「う…………うぉっ!」

ゆっくりと意識が覚醒し、まだ戦っていると考えていた慶一は慌てて起き上がろうとして、

「は、はぁぅぅぅ……」

情けなくも立ち眩みを感じてふらついていた。

「あ、起きた?」
「リ、リィンさん!?」

すぐ近くで聞こえてきた惚れた少女――リィンフォース――の声に反応するも、

「お目覚めになられましたか?」
「……どうせ、そんな事だと思いましたよ」

リィンフォースに近付く悪い虫を常に排除しようとする茶々丸の膝枕と知って……ガックリと意気消沈。
まるで燃え尽きたかのように、期待した分だけ……その心のダメージは計り知れなかった。

「フン、何を期待していた?」
「姫さまの膝枕なんて……この僕が居る場でさせるわけないじゃないか♪」
「ケケケ、ソウイウコッタ。甘イ、甘イゼ♪」

情け容赦ない防壁三人?の冷ややかな声に……更に落ち込んでいた。

「……山下さん、少しいい?」
「は、はい!」

ちょっと困ったような、申し訳なさそうな表情でリィンフォースは話しかけてくる。

「そ、その……ごめんなさい」
「え?(も、もしかして……やっと分かってくれた?)」

一縷の望みに懸けたかのように慶一は息を呑んでこの後の展開に期待する。

(も、もしかしたら……僕の気持ちを知ってくれて……イイ返事を!?

早撃ちするかのように心臓の鼓動が一気に高まるも……現実は優しくなく、

「お腹空いていたのに……私とソーマだけでサンドイッチ食べた事に怒ったんだよね?」

―――ピッキィ ――ィィィン!!

無情にも慶一の期待など一蹴するかのように絶対零度の如きの冷め冷めとした声が響き渡る。

「フン、小物が何を期待していたんだか!」
「悪い事したぜ。独り占めしちまったのはな」
「ケケケ、早イ者勝チジャネェノカ♪」

ソーマ・赤は意味が分かっていないみたいだが、エヴァンジェリンとチャチャゼロは明らかに分かっていて、この状況を楽しんでいた。

「今度作る時はみんなの分も用意するから」
「そ、そうですね」

慶一はその一言を言う為に全精力を使ってしまう。
ここで"好きだ"と言えれば、状況が変わるのだが……人の目を気にして言えない弱腰。

「……いい友達でいましょうで終わりっぽいわね」

冷ややかなアスナのツッコミに一堂が確信したかのように同時に頷く。


……何処までも報われない男、山下 慶一だった。


ちなみに事情を察していたギャラリーは非常に楽しげに見物していたのは言うまでもなかった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 四十二時間目
By EFF





「それじゃあ……そろそろ本番と行きたかったんだけど」
「リィンさん、何か?」

再び広場の中央に立って、始めの宣言しようとして歯切れの悪い声を出すリィンフォースにネギが問うも、

「日付が変わってね。今日は僕の時間なのさ♪」
「え、ええ――ッ!?」

ソーマ・赤からソーマ・青への変化した様子に途惑いを隠せなかった。
どうしたものかと考え込むリィンフォースにソーマ・青が告げる。

「姫さま、赤が構わないって言ってるよ。なんかさー、やる気がなくなったみたいだ。
 ま、僕も一度くらいなら相手をしても構わないから……どうする?」

ネギの方を向いて、ソーマ・青はするか、しないかをネギに聞いている。

「条件は同じ。君が勝てば、姫さまが口添えするって事でね」
「僕は構いません!」
「フフフ、決まりだね」

当事者同士が納得したのを見て、リィンフォースもダメと言う気はなくなり、

「赤は良いってことで構わないのね」
「"今だとつまらない戦いになりそうだから、もう少し先延ばしにする"ってさ」

カチンとネギに対する嫌味みたいな内容に事情を知らないギャラリーは不満そうだ。

「ネギくーん、ガツンとやっちゃえー!!」
「ファイトだよ! ネギくーん」
「ネ、ネギせんせー、頑張ってください」


「やれやれ、これじゃあ悪役だし……ま、それを望むのなら、それらしくしちゃおうかな」

佐々木 まき絵の声援を皮切りにネギを励ます暖かい応援の声が広場に響く。

「それじゃ! 始め!!」

リィンフォースが場を仕切るように掛け声を発して、ネギは距離を保ちつつ構える。
相対するソーマ・青も時計回りの動きで同じように距離を維持しながら待ち構えていた。



「……案外、大人気ないというか、えげつないお人やな」

二人の戦いの序盤を目を放さずに見つめていた千草は3−Aで魔法を知らない生徒には聞こえないように呟く。
隙を窺うような視線をネギに向けながらソーマ・青は円を描くように周囲を歩き回っている。
ネギも警戒しつつ、常にソーマ・青が正面に相対するように動く。
睨み合う様な形でソーマ・青が一回り円を描くと足を止めるとネギが果敢に攻めに転じた。

「……行きます!」
「コラコラ、攻めますって馬鹿正直に声を出すんじゃないよ」

ネギの気合を削ぐように軽い調子で返事をしながら、ソーマ・青が迎え撃った。

「う〜ん……体格の差で攻撃し辛いな」
「ハァァァァッ!!」

果敢に攻めるネギの攻撃を辛うじて受け止める雰囲気のソーマ・青に見ていたギャラリーは沸き、ネギへの声援の音量が増す。

「なんや?」
「千草さん、何がおかしいん?」

隣で見ていた小太郎と木乃香が不思議そうに千草に顔を向けて聞く。
二人には互いに牽制しているだけの睨み合いみたいにしか見えなかったのだ。

「刹那は分かるんとちゃうか?」

千草に水を向けられた刹那だが、

「……いえ、特になにか……あるのですか?」

聞かれた刹那も特に不自然な点も見当たらずに感じたので首を捻っていた。

「そっか。まあ、あれを理解できんのは今のところはうちくらいか」

刹那が多少は陰陽術を使えるだけの神鳴流剣士だと知って、千草は自分一人の中で完結して納得する。

「なあ……青の兄ちゃんが何かしてんのか?」

小太郎の質問と同時に焦れたネギが距離を一気に詰めていく。
観客も動き始めた展開に歓声を上げて見つめる中、千草は告げる。

「そやな。ソーマはんが仕掛けた罠に経験の浅いぼーやが掛かっただけや」
「「「ええ―――っ!?」」」

息のあった三人の驚きの声が千草の鼓膜に響く。

「……もうちょっと静かにしとくれやす」

慌てて耳を押さえながら千草は注意した。
二人の戦いは激しさを増すが、ネギが果敢に攻めて、ソーマ・青が防御に徹するに留まっているようにしか見えない。
時折、ソーマ・青が鋭い一撃を出し、ネギが慌てて回避する攻防が何度も続く。
三人が見る限り、ソーマ・青が何かしたようには見えず、果敢に攻めるネギが優勢に戦いをしているだけに思えた。

「何が起きているというのですか?」

刹那が二人に代わって千草に聞く。

「そやな。一つ分かったんはソーマはんが……陰陽術をかなり詳しく知っているちゅうことや」
「そうなん?」
「……初めて聞いたで?」
「ですが……何かしているようには見えませんが?」

刹那達にはただ格闘しているだけにしか見えないが、千草は別の見方――陰陽師の視点――があるみたいだ。

「……反閇」
「へんばいって?」
「なんや、それ?」
「……どこかで聞いたような?」

刹那が何かを思い出そうとし、木乃香、小太郎は意味が分からずに首を捻っている。

「陰陽師はな、真言を唱えたり、札を使うだけじゃなく……歩く事や印を結ぶ事で効果を出す術もあるんや。
 ソーマはんが使っているのは反閇。歩いて描く、目に見えへん魔法陣や。
 多分、うちの目利きが確かなら、あれは魔封じ系の陣やと見たわ」
「へ〜そんな事してたん」
「ま、マジか!?」
「……確か、そんな事を聞いたような気がします」
「ま、刹那の場合は聞いた程度で終わっているはずや。
 基が神鳴流剣術の歩法があるさかい、こっちのを混ぜたらやり難いはずやしな。
 ちなみに小太郎、あれは反則やない。無詠唱の術は使っても良いと事前に話し合っていたえ」
「……そやったな」

一瞬反則かと思って熱くなりかけた小太郎は千草の説明に落ち着きを取り戻して納得する。
実際に魔力供給をなしに二人が戦えば、土台の違いで端っから相手にならないのも事実なのだ。

「ぼーやは気が付いてへんけど……体力と十の魔力の攻撃が七か八くらいに削られているんや。
 あのまま気付かずに戦い続けると……結界内やから息が続かへんえ」

ソーマ・青を中心にした小さな結界だが、本人以外には力を削り取る効果があると千草は見ている。
おそらく気付かないうちにネギの体力、魔力を減衰させていくつもりなのだろうと千草は当たりを付けていた。

「元々は大きな術を行使する際に自分のいる場を清めるのに使うんや。
 邪気を祓い、自身の集中力を高める……力のないもんが少しでも大きな力を行使するための知恵や」
「へ〜そうなんや」

千草の説明に木乃香達は感心しているが、千草はソーマの正体について考察する。

(いったい何者なんや? ああも簡単に反閇を使えるちゅう事は……他の術も使えるんとちゃうやろか)

反閇自体は陰陽師の基礎中の基礎のようなものだから千草にも使える。
しかし、高速で動きながら反閇を使いこなせるかと問われれば……無理と言わざるを得ない。

(随分と馴染んでいるもんや……まーた謎が増えたわ)

西洋魔法使いなのにリィンフォースが陰陽術を使える点が不思議だった。
使える以上は誰が教えたのか……その一点が非常に気になって仕方がない。
少なくとも関西呪術協会の面子が教えたわけではないし……モグリの陰陽師なども考えられない。

(……魔導師って魔法使いとは違うんか?)

刹那経由で聞けば、魔法使いとはまた違う体系の魔法を使う存在らしい。
京都での一件を知っている千草は魔法使いと魔導師は別物だとようやく理解しつつ……謎解きを楽しむべきかと考える。

(話を聞く限りは此処に居る魔法使いをダメだと感じているし……敵の敵は味方とも言えるんとちゃうやろか?)

はっきり言って、綺麗事をのたまっている魔法使いよりはウマが合う。
リィンフォース曰く、「正義の味方病」の発言には大いに賛同した。

(自分らの足元を固めんくせに人助けするようではダメちゅうことやな。
 もっとも魔法であれ、陰陽師であれ……個人の才で左右される力は法で縛んのは難しいけどな)

昔はそんな事は露にも思わなかったが、世界を見た事で不本意ながら理解し始めた。

(此処にいる魔法使いの大半が既に挫折したくせに自覚していないマヌケな正義の味方……か)

力が正義ではないと思っているんだろうが、その言葉を真実とするならば……自分達の世界に戻って活動すればいい。

(魔法世界はある意味……弱肉強食なんや。
 無法とまでは言わんけど、力なき正義が悪と言われる可能性は無きにしも非ず。
 そして、その力は個人の才に左右されているんとちゃうやろか)

賞金首なんてものが未だにあり、司法当局で逮捕できない連中がいる。
正義の味方を気取るなら、そんな連中を捕まえてみろと千草は言いたくなる。

(所詮は正義という言葉に酔いしれた現実を知らない近視眼や。
 現実を知らんからこそ、甘さがそこら中に残っているんか……)

いざ何かあったら臭いものに蓋を平気でしそうな気配が漂っている。
正義を口にしていても、いざとなれば自分達の事を最優先にするのは間違いないと千草は感じていた。




(行ける! このまま押し通すんだ!!)

ネギ・スプリングフィールドは自分がソーマ・青と互角に戦えていると確信した。
自分の動きがソーマ・青の動きに対応出来ている……その事がネギの心に勇気を与え、勢いを増す。
後一歩でソーマ・青の防御に穴を穿ち、一撃を加えられると思い、手数を更に増やしていく。

「甘いねー」
「くっ!」

気を抜いたわけではなく、不意を突くような掌打がネギに襲い掛かるが……避けてみせる。
ほんの少し体勢を崩した瞬間を上手く使って、ソーマ・青が下がって、二人は対峙する。

「おっしい。あとちょっとだったのに〜」
「ネギくん! あと一押しだよ!」
「ガツンと当てちゃえ!」

一見するとネギが優位に試合を進めていると思えるが、同じような展開が先程から続いているに過ぎない事に少女達は気付かない。
ネギも多少息が乱れているが、優位に進んでいると感じて、その表情には不安など微塵もなかった。
寧ろ、このまま押し続ければ……必ず一撃を当てられると確信していた。

「ク、ククク……なかなかに策士だな」
「ケケケ、ヤルジャネーカ」

エヴァンジェリンとチャチャゼロはソーマ・青が何をしようとしているのか気付いて、笑みを浮かべる。

「ぼーや、優勢と勝利は別物だからな」

勝てると思い始めたネギの未熟さをまだまだ甘いと思いつつ、この後に起きる泥沼じみた展開を想像する。
エヴァンジェリンの目にはネギの身体が深い底なしの泥沼に沈み込んでいく光景が浮かんでいた。

「さて質問だ。どうして君はそんなに息が上がっているのかな?」

再び距離を詰めようとしたネギに、ソーマ・青が気の抜けた声で尋ねる。
ネギは息を乱しているが気力十分といった状態で返事する。

「そんなの決まっているじゃないですか!」
「ホントに?」
「ええ、勝たせても―――ッ!」

もらいますと言おうとしてネギは前へ出ようとしたが……足がネギの意思に従わずに地面に膝をつける。

「な? ど、どうして?」

確かに息が上がっているのは自分でも分かっていたがソーマ・青に近付いた瞬間……急激に力が全身から抜け落ちていく。

「な、なんで!?」

見ていたアスナ達も何が起きたのか分からずに驚きの目で見ている。

「正解は、僕の仕掛けたトリックに君が引っ掛かって……想像以上に急激に消耗したからさ。
 自覚こそなかったけど……身体の方は正直に反応しているってところかな」
「そ、 そんな!?」

驚愕の表情でネギはソーマ・青に目を向ける。
ネギには何が起きたのか、全く分からずに混乱するばかりだった。

「君って、本当に猪武者だね。
 僕と赤は同じ身体を使う複雑な間柄だけど―――同じ戦法で戦うって誰が決めたのかな?」
「なっ!?」

ネギの驚く声と同時に見ていたアスナ達も一様に驚いた顔に変化する。
二重人格とは言え、ここまで真っ正直にぶつかり合っていただけに……罠に嵌まっていたとは思うはずもない。
急激に変化していく状況にただ混乱し、頭の中で思い描いていた勝利が遠のくばかり。

「正面から力と力をぶつけ合って戦う武人がソーマ・赤」

落ち着き冷静で何の気負いのないソーマ・青の声が広場に響く。

「知恵を使い、搦め手で相手の力を吐き出させ……弱らせて、獲物を狩る狩人が僕、ソーマ・青だよ」

ゆっくりと焦りなど微塵も見せずに獲物の状態を冷静に見ながら狩り取ろうと近付く。

「君の敗因は実力が上の相手に対して真っ向勝負などという下策を選択した事さ」
「……ぐっ! ま、まだまだこれからです!!」

不利な状況だと理解したネギだが、その瞳には諦めの色はなく……立ち上がろうとする。
まだソーマ・青からは一撃も喰らっていないし、後一歩で自分の攻撃が当たるという希望がネギの胸にはあった。
"まだ戦える。息を整えれば、必ず勝てる"……そんな感情がネギに心に活を入れていた。

「そうだね。でも、早く立ち上がって攻撃を仕掛けないと……タイムアップだよ」
「―――ッ!!」

時間切れの言葉にネギの身体が硬直する。
始める前に十五分の時間制限を設けられていた。

「既に十分経過した……さて、残り時間で勝てるかな?」

挑発とも言えるソーマ・青の声にネギは乱れた息を整えながら構える。

(だ、大丈夫……まだ時間は五分あるし、息を整えてから)

焦るなと自分に言い聞かせて、ネギは冷静さを取り戻そうとするが、

「確か時間切れだと姫さまの助力は無しだから……お父さんへの手掛かりが遠のくかもね。
 なんせ、隠れ住んでいる人物だから……ここから出て行かないという保証などないし」
「―――っ!!?」

声なき悲鳴のような何かが詰まったような悲痛な音がネギから漏れる。
不安を煽るようなソーマ・青の発言にネギが必死に立ち上がり、ふらついているにも係わらずに果敢に攻撃を仕掛けていく。
挑発から、ネギの心理の一番気に掛かる点を突いて……回復の機会を奪うソーマ・青だった。




「……鬼だな」

大豪院 ポチはソーマ・青の搦め手にネギとの格の違いを実感する。

「明らかにネギ君の動揺を誘って……消耗した体力を回復させずに削っているな」

豪徳寺 薫もソーマ・青の意図を把握して、その大人気ない卑怯なやり方に文句が言いたそうな顔で見ている。
一分でも休めば、多少は回復するのに……休ませないように誘導する。
ネギの中に残っている体力の全てを無理矢理に搾り取るやり方に感心するべきか、卑怯と罵るべきか……迷う。
試合ならば、卑怯だと叫んでもいいが、実戦だったらそんな事を言っても戯言にしかならない。

「何処から罠だと思う?」
「最初からだろうな。わざとネギ君の速さに合わせながら、少しずつ速度を引き上げさせたのが今までの展開。
 そして自分が消耗している事を自覚させて、回復させる機会を言葉巧みにミスリードさせて……奪ったな」
「随分陰湿なやり口だぜ」

中村 達也の疑問点を豪徳寺が自分なりの見解を込めて説明する。
そして、その見解は大体は間違っておらず、ネギの窮地を分かりやすく示していた。




「ククク、なかなかに手厳しいやり方だが……悪くない」
「ケケケ、ボーヤニハイイ経験ニナルゼ」

面白い見世物のようにネギの窮地を誘発させるソーマ・青の手腕にエヴァンジェリンとチャチャゼロは感心して見物している。
そう、正面から正々堂々戦う事を好むネギがもっとも苦手とするだろう搦め手。
今後、こういう敵が現れた時の参考になるだろうと思うと悪くないと考えて、笑みを浮かべていた。

「ちょっと! エヴァちゃん!!」

「うるさいぞ、バカレッド。こんな事態にならないとは誰にも言えん。
 ぼーやの為になると言っている。お前は黙って見物していろ!!」
「ぐっ……で、でも「甘やかす な!! いつでも自分が有利な状態で戦えるとは限らん!!」……」

エヴァンジェリンの言い様に反発しようとするアスナを黙らせて、エヴァンジェリンは視線を二人の戦いに戻す。

「正義が勝つなどと誰が決めた! この世界のルールはな、勝った者が正義 なんだよ!!
 何かを得たいと思うのなら力を示して取ってみせろ!!」


普段のいじめっ子の雰囲気ではなく、マジな顔つきで見つめるエヴァンジェリンにアスナは何も言えない。

「私は存在を否定されて踏み躙られたが、力を以って自らの存在を示して生きてきた!
 かわいそうだとか、子供だからという戯言など聞く耳持たん連中の先にぼーやが求め るものがあるとしたらどうする?」
「そ、それは……」
「ぼーやはそんな世界に首を突っ込む事を決めたんだ。
 当事者が文句を言っておらんのに見物しているだけの人間がガタガタぬかすな!!」


周りで見物していた面子にも聞こえるようにエヴァンジェリンが一喝する。

「少なくともこれは試合であって……殺し合いじゃない!
 怪我するくらいでピーピー泣くくらいなら最初から武術など学ぶな!
 陰湿なやり方をその身で知る事が出来るいい機会だ!
 精々現実の厳しさを肌で感じてみろ!!」


エヴァンジェリンは反論など聞く耳持たんと言わんばかりに目の前に試合に集中する。
実際にネギは息が上がった程度でまだ殴られてはいない。

「ソーマ・青は殴らずに勝つ方法を選択し、実行している。
 それがどれほど難しい事か理解したのなら……黙って見物していろ!」

言葉通り、今までソーマ・青は一度も攻撃を当てていない。
牽制で手を出す事はあっても、ネギを殴らずにただ体力と心を折るやり方。
再び黙れと告げ、一切の文句を有無言わせずの空気へと変えてしまう。
アスナ達はまだ何か言いたげな顔をしていたが、エヴァンジェリンが見向きもしないと分かって……仕方なく試合に目を向けた。




「キツイ姉ちゃんやな」

聞いていた小太郎が呆れたような声を出すが、

「いーや、何も間違ってへん。あのぼーやは自分からそういう世界に足を踏み入れたんや。
 そこは泣き言なんて通用するほど甘くはないんえ。
 木乃香にも言うとく……あそこは想いだけじゃ何も得られへんし、主義主張を唱えても力が無いとダメなんや。
 自分の想いを貫き通したいんやったら……生き抜いて、力を見せなあかん」

情け容赦ない言い方にも聞こえるが、ネギが危ない世界に足を踏み入れようとしている事実は確かにある。
正面から戦いあうだけではなく、陰湿で卑怯と罵られてもおかしくない戦い方だってあるのだ。

「真正面から戦って勝つなんていう甘い考えも悪うない。
 そやけどな、やっぱり実力差がある相手に無策で正々堂々戦うなんていう考えは傲慢で無謀なんや」

千草がじっと見つめる先には必死に攻撃を仕掛けるネギの姿があった。



息が乱れ、焦りで考えがまとまらないままネギは攻撃する。
動き自体は今のところそんなに衰えてはいないが、状況は刻一刻と悪い方向に進む。

「……勝てないアル」

簡潔にこのまま行けばどうなるかを古 菲は告げる。
ネギが真剣な顔で必死に手を出し続けて攻撃するが……掠る事もなく回避されている。

「……勝てないの?」
「うむ、勝てないアル。
 ソーマさんは攻撃を受け止めずに避けて……空振りさせているネ。
 空振りは体力の消耗度を早めるアル。このままだとネギ坊主の体力を残らず奪て……おしまいアル」

まき絵の不安そうな顔に申し訳なさそうに理由を話す。
序盤は受け止めていた攻撃をソーマ・青はネギの攻撃を受け止めずに避けて空振りを誘発させている。
そしてネギが繰り出す鋭さを秘めた風切り音が徐々に聞こえなくなり……スピードが失速して行く。

「防御で受け止められる攻撃と空振りでは……空振りの方がきついアル」
「……ネギ」

心配そうにアスナはネギを見つめる。
ソーマ・青は冷静に観察するようにネギの消耗度を測っている。
ネギの顔色は徐々に青から紫へと変化し始め、息の乱れが酷くなっていた。
アスナはその姿に寒気を感じながら、乱入する事も出来ずにネギのピンチをただ見守るしかなかった。

「ソーマさんは始めはわざとネギ坊主の速さに合わせて防御していたアル。
 多分、ネギ坊主が行けると判断して全力で攻撃を始めた時に徐々にスピードを……上げたネ」
「そうね。ネギ少年は徐々に上がるスピードに気付かず……加速し続けただけ」
「ぼーやは息を整えようとしようとしたが……ああも簡単にペテンな口撃に引っ掛かるとはな」
「伏線を張り巡らして、罠を仕掛けて無力化するような戦いなんてネギ少年には未知のものでしょう」
「まあな。ぼーやにはそんな戦い方は教えていないし……そんな戦い方など考えもしないだろう」
「そりゃそうでしょう。ネギ少年は純粋だもん。正面から殴り合って勝つのが基本じゃない」
「ケケケ、ソンナ甘メェ戦イバカリジャネェノニナ」
「ふん、正々堂々などという甘ったれた考えなどキレイ事しか知らない愚か者が口する言葉だ。
 本気で勝ちたい、本気で自分の意志を貫くつもりなら……冷静に自分と相手の力量差を見つめてから戦え!」

ネギの考えの足りなさを吐き捨てるように告げる。
少なくとも今回の試合に関しては、ネギが意固地になって小太郎からソーマの戦い方を聞かずにいた。
実力が上である事を知っていたのに……勝率を上げるための情報戦を疎かにしたのだ。

「まあね、頑張った者が必ず報われるなんて……現実ではありえない。
 どんなに頑張っても、どんなに祈っても……願いが必ず叶うとは限らない」
「そうだな……」

淡々と現実の厳しさを口にするリィンフォースに、その意見を認めているエヴァンジェリン。
片や、運命の悪戯によって生まれ、この地に落ちてきた異邦人。
片や、望んでいない行為の果てに闇の眷属として貶められてきた吸血鬼。
どちらも皮肉な運命というものを知っているだけに世界の理不尽さを肌で感じている。

「……世界は美しいかもしれないけど、時に残酷で無慈悲なものなのよね」
「……そうだな」
「醜イノハ人間ダケダロ」
「それを言ったら、身も蓋もないけどね」
「全くだ」

チャチャゼロの辛辣な意見にエヴァンジェリンもリィンフォースも苦笑のみで済ませる。

「ちょっ と―――ォっ!! そういう言い方はないでしょう!」

まき絵が反発するように叫ぶも二人は、

「じゃあ、なんて言えばいい?
 まさか、努力が足りなかったから負けたとでも言えばいいの?」
「それともあれか? 負けたのはお前が弱いからだと?
 よく頑張ったな……そう言って、傷の舐め合いでもしろと?」

一刀両断に切り捨てるかのような冷淡で無情な問いを返してくる。

「最初から実力差はネギ少年も知っていたはずよ。
 格下が格上に勝つ方法はただ一つ。如何に相手の力を出させずに、自分の力を出し切るか……でしょう?」
「そ、それはそうかもしんないけど……」
「ぼーやは自分の力を高める事だけしかしていない……残りの半分を疎かにしなければ一撃くらいは当てられたさ。
 知っているか? 戦いとは熱くなるだけじゃ勝てん……正反対の氷のような冷静さの二つを持つ人物が勝つものだ」

エヴァンジェリンの経験則から来る言葉にアスナは何も言えなくなる。

「奇跡というものは非常に稀な事だから……奇跡と呼ばれる。
 そして大番狂わせというものが起きる時は相手が油断し、自身が戦術で相手の弱点を突いて全力を出し切った結果だ。
 意固地になって、ソーマの技量を中途半端に調べなかった時点で……勝てぬのだ」

父親の事でソーマに隔意を持ったネギが意地を張っていたのが原因。
ソーマはこの日に至るまで手札を隠し持っていたわけではなく、小太郎や他の面子が聞けば、それなりに見せたりもしていた。
ソーマ・赤とソーマ・青の戦い方にしても……普段から顔を合わしていれば、自ずと性格の違いから分かるものだった。

「これで少しは情報戦やら慎重な戦い方を学んでくれるとエヴァが楽になるんだけどね」
「……そうだな。未熟で無鉄砲なぼーやの面倒は大変だ。
 私としては出来る限り生き残って……あの男の手掛かりを、そしてその消息を見つけ出してもらわんとな」
「ちょ、ちょっと――ォッ!! ネギを利用する気なの!?」

リィンフォースとエヴァンジェリンの会話を聞いていたアスナが憤った感じで声を荒げる。

「当然でしょう。ただで戦い方を教えるほどエヴァは優しくないわよ」
「全くだな。これは最初にぼーやにも言っている」
「だ、だからって!!」
「やれやれ、バカレッドは勘違いをしているな。
 先に裏切ったのは……約束を守らなかったぼーやの父親だ。
 もし私が手段を選ばない人物だったら……とうの昔に殺しているぞ」

エヴァンジェリンの呆れた視線を浴びながら、アスナは絶句している。

「3年で呪いを解くと言いながら、15年も放置されたな……私はいつまで待てば解放されるのだ?」
「そ、それは……」

父親であるナギ・スプリングフィールドを挟んで、ネギとエヴァンジェリンの複雑な関係がある事は知っていた。

「世の為、人の為……頑張るのは好きにすればいいさ。
 だがな、一度交わした約束を守らん男の息子を好意的に見ろと強要させる気か?」

冷ややかで、全くブレのない感情の篭っていない視線にアスナは何を言えば良いのか……分からない。

(……かわいそうだから助けろって感情的に言っても…………ダメなの?)

原因も満足に知らないのに助けろと声高々に叫んでも……聞くようなタマではないのは分かっている。
完全にドライに割り切っているわけではなく、一応はネギの修行の一環として見守っているのも確かだ。

「……聞いていい?」
「なんだ?」
「……大丈夫なのよね?」

割り切れない部分を押さえ込んでアスナはエヴァンジェリンに聞く。

「ぼーや次第だ」
「ネギ次第って?」
「ネギ少年がこの後バカやらなければ……怪我一つなく終わるわよ」

エヴァンジェリンの代わりにリィンフォースがアスナの質問に答える。

「私としては、追い詰められたぼーやがどうなるか……その点を見たいのだ。
 あのぼーやが抱えているものをきちっと見なければ、色々と不都合があるからな」
「お、追い詰めるって?」
「人は追い詰められた時こそ、その人間の本質を曝け出す。
 そういう意味ではこの試合は好都合だ」
「ワケがわかんない?」
「……ギリギリまで追い詰める事でネギ少年の力を引き出すって思っておいて」

リィンフォースが実際には少し違うがバカレッドの名を持つアスナにも理解できるように簡素に補足説明をした。

「そ、そうなの?」
「そうよ。そろそろ限界みたいだし……どうなるかな」
「ククク、ぼーやの底の中身を見せてもらうぞ」
「ケケケ、案外真ッ黒ケダッタリシテナ♪」
「それもまた一興だ」

アスナが慌ててネギの方に視線を向けると、息も絶え絶えになりながらも必死に攻撃するネギに姿があった。
しかもアスナが見る限り……目も虚ろになり、あれほど早かった攻撃も見る影もなくなっていた。

(ホ、ホントに大丈夫なの?)

胸のうちにじわりじわりと浮かんでくる不安に連動するように見ていた観客も黙り込む。
ほんの少しの力でも良いからソーマ・青が一撃を当てれば……倒れてしまうと誰もが思っている。
チアノーゼの一歩手前のように青紫に染まるネギの顔だった。




ネギは何が何だか分からなくなっていた。
勝てるはずだった……そう確信して有利に戦っていたはずだった。
ソーマの動きに対応できたのに……当たらない。
胸が苦しくて、今にも息が止まりそうで……足が自分の思いについて来ない。
必死に伸ばす拳が届かずに、動かす度に重く感じてしまう。

(…………なんで?)

ぜぇぜぇと耳障りな息遣いが聞こえる。
思考がまとまらずに本能的に身体が止まろうとするのを……止めさせない。

(……父さん…………父さん!!)

ソーマの後ろに父ナギ・スプリングフィールドの姿があるはずなのだ。
朦朧とした意識の中でネギは一つの結論に達した。

(……父さんに会うのを邪魔するな!!)

ネギの中で何かがブツリとキレ……魔力のオーバードライブが始まった。



ソーマ・青はネギの変貌に目を細め、口元を釣り上げて……笑っている。

「良いね。本当に姫さまの言うように歪んでいた」

心が折れて倒れると思っていたが……どうやら底を見せ始めた。
ネギの吹き荒れる膨大な魔力が自分に向かってきて肌に当たるのが心地好い。

「窮鼠、猫を咬むなんて言うけど……僕は猫じゃないから当たらないよ♪」

突如魔力を放出し、スピードアップしたネギの攻撃を鼻歌混じりであしらっていく。

「ちょっと刺激したくらいでキレるなんて……まだまだ精神面の修行が足りないね」

守りを散らすフェイントもなければ、左右から強襲する気もないネギの攻撃など当たる気はない。
ただ真っ直ぐに一直線に向かってくるだけの攻撃を鼻歌混じりで捌く。

「半分意識が飛んでいるみたいだけど……それじゃあ勝てないよ」

楽しげにソーマ・青は出来の悪い弟子に注意するかのような言い方で話していた。
ネギはそんなソーマ・青の声が届いていないみたいだった。




「ネ、ネギせんせー!?」
「アレって……種割れ?」

明らかにネギの様子が変だと見ていたのどかとハルナは感じて声を出す。
温厚で人当たりのいい少年の持つ空気が変質していく。
穏和な感情が影を潜め、無機質で冷たい目が静かにソーマ・青を見つめる。

「ほぉ……なかなかに才能の片鱗を出したもんだな」
「マ、アノ程度クライハ出サネエト……アノ馬鹿ノ息子トハ言エネエケドナ」
「……そうかもしれんな」

一気に溢れ出す魔力の奔流にエヴァンジェリンは目を細め、口元に笑みを浮かべて……楽しんでいる。
最初からこの展開に期待していたわけではないが、ソーマ・青はこちらの意図を汲んで上手くやった。
限界の先にある底を見たいと告げたエヴァンジェリンの要望をソーマ・青は叶えた。
ネギの顔から表情が消え失せ……平坦でどこも見ていないような目が見える。

「ククク、それが貴様の本質か。
 全く以って父親とは正反対の方向性で、見事な壊れっぷりだよ」

おそらく今のネギの頭の中には応援していたクラスの面子の事は一欠片も存在していないとエヴァンジェリンは思う。

「何もかも投げ出して求めるものは……あのバカか!
 ハ、ハハハ! ナギが見たら、さぞ呆れるだろうな!!」

ナギの声に反応したのか、ネギの動きが更に早くなる。
戦う理由は人それぞれだが、約束を守らなかった男に会いたいという願いは今のエヴァンジェリンには苛立ちを誘発する。

(くだらん! 何処かで生きているんだろうが……ジジイに解呪の方法のメッセージでも出せば良かろうに)

「ちっ! 嘆かわしい事だな!
 ソーマ! さっさと沈めろ!!」

連絡方法なら幾らでもあったはずなのに、鳥頭だったのか……忘れているかもしれない可能性に頭痛を感じてしまう。

「オッケーだよ」

エヴァンジェリンの声が耳に入ったソーマ・青はこちらに向かってくるネギを一瞥する。

「何もかも投げ出して……欲しいものは、自分を捨てた父親とは。
 全く、周りの大人はこの子をどうしたいんだろうね」
「――――ッ!!」

叫びなき悲鳴のような声を出して吶喊してくるネギ。

「……憐れだね。せめてこの一撃でお休み」

交差するようにネギとソーマ・青が重なり……背を向け合って離れる。
ソーマ・青はゆっくりと振り向き、痛ましげな視線を背を向けたままのネギに向ける。

「ま、猪じゃあ……狩人には勝てないよ」

気負う事もなく穏やかで優しげな声をネギに向け、届いた瞬間、

「ネ、ネギッ!?」

ネギの身体がゆっくりと地面に崩れ落ちた。
ソーマ・青が擦れ違う瞬間にネギの首筋に当身を入れて落としたのだ。



ソーマ・青は非難するようなアスナ達の視線に肩を竦めながらエヴァンジェリン達の元へ歩いて行く。

「こんなもので良かったかな?」
「極上だ。満足したぞ♪」
「オウヨ。容赦ナイ鬼ッポイ、ヤリ方ガグッドダゼ」
「これで少しは気付いてくれると……楽なんだけどね」

「それって、どういう意味よ!?」

まき絵達をネギの元に向かわせて、一人エヴァンジェリンの側に残っていたアスナが聞く。
ネギに怪我こそさせていないが、流石に嬲るようなやり方は酷いと憤っていて抗議したかったのだ。

「無鉄砲な性格の改善と自身が抱える歪みを知ってもらうためよ。
 少なくとも約束までしたんだから……これでしばらくは図書館島最深部に行こうとはしないでしょうね」
「これで行くようなら、面倒見切れんから放り捨てるがな」
「事情は分かったけど、やり過ぎなんじゃないの?」

ちょっと納得できない表情でアスナは睨むように二人を見つめる。

「少なくともキレた瞬間……心配するアスナ達の思いなど気にもしなかったんじゃない。
 私の記憶の中にある人間を思い出す限り……何か強迫観念みたいなものが心の中に潜んでいるわね」
「あれだ……自分のせいで村の住人が犠牲になったと勘違いしているんだろう?」
「な、何よ、それ?」
「アスナの知らない裏事情を私達は知っているだけよ。
 知りたいのならネギ少年に聞きなさい」
「フン、私はベラベラしゃべる気はないからな」

自分の窺い知らない何かがネギの心の中にあって、それを見たかったらしいとアスナは気付く。

「神楽坂 アスナ」
「な、何よ、エヴァちゃん?」
「お前がどう思うかは知った事ではないが、こっちはこっちで色々考えている。
 情で動いて、首を突っ込むのも程々にしておけよ」
「ぐっ……」

事情も知らないくせに口を挟むなと言わんばかりに冷ややかな視線のエヴァンジェリンがアスナを睨む。

「ぼーやがお前に何も言わんのはパートナーとして認めていないのか……巻き込みたくないと考えているだけだ」
「……そうかもね」

エヴァンジェリンからネギの心情みたいのを聞かされてアスナは苦々しい顔になる。

「後もう一つ考えられるのは、ネギ少年が自分で何でもしようと思っているんでしょう」
「……それもありそうね」
「フン、そんな事を考えている自体が甘いと言うのだ。
 どんなに強大な力を持とうが、所詮人には限度があると理解しろ!」
「そうだね。人に出来る事なんて、いつだって多くない。
 出来るようなら……私は此処に居なかったし」

リィンフォースがひどく落ち込んだ声で自嘲している。

「よせ……自分を否定するような言い方はするな。
 夜天は、お前の母親はそんな思いなど持って欲しいとは思っていないはずだ」
「でも、私はお母さんに生きて欲しいと思ってるよ。
 さんざん人の欲望に利用されて……使い捨てにされたのに……それでも優しさを忘れていない。
 多分、私はそんなお母さんが大好きなんだ」
「ならば、勝手に卑下するような言い方は慎め。
 自分を蔑むようなセリフは止せ、夜天を貶める事に繋がるぞ」
「…………善処するよ」

アスナには全然意味が分からないが、何となく触れてはいけない事だけは理解できた。

(リィンちゃんは、リィンちゃんで複雑なものを背負わされているのか……。
 お母さんか……私には分かんないけど、たぶんリィンちゃんにとっては大切で素敵な人なんだろうな)

親に関する記憶がないアスナにはどう声を掛けるべきか……途惑ってしまう。

(ネギはネギで、お父さんの事になると変になるし……あれ?)

倒れているネギのほうに視線を向けたアスナはふと気付かされる。

「ねえ、エヴァちゃん?」
「なんだ?」
「今、気付いたんだけど……ネギのお母さんって?」
「フン、今頃気付いたか……はっきり言うと名前は知らんし、殆ど情報はない。
 この分では、ぼーや自身も何も知らないかもしれん」
「え……?」
「周りが教えなかったのか、ネギ少年が知ろうとしないのか……どっちだとアスナは思う?」

リィンフォースの問いにアスナは答えられずにいる。

「ネギ少年の歪さが理解できた?」

黙り込むアスナにリィンフォースが真面目な顔で尋ねる。
アスナはネギが抱える歪みをいうものをようやく感覚的なものではなく、現実的に頭で理解した。






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EFFです。

明らかにネギは無自覚のトラウマ持ちだと思われます。
それが本人の強さに繋がっているのかもしれませんが……周囲の大人は心のケアを怠っていますね。
ま、才能だけを見ていただけかもしれません。
原作でも高畑やラカンはネギ越しに、ナギを見ているような雰囲気でした。
もし、それにネギが気付いた時……どんな風になるのか怖いです。
周りの大人全てが信じられずに……壊れるかもしれませんね。

それでは次回でお会いしましょう。




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