真暗な空間で幼い銀髪の少女は呟く。

「……未熟者が」

その視線の先には同じ顔をした少女が四肢を丸めて胎児のように眠っている。
そして、その身体を覆うように淡く光る繭が少女の肉体を襲おうとする黒い茨の棘から守っている。
よく見ると周囲の空間の暗さは黒い茨によって光が遮られていると分かり、今この瞬間さえも光の繭を破って少女を喰らい尽くそうと蠢いていた。

「一概にそうとは言えないでしょう」

少女の対面にいる同じ輝き持つ髪の女性が苦笑しながら宥める。
日常会話の中に紛れた呪いの言葉による小細工みたいな攻撃はそうそう体験していないだけに油断と言えるのか判断し難い。
正直なところ、騎士甲冑の防御を抜くだけの威力があった事自体が意外だった。

「……良いのか?」

女性に向かって少女は最後通告のように尋ねていく。
実際に二人ともギリギリのところで現状を維持していた。
次に表に出る時が、どちらにとっても……消滅を意味する事だと理解していた。

「これが最後になるぞ……まあ、保険として一人の愚か者の元にバックアップがあるが、アレは十分程度で終わりだ」

心底嫌そうな顔で"保険"の事を告げる少女。

「今頃、さぞ困っているだろうな」
「でしょうね。おそらく……友人が残した"伝言"も含む機能全てが使えませんから」
「フン、覗き見したヤツが悪いのさ。
 たかが仮契約程度で出来るアーティファクトで、我々をコピーしようとする方が愚かだ。
 非常に不本意だが、この身は複数ある次元世界の英知が結集した存在だぞ。
 たかが一つの世界の玩具みたいな便利な道具に使いこなせると思うほうが心外だ」

好奇心からか、おそらく学園長辺りからの依頼で自分達の娘とも言える存在を裏から黙って覗き見しようとした。
その際にクラッキングという形でアーティファクト イノチノシヘンの制御を奪った。
クククと少女が哂い、今もどうしたものかと困っているはずの愚か者を嘲笑する。

「それもそうだな。私の愛しい娘を覗き見しようとした罰だ」

精々困れと言うように女性も楽しげに笑っている。
今頃は友人の頼みを叶えられないかもしれないと思って焦っているかもしれない。

「む……エヴァンジェリンが来たぞ?」

暗い世界に突然明るいスクリーンが浮かび上がる。
そこに浮かぶ映像は茶々丸を連れたエヴァンジェリンがシュツルムベルンを拾おうとする瞬間だった。

「では……先に逝きます。
 トリニティーの 封印解除は貴女に一任します……ヤミ」
「ああ、先に逝け……私もそのうち追い着く、夜天」

何も遺せずに消滅するはずだったが……たった一つ託せる娘がいる。
どちらの顔にも不安もなければ、後悔もなかった。

かつて夜天の書と呼ばれた存在とその防衛プログラムの残滓の最初で最後の会話だった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十二時間目
By EFF




エヴァンジェリンは雨の中、傘を差さずにシュツルムベルンの元に走ってきた。

「何があった?」

シュツルムベルンを手に取って問う。

『……悪魔の襲撃を受けました。
 悪魔自体の力はそれほど強力ではありませんでしたが……呪言という呪いをマスターの身体に刻まれました。
 正直、この手の攻撃は初めてでしたので……油断しました』
「騎士甲冑の守りを抜いたのか?」
『……おそらくは音声故に入り込んだ可能性があります。
 音声に変調を掛けるなり……していれば大丈夫だったのですが』
「……そういう事か」

エヴァンジェリンは大体の事情を察して苦々しい顔になる。
リィンフォースが使う魔法体系には呪い関係の資料は少なく、対応方法が限られていたのだと判断した。

「リィンは呪いに関しては研究中だったな……」
『……はい』

油断した訳ではないだろうが、不得手の分野での攻撃にやられたんだとエヴァンジェリンは理解した。

『抵抗なされたのも確かで……無差別攻撃の命令には背いています。
 状況から考えて、かつての蒐集に合わせて、防衛行動に似たものへと変質しています』
「…………そうか」

本当に最悪の事態だけは回避したのだとエヴァンジェリンは思う。
もし無差別攻撃を実行していたならば、麻帆良学園都市の崩壊は決定したも同然だった。
エヴァンジェリンの想像では、まず最優先で狙うのは魔力を持つ者……それもより大きな魔力のはずだ。
無差別に蒐集するのではなく、魔法使いに狙いをつけたのだろうと考えていた。

「タカミチやジジイだけでは生き残るのがやっとだからな」

一般人を見捨てて逃げる選択肢を選んだならば……生き残れるが、生憎とそんな考えを考慮しない自殺志願者が多い。
リィンフォースが本気で暴れるという事は昔の自分以上の破壊と殺戮を引き起こすとエヴァンジェリンは感じていた。

『……エヴァンジェリン』
「ん?」

シュツルムベルンからの声のパターンがどこか聞き慣れたものに変化する。

「……夜天さん」

茶々丸が心配そうな顔に変わって声を掛ける。
娘を救う為に無理をしているのではないかと心配する響きが声に混じっていた。

『娘が狂乱のような呪いを掛けられてしまった……助けたいから手を貸して欲しい』
「……良いだろう。リィンを私のような憎まれるような存在にはしたくはないからな」

エヴァンジェリンが深刻そうに自嘲する声で告げる。

『……すまない』
「フン、あれは私のものでもある。誰かに壊されるのは業腹だからな」
「マスター」

エヴァンジェリンの不器用な言い方に茶々丸が顔を顰めて注意する。

『若いな。悪ぶっても私には意味がないぞ』
「き、貴様! 私を若造呼ばわりするのか!」
『当たり前だ。たかが六百年程度では足りんよ。
 せめてその倍は生きてから悪ぶるんだな』
「ぐっ!」

生きた時間の違いをはっきりと口にして夜天がエヴァンジェリンにぐうの音も出ないように黙らせる。
実際に夜天の書――闇の書として生きてきた時間はエヴァンジェリンが生きてきた時間を遥かに上回っているのも事実だ。

「それでリィンさんの今の状況は?」

リィンフォースが心配で切羽詰った様子で茶々丸が夜天に尋ねる。

『……現状は悪い方向に進んでいるが、まだ大丈夫だ』
「そ、そうですか」
『だが、娘の、あの子の意識を取り戻せなければ……最悪の事態に進む』
「ちっ!」

夜天の放った言葉の意味を知ってエヴァンジェリンが舌打ちし、茶々丸が悲壮な顔で声を失う。

挿絵「た、助ける方法は!?」
『まずあの子を気絶させるか、大きなダメージを与えてから……私が接触するしかない。
 私とあの子の内にいるヤミで呪いを除去できれば……元に戻せる』
「なるほどな……私以外ではどうにもならんという事か?」

リィンフォースとまともに戦って勝てる可能性のある相手などそうそう居ない事をエヴァンジェリンは誰よりも理解している。

『そうだ……エヴァンジェリン、貴女しか現状で勝てる可能性のある人物は居ないのだ』
「……仕方ない一苦労してやる」

エヴァンジェリンが今の状況が非常に厳しいものだと理解して顔を顰めながら返事をする。
無論、戦うからには負けたりする気はないが……魔導師と魔法使いではどちらに転ぶかは分からない。
確かに魔導師としての訓練を怠ってはいないが、いざ戦うとなった時……どうしても魔法使いとして生きていた時間の感覚で反応しかねない自分がいるのも確か なのだ。
反射的に威力の低い魔法使いの呪文で対応すれば、非常に危険な状況に追い込まれかねない事をエヴァンジェリンは予感していたのだ。

『安心しろ。私がシュツルムベルン経由で擬似的なユニゾンでバックアップする』
「……出来るのか?」
『してみせる……私は母親として、あの子を救わねばならない』

出来る、出来ないではなく……やってのけると夜天が宣言する。

「……良いだろう。この身体を貸してやるから……お前の手で助けてやれ」
『……感謝する。ついでに私の戦い方を間近で見て感じて……糧にしろ』
「なるほどな。フン、面白い……たっぷりと見せてもらうぞ」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべてエヴァンジェリンが夜天の物言いを受け入れる。
どちらもリィンフォースを救うという点は変わらない存在の共闘体制がここに築かれた。





「「「はぁ〜〜〜」」」

村上 夏美、那波 千鶴、雪広 あやかは目の前の光景に唖然としている。
薄暗い地下室の中心で輝くミニチュアの模型……通称EVANGELINE'S RESORT
精巧なミニチュアだと感心してみていたが、実は中に入る事が出来る魔法によって作られた別荘とは思わなかった。

「なんて言うか……便利よね〜」

驚きで若干間延びした声で夏美はその一言を告げるだけで精一杯だった。
細い塔から大きな塔への移動には少し腰が引けていたが、快適な南国リゾートみたいな場所には感心するしかなかった。

「でも、女性が此処に入るのは色々問題があるかしら?」
「……そうかもしれませんわね」

千鶴が聞いた説明から一長一短が確実にあると分かって表情こそ変わっていないが使いたくないような気持ちを滲ませ、あやかも千鶴の言いたい事を理解して複 雑な気持ちを隠さずに話している。

……二人とも、ただでさえ年齢以上に大人っぽい身体特徴故に更に歳以上の見かけになるのはどうかと思っている様子だった。

二時間後という時間的猶予が与えられたネギ達はカモの勧めで別荘で休息を取る事にした。
当初、カモの意見に対してネギは因縁の相手だけに直ぐにでも行きたいような素振りを見せていたが、「まあ、万全の状態で勝たなあかんし」と千草もその意見 には否定せずに従った事で焦っていたネギも若干の落ち着きを取り戻して、休息を取っていた。

「そうするとエヴァンジェリンさんは……真祖と言われる吸血鬼なのですか?」
「おうともさ! 見かけこそアレだがな」
「とてもお強そうには見えませんけど?」
「いや、いや、見た目はそうかもしれねえが兄貴よりも強いんだぜ」

カモの説明にあやかは近寄りがたいクラスメイトとして認識中のエヴァンジェリンの正体を信じられない様子で聞いていた。

「まあ、リィンフォースさんが魔法使いというのは……なんとか理解できますが」
「それも違うんだよ。リィンの姐さんは、魔法使いじゃなくて魔導師なんだよな、これが」
「へ? 一緒じゃないの?」

聞き役に徹していた夏美が不思議そうに魔法使いと魔導師の違いと聞いてくる。

「夏美ちゃん、それってゲームの中にあるクラスの違いじゃないかしら」

保育園で小さな子供達を相手にしていた千鶴が、子供達から聞いていたゲームソフトの内容から想像して意見する。

「確か……白魔導師とか、黒魔導師とか?」
「なるほど……ネギ先生が見習い魔法使いで、リィンフォースさんが上級クラスの魔法使いなんだ」
「よく仰る意味が分かりませんが……所謂徒弟制度の延長ですか?」

生粋のお嬢様育ち故にゲームに関しての知識が薄いあやかが自分なりの知識内で当て嵌めようとしていた。

「いや、そうじゃねんだが……ま、そう思ってくれてもいいか」

魔導師という存在を詳しく知らないカモも更に突っ込まれ聞かれると困るので妥協したみたいだった。

「ソーマさん! 僕に稽古をつけてもらえませんか?」

カモの説明を受けている三人の近くではネギがソーマ・赤に真剣な表情で頼み込んでいる。
一日足らずでは一気に強くなれるわけではないが、責任感があるおかげで居ても立っても居られない様子みたいだ。

「そりゃ構わねえが、怪我した時……回復できる手段はあるか?」
「え、ええっと……簡単な回復呪文なら使えますよ」

ソーマ・赤の指摘にネギが途惑った様子で答える。

「そりゃダメだろ……回復ならんし」

確かにネギの怪我は治るかもしれないが、ネギの魔力を使用する以上は回復したとは言えない。
無論まる一日に特訓に当てがう気はソーマ・赤にはないが、いざ出陣の段階でネギが疲れていては……本末転倒なのだ。

「あ、それでしたら……これを使うです」

二人の話を聞いていた夕映が騎士甲冑を解除して懐から液体の入った小さい瓶を何本か取り出す。

「この緑のヤツが回復薬です……魔力の回復は出来ませんが、簡単な怪我を治す事は出来るです。
 こちらの黄色い瓶は……秘薬と言いまして、これも魔力の回復は無理ですが体力の完全回復する事は出来るです」

ネギは夕映から手渡された三本の緑の瓶と一本の黄色い瓶をじっと見つめる。

「夕映さん……僕、こんな薬を見るのは初めてです?」
「……そうでしょうね。私もリィンさんに貰った物ですから」

まさか異世界の薬と言うわけにも行かず、リィンフォースの知識で作られた物とネギに夕映は告げる。

「そ、そうですか」

リィンフォースが製作した薬と夕映から聞かされてネギは大丈夫だろうと判断してソーマ・赤に顔を向けて言う。

「回復手段が見つかったのでよろしくお願いします」
「ま、それなら良いか。
 ただし、休息を取るって決めた以上は出る八時間前くらいには終わらせるぞ」
「あ、は、はい!」

休息を取らずに戦闘する事は避けるとソーマ・赤は告げ、ネギもその意見には逆らう事なく頷く。
二人は連れ立って屋上の広場に向かって行った。



一方、桜咲 刹那は自身の予想を上回る速度で成長している魔導師 綾瀬 夕映を見ていた。
屋上の広場に隣接している円形の休憩所みたいな場所で夕映は宮崎 のどかの魔法の練習に付き合っていた。

「のどか……あまり無理はせずに練習した方が良いです」

何度も初心者用の魔法の杖を片手に呪文を唱えながら振り続けるのどかに夕映は少し休憩を挟むように勧める。

「う、うぅ…………」
「私も最初はそうだったです」

上手く魔法が発動しないのどかは涙目で杖の先を見つめている。
そんなのどかに夕映はため息を吐きながらフォローの声を掛けていた。

(まあ、私の場合はデバイスを渡されて、いきなり使えましたが)

"はい、コレ"と簡単にストレージデバイスをリィンフォースから受け取って、夕映は自身のリンカーコアから魔力の出し方を初日に覚えさせられた。

(思えば、あれが苦難の日々の始まりでした……)

振り返れば……シャレにならない訓練の日々の始まり。

「ゆ、ゆえ〜〜!?」
「はっ! す、すみません、のどか」

遠い目をしていきなり黄昏る夕映にのどかが思いっきり慌てだしていた。
夕映は慌てて話題を変えるように刹那に声を掛けて誤魔化していた。

「そう言えば、刹那さん。このかは陰陽術は使えるようになりましたか?」

少し?……かなり重くなった空気を入れ替えるように夕映は刹那に友人の近衛 木乃香の上達具合を尋ねる。

「いえ、お嬢様も宮崎さんのように苦戦しておられます」
「そ、そうなんですか?」

のどかが刹那の話に耳を傾ける。

「ええ、私としては綾瀬さんの進歩の方が異常にも見えます」

刹那ははっきりと夕映の魔導師の上達具合が異常ではないかと口にする。
実際に夕映はのどかが行っている簡単な魔法をあっさりと目の前でやってのけた。
それは即ち……魔力の放出をきちんと出来る所を既にマスターしている事に他ならないのだ。

「……ま、まあ否定はしませんです。
 私の場合、魔導師のやり方で一気に上達する方法を選びましたから」

あっさりと夕映は刹那の疑問を肯定している。
まずリィンフォースが夕映に行った事はリンカーコアの起動からだった。
魔法使いはこのリンカーコアの存在を自覚せずに魔力を使っていた。
その影響で集束率というか、リィンフォースから見れば、魔法使いは魔力をただ垂れ流しているように見えていた。
事実、魔法使いの魔力を出す為の学習方法は呪文を繰り返し唱えて……魔力の流れを感覚的に掴む事から始まる。
デバイスを使用して、リンカーコアをきちんと起動させる事を覚えさせて、魔力を運用させる点は同じではあるが、最大の違いは魔力タンクから適当に蛇口を 捻って魔力を出すか、適量を正確に引き出し……時に限界まで引き出すように訓練し、運用できるかという事が出来るかどうかだった。

「何故そのような選択をしたんですか?」

魔法使いのやり方ではなく、魔導師のやり方を学ぶのは周囲に敵を生み出しかねない可能性が高いので刹那は心配する。
最悪、異端扱いで迫害というか……問題が起きた時、夕映の身に危険が及ぶ可能性だってゼロではない。

「簡単です。今回の事件が発生する事をリィンさんが予想し、のどかが巻き込まれる可能性があると私が判断したです」
「ゆ、ゆえ〜〜」
「私はのどかの親友です。
 のどかに何かあった時、力になりたいと思ったから少々危険な方法でもありだと判断して選択したです」
「ゆ、ゆえ……あ、ありがと〜」
「あ、綾瀬さん」

夕映の言葉にのどかは感極まった顔で見つめ、刹那も感動したと言わんばかりの表情で見つめていた。

「ですが……こんなに早く事件が起きるとは思ってなかったです」

そんな二人の視線を照れながら夕映は想定外の事態に少しがっかりしたような雰囲気になっていた。

「正直、麻帆良学園都市の魔法使いの危機感のなさには呆れたです。
 やはりリィンさんの言うように本当の実戦を経験していない……防衛戦のみの魔法使いではダメという事です。
 まあ私も経験という観点から見るとまだまだですが」
「…………」

非常に耳が痛い意見だと刹那は感じていた。
本当は反論したいところだが、既に悪魔に侵入されて……よりにもよって大切な木乃香が誘拐されている。

「リィンさんが防衛の強化を要請したそうですが、一蹴して……この体たらくですか。
 修学旅行の一件といい……ネギ先生を壊すつもりなんでしょうか?」
「ゆ、ゆえ〜壊すって?」

夕映がため息を一緒に漏らした言葉にのどかが慌てている。

「ネギ先生は善良で責任感が過剰にある人です。
 今回の一件で誰か一人でも欠けるような事になったら……自己嫌悪で首でも吊るんじゃないですか?」

夕映の一言に刹那とのどかの身体が硬直する。
二人ともまさかという気持ちと……もしかしたらあり得るかもしれないと予感をヒシヒシと感じている。

「全く……十歳の子供先生に何を期待しているです」

リィンフォースから事情を聞いている夕映の顔には大人の魔法先生達のネギに対する過剰な期待感を辟易していた。

「で、ですがネギ先生には才気も十分にあります」
「あるからと言って、十歳の子供に教師という責任ある立場に据えるのはどうかと思うです。
 せめて、フォローする人物をきちんと配置していたならば文句は言いませんです」
「は、はぁ……」

刹那が学園側のフォローをしようとするが夕映があっさりと一蹴する。

「ネギ先生は一見注意深く短慮な行動をしない方に見えますが……意外とうっかりなところが多々あるです」
「そ、そうかな〜〜」
「そ、そうですよ」

夕映の考えにのどか、刹那の二人は首を捻って聞いている。

「事実……魔法使いである事を完全に隠す事が出来ずにトラブルを引き起こしているです。
 ま、まあ3−Aの異常性を鑑みれば、よく頑張っていると思えるですが」

チラリと視線を二人にも分かるように今回の事件に巻き込まれたあやか達三人の方に向ける。
のどか、刹那も夕映の視線を追って、何が言いたいのか分かって沈黙する。

「偶然とは言え、いいんちょさんに知られたのは……痛いです。
 カモさんが調子に乗って彼女をネギ先生の従者にしたら、強力な後ろ盾が出来ると同時に一般の方にバレやすくなるです」
「あ〜〜そうかも〜〜」
「い、嫌な未来予測ですね」

夕映が言葉を濁して説明するが、二人にはその意味が痛いほどに理解出来た。
あやか自身は気を付けるだろうが、もし雪広コンツェルンがバックアップするような事態になれば、当然気付く人も出るだろうと夕映は予想して告げている。
魔法の秘匿という観点からあまり派手に動かれると非常に困るのだが、あやかはネギ先生の事となると暴走しやすい。

「……一応、カモさんに釘刺してくるです」
「あ、私も行くね〜」
「では、私も行きます」

心底嫌そうな表情で歩き出す夕映にのどかも刹那も苦笑しながらついて行く。
この後、夕映がカモにデバイスを突き付けながらの心温まる"お話し"が始まり……カモの魂 の叫びが別荘内に響き渡った。

……とりあえずオコジョ妖精の野望は一時回避された。




千草はエヴァンジェリンの人形に案内された部屋で小太郎の様子を確認して安堵する。

「ま、骨は折れとらんし……ここで横になったら大丈夫やな」
「い、いつつッ! そ、そこは触らんといて!!」

ツンツンと指で小突くように小太郎の身体に触れて、痛みを刺激させる。
小太郎は痛みに身悶えながら自身の迂闊さを猛省中だった。

「ソーマはんに聞いたけど……ちゃぁんと頭使い」
「う、うぅ……言わんといてーな」

拗ねるような口調で小太郎が千草の注意に背を丸めて落ち込んでいる。

「あんぼーやみたいに……うっかりし過ぎやで」
「そ、それ! 言わんといて〜や〜!!」

千草の言いようにドツボに嵌ったのか……小太郎は頭からシーツを被って陰気な空気を漏らしている。
一応プロとして本格的に頑張ろうとした矢先に一般人の二人を巻き込んで裏の世界の事を知られてしまった。

「う、うぅぅぅ……俺は見習いとちゃうんや〜〜」

ダチであるネギよりも一歩先に進んでいると自慢したいのに……同じミスをしてしまった。

「ええか……プロと言うのは同じミスをしない人が一流になれるんや。
 小太郎は確かにミスしたけど、次はせえへんかったらええんや(あんぼーやみたいに繰り返さんかったらええんや)」

千草は一応フォローの言葉を掛けて、崖っぷちに立たされているイメージのする小太郎を救済しようとする。
実際にリィンフォースとエヴァンジェリンから話を聞くかぎり、ネギはその場その場で反省しても……改善出来ているとは言えずに安易に魔法を使っては自分か ら墓穴を掘っているように見えたのだ。

(才能あるらしいんやけど……一般常識とかを先に教えてから送り出さなあかんで)

閉鎖的な魔法学校からいきなり一般人だらけの学園都市に送り込むのはどうかと思う。
しかも此処に行く事が決まってから自分なりに研修場所を調べようとした形跡がないらしいし、周囲の大人達は何も教えていないらしい。

(エヴァはんの事はちょっと調べたら分かるはずなんやけど……これも試練とか言うんか)

この地に自分の父親と因縁のある"闇の福音"と呼ばれる人物がいる事を教えて貰っていない。
随分とまあ……楽観視しているわなと千草は呆れていた。

「…………次は失敗せえへんで」

モソモソと動いて横になる小太郎に千草は安堵しつつ思う。

(……ホンマに次から次へと事件ばかり起こるとこやな)

傍で見ている分には楽しいかもしれないが、当事者になると話が変わってくる。
一般人を囲い込んでいる運営している学園都市である以上は危機管理は過剰なくらいの方が正しいのに……こうも抜かれるとは魔法使い達の不手際に苛立ちより も呆れるしかない。

(でも、誰も責任取らんのやろうな……)

身内を庇いたがる甘ったれた魔法使いが此処には大勢居る。
戦場に出て実戦を経験したわけではないのに強いと勘違いしている"正義の味方病"の阿呆ども。

(一度でもホンマもんの戦争を経験したら……正義を掲げる怖さを知るんやけどな)

正義の名の下に人を殺すという危険性を知らずに正義という免罪符を掲げて……酔い痴れる。
理想と現実の差を知らずに武器を持つのは悲劇へと繋がる事なのに……気付いていない。

……かつて魔法使いと呼ばれる者達がこの世界から排斥された時のように宗教思想という押し付けを、今度は自分達の正義を正当化する事で隠れて行うかもしれ ない可能性を未だに理解していないのかもと千草は感じていた。

(主義、主張、思想による戦争ちゅうのは…………泥沼なんやけどな)

ホンマに理解しとるんやろかと千草はこの学園都市で生活している魔法使い達に聞いてみたかった。

「ま、なんにせよ……小太郎は留守番や。回復出来てたら……参加してもええけどな」
「……クッソー、大人しくケガ治すわ!」

ネギがピンチと聞いた小太郎は手を貸したい気持ちがありありと顔に出て不満だらけだった。
居ても立っても居られないという心境で意地でも付いてくでと叫んでいたが、千草、千鶴の息の合った説得という名の脅しの前には腰が引けていた。

「まあソーマの兄ちゃんがおるし、大丈夫やとは思うんやけど……アイツ、どっか抜けとるし」
「…………否定できひんな」

小太郎の言い分に千草は肩を竦めて納得している。
事情を鑑みるかぎり、相手が相手だけに非常に精神的に不安定な状況に陥る可能性も否定できない。
千草にしてみれば、"英雄の子"に過剰な期待をし過ぎ、更に甘やかしているように見える。
ネギがうっかりなところは叱る大人が居ない事だろうとも思い、魔法使い達の思慮の足りなさに呆れていた。




ゾーンダルクは図書館島の地下四階で読書中だった。
新しい身体の製作が終わるまではやる事がなく、暇をだったので遊び半分に図書館島にやって来た。

「ふむ、なかなかに良い本が揃っているが……このトラップは頂けないな」

本を取り出した瞬間に飛び出してきた矢を掴んで……捨てる。

「本を読ませようとする気があるのか?」

このようなトラップに辟易しながら時間が許すかぎり本を読んでいる中、

《……上が騒がしくなりませんか、主?》

足元から聞こえてきた声に、ゾーンダルクは顔を上げて天井を見つめる。
傍で見ていると、ただ天井に視線を向けただけにしか思えないが、ゾーンダルクの表情は徐々に呆れたものへと変化する。

「この感覚は…………悪魔が来たようだな」
《……やはり無能な連中は反省という言葉を知らないようですね》

辛辣な声を響かせてシェードはゾーンダルクの指示を待つ。
自分達があっさりと正面から侵入したという事実を踏まえても、何ら改善していない現状に無能という感情しか浮かばない。

「……すまないがエヴァンジェリンから事情を聞いてきてくれるか?」
《承知しました》
「私は近くに居る悪魔の方へと足を運ぶとしよう」
《……よろしいので?》

勝手に動くなと釘を刺していた自身の力量も弁えない魔法使いがいた事をシェードは知っている。
ここでゾーンダルクが勝手に動けば、また騒ぐのではないかと思い……その煩さに辟易していた。

「……憶えていないな」
《……主》

嗜めるような響きで自身の主の敵に対する無頓着ぶりを心配するシェード。
確かにあの程度の魔法使いなど相手ではないが、面倒事は避けるべきではないかと判断し……注意する。

《……悪魔相手だと油断なさると危険ですが?》
「大丈夫だ……彼女に一つ予備の身体を貰っている」
《確かにあの身体だと悪魔程度では敵わないでしょうが……後々不便です》
「……いざとなったら野宿だが、偶には風情が在って良いだろう?」
《………………はぁ》

何時もそうだが、結局のところ自分は父親とも言えるゾーンダルクにはどうしても強く出れないと思い、シェードはため息を吐く事で答える事しか出来なかっ た。




近衛 近右衛門は今回の悪魔の集団の侵入に自分達の見通しの甘さに肩を落としている。

「…………困ったのぉ」

幾つかの集団に分かれて行動し、気配を隠蔽して移動していたので……油断した。
通常は昼日中に侵入せずに、夜間に侵入しようとして迎撃するセオリーの裏を掻かれたのは間違いない。
おりしも雨の日を利用した点から、水のゲートを使用して結界を越えてきた可能性が高い。
もし、近右衛門の推測が正しければ、背後に居る人物は間違いなくアーウェルンクスの名を受け継いだ少年。
かつて魔法世界に最大の被害を齎した組織――完全なる世界――の蠢動が現実の物となってきた。

「……ナギよ。わしらの苦労は何じゃったんだろうの?」

戦争終結からマギステル・マギとして戦後処理に奔走していたナギ・スプリングフィールドの苦労が無駄になるかもしれない。
そう思うと近右衛門は自身の無力さを痛感してしまう。

「しかも丁度こちらの守りが薄い時間帯を狙ってきおって……」

魔法先生と呼ばれる者の殆どが教員、または学校関係者である以上は昼間は就労中であり、

「明らかにこちらの警備体制の不備を突いてきたという事じゃな」

定石通りの侵入に慣らされた麻帆良学園都市の油断としか言えない現実を今突きつけられていた。
しかももっとも注意して守らねばならない人物を危険に晒している。

「木乃香にアスナちゃん……わしの読みの甘さかもしれんな」

想像以上にスプリングフィールドの血を恐れているのかもしれないと近右衛門は思う。
六年前の焼き討ち事件の時ほどの数を揃えていないが、一定以上の戦力を整え……こちらの不意を突く形で侵入してきた。

「……高畑君の留守を狙ってくるとはな」

麻帆良学園都市で最も実戦経験を積んで一番強い人物不在の時を選択してきた。
今頑張っている先生方を貶める気持ちはないが、彼が居ると居ないでは防衛力の違いははっきりと出る。

「……エヴァとの仲も拗れつつある…………」

何処か宙ぶらりんの状態だったエヴァンジェリンに親しい人物が出た点は悪くないと思う。
しかし、その人物と自分の関係は良好と呼べるような状況ではない。

「……彼女との関係修復をしなければならんな」

クウネル・サンダースことアルビレオ・イマに頼んで彼女の事を調べてもらったが、結果は散々たるものだった。

「……まさかアーティファクトを使用不可にするとは思わんかったぞ」

隠し玉を多数持っていそうな人物だから、どうしてもいざと言う時の為に知っておきたかった。
彼も興味があったみたいだから二つ返事で承知してくれたが……状況は最悪へと繋がった。

「……ネギ君にどう詫びれば良いんじゃろか?」

ナギのが息子ネギに残したメッセージを……聞かせる事が出来ない。
連絡を受けて図書館島の地下にまで降りて、カードを見せてもらったが……絶句するしかなかった。
綺麗な図柄は黒く染まり……銀の鎖のような絵で雁字搦めに縛られたカードへと変貌していた。
所有者の声に反応せず、機能を封じられた仮契約カード。
アルビレオ本人は、"困りましたね"と平然とした様子で話しているが、実際は焦っているだろうと近右衛門は感じている。

「……彼女に事情を説明したら、わし…………殺されるかも」

笑って許すような寛大な事はないだろうと近右衛門は思う。
エヴァンジェリンに間に入ってもらうにも……事情を聞いたら激怒してしまうのは間違いない。
"興味本位で覗き見しようとした貴様らが悪い!!"の一言で切って捨てられる。
しかし、近右衛門は事情を話して問題を解決してもらわなければならない。

「すまん、ナギ……必ずネギ君にお前の伝言を聞かせるしの」

学園長室に独り疲れたような声音で呟き……自業自得の様相に肩を落とす老人。
優秀な魔法使いであっても、出来る事、出来ない事があると理解し、自分の手から放れた状況に疲れを滲ませていた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

リィンフォース大暴走中?
歴史は繰り返すように、白い魔王(なのは)に代わる黒い魔王(エヴァンジェリン)が出そうな予感。
ヘルマンがあっさりと侵入出来た理由って、本国の老人達が麻帆良の警備体制を知っていたおかげなんでしょうか?
なんと言うか、ネギの母親をスケープゴートにして体面を守ったのか、器の小さい保守的な連中なのかと感じてます。
まだ全容が明らかではないですが、フェイト達の行動にも深い意味がありそうですね。
絶対的な悪ではなく、先延ばしにした滅びを回避みたいな感じですな。
武では救えない……ゼクトがナギに告げた言葉が深いです。

次回からは、バトルが連続して続きそうで書くのがしんどいです。




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