騎士甲冑の守りを抜き、雷撃はリィンフォースの意識を混濁させた。
(…………ダ、ダメ……まだ気を失うわけには…………)
エヴァンジェリンもいるし、リィンフォースが戦線を一時的に離れても問題はなさそうだが……、
(ジュエルシード……封印しなきゃ…………)
ジュエルシードの暴走を放置するのだけは避けたいが……徐々に意識は闇に沈み込んでいく。
(…………仕方ありませんね)
(だれ?)
懐かしく……何処かで聞いたような声が裡から響いてくる。
(大丈夫……ゆっくり休みなさい)
(……でも?)
安心して眠りたくなる声にリィンフォースは途惑う。
まだ戦いは終わってなく……ジュエルシードの封印もしなければならない。
(……あなたは私が守ります。他の誰でもない大切な娘を守るのは私の役目ですよ)
誰かが優しく抱きしめるような感覚を感じて、リィンフォースは途惑っていた気持ちをなくし……差し出された手を重ねるよう合わせて受け入れる。
(…………お母さん……)
意識が薄れる中でリィンフォースが真っ直ぐに手を伸ばして掴む。
伸ばされた手を誰かが優しく掴んでくれたのを感じて嬉しそうに微笑みながら眠る。
(……その言葉があれば、私は無敵です。今は眠りなさい)
自分と同じように嬉しげで優しく微笑んでくれたのをリィンフォースは感じていた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 三十時間目
By EFF
「あれはリィンフォースか?」
視界の片隅に映るリィンフォースの変化をエヴァンジェリンは疑わしげな目で見る。
服装が変わっただけには見えず、何かがおかしい……そんな違和感のようなものが胸に湧き上がっている。
(あんな目はリィンにはまだ出来ないはずだ)
何処までも見通し、静かに何人も融かす事のできない氷のような瞳。
幾たびの実戦を経て培った本物の戦士だけが持ち得そうな空気は……まだ何処か幼さが残っているリィンフォースにはないとエヴァンジェリンは感じていた。
あれは……リィンフォースであって、リィ
ンフォースではない。
エヴァンジェリンの幾多の修羅場を潜り抜けて磨かれ、研ぎ澄まされた直感が告げる。
リィンフォースの姿をした別人……問われれば、そう答えるしかない。
「……夜天さんですか?」
エヴァンジェリンの側にいた茶々丸が可能性の一つを小声で呟く。
「ほぉ……茶々丸、何を知っている?」
自分の知らない何かを従者である茶々丸が知っている。
「……後で詳しく聞かせてもらうぞ」
「…………はい」
ちょっぴり拗ねるような声でエヴァンジェリンが告げる。
茶々丸は自分だけが知っているリィンフォースの秘密をうっかりバラした事に……、
(……マスターのうっかりを真似てしまいました)
リィンフォースから「真似ちゃダメ」と注意されていたのに真似てしまった事に精神的にダメージを受けていた。
「……何か不穏当な事を考えていないか?」
「いえ……問題ありません」
「その微妙な間が引っ掛かるがな」
ジト目で胡乱気に茶々丸を一瞥するエヴァンジェリンだが、決して意識をそちらに完全に向ける事はない。
「チッ! 再生するのか?」
舌打ちして重然のダメージの具合を見て……辟易する。
千切れ飛び、肘から先は喪失したはずの腕が徐々に復元されている。
「ゴ主人、サッサト片付ケヨウゼ!」
チャチャゼロが近接戦不可という状況で自分の役目がエヴァンジェリン詠唱中の牽制と守りだけなので、嫌気が差したのか……うんざりした様子で話す。
「斬リ刻メネェンダ! 退屈ニナッテキタゾ!!」
「……そうだな」
チャチャゼロの意見を聞いてエヴァンジェリンも考えを改める。
無限の再生力は無いと考えているが、胴体の中心にある宝石――ジュエルシード――に気付く。
(アレがどんなものか、詳しく聞いていなかったな)
自分が見てきたマジックアイテムとは何か違うのは内包する魔力量で理解した。
寄生した生命体を過剰なまでに強化するだけじゃない。
空間そのものを壊しかねない次元震を起こすのも聞いたが……よくよく考えると聞き忘れた事がある。
「……クリムゾンムーン」
『何でしょうか?』
「私に……封印出来るのか?」
「オイ……ゴ主人?」
「また……うっかりですか?」
チャチャゼロ、茶々丸……従者二人の視線が急速に冷え込んでいく。
二人ともエヴァンジェリンがリィンフォースに代わって封印するものだと思っていたのだ。
『可能です』
「……と言うわけだ。さっさと封印するか!」
何か言われる前に勢い込んで叫んで……エヴァンジェリンは誤魔化す。
「ショウガネェナ……呆ケノ始マリカ」
「……いつものうっかりでしょう」
ヤレヤレと肩を竦めるチャチャゼロにフォローの言葉なく冷静に事実を告げる茶々丸。
「う、うるさい!!」
怒鳴る事でエヴァンジェリンは威厳を示そうとするが効果なく……主としての威厳は形無しになっていた。
そんな状況の中、夜天が動き出す。
ゆっくりと立ち上がり……消火を兼ねた凍結魔法を展開する。
炎を凍らして、山火事を鎮火させて……現状を再確認する。
(魔力残量…………二割ほどか)
普段は隠蔽する事で膨大な魔力を見せないリィンフォースだが、昨日の夜からずっとジュエルシードの捜索、封印に動いていた。
時々休憩もしていたが、七度の連続戦闘を続けていれば、膨大な魔力が尽きるのも仕方もないと夜天は考える。
(……想定外の出来事に魔法使いの尻拭い。危機管理の未熟な魔法使いは無能だな)
リィンフォースを通じて見たネギ・スプリングフィールドは悪くない。
齢十歳で特使の役目を与えられ、そのプレッシャーに負けずに見事に大役を果たした。
問題は、役目を子供に押し付ける大人の側だと夜天は思う。
この事件でネギ・スプリングフィールドの所在は公のものとなるのは間違いない。
少なくともリィンフォースが見たフェイト・アーウェルンクスなる人物の姿は見えず、既に逃亡している可能性が高い。
彼の口からナギ・スプリングフィールドを快く思わない連中の耳に入る可能性はある。
(この子が考えるように麻帆良学園都市の警備体制の強化は必要だが……脇の甘い連中だから大丈夫だろうか?)
危機管理に関して、麻帆良学園の面子はその意識レベルはあまり高くない。
元々諜報の専門家ではないし、秘匿していると言いながら都市伝説という形で一般人に噂されるほどの温さがある。
そして何より……あの学園都市を管理している魔法使いの長が遊び好きの愉快犯だ。
(詮無き事だが……あざといやり方で挑発する大人の頭のほうに問題がある。
私の娘を駒扱いするのは、正直……腹立たしい限りだ)
大切な一人娘を護衛役に配置するのは……気に入らない。
争い事、戦闘などは係わらせたくないのが夜天の本心。
終わりなき闘争の虚しさを知っているだけに……娘にはそんな事だけは絶対にさせたくない。
しかし、そんな想いなど無視されて、魔法使いの尻拭いに奔走する。
「マギステル・マギ……大層なお題目を掲げているくせに、やっている事はこの体たらく」
魔法使い達を嘲笑いたくなり、口元を歪める。
「さて、娘に負担を掛けずに……勝ってみせるか。
あなたの名前を聞かせて頂けるかな」
胸に剣十字のペンダント――待機状態――になっているデバイス・シュツルムベルンに声を掛ける。
『……あなたは誰ですか?』
「警戒するのは当然だな。私の名は夜天と名乗っておく……この子の母親だ。
疲れている様子だから……休ませるために表に出てきた」
『マスターは無事なのですか?』
「ああ、無事だ。安全を確保するため、アレの撃破を手伝って欲しい」
夜天の視線の先には暴走状態の重然がいる。
理性を失い、暴走して……エヴァンジェリンとの戦闘によるダメージを回復させている。
「次元震を引き起こす可能性はかなり低そうだが……放置するわけにも行かない」
『その点は承知しております』
「私が封印する。その後、あなたが確保して欲しい」
『……シュツルムベルンです』
「シュツルムベルンか……いい名前だ」
『マスターが名付けて下さいました』
誇らしげに告げるシュツルムベルンに夜天は微笑む。
「……そうか。さて、早く片付けて……娘を休ませたい」
『その点には同意いたします。昨日からあまり休まれておりません』
「そうだな、では行くか?」
『はい、ご協力いたします』
娘を、マスターを休ませたいという点から両者は合意する。
夜天の見据える先には暴走した重然の姿があった。
「遠き地にて、闇に沈め」
『デアボリック・エミッション』
足元にベルカ式の魔法陣を展開し、ターゲットである重然を中心に広範囲に亘って魔力攻撃を行う。
黒いドーム状のスフィアに包まれる重然。
魔力放出していてもバリア発生阻害の効果のある攻撃には無防備でダメージを蓄積させていく。
「……後、二手で終わらせる」
『ブラッディダガーに……集束魔力砲スターライトブレイカーですね』
シュツルムベルンの意見に夜天は頷く事で肯定する。
現状で使える攻撃はそう多くはない。
緊急時の余力を残しておく事を考えると、選択肢は限られている。
此処は麻帆良学園ではない……娘リィンフォースにとっては、好ましく思っていない人物の息子が治めている土地みたいなもの。
即ち――敵地に等しい場所である。
(緊急時の脱出用の次元移動の準備は完了しています)
夜天に念話の形で告げるシュツルムベルン。
(そうだな、エヴァンジェリンが居るからその心配はないと思うが……非常時の備えは必要だ)
はっきり言って夜天もリィンフォースと同じく魔法使いを信用していないし、エヴァンジェリンを除けば……誰も頼る気がない。
まして、このような事態を引き起こした関西呪術協会など……組織としては落第と考えていた。
「早く終わらせてホテルへ帰り……休ませるぞ」
『はい』
娘をゆっくりと休ませたい夜天とマスターの休息を考えるシュツルムベルン。
ある意味……過保護かもしれなかった。
爆発が起こり、黒いドームは弾けて……中に閉じ込められていた重然が吹き飛ばされるのをネギは見ていた。
「す、凄い……」
「障壁破壊の効果があったんだぜ!」
肩に乗るカモの意見にネギは頷きつつ、リィンフォースの魔法攻撃を見つめる。
「刃を以って、血に染めよ。穿て、ブラッティダガー!!」
リィンフォースの周囲に紅く……鮮血に染められたかのような鋼の短剣が生まれ、
「……追尾してるで、ありゃ逃げられんわ」
小太郎が本能的に危機を察知して回避しようとする重然を嘲笑うかのようにその身に突き刺さる短剣に嫌そうな声を漏らす。
「しかも……爆発って―――な、なんや!?」
周囲の空気が異様になったのを感じた小太郎が叫ぶ。
ネギも同じように感じていたが、それ以上に驚いて声が出せなかった。
(周囲から魔力をかき集めて……高密度に集束させるなんて!!)
自身の魔力切れという状況下でも強力な攻撃が出来る魔法をネギは初めて見た。
「あれって……僕の出した魔力も再利用している?」
「ちょっと待った!? そんな魔法って知らねえぞ!?」
カモも魔力の再利用なんて技法は知らなかったのか……焦った様子で叫ぶ。
「咎人達に、滅びの光を……星よ集え、全てを撃ち抜く光とな
れ!!」
充填されていく魔力量に全員が息を呑む。
詠唱の通りに集められた魔力が星のように瞬き……その輝きを更に美しく魅せる。
自分達の魔力を再利用して放つ集束魔力砲の威力など未知の領域だった。
「見せ付けてやれ!! 貴様の真の力を!!」
楽しげにエヴァンジェリンが叫ぶ。
「この闇の福音のパートナーたる実力を示せ!!」
リィンフォースは私のものだと知らしめる様に告げるのを夜天は苦笑しながら聞き……詠唱を完了させる。
「貫け! 閃光! スターライト・ブレイカー!!!!」
星の輝きのように魔力を集め、一点突破のように真っ直ぐに伸びていく光線は光の柱のようだった。
木々を吹き飛ばし、山肌を抉り、その場に立つ者達に轟音と大地の振動でその威力を示す。
伸びる光の柱は重然を呑み込み……その姿をかき消していく。
「ふわぁ〜〜」
その現実離れしたあまりの威力に気の抜けた響きの声が方々で漏れるが、
「ジュエルシード、封印!」
『sealing』
リィンフォースの後に続くマシンボイスが響き、その手の中に重然に寄生していた宝石が収まる。
そして、視線を重然がいた場所へと向けると、
「う、うぅぅ……」
うめき声を上げ、辛うじて生きている事を示すも……その光景を見て、勝敗はここに決したと誰もが判断した。
茶々丸は慌ててリィンフォースの側へと向かう。
何故ならリィンフォースではなく、母親の夜天が表に出てくる事など……非常事態だと考えていたのだ。
「夜天さん!」
「……久しぶりだな、茶々丸さん。娘がいつも世話になっている」
リィンフォースを心配する茶々丸を嬉しく思い、夜天は優しく微笑んで礼を述べる。
「あ、あのっ! リィンさんは?」
周囲の状況を鑑みて、若干声量を下げながら茶々丸は尋ねる。
この場でリィンフォースと夜天の関係を教えてはいけないと判断した様子だった。
「大丈夫だ。ミス エヴァンジェリンがいるから大丈夫だとは思ったんだが……この子を早めに休ませたくてな。
昨日から休憩を挟みながらではあったが連続した戦闘が続いて……疲れていたみたいだ」
「……そうでしたか」
説明を聞いて茶々丸は安堵するも、
「……申し訳ありません。もう少し体調管理に配慮するべきでした」
世話係を自認しながら……配慮が足りなかった自分を恥じていた。
「そんな事はない。茶々丸さんのおかげで私も安心して見守る事が出来る」
「そう言ってくだされると光栄です」
茶々丸が一礼すると夜天の身体がふらつく。
「……くっ、時間切れか」
「だ、大丈夫ですか?」
慌てて茶々丸がその身体を支える。
「す、すまないがホテルへ帰してやって欲しい。
ここで休ませるのは避けたい……ここは敵地にも等しい場所だ。
万が一にも娘を実験材料にされるのは避けたい」
「……分かりました」
元々西洋魔法使いを好ましく思っていない場所であり、規格外の攻撃をしてみせたので注目されているのは間違いない。
長である近衛 詠春のこれまでの事から、最悪の事態はないとは思うが……夜天は警戒していた。
「ミス エヴァンジェリンは信頼しているが……他の者達を完全に信頼できるほど認めてはいない」
夜天の言い分には納得できるものがあり、茶々丸はリィンフォースの身体を抱き上げる。
「もし娘がショックを受けている様子だったら、こう告げてくれ。
お前が麻帆良で得た思い出はお前だけのもので……誰のものではない大切な宝物だ……と。
私の記憶を受け継いでいても、その記憶は誰にも汚す事もなければ、奪う事は出来ない……とな」
「フン、良いだろう……詳しい事情を聞かせてもらうぞ」
そこへエヴァンジェリンが表情を顰めながらチャチャゼロと一緒にやってくる。
「それは難しいな。私はもう間もなく……眠るから…………」
「おいっ!?」
力尽きた様に身体から力を抜いて……眠る夜天にエヴァンジェリンが詰め寄るも、
「マスター、後で私が知る限りの情報を報告しますので……」
リィンフォースを休ませる事を優先する茶々丸が申し訳なさそうな表情で話す。
「……チッ! 聞かせてもらうからな」
「……はい」
状況を考えてエヴァンジェリンは
「詠春! 私達はホテルへ帰る! 後は好きにしろ!!
龍宮! 長瀬! 古 菲――来い!」
苛立ちを発散させるように詠春に叫んで、この場に一緒に来た三人を呼び集め……影を使った転移で移動した。
呆気に取られるような形で助っ人が帰っていく光景を見つめる者達。
「フ、魔導師の使う魔法はやはりこの世界の魔法よりも遥かに高度なものネ」
少し離れた場所で非常時のバックアップで待機していた超 鈴音が一人呟く。
リィンフォースの本気を見られた事は収穫だったし、実戦での魔導師の魔法が十分使えるものだと確信した。
「フ、フフフ……あれだけの報酬を出したこの目に狂いはなかたヨ」
魔導師の魔法と、超自身が持っている魔法科学以上の技術を得るために出した代償は間違いなく益をなる事が分かった。
寧ろ、あの程度の報酬で数世紀果ての科学技術プラス魔法技術をミックスさせた魔法科学が得られたのは安い買い物かもしれなかった。
「さて、私も帰るカ……」
事後処理をバレないように見学するのは……少し厄介な様子だと超は考える。
「……フレイムロード」
『次元転移を始めます。転移座標はホテルの屋上で構いませんね』
「任せるヨ」
鼻の利きそうな狗族の少年から距離を取り、出来る限り隠蔽を施して転移する。
今、この場に超 鈴音がいる事を知られてはいけないのだ。
「フフ、カシオペアへの応用が出来そうネ」
自分の持つ未来科学の一つへの応用の可能性の手応えを感じ、楽しげに微笑む。
少なくとも魔法使い達が使う世界移動とは全くの別物で自由に移動出来る点は素晴らしいものだ。
空間の制御に関しては魔法使いよりも魔導師の方が上だと覚えた今では実感する。
実際に自分の力で世界を渡った時は感動に身体が震えた。
(そう……私は世界を渡る翼を得たネ)
何処までも遠くへと飛翔できる翼が今の自分にはある。
魔法使いでは到達出来ない世界へと移動し、そこの世界から新たな力を得る事だって不可能ではない。
(時を戻る事でこの世界は変わるネ……そして還た時、新たな力で仲間と共に運命と戦うネ)
この時代で得た力を感じて……超の心は高揚する。
そんな超の存在はこの場に居る者は誰も気付いていない。
残されたのは戦いが終わり……普段の夜の山に近い静けさだけだった。
暗い森の中からこの戦いを見つめていた人物がもう一人いた。
「…………危険だな。僕達の脅威になりかねない」
フェイト・アーウェルンクスは気配を隠して一部始終をその目で見ていた。
分かった事はリィンフォースという人物が……自分達と違う体系の魔法を使う実力者だと感じた。
「……不意打ちしようと思ったが、平和ボケした連中とは違って安全圏に即座に離れたな」
気を緩めた直後に強襲しようかと考えていたが……真祖の吸血鬼の従者に守られて、自分の届かない場所へと転移した。
「ネギ・スプリングフィールド……あの男の一人息子だが、まだ脅威にはなりえない」
確かに潜在能力はありそうだが、幼く甘さが残っている子供に過ぎない。
「……やはり、例の件を実行するべきかな?」
ポツリと呟き、フェイトは転移する。
森は再び静けさを取り戻し……何事もなかったように静まり返る。
……狂乱の長い夜が終わろうとしていた。
カーテンの隙間から入る朝の光がゆっくりとリィンフォースの意識を目覚めさせる。
「…………ん、うみゅ……」
「おはようございます、リィンさん」
リィンフォースの枕元で正座して目覚めの時を待っていた茶々丸が優しい声音で覚醒を促す。
「…………知らない天井だ」
「リィンさん……二番煎じのギャグは好ましくありません」
「……そだね」
いきなりギャグを飛ばした事にちょっと怒った雰囲気の茶々丸にリィンフォースは申し訳ないと感じたみたいだ。
「……ホテルで良いんだよね?」
「はい。昨日、戦闘終了と同時にマスターが皆さんを回収して、ここへ戻られました」
「……そっか」
途中から意識を失っていたリィンフォースだが、
「シュツルムベルン」
『なにか?』
「昨日の戦闘記録を見せて……包み隠さずね」
パートナーたるシュツルムベルンに釘を刺しつつ、昨日の出来事の全てを知ろうとする。
「…………お母さんが助けてくれたんでしょ?」
どう答えるべきか迷っていた茶々丸とシュツルムベルンが返事をする前にリィンフォースが口を開いた。
「なんとなくね……私が本当のリィンフォースじゃないって思っていたんだ」
部屋の中の雰囲気が重く沈んでいく中でリィンフォースは話す。
「……前々から違和感みたいなものを感じてたんだ」
「そうですか……」
「多分ね、管理者の知らない闇の書のバックアップシステムがあったの。
本当は主である八神 はやてが再生される筈だったんだけど……破棄することで管理者権限がなくなって……代わりにね」
「そうなのですか?」
初めて聞く話に茶々丸がリィンフォースの考えに耳を傾ける。
「…………うん、そう考えると辻褄が合いそうだから。
空っぽの器に本来のリィンフォースの記憶を埋め込んで……生まれたのが多分、私」
「そんな言い方はしないほうがいいです。
確かに複製された記憶かもしれませんが、麻帆良で過ごした記憶はリィンさんだけのものではありませんか」
嗜めるように茶々丸がリィンフォースに言う。
「伝言があります。
お前が麻帆良で得た思い出はお前だけのもので……誰のものではない大切な宝物だ……と。
私の記憶を受け継いでいても、その記憶は誰にも汚す事もなければ、奪う事は出来ない……と申されました」
「……バカよ。せっかくやり直せるチャンスを……棒に振るなんて」
力ない声でリィンフォースが呟いて……涙する。
「……辛い時間を生きてきたんだから、幸せにならないとおかしいよ。
それなのに、あっさりと放棄するんだよ」
『あの方にとって最も重要なのはマスターが幸せになる事なのです。
言葉こそ少ないでしたが、マスターの事をとても大切に想われていました』
ほんの僅かな時間の共闘だったが、シュツルムベルンは夜天がリィンフォースの身を案じている事だけは理解していた。
出来る限り魔力消費を抑え、少しでも負担を軽くする手段を選択したのも知っている。
それは夜天が……娘であるリィンフォースを守ろうとした母親そのものだったと感じていたのだ。
「その……夜天さんとお話しする事は出来ないのでしょうか?」
「……出来ない。おそらくトランプのカードの表と裏みたいなものなの……どちらかの面しか見えないような形なの」
トランプのカードの両面を一人の人間が同時に見る事は出来ない。
鏡という道具を使えば見えるが、人の意識である以上……そんな便利な道具はなく。
「もしかしたら……私の自意識が確立される事でリソースを奪い取ってる可能性だってある」
その意見に茶々丸は声を失う。
(…………おそらくそれが正しいかもしれません。
使えるメモリが限られている以上は、どちらかが消滅しなければ……共倒れの可能性があります)
残滓だと夜天が嘯いていた意味がはっきりと理解できた。
娘を生かす為に夜天は……自身の消滅を決意したのかもしれないと茶々丸は判断する。
「……茶々丸?」
「……いえ、まさかと思いまして」
絶対に言うわけにはいかないと茶々丸は考える。
何故なら、夜天が考えた末に決断した行為を否定しては……どちらも生き残れない可能性がある。
最悪は本当に二人とも死ぬ可能性があるのなら……口にしてはならないと茶々丸は考える。
リィンフォースよりも状況を正確に把握している夜天が回避不能を悟り……その上で娘を生き残らせる決断をしたかもしれない。
非常に重い決断をした夜天の思いを踏み躙るわけにはいかないと茶々丸は思う。
「……泣いてるの、茶々丸?」
「え?」
リィンフォースの指摘に、慌てて自身の頬に触れて茶々丸はレンズ洗浄液が勝手に出ている事に気付いた。
「……何故?」
自分でも何故、洗浄液が出ているのか分からず……しかも止められない。
「……悲しんでくれるの?」
「悲しい?……そうかもしれません。友人を失うから悲しんでいるのでしょうか」
自身でもはっきりと明確な気持ちを示せずに途惑った表情で茶々丸は告げる
「……茶々丸は優しいね」
(いえ、私はリィンさんを優先した……だけかもしれません)
力なく微笑むリィンフォースに茶々丸は……理解出来ない胸の痛みを感じていた。
(私はどうすれば……良いのでしょうか?)
救えぬ無力感に、見捨てる罪悪感……そんな重い感情が茶々丸の肩に圧し掛かっていた。
綾瀬 夕映は目の前の光景に……どうツッコミを入れるべきか、悩んでいた。
「…………これは一体?」
昨日の夜、早乙女 ハルナに強引にお酒を飲まされて……ダウンしたのは痛恨のミスだと思う。
高鼾を掻いて……何かを完全に見過ごしたのは間違いない。
「なに、なに? これってヤッパ……謎の宇宙人襲来ってか♪」
「いきなり……それですか」
「それともアレか♪ 殺意の波動に目覚めた木乃香が拳を極めし者とやったの?」
ノーテンキな物言いのハルナの意見は無視して、夕映は現実をしっかりと見る事にする。
美しい景観だった筈の山はそこら中に無残にも山肌を露出している。
そう……まるで爆撃にあったかのように。
そして山の中腹から頂上へと一直線に伸びるように削られた景色がある。
焼け焦げた後はないが……可能性の一つとして、
「レーザー兵器による砲撃?」
「オ♪ モビルスーツってか?」
隣でアニメと現実をごっちゃ煮にしているハルナの声を無視して夕映は考える。
「こんな事件があったのに……マスコミはいない」
こんな派手な事件らしいものがあったというのに報道関係のヘリは飛んでいないし……警察、消防関係の車もない。
「おっ♪ 情報操作ってやつだ」
「…………なるほど」
ハルナの現実的な意見に夕映は納得しつつ……疑惑を深める。
(もしや……昨日はお酒を飲んで泥酔して寝たのではなく、眠らされたとか?
だとすれば、昨日のシネマ村の一件も特撮ではなく……本当のこと?)
「おはよう、朝倉♪」
「ん、おはよう」
夕映の疑念を深める要素の一人――朝倉 和美――がやって来る。
夕映が見る限り、和美の表情は何処となく沈んでいるように思える。
「ん? どうかしたの、ゆえっち」
「いえ……ちょっと不思議に思ったのです」
和美の顔を凝視していた夕映に返事をする。
「好奇心の塊の朝倉さんが"何故、目の前の光景に興味を抱かないのか"と?」
「え゛?」
夕映の指摘に和美の顔が強張る。
その反応に夕映は和美が"自分が知らない何かを掴んでいる"と感じた。
「それもそうだね〜」
「いや、驚いているけどね……何から調べるか、迷ってんのよ」
「ふ〜ん、実は原因を既に知っているから……調べる必要がないってか♪」
陽気な声でハルナが和美の肩を掴んで、
「さっさとゲロしな……誰の仕業なのよ?」
「ちょ、ちょっと? こんな事出来るわけないでしょ!」
異様に目を輝かせて詰め寄るが、即座に否定する和美。
「…………リィンフォースさんですか?」
ハルナには聞こえないようにして夕映が朝倉の耳にだけ入るように小声で呟く。
(騎士を名乗る彼女なら……出来るような気がするです!)
確信した訳ではないが……不思議な技を使う彼女なら可能かもしれないと夕映は考えていた。
「っ!! や、やだな〜」
そして和美が一瞬ビクリと反応するのを夕映は確認して……、
「ハルナ、追及は後にして、まずは朝食を頂きましょう……長丁場になりそうです」
「お、とことんやる気だね♪」
「ええ、詳しい事は後ほど教えるです」
「期待してるよん♪」
まずは朝食とさり気なくハルナの意識を別方向に向かわせて矛先を変える夕映。
そのまま夕映とハルナは朝食を頂くために歩き出すが、
「……もしかしてバレた?」
和美は夕映の勘の鋭さに焦りながら……、
「ま、後はリィンフォースに任せるか」
しっかりとリィンフォースに丸投げする事にして、朝ご飯を頂く事にした。
いつもの機転のよさは鳴りを潜めている和美。
「はぁ……あんな事があったから食欲はないけど」
昨日の夜に見た最後の一幕を思い出して……身震いする。
「……焼身自決か。当分、肉は食べらんないかも」
和美は口元を押さえて、吐き気を堪える。
魔法の世界がもっとファンタジーなものだと考えていた和美の考えを木っ端微塵にした出来事。
人の肉が焦げる嫌な臭いを思い出して、不安を、恐怖を感じる。
「……うっかり片足突っ込んじゃったけど、これで良かったのかな?」
安易に魔法使いの世界に首を突っ込んだ事に、後悔先に立たずという意味深な格言の意味をはっきりと理解していた。
そう……魔法使いといえど、人間に変わりはない。
そして、そこにあるのはドロドロとした権力争いや主義主張のぶつかり合う闘争もある。
「所詮、人間の敵は人間なのかね〜〜」
外の景色は破壊された場所以外は昨日のままの美しい景観がある。
世界はこんなにも綺麗なのに……人間だけが醜く争う。
やるせない気持ちを和美は胸に抱えて嘆息していた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
リィンフォースが夜天と擦れ違う形でその存在を知りました。
娘を大切に思う母親と自分が誕生した事で母親のやり直しの機会を奪ったと考える娘。
どちらも自分よりも相手の事を思いながら……気持ちを伝える事が出来ない状況です。
しかも、砂時計の砂のように零れ落ち、互いの手を握り締める事もなく……消え逝く運命が待っている。
幼いリィンフォースのトラウマにならないように書けたら良いなと戦々恐々中です(汗ッ)
それでは次回も刮目して待て!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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