。
それとも、これがジジイの狙いなのかしら? だったら陰険で情け容赦ないやり方だ」
眉間に皺を寄せて、挑発し、激発させ……組織の内部崩壊を誘発させるやり方を想像して吐きそうになる。
「結局のところ、木乃香の父親は組織内の誰も信用していないのかも……」
部下は大勢居ても信用できないのなら……組織の長としては二流か三流だ。
「一流の戦士が一流の長になれるとは限らないって事だな」
ありがちな話だが、今回のように巻き込まれたのは不愉快な事だとリィンフォースは思う。
「……問題は誰がジュエルシードの封印、制御式を与えたか?
はぁ、プレシア・テスタロッサが生きている可能性があるかもしれない」
回収したジュエルシードを調べる限り、明らかに暴走をギリギリまで押さえ込むような術式の残滓が残っていた。
もし関西呪術協会の誰かが安全策を講じて、何らかの意図を持って放置したのなら協力した魔導師がいる。
可能性としてフェイト・テスタロッサの母親が存命し、関西呪術協会の強硬派に協力しているかもしれない。
「困ったよね……娘に借りがあるから、その母親と戦うのは気が進まない」
未だ姿を見せていないが、もし姿を現した時……どう対応するべきか、悩んでしまう。
同じ世界から来た人で、しかも世話になった人物の家族だ。
敵対したくはないし、愚かな魔法使いの尻拭いの為に戦うなど論外だった。
「まだ出てきてない以上……対応のしようもないか」
大魔導師の称号を持つ人物だから、相手にとって不足はない。
おそらく、久しぶりの全力戦闘になると思うと……楽しみな点も否めない。
「……問題は生きていればの話しだけど」
自身の記憶が確かならば、プレシアは病に侵されていた。
しかも、思い出す限り……もう手の施しようがない感じだった。
薬品の副作用なのか、胸を患っていたのは間違いない。
もしこの地で再びアリシアを蘇らせようとしていたら……更に悪化しているはず。
「……失った時間を取り戻したいという気持ちは痛いほど理解できる。
そして、その行為が正しいのかと問われると……どう答えたら良いんだろ」
過去を振り返り、失った者を取り戻すのは正しいのか……答えようがない。
リィンフォースもまた……やり直したいという感情がないわけではなかったのだ。
『マスター、そろそろ始めましょう……ここは戦場です』
「そうだね。油断したわけじゃないけど、考えるのは後にしないとね」
エヴァンジェリンの楽しげな笑い声を聞きながら、シュツルムベルンがリィンフォースに注意を促す。
迷いを抱えたり、他の事に気を取られていては勝てるものも勝てなくなる。
思考を切り換えて、リィンフォースはエヴァンジェリンに念話を送る。
「始めるよ、エヴァ」
『フン、いつでも良いぞ』
リィンフォースが見る限り、既に勝敗は決している。
リョウメンスクナはエヴァンジェリンの守りを崩せずに戦い、エヴァンジェリンの攻撃はリョウメンスクナの守りを抜いて、確実にダメージを与え蓄積させてい
る。
「やっぱ、エヴァって強いよね」
『当然だ♪ 私の真の強さはこんなものじゃないがな』
リィンフォースの感心する声にエヴァンジェリンが機嫌よく返事をする。
その声を開始の合図にリィンフォースの組んだ術式が起動し、リョウメンスクナを囲い込むように魔方陣が幾つも展開される。
『……ある程度の制限はあるけど…………世界を見たくない?』
鬼神リョウメンスクナは自身に問い掛ける声に耳を傾ける。
『新しい名と身体をあげる』
静かに心に響く声にリョウメンスクナは歓喜の声を上げる。
ずっと地に封じられ……目が覚めれば、召喚された者の兵器として、扱き使われる現状には飽きていた。
『古い抜け殻の身体をこの地に封じて……時々力を貸してくれる?』
少々不本意ではあるが、少なくとも陰陽師と呼ばれる連中よりはマシかと思う事にする。
『自らの意思で戦場に立つ……そう在りたくない?』
その声にリョウメンスクナは応える。
『承知した……我は我の意思で戦いたい。
愚かしい人の為に使われるのうんざりだ』
『使役する気はない。私が戦う時、あなたは事情を聞いて納得できたら立ってくれたら良い』
『我の力を当てにせぬのか?』
『私の戦いは私だけのもの……肩代わりしてもらうなんて考えない。
無論、手を貸してくれるなら、アテにするけどね♪』
『気に入った! 新たな名と身体を貰おう』
『いいよ……私の名はリィンフォース・夜天。
正義なんてものを掲げて戦う気はないし、自らの意思で戦場に立って悪を為す者かな?』
リィンフォースの言い方にリョウメンスクナは面白いと思う。
自身の力を利用しようとする連中は居たが……要らないと言い切り、納得できるのなら手を貸せと嘯く。
封じられ、眠り続ける日々が終わり、制限はあるものの……退屈な時間からの解放が待っている。
リョウメンスクナは歓喜の声を上げて……その時が来るのを今か今かと待っていた。
ダメージによる怒りの咆哮が周囲に響き渡った時、リョウメンスクナを取り囲むように魔法陣が展開されていく。
「何が始まるんだ?」
本山で鬼を相手にしていた術者の一人の声は、その場にいる者達全員の気持ちを代弁している。
リョウメンスクナが出現した時は……ダメかもしれないと思った者も居る。
確かに第二陣、第三陣の召喚された鬼が還された時は何とかなると思い、希望が少し見えた。
それを打ち砕くように現れた伝承よりも巨大な鬼神リョウメンスクナに、せっかく見えた希望が絶望に変わり始めた。
そして、また鬼神に立ち向かう存在の出現によって、希望と絶望が交互に交差し……二転三転と変化する。
もう自分達の手の範囲内からは離れ、あの場所にいる者に委ねるしかないのは明らかだった。
大地に浮かぶ魔法陣が一際輝き、幾つもの光の柱がリョウメンスクナの身体を貫き……天へと伸びる。
リョウメンスクナは叫びを上げて身体の拘束を解こうとするが、更に空中に描かれた魔法陣から鎖が絡みついていく。
完全に動きを封じ込まれたリョウメンスクナは最後の抵抗と言わんばかりに咆哮する。
「……終わりだな」
リョウメンスクナの足止めを行っていたエヴァンジェリンは距離を取って、その光景を見つめている。
頭上に浮かぶリィンフォースの正面に正三角形の魔法陣が現れ、足元にも同じように現れている。
正面に浮かぶ魔法陣の頂点に魔力が集まっていくのが見える。
『マスター、もう少し距離をお取り下さい。此処は範囲内です』
「分かった」
クリムゾンムーンの警告に従いエヴァンジェリンは更に後方へと下がる。
『鳴り響け終焉の笛……ラグナロク!!』
詠唱の終了と共に蓄えられたエネルギーが一直線にリョウメンスクナへと襲い掛かる。
頭上から落ちてくる光の柱が身体を貫き、大地に着弾すると同時に大規模な爆発音を伴ったドーム状の爆発へと変わっていく。
『プロテクション』
爆風からエヴァンジェリンを守るように展開される魔法。
「……ご苦労」
『マスターの安全が最優先です』
自身が放つ魔法よりも遥かに強力な威力に唖然としていたエヴァンジェリンが礼を告げる。
「……キノコ雲か…………まさかとは思うが汚染はないだろうな?」
『問題ありません。リョウメンスクナのみを対象にしましたので、他は破壊されてはおりません』
「……器用なものだ」
感心するべきか、呆れるべきか、エヴァンジェリンは複雑な気持ちになっていた。
非殺傷設定といい、リィンフォースが使用する魔法は安全面では自分達が使う魔法を明らかに上回っている。
自身が研鑽してきた魔法が劣るものと感じてしまうと時間の無駄を重ねてきたと感じ鬱になりそうになる。
『何事にも始まりはあります。全てはこれからではありませんか?』
「……そうかもな」
主のフォローをするクリムゾンムーンに、エヴァンジェリンは苦笑しながら答える。
閃光が徐々に小さくなり、完全に消えた後には……、
『無事、封印完了しました』
「抜け殻だがな」
破壊の跡を一切残していない森が現れ、まるでリョウメンスクナが最初から居なかったかのように見える。
「……戻るか?」
『はい』
リィンフォースの行為を知っているエヴァンジェリンが肩を竦めて、今後の展開を面白そうに考えている。
(ジジイも予想しないだろう……鬼神リョウメンスクナを従者にするなんてな)
麻帆良学園都市の結界などリィンフォースには意味をなさない。
結界内では鬼神を存在させるのは難しいという定石は……魔法使いには通用しても魔導師には通用しない。
守護騎士プログラム――魔力で構成された肉体を持つ存在はこちらにもある……ありふれた物かもしれないが、ピンキリの中でもピンの方に属するのは間違いな
い。
しかも器を作るのは魔法使いよりも高度な技術を持つ魔導師で、中身には鬼神の中でもトップクラスの存在を使うのだ。
(あんまり調子に乗って、愉快な真似をしていると本気で終わるぞ、ジジイ)
ちょっと黒い思考に偏りながら、エヴァンジェリンはこの事実を知って青い顔をする連中を思い浮かべて笑みを漏らしていた。
ただでさえ戦力差に開きがあり、好ましく思われていない現状なのだ。
一番最悪なのがノーテンキな愉快犯まがいの事をしているのが組織の長だった。
(ま、状況次第では麻帆良学園から出て行ってしまえば良いだけだがな)
十五年も暮らしていたので多少は去る事に躊躇いもあった。
(あのジジイがもう少し真面目にしてくれたら……改善の余地もあるんだがな)
リィンフォース自身は麻帆良で暮らす事を快く思ってはいない。
ただ麻帆良を管理する近衛 近右衛門のお遊びに付いていけないだけだ。
(それなりに話の分かるジジイだが、やり過ぎの感もある。
今回の一件で少しは懲りてくれると良いんだが……無理だろうな)
ため息を一つ吐いて、エヴァンジェリンは近右衛門とリィンフォースの相性の悪さに肩を落とす。
危機管理の甘い人物をリィンフォースは嫌っている。
今回の事件もその甘さが発端になっているのは事実だ。
(身内でナアナアで済ますのが悪い。
本来なら修学旅行のついでで済ませるような事柄じゃないんだが)
十歳の見習い魔法使いの親善大使など隙だらけで……襲ってくれと言っているようなものだ。
過激な行動を起こす連中を燻り出すのを主体にしているのかもしれないが、当事者のネギにすれば堪ったものじゃない。
(世界が綺麗なものだと思っているぼーやだから反発していないが、事情を知って巻き込まれた者には嫌われるぞ)
白黒ハッキリした社会だと思っているネギだが、現実はそう簡単に割り切れるものじゃない事をエヴァンジェリンは知っている。
龍宮 真名みたいに仕事と割り切れる人物なら反発しないが、あそこまでクールに考える者はそうそう居ない。
(ま、龍宮の場合は……過酷な体験から来たんだと思うが)
戦場に身を置いている以上は、肝も太くなるし……甘い考えなど捨てざるを得ないとエヴァンジェリンは思う。
(詠春には悪いが……自業自得だと言わせてもらう)
この事態を引き起こした片割れの詠春には悪いと思うが、このような事態になる可能性は最初からあった。
両方の組織の長の見通しの甘さが原因である以上、責任は長が取るべきなのだ。
「まあ、今回の一件で反対派は確実に減るのは間違いない。
尤も関西呪術協会が関東魔法協会の下部組織になり兼ねない事態になるのは……計算通りなのかもしれんがな」
自分の娘婿が組織の長になっている以上、身内という事で何かと声を掛けやすいのは事実だ。
「策士というか……存外に黒いなジジイ」
元々近衛家は関西呪術協会内においても、それなりの発言力を持つ名家だったらしい。
詠春を通じて、何かと意見を出せるのは間違いなく、内政干渉する気はないかもしれなくても……結果、そうなる事もある。
「ジジイの一人勝ちかもな」
本人にその気がなくても、この一件で過激な思考の持ち主は排斥されるのは間違いない。
近衛 近右衛門が望んだわけではないかもしれないが……関東魔法協会の有利なままで和平は進むだろう。
「くだらない権力闘争……ぼーやも貧乏くじを引かされたものだ」
ネギ・スプリングフィールドが今回の事件に係わった事は公式の記録に残る。
特に親善大使として顔を売った事になるので……ナギを恨む者が麻帆良に来る可能性も増えた。
「ま、麻帆良学園都市の結界なら容易に侵入出来ない筈だが……例外もある事だし、ジジイに注意しておくか」
麻帆良学園都市の守りは優秀ではあるが、何事にも例外はある。
実際に麻帆良より優れていた関西呪術協会総本山の結界に穴を穿つ人物がいる以上……油断すれば危険なのだ。
「ジジイの事だから、ぼーやの修行を兼ねさせる気かもしれんが……はぁ面倒だな」
ネギを標的にしてくる連中がいるのは間違いない。
エヴァンジェリン自身はそれはそれで構わないと思うが、リィンフォースは間違いなく嫌がるだろうと思う。
(リィンは魔法使いの諍いなど……巻き込まない限りは好きにすれば良いと思っている。
だが、ジジイはリィンの助力をアテにしているフシがあるから……また嫌われる事になるだろうな)
この分だと麻帆良を出て行く可能性が高くなるとエヴァンジェリンは思う。
優秀な魔法使い……いや魔導師をその愉快な性癖で逃がすのは自業自得だと思う。
(ジジイは知らないだろうが、魔導師って奴は一々ゲートを使わずに次元世界を移動できるんだぞ)
逃げに徹しきれば、魔法使いなど相手にならないし……次元を超えての攻撃も出来る。
リィンフォースがその気になれば、自然現象という形で一方的に攻撃し続ける事だって可能なのだ。
サンダーレイジ・ODJ(Occurs of DimensionJumped)
次元跳躍による落雷攻撃など、魔法使いの想像の範疇の外だとエヴァンジェリンは考える。
別の世界から次元を超えて……対象である人物を狙撃する雷撃など魔法使いに回避するのは無理だろう。
(自然現象である以上……神楽坂 アスナの魔法無効化能力さえ通用しない。
精霊を魔力で使役して攻撃する魔法だから無力化出来るのであって……自然現象は無理だな)
精霊を使い攻撃する魔法使いとは違い……魔力で自然現象を発生させるやり方では無効化は無理だろう。
(ま、魔法無効化能力と言えど……殺す方法など幾らでもあるがな)
経験の浅い魔法使いには脅威かもしれないが、経験豊富な魔法使いに今のアスナは勝てないとエヴァンジェリンは知っている。
今後の展開次第では麻帆良学園都市が火の海になるかもしれないが、エヴァンジェリンは気にしない。
(精々愉快な事をして……嫌われるんだな)
近衛 近右衛門に対して嘲りの笑みを浮かべながら、エヴァンジェリンは今後の展開を期待している。
散々扱き使われてきたし、そろそろ魔法使いどもが右往左往する姿を見てみたいという気持ちが芽生えている。
(問題は茶々丸のメンテナンスだが……ま、何とかなるだろう)
気懸かりな点はそれくらいだが、よくよく考えれば……リィンフォースがメンテナンス出来るかもしれないのだ。
魔法科学を使いこなせる以上、こちらの科学技術を理解できるだけの頭脳はあるのだ。
問題点が消えたからには、迷う理由など何もない。
……エヴァンジェリンは呪いが消え、解放された後、リィンフォースと共に魔法使いと一戦交えても良いかなと考えていた。
リョウメンスクナの姿が消えた事で総本山の術者達は安堵し、鬼達の掃討に全力を出す。
まだ第四陣の存在もあったが、それらも助っ人達の手で排除され始めている。
「……終わったかな?」
近衛 詠春は事態が終息に向かっていると感じながら……まだ終わらないだろうとも考えていた。
「長さん!」
ネギの叫びと同時に新たに現れた式神が詠春と他の術者を分断し……孤立させる。
「……やはり来ましたね」
詠春の前に姿を現したのは高村 重然。
「当然だろう……貴様だけはこの手で倒さなければならんからな。
関西呪術協会を裏切り、滅びへと突き進めている裏切り者の一族の男よ」
淡々と感情の揺らぎを見せずに話す高村。
……最後の一幕が今開こうとしていた。
―――やれやれ、まだ終わんねえのかよ(BY カモ)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
いよいよ最終局面です。
原作では何故か、敵対に近い存在の関東魔法協会に木乃香を預けた詠春。
よくよく考えると警護の人間に不安があったのかと考えてしまう。
関西呪術協会の面々は過激派以外はどう感じたのか……予想したくなる。
次の世代の中心にもなりえる子供を魔法使いの元へ送って……気にならないのか?
次回はその点を私なりに出してみようかと思ってます。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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