「小太郎くん!!」

吹き飛ばされて地面に叩き付けられる犬上 小太郎に悲鳴を上げる村上 夏美。
その隣では那波 千鶴もまた酷く苦しげな表情で今の状況が如何に危険かを悟っている。

「だ、大丈夫や……」

ふらつく足で立ち上がる小太郎に夏美は目に涙を浮かべている。


……小太郎だけなら何とかなる状況だったが、明らかに自分達二人を庇いながらでは不利だったのだ。


『フム、なかなかの器量持ちだ。
 此処に伯爵が居なくて良かった……君のような子供相手では遊び心を優先しまいがちなのでな』

肩竦めて話す異形の悪魔――ガイツ――の一人の声に他の悪魔も苦笑している。
自分達の仲間であるヘルマン伯爵は才気ある子供や戦士に対して手心を一度加えてしまう悪癖がある。
一度逃がして、その才能を開花させてから……絶望の底なし沼に追い落とすイイ趣味があった。
目の前の狗族の少年は、そのヘルマンの悪癖を刺激しかねないだけにこの場に本当に居なくて良かったと思っていた。

事実、油断していたわけではないが……既に配下の悪魔を四体も還された。

背後に庇う少女達を射線に入れた攻撃で足を停めさせ、其処を狙い撃つという悪魔的な手段を選択しなければ、自分達の被害も馬鹿にならなかったと本気で感じ ていた。

『誇るがいい。悪魔に手段を選ばせた……その実力をな』
「俺はまだ動けるで! 勝手に勝ったと判断すんなや!!」

身体中傷だらけの姿ではあるが、小太郎の目は死んでいない。
まだ戦えると主張し……なけなしの力を振り絞って構えている。

『……楽にしてやれ』

ガイツの声に悪魔の一体が前に出て、小太郎にトドメを刺そうとする。

「ダメ―――っ!!」
「ダメです!!」


夏美は必死で恐怖を押さえ込んで小太郎を抱きしめてその背に庇い、千鶴も両手を広げて二人の前に出る。

「あかんっ!!」

抱きしめる夏美の手を振り解こうとする小太郎だがその手の力は振り解けるほどはない。
口を大きく開いて魔力の塊をぶつけようとする悪魔の姿に必死で叫ぶ。

やめろや! この二人は関係ないやろ!!」

充填されていく魔力の量から二人ごと自分を始末するつもりだと理解して、

「夏美姉ちゃんも千鶴姉ちゃんも逃げるんや!!」

二人に逃げるように叫ぶが、二人とも逃げる気配も出さずに庇っている。

『……諦めろ』

非情とも言えるガイツの声と同時に充填された魔力が自分達に向かうと思った瞬間、

―――ドスッ!!

「「「え?」」」

大きく開かれた悪魔の口に鉈の様な分厚い刀身の剣が突き刺さり、悪魔が倒れていく光景が見えた。

『誰だ!?』

ガイツの叫ぶ声と同時に小太郎達の前に大きな影が躍り出る。

「後は俺に任せろ……坊主」

恐れるものは何もないと言わんばかりに威風堂々と立ち、悪魔達を睨みつけるソーマ・赤。

「……へへ、美味しいとこ持ってくんやな」
「そういうこった。後は楽にしてろ」
「……そうさせて、もらうで」

心強い助っ人が来てくれた事に小太郎は気が抜けたのか……気を失う。

「小太郎くん!?」

夏美が慌てて小太郎の容態を見るが、

「そう簡単にはくたばらねえよ」

ソーマ・赤が安心させるように声を掛けて少し落ち着きを取り戻していた。

「ああ、外でこの結界を維持していたヤツは……俺が仕留めたぞ」

悪魔達を睨みながらソーマ・赤が状況を説明する。

「今、この結界は俺が維持してるから……逃がしはしねえよ」

悪魔が還った後、地面に突き刺さっていた剣を手に取って獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべる。
全身から吹き荒ぶ闘気に悪魔達は気圧されるように一歩下がる。
それに合わせるようにソーマ・赤が一歩踏み出すと同時に、

『グワァァァ―――ッ!!』

大地から突き出された気で作られた槍が悪魔の一体の股間から頭を一直線に刺さっている。
串刺しになった悪魔に一瞥して、ソーマ・赤は周囲を見て告げる。

「……鬼流地槍閃。まず一匹だな」

楽しげでありながら、怒りを滲ませた声を発してソーマ・赤は悪魔達に剣を突き付ける。

「人の弟分を可愛がってくれた借りを返させてもらうぜ!!」

此処に魔法使い達が知らない鬼と悪魔の戦いが始まった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十一時間目
By EFF




「ソーマさんって……本当にすっごく強いんだね」

連続して驚き続けた所為か、夏美は呆れたような声音を漏らしている。
強いというのは分かっていたが、悪魔を相手にしてもその強さは見劣りする事ない。

「そうみたいね」

とりあえずほんの少し危ない状況から脱したと判断した千鶴も苦笑いしながら呟く。
全く以って今の状況は何が何だか分からないとしか言えない。
御伽噺、空想の産物だと思っていた悪魔が現れ、自分達に襲い掛かるし、その悪魔達を相手に戦える小太郎にソーマ・赤。

「オラ――ッ!!」

鉈のような幅広い刀身の剣の打ち降ろす一閃で斬られたと言うより……押し潰されるように消滅していく悪魔。
還っていく悪魔に目もくれずにソーマ・赤は次の獲物に向かって跳ぶ。
右足に気を込めながら、鬼火を召喚して螺旋を描くように捻じる運動を加えた貫くような蹴りを悪魔に叩き込む。

『ギャァァァァ―――!!』

蹴り付けられた悪魔の腹部は抉り抜かれて、更に傷口を焼き……全身を炎に包まれて焼滅する。

「はん、所詮子供虐めるしか能のない連中ってか」

悪魔達を嘲笑いながら、ソーマ・赤は左手に持つ剣を小太郎達を狙っている悪魔に投擲した。
投擲された剣を慌てて手で払い、後ろに飛び去りながら小太郎達に攻撃していくが、

「……アホウが!」

放たれた魔力弾があっさりと事前に展開されていた結界の守りの前に弾かれてしまう。

『ナッ!?』
「―――百鬼猛襲斬!!」
『ガ! ガァアァァァ―――ッ!!』

弾かれた事で隙だらけになった悪魔の前に飛び込み、ソーマ・赤は怒涛の連続斬りを開始する。
吹き荒ぶ嵐のような猛攻の前に悪魔の身体はズタズタに斬り裂かれ……断末魔の声を上げて消滅する。

『クッ! オノレ!!』

次から次へと同胞を還されて怒りを顕にして襲い掛かる悪魔二体。
その姿を馬鹿にしたような目付きで見ながら、ソーマ・赤は右手の剣を悪魔に向け、左手の剣を右手の剣を柄尻にぶつけるように当てて飛ばす。
キンッと甲高い音を立てて右手の剣が目にも止まらぬ早さで悪魔の顔に向かって行く。

『グッ!  グァァァァ―――!?』

必死で片手を振り上げて剣を弾いた悪魔だったが、同じ軌跡を描いて飛んできたもう一振りの剣を弾けずに顔面に深く突き刺さり、身悶えながら終わりを迎 え……還っていく。

『死ねェェェ―――!!』

最後の一体となったガイツが武器を手放したソーマ・赤に襲い掛かるも……、

「甘いぜ!!」

鬼火を再召喚し、両手に纏わせて……次の一手を既に準備し終えていた鬼武者に勝てるはずもなく。

『ガ!? ガッ!? ガァァァ―――ッ!!』

打撃と同時に焼く怒涛の拳撃にその身を翻弄されて……、

「紅蓮腕(ぐれんかいな)」
『ア゛! ア゛ア゛ア゛ァ゛ァァァ!!』

胴体の中にめり込ませて内側から燃やし爆裂するトドメの一撃に肉片と化して……還っていった。
千鶴も夏美も突然乱入して、あっさりと悪魔達を倒したソーマ・赤のとんでもない強さに声が出なかった。

「で、二人とも無事か?」

周囲を警戒しつつ、ソーマ・赤は二人に声を掛けながら近付く。

「……根性と意地は一人前ってとこだな」

気を失っている小太郎の額に傷病治癒札を張り付けて呆れたような感心しているような声を漏らす。

「……ほっとけや」

ソーマ・赤が額に触れた時に意識を取り戻した小太郎が不貞腐れた顔で不服そうに話す。

「だ、大丈夫?」
「……大丈夫や」

心配する夏美の気持ちに気付かずに苛立つ声で返事を返す小太郎に、

「ったく……負けたのが悔しいのか?」

やれやれと肩を竦めて、困ったもんだと言わんばかりにソーマ・赤が見つめていた。

「当たり前や……あんな汚いマネさ「甘えるな、坊主!」

不満タラタラで悔しげに話そうとする小太郎の声を遮ってソーマ・赤が怒鳴る。
近くで聞いていた夏美はその声に萎縮して肩を竦めていた。

「あれは明らかにお前のヘマだ。
 この二人が足手まといになると分かっていたくせに守りを疎かにしたのは誰だ!?」
「ッ! そ、それは……」
「周囲に気を配って狗神を待機しておけば大丈夫な話だろうが!!」
「ぐっ……」

結界に閉じ込められた時点で二人の安全を確保する行為を忘れた小太郎が悪いとソーマ・赤が叱責する。

「汚いだの、ずるいだの……負けた言い訳にするのは半人前のセリフだ。
 いいか、坊主……死んだやつは何も文句は言えねえんだぜ」

今生きているから文句が言えると告げるソーマ・赤に小太郎は運良く助かっただけだと言われた気がして項垂れる。
実際にソーマ・赤が介入しなければ、夏美、千鶴の二人を巻き込んで死亡していた事実は変えられないところなのだ。

「ま、坊主は一人で戦ってきただけに、これからはそういう事を留意しろ」
「…………わーったよ」

自分に非があると思った小太郎が不承不承と言った顔で返事をする。

「んじゃ、とりあえずエヴァんとこで説明と治療だな」

小太郎の首根っこを抱えてから、ソーマ・赤はその背中に背負う。

「ちょ!? 俺は歩けるで!!」

「ガキがナマ言ってんな。ヘロヘロなんだから楽にしてろ」
「ガキ扱いすんなや!!」
「一人前の口を叩きたかったら……もう少し頭使えよ」
「ぐっ!!」

さっきまで危ない状態だったのが一転して、楽しげにじゃれあっているような光景に変わる。

「あらあら、夏美ちゃんも混じってみる?」
「ちづ姉も混じりたいんでしょ?」

事情の説明をすぐに聞きたかった二人だが、小太郎の治療が先と言うソーマ・赤に文句を言う気はなく大人しくついて行く。
少なくとも助けてくれたし、見るかぎり悪い人には見えないのでちゃんと事情を教えてくれるだろうとも思っていた。




エヴァンジェリンの家にネギ達が着き、別荘に入った時、

「……あやか?」
「千鶴さん、どうして?」

部屋の中で会うはずのない友人同士の姿を見て……驚いていた。

「ソーマさん、これは一体?」
「ああ、坊主が襲われた時に巻き込まれたんだよ」

刹那がネギ達を代表して尋ねると、ソーマ・赤が非常に不本意そうな顔で答えていた。

「で、そっちも何かあったのか?」

ソーマ・赤が憔悴したネギを見ながら聞くと、夕映が事情を話す。

「寮の近くで戦闘があって……木乃香とアスナさんが誘拐されたです」
「そらまた……ここの警備体制はホント穴だらけだな」
「……全くです」

完全に呆れた様子でソーマ・赤が新たに増えた面倒事に脱力していた。
夕映も同意見で憮然とした顔で言葉の端々に見通しの甘い魔法使いへの嫌悪感を滲ませていた。
そんな二人がこれからしなければならない事を思ってため息を吐いていた時、

「なんや? 辛気臭い顔してますなって……小太郎!? ど、どないしたんや!?」

ソファーで休ませている小太郎の姿を見て慌てて入って来た千草だった。
着実に自分達の戦力が増えているとネギ達は思い……何とかなるかもと感じていた。





「…………う、う〜〜ん……」

混濁していた意識が覚醒し始めたアスナはゆっくりと瞼を開く。

「ア、アスナ!!」

隣から自分を呼ぶ声が聞こえて首を振ると、

「こ、このか!?」

真っ黒で光沢のないライダースーツみたいなのを着ている木乃香の泣きそうな顔があった。
アスナは何が起きたのか思い出して、慌てて身体を動かそうとしたが、

「ちょ、ちょっと――っ!? またこのパターンなの?」

両手を拘束されて動く事も出来ず、更に誰かに服を全部脱がされて……下着姿に変わっている自分を知って叫んでいた。
しかも着ている下着も自分の物ではなく、レースをふんだんにあしらった所謂大人の下着姿になっていた。

「ハッハッハッ、げ「こ、この変態が!!」―― ブホッ!!」

そんなアスナの様子を楽しげに笑っていたヘルマンに自由だった足を使って蹴りで挨拶してた。

「こ、このか! さっさと逃げ――「無理だな」って!?」

ヘルマンに手を差し伸べて立ち上がらせる青年――ヘルベルト――に目を向けると同時に自分達の回りに他にも怪しげな空気を醸し出す男達が控えて、何かを警 戒して待機している事に気付いた。

「彼女の身体に着ている服は私が呪いの力で作った物だ。
 よって彼女の意思では……身体を動かす事は出来ない」
「い、 いやや! や、やめて!!」

木乃香が泣きそうな顔で振り上げる自分の手を見つめる。

―――パーンっ!!

その手は木乃香の意思に従う事なく……アスナの頬を叩いていた。

「ア、アスナ……ご、ごめんな」
「だ、大丈夫よ、このか」

目に涙を浮かべている木乃香をアスナは笑って、へっちゃらだと慰める。

「今から泣いている様では……この後が大変だぞ。
 君はこの後、その手で神鳴流剣士を傷つけ……殺すのだからな」

今にも壊れそうな木乃香の心に絶望の刃を向けるヘルベルトの声。

「いやや! うちはせっちゃんを傷つけとうない!!」
「ちょっと!! なんて事をすんのよ!!」


悲痛な声を上げる木乃香に抗議の声を上げるアスナ。
さっきのビンタのように木乃香の意思を無視して、その身体を操って刹那と戦わせると分かって怒り心頭だった。

「そう言われても、こちらとしても人質が君達二人なので少し趣向を凝らしてみたいのだよ」

二人に心底残念そうな顔で告げるヘルマン。

「確か女子寮だったかな。そこに配下の者を侵入させては見たんだが……上手く行かなくてね」
「全くです。三体のハイスライムは捕縛されて、再度侵入を試みて……二体も還されました」
「楽に侵入して、気を緩めたわけではないが想定外と言ったところだな」

ヘルマン達から意外な事を聞かされたアスナと木乃香は驚いている。
刹那から聞いた話では確かに実力者は何人かいるらしいが……まさか悪魔を退けるほどとは思わなかった。

「こちらが事前に知っていた情報とは違う人物が迎撃したものだから……少し驚いているよ」
「はい、まさかあのような幼い少女に討たれるとは思ってもいませんでした」

「「……幼いって誰(なん)?」」

二人の困ったような声を聞きながら、アスナと木乃香もまた……分からないといった表情で呟いていた。
アスナと木乃香もてっきり麻帆良四天王のストイックなガンナー龍宮 真名か、忍んでいない忍者の長瀬 楓のどちらかではないかと考えていたのに……幼い少女と言われて途惑うばかりだった。

「おや? まさか君達も知らないのかね」
「隠すと為になりませんよ?」

ヘルマンとヘルベルトの両名がアスナと木乃香のほうに顔を向けて問うが、問われた二人も首を横に振るしか出来ない。

「とんがり帽子を被った槍兼杖を持った魔法使いの少女だが?」
「……知んない」
「うちも初めて聞いたで」
「伯爵……」
「フム……てっきり君達の護衛役だと思っていたんだが」

アスナも木乃香も知らない第三者と判明して、ヘルマンもヘルベルトも情報を得られないと分かってがっかりしていた。
もっとも二人とも別の意味で残念がっていた。
ヘルマンはここで相手をしつつ更に芽がありそうだと分かったら……次の機会に楽しめるようにしようと考え、ヘルベルトはこの場で相手をする以上はせめて弱 点の一つでも知る事が出来たらと生真面目に仕事をしようと思っていたが。

「……伯爵、あまり困った事を考えないで下さい」
「ハッハッハッ……なんの事やら♪」

また悪い癖が出たかとヘルベルトは呆れた顔で自身の主を見つめ、主であるヘルマンは誤魔化すように笑っている。
その姿からアスナと木乃香は何故か中間管理職の悲哀のような物を感じ取っていた。

「そんな訳でこの場を覗いている魔法使いの諸君」

突然、空を見上げて話すヘルマンにアスナも木乃香も呆気に取られた顔をしている。

「私の目的はネギ君との戦いだ」
「我が主の邪魔をするようならば、この少女の身体の運動機能の限界を超えて動かして……壊しましょう」

芝居じみた動きで話すヘルマンに合わせるように恭しく頭を下げて礼を示しながら、表情は明らかに魔法使い達を小馬鹿にした態度で告げるヘルベルト。
遠見の魔法で監視していた近衛 近右衛門は手詰まりな状況に陥った事に頭を悩ませていた。




空間に浮かぶスクリーンにヘルマン達の会話するシーンが映し出されている。

「……最悪ですね」
「ホンマ、えげつない手をやるわな」
「お、お嬢様……」

リィンフォースが麻帆良学園都市に極秘で設置していたサーチャーに夕映がアクセスして、一同は様子を見ていた。

「……刹那、足止めできるか?」
「足止めは多分出来ると思いますが……」

刹那は千草の問いに答えつつ、どうにかできるかと逆に問うてもいた。

「水と地と火の混合の退魔陣の一つを使えば、多分なんとかなるえ。
 ただな、この陣は複合型ゆえに制御が難しゅうて……動かれるとダメなんや」
「そうなのですか?」
「そうや、水で穢れを洗い流し、地で流した穢れを吸い固めて、火で固めた穢れを焼き払う。
 見るかぎり、そこそこの魔力の塊みたいやしな」

複数の力を混ぜ合わせる為に制御が難しいと告げる千草。

「展開している間は……うちは何もできひん。まあ、うちの身は式神に守らせるけど……援護は期待したらあかんえ」
「分かりました、必ず足を止めて見せます」

緊急時のフォローは出来ないと千草に言われた刹那は神妙な顔で頷いていた。

「ほな、これを背中に貼っとき」

千草が懐から出した二枚の札を刹那は手に取る。

「……これは?」
「それと対為す札をうちが貼る事で……直通の念話が出来る。
 これはな、通常の念話と違って妨害されへんのや。
 着けとったら、いちいちこちらの手の内を口に出さんでも動けるえ」
「な、なるほど……必ず貼っておきます」
「もう一枚は万が一の備えの護符や(刹那が陣に入ったままの状態の時に発動するよ うになってる)」
「……(分かりました)」

千草が何を言いたいのかが分かって、刹那は神妙な顔つきでもう一枚の札をしっかりと受け取る。
受け取った札は、おそらく陣の中での認識を誤魔化す効果のある札だと刹那は理解した。
半妖である以上、刹那もまた陣の中に入ったままだとダメージを受ける可能性があったのだ。

「要はうちが陣を敷いた後、刹那がそこまで木乃香を誘導する事や。
 あんたは焦らずに時間を稼ぎながら、足を止めるんやで」
「は、はい! 必ずお嬢様をお助けします!!」

気合を入れて刹那と千草は大まかな木乃香救出作戦を決める。

「そんな訳で、うちと刹那は木乃香を救う事を優先させてもらうわ。
 坊やはヘルマンっていう爺様が指名しとるし、他の奴らは皆に任せるさかいに」
「は、はい!」
「任せるです」
「仕方ねえな」

ネギが勢いよく返事をし、夕映とソーマ・赤は軽く流すような気楽な返事を返す。

「カモはんはうちについとくれやす。
 万が一、刹那か、木乃香が大怪我した時はひっっじょうに不本意やけど……仮契約で木乃香の力を引き出すえ」
「……いいのかよ?」

カモ自身は臨時のボーナスが入るかもしれない可能性に嬉しい気持ちがあるが……後々の事を考えると非常に不味いかもしれない点が多々あるので困惑してい る。

「しゃあないわな、もし木乃香に何かあったら……完全に細〜〜い糸もぷっつりと切れるえ」

麻帆良学園都市で木乃香が死亡するような事態になれば、責任問題から始まる喧々囂々の揉め事が起きる。
木乃香が関西呪術協会の次のトップの芽が限りなく無くなったとしても、現トップの娘である事には変わりない。
日和見な連中でも流石にこのような事態になれば、物議を醸し出してくるのは間違いない。
今のところは沈静化気味の両組織の対立も悪化の方向に進むのが決まれば……戦力を失ったばかり関西呪術協会の負け戦という現実が待っているのも確かなの だ。

「今の詠春はんに下を抑えるのは不可能や。
 かと言うて、あの爺様が口を差し挟めば……纏まるもんも纏まらんわ」

「わかっとんのか、あのジジイ」と吐き捨てるような言葉を漏らしながら、千草はブツブツと念仏を唱えるような声で麻帆良の警備体制の不備を罵っていた。




千草と途中で別れていたエヴァンジェリンは、ネギへの教材代わりとしてヘルマンと戦わせようと思い……放置していた。
実際に実戦に近い形での訓練を主体にしていても殺すわけには行かない分……どうして甘えが出かねない。
しかし、侵入者相手ならば、そんな甘えを持って戦う事など許されない。
更に、この程度の相手と逆境に泣き言をほざくようならば……話にならないとも考えていた。

「……よろしいのですか?」

エヴァンジェリンの心中を図るように茶々丸が聞く。

「構わんさ。むしろ、ぼーやの覚悟を見るにはちょうど良いだろう。
 なんせ、相手は因縁の悪魔だ」
「ですから……危険ではありませんか?
 ネギ先生のトラウマを刺激して、冷静な判断を失わせる結果に繋がります」

ただの悪魔なら少々不利な状況でもネギは何とかできるかもしれないと判断するが、如何せん相手が悪いとも考えている。

「だからだよ。戦いで最も危険な事は自分を見失うことだ。
 ぼーやが自分を見失って戦うようなら……この先、生き残れはせんよ」
「…………それはそうですが」

エヴァンジェリンの指摘が意味する事を理解した茶々丸だが、その表情はどこか不安そうなものだった。

「……既に一度自分を見失ったみたいですが?」

最大の懸念をエヴァンジェリンに提示して茶々丸は再度尋ねる。
監視していた映像ではネギはヘルマンの顔を見ただけで我を失って……吶喊していた。

「フン、その時はその程度の器だったと思うさ。
 大体だな、十歳のガキに何を期待して押し付けるのか……答えて欲しいものだ?」

虚空を睨みつけるようにしてエヴァンジェリンはこの瞬間も遠見の魔法で覗き見している人物に問う。

「英雄の子だから……英雄に成らなければならない?
 そんな押し付けがましい事を平然と行っているお前達は正気なのか?
 分かっているのか? 十歳の子供を過酷な戦場に放り込んだ先には……心が壊れるだけの未来しかないぞ?」

嘲笑、侮蔑の暗い哂いを浮かべて、過剰な期待をネギに押し付ける魔法使い達を嘲笑う。

「ま、ぼーやもそのうち知る事になるだろうな……人を殺す事の意味の重さを。
 そして、自覚もなく……人を殺す事の罪深さを」

ネギにはナギを捜す為に危険な場所へ赴く意思はあっても、そこでナギを恨み、憎む者と戦い……人を傷つけ、殺す覚悟まではないとエヴァンジェリンは思って いる。

「甘ちゃんだからな、ぼーやは。
 話し合えば分かり合える、世界が綺麗なもので……醜いものなど何一つ無いと思っているんだろう」

儚げで優しげに歌を奏でるように囁くエヴァンジェリンの声だが、その表情は全くの正反対の意味を見せている。

「世界は、ぼーやが思っているほど……美しいものではないぞ。
 もし、ぼーやが壊れたならば、それはその事を教えなかった大人達の所為だな」

裏の世界を知っているエヴァンジェリンにとって、ネギの考え方は非常に甘いものだと分かっている。

「分かるか、茶々丸? あのぼーやは過去の出来事で受けたトラウマを今尚……自覚していない」
「そう……なのですか?」

茶々丸には人の心の傷というものがどんな影響を及ぼすのか、まだ完全に理解出来ずにいる。

「おそらく、怖かったんだろう……父親がな。
 そんな自分が嫌で、自分が力を付ければ……その恐怖から逃れられるとでも思っているのかもしれん」
「確かに尊敬する父親の強さに怯えていましたね」
「そして、その逆の感情も持っている……強さに対する憧れだ。
 分かるか、茶々丸? ぼーやの行動は一人で戦うというアホウなパターンがあるのも、その感情が原因かもしれん」

父親のように強くなって、一人で何でも出来るようになりたい――そんな感情がネギの心の中にあるのだとエヴァンジェリンは茶々丸に告げる。

「……非効率的でありませんか?
 人という者は数の力を最大限に利用する事でその力を発揮する種族だと考察しますが?」
「そうだな、数の暴力とは存外馬鹿に出来ん」

経験上エヴァンジェリンは数の暴力の怖さを知っている。
力を付けた今でこそ雑魚キャラみたいに成り下がった連中でも、昔のまだ脆弱さが残っていた頃の自分には数を結集させて消耗戦を意図した戦いを展開された時 は辟易したものだった。
特に信者を使い捨てにして、こちらの消耗を強いてくる狂信者はうんざりしたものだ。

「ククク、ぼーやはまだ気付いていないだろうが、ぼーやのやり方は力で人をねじ伏せる下策だ。
 ま、あれだ……"敵は正面から倒すべし"とか、"正々堂々戦って勝つ事に意味がある"とかだ」

子供特有の正義感みたいな物だとエヴァンジェリンは呟いて……呆れた空気を身に纏い肩を竦めている。

「……否定できませんね」
「そんなやり方で"マギステル・マギ"になれるとしたら……どれだけの犠牲を強いる事になるやら」

エヴァンジェリンの呟いた言葉の意味に茶々丸は罪悪感の泥沼に沈み込んでいくネギの姿を想像する。

「……考えているようで何も考えていないというのが今のぼーやさ。
 一途にナギの背中を見つめて……視野狭窄とでもいう状況で、周囲の連中もそんなぼーやを過剰に期待している」

やれやれと肩を竦めて、麻帆良学園都市の魔法使い達の人を見る目のなさに呆れている。

「もう少し精神面と一般社会のあり方を学ばせてから……出すべきだったな」

麻帆良学園都市に来てからのネギの行動を見続けてきたエヴァンジェリンは嘆息する。

「なあ、茶々丸……戦闘に於いて、もっとも上策と言う物は何だか分かるか?」
「……戦わずに相手を退ける。もしくは戦いを避ける事でしょうか?」

エヴァンジェリンの問いに茶々丸は少々間を取ってから答える。

「概ねその通りだよ。平穏を得るために必要なのは敵を作らない事だ。
 無敵と言う言葉は文字通り敵が無い状態を示す。敵を作らない、もしくは敵を動かさない状況に持っていくのが上策だ」
「そうなるとネギ先生の思考は……あまり良い傾向ではありませんね」

"敵は乗り越えるもの"、"敵は打倒してこそ意味がある"という考えは無敵とは縁遠い物と当て嵌まる。

「殴られたら、殴り返す。殺されたくないから殺す……それを繰り返した先は、人から恐れられる化け物の誕生へと繋がる」

自身の経験則からエヴァンジェリンが若干の寂寥感を滲ませて告げる。

「リィンフォースが言っていただろう……終わらぬ闘争のなんと虚しい事か、とな」
「……はい」

寂しげでどこか虚ろな顔でリィンフォースが漏らした弱音は今も記憶している。

「……希望など何処にもなかったとも言われてました」

ただ疲弊して、磨耗して、壊れてしまうのを必死で繋ぎ留めても……何も残らない。
自分の望みを叶える為に壊し、奪い、傷つけるだけの生き方など……苦しくて辛いだけ。
そして最期に待つものは……滅び。

「そういう意味ではアイツは最期に救われたんだろうな」

何度も主を破滅させてしまった闇の書だったが、最後の主は守る事が出来た。
その結果に満足していた事だけは嘘偽りない真実だとエヴァンジェリンは思う。

「リィンさんは今どうしているでしょうか?」

この場にいないリィンフォースを心配して茶々丸がエヴァンジェリンに相談する。

「リィンなら大丈夫だと思うが……ちょっと待て」

クリムゾンムーンを使ってリィンフォースに通信を試みるエヴァンジェリン。

「―――なっ!?」
「リィンさん!?」

エヴァンジェリンと茶々丸は映し出された映像に声を失う。




それは意識を失ったように地に倒れているリィンフォースと彼女によって倒され……還っていく悪魔の集団の映像があった。


そして地に倒れていたリィンフォースが起き上がるが……その瞳には光もなく、虚ろで一切の感情が消え去っていた。


まるで夢遊病患者のようにフラフラと安定しない足取りで歩き出す。


後に残された物は必死に自身の存在を示そうとするシュツルムベルンだけだった。


「茶々丸……シュツルムベルンを回収して事情を聞くぞ!」
「は、はい、マスター!」

エヴァンジェリンは事態が最悪な方向に進む予感を感じ、茶々丸はリィンフォースをなんとしても助けなければならないと考えていた。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

エヴァンジェリン、ネギ放置プレイ決定。
まあ弟子と家族のどちらかを選択しなければならない場合、家族を取ったところですかね。
茶々丸にしても、ネギが心配ではあるが、リインフォースから預かっているリィンフォースを助ける方が優先事項でしょうね。
学園都市の結界って強力そうな感じでしたが、あっさりと侵入された以上は手引きした人物が居るんでしょうか?
悪魔を召喚した黒幕が原作で明らかになった以上はその可能性は高そうですが。
この分だとネギもまた忌み子みたいに思われてそうですな。

それではまた次回でお会いしましょう。




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