「山下さん、水臭いってどういう事ですか?」

いきなり現れた山下 慶一に途惑いながらネギが尋ねる。

「ふ、何を言うかと思えば、良いかい、ネギ君」
「は、はい?」

大人の余裕みたいな雰囲気で慶一はネギの肩に手を置いて話す。

「僕達は朝のトレーニングを一緒にしている仲間だ」
「そ、そうですね」

一から説明するように慶一は優しく諭すように言う。

「共に強くなろうとし、仲良くなったんだ」
「は、はい」
「君が困っている時に手を貸すのは当然じゃないか」
「で、でも……」

一対一の戦いに助っ人というのはネギの考えに反するのか……何か迷っているように見える。

「分かっているさ。あくまで一人で戦いたいと言いたんだろ?」
「……はい」

この戦いは自分の力でやり遂げたいと思うネギ。
助っ人として来てくれた事には感謝するも……申し訳なさそうな表情で慶一を見る。

「安心したまえ」
「……え?」

そんなネギに対して慶一は心配ないと言わんばかりに告げた。

「まず、僕が彼とサシで相手をする。
 ネギ君はそれをしっかりと見つめて……戦い方を偵察するのさ」

何も問題はないように笑っている慶一に同行していた他の三人は思う。

(嘘つけよ……嫉妬で殴りたいだけだろ。まあ、俺も戦ってみたいから……それもありだぜ♪)
(ふむ、男の焼き餅ではあるが、チャンスと言えば、チャンスかもな)
(……慶一よ、そんなにも妬いていたのか?)

豪徳寺 薫は呆れた感じで始末に負えないと言わんばかりにため息を漏らし、中村 達也と大豪院 ポチは乱入しても良さそうな理由を得てちょっと楽しげに笑みを浮かべる。

「で、でも! それはズルイ気が……?」
「ネギ君、君には勝たねばならない理由があるんだろう?」
「ッ!!」

ネギの意気込みを見ていた慶一がその点を突く。
突かれたネギは息を呑んで……明らかに迷った顔に変化する。

「……しょうがねえな。で、誰からだ?」

二人の会話を聞いていたソーマ・赤が困ったガキどもだと言わんばかりの顔つきで認める。

「決まっている!! 君の相手はこの僕だ!!」

気合十分な感じで血を滾らせて叫ぶ慶一。

(……畏れ多くも彼女の手料理を僕より先に食べた報い……ここで思い知るがイイ!!)

明らかに嫉妬を力に変えて戦おうとする慶一。
おおよその事情を知っている者は冷めた目で、知らない者は感心した様子で見つめていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 四十一時間目
By EFF





「はぁ〜……何でああも突っかかるんだろ?」

ため息一つ漏らして、リィンフォースは二人の相性の悪さにうんざりしている。
そんなリィンフォースの声を耳にした面子は、

「……気付いていないわね」
「気付いてないです」
「ああも空振りすると……憐れやな」
「……千草はんの言うように報われんえ〜」

原因がそれを言うのは不味いだろうと思いつつ……慶一の不憫さを生温かく見つめていた。

「ソーマ・赤!」
「なんだ、エヴァ?」
「私が許可する! その馬の骨を遠慮なく叩き潰すのだ!!」
「オイ?」

思いっきりふんぞり返ってエヴァンジェリンが声高らかに叫ぶ。
聞いていたソーマ・赤は胡乱気に見つめる。

「……エヴァちゃん、ノリノリね」
「エヴァンジェリンさんの立場を考えれば……当然じゃないですか、アスナさん?」

アスナが状況を悪化させる方向に進めようとするエヴァンジェリンに嫌そうな顔になり、刹那がエヴァンジェリンの立場を考えてフォローにも似た意見を言う。

「……エヴァちゃん、お父さんになる気なんか?」
「茶々丸さんがお母さん役なんだから……まあ仕方ないか」

アスナから見れば、あの三人の関係は一目瞭然だし、他の面子も否定しない。
キャスティング的には、頑固親父 エヴァンジェリン、良妻賢母 茶々丸、しっかりものの娘 リィンフォースがしっくりとくる。

「どうしてエヴァってイジメっ子なんだろう?」
「……リィンさん、マスターはマスターなりに思うところがあるのです」

明らかに何か風向きが変わっている気がして……少し投げ遣り気味なリィンフォースにその隣に来て、

「リィンさん、よろしければどうぞ」
「良いの?」
「はい、私には寒いという感覚はありませんし、体調を崩す事もないですから」

その肩に自分が着ていた上着を載せつつフォローする茶々丸。

「ケケケ、ドッチガ主ナンダカ」
「構わんさ。魔力がそれなりに供給できるようになった私よりもリィンの方が脆いからな」
「ソレモソウダナ」

エヴァンジェリンが脆弱さに関して在り来たりではあるが一つも間違っていない事を告げて、チャチャゼロも納得する。
カートリッジシステムとクリムゾンムーンの制御でそれなりに呪いの効力を緩和されて、自身の身体機能が強化されているのは紛れもない事実なのだ。

「……花粉症もなくなったしな」
「ソリャ、結構ナ事ジャネエカ」

煩わしい病に罹る事もなくなり、楽に過ごせるようになったのは本当に素晴らしいと感じている。
後は来るべき日に登校地獄の呪いを解呪するだけだと思うし、その日が近付きつつあるのもエヴァンジェリンの気持ちを楽しく弾ませる要因だった。

「じゃ、そろそろ本当に始めるわよ。
 まず一番手は山下さんで、次は誰?」
「僕です!」

リィンフォースの問いに直ぐさまネギが叫ぶように告げて、他の三人に申し訳なさそうに言う。

「すみません。皆さんのお気持ちは嬉しいですが、やっぱり僕……」
「ああ、気にすんな。また別の機会にやるさ」
「そうだな。もう直ぐ麻帆良祭だから……試合する機会は出てくるからな」
「ま、慶一の事は仕方ないと割り切ってくれ」

頑固と言うか、融通の利かないネギに三人は苦笑じみた顔で納得していた。

「じゃあ、まず山下さんで次にネギ少年で良いわね?」
「「「「「はい」」」」」

ようやく話が決まって広場中央に二人が歩み寄る。

「ふ、ふふふ……やっと貴様の顔に正義の一撃を叩き込める日が来た」
「正義ねぇ……野郎と睨み合う趣味はねえんだがな」

血走ったような目付きで睨んでくる慶一に、事情が分からずに何度も首を捻っているソーマ・赤。
見つめる観客は呆れ半分と空回りする男の純情に一抹の憐れみが混じった視線の二種類が大半になっている。

「それじゃあ……始め!」

ヤレヤレと言った感じでリィンフォースが開始の合図を出す。
二人は互いに向き合い、慶一は手を胸の辺りに出した構えを取り、

「……早く構えたまえ」
「これで良いさ」

ソーマ・赤はごく自然な形で立っているだけだった。

「……ナメられたものだな」

構えを取る価値もない言い様にただでさえ沸点気味の頭が更に熱くなる慶一。

「……ヤレヤレだぜ」

メンドくせえという雰囲気を出しながらソーマ・赤が歩を進めて大胆にも距離を詰めていく。
無造作に何の警戒もなく、歩を詰めるソーマ・赤に慶一の憤りは積もり……、

「ナメるなァ――っ!」

苛立ちを怒りに転換して自身も勢いよく間合いを詰めて行った。



二人が一気に間合いを詰める光景に観客になっている者達が歓声を上げる。

「……未熟だな」
「ケケケ、甘イゾ♪ ソンナコッチャ勝テネエゾ」

エヴァンジェリン、チャチャゼロの主従が楽しげに笑う。
慶一の攻撃は早く鋭さを秘めているが……ソーマ・赤に届いていなかった。
上へと意識を向けさせるように攻撃して、下を突こうとしても、

「――甘いぞ」
「くっ!」

あっさりと見切られて空振りする。

「3D柔術だったか……新しい武術っぽいが、まだまだだな」
「なん だとっ!?」

懐に飛び込んで地面に叩きつける投げ技を、と考えていたが組み合った瞬間、

「な? なんだ!?」

急に足に力が入らなくなって……腰が抜けたようなへっぴり腰になる。
力を入れようとするとソーマ・赤から重さが感じられなくなって、バランスが崩されていく。
その為に前へ出ようとしているのに力が入らずに……進めずにいた。



「ほぉ……ぼーや、あれが何か分かるか?」

エヴァンジェリンは組み合う二人を指差して、ネギに聞いてみる。
ソーマ・赤は別段様子がおかしくないが、相手側の慶一の表情には明らかに途惑うような感情が見えていた。

「……分かりません。どうして山下さんは下がり続けるんですか?」

ネギには慶一が後ろに下がっているように見えながら……何か違和感を感じていた。
慶一が力を込めようとすると……まるでソーマ・赤から力が抜けて肩透かしされているように見えた。
そして慶一の出した力が行き場を失い、空回りしてバランスを崩されている感じだった。

「身体には重心があって、その重心を崩されると全然力が入らなくなるのさ」
「それは聴勁…化勁アルか?」
「ま、流派ごとに色々言い方もあるが、力のバランスを狂わす事で動きを狂わせるのさ。
 無論、あのレベルに到達するにはセンスが必要だがな」

完全にあしらわれている慶一の様子を楽しげに見つめるエヴァンジェリン。
最初はただの打撃戦で一方的にソーマ・赤に殴られて終わりかと思っていただけに不満もあったが、ここまでの技術を見せられてしまうと感心せざるを得なかっ た。


「へ〜〜、ソーマさんって凄いんだね」
「ただのケンカ好きのお兄さんじゃなかったんだ〜」

慶一の動きに息を合わせて激しいダンスしているかのように周囲を回り続ける様相に柿崎 美砂は予想外の展開に感心している。
同じように見物に来ていた椎名 桜子もちょっと意外そうに言いながら見ている。

「まあ強いのは知ってたけど、ここまで差があるとは思わなかった」

釘宮 円も感心するように話しつつ、目は離さずに二人の試合を見つめている。

「おや〜やっぱり気になってんの?」
「にゃはは、好きなんだ〜?」
「ちょっとぉ――!?」

「「で、どっち?」」

焦る円を見ながら、どっちのソーマが本命よとからかうような視線で聞く美砂と桜子。
からかわれていると分かっていても円は如実に反応してしまう。

「ち、ちがうって言ってるでしょっ!」
「ふ〜ん」
「へ〜〜」

したり顔で二人は円を見つめてから、試合の方に視線を移動させた。
もっとも心の中ではイイからかいネタが出来たと喜んでいたが。



「ありゃ……ダメだわ」

ソーマ・赤が慶一の動きを完全に読んでいる事を理解した達也があっさりと先を予想する。

「一発くらいは当たるかと思ったんだが……相当油断してくれねえと無理だぜ」
「……そうだな」
「まあ自業自得という事で構わんだろう」

大豪院 ポチが予測した結果の先の事を苦笑いで感想を述べる。

「正直、彼女と出会ってから常識が覆されているな」
「そうだぜ。ソーマの兄ちゃんと言い、小太郎ってガキも面白い♪
 ネギもドンドン伸びてくるもんだから焦っちまうけどな」

豪徳寺 薫がその意見に頷き、達也も楽しそうに笑っている。
まだ十歳という年齢だが、才能という点に関しては飛び抜けている少年と知り合った。
自分達も発展途上でまだまだ伸びる可能性はあるが、一体どこまで伸びるのか……予想が出来ない少年を見るのは楽しい。
今現在はまあ何とかなりそうではあるが、油断すると負けそうな気配もあった。
年長者としては、そう簡単に負けるわけには行かない気持ちもあり、手合わせする時は絶対に気を抜かずにいる。

(……もう少し楽にやれば、良いんだが……訳ありなのか?)

痛ましいとまでは行かないが、無理をしているような感じもあって……少々心配になる。
本人は無理をしているわけじゃないと言っているが、傍から見ていると頑張り過ぎにも思える。
有り過ぎる才能ゆえに普通とは違う早さで成長するのが……非常に危険にも感じられる。

(道理を引っ込めて、無理を押し通して……壊れる。そんな最悪な末路にならないと良いんだが……)

周囲を見れば、大人は数少なく……助言を行う者が殆ど居ない。
そして一番問題なのは、助言をしてもネギがきちんと聞き入れるかどうか分からないのだ。

(やはり訳ありだな……事情を聞こうとしても教えてくれるかどうか分からんし、どうしたものかな)

一途というか、意固地に自分の将来を既に決めて、突き進んでいるようにも思えた。
そして、それが普通の十歳の少年らしさがない異常性にも繋がっている。

(遊び……ゆとりがない少年なんだよな)

チラリとネギへと目を向けると慶一とソーマ・赤の試合を見逃さないと言わんばかりに真剣に見つめている。

「……どうしたものかな?」

誰にも聞こえないほどの小さな呟きだが、

「……なるようにしかならんぞ」
「大豪院……聞こえていたのか?」
「まあな。今の俺達に出来るのは……彼が転んだ時に手を差し伸べるくらいだけだ」
「……そうだな」

事情を知らない自分達が迂闊な事を言って、ネギを意固地にさせるわけにも行かない。
誰かに唆されたわけではなく、ネギが自分の意思で歩いているのも事実。
せめて躓き転んだ時くらいは手を差し出して立ち上がれる手伝いくらいはしようと考える二人だった。



「う〜〜私も手合わせしたいアル」

二人の試合を見つめている古 菲がウズウズと身体を揺らせて悔しそうに呟く。
正直、ソーマから教わっている技は非常に難しい反面、使いこなせれば確実にパワーアップするのが何となく直感だけど感じられる。

「内なる気は扱いやすいアルが……外から取り込む気が難しいヨ」

反発する性質だが、外で組み合わせるよりは楽なのは間違いないと思った。
"ゆっくりと息を吸い込み、そして馴染ませて溶け込ませる"……単純で分かりやすい説明だけど、やってみると非常に手強い。
何度も失敗しつつ、同じ事を繰り返しながら……コツを身体に仕込んでいく。

「まあ、無理だったら……他の技に変えるか?」
「否アル!」

稽古に付き合って貰っているソーマが苦笑いして告げるが、古 菲は即座に拒否した。
偶然にもたった一度だけ成功した際のパワーアップを忘れる事が出来そうもない。
今までの自分にはなかった……身体の内から湧き上がるように生まれてくる力。
身体の隅々まで浸透し、漲り、昂ぶり、何処までも伸びて行けるような魂の鼓動を忘れる事など出来ない。
遠回りであろうと一歩ずつ積み重ねて必ず自分のものにしてみせると決めたのだ。




「くっ!!」

整備された路上に於いて投げ技というのは効果的なダメージを与えられると慶一は知っていた。
点の打撃と面の投げ技――受身を取ってもダメージは身体の中に残る。
3D柔術と銘打っている自分がこの面子の中では投げ技は一番だと思っていた。
それゆえに投げ技でダメージを与えて、一発当てようと思っていたが……、

「未熟だな」

まさかソーマ・赤が自分よりも上手の技術を持っているとは計算外だった。



苦戦どころか、軽くあしらわれている光景を見ながらエヴァンジェリンは口元を歪めて楽しむ。

「ククク、あれでは勝てんよ」
「ケケケ、ソロソロポッキリト叩キ折ッテ欲シイモンダナ」
「全くだ。私のものに手を出そうなど……万死に値する」

傍らで時間を計測しつつ、戦いを記録中の茶々丸は考える。

(リィンさんは山下さんの事をどう思っているのか? この一点が最大の関心事項です。
 私が思うに、リィンさんの精神はまだ異性に対しての部分は未成熟だと判断します)

闇の書からの警告が原因で男性嫌いになるかと思って心配したが……あまり変化がない。
エヴァンジェリン曰く「元から人間嫌いだからな。今更男嫌いになるほど……人を近付けはせんよ」との意見に納得してしまう反面、

(そんな生き方は……マスターを見る限りは、とても楽しいとは思えません。どうしたものでしょうか?)

自身の主であるエヴァンジェリンの少し前の状況に似た生き方になるのかと懸念してしまう。
超 鈴音、葉加瀬 聡美との協力で生み出され、今まで仕えて来たが……人との接触を極端に避けていたと判断する。
無論、その生き方を否定する気はないが、リィンフォースはまだ生まれたばかりの幼い子供に近しい存在なのだ。

(……生後一年ほどのリィンさんに引き篭もり生活をさせるのはどうかと思うのですが?)

今までの話を聞き、自分なりに考えるとリィンフォースはまだ生後一年ほどの少女?みたいなものだ。
記憶、思考パターンは母親とも言える夜天の複製に近しく、似通った部分もあったが「朱に交われば赤くなる」の言葉があるように……、

(このところマスターに似てきたような気がしないわけではありません。
 このままマスターとそっくりにさせてしまっても良いのでしょうか?)

自身の主が悪いとは思っていないが、手の掛かる娘になる可能性が高くなるのは何か……不安?になる。

(夜天さんよりお預かりした大切なお子様でもあります……子育てとは斯様にも難しいものなのですね。
 お話を聞くと、来年にはもう一人お子様を預かる事になりそうなので……マスターの悪影響が出なければ良いのですが)

アリシアという名の少女を引き取る事は既に聞き及び、エヴァンジェリンも了承しているが、実際に面倒を見るのは自分の役目だと茶々丸は考えていた。

そして……日々、子育てのスキルが進化していると感じている茶々丸だった。
もっとも本人は結構気に入っているみたいだったが。



ソーマ・赤はちょっと拍子抜けしていた。

「お前、それ……柔術なのか?」
「どういう意味だ!?」

激昂する慶一を半眼で見ながら、ソーマ・赤は肩を竦めて話す。

「ドタドタバタバタ……柔術の足運びとは到底思えんな。
 日本古来の武術の基本はすり足だぞ。そんでもって、お前がしているのは西洋系のフットワークだろ?」
「む……」

ソーマ・赤の指摘に思うところがあったのか、慶一はほんの少し落ち着く。

「まあ流派名からして、ごちゃ混ぜ系みたいだからどうこう言うのもなんだが……話になんねえよ」
「ぐはっ!?」

音もなく、ただ一瞬の拍子に慶一の懐に侵入して、かっちりと組み合い……重心を崩して投げる。
一応受身の取れるように手加減して地面に叩きつけ、話を続ける。

「まあ組み打ちを基本にして打撃専門なら悪くないが……打撃もイマイチだぞ」

地面に寝転がった体勢から攻撃する慶一から即座に離れて、立ち上がるのを待つ。

「ま、まだだ」

身体の中心にズシンと残るダメージを自覚しながら慶一は立ち上がって構えを取る。

「そんじゃ、次は面と点の打撃について……だ。
 古来より人体ってやつはなかなかに複雑に出来ているのは分かるだろ?」

隙の無い様子でソーマ・赤はゆっくりと慶一に向かって歩き出す。

「特に手は複雑な事が出来る半面……思った以上に壊れやすい。ここまでで何か聞きてえ事は?」
「ないっ!!」

自身の間合いに入ったと思った瞬間に慶一は動き出す。
牽制と相手との距離を測るジャブを繰り出すも、ソーマ・赤は見切っているのか……簡単に避ける。

「特に拳ってもんは同じ人体の硬い部位に当たったら……砕ける可能性が非常に高い」

肘を上手く使って、慶一の拳を迎撃しながら話す。

「ぐぁっ!」

人体でも硬い部位である肘に拳が突き刺さるように当たり、鈍い音と共に痛みが走る。

「ま、鍛えれば、それなりに強度は上がるが……限度はあるぞ。
 今の感じだと折れてはいないがニ、三日は赤く腫れるだろうな」

淡々と慶一の状態を説明しながらソーマ・赤の講義みたいな物言いは続く。

「んなわけで掌打による打撃技が流派ごとに多数ある。
 なんせ拳を壊しては物は掴めねえからな」
「がっ!」

ソーマ・赤は掌を見せて、慶一に一撃を決める。
踏鞴を踏みながら慶一は耐えるが。ソーマ・赤の攻撃は容赦なく続く。

「点と面……一ヶ所に力を集めて打ち抜くというのが点による打撃。
 こいつは鋭く、スパッと神経を切るようなやり方で相手を沈めるのが効果的だ」

慶一の顎先を掠めるように拳が通り過ぎ……急に力が足に入らなくなり、糸の切れた人形のように地に倒れ伏す。
ソーマ・赤の一撃を受けて、脳を左右に揺さぶられてしまったのだ。

「ま、こんなもんだ。一撃で意識を刈り取り、敵を倒すという一例だ」

一定の距離を保ちながら、ソーマ・赤は慶一が立ち上がるのを待つ。

「これの欠点は鋭すぎる所為か……回復が早いって事だな」
「ま、まだだぞ……」

ボクシングのように10カウントこそ数えていないが、慶一はふらつきながら必死に立ってみせる。

「当たり前だろ。そういうふうに打ち抜いたんだからな」
「ぐ……ぐぐ…」

足にきたのか、力が入らずにガクガクと震えている慶一。

「こういう状態で、ズシンと重く響く打撃をもらえば……終わりだ」
「ハ、ハァ……ハァ…」

終わりの言葉通りに打撃技でフィニッシュするつもりだと感じて慶一は警戒しながら一定の距離を保つ。

(ま、まだ時間はある……少しでも回復させて反撃しなければ!)

このまま良いとこ無しで終わるのは絶対に避けたい。

(くっ、リィンさんの前だ! なんとしても無様な姿を見せたままでは終わらんぞ!!)

一矢報いなければ……確実に自分の無様な姿だけで印象に残ってしまう。

(それだけは絶対に避けねばならん!!)

話の内容から次の攻撃は面の打撃――掌打の可能性が高いはずだと慶一は考える。

(相討ち覚悟で……決める!)

防御を考えていたら、体力を削られ……反撃など出来そうもない。

(3D柔術奥義……ショットキャノンを味わえ!!)

ゼロ距離打撃の技で自分が使う技の中では一番重い破壊力がある。
奇しくもその技はソーマ・赤が話した面の打撃――掌打系の奥義だった。



フラフラの状態で構える慶一から感じられる覚悟に三人は呟く。

「……慶一、アレをやる気だな」
「と言うか、アレしかねえだろう」
「そうだな。足が止まった以上は出すものが限られる」

慶一がこの状況で使える一撃必殺の打撃など既にお見通し。

「問題は……もろバレている事だぜ」

浮ついた嫉妬から始まった感情が鎮まり……覚悟完了めいた気配を見つめているシロートの少女達も気付き始めている。
それは当然ソーマ・赤が気付かないわけがなく、

「お♪ ようやく浮ついた雰囲気じゃなく……やる気になったみてえだな」

飄々と慶一の攻撃さえも楽しむように笑いながら、無防備に近付いて行く。

「大方、足がダメになったからカウンター狙いって寸法だな」
「ぐっ……(いい気になるなよ! その余裕が君の敗因だ!!)」

バレていても構わないと言うように右の拳を引いて、タメを作って半身になる。

(元の名は大筒……発勁のように肉体の奥深くに浸透する奥義)

面の打撃を更に発展させて、鎧を着けた相手の身体にダメージを深く浸透させる為に生まれた技。
向こうでは通背拳とか言われて、壁越しにダメージを与える事も出来る。

(ギリギリまで力を溜めて、全身を捻って溜め込んだ力を……叩き込んでやる!)

マトモにやっても回避されるのは間違いないが、一つだけ当てられる可能性がある。

「あんまり小僧を待たせるのもなんだし……そろそろ終わりにするか」

ソーマ・赤は気負う事もなく、自然に口に出して間合いに入っていく。
慶一はソーマ・赤が間合いに入ったと同時に手を取って背負い投げに行くように見せかけて自分の身体を壁にしてみせた。

―――ドンッ!!

鈍い音が広場に響き渡り……、全員の視線が二人に向かう。

「ぐ、ぐはっ……」

自身の身体にもダメージがあり、苦悶の表情を声を出す慶一。

「……なかなか意表を突いた出し方だったが、運がなかったな」
「な……なんだと?」

振り返ってソーマ・赤を見ると……無情にもダメージが殆どなかった。

「硬気功ってやつだ。ちーとばっか、気の保有量に差があったな」

そのまま慶一の脇をすり抜けて、ソーマ・赤は5メートルほどの距離を取って軽く右足を上げて……地面につける。

「鬼流発破弾……」

―――ドォォン!!

「ブホォォォ――ッ!!」

慶一の足元がほんの少し罅割れて……何かが吹き上がり、慶一の身体が宙に舞い、

「―――ぶべッ!!」

そして重力に従って、大地に落ちた。

「足から気を地面に向けて飛ばして潜らせて、吹き飛ばす……ま、そんなところだな」

一応見ていた者達に説明して、ソーマ・赤は当然のように勝ち名乗りを上げた。

「残念だが、俺の勝ちだ。もう少し修行してから挑んでくるんだな」

気を失っている慶一に鞭打つように力の差を示した。



「ちなみにこの技は着地する際に使う事で発動を隠せる効果がある」

どこか他人事のように自分の技を見せるソーマ・赤に、

「あれ、便利そうやな」

犬上 小太郎はその使い道を聞いて感心していた。
足で出さなくても地面に手をついて出すのも有りと考えれば使い勝手が良さそうだと感じているみたいだ。



「下からの強襲ですか……」
「確かに不意打ちには便利そうアル」

地面から飛び出す攻撃というものを実際に初めて見た古 菲は感心し、上から叩きつける強襲とは違うやり方に刹那も考慮する。



「ツマンネエナ……ポッキリ無シカヨ」
「ま、おちょくりつつ……倒した点は良しとしてやろう」

バイオレンスなシーンを期待していたチャチャゼロは拍子抜けしてつまらなさそうに呟き、実戦形式の講義なのだが慶一にはからかいが混じったやり方にエヴァ ンジェリンは及第点くらいはやろうと言う気持ちで納得している。



「山下さんって意外と熱血しているのね」
「違いますよ、姫さま。あれはね………………という訳なのさ」
「ええっ!? そうなの?」
「……そういう事かよ」

リィンフォースが慶一の奮闘に感心しているところへ、ソーマ・青へと変わり……ある事を耳打ちする。
ソーマ・赤のほうも内容を理解して……少々呆れ返っていた。

(……ソーマ・青さん、まさに鬼ですね)

高感度マイクで内容を聞いていた茶々丸は……表情こそ変わっていないが、そのえげつないやり方に、

(ですが……グッジョブです)

反論せずに大いに賛同していた。

「なんか……悪い事しちゃったのかな、茶々丸?」
「でしたら、後日に用意してあげるというのは如何でしょうか……皆さんの分と一緒に?」
「……お詫びを込めて?」
「はい、やってしまった事は仕方ありませんが、間違いを正す事に是非はないと思います」
「……そうだね」

ちょっと反省した様子で茶々丸の意見を受け入れるリィンフォース。

(山下さん、今はまだ早いと思われるので……邪魔させて頂きます。
 決して貴方が気に入らないと申しているわけではありませんので……あしからず)

リィンフォースの事に関しては非常に手厳しい茶々丸だった。




四面楚歌――慶一の周りには味方が居なかった事が最大の不幸かもしれなかった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

空回り中の慶一です。
ゆーなに一撃兄ちゃんのニックネームを貰ったくらいですが、多分一般人のレベルでは強いはず?
ソーマ・赤、ソーマ・青の人間体での強さはラカンが書いていた強さ表で行くと大体本来の強さの四分の一くらいと思ってください。
ちなみに形態変化によって戦闘力を変える予定です。

それでは次回も刮目してお待ち下さい。




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