偶々、森の中の一画に開かれた場所があった。
普段は静かで野生の動物たちが自由に駆けたりする場所かもしれないが、今は違った。
―――ギィィィィィンッ!!
甲高い音を立てて剣がぶつかり合い、火花が散り、一瞬ではあるが夜の森の中に明かりが点る。
響き渡る剣戟の音が森の中に木霊して戦いの苛烈さを見せる。
声を発する事なく、振り下ろされる長剣の一撃は死を予感させるほどの威力を秘める。
「ホント、残念だぜ!」
その一撃を右手の剣で受け止め、同じように一撃で命を刈り取る必殺の威力の秘めた左からの斬撃を後ろへ下がる事で回避。
下がる事で互いの間を取って対峙し、隙を窺うように睨み合う。
苛立ちを滲ませる不機嫌な男の声が響く。
その手に持つ双剣を構え、男――ソーマ・赤――が目の前で剣を構える女性騎士――烈火の将――と向き合う。
「あんた……もっと強いんだろ?」
返事がない事を承知しながらもソーマ・赤は残念そうに話す。
互いに万全ではない状況下であったが、もっともっと心躍る戦いになるだろうと思うと悔しい気持ちになっていた。
ソーマにとって、命を削り合うようなギリギリ戦いは極上の楽しみだが、今回の戦いは中途半端だった。
一撃一撃が必殺のものではあるが、剣に魂が乗っていないような斬撃では……興醒めする。
守護騎士プログラムという言葉が正しく今の烈火の将を表している。
動き一つ一つに無駄がないが、淡々とただ剣を揮っているだけ。
無論、その一撃が死に直結する以上、油断すれば自分の命が喰われるのも確かだが、
「……納得行かねえな」
殺意の欠片もなく、殺気もなければ、剣気さえ見当たらない。
ただ与えられた命令を忠実に守るだけの人形というのは……興が今ひとつ乗らない。
戦う事自体は楽しい事には違いないが、今ひとつ気持ちが乗ってこないのが現在のソーマ・赤の心境だった。
対する烈火の将は黙したまま、剣を構える。
「ちっ! つまんねえ戦いになりそうだぜ!」
強いか、弱いかを問われれば、強いと言わざるを得ないが、心無い剣士を相手にしてもちっとも面白くない。
ソーマにとって、剣とは魂を込める事で真価が現れるものとの認識がある。
その為に心無き……魂なき剣など、いかに強かろうかゴミ同然と思っていた。
周囲でも戦闘が始まっている以上は早く終わらせて、援護に向かうべきかと考える。
「ま、あれだ。総天の書の守護騎士を相手にする際の予行演習って事にしておくか」
新しい主であるリィンフォースを害する可能性がある存在がまもなく現れるかもしれない。
目の前の相手と同じ古代ベルカ式の魔法の使い手である騎士と戦う可能性がある。
「ふ、ふははは……そう考えれば、少しはマシか」
リィンフォースはどちらかと言えば、中距離から長距離型の射撃を主体とした戦闘スタイル。
その保護者であるエヴァンジェリンも、近距離でも隙はないが、基本は火力が全てと言い切る砲台型の魔法使い。
しかし、本来のベルカの騎士はアームドデバイスによる近距離戦を中心に組み立てる戦闘スタイルのはずなのだ。
自身の戦闘スタイルと噛み合うはずの総天の書の守護騎士と一戦交える前の肩慣らしと考え直し、ソーマ・赤は気持ちを切り換えた。
対する烈火の将は一言も発さずに淡々と目の前の敵を葬る心算で攻撃に移る。
ソーマ・赤は烈火の将の動きを一つも見逃さず、次の戦いへの糧にしようとしていた。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十時間目
By EFF
超 鈴音と綾瀬 夕映、二人の魔導師は、鉄槌の騎士と一進一退の攻防を空で繰り広げていた。
魔導師というものは質量兵器を廃絶した世界で台頭してきた存在。
当然、質量兵器の成り代わるだけの戦闘力が求められているというのがリィンフォースの持論。
事実、リィンフォースも、魔導師としてのエヴァンジェリンも戦略兵器並みの攻撃力を有している。
元々エヴァンジェリンは高位の魔法使いであり、その戦闘力は桁違いなのだが、魔法使いとして高位の魔導師と相対すれば……負けはしないだろうが、それなり
のダメージを覚悟しなければならんだろうと本人が話していた。
―――魔法使いの魔法は精霊に頼りすぎて軽い
ワンクッションを置く所為か、魔法使いは魔力の使い方にムラがあるとリィンフォースは二人に告げていた。
魔法を使用する際に完全な自我を持っていない精霊のその時の気分によっては威力に多少の変動がある事が既にデーターとして超の手元に存在している。
魔導師は魔力を数値化して、目に見える成果を出すおかげで精霊魔法を使用する際に使用した魔力量を計測できた。
その結果、精霊魔法は精霊のその日の気分次第で攻撃力に若干の変化が生じるらしいという結論に到達した。
精霊はあくまで古き契約に基いて魔法使いの言霊に従うだけ。
自我を持つ上位精霊あたりは気に入らない人物にはそれなりにしか力を貸さない。
下位の精霊は自我を持っておらず、原初の法則というものに忠実に従う事で魔法使いに協力するだけ。
魔法使い達が使う魔法はその原初の法則に従った契約魔法みたいなものじゃないかとリィンフォースは結論付けた。
おそらく最初の魔法使いが精霊達と交わした約束が今もシステムとして残っている。
―――魔法使いの魔法を破壊するには原初の法則を破壊すること
―――即ち世界の理を破壊すれば、精霊達は新たに生じた理に従わざるを得ない
ま、不可能に近いけどねと前置きを入れて、リィンフォースは魔法使い達から魔法を奪う方法を二人に話した。
聞いていた二人は人間を含む全ての生命体を絶滅させて、世界そのものを破壊するという手段では……法則自体を計測できない答えに達して……死んだ後の事を
どうしろ?という微妙な気持ちになっていた。
対して魔導師は精霊を使わずに魔力をきちんと運用して、数値化した術式を構築して魔法を発動させる。
物理エネルギーとしては、個々の魔力変換資質に頼らざるを得ないが、単純に魔力そのものを攻撃に転用していた。
リンカーコア――魔力素を取り込み、自身への魔力へと変換する器官は魔法を使う者の誰もが持っているが……魔法使い達はその器官の存在を知らない。
ただ漠然と反復練習を繰り返して、魔力の放出方法を身体に覚えこませる。
その所為か、魔法使い達は須らく魔力の放出にムラがあり、自身の魔力タンクの許容量を自覚せずに魔力のオーバードライブを引き起こして自滅したりする時も
あった。
リンカーコアを自覚して、魔力運用方法を覚えれば、魔法使い達の魔力量はまだ増やせる余地がある。
最低でもワンランクは上になるだろうと思うが、魔法使い達はリィンフォースと距離を取っていた為に……何も知らずにいた。
……未知なる存在に対する恐れによる距離を置く行為は愚かな事だと超は思う。
魔法使い達が閉鎖的、排他的な集団であると超は思うし、それ故に自分達の発展をダメにしていると考えている。
(所詮、魔法使いは自分よりも優れた存在を認められない……愚物なのダヨ)
無意識下で魔法を使えない存在を取るに足らない存在と侮っている節が魔法使い達にはある。
魔法を使えない者を嘲笑い、蔑む輩が魔法世界には大勢いた。
「来ます!」
夕映の声と同時に鉄槌の騎士の周囲に鉄球が出現する。
鉄槌の騎士は出現させた八つの鉄球を手にするハンマーで二人へと撃ち出す。
高速で撃ち出された鉄球と同時に鉄槌の騎士が二人に向かってくる。
「任せるネ!」
「分かったです!」
以心伝心、超のその一言で夕映は自分の担当を決め、行動する。
中距離から繰り出されるシュワルベフリーゲンを夕映が撃ち落とし、超が接近する鉄槌の騎士に攻撃を専念する。
「貰ったネ!!」
超が一気に間合いを詰めて鉄槌の騎士に一撃を加えようとするが、その機動力を存分に活かして回避される。
「ヤバッ!?」
―――レイランサー!!
回避と同時に反撃に移ろうとする鉄槌の騎士のハンマーに超が焦った声を出すが、夕映が足止めを兼ねた攻撃を放つ。
鉄槌の騎士が超への攻撃から光の槍の迎撃に切り換える。
砕かれた光の槍が消滅した時には超は距離を取って再び中距離を維持した。
「助かたヨ」
「あれで万全でないのは反則です」
「全くダネ」
中距離を維持しながら超と夕映は薄氷を踏むようなギリギリの戦いに嘆息する。
エヴァンジェリンがリィンフォースを解放するまでの時間稼ぎと割り切って戦っているが、厳しいものがある。
超も夕映も魔導師との実戦はこれが最初みたいなものだ。
リィンフォースとの戦闘訓練はあったが、リィンフォース本人は中距離から遠距離が基本の固定砲台型の魔導師に近い。
一応、その不備を少しでも解消する為に近接戦の修業を行ってはいるが、本人曰く"本職には程遠い"らしい。
超は北派少林拳を習得しているおかげで近接戦も可能だが、実戦で使うのはこれが初めてみたいなものだった。
夕映は格闘技関係のスキルはなく、基本的に中距離型の魔導師で機動力を使ってのヒットアンドウェイ中心。
二人合わせて辛うじて優勢に持ち込めるような状況で、どちらかが落とされれば……敗北へと直行。
一対一になれば、逃げに徹しての時間稼ぎに持ち込むしかないと二人は考えているが、相手はおそらくこちらを無視してリィンフォースの守りに向かうはずなの
だ。
そう、どちらかが落とされた瞬間……エヴァンジェリンに負担が掛かる結果になり、リィンフォースの救助が困難になる。
「あと一人いれば、楽だたネ」
「……ですね」
中距離からの攻撃と牽制、そして体勢を乱した時に突撃、または強力な砲撃を行うというパターンだが、徐々に動きを読まれる可能性がある。
夕映はどちらかと言えば、中距離から遠距離の砲撃型魔導師であり、突撃用の攻撃が一つあるだけ。
超も自身が研鑽してきた中国拳法を取り混ぜた格闘戦のスキルがあるが……どちらかと言うと中距離型。
二人とも中距離から遠距離の強力な魔法攻撃はあるが、溜めを必要としていた。
バインドによる足止めも二人は考えているが、鉄槌の騎士の機動力を削がないと難しい。
あと一人、近距離で格闘戦のスキルを持つ人物がいれば、この戦いの天秤は一気に傾くと考えていた。
「無いものねだりは……いけないです」
「そうダナ」
現実的に状況を見つめる事が生き残れる秘訣とリィンフォースが常々話している。
負けても生き残れば、再起の可能性もあるが、負けて死んでしまえば……何も残せない。
―――もし死ぬしか道がない時は……明日へ繋がる死を必ず選択しろ
家族、友人、大切な人、そして共に戦う同胞の為に何かを遺す。
最後の最後の手段として、自身の死を糧に、明日に生きる者の為に道を切り拓く死に方を選択しろとリィンフォースは最初に告げた。
「おっかない師匠です」
「全くダナ」
覚悟を決める、それだけの話と軽く考えるのもありだが、いつだって我武者羅に足掻き、諦めない者が逆転の芽を咲かせる。
安易に自殺覚悟の特攻ではなく、泥に塗れて、地べたを這い回ってでも、生き汚いと罵られても……貪欲に勝利を求める姿勢と覚悟を持って生きろと訴えている
のだと考えさせられるほどに真剣な目で自分達の師匠は語るのだ。
少々不利な状況だろうが、足掻いて足掻いて……必ず勝利を自分達に引き寄せてみせると二人の目は物語っていた。
まだ夜が支配する森の中で盾の守護獣は苦戦していた。
人型でなく、四足歩行の獣形態で自分の得意とする状況のはずなのに……掴み所のない相手がいる。
一度はその喉に牙を立てて、死へと追い立てたと判断したが、相手は姿を変えて襲ってくる。
「グルゥゥゥ……」
喉を唸らせ、四肢に力を込めて、威嚇の声を上げるが相手は恐れない。
致命傷と引き換えに反撃を受けて、自分のダメージを少なからず負い、消耗が激しい。
「そう慌てるな。まだ宵のうちだぞ」
壊れた身体を脱ぎ捨てるように闇の中から新たな身体を得て、目の前に立ち塞がってくるゾーンダルク。
その爪を胸に立て、牙で噛み砕きたいが……侭ならない。
長時間接触していると、どういう理由かは判らないが力が着実に奪われている。
何が起きているのか判断できない。
更に問題なのはヴォルケンリッター全員が分断されて、主の前に強力な魔導師らしき存在が向かっている。
相手は容易ならざる存在で出来得るのならば戦闘を回避し、主の守りを最優先したいが……それも出来ない。
盾の守護獣は戦闘方針を一撃離脱に変更し、相手を一撃で致命傷を与えて、早急に主の元に向かう事を決断する。
「グルルゥゥゥ……」
四肢に力を込めて、より攻撃的な姿勢を取って突撃体勢に変える。
「ククク、状況を良く分かっているが……そうはさせんよ」
森の奥へと盾の守護獣を誘うようにゾーンダルクは一歩下がる。
これに合わせるように盾の守護獣も下がって、主の元に向かおうとすれば背後から襲ってくるのは既に身を以って知っている。
「ガァァァッ!!」
苛立ちを含んだ咆哮を上げて、盾の守護獣は時間稼ぎを行うゾーンダルクに牙を向ける。
自分を主の元から引き離そうとするのを分かっていても付き合わなければならない。
盾の守護獣は不利だと判っていても、強引に攻撃を敢行し、相手に少なからずのダメージを蓄積させる心算だった。
それは相手も自分と同様にダメージを受けていると信じて。
しかし盾の守護獣は知らない……目の前にいるゾーンダルクは身体にどれほどのダメージを与えても死には至らない事を。
器が壊れても中身には何の影響も受けない事実を。
神楽坂 アスナは呆れ、怒り、失望といった感情を胸に抱いていた。
「………………」
魔法先生達が現場に赴き、誰かに気絶させられていたネギを連れ戻した。
意識を取り戻したネギは憔悴し、一言も言葉を発しないのがアスナの癇に障る。
「アンタさー、そうやって自分の事ばかり考えるのはどうかと思うわよ」
刺々しい空気を言葉に滲ませて、アスナは俯いて自分の所為だと思い続けるネギを見るが、
「………………」
ネギはアスナの嫌味っぽい声に反応せずに自己の中に埋没していた。
―――イラッ!!
(コイツ、本当に自己中なガキよね!!)
心配している自分の思いなど、まるで無視するようなネギの態度にアスナの苛立ちは深まる。
自虐的、自分の所為だと思い込んで、悲劇の主人公を気取っているようにしか見えない。
実際のところ、全ての元凶は……今のこの場にいないネギの父親なんだろうなとアスナは感じている。
(ただ……お父さんだけの責任じゃないのも確かなのよね)
複雑に絡み合った問題がネギの周囲に張り巡らされているらしい。
政治的な問題もあるらしいが、アスナにはそんな事をどうにか出来るだけの力はない。
無力感がアスナの中にあり、自分自身に憤っていると同時に自分を蚊帳の外に置いたネギへの不満があった。
「お、落ち着かなあかんで、アスナ」
「そ、そうです。冷静に」
アスナが苛立っている事に気付いた近衛 木乃香と桜咲 刹那が慌てて取り成すように声を掛けるも、
「何でも自分の思うように行くと信じきっている天才君の悩みなんて凡人にはわかんないわ」
嘲るような揶揄の声がアスナの口から飛び出していた。
「みんな、心配しているのに……全然分かっちゃいない!!
結局、コイツは自分さえ良ければ、それで良いと思ってんのよ!!」
この場に居る者がみんな心配していたが、憔悴したネギの心は上の空。
勝手に飛び出して迷惑を掛けて、心配させたというのに……それはないだろうとアスナは憤りを感じている。
エヴァンジェリンだって、ネギでは力が足りないと判断して外した意味をどう思っているのかと問いたくなる。
少々の危険程度ならネギの想いを無碍にするような友人じゃないとアスナは思うし、そこら辺のところを察しなさいとネギに言いたかったが、思いっきり落ち込
んだネギは自分の殻に閉じ篭り気味。
「……部屋に戻る。心配した私がバカみたいだし」
怒鳴っても、叫んでも今のネギには届かないと感じたアスナは振り返らずに学園長室を退出する。
「ア、アスナ?」
「アスナさん?」
「冷却期間にしとき」
慌ててアスナを止めようとした木乃香と刹那に天ヶ崎 千草は冷静な判断に基いた助言を行う。
「今は何を言うても届かんと思うとるんや……少し待てば、ぼーやのほうが謝罪するとちゃうか?」
「そうじゃな」
千草の意見に近衛 近右衛門も疲れたような声音で同意する。
近右衛門は目の前の少年の精神状態が暗いものに染まっているのを感じて痛ましく思っている。
(どうしたものかの……)
人当たりのいい礼儀正しい少年ではあるが、内面はかなり複雑なものを抱え込んでしまっている。
「もっとも反省せんようなら……周りから総スカンされるやろな」
千草がぼそりと呟いた意見に耳が痛くなる。
「ま、潔癖症な魔法使いらしいと言えば、らしいかもしれへんけど」
「潔癖症ってどういう事なん?」
嘲笑めいた千草の苦笑いが木乃香の耳に入る。
「リィンはんが言うには、魔法使いという者は大体そんな矛盾を抱えとるちゅうことやな」
失言と言いながら、千草は軽く謝罪するように頭を下げる。
「それも耳が痛いのぅ」
「ま、おいおい木乃香にも分かるように説明するえ」
「また……嫌な話なん?」
綺麗な話ではなく、ドロドロと濁った話だと木乃香は感じて嫌そうな表情になっている。
近右衛門は孫娘の沈んだ表情を見て、千草を嗜めるべきかと思ったが……やぶへびになるだろうと判断して口を出さない。
(……矛盾とはな? まぁ、否定できんところが痛いぞ)
千草が大体何を指摘するのか、近右衛門は分かっている。
魔法使いが抱える最大の矛盾は何故、この世界に関わっているかだろう。
魔法を使用する者の存在意義はやはり魔法を使うことだと近右衛門は思う。
しかし、この世界では魔法を使う事に制限があり、魔法使いが敢えて留まる必要があるのかと問われれば、魔法使い達は簡単に答える事は出来ない。
(自由に使える世界に引っ込んでいろ……とこの世界の住民が魔法を知ったら、文句を言うんじゃろうな)
不当にこの世界に進出している魔法使いを快く思わないだろうし、魔法による犯罪行為もある事を知れば、間違いなく排斥する方向で動きかねない。
今現在はバレていないが、これからもバレないと安易に考えるのは不味いのかもしれない。
近右衛門はいつ落ちるか分からない綱渡りのような現状に不安を感じていた。
アスナは安全がまだ確保されていない為にエヴァンジェリンの家へと足を向けていた。
足早に歩きながら、アスナの胸は複雑な思いで乱れている。
一応ネギが無事だと分かり一安心という思い、自分独りで勝手にリィンフォースを助けようとする態度に対する怒り。
一体自分はネギにとって、どういう存在なのかと真剣に問いたくなる。
「結局、私の独りよがりなのかな?」
切羽詰ってやむを得ず、行き当たりばったりみたいな仮契約から始まった関係だが、それでも相棒だとアスナは思っていた。
危ない場面も二人で切り抜けたり、二人で頑張って何とかやってきたと考えていた。
まだまだ力及ばずの部分もあると思うし、それでもみんなと一緒なら大丈夫だと感じていた。
だけど、ネギは自分の思いなどそっちのけで自分独りで突っ走ってしまう。
アスナはパートナーである自分を軽んじるネギの行動に腹を立てていた。
「アスナさん! ネギ先生は御無事なんですか!?」
別荘に入った途端、心配で居ても立ってもいられない様子のいいんちょこよ雪広 あやかが姿を見せる。
「一応……無事だったわよ」
「そ、そうですか」
腐れ縁にも近い関係のあやかは、アスナの苛立った様子を見て眉を顰める。
「どうかなさったんですか、アスナさん?」
「…………ちょっとね」
若干の間を置いてアスナが嫌そうな顔で一言だけ告げて、あやかから離れて行った。
「結局さ、アイツがワガママなガキなんだって思い知らされただけの話なのよ」
去り際に泣きそうな声で漏らしたアスナの呟きがあやかの耳に入ってくる。
「アスナさん」
「……何よ?」
「リィンフォースさんが言うには、"子供を相手にする以上は自分が大人になるしかない"そうです」
あやかがリィンフォースから聞いた意見にアスナの足が止まる。
聞いた当初あやかは皮肉、嫌味の類だと思って猛反発したが、今回のネギの危うい行動を知り、非常に不本意だけど納得せざるを得ないと痛感していた。
「……そっか」
その一言を呟いて、アスナの雰囲気が若干落ち着く。
それ以上はどちらも話す事はなく、互いにお節介をする事なく別れた。
アスナの背中に拒絶というか、少し頭を冷やしたそうな感じをあやかは受けたし、あやか自身も冷静に状況を鑑みて、自分はどう動けば、ネギにとってプラスに
なるか考えたかったのだ。
「……だれ?」
聞こえるはずのない声がリィンフォースに届く。
「どうかしたの?」
「…………なんでもない、多分ね」
幻聴と判断し、家へ帰ろうと足を動かす。
「今日はお母さんが早く帰ってくるからね」
楽しいこと、待ち望んでいた時間へと心を向けるが……何故か、胸に棘のようなものが刺さった気がした。
「……なんでもないよね」
自身の中で生じる悪い予感を否定するリィンフォースだった。
学園結界の一時的な解除によって、エヴァンジェリンは万全とはい得ないが、かつての力を取り戻す。
―――分かっていると思うが
「……ああ」
シュツルムベルンから聞こえるリインフォースの声にエヴァンジェリンは完全には納得していない感じの肯定を告げる。
ユニゾン、それを意味する事。
「……本当に良いのか?」
―――死人がこれ以上迷惑を掛けるのもなんだ
「そうやって……諦めるのか?」
―――感傷してくれるのはありがたいが、生きている娘のほうを優先してくれ
―――私は、私の想いを優先するだけだ
再考を促すエヴァンジェリンの声に苦笑めいた声でリインフォースが問題ないように告げる。
おそらく、このユニゾンで残された時間を全て使い切ってしまうのだろうとエヴァンジェリンは思い、また一人……自分が置いて行かれる事に寂寥感を味わう。
永い時間を生きているエヴァンジェリンにとって、それは何度味わっても嫌なものだった。
「…………愚痴も、泣き言も聞かんからな」
―――ああ、私は、私自身何も残せずに終わったと感じていたが……そうでもなかった
「……そうかもな」
―――あの子に押し付けるわけじゃない……生きている限り私の生が無意味なものじゃないと感じられるのだ
元々時間に限りがあったと告げるリインフォースに、エヴァンジェリンは去り逝く者への意思を優先する。
「……では、為すべきことを為すか?」
自分達を迎撃するための行動を開始したリィンフォースが目の前に居る。
その瞳は虚ろで自分達を見ているようで……何を見ていない。
エヴァンジェリンはもう振り返らずに、ただリィンフォースを呪いから解放する事だけを考える事にした。
―――ユニゾン……イン!!―――
「ぐっ」
魂が、器が拡張されているとエヴァンジェリンは感じる。
自身の内に異物が入り込み、魂を覆い尽くすように重なり……融合する。
肉体が拡大され、大きくなっていく魂に合わせるように成長する。
長くウェーブのかかった金髪に白い色が合わさってプラチナのように変化する。
瞳の蒼さが深みを増し、更に内側から輝いているようにも見える。
身長が伸び、薄い胸もまた、ボリュームある大人へと変化し、艶やかな肌を魅せる。
幻術による大人の姿ではなく、本当に自分の身体が成長していく。
そして繋がった魂から互いの思いを感じる。
それはリインフォースが何処までも深くリィンフォースの成長を見守り……幸せになって欲しい。
自分のような流され続けた生き方ではなく、未来を切り拓いていく強さを持って欲しい。
そして最後の主だった八神 はやてのような優しさを受け継いで生きて欲しい。
祈るような願いがエヴァンジェリンの心に響いていた。
「貴様はどうしようもなく……愚かだ」
―――今更ですね
流されるままに生きて、生き地獄を味わい……自らの死を決意した。
一度死ぬ事で、失っていた記憶を再構成した。
「……書の反乱か」
―――父上は裏切りを許すような方ではない
魔道書型ユニゾンデバイスの稀少さの一因をエヴァンジェリンは理解し、リインフォースは苦笑する事で肯定する。
おそらく夜天の書を除く、十二の書は全て反乱に加わり……融合事故を自ら起こして、騎士を喰い潰した。
その事をベルカは最後まで隠して……滅びを迎えたとエヴァンジェリンは思い至った。
「だからと言って、私は油断しないぞ。
所詮、人が生み出した以上は……腐る可能性も否定しない」
人間とは何かと問われたら、今のエヴァンジェリンは悪しき存在だと迷いなく答えるつもりだ。
キレイ事を口にしていても、最後までそれを実行し続けられない者が大半を占める。
約束事を平気で破り、他者を貶める人間は何処にでも居る。
「……悪の魔法使いと嘯いていたが、所詮はそれも人のカテゴリーの中だな。
善と悪を定めたのは人間……結局、私も人の価値観に流されていたという事だ」
自身のバカさ加減を嘲笑いたくなるとエヴァンジェリンは思う。
吸血鬼は悪しき存在という人間の価値観に自分もまた翻弄されていた。
「要はアレだな……自分達がキレイな存在にしたいから、穢れた存在を作り上げた。
実に人間らしい手前勝手な言い分を私も受け入れた……か」
―――人間の大半はそんなものでしょう
闇の書へと変わってから、散々な目に遭っているリインフォースが呆れた様子で苦笑している。
―――子供のうちは純粋で、汚れない考えですが……最後まで夢を維持できる者は少ない
「……そうだな」
世界は白と黒の二極で構成されているわけではない。
グレーゾーンの方が明らかに多く、それを見続ける事で世界のあり方を知り……大人になっていく。
―――ネギ・スプリングフィールド、彼は生真面目故に極端に走らなければ良いのですが
「フン、自分をキレイに見せたいと思っている限りは、いずれ壊れるさ。
もっとも私はあのぼーやを教え、導く気はとうの昔に失せたがな」
戦い方は教えているが、エヴァンジェリンはそれ以上深く関わる気はなくなった。
おそらく今、自分の前にナギ・スプリングフィールドが現れても動揺しない自信もある。
最初から判っていたが、女々しくも諦め切れなかった自分と決別する。
そう……ナギ・スプリングフィールドは自分を選ばずに他の女とくっついただけ。
「呪いを解きに来なかったのも……諦めが悪かった私に辟易していたのかもな」
呪いを解呪すれば、再び自分に付き纏うのが嫌だったのかもしれない一面を考慮し、エヴァンジェリンはやれやれと内心でため息を漏らす。
―――私から見れば、何故あのようないい加減な男が良かったのかと言いたいな
約定を守らないというのが娘リィンフォースが嫌うように、リインフォースも空手形、口約束に留めた男を嫌悪していた。
―――気に入らない
―――契約、誓いとは余程の事情がない限り……守らなければならない
命の懸かった問題を解決する為に約束を一時棚上げするくらいは許してもいいが、エヴァンジェリンの場合は切実な事情がある。
一つの土地に縛り付け、魔力を封じた以上はエヴァンジェリンの不自由さも顧みないとでも言うのだろうか?
ナギ・スプリングフィールドにとって、この問題はどうでもいい取るに足らない事なのだろうか?
そして、他の魔法使い達はマギステル・マギの代表格である男に挑むだけの覇気さえもないだろうか?
―――やはり娘が思うように、マギステル・マギを目指す魔法使いという存在は信用できない
「……そうだな」
リインフォースが言うように、エヴァンジェリンも魔法使い達に対する信用はゼロに近かった。
―――忠告だ、エヴァンジェリン
―――魔法使い達はいずれ貴女を殺しかねない
「だろうな……ジジイが死んだ後はそうなる確率は高い」
今は大丈夫かもしれないが、いつまでもこの小康状態が続くと思うのは早計かもしれない。
「だが、そんな事は後回しにして……やるべき事を終わらせんとな」
―――そうだな。娘を救わねば
ユニゾンを無事に終えた二人の視線の先には立ち竦んでいる雰囲気のリィンフォースの姿があった。
今まで特に反応を示さなかったリィンフォースがユニゾンを見て……動きを止めた。
「……お…か………ぁ……さ…………ん………」
意識して呟いたわけじゃない声がリィンフォースの口から零れ落ちるが、すぐに元の感情のない姿を取り戻す。
そして、リィンフォースは二人を敵と判断して攻撃態勢へと移行する。
「『今、助けるぞ(ます)!!』」
ユニゾンしたエヴァンジェリンとリインフォースの決意が暗い森の中に響く。
……夜天の書管制人格リインフォースの最後の戦いが始まった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
ユニゾンによる幻影ではないエヴァンジェリンの大人バージョン誕生。
しかも文章の節々に後々の伏線を考慮しつつです。
もしかしたら三年間きちんと中学生として暮らしていたら、卒業という形で呪いが解けたんじゃないかと考える事があります。
もしこの考えを使う場合、やっぱり魔法使い達が登校地獄を改竄したかもしれないと考えるべきか、学園長が卒業証書に判を押さなかったのが原因かとするべき
か……微妙な点ですね。
流石に三年くらいはエヴァンジェリンも約束を守るだろうし。
ま、このあたりの疑問点はおいおい考える事にします。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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