「な、なんじゃこりゃ―――っ!!??」

山下 慶一は報道部が作り上げた今週の麻帆良新聞を読んで、周囲の迷惑も考えずに大声で叫んだ。

「へー、リィンちゃんに謎の婚約者がいたのか?」

慶一の大声に耳を押さえながら中村 達也がどこか納得したような感じで記事を読むと、

「ほー、親が決めた関係ってやつか?」
「確かにその可能性はあるかもな」

内容を聞いた豪徳寺 薫と大豪院 ポチの二人が可能性の一つを考えて話す。

「ふ、ふん、ゴシップ紙だとは常々思っていたが此処まで酷い記事を出すとは……」

内心の動揺を抑えながらも声の震えを隠し切れない慶一。

「だ、大体だね。謎の婚約者というもの自体が胡散臭いな」

「ま、第一報だからな。今後の展開に注目ってとこだろ?」
「もしかしたら、今度の麻帆良祭に来るかもしれんな」
「ああ、その可能性はある。麻帆良祭は大きな祭りだし、世界樹伝説も確かあったぞ」

毎年この祭りに合わせて世界樹の下で告白しようとするイベントを豪徳寺が告げると、

「ほー、じゃあ……リィンちゃんもその日が勝負の日になんのか?」
「そうかもしれんが、婚約しているって事はそういうイベントは既に終わっていると考えるべきではないか?」
「だがな、親が決めた事だからもしかしたらまだそのイベント以前ではないのか?」
「あーそれもありだな。リィンちゃんの事だから、"フン、嫌いじゃないから付き合ってあげる"とかじゃねえのか?」
「それはありえそうだ。彼女はエヴァンジェリンさんの影響をモロに受けているしな」
「うむ、あれは今ふうに言うところの"ツンデレ"なるものだな」

「そ、そこは否定するのが友情じゃないか!!」

友達甲斐のない三人の意見に慶一は大粒の涙を零しながら全力で当て所なく……走って行った。

「……これで少しは根性見せると状況も変化するかー?」
「「いや無理だろ」」

根性出して告白するかと問う達也に否定の意見を述べる豪徳寺と大豪院だった。
発破を掛けて状況を少しは好転させようとする友人達の友情に気付かない慶一だった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 四十九時間目
By EFF




朝倉 和美は現在退路を断たれて崖っぷちに追い込まれていた。

「さて、一応ゆいご……もとい言い訳を聞いてあげるわ」
「ちょ、ちょっと!? ゆいごってなんなのよ!?」

慌ててリィンフォースが口走りかけた言葉に反論しようとするが、

「……末期の酒はありませんが、エビ○ン位はお出しします」

茶々丸からそっと差し出される雫が浮かんだ冷えたペットボトルがその場の空気を重くしていく。
その様子に少し距離を取っていた3−Aのクラスメイト達は和美の冥福を祈って……合掌するくらいしか出来なかった。

「さて、言う事もないようなら……始めようか?」
「ちょ、ちょっと――っ!?」

既に手足を固定されている和美は……逃げられない。

「大丈夫です。電圧は少しずつ上げるから……苦しいかもしれませんが」
「うん、これも実験に付きものの尊い犠牲よ」
「あ、悪魔め……」
「悪魔でいいよ……悪魔らしいやり方にするから」

パチッと青い火花が浮かぶリィンフォースの指に和美は一気に血の気が引いていくのを感じている。

「来週のトップ記事は"朝倉 和美の初体験、ビリビリの電気椅子の座り心地レポート"でどうよ?」
「大丈夫です。ちょっと加減が狂えば……楽になれると思われます」
「エ、エヴァちゃ――んっ!?」

和美はこの場を上手く治められる可能性がある人物に必死に叫び、クラスメイト全員の視線が集まる。

「せめてもの情けだ……楽に逝かせてやれ」
「ノォォォォ―――ッ!!」

エヴァンジェリンはとても楽しそうに邪笑を浮かべて、和美の地獄行きを切符を切った。
ライトニングバーサーカーの雷 撃拳による報復が始まった。

「勝手に新聞ネタにするんじゃないわよ!」
「シ、シビッ!? シ、シビれる!? イ、イタッ!? な、なんか……目の前にが見える!?」
「フ、フフフ……地獄の門でも見えるのかしら?」

死なない程度の弱電流を浴びている和美はちょ〜と危ないトリップに入り始める。

「いえ、おそらく脳内麻薬が過剰に出ている影響で幻覚でも見えるのでしょう」
「このまま続ければ……新しい何かに目覚めるかもしれないわね」
「生と死の狭間を潜り抜ける試練で何らかの力を得る事はよくある話だぞ」
「さあ覚醒の時は来たわ……和美、あなたはの戦士に生まれ変わるの よ!!」

「や、 止めろ……ショッ○ー」
「オ、そのセリフが出るなら……バッタの力に目覚めるの?」

「ちょ!? ス、ストップよ!!」

何かノリノリの様子でいるリィンフォースだが、流石にこのままにする訳も行かずにアスナが止めに入った。

「……死、死ぬかと思った」
「これに懲りたら……私をネタにしない事ね」

不満げに告げるリィンフォースに和美は、相変わらず容赦がないと本気で思う。
今週は思ったようにネタが集まらずに困っていたところに冗談半分で出したのだが……一面に載るとは予想外だった。
慌てて記事の変更を申し出たが既に時遅し……変更は不許可になって、発行となった。

「……今度から気をつけるわよ」
「ヌルいな……いっそ楽にしてやれば良いものを」
「エ、エヴァちゃん!?」

ブレーキどころか、アクセル全開の容赦ないエヴァンジェリンの意見に和美は二度と記事にはしないようにしようと決意する。
だが、実際にはしないようにと考えるだけに……いつでも電気椅子に座る機会があるかもしれなかった。

……反省しても、省みない不屈のジャーナリスト魂?かもしれなかった。

「で、実際のところエヴァちゃんは聞いたの?」
「……聞いたが教えんぞ」

和美が他のクラスメイトには聞こえないようにエヴァンジェリンに尋ねると、フフンと鼻で嘲笑うように返された。
教えてもらう事で自分と茶々丸がリィンフォースにとって大切な家族であると再確認して優越感を覚えているみたいだった。




朝練の時間でいつもの広場に集まったメンバーの前で慶一はリィンフォースに聞く。

「リ、リィンさん……こ、婚約者いたんですか?」

耳にしたメンバーは慶一が凄く動揺しているように感じていたが、

「山下さんまでデマを信じたんですか?」

呆れるような声音で質問を質問で返すリィンフォースに、

「そ、そうですよね♪ 俺は信じてましたよ♪」
『ダメだ、こりゃ』

あっさりと手の平を返したかのように言葉を返す慶一に……その場にいる全員がダメだと考えていた。

「だから、そこで一気に行けって」
「そうだぞ、山ちゃん」
「後一歩踏み込む勇気がない者は勝者にはなれんぞ」

生温かく見守る友人達の視線は不幸な人を見るものに近かった。

「う、うぅぅ……ひどく共感する気が……」
「そやなー、アスナと似てるえ」
「え、そうなんですか、このちゃん?」
「そうなんよ。アスナって、高畑先生の前やとホンマ意気地なしになるんえ」
「ちょ、ちょっと!?」

自身の恋話に入りかけて慌てて木乃香に言わないようにと注意しようとするも、

「今年こそはデートの一つくらいせんと……あかんかもなー」
「グハッ!!」

木乃香の悪気のない一言にアスナのハートがクリティカルなダメージを受けていた。

「去年も麻帆良祭でチャンスがありそうやったんやけど……あかんかったし」
「はぅっ!」
「そ、そうですか」
「別に好きっていきなり言わんでもええんや。
 少しずつ近付いて……もうちょっと仲良うなってからが勝負やと思うんよ」
「は、はぁ」
「せやけどなー。アスナって高畑先生の前やと緊張するんか……すぐ逃げだすんよ」

木乃香の愚痴っぽい話に刹那は相槌を打ちながら聞いている。
隣で聞いているアスナは木乃香の一言一言が非常に痛くてダウン中。

「あれやったら、仮に高畑先生がアスナのことを好きやったとしても……声の掛けようもないんえ」
「……目の前から逃げられたらダメでしょうね」
「そう言えば……前のせっちゃんと同じかも」

何か開けてはいけない封印を解放した気分になって刹那は少しずつ後退りする。

「うん、そやなー。ちょーと前のせっちゃんやな……」

その予感は見事に的中し……木乃香が纏う空気が徐々に黒く変質していた。
木乃香は楽しげに微笑んでいるように見えるが……周囲の温度は徐々に下がっていく。

「これも……おじいちゃんの所 為やな」

蜃気楼のように木乃香の周りの景色が歪み、木乃香は全員に背を向けて歩いて行く。

「こ、このちゃん!?」
「ダ、ダメよ! 刹那さん!! 今のこのかはちょっとやばいわよ!!」
「あ、あわわわ……」

ネギは突然の木乃香の変貌に驚き……腰砕け。
あわてて追いかけようとする刹那の肩をアスナは掴んで必死に止める。

「し、しかし!」
「行き先は多分……学園長室だから行っちゃダメ!!
 京都の再現になるわよ!!」

京都の再現というキーワードに刹那はビクッと身体を震わせて恐怖する。

「も、もしや?」
「私達に出来るのは……冥福を祈るだけよ」

アスナが放った声の後に刹那、ネギ、アスナの三人は合掌して……近右衛門の冥福を祈った。

……この日、麻帆良大付属病院に一人の老人が緊急入院した事を明記する。

……入院した老人は自身の怪我の理由を一切語らずにただ一言「ハンマー怖い」とだけ魘されて呟いただけだった。





学園長が入院しようが人が持つ時間というものは過ぎていく。

「いい気味だな♪」
「まあね♪」
「自業自得かと存じます」

愉快愉快と言わんばかりの笑顔で近右衛門の入院を喜ぶエヴァンジェリンとリィンフォースに、日頃から遊び半分で仕事しているのが悪いと判断して今の状況は 当然の報いだと思う茶々丸。
三人は小雨が降り始めた学園から自宅へと帰宅しようとしていることろだった。

「あ、そうだった。超のところに行くの忘れてた」
「そうなのですか?」
「うん、AMFの件で」

AMFという言葉にエヴァンジェリンが嫌そうな顔に変わる。
生粋の魔法使いであるエヴァンジェリンにとってAMF(アンチマギリングフィールド)は非常に厄介で苦手なものだった。
魔力を精霊に与えて活性化させて攻撃するのが魔法使いの呪文であり、その活性化の源である魔力を拡散されてしまえば……精霊自体の力が無くなり、無力化し てしまう。
フィールドに接触しなければ魔力が拡散されずに減衰もしないが、相手がフィールド内に存在する時はその効力を失うのだ。
あれと同じ効果のある技術は魔法使いにもあるが、あくまでそれは施設等の動かない場所に設置するタイプが常である。
小型化して戦場で使用できるような物は魔法使い達の技術にはなく、神楽坂 アスナのような個人スキルくらいしかない。
今は対抗策があるので初めて知った時よりは若干苦手意識は薄れているが……それでも顔を顰めてしまう。

「実用化の目処は立ったし……量産するのもまだ先の話だけどね」
「量産……か」

量産化して戦場に出た時、魔法使い達は驚愕するだろうと思うと愉快と感じる部分と今までの常識が崩れる瞬間を見てしまうと憂鬱な気持ちのどちらも出て複雑 な気分になるだろうとも考える。

「うん、茶々丸の新しいボディーに搭載したテスト結果の確認」
「私のですか?」
「茶々丸にか?」
「そ、世界初で対魔法使い戦に於いて最強とまでは言わないけど……かなり厄介な従者になると思うよ」

楽しげに笑いながら踵を返して歩いて行くリィンフォースを二人は見送る。

「…………」
「どうかしたのか、茶々丸?」

リィンフォースの背中をじっと見つめる茶々丸を訝しげに見るエヴァンジェリン。

「…………よく分かりませんが、何か不安な予兆というものを感じたのでしょうか?」

自分でもよく分からないといった様子で茶々丸は初めて感じる胸騒ぎを話す。
ふと顔を空に向け、曇天で暗い空が目の前に迫ってくる。

「……その予感は正しいかもしれんな」
「え?」

自分とは別方向に顔を向けていたエヴァンジェリンが呟き、

「……侵入者だ。それも複数だな」

この地に新しい災いがやって来た事を告げた。

「やれやれ……言った側からこのザマか。
 この前の一件といい……ヌル過ぎるバカ共は本当に始末に困るな」

同じようなチョンボはしないと明言したクセに……この体たらく。
危機感のない連中は本当にダメだと確信し、どうしようもなくダメだと呆れるエヴァンジェリンだった。

「リィンの元に行かれる前に始末するか?」
「承知しました、マスター」

嫌な胸騒ぎの元凶を断つという事に茶々丸は反対する気はなく、寧ろ積極的に行動しようとする。

「これもぼーやの情報が表に流出したと考えるべきかな?」
「……おそらくは」

ナギ・スプリングフィールドの息子が此処に居るとの情報が出た事は間違いない。
くだらない権力争いに巻き込まれるのは正直……煩わしい。
本来、自分は守る事よりも強気で攻める方が向いている。

「いっそ魔法使いに死人が出たほうが目が覚めるかもしれんな」
「ここが戦場だという事にですか?」
「そういう事だ。自覚の足りん連中が多過ぎるというわけだ」
「ですが、数が減っても……同じ考えの下で教育された魔法使いが補充されれば無意味ではありませんか?」

茶々丸の言う通り、正義、正義と口煩く騒ぐ連中の代わりも同じかもしれないが、

「そこはアレだ。ジジイも少しは考えるだろう……多分」
「……そうでしょうか? 私には遊び好きの老人がそんな改善をするとは思えませんが」

エヴァンジェリンは茶々丸の指摘にぐうの音も出ない。
そして近右衛門の気ままで趣味と実益を兼ねたお遊びみたいなやり方を考えると……ダメかもと思ってしまう。

(し、信じているぞ、ジジイ)

心の中でダメだろうと思いつつも……一縷の望みを懸けるエヴァンジェリンの足元に小猿がよって来る。

「ん?」
「キ、キィッ」

小猿はエヴァンジェリンの肩に強引に飛び乗ってある方向を示す。
よく見ると額の部分に梵字が書かれていた。

「千草さんが侵入者を見付けられたのですか?」
「ウキキィ―――」

そこから茶々丸が可能性の一つを提示すると小猿が肯定するように何度も頷く。

「よし、行くぞ茶々丸」
「わかりました、マスター」
「サル、案内しろ」
「ウッキ――」

天ヶ崎 千草の式神の案内で二人は駆け出して行った。




……少し時間を遡る。
商店街の一角を借りて、街の人には趣味と言いながら始めた易者の仕事中の天ヶ崎千草は曇り始めた空を見上げて呟く。

「……いやな雲行きおすな」

徐々に雲が厚みを増して、これから雨が降る事を予感させる動きを見せる。

「仕方ありませんな……今日は店じまいにしましょか」

雨が降りそうという理由ではなく、千草は自身の直感からも此処に居るのは不味いと感じていた。

「なんや知らんけど……ピリピリと肌を刺す気配がしますわ」

徐々に押し潰すようなプレッシャーが近付きつつある。
千草は経験則から感じた漠然とした勘に従って荷物を片付けながら、式神を周囲に飛ばしていた。
転ばぬ先の杖と言うべきか、この手の予感には即座に反応するように千草はしている。
偶に外れる事もあるが、一寸先は闇ばかりのヤバイ仕事もした事がある千草は備えあれば憂いなしの諺の意味を理解している。
何も起きない事が一番ええ事だと知り、起きた時にすぐ動ける者ほど長生きできるのがこっちのルール。

「ほんま……こういう勘ばっかり当たるんは嫌味やろか?」

勘弁しておくれやすと言った心境で千草は式神から得られた情報を基に状況を分析する。

「数は……十は居るか?
 嫌やな、うちではちょっと数が多て厳しいわ」

自身の実力を過信するような気はなく、千草は今の自分で対応できる数を越えている侵入者に対して逃げの手を打つ。

「とりあえず侵入者ありの報告だけはしとこか」

義理と義務といった気持ちで学園都市の警備部への一報を入れておくが、それ以上は特にする気がない。

「偉そうに自信満々で警備は万全と言うてた連中の実力でも見せてもらいましょか?」

京都でも感じていたが、此処でも結界を過信している連中が隙を見せただけ。

「こりゃ荒れそうな予感がするえ」

ポツリポツリと降り始めた雨模様を見ながら、千草は大荒れの予感を感じていた。

「とりあえずエヴァはんらと合流しよか」

自分一人では勝てないのなら、勝てる状況を構築すれば良いだけ。
手が足りないのなら、手を増やせばええと千草は今までの経験から学んでいた。





麻帆良学園都市の一画に奇妙な集団が現れる。
まずおかしいのはそれぞれが身に付けている服装がバラバラであり、年齢もバラバラ。
共通点を挙げれば……全員が男くらい。

挿絵「フフフ、あれから六年か?」

四十代から五十代くらいの老境に入った男がどこか楽しげに呟き、

「ケ、テメェの遊びに付き合う気はねえぞ」

呆れた声音で老人の呟きを嫌そうに聞いている剣呑な空気を放つ青年。

「……フム、では二手に分かれるかね?」
「当然だ。テメェはいつもの趣味をしてろ。
 俺は俺で勝手に動くぜ」
「ではお互いの行動には干渉しないという事で良いかね?」
「ああ、いいぞ」

この二人が集団のボスらしいが、それぞれに思惑が違う様子で集団のまとまりをおかしくさせているみたいだ。

「イイか、ヘルマンのジジイ。俺達は仕事で此処に来たんだ」
「無論、承知しているさ」
「だったら、遊び過ぎて俺の手を煩わせるなよ」

明らかに侮蔑の意味を含ませた声で青年が忌々しそうに告げる。
見る限り非常に機嫌が悪く、触れるものを全てぶっ壊したいようにも感じられる。

「なんだって、この俺様がくだらねえ始末屋紛いの仕事をやんなきゃなんねえんだ。
 しかも……こんなジジイと組んでよ!」

苛立ちが頂点に達したのか、納得できないと腹立ち……叫ぶ。

「貴様! 伯爵を侮辱する気か!?」

ヘルマンの側に控えていた男が聞き捨てならんと叫ぶ。
その声と同時に集団が二つに分かれて睨み合い……殺気立つ。

「オイオイ……仕事を放って殺し合いをご所望かよ!」

ニタリと馬鹿にしたような哂いを浮かべて青年の姿が揺らぎ出すと、

「止し給え……仕事優先ではないのか?」

二人の間にヘルマンが割って入り、仕方なさそうに仲裁を行う。

「ヘルベルト……」
「も、申し訳ありません」

ヘルマンの嗜める声にヘルベルトと呼ばれた青年が恐縮する。

「スマンが……挑発行為はどうかと私は思うが?」
「ハン! 遊びで仕事をしているジジイに文句を言う資格はねえよ」

二人の視線が交錯し……集団の緊張が高まっていく。
一触即発の様相を見せ始めるが、

「……好きにしろ」

青年が一歩引く形で踵を返して歩き去ると集団は二つに分かれて行動を開始する。

「……余裕がないな。もう少し遊び心が彼には必要とは思わんか?」

青年が去って行った後にヘルマンがヘルベルトに話しかける。
その表情はつまらない男だと言わんばかりだった。

「伯爵……御自身も人の事は言えません」
「そうかね?」
「伯爵の場合は……遊び心が多過ぎます」

ヘルベルトがため息を吐きながら何度目かの注意を行うが、

「ハハハ。やれやれ、部下にも言われてしまったよ」

屈託なく笑って注意の意味をなさなかったが、ヘルベルトはいつもの事と割り切っているのか……表情に変化はなかった。




一方でヘルマンと別れた方のリーダーである青年は不機嫌なままで歩いていた。

「ゲルト様……」
「分かってるぜ……で、状況は?」

集団の中でずっと目を閉じて行動している男が声を掛け、青年――ゲルトは地に唾を吐いて落ち着き始める。

「……現状で動いている魔法使いは僅かですが……これは…狗族と呼ばれる存在が近くに居ます」

手を手前に突き出し、指を指し示す事で相手の位置を知らせる。

「鼻が利く奴らだったな」
「……はい、まだ子供のようですが……どうなさいます?」

行動の指針を問う男にゲルトは指示を出す。

「何名か、行かせて…………そうだな、陽動を仕掛けろ」
「……派手に動かしますか?」
「いや、いい。ヘルマンの方が分かりやすく動くだろうからな」

ゲルトはヘルマンの名を出す時に顔を顰めたが、指示は滞る事なく告げる。

「……承知しました」
「手当たり次第ぶち殺してもかまわんぞ」

獰猛な肉食獣のような哂いを浮かべるゲルトに複数の人物が暗い哂いを浮かべて頷く。

「昼行灯な魔法使いたちなど脅威じゃねえからな」

未だに自分達の進入を感知していない連中など歯牙にも掛ける気はない。
精々焦って、混乱して自爆しやがれとゲルトは思って嘲笑う。

「こちらのターゲットは?」
「……事前に頂いた記録から大体の位置は把握しました」
「そうか、では行くぞ」

十五人の集団から十人が離れ、雑踏の中に消えていくが……誰の目にも止まらずにいる。

「あの方の命令なら嬉々としてやるんだがな」
「……あの方はこのような下手な手は打たれません」
「全くだ……俺はあの方と契約したかったぜ。
 あんな二流……いや、三流の上昇志向だけは一人前以上の自意識過剰の魔法使いに召喚されるとは焼きが回ったかもな」

心底嫌そうな顔で自分と契約した男を唾棄して見下げ果てている。

「……私も不本意ですが…コレも契約です。
 如何に能無しと言えど……悪魔にとって契約を不履行する事は出来ません」

ゲルトに同意しつつ、更に貶める言い方で告げる人物。
どんな形であれ、召喚された以上は如何に主が能無しでも従うしかない。

「ま、その代わりに……コイツにイライラを解消させてもらうさ。
 派手に同士討ちさせてやるぜ……ま、運が悪かったと嘆くんだな」

ゲルトはケタケタと嘲笑いながら、この後に魔法使い達に起こる最悪の事態を想像して愉悦していた。




―――ジ、、ジジジ……

リィンフォースは耳障りなノイズが聞こえた気がした。
超のラボへと向かう途中、リィンフォースの行く手を遮るよう現れた集団。

「黒衣の魔導師だな?」

集団の中から男が前に出てリィンフォースに問うと同時に集団が本来の姿に戻る。

「…………ホント、なに考えてんだか」

周囲を囲む悪魔達にうんざりした表情で見る。

「悪いが……これも仕事なんでな」

リーダーらしい悪魔が煩わしそうな声で事情を告げると同時に、

―――ジ、ザァザジィジジ……

(……何、この音?)

リィンフォースは自身の耳に入ってくるノイズに注意を向ける。
ノイズが、よく分からないが……何かが侵入してきたような気持ちにさせられる。

「ま、出来るならこっちに従ってくれ」

―――ジ、ジジジ、ザ、ザァァァ……

(まただ……?)

異質な音がリィンフォースの中に入り、絡みつくような澱みを感じさせた時、

「―――え?」

視界が突然傾き……ゆっくりと地面が近付いてくる。

「悪いな……呪言を魂に刻ませてもらうぞ」

(だ、だめ……抵抗し……ないと……)

呪いの言葉という今まで感じた事のない攻撃に慌てて抵抗を試みるリィンフォースだったが……視界が黒く染まっていく。

(イ、イヤッ! だ、誰か……)

昔、母親が狂わされたように、自分も狂わされてしまうという恐怖にリィンフォースの心が軋んだ。



倒れ伏したリィンフォースを見ながら悪魔ゲルトは怪訝な声を上げる。

「あっさり引っ掛かったな?」
「確かに……これほどの魔力を持つ魔法使いにしてはおかしいですね」

ゲルトの疑問に同調するように側近の男が声を出す。

「まあいいさ。さっさとこの娘の意思を奪って、人形に変えれば……今日の仕事は終わりだ」

倒れ伏したリィンフォースを蹴飛ばして仰向けにするゲルト。

「あの下品な連中に引き渡すのは少々もったいない気がするな」
「ええ、いいように使われて、心も身体も弄ばれるでしょう」

リィンフォースのこれからを想像して憐れむような声を上げる二体の悪魔。
格下の連中に従う時間の嫌悪感を思い出して苛立っている様子だった。

「嬢ちゃん、恨むんだったら未熟な自分を恨めよ」

そう告げてゲルトはリィンフォースの魂に呪いの言葉を刻もうと動いたが、

「ガ、ガァァァァ!!?」

自身の胸を貫き、魂の一部を引きずり出した黒い手に絶叫した。

―――悪いが、そうはさせんよ

「ゲ、ゲルト――ギャァァァァ!!」

大地から伸びてくる黒く染まった茨の蔦が悪魔達の身体を締め上げ……手足を砕く。
更に追撃に飛び出してくる血に染まったかのような色のダガーが宙を舞い、その身動きできない身体を切り刻む。

「ガ、ガガァァ……き、貴様は!?」

突如、禍々しい気配を振り撒き始めたリィンフォースの変わりようにゲルトは痛みを忘れて睨む。

―――蒐集行使

「グ、グハァァァ――ッ!?」

ゲルトは激しい痛みを感じて身悶えるが固定された身体は動かず、絶叫のみが周囲に響く。
拘束から逃れようと四肢に力を込めた瞬間、ゴキリと鈍い音を立ててありえない方向に手足が曲がる。

「ギ、キザマァァ ――ッ!!」

胸の激痛に続いて、手足を折られた痛みにゲルトは怒りの声を上げるが……何も出来ない。
魔力を使おうとした瞬間、胸の激痛が何倍にも膨れ上がり……集中出来ない。
力任せに蔦を引き千切ろうとしても、それ以上の力を込められて……鈍い音を立てて新たに間接が増える。

―――焦るな、すぐに還してやる

「ふ、ふざけるなよ!!」

ゲルトは憎悪の目で倒れ動かないリィンフォースを睨む。

「既に呪いは掛けてんだ!! 簡単に解けると思うなよ!!」

やけっぱちで叫ぶゲルトに声は嘲笑う。

―――フン! 貴様の魔力資質を奪って、行使できる

「なんだと!?」

―――後は分析して、解呪プログラムを流せば良いだけだ

自分達、悪魔の魔力を奪い……改変できるなど信じられずにゲルトは痛みを忘れて呆然とする。

―――安心しろ

―――貴様の魔力を生み出す器官を破壊して送り返してやる

「や、やめ ろォォォォッ!!」

ゲルトはその声に恐怖して叫ぶ。
弱肉強食の魔界で魔力を出せない悪魔など……ただの狩られる餌に過ぎない。
自分よりも劣るはずの格下の悪魔の餌になるなど認められずに恐慌する。

「ガッ! ギャァァァァ!!」

忘れかけていた胸の激痛が急激に増し始め、ゲルトは悲鳴を上げる。
ミシミシと胸の奥が軋む音を聞きながら、必死に拘束から逃れようと砕けた手足を動かすが……徒労に終わる。
甲高い澄んだ音が聞こえると同時にゲルトは自分の魂の一部が砕けたのを感じた。
拘束を解かれ、地面に倒れながら魔界へと還る事に恐怖する。

……魔界への帰還イコール餌になる

ゲルトはその事を齎した少女に向かって最期の力を振り絞って呟く。

「……この化け物が!」

―――ありがとう……最高の褒め言葉よ

無邪気な声で残酷な行為を平気で行う少女の異常さにゲルトは魔導師を自称する意味を自身の身を持って知る。
姿が徐々に掠れて消えていくゲルトに興味を失った少女が曇った空を見ながら呟く。

―――やれやれ、世話の焼ける妹だ

―――とりあえず解呪プログラムは作れるが……外側からダメージを多少は与えんと効果は無さそうだな

待機状態のシュツルムベルンを手にして放り投げる。
地に落ちた剣十字のシュツルムベルンは明滅して、自身の存在を主張する。

―――私は中から呪いの影響を出来る限り抑えるぞ

『分かった。では私はこのプログラムをエヴァンジェリンに使ってもらい……娘を救う』

―――無差別攻撃命令は水際で防いだが……過剰防衛行動までは無理だ

『その点は大丈夫だろう。エヴァンジェリン以外の魔法使いでは娘に傷一つ付けられんさ』

―――フン。危機管理の甘い魔法使いなどどうなろうと知った事ではない

吐き捨てる声で魔法使いを切り捨てる意見を述べると二つの声は聞こえなくなった。


魔法使い達の想像を絶する事態が始まろうとしていた。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

科学チックな魔導師に呪いという物は扱いにくいでしょうね。
闇の書の呪いみたいにリィンフォースに刻まれた呪い。
魔法使いVS狂乱リィンフォース?
白い悪魔さんのように全力全壊で行かれたら、魔法使いに勝ち目はあるかな?

それでは次回をお待ち下さい。




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