大広間にやって来た夕映とハルナは顔を見合わせて……驚いている。
「ど、どしたのよ?」
「何があったというのですか?」
昨日の浮かれた空気など完全に消し飛び……意気消沈し、暗い雰囲気全開のネギ達が座っていた。
「のどか……何か、あったんですか?」
まず夕映は親友の宮崎 のどかに声を掛けて、状況の把握に努めようとしたが、
「え、ええっと……な、なんでもないの! さ、さあ……ご、ご飯、食べようかな」
ぎこちなく、あらかさまに話題を変えようとするのどかに不審にならざるを得なかった。
(な、何なんです?)
明らかにのどかが何かを隠しているのが分かる。
「……昨日の夜、何かあったんですか?」
その疑問の声が出た瞬間、ハルナを除く全員が劇的に変化した。
「や、やーね。何もなかったわよ!」
「そ、そうですね。静かな夜でした!」
アスナと刹那がいつも以上の声量で何もなかったと断言するが、夕映には絶対に何かあったんだと教えているようなものだった。
「……な
んもなかったんよ」
力なく返事をする木乃香の様子に、夕映はそれ以上の追究を出来ずにさせるだけの重さがあった。
普段は明るく元気な木乃香が泣きそうな顔で何もなかったと告げる。
(……一体、何が?)
隣で聞いていたハルナに顔を向けると、肩を竦めて聞かないほうが良いとジェスチャーしている。
ゴシップ好きのハルナではあるが、さすがに触れてはいけない部分に踏み込むのは躊躇われるのだろう。
(……はぁ……謎だらけですね)
内心で深いため息を吐いて、夕映はとりあえず今は聞かない事にする。
(どうも木乃香の実家のトラブルがあったのは間違いないです……)
ハルナが好奇心丸出しで全員に聞こうとしない以上は自分が無理に聞き出すのは不味いとも夕映は判断していた。
晴れた朝の陽射しを夕映は感じていると同時に友人達が漏らす暗い気配にやるせなさを味わっていた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 三十一時間目
By EFF
――少し時間を遡る。
茶々丸がリィンフォースを抱え、エヴァンジェリンが苛立った声で三人を引き連れて帰って行ったのを見送り。
「……勝ったの?」
「……おそらく」
アスナが刹那に聞き、刹那が複雑な表情で頷く。
周囲の術者を見ても、どうにも納得いかない顔つきで勝利を差し出され……掠め取ったような気持ちでいる。
勝つには勝ったが……最も重要なところは関東魔法協会から派遣された魔法使いが片付けた。
結局のところ、自分達はお零れを頂いたに過ぎないのではないか……と思わざるを得なかった。
「く、くはは
はっ!!」
誰かが哄笑するのを耳にして全員が発信源に顔を向ける。
そこにはボロボロの姿になり、全身余す所なくダメージを受けているはずの重然が立ち上がる瞬間だった。
敗者ではあるが、高村の放つ気配は未だに衰えず、その目には力強さとドロドロとした憎しみが入り混じっていた。
「……高村さん」
近衛 詠春が代表して声を掛ける。
「残念ながらあなたの計画は瓦解しました。この上は大人しく――「いや、成就したさ」」
降伏勧告らしい事を告げようとした詠春の声を遮って重然は告げる。
「和平に反対する連中は始末した!
貴様と裏切り者の老人の望むとおりにな!!」
聞いていた者達は複雑な顔に変わり、同胞の死をどう受け止めるべきか……苦悩する。
「口う
るさい現役を退いた老人どもがいるが、口先だけで動かぬ連中などに耳を貸すなよ」
ごく自然に口に出して、術者達に注意を促す。
「近衛の家の者達には気をつけろ!
奴らは気付かぬうちに裏切る!!」
「高村さんっ!!」
「図星を指されて怒った
か! だが、貴様がした事は組織に対する背信だぞ!!
良いか!! 深く静かに息を潜め
て、力を蓄えて……その時に備えよ!!
安易に魔法使いどもの挑発に乗る
な!!」
反乱と次の戦争への扇動の声が場に響く。
「ここは我らの地だ!!
その地を奪い、戦争を行い! 我らの家族を奪った魔法使いなど信じるなよ!!」
術者達に地の所有権を伝え、侵略したのは魔法使い達と声高々に告げる。
「魔法は秘匿するものと言いながら、
噂という形で表に出て、隠蔽も碌に出来ない輩だ!!」
見渡すように周囲を目を向けて行き、最後にネギへと向ける。
「貴様の父親は英雄だ
が……私から見れば、家族を奪った殺人者だよ」
淡々とした物言いで、怒りも憎しみも全て内に秘めて告げる冷徹な一言がネギの心に突き刺さる。
英雄と呼ばれても、所詮はただの人殺しと高村の嘲笑う声がネギの胸に突き刺さっていた。
「もう良いでしょうっ!」
親友の息子であるネギの心に傷を残す一言に詠春が憤って叫ぶ。
「何を怒る? 私は事実
を言っているだけだ。
近衛
木乃香! お前もその血によって……いつか大切な者を裏切るかもしれないぞ!!」
重然は屋敷のほうに向けて叫ぶ。
争いが終わって……刹那を心配して顔を出していた木乃香は怯えた表情で立ち尽くしていた。
「何故なら……お前は犠
牲の上の平和で生きているからだ!!」
「だ、黙りなさい!」
「お前の存在そのものが争いを呼び寄せ――が、
がぁぁぁぁ!!」
これ以上、娘に嫌な話を聞かせるわけには行かないと言わんばかりに詠春が重然を袈裟懸けに斬りつける。
「ご、
ごふ……く、くくく……娘ばかり可愛がって……組織を裏切るか」
痛みを堪えて、重然は嘲笑いながら詠春を見つめる。
「娘を
守るための次の犠牲は……その少女か? そして関西呪術協会か?」
刹那を指差して、重然は詠春の罪を周囲に知らしめる。
「娘に
きちんと家の事を説明せず、自衛の手段も教えず、誰かを犠牲にし続ける……人を殺し続けてきた英雄らしい立派な事だ」
自分の甘さを指摘され、詠春は顔を顰めて動きを止める。
その隙に重然は僅かに距離を取って懐から一枚の札を取り出す。
「私は貴様の手に掛かって死ぬくらいなら……こうする!!」
呪を紡ぎ、札を自身の胸に当てて起動させた。
「な、なんて事を……」
燃え上がる炎は重然の身体を包み込み、その姿を完全に炎の中に埋没させる。
「ふ、
ふはは!! 地獄で同志達と共に貴様と裏切り者の近衛 近右衛門を呪ってやろう!」
その声の後は高らかに笑い続けるだけで一切の返事を返さなかった。
聞いていた術者達も燃え盛る火の中に消えていく高村を見つめるしかなかった。
「……高村はん、最初から覚悟してはったんやな」
「自分で自分を火葬するんかいな……シャレにならんで」
天ヶ崎 千草と犬上 小太郎はそれぞれ複雑な顔で見つめている。
千草は一歩間違えば、自分が反乱者の一人として捕縛され……刑に服す可能性を見せられて。
小太郎はいけ好かない男でも……死ぬ事はないやろうと。
「…………父さんが殺人者?」
ネギもまた重然の言葉に激しいショックを受けていた。
同じような事をリィンフォースから言われた事はあったが、人を殺したという言葉はなかったのでその時は動揺はしなかった。
しかし、父を知り、先の戦争を知っている人物からの言葉には……重みがあった。
「あ、兄貴!? き、気にすんな!!」
「で、でも……」
カモがネギの心の負担を軽くするように慌てて話す。
「確かに戦争ってやつはそんな側面があるけど、親父さんは戦争を終結させて……戦争による犠牲者を減らしたのも事実だぜ!」
「そうですよ、ネギ君。彼の活躍で救われた命もある事を忘れないで欲しい」
詠春がカモに続いて声を掛ける。
だが、ネギの脳裡に浮かぶのは怨みから発生したと思われる生まれ育った村が焼かれる光景だった。
近衛 木乃香は呆然とした表情で立ち尽くしていた。
魔法がある事を知り、自分がその力を使える才があると聞き、その力故に……祖父の元で保護されたらしいのも聞いた。
狙われていると言われてもピンと来なかったが、魔法が使えるというのは何となく楽しいような気持ちになった。
しかし、現実は凄惨なものであると目の前の光景が物語っていた。
「……お嬢様、その……気に病まないでください。私は望んで此処に居ますから」
刹那が木乃香の側に来て……声を掛けるも、
「……これ、うちのせいなんやろ?」
「断じて違います!」
傷付き、治療を受けている術者や剣士の姿に目を伏せて呟く。
慌てて刹那が否定の声を掛けるも、
「うそや! うちが切っ掛けになったんや!! う
ちがじいちゃんのとこに行かんかったら……」
途中からはくぐもった涙声に変わり……泣き出していた。
自分の所為で誰かが傷付くという現実に酷いショックを受けていた。
(…………自業自得というわけか)
娘がショックを受けて泣き出す姿を目にして詠春は苦いものを飲み込んだような複雑な表情でいる。
(すまない……お前の息子も傷つけてしまった)
傍らにはネギが落ち込んだ表情で暗い翳を背負っている。
娘を大事に思う事が間違っていたとは思わないが、結果的に組織に対する背信行為をしたらしい。
親の因果が子に巡る……傷付いた二人を見ると嫌な気持ちになる。
周囲の術者に指示を出すも……不安な顔で見つめられてしまう。
(高村さんの打ち込んだ楔の所為か……)
次世代の人材の放出……よりにもよって魔法使いに預けると告げた言葉がこの場にいる術者の心に不安の翳を落としている。
長は自分達を信用していないのだろうかと疑惑の芽を植え付けている。
(お義父さんとの距離を取らざるを得ないか……)
元陰陽師でありながら、魔法に傾倒していった近衛 近右衛門との蜜月は組織内の不和を加速させてしまうと詠春は思う。
確かに反対して過激な言動を唱える連中は高村が始末したが、魔法使いを快く思わない点が改善されたわけではない。
一見、和平への足掛かりが出来たように見えるが……火種は確実に内部に出来上がっていそうに感じられる。
(……やってくれたものだ)
高村 重然は自身の死を以って……反乱の種を組織内に定着させる事を成就させた。
詠春はその芽を開花させないように関東魔法協会との関係を身内びいきと思わせないように厳しくしなければ行けないようにせざるを得ない。
和平は進む事になるが、安易な妥協は一切許されず……部下達には身内びいきではないとはっきり示さねばならない。
……東と西の違いを示し、東の言い分を安易に認めようものなら……燻った火種が大火へと発展しかねない。
出来なければ、周囲の信用を失うのは間違いない。
長の地位から蹴落とされ……和平ではなく、抗争へと突き進みかねない。
詠春は今後の舵取りの難しさを感じて……心の中で盛大なため息を吐いていた。
まだ朝は訪れず……暗い闇が山を覆い隠し、今後の行く末を暗示しているみたいだった。
犬上 小太郎は昨日の夜から千草の伝手で本山で休んでいた。
千草に協力して、内偵に力を貸したという事になり、待遇は意外と良いものだったが、
「はぁ……なんか居心地が悪いというか、性に合わんなぁ」
「しばらくは我慢しぃや」
「わぁっとるよ、千草姉ちゃん」
隣に座り、嗜める千草の声に肩を竦めて……朝食を頂いていた。
「あっちはあっちで……暗いし」
近くでネギ達が食事しているのを目に入れて小太郎は暗くて重い空気を感じてうんざりしていた。
「しゃーないわ……戦争みたいな殺し合いなんて、見るもんやないえ。
ましてや、焼身自殺なんて見るもんやない」
「剛毅というか、あのおっさん……一番辛そうな死にかたしよったな」
小太郎は嫌な事を思い出したと言うような表情で食事を続ける。
「美味い飯なんやけど、今ひとつ……美味ないわ」
「そんなもんや……」
隣で聞いている千草は小太郎の言い分を理解して頷きながら、箸を進める。
人が自決する瞬間を見て食欲が湧かないが、それでも口にしないと体力が回復せず、後がきつくなるのが分かっているので無理に食べているのが小太郎で、千草
のほうは慣れているのか……それなりに味わいながら口にしている。
この辺りは人生経験の違いかもしれなかった。
そんな時、二人の前に立つ人物がいた。
「ちょっと……ええでしょうか?」
「なんや?」
「あんまり、うちらに近付かんほうがええんやけど…………ほれ、護衛の子が睨んでるえ」
千草が話しかけてきた木乃香を諭すように注意し、こちらをじっと睨む刹那を指差す。
指差された刹那は慌てて顔を逸らしているが、それを見た木乃香はため息を吐いて話す。
「どうしても聞きたいんよ……千草さんは外の人やから、ちゃんと教えてくれると思うんや。
せっちゃんはお父さまの味方やし……ちゃんと教えてくれそうにないんや」
「そら、まあ……元関西呪術協会やし、雇われやから……仕方ありませんな」
不安げにこちらを見つめてくる木乃香に困った顔で千草が肩を落とす。
「まあ食事時にするような内容やおませんし……食べてからで構いませんね」
「おおきに」
深く頭を下げる木乃香を見ながら、千草は刹那へ視線を向ける。
(なんとかしいな)
(……無理です)
千草の視線に刹那は肩を落として目で語る。
(困ったもんや……どないしょう?)
(適当にお茶を濁してください)
(無茶、言いないな!)
(お、お願いします!)
木乃香に倣って……土下座する刹那に、千草は嘆息する。
普段は天然みたいだが、本気の時は勘の鋭い木乃香を相手にお茶を濁したような誤魔化しが通用するとは千草は思えない。
(とほほ……ま〜た面倒な仕事を押し付けられたわ)
黄昏る千草の様子に千草と刹那を見ていたネギ達は乾いた笑みを浮かべていた。
何の因果か……天ヶ崎 千草が説明役兼フォロー役という仕事を押し付けられた瞬間だった。
同時刻、ホテルで朝食を取っていた3−Aの残りの面子は、
「リィンさん、お味のほうは如何ですか?」
「ん、美味しいよ♪」
甲斐甲斐しくリィンフォースの世話を焼く茶々丸の姿を見て、
「……新米お母さん?」
「娘が可愛くて可愛くてたまらない?」
ほのぼのとした雰囲気を目で楽しみつつ、隣で憮然とした顔で見つめるエヴァンジェリンをからかう。
「エヴァちゃんが世話焼きたいのに……焼けなくて不機嫌?」
「可愛い奥さんを娘に取られて、妬いている……旦那さん?」
「可愛い一人娘を奥さんに独占されて不機嫌な夫?」
「うるさい!!(ちっ、昨日の一件でマスターとし
ての威厳が落ちたというのか!?)」
「イイ様ダナ、ゴ主人♪」
「チャチャゼロ―――ッ!!」
そして、リィンフォースの膝の上に座っているチャチャゼロの物言いにキレていた。
チャチャゼロは茶々丸のプロトタイプとしてクラスメイトに紹介済みだった。
「……姉さん、リィンさんの膝の上に座るなんて……」
「マァ気ニスンナ」
「グ、グググ……」
エヴァンジェリンはすぐにでもチャチャゼロを殴りつけたいが……リィンフォースが庇うのは目に見えているので歯軋りして唸っている。
「はい、チャチャゼロ」
「オ、スマネエナ……結構イイ酒ジャネエカ♪」
初日の騒動で確保した日本酒をリィンフォースに飲ませて貰ってご満悦の様子のチャチャゼロ。
「モウ一杯クレ」
「は〜い、どうぞ」
「ケケケ♪ ドウシタ、ゴ主人?」
「クッ! う、羨ましいなんて思っていないからな!!」
「……私は羨ましいです。姉さん、ズルくないですか?」
「……イイ大人が拗ネルナヨ。妹ヨ、偶ニハ譲レ」
「しょうがないな……はい、エヴァ、あ〜んして」
拗ねるエヴァンジェリンにリィンフォースが自分の箸を使ってエヴァンジェリンの口元におかずを運ぶ。
「な、なにを!?」
「……嫌なの?」
「な、泣きそうな顔をするな……しかたないな」
「美味しい?」
「うむ、悪くないな」
「ヤレヤレダゼ」
「……マスターもズルいです」
仕方なさそうに嫌々ながら食べるフリのエヴァンジェリンに見ていた者は思う。
(……嬉しいくせに。ホント、素直じゃないんだから〜)
「あ
あ! 私もネギ先生にしてみたいものですわ!!」
「……いいんちょ、落ち着こうね」
ネギとの食事風景を想像して雪広 あやかが鼻血を零しているのはさり気な
く視界から外しているのもいつもの事だった。
(しかし、どうすればいいのでしょうか?)
朝の重い雰囲気を払拭しようとするリィンフォースの意図に気付いて合わせていた茶々丸が表情は変えずに悩んでいる。
(リィンさんが気にしておられるのは間違いありませんが……どうにもならないのは辛いでしょう。
そして、私はどう行動するのが最善の方法なのか……正しい答えが出ません)
娘の為に死を覚悟した母親に、母親を何とかしたいと願う娘が目の前にいる。
どちらも互いに大切に思うが故に協力したいと茶々丸は思うが……救う手立てが見つからない。
(私のようにAIプログラムを別のボディーに移すやり方が出来ればよかったんですが……)
母親と娘を切り離せれば、万事上手く行くのだが、切り離せば……どちらも危険な状況に陥りかねないらしい。
リィンフォースだけを救うのなら、何もせずに夜天が消滅するのを待てば良い。
しかし、それを行えば……リィンフォースが傷付くのは間違いないから出来ないし、夜天を見捨てるような真似をしたくはない。
(非常に難しい問題です……)
茶々丸の悩める日は今しばらく続きそうな雰囲気だった。
食事を終えて、縁側に出た千草と木乃香は外の景色を見ながら会話を始める。
「で、何が聞きたいんどすか?」
少し距離を取って、遠くからこちらを見つめる面子(刹那、ネギ、アスナ、小太郎)を視界に入れて、千草は辟易しながら聞く。
「前置きはやめにして……な」
正直、千草にとって過去の話を穿り返す事は禁忌にも近いが……泣きそうな顔で嘆願する木乃香を放置出来ないのも事実。
「…………今回の事件がうちの所為かもしれへんのは本当なん?」
木乃香が今にも泣きそうな顔で聞くのを見ながら千草は言う。
「半分くらいはその通りどすえ。
ま、根本的にお嬢様が悪いんとちゃうし……現状を安易に考えた長が原因ですわ」
聞き耳を立てていた刹那が、もう少し柔らかく包み込んで話してください!と
必死にジェスチャーするも、
(無茶、言いないな……これでもかなり押さえているんやで!!)
(そ、それでもです!!)
千草は俯く木乃香には見えない位置から必死で刹那にブロックサインで答えていた。
「ケンカしていたわりには……いいコンビよね?」
「……そうですね」
「はん、千草姉ちゃんに押し付けた奴が文句を言いないな」
小太郎の冷ややかなツッコミに刹那の身体は凍結していた。
「こんなもん見るより、ネギ、俺ともういっぺん勝負や!」
「ええ――っ!?」
「お前とやったら楽しいケンカが出来るしな♪」
「ぼ、僕はケンカはちょっと……」
「相手してあげなさいよ」
「え゛? ア、アスナさん!?」
「おっ、話の分かる姉ちゃんやな♪」
やれやれという表情でアスナが小太郎の挑戦を受けるようにネギに言う。
「そこのガキんちょはあんたを認めてんのよ。
ま〜たウジウジ考えてんだから、身体でも動かして気分転換でもしなさい」
頭でっかちのネギが悩んでいるのはすぐに判ったアスナが気分転換させようと考えて告げる。
「ま、ケガしない程度にしてやってよ」
「しゃーないな……ちょっと手加減してやるわ」
「む、手加減なんて要らないよ」
負けず嫌いのネギが小太郎の言い方に反発するように話す。
「前みたいなマグレはないで」
「……やってみないと分からないよ!」
売り言葉に買い言葉のように二人は口合戦から始まり、そのまま場所を変えて試合をするみたいだ。
「あれで少しは楽になるでしょ……世話が焼けるんだから。
そんなわけで本屋ちゃん、審判代わりに見てあげてね」
「は、はい!」
落ち込んでいたネギを心配して見ていたのどかにアスナは声を掛けて、監督役を頼む。
頼まれたのどかは二人の後を追って行く。
「いい天気だけど……やってらんないわね」
「……そうですね」
隣でアスナのぼやきを耳にした刹那が空を見上げて嘆息する。
(私の正体がバレなかったのは僥倖ですが、今後の事を考えると話すべきなんでしょうが……はぁ、言いそびれてしまった)
烏族と人間のハーフである事がバレなかったのは幸運だったが、護衛の一件はバレてしまっている。
今まで通り、木乃香と距離を取ろうものなら……心優しい友人達のお節介が始まるのは目に見えている。
(適度に距離を取りつつ、護衛というのが楽なんですが……)
急に昔みたいに仲良くするのは嬉しい反面、困惑してしまう。
(このちゃんに強くなれない自分が恨めしい……)
嫌いどころじゃなく、大切な友人だから……また距離を取ろうとすると泣かれる可能性が高い。
昨日の夜から衝撃的な事が続いているだけに自分のせいで更に傷付かれるのは避けたい。
かと言って、ベタベタされるのは……苦手というか、どうしたら良いのか分からずになってパニックしてしまう。
「アスナさん、私……どうすれば良いんでしょう?」
「は?」
「いえ、お嬢様との関係をどう構築したら良いのか?」
「なんで?」
「ですから、私にとって、お嬢様は主家筋なので……馴れ馴れしく付き合って良いのか――――ゴン!!―――」
鈍い音を立てて刹那の身体が沈んでいく。
アスナの怒りの鉄拳が刹那の頭にヒットし、煙を上げていた。
「せ〜つ〜な〜〜さ〜〜ん!!」
「……痛いです、アスナさん」
「当ったり前よっ!! 言うに事欠いて、"馴れ馴れしく付き合って"で
すって!?
刹那さん! 親友相手に家柄を気にしてどうすんのよ!
そうやって距離を取ったら……木乃香が泣くわよ」
最後の部分だけは刹那にだけ聞こえるようにしてアスナが怒鳴りつける。
「で、ですが……」
「ああ、もう!! なんで私の周りってヘタレが多いのよ!!」
ネギといい、刹那といい……大事な事を理解しているように見えて、全っ然分かっていない。
「ネギはネギでウジウジ悩むし、刹那さんは刹
那さんで頼りなると思ったのに自信なさ気でダメじゃない、それ
じゃっ!!」
「う、うぅぅ…………すみません」
「とにかく! ちょっとこっちへ!」
「あ、あの!? お嬢様から目を離すわけには……」
「大丈夫よ、少しくらい! そんな事よりも今は刹那さんの性格のほうが重
要なの!!」
アスナが強引に刹那の手を掴んで引っ張って行く。
「これからたっぷりとお説教だからね!!」
「え゛?」
「その僻み根性を叩き直してあげるわよ!!」
「ア、アスナさん!?」
アスナの勢いを止める事が出来ずに刹那は引き摺られるように連れ去られて行った。
「……せっちゃん」
「あの小娘も結構屈折してますな。なんて言うか……奴隷根性が染み込んでますえ」
刹那が自分に気を使うのが悲しい木乃香と、やれやれと言わんばかりに肩を竦める千草。
「あれって、お父さまとお祖父ちゃんの所為?」
「ま、大部分は周囲の大人の所為おすえ。
大人気ないと言うか……家柄とか、格とか、色々言うたんでしょうね」
千草の言い様にがっくりと肩を落とす木乃香。
「……うちはそんなん望んでへんのに」
「まあ関東にいるうちは大丈夫やと思いますえ」
「そこなんやけど……うちはこっちに帰ってきたほうがええんかな?」
「手遅れどす」
にべもなく千草が木乃香の帰郷を挫く。
「正直なところ、勧められませんわ」
「なんでなん?」
「……長の溺愛がネックですわ。
年寄り連中がお嬢さんのお相手を打診したら……碌な事なりませんえ」
「それって政略結婚?」
「お嬢さんの場合、此処に居ると望む望まんとそういう話が付き纏ってきますわ」
「……向こうでも、じいちゃんが同じような事して変わらんけどな」
「なるほど……自分の影響下に置いておきたいちゅうわけやな。
兎にも角にも見掛け通りの妖怪ジジイなんやな」
護衛役が居なくなり、千草は本音を隠さずにしゃべり始める。
「あんさん、そろそろ自分で世界を見つめて、頭使わんと……人形扱いされますえ」
「……それは嫌やな」
周囲の大人は自分に何も教えずに居たのは変えようのない事実。
教えもしないのに都合の良い様に自分を動かそうとしているのは感じられる。
「ま、当面は親の世話にならん立場やさかい、思いっきりスネかじり倒しとき。
その猶予期間に自分の意思を貫き通せる力を得るんやな(はぁ……うちも甘うなったもんや)」
内心でため息を吐きつつ、千草は年長者らしい助言をする。
……本当はこんな事を言いたいわけではない。
(……元凶の娘やけど、トドメ刺したら、あのハーフの嬢ちゃんが地の果てまでも追ってきそうや)
数日程度だが、千草が見る限り桜咲 刹那という名の護衛役は歪んで見える。
(なんかよー分からんけど……依存というか、自己を確立出来てへんというか……剣士にしては脆過ぎるわ)
力はあるし、いざという時の思いっきりの良さも悪くないが……自信がないというか、押しの強さが足りない。
(……詠春はんが洗脳でもしたんかな?)
娘木乃香を絶対というか……信奉している雰囲気がひしひしと感じられる。
木乃香に裏切られたら……生きて行けないという悲壮感らしいものがあるのは間違いない。
(同世代の友達居るんか……居たとしても上辺だけの友人ばっかりとちゃうやろか?)
木乃香だけが居れば良いと考えているのならば……非常に危険だと思う。
(危ない方向に進んだら、お嬢さんの意思とは無関係に近付く者を斬るんとちゃうやろか?)
勝手に危険と判断して、木乃香のためと言い切って排除する可能性だって否定できないほどに……依存している。
(神鳴流も錆び付いたんかな〜月詠といい、あの嬢ちゃんといい……中身の歪んだ剣士が多ないか?)
人斬りになり果てそうな月詠に、精神面で酷く不安定で脆さを抱えている刹那。
(青山のイカれ姉妹といい、神鳴流の屋台骨がガタついているわ)
神鳴流然り、関西呪術協会然り、そこら中に軋みが感じられる。
(関東のほうも愉快犯が長やし……日本の魔法関係は何処へ行くんやろか?)
関東では魔法の隠匿の重要性が忘れられかけて、一般人に都市伝説みたいな噂が広まる不始末がある。
関西では魔法の流入によって新旧の軋轢が徐々に活発になっているのが現状だ。
(また……戦争が始まるんとちゃうやろな)
あまり良い方向へ進んでいるようには見えずに……不安ばかりが先行する。
「……うちは陰陽師になればええんか、それとも魔法使いになったほうがええんか?」
「そ、それは……(また、うちが答えられへんような質問せんでも)」
どちらを選択しても茨の道になりそうな話だけに方向性を決めさせるような意見などしたくはない。
(陰陽師として、関西呪術協会に入っても……現場の連中からハブになりそうやし、
魔法使いとして、関東魔法協会に入ると……ここの年寄りどもが恨み言をほざいて騒動の種になるし……)
年寄りどものぼやきは切り捨ててもええと千草は思うので、魔法使いとして関東に残るのが最善とも考える。
(問題は此処を捨てるという決断が出来るかどうかやな……全く、親の余計なお節介で子供は苦労しそうや)
「ま、急いで決める事はあらしません。おいおい、考えていけばよろしいおす」
「そうなん?」
「急いで答えを出しても碌な事にはならしませんて(とにかく、うちの意見で決めたというのは勘弁して欲しいわ)」
丸投げしているようにも見えるが……お前の責任だとウダウダ言われるのは面倒なのだ。
「人様の人生に口出しできるほど……人生経験積んでないんですわ」
"なんせ、うちは小市民どすから"と気楽に笑って話す千草に木乃香は、
「おおきに♪ おかげで肩の力抜けました!」
「そりゃ、良かったですな」
「千草さんのこと、師匠と呼ばせてもらいます♪」
「なんでやねん?」
完全に木乃香の信を得てしまい、懐かれてしまった千草は思わずツッコミを入れる。
「い、いやいや! うちは師匠なんて柄やおまへんッ!!」
断りの声をすぐさまに出して見るも、
「ほな、お父様に頼んでみるし♪」
「そ、そんなところでスネ齧らんといて―――っ!!」
完全に自身のペースを取り戻しつつある木乃香が楽しげにスキップして駆け出している。
「あ、ああぁぁぁぁっ!! な、なんでや!?」
天に向かって人生の無情さを叫ぶ千草。
図らずも本人の意思とは無関係に渦中へと放り込まれていく。
「うちはッ! うちはぁぁぁぁッ!!」
気楽に、適度に仕事をしながら、そこそこのポジションで行こうと決めたはずなのに……ままならない。
さり気なく不幸度が増した感のある千草の嘆きが世界に響いていた。
天ヶ崎 千草の波乱万丈の日々が始まろうとしていた。
―――もしかして、うち……地雷踏んだ!?(By 千草)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
……ダメですね。どうも刹那がへタレっぽいイメージが出てしまう。
ここまでの生きてきた道を振り返れば、力はあるけど自信がなさ気な感じですし……人の意見や価値観に感化されやすそうだ。
特に心理戦には滅法弱そうな気配がする。
なんか口先三寸で丸め込められそうな脆さが多々ありそうな気がしてしまう。
そして原作とは違う千草ですけど……貧乏くじを引く点は変わりませんね♪
少なくとも実力はあると思うんですけど、何かが足りない気がするんです。
ちょっと天然が入った弟子に振り回される師匠になりそうな感じですな♪
それでは次回も刮目してお待ち下さい。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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