関西呪術協会を支えていた二人。

先の大戦でナギ・スプリングフィールドと共に活躍し、英雄の一人として名を知られている近衛 詠春。

大戦では活躍はしなかったが、その後の混乱による犠牲者を最小限にする為に奔走した高村 重然。

光と影のように正反対の行動で傾きかけた関西呪術協会を立て直した二枚看板のような二人が対峙している。
関西呪術協会の術者達は息を呑んで……二人の様子を見つめていた。

「……私が裏切り者とはどういう意味ですか?」

まず詠春が是非を問うように声を出す。

「言葉通り、お前はやってはいけない事を最悪の形でした……それだけだ」

蔑むような視線で詠春を見つめ、言葉を発す重然。
その表情は完全に見限ったものに変わっていた。

「先の大戦、関西呪術協会は魔法使い同士の諍いに関与する気はなかった。
 元々魔法使いを好ましく思っていたなかったのも確かだが、一人の愚か者が独断である陣営に付いたのがケチの付き始めだ」

その言葉に詠春の顔が苦いものを口にしたように顰める。

「それは……私の事ですね?」
「そうだ。その結果、敵対勢力がこの地に現れ、リョウメンスクナの封印を解く事態へと発展した。
 事もあろうか、魔法使い達は封印を解かす為に術者の家族を人質に取り……脅迫した」

その言葉にネギの身体は硬直する。
魔法使いはマギステル・マギ(偉大なる魔法使い)になる為に日夜努力していると思っていただけにショックを隠しきれなかった。

「全ては……お前が安易に係わった事が始まりだな!
 お前は仲間達と楽しく戦っていたんだろうが! こちらは魔法使いの私闘に巻き込ま れて犠牲者を出した!!」

「そっ、それはっ……!!」

詠春が何か言いたげにしたが……口を噤む。
今更何を言っても言い訳にしかならないと理解したのだ。


深まる夜に……より暗い闇が湧き出すように最後の一幕が上がろうとしていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十九時間目
By EFF




「戦争だ……犠牲者が出た事に一々文句を言っても仕方ないと何度も割り切ろうとした。
 次の世代にはもう少しマシな関係になれば良いと何度も考えた」

重然が苦々しい顔で過去を振り返って話す。

「ならば何故!?」

詠春が今回の暴挙を起こした事に苛立つように問い掛ける。

「次世代の柱になるはずの人物を魔法使いの下に預けるから だ!!
 確かに不穏な空気もあった! だが、何故……相談もせずに関東に送った!
 それほどにこの地にいる術者が信用できなかったのか!?」


木乃香の事だと聞いていた刹那はすぐに判った。

「何故、才能ある次の世代を、陰陽師である事を捨て魔法使いへと勝手に鞍 替えした男に預ける!
 これは組織に対する背信行為ではないか!!」


非難する重然の声に術者達も何処か納得した気にさせられる。
生まれた時から膨大な魔力を持っていた娘なのに、親の我侭で何も知らずに育てていたのはこの場に居る者の大半は知っていた。


……そう、次世代の一角を担うはずの少女――近衛 木乃香――を組織の長の我侭で手放したのは事実だった。


「私を信用していないのは承知している。
 だがっ! お前は側近すら信用していない!!」


重然の声に詠春に付き従っていた術者は何処となく不安な表情に変わっていく。

「それは違う! 私は娘には平穏な生活をさせたかっただけだ!」

慌てて否定するも、

「ふざけるな! 跡を継ぐ、継がない事に関しては個人の問題だが、それも 事情を話して本人が決める事だ!
 陰陽師の家に生まれたからには……そんな言い訳が通用すると思ったのか!」


本人に事情を説明もせずに、しかも陰陽師ではなく、魔法使いへと進むような方向を持たせたのは重然には許し難い事だった。

「才能はあるが、本人が嫌と言うなら不本意だが諦めもつく。
 この世界はそんな気持ちで大成できるほど甘くないからな!
 だがな、最初から魔法使いへと進ませるような真似をして……組織に対する裏切りと は思わなかったのか!?」


苛立ちを超え、怒りに変わった声にこの場にいる者に深く浸透する。
陰陽師の家に生まれ、陰陽師になる事が当たり前のように思っていたし、親の跡を継ぐのも子の役目だと考えた。
無論、嫌々ながらもこの世界に入って来た者もいるが……最初から魔法使いになるような仕組まれたわけではない。

「本人は無自覚。そして魔法使いの土地で覚醒する!
 当然、事情を説明するのは魔法使いで……そのまま制御法を教えるのも魔法使い。
 これでは次の世代を育て上げる事を放棄したも同然ではないか!!
 お前はそれでも関西呪術協会の長なのか!?」


詰問とも言える重然の意見に詠春の立場が悪いほうへと傾きかける。

「……そうね。組織の長としては許されざ る行為として見られるわ」

二人の会話に割り込むように少女の声が響く。
真っ直ぐに伸びる銀髪に紅い瞳、片手には剣十字の杖を持ち、聖職者のような姿のリィンフォース。

「初めまして、組織を守ろうとした陰陽師さん。
 私の名はリィンフォース・夜天。次元を超えた世界より来訪した魔導師よ」

詠春へは顔を向けずに、重然だけを見つめる。
重然は懐から一枚の本に挟む栞のようなプレートを出して、リィンフォースへと投げる。

「一人の大魔導師から、魔導師が来たら渡すように頼まれた物だ」

受け取ったリィンフォースは表情を厳しげに変えて尋ねる。

「アークメイジ プレシア・テスタロッサは……亡くなったの?」

この場にいる誰もが声を掛けられないほどに二人の間に重い空気が満ち溢れてくる。

「……そうだ」
「彼女の願いは叶った?」
「……私には分からない。ただ……」
「ただ……?」
「叶えば良いと思ってはいた。
 彼女の遺体は遺髪を一部遺し……荼毘にした」
「そう……彼女の娘に代わり、最期を看取ってくれた事に感謝するわ」

既に終わってしまった事を厳粛に受け止めて、重然に頭を下げて礼を述べるリィンフォース。

「憐れとは思わん。誰もが幸せな時間を取り戻そうと願う事は一度はある」
「そうね。彼女は一途に望んでいた……それだけ」
「……知り合いか?」
「もう一人の娘に借りがある。返したいが……返せそうにないから、代わりにと思ったのよ」

ホッと安堵したような表情に変えて、若干重い空気を和らげるリィンフォース。
もしプレシア・テスタロッサが生存し、協力体制であった場合はどちらに付くべきか迷っていた。
個人的には関東魔法協会には貸しはあっても、借りは一切ないので協力する義務はない。
何より、色々立場の違いはあるが……魔導師同士。
条件次第では向こう側についても良いかなと……密かに考えていたのも確かなのだ。

「しかし、関西呪術協会も碌でもない人物を長を据えたものね。
 公私混同……よくもまあ義理の父と好き放題してる」

口元を歪めて、今回の事件を振り返り嘲笑うリィンフォース。

「義理の父親は和平を望むとか言いながら、挑発行為をするわ。
 義理の息子のほうも親のエゴ丸出しで……無責任にもこちらに後始末をさせて、いい迷惑だ。
 貴方も無能な長を持つと苦労するわね」
「全く以ってその通りだ。このような挑発行為を笑って認めるのは……馴れ合い過ぎだ」
「おかげで和平を望まぬ連中を全て始末する羽目になったみたいね。
 自分の手を汚さずに、始末を強制されるなんて……酷い長達だわ」
「……最悪は開戦の可能性もあった」
「やはり娘を関東に差し出したのが元凶?」

この場に居る全員が息を呑んで耳を傾ける。
始末という言葉が出てきた以上は、おそらく反勢力の面子は既に重然の手で殺されたという事になるのだ。

「そうだ。あれがなければ、時間は掛かっただろうが……少しずつ改善できた。
 私の十五年に亘る苦労は全て無駄になってしまった。
 私を滅して組織に……不満を適度に抜いてきたのは、このような結果を齎さないようにしたんだがな」

自嘲の笑みを浮かべて話す重然に関西呪術協会の面子は複雑な気持ちにさせられる。
重然が魔法使いを快く思っていないのは暗黙の了解の事柄だ。
それでも組織の軋轢が最悪破綻し、戦争へと向かないように力を尽くしていたのに……よりにもよって長が不穏分子を刺激して台無しにしてしまったんだと気付 かされる。

「ま、どうでも良いか……私見だけど、関西呪術協会の未来って明るいものはそう無いわよ」

場の空気など、まるで気にしないようにリィンフォースが告げる。

「見ての通り長は組織内の空気が読めないみたいだし……ある意味、近衛のジジイの傀儡?
 どっちかと言うと、魔法使い側の人間をトップに据えるのはダメだと思うけど」

痛いほどの沈黙が場を満たしていく。

「それに優秀な戦士が優れたトップになれるとは限らないって事を理解しないとね」
「……全く以ってその通りだ。近衛 詠春は優秀ではあるが、公私の区別をきちんと線引きできなかった」
「十五年掛けても組織をまとめきれない時点でダメでしょう。
 切り捨てるべき者を切り捨てる事が出来ずにいるという事は強権を発動しなかった」

苦々しい思いで詠春はリィンフォースを見つめる。

「ま、関西呪術協会は古い因習が残っているって聞いたけど……その点はどうなの?」
「否定はせんよ。だが、出来る限り波を立てない方針だけでは解決はしない」
「ふぅん、貴方のほうが長らしいわね」

納得した様子で重然を見つめるリィンフォース。

「いや、私も失格だ。私怨を抱えて、長に対して諫言しなかったからな」

聞いている者達は詠春と重然の擦れ違いに関西呪術協会の何も変わらなかった軋轢を感じていた。

「ところで、そのジュエルシード……何時封印すれば良いかしら?」
「他のジュエルシードは?」
「それとは別に後一つを残して封印処理しているわ」
「……私の反乱の失敗は君という魔導師の存在を知らなかった事だな」

反乱失敗とはっきりと口に出して重然はリィンフォースに目を向ける。

「どうだろ? 貴方が優秀でも、他の連中が無能なら勝てないと思うぞ。
 確かに魔法は個人の力量に左右され易いが、それでもある程度の数は必要だから」
「……そうだな。駒不足というのは事実だ……認めよう――ガッ、ガァァァアァァァアアア!!

突然、重然が胸を掻き毟るように手で押さえながら苦悶の声を上げる。
そして露出している肌の部分に葉脈みたいな物が浮かび上がる。

「チッ! 暴走し始めたわね」
「がっ! そ、その通り、理性と狂気が振り子のように揺れながら…………殺す! 魔法使いなど死ねば良い!!」

目が血走り、口元を歪めて叫ぶ重然!

「ば、馬鹿な…………」

そして、急激に上昇する魔力を感じた術者達が後ずさる。
明らかに自分達が知る重然の魔力量をあっさりと超えて……更に上昇する異常さに恐怖を感じていた。

「ラ イトニングプロテクション!」

ゆっくりと手を上げる重然の前にリィンフォースが飛び出し、放たれた雷を防ぐ。

「ぐっ! やってくれるわね」
「ガァァ――――!!」

吹き荒れる放電現象に術者達も慌てて距離を取り……守りを固める。

……まだ終幕にはならず、もう一波乱の予感が漂い始めていた。




天ヶ崎 千草は息を乱しながら、全力で夜の山を走っていた。

「あのバカ! 本気でこの世界で生きてく気があるんか!?」

もう少しで本山という所まで来て……同行者の犬上 小太郎が重然の匂いを嗅ぎ付けて、頭に血を上らせて千草の制止の声を無視して突っ走りだした。
狗族だけあって、健脚故にあっという間に置き去りにされた事に腹を立てているわけではない。

「桁外れに上昇してる魔力を感じんかい!
 プロになりたいなら、状況を! 空気読めとあれほど言うたのに!!」

この状況で小太郎一人で立ち向かうなど……自殺行為に近い。

「あかんっ!!」

まだ夜中なのに青白く輝く周囲の様子に千草は舌打ちする。
おそらく重然の得意の雷系の術が放たれたと感じ、しかも周囲の木々に火を着けたのか……赤い光と火の粉らしいものが舞い上がっている。

「小太郎! 足引っ張っる真似だけはするんやないで」

いきなり現れて連係など出来るわけないと千草は経験から知っている。
連係さえせずに一人で戦いを挑むなど……プロのする事じゃないと千草は思う。
しかも状況が分からない上に、放出される魔力量は信じられない程……濃密になっている。

「一体? 何が起きているんや!?」

鬼神の復活はないと思っていたのに……どういう手段を用いたのか、分からないが復活した。
内心では大いに焦っていたが、現れたリョウメンスクナはあっさりと消滅したので……全く状況が読めない。

「ああ! もうっ!! うちは並みの術者なんや!! 仕事ばかり増やすんやないっ!!」

小太郎が重然に絡むのは間違いない。
千草の予想では、小太郎の命はまさに風前の灯に近い。
追い着いて……小太郎の頭をしばいて、全力で逃げの一手を打つのが最善の策だと千草は考える。
駆け出しの小太郎と戦争を経験し、術者としても一流である重然相手では結果は見えてしまう。
未熟だが性根が真っ直ぐな小太郎が死ぬのは後味が悪い。

「あのバカタレ! クサヤと鮒寿司とドリアン混ぜたヤツ、鼻の穴に突っ込んで泣かすえ!!」

狗族故にさぞ苦しむだろうと思うが、心配させて……大仕事させる以上はお仕置きはきちんとするのが躾けの第一歩。
小太郎は後々トラウマになるかもしれない事態など知らずに戦場に飛び込んでいた。



犬上 小太郎は状況などお構いなしに怒りの感情のまま……飛び込んだ。

「こんクソ親父が―――ッ!!」

全力全開で加速して、自分の気を最大にまで高めた一撃を重然の顔に叩き込んだが、

「…………な、なんやと!?」

吹き上がる魔力が障壁のように小太郎の一撃を阻み……その力の殆どを無力化し、体勢も崩さずに立っていた。

「邪魔だ……邪魔、邪魔ぁぁぁぁ!!!!」

驚きで動きを止めた小太郎の顔を手で掌握し、激しく振り回す。

「がっ! ごふっ!!」

一度地面に叩きつけられ、小太郎は息を詰まらせるが、重然はそんな小太郎の状態など無視して……近くの木に向けて投げる。
叩き付けられた際に勢いが殺がれていたが、小太郎は背中から木に打ち付けられて崩れ落ちる。

「小太郎くん!?」

ちょうど近くに居たネギが慌てて駆け寄り、小太郎の状態を見る。

「だ、大丈夫や……千草姉ちゃんに貰った護符のおかげでな」

ネギの肩を借りて、小太郎は立ち上がるも……膝に力が入らないのか、フラフラで立つのもやっとの様子だった。

「バカ! 戦場で敵から視線を外すな!!」
「え?」

リィンフォースの声がネギの耳に届くと同時に二人は突き飛ばされる。
ネギは咄嗟に小太郎の身体を抱えてダメージを最小限にしたが、

「リィンちゃん!!」

アスナの悲鳴のような声に振り返り……息を呑んだ。

「あ、あ、あ……ああ」

自分達の居た場所に突き飛ばしたリィンフォースが重然の放つ雷撃の光に包まれ……吹き飛ばされていた。
しかも追撃と言わんばかりにリィンフォースが吹き飛ばされたと思われる場所に無数の雷光が落ちていく。
雷光は周囲の木を焼き……山火事へ と発展しそうな勢いで燃え広がっていく。

「お……俺の所為や…………俺が勝手したからや」

蒼白な顔で小太郎が燃えていく森を見つめている。
あれほどの攻撃をまともに喰らったように見えて、リィンフォースがやばい状態になっているんじゃないかと思い……焦る。

「それを言うなら、僕も……目を離したから……」

ネギも自分を庇ってリィンフォースが攻撃を受けた事にショックを受けていた。




一旦リィンフォースと別行動を取り、従者であるチャチャゼロ、茶々丸と合流を考えたエヴァンジェリンは、

「リィンさん!?」

合流した茶々丸の悲痛な叫びを耳に入れながら、雷撃の青き光の奔流に飲み込まれていくリィンフォースを見てしまった。

――エヴァは家族だもんね ♪

リィンフォースが告げた心情が頭の中を駆け巡りながら、エヴァンジェリンの感情は劫火の如く怒りで燃え上がっていた。

「……チャチャゼロ」
「アイサー、ゴ主人!」
「茶々丸、あの程度の攻撃では……リィンの守りを抜くのは難しいぞ」
…………そ、そうかもしれませんが?」
「まずはアレを始末してからだ! アレがいると救出しようにも、妨害するのは目に見えているからな」
「…………分かりました」

チャチャゼロは長い付き合いでエヴァンジェリンの心理状態を把握して……武器を再び手にしていた。

(…………昔ノゴ主人ニ戻リヤガッタ。マ、オ気ニ入リヲ潰ソウトシタンダ……楽ニハ死ネネエゾ♪)

あの程度で死ぬようなリィンフォースではない。
それでも自分のご主人の逆鱗に触れたのは間違いなく……、

「マスター……全力を以って殺しても構いませんね?」

妹の茶々丸も普段の甘さなど欠片も見せない様子に愉しくなっている。

「……私が殺る! お前たちは精々甚振り続けて……死なせてくれと懇願す る声を出させろ!」
「承知しました」
「アイサー♪」

かつて魔法使い達が怯え、恐怖した闇の福音の降臨の時が迫りつつあった。



近付きたくても……身体から零れ出す放電に接近出来ない。
遠距離からの魔法攻撃も吹き荒れる魔力の嵐に遮られて届かない。

「……雷の鬼」

術者の一人の呟いた声に全員が納得しつつ……焦りを含んだ苦々しい顔で目を離さなかった。

「グオオォォォォ ――――!!!!」

理性が消え、狂った叫びが山の中に木霊する。
刹那は人が恐るべき化け物に変わっていく光景に恐怖を感じていた。

(何で、そんなに簡単に人を捨てるんや?)

狂気が人を変える事はよく聞く話ではあるが、実際に見るのは初めてだった。
人と烏族のハーフ故にどっちつかずの存在の刹那は人になりたいと思った事は何度もある。
欲に溺れる人間は麻帆良学園都市を襲う侵入者達を見る事で知っていた。
利を以って、退くべき時は退くという計算高い敵とは違う。
後の事など考えない特攻とも言え、自分の命を顧みない狂気は知らない。
実戦に出てまだ二年ほどの刹那には理解出来ない。

命に代えても守る決意があっても、何も残らず……破滅する行為の恐ろしさを目の当たりにして、身体が怯えで震えていた。

(人である事を捨ててまで……何もかも壊したかったんか?)

刹那が知る高村 重然という人物はこのような暴挙など絶対にしないはずだった。
計算高い人物で決して狂気で動くような事はしないはずだった。
見る限り身体を術で強化しているわけではなく……このまま行けば、身体のほうが先に壊れて死に至ると思われる。
自滅など、とても考えられないのに自滅へと全力で突き進んでいる。

(自我を崩壊させてまで……長を憎んでいるのか?)

放射される雷撃で近寄れず、距離を取って攻撃する術者達だが垂れ流す魔力放射によって……効果は薄い。
ネギがダメージが深刻そうな小太郎を抱えて、後ろに下がりながら魔法を放つ。
本来の高村では防御に徹する事でダメージを最小限に出来るはずのネギの雷系の魔法がノーダメージに近い。

(ど、どうすれば……)

気を雷に変換しての攻撃では効果が薄い気がする。
防御を捨てて、攻撃に全力を注いだ神鳴流奥義を使うかと考えるも同系統の雷撃だからどの程度の効果があるか分からない。
全力だから不発に終わる事はないと思うが、問題は攻撃後の硬直だ。
動きを止めた状態で無防備な姿を晒すのは……間違いなく死に直結する。

(長と二人同時に放てば?)

自分よりも遥かに上手の攻撃を合わせれば効くはずと刹那は判断する。
相討ち覚悟で二の太刀は一切考えない。
そう決意した刹那は夕凪をきつく握り締めて、前へと出ようとするが、

「―――楽に死ねると思うなよ!!!!」
「エヴァンジェリンさん!?」

自分よりも先に行動を開始したエヴァンジェリンが全力での魔法攻撃を行う。

「魔法の射手! 連弾・闇の400矢!!」
「なっ!?」

真祖の吸血鬼が全力で放つ魔法の矢の数に驚愕する。
エヴァンジェリンの元から闇属性の魔法の矢が重然に向かって一直線に飛び出していく。
味方であれば、心強い筈なのに何か……纏う空気が違う。
近付く事を許さないと言わんばかりに拒絶の意思が背中から感じられる。

「……詠春、邪魔だから下がらせろ。
 言っておくが射線に入って来ようが……気 にせんぞ

ぞっと寒気が感じられる底冷えした低い声が頭に響いてくる。
周囲の空気が重くなり、身体に何かが絡みつき……動きが阻害されていく。
刹那はエヴァンジェリンから漏れ出していく濃密な殺気だと気付く。

「あれは私が拾って、面倒を見てきた……貴様如きが傷つけて良いようなもの ではないぞ!!」

強力な魔法を以って怒号代わりとし、悠然と空に佇む。
幾多の修羅場を潜り抜け、命のやり取りを何度も繰り返し……勝ち続け、生き延びていた自分より遥かに上位に存在する者。
その逆鱗に触れたのだと刹那は息を呑んで見つめていた。



詠春はエヴァンジェリンの封印が一時的にとは言え……完全に解けている事に気付いた。

(不味いな……昔のエヴァンジェリンに戻っている)

闇の福音を筆頭に様々な忌み名で呼ばれていた頃に近い雰囲気のエヴァンジェリンに不安を感じる。
言葉通り、エヴァンジェリンの視界に勝手に入ろうものなら……問答無用で殺されかねない。

(……ナギ同様、あの少女が大切という事か)

エヴァンジェリンの封印を一時的解除出来る力量を持つ人物など……初めてだ。
盟友ナギ・スプリングフィールドと同等の力があるのは間違いないが、どうも義父のイタズラ好きのおかげで魔法使いを信用していない様子だった。

(……はぁ、良かれと思った事が全て裏目に出てしまったな)

重然の考えに悔恨の感情が浮かび上がってくる。
娘の事だから、自分一人で決断してしまったのが……私事を優先したと思われた。
こちら側の世界は秘匿性が高い故に暗い闇の部分もあるので危険が多い。
娘にはそんな世界の住人になって欲しくなかったので……この地から遠ざけたのが、却って仇になった。
公の部分――関西呪術協会の長としての立場を鑑みると……間違っていたのかもしれない。

(次世代か……)

次の世代の事を考えていなかったわけではないが……疎かにしていると思われた。
組織内の権力闘争には辟易していたので、娘にはそんな下らないものを見せたくなかった。
重然の反乱の芽は自分が育てたものだと気付いて、近衛 詠春はやるせない思いに気持ちが沈みかけていた。




「チッ! コイツ、近付ケネエジャネエカ!!」

魔力で強化され、防御力もあるチャチャゼロが苛立つように叫ぶ。

「グ オォォォォ―――――!!」
「ウルセエゾ!!」

吹き零れる魔力放射が暴風のように守り、全身に帯電している雷撃が近付く者を拒む。
近接戦を主体にしているチャチャゼロは攻撃する事で自分が感電してしまう状況に苛立つ。
さっきまで鬼相手に戦い、斬り刻めて満足したが……今度の戦いはフラストレーションが溜まる一方だった。

「妹ヨ! 予備ノナイフヲ貸セ!!」
「分かりました、姉さん」

近くにいる茶々丸が所持している投擲用のスローイングナイフを受け取る。

「目ン玉ニ突キ刺シテヤンゼ!!」
「足止めは私がします!」
「応ヨ!!」

どんなに鍛えても急所だけは鍛えようがない。
強化された力で全力で投擲すれば、間違いなく突き刺さるだろうとチャチャゼロは判断する。
茶々丸が手持ちの銃火器で足止めに入り、チャチャゼロがその時を待つ。

「痛ミノ叫ビヲ聞カセロ!!」

茶々丸の攻撃を煩わしく感じて攻撃態勢に入った重然の顔面から目を離さずに最大の力でスローイングナイフを投擲する。
目にも止まらぬ速さで吸い込まれるように重然の目に突き刺さるナイフ。

「ガッ!! ガァァァァ――――ッ!!!!」
「ヒャッホ――ッ!! イイ声ダナ♪」

重然の顔を赤く染めて、痛みから生じる咆哮を上げさせてチャチャゼロは満足する。

「ケケケ、ゴ主人……ドウヨ!!」
「良くやった!!」
『次はこちらの番ですね、マスター』
「そうだ! キツイやつをお見舞いしてやる!!」

チャチャゼロと茶々丸の攻撃に満足しつつ、エヴァンジェリンは魔法攻撃の準備を始める。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック……魂を凍て付かせる 血の刃よ」

魔法使いの呪文では中途半端にしか通用しないと判断したエヴァンジェリンは魔導師の呪文に変更する。

「闇より出で かの敵の魂とその身を砕け!」

ベルカ式の魔法陣を足元に展開して魔力を解放する。

「アイシクル・ブラッディーダガー!!!!」

まだ日が浅く万全とは言えないが、エヴァンジェリンなりに組み込んだこの世界にはない魔法が起動する。
黒く鈍い輝きを放つ氷の刃が一直線に重然に向かって行く。
視界の半分を奪われて、身悶える重然は完全に避け切る事が出来ず……

「ギュオオォォォ――――ッ!!」

突き刺さった左腕の上腕部から腕全体が凍りつき……ひび割れ、砕け散る!

「まずは一つ……一つずつ壊してダルマにしてやるぞ!!」

重然の悲痛な叫びをエヴァンジェリンは恍惚とした表情で聞き、楽しげに嗤う。
一つずつ重然の力を殺ぎ落とし、甚振るように傷付け、絶望を味あわせて……歯向かった事を後悔させて始末する。

「ク、クハハハッ!! 痛いだろう! まだまだその痛みは続かせてやる ぞ!!」

エヴァンジェリンは高らかに嗤い、苛烈な攻撃を開始した。





「真祖の姐さん……ドS全開だな」

ネギの肩に乗っているカモの声がネギの耳に届く。
嬲るように苛烈な魔法攻撃を行うエヴァンジェリンにちょっと腰が引き気味だったが。

「…………今のうちにリィンフォースさんを助けなきゃ!」

エヴァンジェリンの攻撃で重然とリィンフォースの距離が離れたのをネギは確認して動き出す。

「死んじゃいないと思うけどな」
「ホンマやろうな?」
「あの程度で死ぬようなタマじゃねえのは兄貴も知ってるだろ?」
「うっ! …………そうだね」

カモが焦る事なくリィンフォースの無事を確信して告げると側に居た小太郎が聞く。
流石に自分の先走りで迷惑掛けたと思うといつもの強気な態度も出せなさそうだ。
ネギもリィンフォースの実力の全てを知っているわけではないが、自分よりも遥かに強いのを思い出して……少し安心している。
杖に跨って、リィンフォースの元に向かおうとしたネギだったが、

「え?」
「なんや?」

同じようにリィンフォースの救助に向かおうとした小太郎も唖然とした表情でリィンフォースの居そうな場所を見つめる。

「だから言ったろ……リィンの姐さんもドSの魔法使いなんだって」

炎を凍らして、山火事を最小限にしようとする魔法が展開される。

「なんや……心配して損したわ」

リィンフォースが無事らしいと感じてホッとする小太郎の声を聞くネギだが、

「……兄貴?」
「な、なんか、おかしくない?」

樹氷が乱立する森へと変わる中で立ち上がるリィンフォースに何か違和感を感じる。
雰囲気がエヴァンジェリン同様に何か変わった様な気がしてならない。

「……もしかして真祖の姐さんみたいに……キレたとか?」

カモがありえそうな意見を二人に告げると、ネギも小太郎も頬を引き攣らせて後ずさる。

「まさかとは思うけど……またアレする気かな?」
「アレってなんや?」
「そりゃ……無数の雷球で鬼達を殲滅したヤツだよ」

カモが小太郎の疑問に対して震えながら答える。

「……アレってあの姉ちゃんがやったんかい!
 なんつーか、爆風に巻き込まれかけて……ヤバかったんやぞ!!」
「ぼ、僕に言われても……」

ちょうど移動中だった千草と小太郎のすぐ近くまで衝撃がやって来て……思わず二人は焦った。

「千草姉ちゃんのとっておきの護符で無事やったけど……近くに居た鬼は一発で消えたで!
 しかも、値の張る護符やったんか、千草姉ちゃん、「大赤字や!」って泣いてたわ!!」
「……赤 字か、運のねえ人だな」

カモが赤字と聞い て、ちょっと同情するような響きの声で千草の不幸さを思っている。

「なんや結構時間を掛けて作ったらしいんや」
「手間暇掛けて作って命を拾えたんのなら……いや、それでも赤字じゃ泣きたくなるわな」
「――――全くや」

不意に後ろから声が聞こえてきたので振り返ると、

「ち、千草姉ちゃん?」

息を乱しているが笑っている千草がいた。
しかし、笑顔ではあるが……ちょっと腰が引けそうな感じのイイ笑顔にネギ達の頬は引き攣る。

「ふ、ふふ……小太郎、足引っ張ったみたいやな」
「そ、そんなこと「そやから状況を読め、空気読めと言ったやろ!」……」

有無を言わせぬ視線と声で小太郎の反論を封じ、千草は二人に告げる。

「離れるえ……なんや、雰囲気が変わりはったわ」
「え?」

千草の見つめる先に視線を移したネギは……その意味を知る。

「……リィンさん?」

先程まで着ていた法衣のような服装から……大きく変わっている。
黒1色……服の縁取りに金色と白色が使われているが、それ以外は闇よりも深い漆黒に変わっている。
肩口より少ししたくらいの半袖のベストような上着に、腰より上の辺りで留められているスカートに近いコート。
右足は膝上のハイソックスだが、左足は皮のようなベルトが巻かれているだけ。
そして同じように右腕にはベルトで巻かれ、左腕には手首辺りから肘まで真っ直ぐな赤いラインが一本あり、肩から肘にも同じように二本の赤いラインがある。
そして背中に三対六枚あった翼もまた変化している。
耳飾りのように一対の羽があり、背中に一対の羽、そして腰の辺りから下方へ伸びる羽。


……ネギ達はその姿の意味を知らない。



……かつて闇の書の意思と言われ、主はやてを守ろうとした存在。



……夜天の書の本来の姿である事を。




…………今宵の最後の一幕が開こうとしていた。








―――やれやれ、娘を守るのも母の務めだな(BY 夜天の書)







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

いよいよリィンフォースの中に眠っていた夜天が表に出てきます。
目に入れても痛くないほど可愛いと思う娘を傷つけようとする男に母親の怒りの鉄槌が落ちます。
フィニッシュは巷で魔砲少女とも呼ばれているあの少女の砲撃でしょうか?

それでは次回を刮目して待て!





押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.