その日、犬上 小太郎は村上 夏美、那波 千鶴の二人に麻帆良学園都市の案内をしてもらっていた。

「へー、ホンマに広いとこやな」

感心と呆れが混じった声で小太郎は学園都市の地理を覚えていく。

「私も最初は広くて大変だなーって思ったの」
「ふふふ、夏美ちゃんは迷子になりかけた事もあったわね」
「ち、ちづ姉!」

夏美の恥ずかしい過去を暴露しようとする千鶴に大声で止めようとする。

「そうなんか?」
「そうよ。確か、あれは……「ちょっとちづ姉!」ふ、ふふ、また今度ね」

あまり迫力のない夏美では確信犯的な千鶴を止められそうになかった。

「しっかし……デカい樹やな」

小太郎は大樹を見上げて呟く。
その視線の先には学園都市の中心部にあり、その存在感を見せつける様に悠然と佇む世界樹。

(あれが厄介事の種ちゅうわけか)

世界樹が悪い訳ではないと小太郎は思うが、原因である事には違いないとも考えると同時に、

(ま、俺には強うなるために必要な戦いを運んでくれる種でもあるか♪)

自身の力試しの相手を引き寄せる存在ゆえに感謝もしていた。

「なんか楽しそうだね?」
「まあな。こっちに越してきてから……毎日が楽しいんや」

ネギ・スプリングフィールドという同年代のライバルに、ソーマという大きな壁であり、自分が強くなる為に鍛えてくれる存在もいる。
退屈な基礎ばかりではあるが、実際に日を追う毎に実力の底上げが出来ている。

「ホンマ、刺激があって楽しいで♪」

ガキ大将みたいな笑みを浮かべて話す小太郎。
そんな小太郎を見ながら夏美は同性の友人と遊ぶ方が楽しそうな点にちょっと棘のある声が出る。

「へー、そっか」
「ふふふ、ちょっと気になる彼を取られて悔しいの?」
「ちょ、ちょっと!?」

千鶴に図星を指されて慌てている夏美を小太郎は不思議そうに見ている。

「なんや、よーわからんけど?」
「な、なんでもないから!」
「ふふふ、そうね。小太郎くんにはまだ早いかな」
「ち、ちづ姉!?」
「?……ますますわからんわ」

男女間の機微などまだまだお子様の小太郎には意味不明。
自分だけが千鶴にからかわれて焦る状況に夏美は肩を落としていた。

「そうだ。小太郎くん、今日は夕飯ご馳走するわね」
「ええんか?」

普段は千草が用意して一緒に食べているが、今日は所用で用意できないと言われて久しぶりの外食だった。

「いや、実はネギと一緒に外で久しぶりにメシ食おうと思ってたんや。
 ええっと、超包子やったか? そこのメシが美味いって聞いたし」
「超さんとこはホントに美味しいよ。でも、あそこは週末しか夜間営業してないけど」
「え、マジかいな?」

夏美が超包子の営業時間の説明をすると当てが外れた小太郎ががっかりした顔で聞いている。

「その代わりにお姉さんが腕を振るってあげるわね」

意気消沈している小太郎を慰めるように千鶴が話した。

「ホンマにええんか?」
「その代わりに荷物持ちしてね」
「よっしゃ! 俺の力の見せどころや!」

最終確認する小太郎に食材の荷物持ちを頼む千鶴。
意見がまとまった三人は連れ立って近所のスーパーへと足を運んで行った。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十時間目
By EFF





夕飯の材料の荷物持ちを拝命した小太郎は荷物を持ちながら周囲の変化に気付く。

「……なんや?」

更に少しずつ鼻につく嫌な臭いが出てきた事に小太郎は顔を顰める。

「どうかしたの?」

急に周囲に顔を振る小太郎を夏美は不思議そうに見ている。

「……あら? 人気が急に……?」

気が付くと周囲に人が居なくなった事に千鶴も不思議そうに首を傾げていた。

「……オイ! これは何のつもりや!?」

両手に抱えていた荷物を地面に下ろして、二人を庇うように立った小太郎は叫ぶ。

「え……?」
「……あら?」

小太郎が誰も居ない場所へ叫ぶ行為に夏美も千鶴も訳が分からずに盛んに首を捻っている。
そんな二人を庇うように小太郎がさらに一歩前に出ると、

「え゛……?」
「え、ええっと……?」

前方の景色が陽炎のように揺らいだ後に……滲むように九人の男達が現れた。

「……そういう事かいな」

人払いの結界を構築し、明らかに自分を狙っていると判断した小太郎がふてぶてしい笑みを浮かべて構える。

「千鶴姉ちゃん、夏美姉ちゃんとちょっと下がってんか」

状況が一向に分からずに少し混乱気味の夏美を一瞥して小太郎が頼むと千鶴が夏美の手を取って……少し距離を取る。

「言っとくけど……俺は強いで」

小太郎は不敵に笑って更に一歩前に出た瞬間、

「ひっ!」
「え?」

異形の姿へと変わっていく男達に悲鳴を上げる夏美、そして混乱する夏美とは対照的に冷静に見つめる千鶴。

「……コレモ仕事ダ。悪ク思ウナヨ」

片言の日本語で呟き、悪魔本来の姿に戻った者達がにじり寄る。

「はん、ナメんなや!!」

自身の影を媒介にして狗神を召喚する小太郎。
その目には恐れなど一欠けらもなく、今の自分の力量を試したくて仕方ないという楽しげな表情だった。
この日、那波 千鶴、村上 夏美は自身の常識とは掛け離れた……非日常の世界を垣間見る事になった。




日が翳りだして、どんよりと曇った空から水滴が落ち始める。

「……あら、雨ですか?」

帰宅途中だった雪広 あやかは制服が濡れる事を気にして小走りで急いで寮へ戻る。
幸いにも濡れネズミにはならずに部屋へと戻ったが、

「珍しいですわね、千鶴さんも夏美さんも居ないなんて?」

いつもならこの時間には居るはずの同居人が部屋に帰っていない。
ふと窓の外に目を向けてあやかは、

「もしかして傘を持っていないので……どこかで雨宿りしているのかしら?」

通り雨と判断して、屋根のある場所で止むのを待っているのかと考える。

「遅いようでしたら、傘を持って迎えに行くべきですね」

夏に向かって暑くなるのはまだ先で、今は夜になれば肌寒い時もある。
雨に打たれて風邪を引くのはなんだし、同居人が病で臥せるのも見たくない。
あやかはどちらも携帯電話を持っていた事を鑑みて、遅いようならば連絡を入れて迎えに行こうと決めた。





ソーマ・赤は、この現状にどう動くべきか悩んでいた。
先ほどから風に乗って、きな臭い嫌な空気が流れてきた。

「ちっ……一番近場から片付けるか?」

巧妙に気配を隠して行動する侵入者が複数居るのは分かっているが、物 の見事に分散している。
一番派手に見せているのは間違いなく陽 動だと思うが……、

「よりにもよって坊主のところに行くかよ」

一番数が多そうな集団が犬上 小太郎の元に向かっているのが判る。

「……今の坊主にはちと荷が重いな」

今の小太郎の実力を考えると勝てない事もないが……如何せん数が多い。
そして、小太郎の側に小さい気配が複数あり、一般人がいる可能性も見えてきた。

「やばいと思ったら退くだけの判断の出来る坊主のはずだが……足手まといが居れば不味いぜ」

気配が突然消失した事を感じたソーマ・赤は即座に行動を開始する。
結界内に閉じ込められた以上、小太郎が単独で逃げる事は難しく、しかも人質を取られる状況になればどうにもならない。

「……ったく、平和ボケした耄碌ジジイが!!」

この状況を生み出した一人の考えの足りなさに反吐が出る思いを吐露して駆け出す。
自身の主みたいなリィンフォースの進言の意味を分かっているくせに……周囲の心情を慮って何も手を打たない。
そして、その結果がこの有様だ。
この分だと平和ボケした連中はまだ気付いていない可能性が高く、援護を求めてもすぐには動けないだろうし……此処まで深く侵入した実力者を相手に勝てると は思えない。

「俺が行くまで無茶すんじゃねえぞ、坊主!」

そう簡単に死ぬようなタマではないと分かっているが、まだまだ未熟で無鉄砲な部分を持つ子供でもある。
ソーマ・赤は、また面倒な厄介事が起きたもんだと痛感していた。




小雨が降り続ける中、あやかは自分の分の傘ともう一本傘を手にして寮の玄関より出て行く。

「……大丈夫だと思いますが、"STARBOOKS COFFEE"まで足を運んでもう一度連絡しましょう」

メールを二人の携帯に送ったが……返事が一向に返って来ない。
どちらかだけでも返事が返っていれば、こんなにも不安にならないし……二人とも返事を返さないような不義理な事はしないだけにどうしようもなく不安が募 る。

「まさかとは思いますが……」

言葉を濁して、誤魔化しているがあやかは二人が何か事故か……事件に巻き込まれたのではないかと感じていた。
外を見れば、分厚い雲が学園都市の上にあり、星や月明かりを奪って……暗い夜へと変わりつつある。
そんな景色を見てあやかは友人の身に何かあったではないかと心配する。

「千鶴さんと一緒なら大丈夫だと思うのですが……」

要領良い那波 千鶴だけなら……少々遅くなっても不安ではない。
問題はちょっとドジっぽいというか、少し要領が良くない村上 夏美がまだ帰宅していない点だった。
玄関前でもう一度携帯の画面を見ても……返事はない。
メインストリートにある店で雨宿りして、おしゃべりに夢中なっているんだと思い込みながらあやかは少し早足で歩く。

「……あれは…ネギ先生?」

駆け足でこちらに向かってくるネギの姿を見つけて、あやかは手元にある傘を貸して一旦戻るべきかと逡巡する。
よく見るとネギだけではなく、他のクラスの友人達も走っている。

「……仕方ありませんね。とりあえず傘をお貸しして……その後で行きましょう」

まだ事件が起きたと決まった訳でないし、目の前のクラスメイトが身体を冷やして風邪を引くのを見るのも嫌だ。
幸いにも寮とは目と鼻の先の距離で時間のロスもそんなに出ない。
あやかは慌てずに行動するべきかと考え直してネギ達の元に足を運ぼうとしたが、

「……え?」

突然に視界に入り込んできた黒い服を着た人物に足を止めざるを得なかった。


……あやかはこの夜、日常と非日常の境を越える事態に直面した。




「ひゃ〜〜まいったわね」
「急に降ってきたえ〜」
「全くです。そろそろ梅雨入りなんでしょうか?」

エヴァンジェリンのログハウスからの帰り道で急に雨が降ってきてネギ達は慌てて寮へと帰ろうとした。
土砂降りの雨という感じではないが、それでも夜になるとまだ肌寒さが残る季節の雨には嫌な気持ちが先行する。

「さっさと部屋に戻って……お風呂に入りたいわね」
「そやな〜。風邪は引きとうないえ」
「もうすぐ寮が見えてきますから」

アスナ、木乃香がこの後の行動を提示し、刹那の目に寮が入ってきて話す。

「……兄貴、なんか変じゃねえか?」

先頭を走っていたネギの肩に乗っていたカモが周囲を見渡して警戒を促す。

「あれ? 灯りが?」

カモが言うように街灯の灯りがいつもより暗く感じられてネギが立ち止まって……周囲を見渡す。

「ネ、ネギ先生! これは結界!?」
「や、やっぱりそうなんですか?」

刹那が慌てて竹刀袋から夕凪を取り出して警戒するとアスナもハマノツルギを出す。
二人が前に出て周囲に目を向けて警戒している時、

「やあ……こうして会うのは六年ぶりだったかな、少年」

暗がりの中から壮年の紳士みたいな人物が一行に楽しげに声を掛ける。

「だ、誰ですか、あなたは?」

初めて顔を合わしたはずの人物を警戒しながらネギが尋ねるが、

「ふふふ、あれから六年……少しは強くなったかね?」

その人物――ヘルマン――は口元に笑みを浮かべて楽しそうに見つめるばかりだった。

「オジサン、誰よ?」

二人とも顔見知りではなく初対面らしい様子にアスナが警戒感を顕にしている。
隣の刹那も木乃香をその背中に庇うようにして目を離さずに睨んでいる。

挿絵「ハッハッハッ♪ やれやれ、やはりこの顔では気づいてもらえないかな」

楽しげに笑いながらヘルマンは被っていた帽子を顔の前に持っていく。
帽子に隠された顔が再びネギ達の前に現れた瞬間、そこにあったのはのっぺりとした顔と捻れた一対の角の悪魔だった。

「――ッ!!」

その顔を見たネギは息を呑み……呼吸さえも忘れたかのようにじっと見つめている。

「おや、随分とビックリした顔だね。
 まあ今時、悪魔だと言ってもなかなか信じてもらえない現実なんだが……この顔を見てくれると信じてくれるものだ」

楽しげな声で告げて再び人間の顔に戻るヘルマンにネギ達は動きを止めたかのように見えたが、

「ちょっ? ネギ!?」
「ネ、ネギ先生!?」
「ネギ君!?」

アスナ、刹那、木乃香の慌てる声をバックにネギが魔力を暴走させてヘルマンに突進していく。
ネギの背に声を掛けても返事は返らず……何が起きたのか瞬時には分からなかったが、

「……六年前って…………もしかして!?」
「あ! ウェールズの村を襲った悪魔や!」

アスナが六年ぶりという単語に反応し、木乃香が直感から解答を得る。
三人とも、何処かで見たような気がしていたが……まさかという感情がありありと顔に出ていた。

「いけません!! ネギ先生!!」

二人が答えを導き出した時、既に事態は悪い方向へと進んでいた。
刹那の声にアスナと木乃香が慌ててネギの方に顔を向けた時、

「ネ、ネギ!?」
「ネギ君!?」

ヘルマンの打ち下ろす様な一撃を貰って……地面に叩き付けられるネギの姿があった。

「……少しは強くなったみたいだが、我を忘れるようでは私には勝てない」
「ぐ、ぐぅ……」

賢しげにまるで戦い方を教えるような声でネギを見下すヘルマンが居た。

「ネギ先生!――「動くな小娘」っ!?」

ネギのフォローに回ろうとした刹那の後ろから制止を促す声が聞こえた。
刹那が慌てて振り向くと……、

「せ、せっちゃん……」
「お嬢様!?」
「ちょ、ちょっと!? これって、なによ!?」

木乃香の背後から喉元に鋭い爪を突きつける男とアスナの足元の水溜りから盛り上がり、足に絡み……更に腕に伸ばして拘束する影の触手に刹那は自分達が相手 が事前に用意した罠に入り込んだ事を気付かされてしまった。

「ア、アスナさん、このかさん!?」
「ハッハッハッ、自分を見失って仲間を窮地に追いやるとは……まだまだ甘いな」
「くっ!」

ネギはヘルマンの発言に悔しげに睨み返す事で抵抗する。

「さて、こちらとしても準備が必要なのでお暇しよう」
「ア、アスナさん!?」
「――ごふっ! ネ、ネギ……」

ヘルマンはアスナに近付き、当身を入れて強引に意識を奪う。
刹那はすぐにでも動きたかったが、二人を人質に取られている為に……動けない。

「せ、せっちゃん……」
「こ、このちゃん! か、必ず助けるから!!」
「うん、うちは大丈夫や……せっちゃんを信じてるえ」

影に飲み込まれて消えていく木乃香と影に包み込まれていくアスナを二人は臍を噛みながら見つめるしかない。

「二人を助けたかったら、二時間後に学園中央の……世界樹だったかな。
 そこにあるステージで待っている」

一撃を貰ったダメージでフラついているネギを気遣うような声で掛けるヘルマン。
しかし、ネギにはヘルマンの気遣う声が自身の未熟さを否応なく知らされている状態で……悔しさ、情けなさ、自身のネガティブな感情を誘発しているようなも のだった。

「ああ、助けを請うのは止めたほうがいい……この二人の身を案じるならばね」

アスナ、木乃香を人質にしている事をはっきりと言葉にしてネギ達を孤立させようとするヘルマン。

「もっともあそこの寮に居る人物以外は助けたくとも……助けられない状況だろうがね」

寮に目を向けてやや不本意な感情を漏らすヘルマン。
言葉通り、現在麻帆良学園都市には破壊工作を得意とする知り合いが忍び込み……行動中だった。

「配下の者を侵入させようとして……危うく大火傷をしてしまうところだったよ。
 まさか、あれだけの力を持つ魔法使いが居るとは……」
「バ、バカな!?」

ヘルマンの言葉に刹那が吃驚した顔で驚きを隠せずにいた。
裏の事情を知ってる刹那には女子寮の入居者に単独で悪魔に対抗できるほどの魔法使いが居るとは……聞いてないし、確認してない。

(わ、私の知らない魔法使いなどいるはずが……?
 い、いや、学園長なら……ドッキリとかで内緒にしているとか?)

刹那が、学園長の愉快な行動かと考えた瞬間、ヘルマンが後方に飛び去る。

―――ギィィィン!!

そしてヘルマンが立っていた場所に魔力で作られた光の槍のようなものが突き刺さっていた。

「ハッハッハッ♪ 危ない、危ない。少し油断していたかな?」

次の攻撃を警戒しながらヘルマンは、寮の方へと視線を向けて魔法による攻撃をしている者は誰かと想像し……出来る事なら戦ってみたいものだと思っていた。

「では、ネギ・スプリングフィールド君……二時間後に再び会おうじゃないか」

楽しみにしているという言葉を残してヘルマンは二人の前から去って行く。

「ま、待てっ!!」

離れていくヘルマンに必死で手を伸ばすネギだが……、

「ネ、ネギ先生!?」

ヘルマンが与えたダメージによって、視界が霞み……倒れこんでしまった。
慌てて刹那が倒れたネギを抱き起こした時、

「大丈夫ですか?」

空から絵本で描かれている魔法使いが身に着けるとんがり帽子を被り、麻帆良学園の制服の上着の裾がコートのように伸びて、手には夜会で貴婦人が着ける手袋 に、金属製の槍みたいな杖を手にして、ミニスカートがロングスカートに変わり、編み上げのブーツ姿になった綾瀬 夕映が現れた。

「あ、綾瀬さん!?」

まさか、ヘルマンに攻撃したのが夕映とは思っていなかった刹那の表情は驚きに満ちていた。
夕映はリィンフォースから魔法を習い始めて僅かな期間のはずなのに……悪魔を退けるだけの攻撃力を有しているとは想像できなかった。
事此処に至って刹那は魔導師と いうものが自分が知る魔法使いとは完全に違うものだとようやく理解し た。

「「ネギ先生!?」」

背後から聞こえる二つの声に刹那は振り返って複雑な顔に変化する。

「のどかさんに……雪広さん?」

一人はネギの従者である宮崎 のどかだが、もう一人は魔法とは無縁の雪広 あやか。

「ネ、ネギせんせー、大丈夫ですか?」
「桜咲さん! あ、あれは一体何なのですか!?」

二人ともネギを心配してみているが、事情を知っているのどかと知らないあやかでは混乱の度合いも違う。

「……偶然にも結界の中に入り込んでいたようです」

苦々しく事情を説明した夕映に刹那もこの後の説明をしなければならない事を感じて……どうしたものかと苦悩していた。

「…………そろそろ…俺っちにも愛の手を…」

吶喊したネギに振り落とされてダメージがあったカモの切実なる救いの声は……物の見事にスルーされていた。




夕映と刹那は状況を考えて、寮へと戻るのを止めて……全員でエヴァンジェリンの家へと移動する。

「……魔法使いですか?」
「おうよ。兄貴は此処で一人前の魔法使いになる為の修行中なのさ」

今更誤魔化しは無理だろうと判断したカモはあやかの肩に乗って事情を説明している。
不運というか、此処にいた面子は記憶操作の魔法が使えないのも事実だったが。

「では、ネギ先生のお父様も?」
「まあな。兄貴の親父さんは魔法使いの中では伝説的な人物さ」

立派な魔法使いではあるが、色々と複雑な事情があるとカモが告げると、

「…………そういう事だったんですか」

あやかはリィンフォースが何故、迂闊な事をするなと警告したのかを理解した。

「英雄であるが故に……敵も多いという事ですね?」
「そういうこった。さっきの悪魔のその一つさ」

カモが気を失って刹那の背負われているネギの方に目を向けてため息を漏らす。

「俺っちとしては、もう少しゆっくりと時間を掛けて強くなって欲しいんだが……そうも言ってらんないのさ」

焦って強くなる事が良い事だとはカモは思っていない。

「兄貴は確かに強くなっているけどな……心をどっかに置き去りにしねえかと心配なんだよ」
「……そうですわね」

目標があって、それに邁進するのが悪いとは思わないが、大切なものを見失う可能性だってある。

「リィンの姐さんが心配してたんだよ。
 過剰な期待を押し付けて、兄貴の心が壊されるんじゃねえかってな」

才能溢れるネギだが、現実にはまだ十歳の少年なのだ。
世界が善意で成り立つような甘い世界ではないと知るリィンフォースの注意を促す声が痛いほどあやかには理解できた。

「そういう事でしたか(随分と不器用な優しさなのですね)」
「大人は兄貴を危険な戦場に送り出したいみたいなんだよな……」
「……何故、そのような事を?」
「過剰な期待ってやつだよ。"英雄の子"は英雄であらねばらならないってこった」
「……期待を一身に押し付けられたわけですか?」

あやかにも雪広コンツェルンの後継候補の肩書きがあるが、まだ上に家族がいるおかげで過剰に期待されてはいない。
それでも雪広家の一人として期待に応える義務はあると思っているし、期待に応えたいという気持ちがある。

「何と言うか……大変以上ですわね」
「まあな」

カモは、ネギが父親の後を必死に追っている事は側で見て知っている。
子が父親の跡を継ぎたいという気持ちも理解できなくないが……、

(兄貴の場合、一歩間違えば死ぬかもしれねえんだよな)

十歳の見習い魔法使いには荷が重過ぎる世界なのだ。

(俺っちとしては、本っっ当に適度に小遣い稼ぎが出来るとイイんだけどな)

自身の都合と合わせて美味しいところだけを選り取り見取りしたいカモのため息を吐く姿を見て、

「……苦労しておられるのですね」
「まあな」

ネギの身を心底案じていると勘違いしたあやかが労うような声を掛けていた。

「刹那の姐さん、真祖の姐さんの家に着いたら別荘に入ってくれ。
 あそこで一時間……丸一日使って兄貴を回復させて態勢を整えようぜ」
「……そうですね」

カモの意図に気付いた刹那が賛同して頷く。
エヴァンジェリンの別荘を使えば、十分に休息を取って木乃香を助けに行けると判断していた。

「……綾瀬さん」
「何です?」
「……力を貸していただけませんか?」

刹那が複雑な気持ちで夕映の助力を要請する。
はっきり言って、刹那は夕映が魔導師としてリィンフォースの下で修行を始めていた事は知っていたが……あくまでまだ見習いで実戦には参加出来るほどの力を 有していないと思っていた。
しかし、現実には……刹那の想像をあっさりと吹き飛ばすような事態になっていた。

「ゆ、ゆえ〜」

なかなか返事をしない夕映を不安そうな顔で見つめるのどかに、夕映はため息を一つ吐いてから返事をした。

「……構いません。リィンさんから特に指示も出ていないので、出るまでは協力するです。
 ただし、のどかといいんちょさんはお留守番が条件です」
「「え?」」

夕映の出した条件にのどかとあやかが困惑する。
二人ともネギに協力しようと考えていただけに……不満そうだった。

「ゆ、ゆえ〜〜?」
「あ、綾瀬さん!?」

二人が慌てて抗議しようとするも、

「正直なところ、二人のフォローが出来るほど私は強くないですし、刹那さんもフォローできる状況ではありませんです。
 自分の身は自分で守る事が出来ない以上は……非常に嫌な言い方をしますが、足手まといです」
「「うっ!!」」

まだ魔法が使えないのどかと、一般人のレベルでの強さでしかないあやかをどんな罠があるかもしれない場所へと連れて行けないと夕映は判断している。

「……そうだよな。悪いけど、二人は待っててくれねえか。
 ホント、手を貸してくれる気持ちは嬉しいけどよ……何が起きるかわからねえ状況だからな」
「申し訳ありません。綾瀬さんの言うように、私もお二人のフォローが出来るとは限りません」

カモと刹那も夕映の出した条件を認めて二人に頭を下げて、我慢して欲しいと告げる。

「ごめんなさいです、のどか。
 もし、以前聞かされたリィンさんの予想が当たっていた場合……この戦いは最悪なものに変わるです」
「綾瀬さん、それはどういう意味ですか?」

刹那がリィンフォースの予想という言葉に反応して問う。

「……アスナさんの持つスキルを利用する人物が関与している可能性があるです」

夕映はリィンフォースとエヴァンジェリンからアスナの抱えている事情を教えてもらっていた。
まだ推測の域ではあると言っていたが、聞く限り間違いないだろうとも思っていた。

「そ、それはもしかして……」
「はい、魔法使いであるネギ先生には……荷が重いかもしれませんです」

呻くように声を出して刹那が状況が最悪な方向に向かっている事に気付いた。

(麻帆良学園都市で活動している魔法使いでは……勝てないかもしれないとは)

"魔法無効化能力"を利用して麻帆良学園都市に悪意を齎される可能性。
刹那は背筋が粟立ち……冷えた身体が更に冷たくなっていく感覚に襲われていた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

アスナとネギを会わせる意味ってなんでしょうね。
親戚だから? それとも"あの懐かしき日々よ、再び"なのでしょうか?
本来の戸籍を抹消して、過去を全て断ち切る気なら会わせるべきではないと思います。
せっかく隠して、平穏で幸せな日常を与えたのに自分達の都合で壊すのは責任ある大人のするべき事なんでしょうか?
一番非情な手段を選択しなかったのは良いと思いますが、魔法から遠ざけた以上は徹底しないと。
この辺りが魔法使い達の甘さなんでしょうね。

それでは次回でお会いしましょう。




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